仮にどちらが勝つかと問われたなら100人が同じ答えを即答するだろう。 無謀という言葉すらも勿体ないほど、この二人の対決は圧倒的すぎるのだ。 片方はギリシャ神話にその名を轟かす大英雄ヘラクレス。 主神ゼウスの息子、怪力無双、12の試練を乗り越えその身に命のストックを宿すに至った者。 しかもクラスはバーサーカー。元々のスペックが馬鹿みたいに高いというのに、それを狂戦士のクラスにする事でさらに高めるという暴挙。 普通のマスターであればまず召喚自体が奇跡。しかし、彼のマスターも尋常ではない。 ホムンクルスの大家、アインツベルンが総力を賭して作り上げた最高傑作。聖杯として、マスターとして最高の性能を備えた存在であるイリヤスフィールはバーサーカーを完璧に制御していた。 通常で考えれば勝つのが当たり前と思わせる組み合わせ。 そんな規格を3つも4つも逸脱した相手に立ち向かうのは凡庸な女性。 最初から最後まで謎を残し、自らのマスターも失ったはぐれサーヴァント。 彼女は全てを救いたいと願った。ただ救いたいと願い続けた。 故に何者も顧みず、故に何も見返りを望まなかった。 自分を犠牲にし続け、ついには死をも対価に他者の救いを願った女性。 目に入る者全てを救い続けた彼女は英雄と崇められた。英雄と祭り上げられた。 ただがむしゃらに駆け抜けるうちに、ついには一国を救ってしまった彼女はこう呼ばれた。 『再誕した騎士王』 騎士王アーサー。ヒロイックサーガの代表ともいえる英雄の一人。勝利を約束された王。 伝説にはアーサー王はいつか蘇り再びブリテンの危機を救う、と記されている。 失われたはずの聖剣"エクスカリバー"を手に祖国を奪還し、混乱したイギリスを収めた彼女はまさにアーサー王の生まれ変わり。 だが、彼女が再び英雄となる経緯は歪に過ぎた。 苦悩、憤り、後悔だけが彼女の心をさいなみ、何の意味もなく戦い抜いた。ただ剣であろうとした。守りたいと戦い続けた。前世の自分がそうであったように。 ――――結果、決意も誓いも紙屑のように守れなかった。 全ては紙屑と散り、怒りのまま暴れた彼女を救ったのはいつか愛した少年の残像。 "もっと良い国を"と願った前世をたった一人の少年に救われた彼女は、他者の為に生きた少年が作った剣に誓った。 【正義の味方】などとは言わない。だが少しでも、一人でも多くの人々を救おうと。 その為ならば、自分一人が傷つく事など構いはしない、と。 大英雄ヘラクレスと"座"に二度も召し上げられた騎士王。 結果は傍目から見れば分りきっていた。 経緯はどうあれ、バーサーカー対アーチャー。どうあがいてもアーチャーに勝ち目など在るはずがない。 マスターとして一級であるイリヤスフィールも同じ考えだった。象がアリを踏みつぶすように簡単に終わるような戦い。 バーサーカーの斧剣が怪力によって爆発的な威力を持って振り下ろされる。全力のセイバーを持ってしても耐えきれない一撃。 それに対峙するアーチャーは風王結界で不可視になった武装を腰溜めに構え、真っ向から打ち上げた。「……馬鹿ね!」 無謀というのもおこがましい行為。どう見たってアーチャーが打ち負けるに決まっている。 両者の武器が激突し、魔力の閃光が巻き起こる。アーチャーは打ち負け、バーサーカーは一撃の下にアーチャーをミンチにする。 いや、……そのはずだった。 ―――ギィン!!! 大気が爆ぜるという言葉を表現するとするならば、今この時ほど相応しい刻はないだろう。 激突した場所を中心として爆ぜた魔力は、チリやホコリを吹き飛ばし衝撃は風圧となってイリヤを襲った。「なっ……!?」 アーチャーはバーサーカーの一撃を耐えていた。それだけではない。 切り返しての二撃目。再びの激突は先程よりも激烈。そして、信じられない事に弾かれたのはバーサーカーの腕の方だった。「そんな……どうして!」 バーサーカーに指示を与える事も忘れてイリヤは呆気に取られていた。 さらに3撃目。斧剣を驚異的速度で振るうバーサーカーに比べて、アーチャーは目をこらせば追えるほどの速度で剣を振るう。 あらゆる点でバーサーカーが有利の筈なのに、全ての点でバーサーカーが勝っているというのに、 ―――ギィン!!! 一度目はまぐれだと言えるだろう。令呪によってぶち上げた魔力を全力でぶつければ一撃くらいは弾き返せる。 しかし、アーチャーにセイバーのような魔力放出のスキルは備わっていない。そもそも魔力を放出させない為に赤い布を全身に纏っているくらいだ。 故に一度目がまぐれだというのなら、二撃目もバーサーカーが弾かれたというのは如何なる奇跡か。 まして3度ともなれば、それは紛れも無くアーチャーの成せる業ではないのか。 4度目、今度は横殴りの一撃。今度は迎え撃たずに、あろうことか刀身で受け止める。 怪力にまともに耐えられるはずも無い。アーチャーは跳ね上げられ、しかし空中でクルリと体勢を直すと二階の廊下に着地した。ダメージはほとんど無いように見受けられる。「来い! こっちだ!!」 言うが早いかアーチャーは身を翻し、屋敷の中へと逃走する。「■■■■■■■■■―――!!!」 バーサーカーは呼ばれるままに床を蹴り、廊下を踏み砕く勢いで2階に着地。アーチャーを追う。「―――――――――」 それを当のイリヤは呆気に取られて見ていた。 相手になるのはセイバーくらい。彼女の認識は確かにその程度だった。 バーサーカーの斬撃を3度も跳ね返すほどの力量があるようには思えないセイバーの偽物。 そして、舞台は屋敷の中へと移っていく。 /// /// バーサーカーの剣が壁を砕き割り、さらに叩き付けられた床は一気に階下への穴を開ける。 縦横無尽――――とは言えば聞こえはいいが、実際は迷惑極まりない上へ下への粉砕テロ。 バーサーカーは理性を持たない。故に攻める以外の選択肢を持たない。英霊が誰であろうと、どんな技量を持っていたとしても、ただがむしゃらに宝具を振り回すだけの存在に成り果てる。 元々弱い英霊を強化する為のクラスの筈だったが、アインツベルンはヘラクレスをバーサーカーにし、能力を底上げするという暴挙に出た。 生前に培った技能を封印され、意志無き攻撃はあらゆる物を粉砕し尽くす存在となったバーサーカー。 こんな化け物に対抗するとすれば、それこそ同じような英霊が束になってでも掛からない限りは不可能だろう。 もしくは12回殺してのけるだけの宝具を有する存在。 だが、アーチャーはそんな物など持っていない。力もセイバーに劣る。 それでも、彼女には一度バーサーカーの腕を切り落としている実績があった。 ステータスで劣るはずの彼女が何故セイバーと同等の能力を発揮できるのか。 それは彼女の体に巻いている布のお陰だった。封印と流動という特性を持った魔術品。 アーチャーの体は常時魔力を放出してしまうというデメリットを持つ。生前にボロボロまで酷使した為、まともに制御できなくなるほどだった魔術回路をこの布で補い、戦ってきたのだ。 布に施された魔術はアーチャーの魔力を放出させないよう内に留め、さらに意のままに流動させる事が出来た。 魔力配分によっては簡易的なブースト効果を得られる。 さらに彼女自身が持つ数多の戦闘理論。 相手が誰だろうと対人という範疇に収まるなら、彼女が生前血眼になって追い続けた"役に立たない技術"が生きてくる。 実戦において磨いた経験と身につけた理論を渾然一体と纏め上げ、相手の動き、自分の動き、体捌きに至るまでを計算し尽くし自分の有利な環境を作り出す。 そしてインパクトの瞬間に発動するのは、彼女が唯一扱える魔術である"風"。 風王結界は極限まで風を圧縮し姿を見えなくする魔術。解放時には台風並みの風が荒れ狂う。 ならばその風を一方に集約する事は出来ないのか。剣が当たる瞬間に解放する事で攻撃力に転化する事も可能なのではないか。 いわゆる風によるジェット推進、ラムジェットと呼ばれる理論。 やってやれない事はなかった。しかし彼女は魔術師ではないので制御は甘く、膨大な風圧をまき散らす。 だが事足りた。 布の魔術によるブースト、身につけた戦闘理論、そしてラムジェット。 三位一体となった際の攻撃力は先の通りバーサーカーの斬撃を弾き返すほど。相手がバーサーカーでなければ、もし魔術を扱う小手先の利く者が相手であったらこうはいかなかっただろう。 攻める事しか知らないバーサーカーだからこそ、武器を愚直に振り回すことしか出来ないバーサーカーだからこそ真っ向から打ち合える。 ―――ならば、決め手はどうするか。 豪快な音ともともに壁が粉砕され、土煙が舞う。アーチャーはその中に隠れるように身を捌き、来るべきチャンスをうかがう。「バーサーカー!!」 そんな激戦区に幼い声が響く。さしもの狂戦士の意思も彼女の声だけは聞き逃さなかった。 意識がアーチャーから外れ、アーチャーはその一瞬の隙にさらに屋敷の奥へと移動する。「あのニセモノ……どこまで逃げるつもり?」 どうにか追いついたイリヤは明らかに時間稼ぎをしているアーチャーに苛立ちを隠せない。 それにここはイリヤの家。土足で此所まで踏みにじられては苛立って当然だ。「ふん、逃げ足には自信がありそうだけど、わざわざ自分から行き止まりに向かうなんて結構抜けてるのね」 この城はイリヤスフィールの家。そこを逃げ回るのはアーチャーには不利。 城の造りなどアーチャーが把握しているはず無いという余裕がイリヤにはあった。 /// /// 凛から貰った魔力には限界がある。あまりバーサーカーの攻撃を相殺する事に使用して目減りさせる事は得策じゃない。バーサーカーの命は12。できれば6度、最低でも5度は殺さなければならない。 それにしても……、「『別に倒しても構わないのだろう』……ですか。私が言うには荷が大きすぎますよ、シロウ」 自嘲しながら、布石の為に廊下を駆ける。 バーサーカーとまともな力勝負など挑むだけ無駄だ。 無駄なら逃げる。勝つ為の布石を仕掛ける為に、ありとあらゆる思考を巡らせる時間を稼ぎ出す。 自分が本来の"騎士"であったならこんな真似はしなかっただろう。 真っ正面から全力で、真っ向から力の限り、全力を掛けた戦いを騎士は望む。 だが、今だけは騎士としての矜持をかなぐり捨ててでも自分の勝ちで終わらなければならない。 そうしなければ、マスターである凛――元か?――やセイバー、何よりシロウを守れない。 その為にはこのイリヤスフィールの古城というステージは大いに利用させて貰う。「こんなチートのような真似が許されるのは私くらいなものなんでしょうね」 廊下の角を回り、裏手の階段を駆け上がる。 イリヤスフィールの古城は確かに彼女の家なのかもしれない。 しかし貴女が来る以前の使用者が誰か、貴女は"全員"は覚えていないでしょうね。 二階に上がり、さらに廊下を移動して理想的な位置に立つ。 左手に弓を取り出し、今まで残していた真紅の槍を番える。「まずは布石の一手……」 体を開き廊下の先に向かって弓を引く。魔術布で押さえ込んでいた魔力を解放し、槍を起動する。 ほぼ同時に床が揺れる。当然だ。奴はこの下にいるんだから。 槍の魔力は十分。「■■■■■■■■■■------!!!」 轟音と共にバーサーカーが予想通り床をぶち抜いて現れる。 予想通りのタイミングに、想定通りの射程の中に。「突き穿つ(ゲイ)……」 私はそこに、準備していた必殺を叩き込めばいい。「……死翔の槍(ボルグ)!!!」 大気を裂き、死の槍は一直線にバーサーカーに向かう。気づいたときにはもう遅い。 それでも、迫り来る"死"にバーサーカーは本能のまま斧剣を振るう。 だがこの矢はそんな斧剣の攻撃など意に返さない。迎撃するはずの斧剣を避けるかのようなあり得ない軌跡を描き、ゲイボルグは肉体その物が宝具と化したバーサーカーの心臓に向かってその切っ先を潜り込ませる。 事象を逆転させ、結果を先に持ってくる宝具"ゲイボルグ"。放った瞬間に心臓に刺さっているという結果を持ったゲイボルグは鋼の肉体など無かったように貫き、伝承の通り弾ける千の槍でバーサーカーの心臓をズタズタに引き裂く。 バーサーカーは脱力してその場に膝をついた。「バーサーカー!?」 動きが止まったバーサーカーに驚いたのか、階下のイリヤが声を上げた。 ―――ピシッ! 私の手の中では、役目を終えた弓がその存在を手放した。「………………」 だが、感傷に浸る暇はない。 私はすぐさま床を蹴り、左の廊下へと駆け込む。「…………■■■■■ーーーーー!!!」 直後、英雄の咆哮がまた古城の中に響き渡る。「まったく、チートな能力はどっちも同じですね」 巨人の咆哮を背に私はまた廊下を駆ける。出来ればもう少し引き延ばしたいところだ。 /// /// バーサーカーが一度殺された。 アーチャーがそれを成したという事実も驚きだが、アーチャーが使ったのは前にやってきた忌々しいランサーが使った槍ではないか。 バーサーカーの胸から存在が消失する槍を見ながら、イリヤは自分が相対している存在が判らなくなっていた。 アーチャーでありながらバーサーカーと同等の力で渡り合い、訪れた事のない城の中を熟知し、ランサーの槍を使用した。 「アイツ……一体何者?」 いまいましくイリヤは奥歯を軋ませる。 本来なら軽く一蹴して一刻も早く凛や士郎を追い掛けたい所だが、このまま続けるとこの城自体が崩落する危険も出てきた。 ようやく気づく。アーチャーはこうやって自分達をここに縛り付けておくつもりなのだ。 アーチャーはどういう訳かこの城の内部を熟知しており、挑発と逃走を繰り返し、隙あらばバーサーカーの命を削る。自分達は自分の城を壊す懸念を視野に入れながら動かねばならず、否応なく破壊するバーサーカーは制限を強いられる。「騎士とはよくいったものね。なんて狡猾な……」 アーチャーの気配はまた消えている。イリヤやバーサーカーの感覚を持ってしても気配が希薄なのだ。(それにアサシンみたいな奴) 実際にあった事はないが、アサシンは「気配遮断」のスキルを持つという。 アーチャーごときにそんなスキルがあるはずもないのだが、この希薄さではそう思いたくもなる。「行くわよバーサーカー! ここまでコケにされて黙ってられるもんですか!」 気配は希薄だが、認知できないほど薄くもない。 時間稼ぎはこれ以上許さない。シロウの事は一時頭から離し、目の前のアーチャーを討つ事に集中する。 /// /// 目の前でゆっくりと風が舞う。 城の一室の壁に背を預け、アーチャーは一息ついていた。「…………時間がありませんか」 自分が手にする聖剣を覆う風。それに綻びが出始めていた。 凛からの魔力供給が無い今、安定した状態を保つのは難しい。しかも現状、風の維持の為に命をすり減らしているような物。本来なら切りたいところだが、バーサーカーを相手にするには解除するわけにも行かない。 幾度となく切り結び、相手を苛つかせこの城へと縛る。今のところはうまくいっている。「私の魔力が持つか、この城が崩れるかの勝負でしょうね。 ……シロウ達は廃墟へたどり着いたでしょうか」 廃墟にたどり着いた時間までは覚えていない。1時間だったか3時間だったか……。 ……ジャリ「―――!!!」 直後、轟音と共に壁が吹き飛ぶ。その寸前に私は窓をぶち破って身を踊らせる。 浮遊感と落下感。姿勢を直して着地、すぐさま目の前の窓に飛び込む。「そうだ、追ってこいバーサーカー!!」 追ってくる相手へと挑発を繰り返す。 これが騎士道などという気はない。だが36計逃げるが勝ちとはうまい事を…………、「■■■■■■■■ーーーーー!!!!」 ―――その声は、至近から聞こえた。「なっ!?」 轟音と共に目の前の壁を粉砕しながら斧剣が迫る。間一髪直撃だけは避けた。 しかし、その烈風は髪留めを裂き、衝撃を殺しきれずに私はたたらを踏む。 馬鹿な! 上で襲ってきたのは一体……!?「くっ!」 逃げる。正面ロビーへ。 後ろから迫るのは絶対的な死。立場の逆転は一瞬だった。 足下がおぼつかないのは色々と破壊した瓦礫が俟っているせいもあるが、何より私の魔力が減ってきている証拠。「はっ、はっ、はっ…………!!」 肺が強烈に酸素を欲しがっている。足が度重なる強化でボロボロになっていく。 限界が近い。必要な事を成す為にこれ以上魔力を削るわけには……。 なんとかロビーへと飛び出した。「■■■■■■■■■ーーーーーー!!!」 直後、飛び出してきたバーサーカーが斧剣を振るう。「あああああああああああ!!!!」 強化と理論とラムジェット。残り幾ばくかのヤケクソで剣を振るった。 轟音と烈風がロビーの瓦礫を舞い上げる。これでいよいよ余裕が無くなった! 結局、振り出しに戻ってしまった。いや戻されたのだろう。「なかなか持つじゃない。アーチャーにしては快挙よ」 対峙する私とバーサーカーを見ながら、イリヤが階段から姿を見せる。「いい加減あきらめなさい。あなた今の自分の状態が判ってる?」「…………えぇ、そこそこは」 全身くまなくボロボロだ。今生きている事が奇跡なぐらいに。 「ふん、単独行動のスキルがここまでしぶといなんて思わなかったわ。普通なら一発で死んじゃうのに」「……………………」「答える余裕も無し? なら死になさい」 バーサーカーが動く。今は攻撃を弾き返す余力はほとんど無い。 足への強化を行い、全力回避。斧剣はロビーの床を遠慮無しにぶち砕く。(くそっ、どうする。どうする! ここで使うわけには!) バーサーカーの攻撃は苛烈さを増す。斧剣が床を砕き、瓦礫は四方八方に散弾のように打ち出される。 ―――パァン! ふと、その一発が天井のシャンデリアを打ち抜いた。 大暴れした後だ。いい加減脆くなっていたシャンデリアは軸から折れ、落下する。「…………え」 その下には無防備なイリヤが……「おあぁぁぁぁ!!」 剣を後ろに向け風を解放する。吹き出す風を推進力に剣を振るうバーサーカーをやり過ごし、イリヤへと飛び込んだ。 ガシァァン! とガラスが砕け散る音。弾けたガラスがいくつか鎧の隙間から私の体に突き刺さる。「うぐっ! …………くっ!」「……………………」 私の腕の中には呆然としたイリヤがいる。「よかった。間に合いましたね」 無理矢理に笑みを浮かべた。「あ、あんた…………何で」「さぁ、何ででしょう。…………気がついたら飛び出していました」 振り返る。バーサーカーはこちらを向いて動きを止めている。 私がイリヤを抱えているからか。 そっと、イリヤを降ろす。「お、恩を売ろうたってそうは行かないからね!」「ふふっ。返しこそすれ、売る恩などありませんよ」「え……?」 さぁ、これで本当に背水の陣だ。 剣の結界は解いてしまった。これ以上バーサーカーとは打ち合えない。 持っている聖剣に視線を走らせる。いい加減、あなたもボロボロですね。「さぁ、決めるぞバーサーカー!!」 一気に横へと走る。目指すは外。邪魔の入らない広い空間。 ガラスを砕いて外へと飛び出す私に続き、さらなる轟音と共に壁をぶち砕いてバーサーカーが飛び出してくる。 外へ出れば、もう合図などいらない。体勢が整えば攻めるのみ。「■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」 バーサーカーが来る。 私は動かない。どうせなら、最適なタイミングで使いたい。 右足を引き、両手で聖剣エクスカリバーを握りしめる。聖剣が目を覚まし、鈍色になっていた刀身は再び黄金の光をたたえ始める。 力を残す必要はない。剣を振る力だけを残し、後は一気に剣へと送り込む。 全身から一気に力が抜け、脈打つように光が強くなる。 後一歩で距離を詰められるその時、私は今の今まで温存していた宝具を解放する。 ―――ガァァァァン!! 斧剣が私の目の前で制止する。 思考を失ったバーサーカーでも唖然としただろう。自分の攻撃が何の脈絡もなく制止したのだ。 宝具の名は「全て遠き理想郷<アヴァロン>」。私が腰に下げていた聖剣の鞘。 かつて私が失い、前世の私がここに来るきっかけとなった物。それが今、刻を越えて再び私を守る城壁となる。 一瞬にして微塵に解けて展開したアヴァロンに、力だけのバーサーカーの攻撃が幾度となく叩き付けられる。 だが結界宝具であるアヴァロンは、5つの魔法ですら遮断するこの世で最強の守り。易々と通すはずもない。 バーサーカーが吼える。斧剣の乱舞がが埒外の力を持って叩き付けられる。だが、そよ風すらも伝わっては来ない。「劇終だ。バーサーカー」 これで本当に最後。全ては泡沫へと消え去り、私は在るべき所へと還るだろう。 聖剣を握り込み、さらに剣に残っていた魔力を絞り出す。 黄金の光は強烈に私とバーサーカーを包み込んだ。 これでいいのかとは顧みない。 これで終わりだと決めていた。 幾百と幾千の刻の輪廻を越えて、私は今………… ―――勝利をとる!