家の周辺から、深山町の全体図。住宅街のほとんどを回り終え、私達は新都へと橋を渡る。 今日は完璧に学校はサボりである。 私にとっては聖杯戦争が始まったと言うだけで、他の事など瑣末事に成り下がっているのだが。 10年前に大事故が起こったらしいこちら側は格好の土地だとビルが乱立している。 そして、「ここが新都の公園よ。これで主だった所は歩いて回ったわけだけど、感想は?」 隣にいるアーチャーに話しかける。アーチャーの姿はもちろん無い。「そうですね……。この公園は前回の聖杯戦争の終結地点ですか」「え!? ……そんな事分かるの?」 驚いた。私が説明する前からここが訳ありの土地だと気づいていたのか。「そうでなければ、これほどの怨念が満ちているはずが無い。……まるで泥沼のようだ」「そうよ、ここが前回の聖杯戦争決着の地。事情は知らないけど、前回の聖杯戦争はここで終結して、それきり」 とりあえず、これ以上ここに用は無い。「行きましょう、アーチャー」 きびすを返す私、だがアーチャーの気配がついてこない。「アーチャー?」 姿は無い、だが気配は確固としてそこにある。そして、その気配はじっと公園へと向けられていた。「アーチャー、どうしたの?」「いえ……何でもありません。行きましょうか」 黙っているかと思いきや、今度は足早に立ち去るアーチャー。「―――??」 主だった場所を回って夕食も済ませ、最後の締めに移動する。 散々歩き回って時刻は夜の七時過ぎ。 この時間なら、これから向かう場所は最高の景色を見せてくれるだろう。 ごう、という風。 新都で一番高いビル。 その屋上から見下ろす町並みは、今日の締めくくりに相応しい。「どう? ここなら見通しがいいでしょ、アーチャー」「なるほど、新都のセンタービルですか。確かにいい場所です。はじめからここに来れば歩き回る必要も無かったのでは?」「何言ってるのよ。確かに見晴らしはいいけど、ここから判るのは町の全景だけじゃない。実際にその場に行かないと、町の作りは判らないわ」「―――そうでもありません。この身はアーチャー、目は他のサーヴァントよりはいいつもりです」「そうなの? じゃあここからうちが見える、アーチャー?」「いえ、流石にそこまでは。しかし、ここからなら橋のボルトの数くらいは判別できます」「うそ、橋のボルト!?」 それは、目がいいというレベルじゃないのではないだろうか。「びっくり。アーチャーって見た目によらず、本当にアーチャーなんだ」「凛、いくら貴女でもそれは失言でしょう。英雄に対する侮辱と取られますよ」「いや……、ただ貴女ってアーチャーって言う割りにどう見てもセイバーよりだから、つい勘違いしていただけ」「はぁ、まぁそうでしょうね。確かにそう見られてもおかしくは無い。先ほどの発言は聞き流しましょう」 それっきり、アーチャーは黙り込む。戦場の下見だろうか、町のつくりを把握しているのか。 私はビルの端に移動して下を見る。下界(した)では車や会社帰りらしい人々が往来している。 と、そこに一人の知り合いが立っていた。見えるか見えないかのギリギリ、だが誰かは見て取れた。 そんな、知り合いに魔術師としての自分を見られたことに少し気が立った。 午後九時。 深山町に戻ってきた。 家に戻る途中、何故か知り合いの1年生と外国人が話している場面に出くわした。 どうも外人が後輩に言い寄っている様子。……とはいえ今日は学校を休んだ立場上、助けると色々問題になる。 しばらくして二人は別れた。後輩は坂を上り、男は私達が来た道を下っていった。 疲れた体をベッドに投げ打ち、綺麗に一言連絡を入れてから私は眠りにつく。 目が覚めれば今までとは違う朝がある。 十年前、父が魔術師として挑み敗れ去った聖杯戦争。 その戦いに、私も身を投じる事になったのだから。 翌朝。 朝食の後、今後の方針をきっぱりと口にした。「学校に行くのですか?」「ええ。何か問題あるかしら、アーチャー」「いえ、これといって何も」 ……………………「って、本当に無いの!?」「え、無いとおかしかったですか?」 いや、無い事に問題は無いのだが……、「普通疑問に思うでしょ!マスターが学校なんかに行けば、他のマスターの危険に晒されるとか、不意の襲撃に備えるべきだとか」「はぁ、ですが私が言った所であなたは聞かないでしょう?」「いや……まぁ」 どうやら、肩透かしを食らったのはこっちのようだ。アーチャーは私の事を全部判った上で返答している。 昨日今日で私の性格を計ったのならたいしたものだ。 どうもこのアーチャーの性格は掴みにくい。……英雄らしくないと言うか、抜けていると言うか。「では、私は霊体になって後ろから護衛させていただきます。それはいいのでしょう?」「当たり前じゃない。学校に限らず、外に出るときは側に居てもらうからね。マスターを守るのもサーヴァントの役割なんだから、頼りにしてるわ」「えぇ、信頼に応えるのは騎士の務めです。期待に添うよう善処しましょう。 しかし……」 と、ここでアーチャーがいきなりまじめな顔になる。「凛。もしも、学校に敵が居たとしたらどうするつもりですか?」「?なに、学校にマスターがいるかもしれないって仮定?」「はい。学校は生徒と教師以外は入りにくいものですが、内部の者がマスターだとしたら厄介になります」「それはないんじゃないかな。この町には魔術師の家系は遠坂と、後一つしかないの。その後一つって言う家系は落ちぶれてるし、マスターにもなってないし」 この地の管理を任されているからにはその辺は完全に把握している。彼等は魔術師としては廃業して、魔力も無い。 だから、サーヴァントと契約はできないし、していない。「だが、凛。何事にも例外が存在します。もし学校に貴女の知らない魔術師がいた場合はどうするのですか?」「だからいないってば。一年も同じ学校に居たらね、どんなに隠してても魔術師の存在は感じ取れる。 断言するけど、うちの学校に魔術師は二人しかいないわ。そのうちの一人が私で、もう一人はマスターになるだけの力が無い魔術師見習いなの。 分かった?アーチャーの用心はただの杞憂よ。そんな事絶対にありえないんだから」「……分かりました。 ですが、もしそういった事態になった場合、私に八つ当たりだけはしないでくださいね」 気を抜いて、笑みすら浮かべてそう言った。「そんな事あるわけないじゃない。もしもの話って言うのは、起きないからもしもの話なのよ。もしそんな事になったら、そのときは私の見通しが甘かったってだけなんだから」「……判りました。行きましょう、凛。そろそろ間に合わなくなりますよ」