車庫つきの一軒家には自家用車があるように、そこそこ大きな家には厩(うまや)があり馬がいる。
街道を歩けばトラックの代わりに、馬に荷を乗せて運ぶ商隊の姿を目にすることができる。
車もバイクも電車もないこの時代、たくさんの荷を運ぼうと思えば牛か馬が頼みだ。
特に急ぎで連絡をつけたい場合などは、電話もメールもないから「早馬」の一択。
大昔に「殺生禁断令」というのが出されたそうで、それ以来、牛や馬を「食べよう」なんて考える人は誰もいない。
長い長い時を人とともに歩んできた彼らは、家族みたいに扱われ尊ばれる大切なパートナーだった。
私もこの春で9歳(実年齢8)になったが、馬と出会う機会は確かに多かったと思う。
――――― 戦国奇譚 馬々馬三昧 ―――――
そんなふうにあちこちでよく目にする、馬。
でも、私がここで彼女と出会う前から持っていた知識はとても少ない。
乗馬した経験が、尾張での二回。
他は商隊の駄馬(荷物を乗せる馬)の話を、街道でのおしゃべりの時に少し。
甲斐や信濃で「馬屋肥え(肥料)」に興味を持って、その馬屋を覗いた事が数回。
私が知っているのは馬と人との関係ばかりで、飼育についてはまったくわからないと言ってもよかった。
同居馬がやってきてから、改めて私は馬のことをいろいろ考えた。
仲良くなりたいと思ったから、記憶の底をひっくり返して手掛かりを探した。
しかし思いだせたのはほんのわずかで、断片的で役に立ちそうにはないものばかり。
知識も情報も、私が仕入れていないものはどんなに欲しくたって出てきたりしないのだ。
「馬との正しい付き合い方」という攻略本や解説書があればと思うけれど、ないものはない。
私は、「私のやり方」を体当たりで見つけ出すしかないと、腹をくくった。
それで、最初に私がやったこと。
馬について、とりあえずこの時代で手に入れた情報を整理してみることにした。
まずは外見の話から。
これまで見てきた数十頭の馬を、思い出してみる。
彼らは昔私がテレビで見たような、スマートな体系はしていない。
足元から背中までの高さより胴の方が長く、お腹はぽっこり、丸々としている。
その馬高も普通の大人の男の人より少し低いくらいが平均で、もっと小さいやつもいる。
競馬で有名なサラブやアラブという種類の馬達とは、受ける印象が全然違う。
でもそういう馬しかいないから、これが日本の固有種なのかもしれなかった。
サイズ的には、ポニーと呼ばれるほうがしっくりくる気もする、ちょっと小ぶりな日本の馬達。
けれど、その小ぶりな見た目に反し、力は強く、丈夫なことは多くの証言による保証付きだ。
商隊の人の話では、元気な大人馬なら米俵二つ(60kg×2)を余裕で運べると言っていた。
俵一つなら、一日四刻(8時間)も歩くことが出来るそうだ。
戦場には鎧武者を乗せて行き、横蹴りだの後ろ蹴りだのを繰り出して主を助けてもくれるらしい。
四肢は丈夫で強く、かなり急な斜面の山道も登れるそうだ。
蹄(ひずめ)が固いのか、蹄鉄(ていてつ)もいらないらしく、そんな話題は聞いたこともない。
競馬で言われる「硝子の足」などというイメージとは、間違っても重ならないことがわかると思う。
崖でも悪路でも平気で踏破する、頑健な体。
それに加え、粗食にも耐える燃費の良さも彼らの特徴だった。
軍馬ともなれば割といいものを食べさせてもらえるらしいが、商隊の荷馬はそうはいかない。
道脇に生えている草と乾燥した海藻(塩付)だけで、あの駿河までを歩ききっていたのを、私も実際目にしていた。
ちっちゃくてエコ、坂道OK、故障(ケガ)は少なく馬力も充分。
おまけに毛色は豊富で、見た目も楽しい。
「日本車の宣伝ですか?」と聞きたくなるこのコピーが、日本馬にもしっかり当てはまる。
私はすでに同居の彼女にべた惚れなので、褒め称える言葉はいくらでも言えそうだ。
まあ、ええと、短所も、そう、ないわけでは、ない。
欠点の予測はわかりやすい。……たぶん、あまり走るのは速くないと思う。足、短いし。
でも、「後世の走ることに特化した馬達よりは遅いかも……」ってだけの話。
そう思うのは、色々比べるものを知っている私の考えの中だけのこと。
馬達が人間より遥かに持久力と速度の持ち主なのは、嘘偽りない事実。
この時代には、ほかに比較される物なんて何もないのだから、彼らの優位は少しも揺るがない。
よく知らなくてもこんなふうにいくつも並べられるくらい、馬には長所がたくさんある。
人の生活を支え助けてくれる彼らが、愛され大切にされるのは当然のことだと思う。
私も遅ればせながら、その魅力にはまった一人。そして、欲深い挑戦者でもある。
好きになった相手には、自分も好かれたい。
相手が動物でも、心を通わせる喜びを私は知っている。
私は馬を飼ったことはないけれど、前世では犬を飼っていた。
長く付き合った愛犬は、皆人懐こく、主人に忠実で、そして、勇敢だった。
犬に負けず忠節の逸話がたくさんある日本の馬達は、話に聞く限りよく似ていると思う。
愛情と誠実には、それ相応の答えを返してくれる生き物なのだろう。
私は馬の飼育方法なんて、何一つ知らない。
前世の知識を探っても、テレビのドキュメントか何かを見た記憶が少し浮かぶくらいだ。
傀儡一座は馬を飼わないし、今生で生まれた農家にも馬はいなかった。
それでも、今回縁あって知りあった彼女と、私は仲良くなりたくてしかたがない。
以前飼っていた犬たちと同じくらい心を通い合わせることが出来たら、どんなに嬉しいだろうと思ってしまった。
私は彼女との蜜月を夢見て頑張った。
その努力の日々の一部を、ここに振り返ってみたいと思う。
馬と友達になる為の第一歩。
私がまず初めに考え試したのは、「餌付け作戦」だった。
生き物は、食べ物を与えてくれる相手を敵とは見なさない。
乳を与えてくれる母親や、餌場を守る群れのリーダーを考えれば一目瞭然。
食べ物を一緒に食べるのは、仲間だけ。
「餌付け」は、こちらが敵意を持っていないことを伝え、味方だとわかってもらえる一番いい方法だった。
私はとにかく、彼女に貢いだ。自分の食事の半分を差し出した。
行動半径がかなり狭くなっていた私にとって、この頃は、まだ新しい草を取って来るなんて無理。
季節も冬だったし、他人の家の領分も土地の境界もよくわからない。
そんな状態だから、手元にある自分の分から差し出すのが近道だった。
青菜や漬物は、そのまま。雑穀米は板状に延ばして少し乾燥させ、彼女に食べてもらう。
この試みは、大成功した。
あげる量自体は決して多くはなかったけれど、私の親愛の気持ちは確実に彼女に伝わったと思う。
彼女は記憶力もいいらしく、数日で私が食べものを分け合う相手だと認識してくれたらしい。
私が食事をしていると、首を伸ばして食べ物を要求してくるくらいには、気安くなれたってこと。
そして、この「餌付け作戦」敢行中、私はあることに気がつく。
それは些細だけれど、私達にとってはとても重要な発見。
彼女は私から見れば大きいが、馬としては小柄な方。
しかもはっきり言ってしまえば痩せすぎで、お腹は丸いのに肋骨の線が目立っていた。
背骨のごつごつした感じまで、見るだけでわかるほどに浮いてもいる。
なのに、(餌の適正量がどのくらいかはわからないが)彼女は小食だったのだ。
長い藁を咥えての咀嚼中、途中で吐き出してしまうのを見たこともある。
私の差し出すものは喜んで食べていたから、偏食なのかもしれないと考えていたくらいだ。
けれど、毎日彼女が食べているところを観察していて、私はそれに気がついた。
彼女は、食べるのが下手なのだ。そして、その原因は、たぶん口の中にある。
私には馬の医療に関する知識はない。
でも彼女の眼は澄んでいたから、人間の状態と照らし合わせてみるなら病気だとまでは思えなかった。
だから、「歯が悪いのではないか」と考えたのだ。
しかし彼女が食べられない理由を推測できても、治療してあげることは出来ない。私に歯科の知識はない。
専門的なことは何もできない私が考えられるのは、問題に対処する方法だけ。
私は、彼女が少しでも食べやすいようにと、藁などを細かく刻んであげることくらいしか出来なかった。
「もしも病気だったら……」という不安も、常に心の片隅に抱えていた。
それでも、私は自分に出来ることを頑張るしかなかった。
結果、そのささやかな手助けは、充分彼女の役に立てたようだった。
嬉しいことに彼女は私が手をかけた食事を気に入ってくれたらしい。
半月も経たないうちに彼女の食べる量は倍になる。
食べれば色々と片付けや掃除も増えるが、それはそれで私の体力向上につながる。
それ以降。
一日のスケジュールの内、三分の一を飼料を刻むことにあて、食事の準備をするのが私の日課になる。
刻んだ干し草に半乾米や漬物を混ぜ、飼料に工夫を凝らすのは楽しい仕事だった。
やって来たばかりの頃は痩せっぽっちだった、灰色の彼女。
食事が安定するにしたがい、いまいち貧弱だった体型が整ってくる。
「餌付け」は功を奏して、彼女との仲はとても良く、あちこち好きなように触れても怒られない。
そうなってくれば、次が気になりだすのが人の性。私の目下の懸念は、彼女の「毛艶」。
彼女にぴったり張り付きながら、私の頭には新たな作戦がすでに浮かんでいた。
動物は本能によって、自分より大きい生き物や強い生き物を警戒するし怖がる。
人に慣れた犬でも、いきなり上から手を出されれば嫌がられる。
その点、常に彼女の視線より低い位置にいる私は、スキンシップに関して有利だった。
それに、彼女が親愛の情を示そうと鼻先でつついただけで、私はころんと後ろにひっくり返ってしまうくらい弱い。
あの時は、藁まみれになった私も驚いたけれど、転ばせてしまった彼女の方もびっくりしたらしい。
慌てたように私の背中に鼻面をまわし、起きるのを助けて押し上げてくれたのはとても嬉しかった。
濃いグレーの鼻先は、いつ触ってもマシュマロのように柔らかく、気持ちが良い。
でも、手入れしていない馬体はちょっと、いやかなりぼさぼさなのだ。
馬に冬毛があるのかどうかわからないが、彼女の毛足は少し長めな感じだった。
長毛というほど長くはないけれど、毛先が絡まって、セーターの毛玉のようになってしまっているところもある。
鬣(たてがみ)も、まるでブリーチ(脱色)しすぎた茶髪。ぱさつき縺れて(もつれて)しまっている。
「すぐにも手入れが必要だ!」と、握りこぶしをつくりたくなる、闘志の湧く馬体だった。
彼女を見ていると、私の「ブラッシング」への欲求がどうしようもなく渦巻く。
かつての愛犬達は、皆ブラシをかけられるのが好きだった。
私がブラシを持つと、背中を向けたり転がったりして、「早く早く」と催促してきたのが思い出される。
季節の移り変わり時など、抜け毛が綺麗になるまで根気良く何日もブラシをかけたものだ。
犬達の整えられた毛並みの美しさは、天使の輪の浮いた女性の艶髪に匹敵すると思う。
彼女もきっとそうなるという予感があった。
ブラッシングすればどんなに綺麗になるだろうと、想像だけで私の胸は高鳴る。
ブラシをかければ血行も良くなり、体毛は清潔に保て、健康に良い。
スキンシップ効果で愛情ポイントもゲットできる。私も満足できて、一石三鳥。
何としてでも、この「ブラッシング作戦」を決行したい。
しかし……。
勢い込んではみたものの、残念なことに、この時代にはまだ梳きブラシはなかったらしい。
私は自室の厩だけではなく、今はお出かけ中らしい隣の馬房とその隣にも忍び込んでこっそり探してもみた。
けれどブラシはやはり見つからない。
そういえば、髪を梳かす(とかす)のは櫛(くし)だし、歯ブラシも存在していないようだ。
洗い物をするときは藁を束ねて編んだものを使うので、タワシさえ無い気もする。
刷毛(はけ)や筆はブラシとは呼ばれるが、私の目的とは用途が違う。
欲しいのは、馬用の梳きブラシ。ツンツンふさふさしたアレで、彼女を綺麗にしたいのに……。
ないものはない。でも、あきらめきれない。
私は、ブラシを自作することに決めた。
無い知識はひねり出せないが、材料があれば道具は作れる。……作れる、はずだ。
最初からブラシだと難しそうなので、まずはタワシに私はチャレンジする。
亀の子タワシなら形も覚えているし、単純だからすぐに作れそうだと思ったからだ。
けれど、この挑戦は失敗に終わる。
タワシは、あのふさふさ部分を束ねる針金が重要だったらしい。
針金が無く、藁で代わりに縛るには私の握力が弱すぎた。
使用途中で束ねた部分が緩んでしまい、あっという間にばらばらになってしまった。
改良しようにも、造りがあまりに単純すぎてどこを直せばいいのか分からない。
タワシ制作は変更を余儀なくされた。
ブラシとして譲れない部分があり、材料には限りがある。
私は安易な既存製品の模倣をやめ、素材を見つめ考え直す。
束ねる力を強くするために、ブラシの毛代わりの藁を単純に長くするのはダメだった。
ブラシのふさふさ部分は、藁が短いほど弾力がつよくなり、長すぎると私の望む固さにはならない。
私はある程度コシ(弾力)のある、ブラシとして使えるものが欲しいのだ。
出来れば藁だけで作り、量産が可能ならなおいい。
思った通りのものを作るのは難しい。でも、私はあきらめなかった。
何としてでも、彼女を美しく磨きあげる理想のブラシを作り上げたいと、無い知恵を絞る。
試行錯誤に数日。試作品をつくること十作に及ぶ。
最初の試作品は、蓑(みの)を編み、それを丸める方法を考えた。
蓑は、肩部分を細かく編み、残りを長く房状に垂らした、いわゆる雨合羽(あまがっぱ)。
編んだ部分を茶筅(ちゃせん)のように丸めれば、チークブラシのようなものが出来るはずだった。
蓑ならば長く垂らす穂先を、ブラシとして都合のいい長さに切り揃えれば、私の望むコシも出せるだろう。
第一作からして、期待度はかなり高い。
が、しかし、これには大きな問題点が一つ。蓑は、編むのがとおっってもめんどくさいのだ。
蓑は長い藁を長いまま編まなければならないので、手の短い子供には編みにくい。
なので、私は草鞋(わらじ)と筵(むしろ)編みは幾つも作り得意だったけれど、蓑には不慣れだった。
作れないとは言わないが、一つ出来上がるまでに手間がかかりすぎる。
希望の太さにするにも、かなりの長さで編んでいかなければならなくて厄介だった。
だから、細いのや太いの、柔らかいのや固いのなど、量産に蓑ブラシは全く向いていなかった。
発想自体は悪くない。
そこから、もっと作りやすく編み方を変えてみること数回。
編むのに飽き、刻んで彼女の餌にしてしまったりなんかもしながら、数を重ねて。
……そして、私は究極の答えにたどりつく。
「simple is best」、わざわざ平たく編んで丸める必要なんて、ないってこと。
要はふさふさがバラバラにならなければいいのだ。私は原点を思い出し、初心に帰る。
出来た完成品が、これ。名付けて、「三つ編みブラシ」。
用意するのは、ブラシとして私が望む太さの半分の量で作った三つ編み一本。
これを二つに折り、持ち手になる部分をぐるぐる別の藁で巻いて固める。
そうすると、その持ち手の下に、三つ編みの残りの房(ふさ)がちょうどいい太さで出てくる。
あとは好みの長さにその房部分を切ればいい。それでブラシは完成、とっても簡単だ。
三つ編みをU字にしているので、毛先部分を極短にしても抜ける心配はない。
太さの調整も、三つ編み一本編むだけでいいのだから、何種類でも楽々作れる。
藁だけで作れるから、使い捨てにしたって心苦しくない。
これなら化粧道具さながらに、何本ものブラシを揃え駆使して彼女を磨き上げることが充分可能だった。
私がすぐさま彼女専属の美容師として、嬉々としてブラッシングに挑んだことは言うまでもないだろう。
そして、心ゆくまで私が磨き上げた結果。
彼女の灰色の馬体は、灰銀と呼べるほどに艶々のぴかぴかになった。
鬣も尻尾も、時間をかけて丁寧に梳きあげた。毛先も軽く整え、しなやかにそよぐ様は麗しい。
川から水を汲んできて、水拭きも並行して行えば、日を追うごとに美しさが増していく気がする。
ついには、ほんとにもうコンテストに出してあげたいくらいの、自慢の美人さんが出来上がった。
背から腰にかけて少し濃くなる灰色に、ヒョウ柄のような模様がうっすらと浮かぶところが、特に私のお気に入りだった。
私と綺麗な灰色馬の仲は、この時、最高潮だったと思う。
私の世界には、彼女しかいなかった。
毎日毎日、私は楽しんでいた。
彼女の世話はやればやるだけ効果が目に見えてあがったし、愛が深まる実感もある。
言葉は話せなくても、話しかければ感情豊かに耳などのしぐさで応えてくれて、私を寂しくさせたりはしない。
優しく鼻先でつつかれたり、温かい体が寄り添ってくれば、寒い夜も悪い夢も遠ざかった。
それに、ブラッシングなどは、私の体の良いリハビリにもなっていた。
自分より大きな馬体を、背伸びしたり身を屈めたりしながらゴシゴシこするのは、かなりの全身運動になる。
彼女を綺麗にするついでに自分自身の身なりも整えれば、気分も一新し、気持は晴れていく。
引き籠りになりかけていたのも、彼女のおかげで改善された。
厩の下に引く寝藁を干すために、小屋の外に出るようになったからだ。
初日は小屋の入口のすぐ前だけだったけれど、それも日が経つごとに広くなる。
彼女の飲み水の出どころを探るために、こっそり使用人の後をつけてみたりもした。
川の位置がわかってからは、明け方、他の人達が出てくる前に水汲みもするようにもなった。
行動半径は日々伸びて、彼女の食餌に彩りを添えようと、寒さを振り切ってやわらかな新芽探しに出たりも出来た。
ただ、体は健康になっても、それ以外はなかなか思うように行っているとは言えない。
いつもの食事の代わりに餅(もち)が出て、正月が来たことを知ったのは、すでに二カ月も前のこと。
それなのに、私の人間関係は未だほとんどゼロのまま、だった。
私が彼女を「彼女」としか呼べないのも、相変わらず人相手にはろくに話しかけることができないからだ。
「この子の名前は何ですか?」という一言さえ、私は口に出せずにいる。
それどころか最近は、米と鍋と菜が出され、自炊しなさいといわんばかりの状態で放置されているような有様。
彼女のことも私がこなすので、馬の世話をする人まで来なくなってしまっていた。
ほんとならもっとちゃんと考えるべきことだったのだろう。
しかし、そろそろ年明け三度目の満月も巡ってこようかというのに、まだ私は「人への怯え」を消せていなかった。
「他人との関わらずにすむ方が気楽」という考えを抱え込んで、私は逃げていた。
そんなダメな私にきっかけをくれたのはやはり、彼女。
一気に事態を動かすとっておきのサプライズを、彼女はずっと隠し持っていたのだ。