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No.1125の一覧
[0] Muv-Luv Appendix[違法因果導体](2006/11/22 04:23)
[1] Muv-Luv Appendix[違法因果導体](2006/11/26 22:08)
[2] Muv-Luv Appendix[違法因果導体](2006/11/30 00:47)
[3] Muv-Luv Appendix[違法因果導体](2006/11/26 22:01)
[4] Muv-Luv Appendix[違法因果導体](2006/11/30 00:25)
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[1125] Muv-Luv Appendix
Name: 違法因果導体◆b329da98 前を表示する
Date: 2006/11/30 00:25
-5- そう俺達はこんなにも理不尽な世界に生きている

10月30日


 宣誓式と任官式を通してやった。俺一人なので味気なく簡単なものだった。
 まりもちゃんによると正規の任官式は厳かで感動的なものだそうなのだが。
 まりもちゃんの予想より任官が1日遅れたのは、実に簡単な理由である。
 俺の所属部隊を決定する時におしつけあってもめたからだそうだ。

「ふふん、でっちあげ少尉にしては、板に付いているわね」
 夕呼先生の部屋に報告に行くと、先生が上から下までじろじろと見たあげくに言った。
「そりゃ、前の世界では当たり前に士官やってましたから」
「ま、いいわ。……ところで任官祝いのプレゼントあるわよ」
「嘘? なんかやばいものじゃないでしょうね」
「そのやばいものよ」
 にやにやと先生が笑うとたいていろくな事が起きない。
「遠慮……することは出来ないんですよねぇ?」
「却下」
 にべもなく言い渡される。もっとも先生もだいぶ調子が出てきたようだ。
 宣言通り、酒も飲んでおらず、顔色が良い。
「さ、ハンガーに行きましょうか」
 ついておいでの手招きがされ、俺はやむなく後に従った。

 ハンガーは盛況だった。ヴァルキリーズのピカピカな不知火が立ち並び、その横になぜか新品で紫色の武御雷がある。
「念のために聞いておきますけど、武御雷じゃないですよねぇ」
「……あんた、やっぱり妄想狂?」
 ド級馬鹿を見られるような視線で射すくめられ、思わず後ずさりする。
「冗談ですってば。……あれは、冥夜のですね」
「そう。本人は乗らないけどね」
「いや、それならいいんです」
 そのあたりは、歴史も変わらないらしい。
「ま、武御雷は無理だけど、ちょっと面白い機体よ」
 そういうと不知火の間をくぐり抜けて、奥のハンガーに入り込んだ。
 先生の後についていくと、前方に整備員の人だかりがある。
 そこには見慣れない、日本製でも米国製でもない優美な機体があった。
「はいはーい。これからこの機体について説明するから静かにしてねー」
 輪に割って入った夕呼先生は、当然のように真ん中にたった。それでざわついていたハンガーが静かになった。
「さて白銀、これがあんたの機体、SU-37チェルミナートル、西側名称スーパーフランカー」
 一気にざわめきがあがり、それが徐々に引いていくのを先生は楽しげに待った。
「製造国は、もちろんアラスカ・ソビエト。スペック紹介は、めんどくさいのでパス。まあ推力偏向ノズルを装備した楽しい機体ってこと。
 心配しなくても武装のハードポイントは西側のものに変えられているから、36mmチェーンガンとか120mm滑空砲とか使えるわ。
 それと日本向けカスタマイズしてるので、長刀もOK」
「なんか、えらく都合が良すぎませんか、先生? いくら国連軍でもそんな機体がそうそう手に入るわけが無いですよ」
「ふふん、そこはそれ。お金も権限も仕事も奪われたけど、コネは残っていてね。シビアな取引だったけど、引っ張って来れたというわけ」
 俺への回答に感嘆の声があがる。ただし俺は寒気がしている。俗に言うヤな予感ってやつだ。
「知らない人もいるでしょうけど、元々アラスカ・ソビエトは日本向けに戦術機の売り込みを精力的に行っているわ。
まあ日本が不知火を配備しちゃっているから売れないけどね。
最近じゃ、アグレッサー用に富士の教導団に売り込みをかけてたりするの。これ、実は売り込み用にカスタマイズされたデモ機」
「なるほど、だから日本仕様になっているわけだ」
「そういうこと。まあ、BETAによって旧ソビエト領はハイブだらけになって、政府はアラスカに逃げちゃっているでしょう? 
だから若い日本人は忘れがちだけど、ソビエト連邦の昔から、アラスカ・ソビエトは戦略的に帝国を重要視しているの。
最近の戦略環境から言うと、シベリアのハイブなんかは、日ソ共同作戦の話があるくらいよ。
位置的に言えば、佐渡島ハイブだって、アラスカでは重大な関心を持って見ているわ。なんたってウラジオストックへもかなり近いから」
「じゃあ、なにかい。ソビエトは佐渡島ハイブ攻略を手伝ってくれるのかい?」
 整備兵の一人から声が上がり、多くの整備員が笑った。
「それも検討されたみたいよ。戦力や、補給、通信の問題で今のところ検討中止になっているけどね」
「冗談じゃねぇ。ソビエト兵に帝国の土をふませるかってーの。奴らはBETAと同じで根こそぎもっていくぜ」」
 誰かが、すこし怒りのこもった声で答える。
「博士はしらねーかもしれんが、俺の親戚にはベトナムで連中と戦った奴もいる。いくらBETAがいても、そんな奴らをはいそうですかって信じるのはちょっとなぁ」
「そうだそうだ。俺なんか小学校の頃、共産党のチラシが将軍家をギロチンで首切ってしまえって書いてるのを見てとんでもない奴らだと思ったもんだぜ」
 反ソ感情にざわつくハンガーを夕呼先生は押さえ込んだ。
「気持ちはわかるけど、戦略を考えて。現状でシベリアに兵力を上げられそうなのは、ソビエト以外ではアメリカと帝国だけ。そしてアラスカは遠すぎる。
BETAが来なかった頃は、帝国がソビエトの蓋だった、けれども今はアラスカ・ソビエトにとっては帝国が祖国解放へのもっとも重要なパートナーなの」
「戦略的環境はわかりましたが、それがこの機体とどう結びつくんです?」
「つまり、アラスカ・ソビエトは、来るべき未来の日ソ共同作戦を見据えて、戦術機の売り込みをしているわけ。
だから、不知火や撃震、陽炎との共同作戦、模擬戦、もろもろそういったデータが喉から手が出るほど欲しいの」
「なるほど。で、この国連横浜基地なら国際問題にもなりにくく、前線も近いから絶好っていうわけですか」
 俺の回答に先生は満足げな顔を見せた。
 やはり博士なんかやっているけど、教師も嫌いな訳ではないらしく、講義が板についている。
「正解よ。それにね、帝国の反米感情なども考えると、近い将来の撃震の更新に、SU-27ジュラーヴリクを安価で売り込むことも考えているわ。
つまり、不知火とSU-27でレベルの高いハイローミクスを売り文句にするわけ。
帝国もお金が無いから、いろいろ制限があって納入も待たされそうなF-15Eより、安くて高性能な第3世代機であるSU-27を導入することもありえる。
そういうふうに、アラスカ・ソビエトは考えているのよ。商売と政治の見事な王手飛車取りね」
「うわぁ。なんというか国際政治というか……」
「白銀、それともう一つあるの。新OSよ。アラスカ・ソビエトはああ見えて、優秀な数学者、物理学者が多いからプログラム開発は優秀な人材がいるわ。
そしてアラスカ・ソビエト製の戦術機の弱点は、電子機器。そこで新OSとそれを動かすフレームを共同開発してしまえば、弱点がかなり補われるでしょう?
新OSの開発には、アラスカ・ソビエトの力も借りているから、それもあってこのチェルミナートルになったのよ
……もっとも、技術的キメラだから不具合は山ほど出て、並のパイロットではだめでしょうけど」
 夕呼先生がもっとも重要なことを何気なく最後に言い捨てたので、俺は鳥肌が立った。
「ひょっとして……ひょっとして俺はモルモットということですか?」
「違うわ。『特別優秀』なモルモット」
「とほほ……」
「ということ。部品は供給されるし、日本向けのマニュアルはあるわ。わからないところはGRUの人の解説付きだからだいじょうぶ」
「こんにちわ、皆さん。私GRU第10局所属のミハイルです。よろしく」
 名刺を差し出した金髪の大男がにこやかに進み出た瞬間、整備員の輪は外側に3mほど広がった。ひいたのである。



10月31日


 夢を見ていたと思う。そのはずだが、妙にはっきりしすぎて気持ちが悪い。
 俺は、元の世界に帰っていた。
 BETAなんてかけらも無い。豊かで平和な世界。
 なのに、俺はとても悲しかった。
 今日も病院に行った。だけど、純夏は目覚めなかった。
 人工呼吸器だけが耳障りに動いていた。
 純夏は、真っ白。顔も白い。髪の毛は艶がない。唇はかさついてどす黒い。
 腕や肩や足は包帯だらけ。
 なんでこんなことになったのか?
 記憶はある。バスケットゴールが純夏の上に落ちたんだ。
 あれからずっとずっと起きない。
 毎日毎日、しゅこーしゅこー。
 馬鹿純夏、なんで起きないんだよ。意地張って起きないのかよ。ふざけてんなよ。俺こういうの苦手なんだよ。
 まりもちゃん、死んじゃったんだぞ。夕呼先生は、停職なんだぞ。冥夜は……、あいつのことはいい。
 おじさんもおばさんも、だいぶやつれたのに、平気な顔して寝てるなよ。
 そうやってみていると、俺は病室が嫌になって、外に出た。
 俺の大切なものが、全部いっぺんに壊れてしまった。俺も壊れてしまった。
「……白銀君」「……武さん」
 委員長達だった。見舞いに来たんだろう。でもその俺を気遣うような顔が嫌だった。話したくないから逃げた。
「白銀君! どこ行くの!」
 さあ、どこだろう。この世界以外ならどこへでも。どんな地獄だってここよりはましさ。
 でもなんでか知らないけど、きっとこれは俺のせいだ。そんな思いが、俺を捉えて離してくれなかった。

「なんでだよ!」
 っと、叫んで目が覚めた。起床ラッパ前だった。明晰夢とでもいおうか、そのざらついた悲しみまで目が覚めてもぼやけずリアルに思い出すことが出来る。
 リアル過ぎて、そして夢での俺の底知れない絶望と悲しみが、朝の気分を最悪にした。
 苦い唾が後から後から湧いたので、仕方なく起きて洗面台で口をすすぐ。
「なんつーか、絶対お目にかかりたくないものばかり見せられたというか」
 病室の純夏も最悪なら、おじさん、おばさんの表情も最悪、見舞いに来た委員長達の顔つきも同情と憐憫と悲しみと絶望のごたまぜスープでこれまた最悪。
「夢までマゾでなくてもいいだろうに」
 ワザと明るく茶化して、気分を変えようと勢いつけて着替えをした。
 夢の事を忘れるために、悪夢を見た原因を無理矢理探して、八つ当たりすることにする。
 やっぱり、スーパーフランカーのせいだろうか? あの操縦手引き書の和訳の出来はひどかった。日本語になっていない。
 結局、気持ち悪いけどGRUのおっさんに教えてもらうことになった。
 整備マニュアルも同じ。仕方がないので、どっちも英語版を至急取り寄せということになった。
 まあ、しかしGRUのおっさんも悪い人では無いと思いたい……スペツナズじゃないよね、きっと。
 少なくとも悪夢の原因とまではいかないだろう。

 PXは、パラダイスだった。ちゃんとした人間の食い物と、合成だけどコーヒーにお茶。涙が出た。
 京塚さんにじろっと見られたけど、ま、問題なし。悪夢になるなら、飯に囲まれてもう食えないって奴になるはずだ。
 
 入隊宣誓? 任官? あんなものがどうこうするはずもない。

 となると、あれになる。
 脳みそ部屋だ。
 透明で青白い変なカプセルの中に浮かんだ、脳みそがある部屋。
 やっぱり今回も入れるかなと思って、昨日部屋に入ってみたのだ。別になにも起こらなかったし、誰もいなかった。
 でも気色悪いのは間違いない。
「そーだそーだ。あれのせいだ。あの脳みそは悪い夢を見せる毒電波を出してるに違いない。きっとそーだ」
 決めつけるとなんとなくすっきりしたが、今度はなんか足りない気がする。
 何か忘れている。
 ……。
「あ、霞! そういや、部屋にいなかったし、他の所でも見かけないな」
 あの謎めいた可動式うさ耳少女。
 営倉に入ったり、総戦技評価演習だったりで、霞の事を忘れていた。
 とはいえ、基地でまともに生活を始めて2日目。たまたま会えないことだってあるとは思う。
 それとも歴史が変わったからいなくなったのだろうか? 霞とオルタネイティヴ4の関連もわからない。
「まあ、いいか」
 会えるときが来たら会える、それで考えを打ち切った。


 それにしても自由はいいものだと思う。
 やっと自分の個室ももらえた。営倉から考えれば、この殺風景な部屋でも涙がでるほどありがたい
 IDカードは普通の少尉とほぼ同じで、ただ夕呼先生が立ち入れるオルタネイティヴ4に関連した部屋のみ進入が許された物だった。
 それ以外はなにも変わりない、新品少尉。それが当たり前であって、前の時の方が異常だったと思う。
 所属は、横浜基地所属独立任務部隊A-01。ただし、隊員は俺一人。
 これがお偉方が1日ほどもめた結果の妥協案だった。
 指揮官は、暫定的に夕呼先生。事務官も不在。つまり、俺は、衛士兼事務係兼連絡将校兼……と、ともかく何でも屋の下っ端になったわけだ。
 まあ、素性が怪しすぎる俺がそうそう簡単に基地で受け入れられるわけもない。
 だから、つい先日廃止されたA-01を都合良く書類上で復活させた代物に放り込まれた。
 そのため先週までのA-01はモノホンの秘密精鋭部隊だったが、今やていのいい飼い殺し部隊である。というのが夕呼先生の説明。
 それでも一応実戦部隊で、俺にたいした不満はない。
 何より、戦うことが出来て、行動の自由がある。
 そして今後の人生と戦いにおいてもっとも重要な事が変わる。

 それは、くそまずい営倉の飯じゃなく、京塚曹長のうまい飯が食えること。
 合成サバミソ定食、合成クジラの竜田揚げ定食、これを食わずしてなんの国連横浜基地か。
 もう合成ムギ飯はこりた。 

 シミュレーターでの訓練はそこそこうまくいったので、今日は実機での習熟訓練となった。
 乗ってみるとSU-37チェルミナートルは、良い機体だった。撃震とは比べものにならないレスポンスが良い。
 推力偏向ノズルの威力は絶大で、ジャンプ後姿勢変更を行うことなく噴射のみで高度を変えることが出来、レーザー属種の照射をかわすのにはもってこいだった。
 レーダーはやや性能が悪い。ただし統合情報戦術分配システムがあればそれは問題にならない。
 射撃兵装については問題ないが、長刀の振り回しに問題ありだった。やはりこのあたりに問題が出る。
 日本刀式の振り回しではなく、棍棒や西洋剣のように叩いて割るというような動作である。
 もっとも問題が出たのは、操縦系統であった。
 キャンセル、先行入力、コンボをなかなか受け付けてくれないのである。

「ち、そこまで頑固なら教育してやる!」
 と、空中で強引にコンボを入れたのが間違いだった。
「どわぁぁぁぁぁ」
 突然、戦術機がきりもみを開始し、ご自慢の推力偏向ノズルが轟音と共に蹴りつけるような推力を機体に与えた。
 赤くなっていく目の前と、こみ上げてくる酸っぱい物に耐えつつ、カウンター推力を与えながら変な回転を殺してなんとか着地。
 そして、適当な廃墟のビルの前で機体をビルに向いて止め、ハッチを開けた。

「武、そなた今、すごい機動をしたな。あ、あれはいったい?」
「す、すごいですねー、白銀さん」
「正直、乗り換えて初日にあんな動きができるなんて、信じられない」
「武ぅ、まるでバレエの踊りみたいで綺麗だったよ」
「……きっと猿の生まれ変わり」
 好き勝手な事を言う奴らを放って置いて、急いで廃ビルの屋上に飛び出す。
 そして、めいっぱい吐いた。昼のうまかった飯もなにもかも吐いた。しまいには液体しかでなくなった。
「ぎもぢわる~」
 げらげら笑う速瀬中尉や茜達の声が聞こえた。
 それでもめまいと吐き気は治まらず、笑い声はまずます続いた。
「ダメです、白銀少尉。わがソビエトの兵器は、マニュアル以外の操作は認めていません」
「白銀、西側の戦術機に比べて、中央演算装置の処理能力が弱いから、無茶するとすぐバグが出るわよ」


 吐いた後は腹が減る。訓練を終わらせると大盛りで飯を食って、グラウンドにでた。
 営倉暮らしでなまった体を鍛える必要があった。
 晩秋の冷たい夜気を吸い込みながら、もくもくと走る。すこし吐く息が白くなる。
 死なないためのささやか積み重ね。別にさぼることも出来る。やらなくたって構わない。
 だが掛かっているのが自分の命、そして仲間の命であることは重い。あの総戦技評価演習の時の気分は忘れられない。
 もちろんあれは仕組まれたシチュエーションだった。だけど、ああいうことは起こっても不思議では無いことだ。
 自分の行動で大事な誰かが死ぬ。その重さ、怖さを少しでもなんとかするのは、日々の鍛錬でしかない。
 むしろそれしか出来ない。戦場の霧は、誰もが予想し得ない残酷さと唐突さで死に神の鎌を振り下ろす。
 それは努力も意志も吹き飛ばして、人を運だけで生者と死者により分けてしまう。
 だから、その運をなんとか自分たちに少しでも傾けたくて、俺は走った。

「武、せいが出るな」
 所定の距離を走りきって、汗を拭いていると声が掛かった。
「冥夜か。おまえも自主訓練か?」
 暗闇の向こうから寄ってきたのは、作業服の冥夜だった。汗をかいている。こっちも自主訓練らしい。
「うむ。私はまだ未熟だからな。武のように才能も無いゆえに、努力を欠かすわけにはいかない」
「才能はあるさ。今の俺くらいならなれる。そんなに自分を卑下すんなって」
「なぐさめであっても、武にそう言われるとうれしいな」
 そういうと冥夜はすこし寂しげに笑う。こういうのはあまり冥夜らしい表情じゃない。
「なぐさめじゃない。なんなら、操縦を少しみてやってもいい。ああいうのはこつなんだ」
 その言葉で冥夜の目に漂っていた若干の弱気が吹き飛んだ。喜びと凜とした光が目によみがえる。
「ほんとうか! それは助かる。……そなたに感謝を!」
「いいさ。どうせまりもちゃんにも機動をレクチャーしろって言われてるんだ」
「まりもちゃん……神宮司少佐のことか? なんというか、そなたは大胆というか、……ふうむ。
 だがそなたほどの腕なら、階級なぞ飾りに思えても仕方がないのだろうな。ましてや家柄などということか。それはいっそすがすがしいな」
 俺の言葉に驚いた顔をしてから、冥夜はなにやら真剣に考え込んでしまったため、慌てて俺はフォローを入れた。
「あ、いや、そうじゃない。まりもちゃんって俺が勝手に心の中で呼んでるだけだから、ついくせで」
「そう思ってるのは貴様だけだ。ばれているぞ!」
 突然、俺達の会話に別の声が割ってはいる。冥夜が敬礼するのをみて、慌てて俺も敬礼をした。
 グラウンドの向こうから人影が近づき、営舎から漏れる光で、姿がはっきりした。まりもちゃんだった。
「あー、いや神宮司少佐、そのですねぇ」
「言い訳はいい。貴様のなれなれしい態度はヴァルキリーズの皆が承知している」
「……申し訳ありません」
「まあ、やりすぎれば上官侮辱罪になる。注意しておけ。……それはともかく、貴様も任官したのだから、戦術機機動のレクチャーはしてもらうぞ。
御剣だけではなくヴァルキリーズ全員にな」
「はっ、了解です。少佐」
 隙のない様に応答していると、まりもちゃんの眉が不機嫌に寄った。
「白銀、柄にもないことはやめろ。まあ、貴様もあの機体に手こずっているようだから、そんなに時間をとらせはせんが、明日から訓練時間後はシミュレータールームに来い。
手続きはこちらでしておく。……ああ、それと伊隅がおまえに重要な話があると言っていた。手が空いたらでいいから、伊隅のところに行け」
「わかりました、少佐」
「……白銀。おまえには期待している。ここのところ香月博士が酒を止めて真剣に仕事をしているようだ。たぶん、おまえのあの機体とも関係があるのだろうな。
いろいろと迷惑をかけるだろうが、よろしく頼む」
 頭を下げるまりもちゃんに、俺と冥夜は驚いた。
「あ、頭をあげてください、まり……少佐!」
 だが、まりもちゃんは俺の言葉に構わなかった。やがて頭を上げると彼女は早く休めと言葉を残して去った。

 
 チェルミナートルの今日の報告書をもって、夕呼先生の部屋に行くと、先生に待ち構えられていた。
「白銀、いよいよ来たわ」
「どうしたんです?」
「珠瀬国連事務次官が6日後に来るの」
「……え? そんな! 早すぎる!」
 唐突に前の世界の記憶がよみがえった。あのときはHSST落着を間一髪タマの狙撃で退けた。あれは危なかった。
 だが、あれは11月の終わりだったはずだ。
「……仕方がない。早すぎるって事はないの、むしろここまで良く待ってくれたわ」
「しかし、先生、これやばいですよ」
「やばい?」
「あ、危険ってことです」
「ああ。……そうね。このままでは、つらいわね」
「先生、今回は前もって防がないと」
「……? なんか話が噛み合わないような気がするわ」
 そういうと先生は微妙な顔をして、コーヒーすすった。
 俺も勢いをそがれて、黙った。
「じゃあ、私から話すわね。事務次官が来るのは、私の処遇を決定するためよ。オルタネイティヴ4の責任者に対する聴聞会が開かれるの。
そして今のままではおそらく、私はオルタネイティヴ5の末端研究に組み入れられ、アメリカの研究機関に配属……機密保持のための事実上の軟禁ということになる」
 先生は自分に対する刑の執行を淡々と語っていた。
「そうなれば、完全にオルタネイティヴ4は終了。むしろ、事実上の終了から2週間も待ってくれたのだから、温情というべきかしら。
どっちにしろこれは命令だから、いくらあんたがあたしにいて欲しいと願ってもどうしようもなくなるの」
「……」
 HSSTに気を取られていた俺は、頭を殴られるような衝撃を受けた。
 先生がいなくなる?
「新OSは、出来るだけなんとかしてあげる。あたしへの連絡はおそらく出来なくなるわ、機密保持の関係でね。だから当面はピアティフ中尉と整備班長を頼りなさい。
バグフィックスに関しては連絡先を教えておくから、あたしの名を出しなさい。貸しがあるからかなりの無茶は聞いてくれるわ。
……新OSが載った機体でのあんたの活躍を祈ってるから、がんばりなさいよ」
「……そんな先生」
「残念ながらタイムオーバーなの。でも最後に楽しめたから、悪くはなかった。……白銀、あんたに感謝している」
 そうさばさばと言い放つ先生をみて、俺は椅子に座り込んだ。
 ダメなのか。
 ふと、HSSTの件が頭に浮かんだ。
「……じゃあ、1200mmOTHキャノンはどうすればいいんですか?」
「なにそれ?」
 夕呼先生が理解できないって顔をしていた。すこし投げやりになっていた俺は、全てを語ることにした。
「……前の世界で、珠瀬事務次官がこの基地に視察に来たとき、爆薬満載のHSSTがこの基地めがけて落ちてきたんです。
それをOTHキャノンで狙撃して間一髪、危機を免れたんです」
「……それが今回も起こるって事?」
「わかりません。起こった日が違いますし、誰が狙われたのか、誰が仕組んだのか、わかりませんし、なんとも言えません」
「そう。でも白銀は危惧している」
「ええ。OTHキャノンで防いだって言ったって、ぎりぎりでした。俺じゃなくタマ……珠瀬少尉……前の世界では訓練兵でしたけどね、彼女が3発目でようやく当てたんです。
それに万一外れたら、この基地は地下4階まで綺麗に吹っ飛ぶ威力だったらしいですから」
「……」
「先生?」
「OTHキャノンは確かに有るわ。照準は衛星誘導なのよね。なら、OTHキャノンはあんたの訓練目的で使えるように申請しておくわ。衛星リンクも訓練しておきなさい」
「それだけですか?」
「それだけとは?」
 先生が怪訝な顔で聞き返す。
「例えば、当日HSSTを見張るように命令を出すとか、変な動きをしたら撃墜しろって言うとか」
「……あたしが副司令だったら出来たかもね。だけど、今のあたしにはなにもできない。いったでしょ? 権限がないって」
「そんな! じゃあ、どうすれば!」
「基地から逃げたらどう? 確かにリスクが大きすぎるもの。なんなら、帝国軍基地に出張しての訓練計画を立ててあげよっか?
……あたしにとってはここで死のうが、どっかに軟禁されようが変わらないから、どうでもいいわ」
「先生!」
「さあ、話は終わりよ。帰って。……白銀、あたしはあんたに新OSを渡す。それがあたしの最後の仕事。どうにも出来ない事に使うリソースは無いの」 
 そうやって俺は部屋を追い出された。
 自室に戻る気も無くて、俺は基地の裏手の丘に登った。
 晩秋の冷たい風が吹き、西の空に上弦の月が沈もうとしていた。
 夜闇に廃墟が隠れ、遠くで海が暗く輝いている。
 ……唐突に朝の夢を思い出す。あの気分の悪い夢。
 大切なものを突然失って絶望しながら生きるあの気分の悪さ。あの世界の自分は不幸で哀れだった。
 なにも出来ずに奪われたあの絶望に比べれば、今の俺は遙かにましだ。
 そう、まだ終わったわけじゃない。オルタネイティヴ4を再開しようとした決意を思い出す。
 俺が何かをしてそれによって傷つく人がいる怖さを、俺は知った。それじゃ、何かをしなかったから傷つく人がいて、俺は我慢できるのだろうか?
 それも同じように怖いことだった。
「そうか、やっぱり前に進むしかないのか」
 小さく笑う。悩んだあげくのこの平凡な結論には笑ってしまう。
 俺は臆病だから、小心だから、俺が勝手にあきらめてそれで傷つく人がいることに耐えられない。きっと自分を責めて悩んで絶望する。
 やるべきことをやって力足りなかった運が無かったと思わないと、傷つく人々に顔向けが出来ない。   
 だから、前の世界から戻ってきてしまった。そうなのかも知れない。
 ならば、やり残したことがあったら、元の世界に帰れないじゃないか。
「考えるか。なにか出来ること、あるかもな」
 風が吹き、木の葉が音を立てた。その風はまるで俺の迷いを吹き飛ばすかのように吹いたのだった。



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