殺気立った武者ばかりいそうだとびくびくして山を下りたけれど、出会った人は皆普通だった。
甲斐入りを果たした一座は、府中へは向かわず山裾を縫うようにして盆地を抜けていく。
その途中、一件の農家が軒先で「すいとん」とも「うどん」ともつかない物の入った汁物を私達にふるまってくれた。
薄い塩味のとてもシンプルな椀だったけれど、少ないものをさらにわけてくれるその心遣いがうれしい。
どこの人だっていい人はやっぱりいい人だし、怖い人もそれはそれ。
単純に分類してしまうのは愚かしいということなのだろう。
――――― 戦国奇譚 諏訪御寮人 ―――――
私達は再び山間にはいりこむ富士川に沿って、諏訪へと足を向ける。
右手に八ヶ岳、左手には駒ケ岳を見て歩く道のりだ。
川があふれたら逃げ場のなさそうな峡谷にまで、小屋のような家がぽつぽつと立っている。
一座はゆっくりと、近年の戦で知り合いが無事だったかどうかなど、安否を尋ね情報を得ながら進む。
再会を喜んでくれる人もいれば、悪い知らせを教えてくれる人にも会った。
そして、諏訪の少し手前の村で、久しぶりの興業をやっている時だった。
無骨な片目の使者が、講演の依頼を携えてやって来た。
彼の依頼は、ある奥方の気鬱を慰めるために、屋敷の庭で歌や踊りを見せてほしいとのこと。
その方は初めての妊娠にとてもふさぎこんで、最近は侍女との会話までほとんどしなくなってしまったらしい。
話を聞いた太夫達も同情の声をあげ、座長も承諾の意を伝えた。
日を改めてということで、翌々日。
私達はその使者に諏訪湖のほとりの静かな屋敷に案内される。
かなり立派な家で、造りから見てもいいところの奥さんだろうということが伺えた。
部屋には上がらずそのまま庭へまわれば、今回の舞台になる場所は、評定(ひょうじょう)でも出来そうなほど広々と明るい。
辻のにぎやかさはないけれど、綺麗に掃き清められた地面は踊りやすそうだ。
庭に面した部屋に奥方と侍女達を迎えて、口上もそこそこにさっそく歌と踊りが始まった。
最初は手拍子。 続いて拍子木の高い音。
切れのいい音がアップテンポにリズムを刻み、おいかける笛の音が絡めば祭囃子(まつりばやし)にかわる。
太夫達は長い飾り紐のついた鳥の面や野菜の書かれた扇子(せんす)をくるくると回し、入れ替わりながら踊る。
優雅だけれどユーモラスな舞に、心浮き立つ旋律の応援歌。
これは田植えの際によく歌われる田楽(でんがく)を主題にしたもので、豊穣を祈る田舎踊りだ。
庭に近い階(きざはし)に座る侍女などは、知っている者もいる様でにこにこと笑っている。
しかし、どうも部屋の中央は暗い。
真ん中に座っている奥方の反応が芳しくないためか、奇妙な緊張感が座敷の上の方にはあるようだ。
太夫達もそれに気づいていて、踊りを切り上げる時を図っている感じがする。
曲は一巡したが、場の空気を読み違えしらけさせるようでは本職とは言えない。
私はくぅちゃんと目配せを交わした。
次の演目は、私達。
一度終わらせ上座に礼を述べるよりも、このまま流れを切らず繋げる方がまだいいだろう。
飛び入り参加のような形で太夫達に割り込み、後は自然な感じで踊りを交代すればいい。
この演目、シテ(主役)がくぅちゃん。私は影役だ。
影である私は、最初くぅちゃんと同じおどりを後ろで踊っているのだが、途中で真似をやめてしまう。
左右対称に踊ってみたり、少し遅れて追いかけたりと自由気ままに遊びだす。
影の反乱に驚くくぅちゃんと軽い攻防を演じ、最後は踊り比べをして再び影へと戻るという筋立てになっている。
私が以前踊っていたものからの発展形だが、内容は比べるまでもない。
相方が人形からくぅちゃんに変わったことによって、小技一つにしても幅が広がった。
まして練習熱心な踊り好きの彼女は、斬新な発想の持ち主だ。
新しい技を二人で考えるのは楽しく、実は、座長達にさえ見せたこともないような隠し玉だって私達は揃えている。
やがて、曲は上手く切り替わり、太夫達が下がった。
踊りはいつだって心が肝心だ。
踊りの主題は「遊び」。
だから、私達はこの広い庭で真剣に遊ぶ。
体いっぱいで楽しさを表現し、心から笑って、それに周囲を巻き込むつもりで踊る。
笑って、跳ねて。攻防を演じる舞の中に取り入れたバク転では、観客に息を呑ませる。
観客の小さな悲鳴を拾い、軽業(かるわざ)の成功を祝って、くぅちゃんと手を打ち鳴らす。
笑えるしぐさを前面に押し出すテンポの良い踊りを終えれば、息も弾むし汗もかく。
でも、お客の反応も上々だ。
満足いく出来だったとくぅちゃんと視線で讃えあっていると、上座が揺れる。
何か、もめているらしい。
様子をうかがっていると、「近くに、」と呼ぶ声がする。
けれど、本当に近づいていいものか私は迷う。
どうも呼んでいるのは奥方のようだが、お付きの女性に小声で窘められている様子も見える。
けれど、静かな奥方様はなかなか頑固でもあったらしい。
年かさの侍女達の言葉をしばらく聞いた後は、一言二言で抑え込み、自分の意見を押し通す。
私とくぅちゃんは明確に軍配が上がったのを見て、座敷の足もと近くまでよって座ると、立てと示された。
許されて視線をあげれば、近づけたおかげでよく見えた「奥方」の若さに驚く。
どう見ても、14,15だ。もしかすると、もっと若い。すごい美少女がそこには居た。
「子ども、お前はいくつ?」
「そのままお答えしなさい。
この場だけ、直に口をきくことを許します」
「わたしは七つ。
こちらの日吉は、……五つになります」
「そう。
小さい方はもっと、幼いかと思いました。
わたくしは、自分より幼い子を見るのは初めて。
弟も生まれたとは聞きましたが、あったことはありません。
……子とは、お前のように小さき者のこと。
でもお前が五つだというのなら、わたくしのこの子は……。
腹にはいっているくらいだもの、とても小さいのでしょうね」
涼やかで抑揚のない声で淡々と語る、くぅちゃんや太夫達とはタイプの違う硬質な美少女。
白い肌にそこだけやわらかく紅をのせた唇はとても可憐。
少しでも微笑んでくれたらどんなに綺麗だろうと思わせるのに、表情が動かない。
あまりの平淡さに、「人形のような」という形容が思い浮かぶ。
せっかくの美人さんなのにもったいないと思う反面、私は心配にもなった。
マタニティブルーで、ここまで無表情になるほど鬱になっていて大丈夫なのだろうか。
不安に覗きこめば、無心に観察するような、真っ直ぐな視線が注がれているのがわかる。
無表情で見つめられるのは居心地が悪いが、向けられる視線は透明だ。
蔑みや身分の差を気にする色がないから、逃げ出したくなるような気持ちにはならない。
ただ彼女の表情からは、何を考えているのかさっぱりわからない。
見つめあっていても仕方ないので、私も口を開く。
「あの…、奥方様。
少しは楽しんでいただけましたか」
「…………楽しむのは、難しいこと。
お前達の芸はみごとでした。
けれど、わたくしは笑うことを忘れてしまったようです。
あの方にもお会いできなければ、笑む必要もありませんから」
「姫様、姫様っ!
それは、御屋形様は出陣前につき、来られぬだけにございます。
決してお心が離れたわけではありません。
先日も、姫様の気鬱を案じられるお手紙を、」
「わかっています。
戦支度の中、身重(みおも 妊娠中)の女性に触れることは良くないこと。
子が生まれてきても、すぐには会いに来られないことも武士の習い。
知らぬわたくしではありません。
でも、わかっているからこそ、言っているのです」
話をしなくなってしまったという前ふりが嘘のように、彼女の言葉はよどみない。
かわらず平坦で声を荒げたりはいっさいないけれど、不満はたまっていたのかもしれない。
妊婦さんにストレスを溜めこませるなんてかわいそうだと私は思い眉をしかめる。
私に経験はないが、妊娠をすればホルモンのバランスも崩れるし、不安定にもなりやすいはずだ。
まだ出産による死亡率も高い時代だし、初産ともなれば心細さもひとしおだろう。
話を聞いていると、こういう時一番頼りになるはずの旦那さんがあてにならないのがわかる。
縁起を担ぐ作法があるのかもしれないが、相手の顔も見ることができないなんてどちらにもひどい話だ。
旦那さんだって、こんなに若くて綺麗な奥さんに何カ月も会えないで何かあったら、後悔どころではすまないと思う。
でも、私の同情は、ここにいない旦那さんより目の前の美少女を優先だ。
全然似てはいないけれど、故郷に置いてきた姉のイメージも重なる。
もしも姉が子供を産むというなら、私はどんなことだって手伝ってやりたい。
姉の夫は普通に農民だと思うが、もし傍にいなくても、寂しい思いも不安な思いもさせないように私は全力を尽くすにちがいない。
ここの奥方だって、一座を手配した者や侍女達など心配してくれる人達はいる。
けれど、日頃言えずに我慢してきたことを話すには、きっかけも必要だったのではないだろうか。
言いたいことなら溜めこまず、全部吐き出してしまった方がすっきりする。
だから、私は尋ねた。
「……寂しかったのですか?」と。
私は、まだ何も知らなかったのだ。
諏訪御寮人(すわごりょうにん)と呼ばれるこの少女が、誰に嫁いで来たのか、その理由さえも。