町を占領していたホムンクルス達は接近する魔力をすぐに察知した。 町中にいる物達よりも数倍強烈な魔力の持ち主が自分達に向かってきている。ホムンクルス達はすぐに驚異対象を変更。町に接近する正体不明の相手の迎撃にシフトする。 最初にセイバーを視認し迎撃に出たのは、地下で床をぶち抜いた右腕を改造され分子振動クローを取り付けられた奴だ。 見張りに立っていた屋根から飛び降り、セイバーへと疾走する。セイバーもまた迎撃に来る相手が何者かを察した。しかし、察してなお彼女は速度を緩めるどころが一層のスパートを掛ける。 お互いの距離は10秒もせずに縮まり、 ―――ギィィン!!! 一瞬で交錯し、一瞬で勝負はついた。 セイバーは勢いそのままに町へと突入し、ホムンクルスは右腕を胴体ごと袈裟に断ち切られていた。 /// /// 部隊が突入すると同時に、あちこちで戦闘が起こる。 何体のホムンクルス達が入り込んでいるのかは不明だが、周囲を取り囲まれるほどでないのがありがたい。 しかし、問題は戦闘を始めた事で町の人々が隙を見て逃げだそうとするため、避難誘導に気を払わなければならなかった。「くそっ、アルの奴どこまで行った!」 俺達は町の中程まで入り込み避難の誘導をしていたが、セイバーの姿が一向に見えない事に苛立っていた。 と、「兄さん! 二時方向!」「―――!!」 ガルの鋭い声が飛び、視線を跳ね上げる。 そこには飛び上がったホムンクルスが黒鍵を投擲するモーションを既に取っていた。次の瞬間に放たれる黒鍵。 避けるよりも先に、俺はライフルを跳ね上げダットサイトに敵を捕らえる。 鋭い音と共に弾丸の速度の黒鍵が俺の目の前で弾かれる。同時に放った銃弾が逆にホムンクルスを蜂の巣に変えた。 ガルが接近戦と投擲の迎撃、俺が中遠距離の攻撃といつの間にか役割が板についてしまっていた。 相方というのがこれほどありがたいと思った事はない。随分と助けられてしまっている。「わりぃ、助かった!」「お互い様です。あらかた避難も終わりました、次へ向かいましょう」「ベティは?」「町を迂回して反対側から入りました。あちら側が混乱しないように魔術師も数人ついています」「よし。 後ろ5人、住民の避難を優先し町の中心へ向かえ! セイバーは俺等で探す!」「判りました!」「了解!」 兵を割き、俺とガル、他二人で別方面へ向かう。 セイバーの戦闘はとにかく目立たない。太刀傷のあるホムンクルスがいればセイバーが通ったと判断できるが、セイバーは敵と見ればとにかく手当たり攻撃し次へ行ってしまい、捕まえるだけで一苦労だ。 エクスカリバーの目映い光だけが唯一の目印だが、今回に限っては絶対に使って貰うわけにはいかない。 それは彼女の死を意味している。追いつかなければ宝具を使う可能性が高まるばかりだ。「……俺が行くまで宝具使うんじゃねぇぞ。アル」 路地からホムンクルスが飛び出してくる。そいつに銃を跳ね上げながら、俺は絶望的な願いを呟く。 /// /// 戦闘の余波で、徐々に周囲が焦げ臭くなっていく。ガス管か何かを破壊したのだろうか。 目の前に迫るホムンクルスを切り払い、投げつけられる黒鍵を体をひねって回避する。「クッ!」 屋根の上に敵の姿を視認。腰から干将を抜き投擲。だが黒鍵の投擲速度とは雲泥の遅さだ。案の定新たな黒鍵で弾かれた干将は明後日の方向へと飛び、突如あり得ない軌跡と共に反転しホムンクルスの首に突き立った。「はぁ、はぁ、はぁ……ぐっ!」 また頭痛が襲ってくる。気を抜けば意識が飛ぶ事が何度も言われたが、この頭痛はいい加減どうにかならない物か。 屋根から落下した敵から、干将を回収する。 ホムンクルスを倒したのを見たのか、数人の住民が家から飛び出し、逃げていく。 奴らの姿は……無さそうだ。この辺りはもう終わりだろうか。「アリス! アリスーー!!」 ふと、逃げていく人とは逆にこちらに向かってくる女性がいるのを見つける。「叫ぶな。奴らを呼び寄せてしまうぞ!」 近づいて首根っこを捕まえて引き戻すが、女性は今度は私にすがりついてきた。「アリスが、娘の姿が見えないんです! 娘を見ませんでしたか!」 娘……? はぐれたのか。「…………、どこだ?」「え?」「はぐれたのはどこだ?」「この先の路地付近です。あぁ、アリス…………」 この先…………町の中心部、「隊長!!」 ふと、兵の一人がこちらに駆け寄ってくる。……さて誰だったか。「ご無事でしたか! 住民の避難は7割ほどを完了、市街中心部を残しあらかた片付けました! 指示を!」「…………彼女を頼む」「はっ!」「お願いします! アリスを、娘を!」「あぁ、必ず連れてくる。待っていろ」「……………………」 落ち着かせなければと声を掛け、何故か彼女は私の顔を驚いたように見る。そんなに妙な顔をしていただろうか?「隊長! 宝具の使用だけは止めてください、お願いします!」 名も知らぬ兵がきびすを返す私の背中に声を掛けてきた。 急がなければ……出来る限り多くの人々を…………。 町の中心部にも火が回り始めたらしい。木造の建物が多いせいか、火の回りも予想以上に早い。 多くの敵は私が引きつけたはずだが、まだ残りがいるはずだ。周囲を注意しながら、私は言われた辺りの路地を見回る。「アリス! どこだアリス!」 そういえば子供の見た目を聞いていなかった。失敗だ、これじゃ探しようがない。「アリス、いるのなら返事をしろ!」 ――― ドン!! 近くでドラム缶らしき物が爆発した「…………ひっ」 魔力で鋭敏化した感覚に、微かに誰かが息をのむ音が聞こえてきた。すぐさま接近して気配を探る。 倒壊して瓦礫と化した建物の影、瓦礫に隠れるように一人の少女が人形を抱いて身を潜めていた。「アリスか……?」「え?」 彼女が視線を上げる。その子と視線が交錯した瞬間、一瞬脳裏に過去の光景がフラッシュバックしてくる。 似ている、あの雪のように白い少女に。…………だが、名前が出てこない。「出られるか? お母さんが探しているぞ」「うん」 ともかく、ここにいるのは危険だ。一刻も早くここからでなくては。 少女の手を取り、引き上げる。…………軽い、そういえばあの子も軽かったか。 アリスは胸元に人形を大事そうに抱えていた。獅子のぬいぐるみ。…………そういえばあのぬいぐるみはどこへやっただろうか。「―――ッ!」 こんな時にまた頭痛。くそ、早くこの子を……。 顔を上げる。見えたのは、こちらに向かって黒鍵を投げつけるホムンクルス。「ちぃ!」 甲高い音を立て黒鍵をはじき飛ばす。「キャッ!」 少女が短く叫ぶ。 まずい、こんなタイミングで現れるなんて。ともかく、手っ取り早く倒して……、「―――!」 もう一度甲高い音。手を掛けた莫耶で別方向から飛来した黒鍵をたたき落とした。 投擲してきた奴に視線をやる前にもう一体を視認。「くそ、まだこんなに残っていたか……」 黒鍵の投擲。今度は複数本。莫耶とエクスカリバーを振り、後ろにかばった少女に当たる軌跡の物だけ打ち落とす。 そのせいで、一本が私の足を浅あらず切り裂いた。「はぁ、はぁ…………!」 守らなければ、この少女だけでも。 守らなければ、…………あの少女の面影を残す子供を。「あぁぁぁぁぁっぁ!!!」 左手の莫耶を指の間に挟み、同じく抜いた干将を敵に投げつける。 S極とN極の特性を持ち、複雑な軌跡を描いて飛来する干将莫耶。正面の一体は先に飛来した干将を弾いたがいきなり軌跡の変わった莫耶を避けきれず脳天に莫耶を食らって吹っ飛ぶ。 同時に3体のホムンクルスは両手に複数の黒鍵を出し、こちらへと投擲する。 今の状態で全部を弾く事は出来ないと直感が教えてくる。弾く事が出来てもせいぜい2、3本が限界 万事休すと自分の身を盾にしたいところだが、生憎と奥の手ならもう一つ。 ――― AVALON 腰にはいた鞘が一瞬にして微塵に解けて展開し、私と子供を守る結界となる。 5大魔法すら通さない最強の盾が黒鍵ごとき物の数ではない。「―――ッ」 激しい頭痛で結界が揺らぐ。魔力がつき欠けてる、長くは持たないか。 ふと後ろを見る。小さな少女がふるえている。 守らなければ、 守らなければ……、 守らなければ…………私が、「私が…………全て」 私の手の中で、最後の宝具が目を覚ます。 ―――ズキンッ!!「……カッ!」 今までで一等強烈な頭痛が襲う。その瞬間、頭の片隅から何かが消えた気がした。「私が…………皆を」 鳴動するように、私の持つ宝具の光は鮮烈に輝きを増す。 同じように頭痛は襲い続ける。…………何かが消えた。「私が…………」 鳴動…………大切な思い出が、「私…………」 鳴動…………なんでもない日常が、「ワタし…………」 鳴動…………、シロウ……「―――!!!」 目を見開き、歯を食いしばり、全てをぶつける相手を直視する。 願い、そして咆哮。「おおおおあぁぁぁぁぁぁ!!」 全力で振りかぶり、全力で言葉をはき出す。 光は全てを飲み込む奔流となり、最後の敵を塵も残さず葬り去るだろう。 躊躇う必要はない。この手にあるのは彼が私の為に打ち上げた最後の奇跡。「―――エクス」 あぁ、やはり私は貴方に助けられてばかりだ。…………シロウ。「カリバぁぁぁぁ―――!!!」 在りし日に、この身を賭した戦争の記憶…… 私の身勝手な願い……求め、願った物…… そして、全てを見下ろす世界………… ただ一度……、否、この身を持って二度目の願いを聞いてくれ。 力尽き、立つ事も叶わない私に今一度立つ力を…… この身が抱える、小さな命の灯火を守る力を………… 鋼の塊と化したこの腕を振り上げ、我が敵に一矢報いる力を…… そして願わくば……、今一度、あの少年に会う機会を…… 世界よ…………、たった一度……ただ一回でいい…… もし願い叶うなら……………… ――― 私の死後を預けよう。