12月25日 AM9:00「こちら現場上空です! ご覧ください。我々の町が……無残な姿とその在り様を変えてしまいました。 なんと言う事でしょう。祝福されるべき一夜から一転、神への冒涜としか思えない惨劇が起こってしまいました。 町中の教会がテロの標的となったのです。 現在の所、死傷者の数は…………」 12月25日 AM0:10「う…………あ…………」 意識が戻ってくる。喉の奥が焼けるように熱い。 どうやら倒れたらしい。全身が軋む様な痛みを訴えている。 それに体が妙に重い。……いや、誰かがのしかかっているのか。「ランス……?」 のしかかっているのはランスだ。だが様子がおかしい。のしかかったまま意識が無いようだ。「ランス……! ……この」 ランスを退け現状を確認する。「がぁっ!!」「―――!!?」 背中をつけたランスが絶叫した。慌てて背中を見る。 ガラスらしき破片が数本刺さっていた。「一体何が……、とにかく……」 ランスには申し訳ないが、痛いのを我慢してもらいその数本を引っこ抜く。「がぁぁああ!」「大丈夫ですか!? ランス!!」「……ぐぅぅ、なんて目覚ましだよ。この……」 よかった。意識ははっきりしている。「動かないでください。ガラスが背中に刺さっていました。神経を傷つけているといけない、病院へ……」 肩を貸し、立ち上がる。ランスがのしかかってくれたお陰で私は無傷で済んだ。 周囲を見渡し……、今度は私が声を失う番だった。 それは、まさに戦火の町並みという有様だった。 そこかしこで火の手が上がり、人々が倒れ付している。 目の前にあった教会は無残に焼け落ち、中に居た人々の安否などもはや確認するまでも無く、集まっていた人々もパニックの真っ只中だった。 倒れて意識の無い者、倒れてきた壁に押しつぶされる者、目の前の男の死体を呆然と見つめる女、母親の姿を求める子供、周囲から救助に駆けつける人々…………。 怒号と悲鳴が周囲を包み込み、厳粛な聖夜は冗談ではなく血の聖夜へと変貌していた。「ぐ……う」 ランスのうめき声で我に返る。「誰か! 誰か、救急車を!! 怪我人です!!」 後で考えても、私自身混乱していたんだろう。いつもの冷静さを欠き、歩きながらも周囲に助けを求める事しかできなかった。「誰か……! 誰か!!」「落ち着けよ……アル」 しかし、私に平常心を戻してくれたのは誰でもない怪我人のランスだった。「クソ……最悪だ。せっかくの夜にかっこ悪いったらありゃしねぇ……」「喋らないでください。病院まで運びますから」「なら、方向が逆だろ……、バカ」「―――!?」 今度は冷静に周囲を見る。そうだ、現場から離れたい一心で歩いたせいで逆に知っている病院から離れようとしている。「すみません……。ランス」「はっ、……弱気とはお前らしくないな。まぁ、気にするな。今すぐ死ぬほどひ弱じゃねぇから」 こんな時でも軽口をいえるとは、相当に図太い神経をしている。 今度こそ、病院への道を歩き始める。 やがて、周囲からも徐々に救助の手がやって来る。「君達! 大丈夫か!?」 男が一人、手を差し伸べてきた。「背中に怪我をしています。気をつけてください」「よし、この先の病院だな」 軽々とランスを抱えると、早足で運んでくれた。 15分後、混乱している病院に運び込まれたランスは、「アルトリウス、お前も救助に行って来いよ」 寝かされたベッドの上から、そう言った。「何を言うのです。私のせいで怪我をしたのだから、私には責任が……」「何の責任だよ。……俺が行けって言ってるんだ。大丈夫だ」「しかし……」 と、うつぶせに寝かされたベッドからいきなり彼は私の胸倉をつかみ上げ、「俺が怪我したのは俺の責任だ。お前は関係ない。生きてる奴に構うより、死に掛けてる奴を一人でも生かせ。 ……俺は無意味に人が死ぬのが耐えられないんだよ!」「―――!!」 意外だった。というより、ランスがこんな激情家だったとは思わなかった。 そんな彼が……なぜ"彼"に似ていると一瞬でも私は思ってしまったのか。「クソ……、何でだよ。何でなんだよ、馬鹿野郎が……」 手を離し、うわ言の様に誰かに文句を吐くランス。いつもの軽口を叩く彼とは一変している。「アルトリウス、だったら頼まれてくれ。俺の変わりに一人でも多くあの地獄から助け出してくれ。 礼は……おいおい返す」 その目は真剣そのものだった。「…………判りました」 不思議と心が平常に戻っている。 この平常心が懐かしいとさえ思ったのはいつ以来だろうか。「では、行ってきます」 心を決めてからは早い。 脱兎のごとく病院から飛び出し、混乱する人々を避けながら現場へと駆け戻る。「いやぁぁぁぁ! 坊や!!」 現場に戻るや否や、近くで女性の叫びが聞こえてきた。 見渡せば教会の付近で人だかりが出来ている。「奥さん! 止めなさい、危険です!!」「坊やが、坊やが!!」 押しとどめる人と、錯乱する女性。その先には倒れた壁と、その下でまだ泣いている子供が居る。しかも、その上には今にも倒れそうな教会の壁がある。 壁が倒れれば間違いなく子供は死ぬ。 そう思った途端、バギッと壁に大きくひびが入った。(―――まずい!) 辺りを見渡す。離れた場所に鉄パイプが一本転がっている。 その鉄パイプを疾りながら上半身をかがめて拾い上げ、子供にのしかかっている壁に肉薄する。 ソレの使い方を思い出す。私は彼のような強化の魔術が使えるわけではない。だが、ソレに変わる物を私は使える。 使える回路は2本、ソレがこの体に許された限界。なら、回路が焼ききれようと構わない。全力で魔力を流し、魔術を形成する。 まどろっこしい。英霊であった頃とは比べるまでも無く、体が重い。人間の体がこれほどに鈍重だと思ったのも何年ぶりか。 風の収束に時間が掛かる。だが、全開にする必要は無い。ようは、あの壁を想像通りに断てればいい。 壁が倒れ始めた。周囲からは悲鳴、鉄パイプを振りかぶり私は壁の前に躍り出る。「ああああああああ!!!」 下段から振り上げる。切る部分は倒れた壁、中心で潰された子供のほぼ真上。 魔術を叩き込まれた腕、そして鉄パイプに纏わせた風が地面を削りながら一点の狂い無く目標に疾る。 バガン!! 断った。埒外の力で振るわれた鉄パイプ。それに付属した風の圧力により100キロはあろうかという壁が真っ二つになって跳ね上がる。 壁が倒れる。跳ね上がった壁が直立すると同時に壁が横倒しになる。しかし、跳ね上がった壁が支柱の代わりになり、倒壊した壁は子供に落ちずに停止する。 …………時間が止まったかのように周囲が静まり返った。「はあ、はあ、はあ、……」「坊や!!」 錯乱した女性だけは、こっちに駆け寄ってくる。 子供は泣きじゃくりながらもこちらに這い出てきた。どうやら、軽い怪我だけで済んだようだ。 子供を抱きかかえた母親は、私に何度も感謝の言葉をかける。 そんな母親も周囲の民衆も視野に入らず、頭の中を駆け巡る頭痛を無視、私は次を探して足を踏み出した。 12月25日 AM10:00「すごかったよ、鉄パイプ一本でコンクリートの塊を砕いたんだ。お陰で足を潰されずにすんだよ」「今でも信じられないよ。コンクリートの壁だぜ? 真っ二つにして子供を助けたんだ」「女かなぁ、顔はよく見えなかったけど、噴きつける火を何かで吹き飛ばしたんだ。ありゃ、一体なんだったんだろうな」「以上、病院に収容された人達のコメントです。彼らの話を聞く限り、ある女性が2次災害の拡大を防いだということに……」