「―――!!」 全員が、ハッとして振り返る。 直後、曇天と結界を貫き立ち上るのはいつか見たのと同じ黄金の光。あの城から相当離れたはずなのに、濃密に感じる事が出来るほどに膨大な魔力の奔流。「あれって…………まさか」 唖然としてその光を見上げる私達。 ――― カタカタカタ…… ふと、横にいるセイバーの右手から音がする。 あの時と同じように、セイバーの持つ宝具が同じ存在に共鳴しているように震えている。「…………ッ!」 ガッ、とその震えを止めるセイバー。「遠坂、今のってまさか…………」 士郎が半ば信じられないという顔で、聞いてくる。 私は答えず奥歯を噛みしめ、沸き上がってくる感情をぐっと堪える。 言われなくても解っている。アーチャーがあれだけの魔力を解放する宝具など……私が考えられる限り一つだけだ。「行くわよ。アーチャーの為にも私達が止まったら意味がないんだから」 そう、私達は勝たなくてはいけない。 私達を逃がす為に残ってくれたアーチャーの遺志に報いる為に。 勝つ事を信じてくれた彼女の魂の為に。 /// /// まどろみの中で、魔術師はサーヴァントの夢を見る。 遠く離れた彼の地で、遠く離れた先の事を共有する。 それはつかの間の幻想、非日常に許された刹那の一時。 平和があった。何でもない平和があった。 日常があった。何でもない日常があった。 友がいた。くだらない事で笑いあえる友がいた。 過ぎゆく日常は彼女が望まれた物だった。全ては望まれたままに在るはずだった。 だが彼女の意志は、彼女の心は、日常に埋没する事を良しとしなかった。 生まれながらに戦人として生まれた彼女は、戦人としてしか生きる術を知らなかった。 強くなるほどに日常を外れ、知識を付ける度に日常との差異を感じ、かつての思い人の影を追い続ける亡霊のようになった。 そして、あの事件。 日常からの非日常は彼女にとっての日常。存分に力を振るい、存分に有り様を示した。 だが、かつて身に刻んだような誓いは数百年を過ぎた今となっては紙切れのように意味を成さず、彼女の心はただ傷つき続けた。 自分は人一人守る事も出来ない弱者でしかなかった。 近しい者ばかりが次々と目の前で消えていった。 "日常"に染まった彼女にとって、人の死はかつての戦場以上に心をえぐっていく。 逃げて逃げて逃げ続け、その先にあったのはかつての思い人の残像。 取り戻したのは彼女にとって唯一無二の武器。思い人が打ち続けた彼女の為の究極の偽物。 だが、彼女に本当に必要だったのは果たして剣と鞘のどちらだったのか。 日常を犠牲にして彼女は力を得た。同時に名声は膨らんだ。 友を犠牲にして無償の愛を得た。同時に愛する事を捨てた。 そして、誓いを捨てて彼女が選んだのは自己犠牲。同時に"生きる"事を放棄した。 全ては我が儘だった。誓う事も、戦う事も、守る事も、死ぬ事も……。 ただ他人の為であれと誓い、ただ多くを救いたいと戦い、命を守る為に命を掛け、守る為に死を選んだ。 これが小説ならばさぞ売れた事だろう。メディアは持てはやし、映画にでもなって彼女の偉功をを讃えるだろう。 だが、それは所詮偶像崇拝に過ぎない。彼女の上辺しか知らない有象無象が流行に乗っかっただけだ。 英雄はこうしてできあがる。ただ彼女の伝説を取り上げて脚色し、全てを華やかな物語にしてしまう。 少なくとも、前作はそうだったかもしれない。 前作において彼女の葛藤を知る者はいなかったのだから。 しかし今作は違う。 彼女の傍らには彼女を愛し全てを知る者がいた。彼女の苦しみを理解していた者がいた。彼女の慟哭を耳にしていた者がいた。 何でもない日常を過ごした者達がいた。自分を家族として愛してくれる者達がいた。 孤独であろうとすればするほど、彼等は彼女の傍にいようとした。彼女の心の底を見据え、共感し、共に歩む事を決めた。 同じ末路は辿らない。 彼女の一生は、神のイタズラによって違う終わりを迎える。 ――― 彼女は決して孤独ではなかったのだから。 /// /// ハッ、と目を覚ます。 同時に昨夜の光景を思い出し、恥ずかしさから一気に跳ね起きた。「……………………」 傍らには未だ寝息を立てる少女がいる。そしてもう一人は既に着替えを終え、朝日の差し込む窓辺でじっと外を眺めていた。「…………遠坂?」「起きた? 暢気に寝息立ててるから叩き起こしてやろうかと思ったけど」 振り向いた遠坂の目に何かが光って見える。「遠坂…………泣いてたのか?」「ば、馬鹿ね。…………泣いてなんて」 遠坂は慌てて目元を拭う。しかし、途中で動きが止まる。「…………そうね。ちょっと悪い夢を見たせいかも」 もう何も残っていないはずの右腕を撫でながら遠坂は呟いた。「ほら、いつまでもそんな恰好してないで服を着なさい。今日はどうあっても勝ちに行くんだから!」「お、おう!」 /// /// /// /// 物語は終わりを迎えなければならない。「シロウ…………貴方を愛している」 史実は史実のまま進むのみ。 余計な事を差し挟むのは無粋だろう。 倒れる者が倒れ、運命は運命のまま進むだけ。 柔らかい笑顔。全てが終わり、答えを得て、セイバーは全てを納得した。 そして朝日が昇る一瞬の閃光に隠れ、彼女は在るべき場所へ帰った。「セイバー…………」 しばらくの間、彼は全てが終わった事を納得するかのように立ち尽くす。 ――― すべてが終わった時、セイバーが言うだろう言葉を覚えておいてください。「―――!」 ふと、今になってアーチャーの声が浮かんできた。 とたんにフラッシュバックするセイバーの笑顔と重なるアーチャーの笑顔。 それはとても…………以上に全く同じ物ではなかったか。「全てが終わったとき…………セイバーの言った言葉」 ――― 貴方を愛している。「…………いや、まさかそんな。でも…………」 いくら考えを巡らせようと答えは出ない。 彼にこの答えを求めるには多少の時間と助言をする者が必要だろう。「セイバー…………お前…………」 こちらの物語はここで終わり。 主人公が退場した以上語る意味のない物。 さぁ、これ以上彼の邪魔をするのも悪いから幕引きとしよう。 ――― その巡り合わせ<Fate>に幸多からんことを。