新都に泊まった翌日、私は因縁の公園を見に来た。 そこは草が茂り、あの時の面影が無いほど爽やかな風が凪いでいた。 新都の住宅街を抜け丘の上の教会へ。彼が戦争を知り、私と共に歩む事を決めた場所。 そして、少女と最初に衝突した道。 だが、外人墓地はそのままに教会の本堂は改修が行われたらしい。記憶とは形が幾分違っている。「自分から教会に足を運ぶなんてな。ここ数年のミサをサボってたお前とは思えんな」 土曜のミサ、両親がキリスト教の信者である以上、私もミサに出る義務があるのだが、私はことごとく出なかった。 前世の記憶の影響か、私のような者が神に愛されていい権利を有しているはずも無いという"わがまま"か。「行きましょう、目的地は後2箇所です」 本堂に入ることも、礼をすることもせず私は背を向けた。 深山町にまた戻ってきた。かつて、穂群原学園が存在していた場所は区画整理され、面影は残っていなかった。 唯一残っていたとすれば、この高台から見える深山の風景ぐらいなものか。 次に柳洞寺へ足を運んだ。 さすがに、日本は寺院を無碍に扱うことも無いのか、廃寺になることも無く現存し、住職もいた。 まぁ竜脈としての魔力も、外敵排除の結界も現存していたとは驚きだった。 ただキャスターが居たことのように魔力が飽和しているということは無さそうだ。 さすがに数百年も経てば、霧散もするか……。「どうだ? 満足したか?」 柳洞寺から降り、駅へ向かうバスの中でランスが言った。「はい、とても有意義でした」「こんな事なら、他の連中も引っ張ってくるんだったな。アルトリウスの普段見ない顔がてんこ盛りだったってのに」「ソレは無理でしょう。ベルはともかく、ミランダやロランはアルバイトをしないと学費が持たないのですから」 私はといえばこの日のために1年間せこせこ貯金を続けていたのである。「で? 結局のところどうよ、記憶の旅を終えての感想は」「……………………」 私個人としては十分に意味があったと思う。とはいっても、現実を再認識させられただけだ。 ここは私の生きた場所ではないし、私が戦った戦場でもない。全て時の流れに埋もれてしまっている。 心が痛い。 彼にもう一度会いたいと願うのは私のわがままでしかないのだろうか。 言いたい事は言ったつもりで分かれた。だが、ここまで来てしまうと、人とは欲が出る。 彼にもう一度会いたい。もう一度彼の温もりを感じたい。もう一度彼と共に歩みたい。 だけど、それはもう遅すぎた話。 鍛錬を続けてきても振るう機会も無く、生まれて今まで剣を取ることも無く、守るものも無い。 私は騎士ではない、一人の女。 彼が言ってくれたように私は人並みの生活を送っている。今ここに立っているのは彼が望んでくれた私。 ならば、私は彼の望みどおり幸せになるべきだろう。 ………………だけど、「誓いをここに。私は貴方の剣となり、貴方の運命は私と共にある……」「…………なんだそりゃ」「独り言です。忘れてください」 大丈夫、この町は平和ですよ……。 冬の到来は突然来る。 12月に入って世間がクリスマスに浮かれている頃、私は一人大学の図書室に居た。 相変らずのがり勉とでも言おうか。男っけの全く無い私に構うほど友人たちは暇ではないらしい。『あんたもいい加減ランスの事認めたらどう? 持ちつ持たれつでいい感じじゃない』『そうそう、アンタ美人の癖に寄ると触ると男を突っぱねるでしょ。幸せになれないぞ?』 …………はあ。 開いていた本を閉じる。教授のお墨付きを貰って研究室に入れる事になったが、さして喜びを感じなかったのも事実。 ここ最近はランスも忙しいのか顔を合わせていない。 付き合せっぱなしのお礼くらいはせねば失礼だろうか。「そうだな……。そうしよう」 12月24日。「まさか、アルトリウスのほうから誘いが来るとは思って無かったよ。どういう風の吹き回しだ?」「別にいいではないですか。普段から付き合せっぱなしですからね、お礼の一つもせねば罰が当たると思ったもので」「ま、何でも良いさ。君とイヴを過ごせるだけで俺は満足だよ。……ほかの男どもからは白い目で見られるがな」 食事、ショッピング、当ての無い散歩……etc。 静かにふけていくイヴを私達はできる限り楽しく過ごした。 また色々と不甲斐ないところを見られて不機嫌にはなったが、それもまぁいい思い出だ。 町に繰り出している同じようなカップルと並んで肩を寄せ合って、歩く。 もうすぐ0時、クリスマスになろうとしている。 この町では定番となっている時計台の下で0時を迎える事にした。 言い伝え曰く、この時計台の下でクリスマスの0時ちょうどに愛を約束した二人は永遠に離れる事は無い、という。 どこの国や地域にも一つはある迷信というか、ジンクスというか、そんな物である。 しんしんと降る雪の中0時を10分前に控え、徐々にカップルたちが集まって来ている。「なぁ、アルトリウス。聞いてもいいか?」「何ですか?」「お前……今、幸せか?」「―――!!?」 背筋にゾッと来る問いだった。恐らくはなんでもない問い。彼とてそんな事は承知の上で聞いている。 ……なのに、何故かこの時は降りしきる雪が暖かく感じるほどの寒気を覚えたのか。「夏からこっちさ、なんだかお前肩肘張って生活してる気がするぜ?」「……いけませんか?」「そんなもん疲れるだけだろ。学校ならともかく、せっかくのデート中にまでしかめっ面持ち出されたんじゃ、男が引くぞ」「デートをしてるつもりはありません!」「ほぉーう。だったら、そこらの人に聞いてみるか? 『私達二人どう見えます?』って。十中八九デートと言われるさ」「せっかくの聖夜に血の雪を降らせたくなければ黙りなさい」 だが、ランスは私の返事に大きくため息をついた。 しばらく、沈黙が続いた。クリスマスまで後3分。「前にも言ったよな。俺はお前が好きだって」「言ってましたね。最近はめっきり聞かない冗談ですが」「冗談じゃないといったら?」「日本流に言って"へそで茶を沸かしてみせましょう"」「―――アルトリウス、お前何逃げてんだよ」「なっ……!」 ランスの顔に目が行った。冗談抜きで真剣な顔をしている。「私が、……誰から、逃げていると?」「俺からもだが、……お前の場合、別の何か。そうだなしいて言えば、幸せって奴から逃げてる気がする」「幸せから……、逃げてる?」「お前、最近バカ笑いしたか?」 した覚えは無いが。「お前、俺達がグループで遊んでる時、常に一歩引いて行動してるよな。 笑みは浮かべる笑い声も出す。……だけどなんか違う。なんか違うんだ」 じっとこちらを見つめるランス。不思議とそれをそらす事ができなかった。「結局は仮面で覆った嘘の笑顔。その下は今の幸せを怖いと感じてるお前が居る。俺はそう感じる」「……………………」「お前が前世で何をしてきたか知らんさ。でも、前世の記憶なんぞに引っ張りまわされるのはおかしいだろ」 前世の記憶。……たった数日の生活。 ―――俺はがんばった奴が報われないのが嫌なんだ。 彼はそう言って、私を叱った。「前世の彼氏じゃなく、今の俺を見てくれよ。俺はお前を幸せに出来ると思ってるんだ」「―――しかし」「アル……!」 顔をそむけるが、頬に当てられた手で戻される。 何故か……、その手を振り払うほどの気力が無かった。「元カレなんぞどうでもいい。俺を見てくれ。俺はお前を愛してるんだ」「―――あ」 ゴーーン!…… 荘厳な音色で教会の鐘が鳴る。周囲のカップルは聖夜を迎え興奮し、 私は、背筋が凍るほどの怖さを覚えていた。 怖い、怖い、怖い……。 何が怖いか解らない。だが、心の中を掻き乱すのは確かに恐怖だ。 ―――知らず、涙を流していた。 ランスの顔が近づいてくる。キスをされる。逃げたい、一刻も早くここから逃げ出したい。 だが、足は根を張ったかのように動かず、全身は寒さ以外の震えが止まらず、視線はランスから微動だにさせられない。「ラン、ス……やめ……」 12月24日。クリスマスイブ――― この日、聖誕祭の鐘と共に――― 光が、弾けた―――