友がいた。私の隣でいつも明るく振舞い、どうでもいい話をしてはいつも笑っている。 彼は私を愛していると言った。そんな男は今に始まったことではないし、断っても言い続ける彼を私は意外に引っ張る性格であると思っていた。 だが、彼は地獄の底でも言った。「俺はお前を愛している」 私は喜ぶべきなのだろうか。果たしてそれでいいのだろうか。一生一人身でいることを自身で納得し、覚悟していた私。 躊躇無く刃を振るいヒトガタを殺傷してなお、彼は私を愛していると言い張った。 私は彼のどんなツボにはまったのだろう。私のようながさつな人間がどうして彼のような人を引き付けたのだろう。 いや、もう一人いるじゃないか。こんな私を愛してくれるといった人が。私が愛していると伝えた人が。 私のあり方全てを否定し、私の心を矯正しようともがいた人が。 ランスはシロウに似ているのだろうか。いや、正直微妙だ。少なくとも彼にはシロウのような心意気を持ち合わせているとは考えられない。 だが少なくとも、 ――― 彼が側にいることで私は安らぎを感じている。 その彼の死を見てしまった。彼の亡骸を直視してしまった。 私の中で何かが壊れ、私の中の記憶の箍が外れた。 全ての意思は怒りに乗っ取られ、ただ感情のままに暴れ狂った。 だというのに、全ての敵を屠り尽くし若干の静寂を迎えてなお貴様等はまだ私の前に現れるのか。 目の前に幻がいる。いつも私の隣で話しかけていた彼の顔を借りて。 許すことは出来ない。それだけは許せない。断じて! 剣を取る。地を蹴る。刃を振りかぶる。 一瞬で終わる。私の呪われた運命に巻き込んだ彼をこれで解放できる。「…………!」 だが、驚きの顔でこちらを見る幻の後ろからソレは飛んで来た。 1秒が1分にさえ感じる長い刹那の中、幻の後ろからヒトガタを飛び越して敵意を向けるのは、 ――― 私!? 振りかぶる右手に一瞬の違和感。 同時に刹那の時間は加速し、轟音と共に私の体は宙に浮いた。 /// /// あぁ、斬られるなと最初は思った。 なにせ相手は錯乱したアルトリウスだ。ここに来てからの彼女の言動も含めて、俺の目の前にいるアルの眼は俺が今まで目にしたことも無いほどにイっちまってた。 それに、魔術師でも無い俺にだってわかるほどアルの周囲には暗い何か――魔力とかいうんだろ、が纏わりつき持ってる剣まで血にまみれて黒々と染まってやがる。 だが何故か逃げようと思わなかった。斬られたくは無い、が足はどうしても前に出たがっている。 振りかぶったアルに俺の人生はとうとうここで終わりなのかと若干諦め掛け、 ―――ブォン! 耳元で何かが通り過ぎる音が聞こえ、次の瞬間にはカリバーンが砕け散り、アルの後ろで起きた爆発でアルがこっちに吹っ飛んできた。「あぶねぇ!」 吹き飛んで来たアルを全身で受け止め、一緒になって俺は坂を転げ落ちる。 抱きついた状態でどうにか俺が下になった状態で止まった。「……くっ! おい、大丈夫かセイバー!」 次の瞬間、「ガア゛ア゛ア゛ァァァァ!!」 獣のような声を上げ、アルが暴れだす。 くそ、全然落ち着いてねぇ!!「落ち着けアルトリウス! 俺だ、ランスだ!!」 耳元で怒鳴りつける。 ここで離すと撲殺されかねない。申し訳ないが俺はアルにガッチリ抱きつく。「俺はくたばってねぇ! だから落ち着け、アルトリウス=セイバーヘーゲン!!」 ビクリと一瞬の痙攣と共にいきなり彼女から力が抜けていく。「……………………」「終わった、全部終わったんだ。俺は死んでないしガルも死んでない。 全部丸く収まったんだ」 全部とはいかないが、ともかく終わった。地獄から地獄への生還となったが、俺達はまだ生きている。「ラン……ス……なのですか?」 弱々しく、耳元でアルは言葉を発する。「あぁ。昔も今もお前を愛してるランス=ウェラハット様だ、バカヤロウ」「…………そう、ですか」 長い息を吐き彼女の全身から完全に力が抜ける。 俺も――若干名残惜しいが力を抜いて大の字になった。「すみません……私は、もう少しで貴方を……」「あぁ、どうでもいい。今はいろんな事がどうでもいい」 全力で疲れたし、全力で全身痛いし、愛しの人は体が柔らかいと理解できてよかったし。「兄さん、セイバーさん! 無事ですか!?」 あれだけ全力疾走したというのに、ガルとベティはそれでも早足で滑り込んできた。無限の体力でもあるのかこいつ……。「今死んだら天国に逝けそうな気がするよ」「要りませんよそんな冗談。セイバーさん、立てますか?」 セイバーがガルに引き起こされ、俺は一人寂しく立ち上がる。「……にしても、今何しやがった。黒鍵でも投げつけたのか?」 何かが飛んできた。それは理解できる。だが、カリバーンを叩き折るほどの何を投げつけたのか。「アレです」 ベティの指した先に俺とアルは視線を向け、「……!」「あれは……!」 俺は投げつけれた物の派手さに驚き、アルは何か知っているかのような驚き方をした。 ソレはベティの投擲を受け、目標に突き立ってなお威力を減じることなく小山の頂点に中ほどまで突き刺さっていた。 その輝きは半身だけでもカリバーンのそれと比較にならないほど光り輝き、なお"我が意ここに在り"と全身で主張する黄金の剣。「どうして、あれは返還したはず……」「何だ、知ってるのかアル?」「"約束された勝利の剣"<エクスカリバー>」「―――なっ!」 エクスカリバー、誰もが知っているヒロイックサーガ、アーサー王伝説に登場する名剣。その知名度は遠く日本のゲームにすら登場するほど馴染み深い。 存在そのものが伝説であり、アーサー王が生涯使い続け湖の女神に返却されたっていう……、「エクスカリバー……、あれが? っていうか、そんな物がどこにあったんだ!?」 思わずベティを振り返る。彼女は地下から上がって来る時に包みを抱えていた。 あの中身がエクスカリバーだったのだろう……って!「ベティ、お前それどうした!?」 よくよく見ればベティの両腕が血だらけになっている。彼女は傷らしい傷は負ってなかったはずだが。「あ、大丈夫です。アレを投擲する時に魔力の圧に耐え切れず」 エクスカリバーを投擲したベティ。 その時に自分の使った魔術とエクスカリバーが反応したらしく、反動で両腕がズタズタになったらしい。「魔術回路に傷は無いようです。コレくらいお三方に比べれば傷とはいえません」 確かに、俺達は揃ってボロボロだ。「で、エクスカリバーは一体どこにあったんですか?」「ホムンクルスの投擲してきた黒鍵が部屋の奥に突き立っ時、壁が崩れてその向こうにもう一つ部屋があったんです」「隠し部屋か」「その中に一つだけチェストが置かれていました。その中にエクスカリバーとこれが……」 ベティが差し出したのは、ペンダントと写真?「写真か。おいアルお前も……ん?」 視線をアルに流すとそこに彼女はいなかった。「おい、アル。どこへ……」「セイバーさん駄目です!!」 ガルが鋭く叫んだ。ガルの視線の先、アルは夢遊病のようにエクスカリバーへと歩き、既に傍らに立っていた。「セイバーさん、貴方は自分の状態が判っているんですか!」「なんだ?」「ベティさんが無傷の状態で掴んでも魔力の圧力に耐えられなかったんです! 今の傷ついた魔術回路しか持たない貴女がそれを掴んだら、圧力に耐え切れず腕が弾け飛んでしまいます!!」「―――はぁ!?」「カリバーンは人が作り出した物、しかしエクスカリバーは神造兵装です! 厳重に秘蔵されていたという事は内包する魔力はカリバーンの比じゃないんですよ!!」 アルトリウスは応えない。ただじっと目の前のエクスカリバーを見据えていた。 待てよ、そういえばガルが前にシロウとか言う奴がエクスカリバーを作ったと聞いた時も動揺してたな。 俺が理解できない話をしてたはずだが、それほどすごいのか? ともかくも止めた方がいいらしい。「どうせ言ったって止まるやつじゃねぇ!」 いい加減熱くなっている足を酷使して駆け出す。アルは既に剣の柄を掴もうとしている。「よせ、アル!!」 だが遅い。セイバーは震えるその手でエクスカリバーを掴んだ。 変化は突然だった。 彼女がその剣を握ったその瞬間、えもいわれぬ感覚が俺の中を突き抜けていく。 とてつもなく大きな物、とてつもなく偉大な物。言い表すことの出来ない壮大な何か。 俺の見ている前でエクスカリバーがアルに呼応していた。それは拒絶とか否定の意思ではなく、剣自らが己の所有者を見つけ歓喜しているかのよう。 ゆっくりとエクスカリバーを引き抜くアル。光はなお強く、眩いはずの閃光は何故か俺達の目を焼かない。 光を纏い、やがて剣は引き抜かれた。高々と、勝利を宣言するかのようにアルは剣を掲げる。 驚きはまだ続く。 捧げ上げた剣が発する光がアルトリウスに纏わりつき始める。剣から手、手から肘、肘から肩へ。そして全身へ至る。 そして、光から生まれ出たのは甲冑。肘までの篭手。その先はまばゆいばかりの蒼。やがて肩から全身へ。白金に輝く甲冑と蒼の戦装束。 まるで3流映画のSFX。いつもならあくびでもしている場面だが、目が彼女から離れない。いや、離す事が出来ない。 変化は足先に至るまで行われ、結果、彼女の全身は眩いばかりの"騎士"へと変貌した。「………………」「――――――」 この場にいる全員が声も出ない。まるっきり呆けた顔で目の前の光景を直視していた。 そんな中俺の中では興奮と、何故か歓喜が渦巻いていた。理由など判らない。だが全ての現実を優先して俺の心は激しく揺れていた。 彼女が剣を降ろした。彼女自身も信じられぬといった顔で自分の姿を見ている。 そして、こちらを振り返る。 あけもどろの光を受け、輝く白金と蒼、そよ風にたなびく金色の髪。そして、何よりもその者を象徴するその剣。 感動と、興奮と、歓喜が交じり合いイっちまいそうになる。 一体誰だ、こんな陳腐で……サイコーな演出を思いついた神様は。 俺がかつて視た幻視。重厚な回廊と、居並ぶ騎士と、その中を威風堂々と歩く者。 だがそんな物、目の前にある現実の光景に比べて何と陳腐な事か。 老いも、若きも、男も、女も、あぁ誰もがひれ伏して見るがいい。 彼女こそ……誰もが再誕を夢見てやまない者。「…………アーサー王」「―――!!―――」 震える声でその名を口にする。恐らく聞こえたのはセイバーだけ。 瞬間、彼女の表情が驚いた様に一変。次の瞬間には纏っていた鎧が霧散し、元の服に戻っていた。「セイバー……さん。貴女は」「……………………」 ガルが唖然としたまま呟く中、アルは呆然とした顔で俺を見ていた。俺もまた夢から醒めた様に今を再認識する。 エクスカリバーは静かに光を収め、アルの手に握られていた。 遠く、朝日の向こうからエクスカリバーの光に導かれたように救助隊が来るまで、俺達は10分ほど微動だにできずにいた。/// ////// /// ――― 一ヶ月が経ち、彼等はまた戦地にいた。 同時に戦いは一ヶ月で終わりを迎えていた。各地の魔術協会を強襲したホムンクルス達は、駆けつけた援軍によって完膚なきまでに掃討されていったのだ。 援軍 ―――― アルトリウスが率いる一団だった。 もっとも一団といった所で語弊がある。 戦場を渡り歩く度に彼女にほれ込んだ者達が加わるが、主に戦ったのはアルトリウスだった。 なにせ敵と見れば仲間の制止も聞かず単身で敵中に突っ込み、鬼神のように敵を屠り、危機ともなれば遠慮なく宝具を解放した。 そして彼女は勝利した。自身がいくら傷を負う事も構わず、仲間の生還と一般人の生存を優先した。 彼女の強さと、物珍しさで部隊に参加したある魔術師が単身傷ついて戻ってきた彼女にこう言った事もある。「貴女は自分が見えているのですか!」 恐らく周りの人間殆どが思っているであろう言葉であったが、彼女は何も答えなかった。 自分だけが傷を負えばいい。自分だけが必死になればいい。そうすれば多くを助け、多くを生かすことが出来るとアルトリウス思っていた。 そうしなければ守ろうとした命が離れていってしまう。自分には"勝利"の加護が付いている。いくら傷を負おうと勝利する。 傷を負うくらいなら慣れている。仲間や罪のない人達へ向けられる刃が自分に向けばそれだけ傷つく人達が減る。 その為に多くを倒し、遠慮なく宝具を開放し、敵の注意を自分に向け続けた。 その結果彼女が辿ったのは外と内の崩壊という自滅の道。 元々無理があった。 エクスカリバーは英雄"アルトリア・アーサー・ペンドラゴン"の物。 だが贋作とはいえ、アルトリアとしての"魂"とエクスカリバーの間にある"アルトリウス・セイバーヘーゲン"という"肉体"は、魔術の戦争が大半を占めていた過去と違い科学によって魔術への耐性そのものが劣化し、過度の魔力行使に耐えられる体ではなかったのだ。 つまり、老朽化した上に腐食したパイプに怒涛の圧力で水を流すような物。 それでなくとも封印を破り、カリバーンを手に入れた事による魔術回路の崩壊を、がんじがらめに巻いた封印と流動の布でごまかし続けている。……いつか駄目になるのは傍目から見ても解り切っていた。 外見は繕える。だが宝具を開放する事による内部――精神の崩壊を食い止める事は誰にも出来なった。 割れるような頭痛と記憶障害が目立つようになり、意識していなければ正気を保てないという末期症状まで出てくる始末。 そんな何時崩れるとも解らないリーダーについて行く者はいない。興味本位で参戦した魔術師から始まって、一時は100名ほどに膨れた部隊は徐々に人が減っていった。 そして最後の戦いを目の前にして残ったのは、ランス、ガウェイン、ベティといった3人の他、20名ほどの親衛隊。魔術師もいれば軍人もいる。さらに国籍までが入り混じり外人部隊の様相を呈していた。 その誰もが彼女の在り様の理由を知っている者、彼女を一人にして孤独なまま戦わせる事を嫌った"お人好し"達だ。それに、彼女の素行を非難するよりも、戦人としてのカリスマが彼らの心を占めているのも要因の一つでもあった。/// /// 丘陵地帯の小さな町にある魔術師の逗留所を襲撃したホムンクルスを掃討するのが、俺達が行う最後の戦い。 方々からの連絡によれば、ほぼ全ての町や村は奪還したとの報告を受けている。急場しのぎに作られた魔術師の連絡会は散っている魔術師達を再結集させ、大掛かりな山狩りを行うとの事だ。 やると言うからには3日と経たずに終わる事だろう。彼らの怒りは生半可なものではない。故に、事実上俺達が部隊として戦うのはここが終点という事になる。 現場からの連絡では住民達は町の中に軟禁状態だという。逗留していた魔術師達を餓死にでもさせたいのか、包囲網を形成した上で敵は動こうとしない。 もちろん家から出て逃げようとした者は瞬時に黒鍵の餌食に成り果てているという。しかし、家から出てこない者に対しての攻撃もない。ならば外から引っ掻き回してやれば彼らを逃がす事も可能だろう。「……………………」 町を指呼の距離に望む位置まで接近し、部隊が展開する。奴らとの戦闘を何度も経験した、熟練の部隊。 俺は皆に遅れてトラックから降りた。「……なんか、来るところまで来ちまったな」 渡された軍隊用の装備に身を包んでいる自分を見てため息をついた。 魔術師であるガウェインやベティはともかく、俺は純粋な一般人。それが、何の因果かあの魔術協会からこっち兵士の真似事ばかり。 非凡な指揮能力が芽生えたのか、今となっては副隊長までやらされる始末。 だが、戦場ではそんな事など言っていられない。何も考えず突出するセイバーに代わって陣頭指揮を取れる者が、ガウェインか俺しか居なかったのだ。 そして、何の因果か俺ら二人は見事にその役を果たし続けている。 現状、乱れに乱れたイギリスは今各国の軍隊が入り込んで混沌とした状態にある。俺達の様な傭兵団がいくつも組まれ、戦っている所も見た。被害の大小はあれども、各々戦果は上々。 戦う事を決めたあの日を思い出す。『戦ってくる』 銃を片手にそう言って、俺は安全な場所へ避難する両親を見送った。 そして、半月。明日をも知れぬ戦場を巡る毎日が続く。こんな境遇はテレビの中だけだと思っていた半年前が今更ながら懐かしい。 アルがあの時言った言葉が思い出された。『戦闘と"肉を焼いた物"が毎日続いて貴方は耐えられるか?』 血と硝煙の臭い。何かの肉が焼ける臭い。……耐えられようはずがなかった。 地獄絵図を毎日のように見せられ食べ物が喉を通らない。だが、生きる為と戦う為に食べなければいけない。不味かろうと口に入れ、咀嚼し、飲み込み、消化し、活力に変えなければ生きる事さえ危うくなる。 それは、あの仲間達が眠る協会の地下で学んだ少ない知識。「あんたら、肝が据わってるな」 そんな俺達を評して一人の年上の兵士がそう言った。 ある激しい戦闘の後、人を撃った事も無い兵士が命からがら勝利し、キャンプに集まって消化の早い固形の栄養ブロックでさえ吐き出す中、俺は胃に入るだけの物を食べた。 味なんてまるで感じなかった。以前に食べた事のあるレーションでも、今なら「まずい」とは言わないだろう。言ってる暇なんて無いのだから。「……あぁ、死にたくないからな」 同じ戦場に居たガウェイン、セイバー、ベティも同じだった。何も考えず配給された食べ物を胃に押し込んだ。 軍に入っている者達より、年半端も行かない俺達の方が何かを悟ったような行動だった。 それが何の意味も無く命を掛ける羽目になった者と、何の意味の無い戦いを戦い抜いた者との経験の差。 その兵士が今どうなったかは知らない。ひょっとしたら死んだかもしれない。人の死に対して無感情になりつつある事にふと気付いた。戦場では一人の死など勘定に入らない。勝ったか、負けたかの二者択一。 敵が現代科学の粋を集めた装備に対し圧倒的な劣勢だとしても、こちらの戦死者は出続けている。 人が死んでいく事に麻痺する。命があるのは運がいいだけ。……これが戦争。 ――― これが彼女の生きてきた日常。 たった20人ばかりの兵士達。実は彼らの名前すら知らない。その兵士たちに対し指示を飛ばし戦う。 これは掃討戦だ。おまけの様な物だ。……だから一人たりとも死ぬ事は許されない。 自分が出来る事は、いかに有利な戦いが出来るかだ。 トラックの中に視線を巡らせる。 そこには白銀の鎧を着込んだアルが鞘に収められたエクスカリバーを手に目をつぶっている。 アルが何を考えているか俺はもう判らない。 アルが何かを呟き、ふらふらと夢遊病者のように動き回るのは、もはや日常となってしまっていた。集中を解けば意識が飛ぶ、と彼女は言っていた。だとすれば今の彼女はとりあえず大丈夫だろう。 彼女の場合、その出で立ちと派手さから従軍記者に付け回され、取材される事が多かった。無論、記者に直接答えさせる事など断じてさせてはいない。 だが、情報は瞬時に世界を駆け巡る。過去の功績まで引き合いに出され、彼女はこの戦争のシンボル的な存在となっていた。 そして彼女が振るう宝具と、宝具の開放時に叫ぶ「エクスカリバー」という言葉。 世界中で"アーサー王の再臨"と騒ぎが起きている。"勝利"の代名詞たるアーサー王が再臨したならば、この戦争は勝ったも同然と兵士達が士気を高める。雄雄しく戦う姿が、リアルな映像として流れた事もある。 まるで映画か何かのように騒ぎ立てている事に俺は怒りを感じていた。 お前達は何も判っていない、と。それは行動を共にしてきたガウェインやベティも同じだった。 兵達の見ている前で彼女がどんな醜態を晒しているか大衆は知らない。戦場の光景は常に美化されて伝わっているのは理解しているが、アルは着実に死への階段を登っているのだ。 自我の崩壊という危険を承知で宝具を開放して戦う等、大衆の誰が知るだろう。 ベティが付きっ切りでセイバーの容態を診ているが、もはや猶予はない。いくら言ってもセイバーは聞かない。 もう一度エクスカリバーを使ったらアルの自我は確実に崩壊する。 だから、この場に従軍記者はいない。彼女の死を見世物にしたくなかったのだ。「誰が死なせるか……!」 こぶしを握り締める。と、ガシャッと音を立ててアルがトラックから降りてきた。 それだけで周囲の空気が硬く引き締まる。 素行や独断専行の云々はある。だがそれを差し引いてなお、彼女は紛れもなく勝利の代名詞として名を馳せた英雄の生まれ変わり。 否、たとえ誰であろうと今までの功績からすれば十二分に英雄だ。男だの女だのととやかく言う奴はすでにいない。全員が軍隊の装備に身を固めていようとも、彼女一人が時代錯誤の甲冑に身を包んでいる事に文句をつけない。 "騎士王"である彼女がそう在る事を誰も否定できないからだ。「あそこですね」 大地を踏み、背筋を伸ばし、威風堂々と町を見下ろすアルは、一挙手一投足が絵画から抜け出たような印象を受ける。 ただ未だに認めたくないのが、これはゲームでもなければ映画でもない其処に在る戦争だということ。 目の前の女を俺が愛し、洒落にならない戦場に俺もいるという事。「馬でもって駆け下りれば、さぞ絵になるだろうにな」「要りません。突入しますから救助はお任せします」「待て、セイバー!!」 止める間もなく、セイバーはまた単身で戦場へ突入していく。「くそ、アルの奴最後まで我が侭やりやがって」 『また私をセイバーと呼んでくれますか』。戦地に入る前、彼女はまた俺にそう言った。 もう二度と戦うことなど無いと思っていた俺にとってその言葉は痛烈だった。 そのセイバーについてここにいるガルやベティも二度と戦いたくないと思っていたはずだ。……俺達も揃ってお人好しらしい。「あぁ、結局馬鹿がコレだけ揃っちまったって事だ」 手に持ったアサルトライフルのスライドを引き、チェンバー内に弾丸をぶち込む。「行くぞ!!」「「「応っ!!!!」」」 地に響く人々の雄叫び。それを背にアルは町に飛び込んでいく。 アルトリウス、お前は何を考えてる。【正義の味方】にでもなりたいのか。 ……いや、ともかく今は意識を戦いに向けよう。 LastMission LEVEL:REAL 成功目標:街の開放。ホムンクルスの殲滅。 行くぜ、これで本当に最後だ!!