2005年7月20日以降某日……リビア油田基地 最前線の油田基地に着任して約1ヶ月。第4世代戦術機と新兵器のお披露目、データ収集を兼ねた戦線援護は良好だった。 他の基地への援護も幾つか行なった結果、第4世代戦術機の性能は万人が認める所となり、EFF展開シールドの有用性も広く知れ渡った。 玲奈の話では、アフリカ政府が両兵器の有用性を認めるに至り、現在マレーシアで進められている第1次製造計画に全面的に協力することとなったそうだ。それに伴うように新兵器の量産、電磁加熱砲の更なる研究も進められることとなるだろう。 第1次製造計画で製造される第4世代戦術機には、今まで武達と日本地下基地に所属している衛士達がデータを蓄積した新型OS【XM4ver0.1】が搭載される。これは、第4世代戦術機搭載の【高性能AI】と【新型高性能CPU】に対応させた専用新型OSであり、XM3の第4世代戦術機対応型OSである。 武達の第4世代戦術機には、このプロトタイプのver0.0が搭載されている。プロトタイプと言っても、焔や玲奈がこまめに最適化して更新しているので、性能的にはver0.1と変わりはない……いや、むしろ優秀な位だ。 この様に、オーストラリア政府を中心とした同盟と、アフリカ大陸同盟の2大同盟の後押しを受けて、新たな戦力の開発や生産は着々と進んでいたのだった。 そして今……世界を大きく揺り動かす事となる新たな動きが始まろうとしていた。 「すまない、待たせてしまったか?」 「いいえ、早急な用事という事でもありませんので問題ありません」 午後の合同訓練が終わった時、武達一同は玲奈の呼び出しを言付けされたのだが、近接戦闘を教えていた月詠と御無、そしてアイビス大尉と共に機動戦闘の研究を行なっていた武は、追加の教えを乞われたので訓練時間を延長することなり、柏木・響・ヒュレイカに遅れること、呼び出された格納庫に到着したのであった。勿論緊急の呼び出しならば、直ぐに向かっていただろうが。 「どうぞ此方へ」という玲奈の先導の元、武達3人も歩き始める。向かっている場所からして、目的地は自分達の乗機の場所だろうと思われた。 暫らく歩き、その予想に違い無く、自らの乗機である戦術機が視界に入ってくる。 だが、その戦術機の様相が昨日までとは違っていた。 「あれは……爪ですか?」 「爪もそうだけど……脚部に付いているのは何だ? また新装備か?」 御無の乗機である霧風には、腕の先に爪状の物が付いていた。手首から肘までの間の中程――補助碗の下辺りから拳の先までが籠手のような物に覆われている。手首部分からはナックルガードの様な形状になっており、手首の動きと同調し動きを阻害しなさそうな設計だ。そしてその拳を覆うナックルガード状の物から3本の鉤爪を模した爪(鳥類の鉤爪を真っ直ぐにしたような形状)が伸びている。 脚部の物は全ての第4世代戦術機に装備されていた。 踵の後ろから人間で言う脹脛部分までを覆うようにその機械が占めているが、奇妙なことに取り付けられていると言うよりは、填め込まれているといった風に見受けられた。脚の中に、その機械の3分の1程が減り込んでいるか感じだった。 「爪の方は分かりかねるが、これは脚部用の小型推進装置か」 「小型推進装置? …………ああ、あれか! 第4世代戦術機の!」 月詠の言葉に引っ掛かりを覚え、暫らく記憶を漁っていた武が納得した声を上げる。 「はい、そうです」 「しかしあれは、装置の小型化に伴う強度不足、出力不足で初期搭載が見送られた装備ではなかったのか?」 「そうだよな。ハードポイントだけ作っておいて、後付するって言ってたけど、もう出来たのか?」 第4世代戦術機脚部の膝下後ろ側には、将来的に小型推進装置を取り付ける時の為に、予めレール形式の填め込みスリットが設けられている。今迄、武達の機体のその部分には、そこを埋める形で生体金属が填め込まれていたのだ。 「こんなにも早期の完成は、第4世代戦術機の配備を希望するオーストラリア政府の全面的協力と、アフリカ政府の強いバックアップが在ったからこそです。今だ改良するべき点はありますが、使用には問題ないという事で今回、この新型兵器のパイルバンカーと共に送られてきました」 それから玲奈に資料を渡されて説明が始まった。 小型推進装置は、脚部――踵の後ろ側に、下から填め込む形で装備され、足の裏から噴射する事によって戦術機の瞬発的な機動補助や、空中での加速補助・姿勢制御補助に使用される。 運用思想を考慮して、継続力より瞬発力を重視して造られている為に、瞬間噴射力は高いが、持続力はそれ程無い。 勿論エネルギー変換噴射式だ。脚に填め込む形となるので、脚の強度維持の為にも固定式になる。 更なる強度増加、出力増加、小型化の為に研究は継続されていて、将来を見越し、胸部や肩部にも装備できるようにすることが目標なのだそうだ。 空中で使う場合、ブーストとの併用などを行なうと機動は更に複雑になりそうだったが、その分選択肢が増えるのは有り難かった。特に、主脚移動時の後ろへの緊急回避が素早く行なえるようになるのは大きな強みであると言えよう。 爪の方は、パイルバンカーだそうだ。 至近打撃力の増加を目的に、パイロン・補助碗、近接戦闘長刀などの手での保持武器との同時使用を可能として製造されたもので、装備すると拳から手首の上部分までを覆い、拳を覆うナックルガード部分から爪を模した3本並んだパイルバンカーが飛び出る形となる。 爪部分内部(先端の歪曲している部分)には普段は閉じられている特殊弾発射口が設けられており、敵の内部に突き刺さった時トリガースイッチを入れると、特殊な爆裂弾を刺さった箇所に送り込む。その爆裂弾は、遅延爆発または遠隔操作で爆発し、敵内部をズタズタに破砕する。先端部分より電撃を送り込む事も可能らしい。 手の上部を覆うナックルガード部分はかなり強度に作ってあり、敵の攻撃を受け流す分には十分問題なく、更に爪の内側は刃物の様になっており、そのまま斬り付けて使用することも可能だ。 普段や武器を交換する時などは、爪は邪魔にならないように内部に格納してあり、普通はその状態から打ち出し、爪を出した状態からでも打ち出す事が可能な2段射出形式。 近接戦闘長刀や突撃機関砲と同時使用可能という所で、意外に使えそうな兵器だった。 「しかし随分趣味に走った武器ですねぇ。」 「こんな外見でも作動効率などは十分に突き詰めているのですが」 「いや……それにしたって趣味に走りすぎだろ? ア○トア○○ンだぞ、アル○○アイゼ○! 博士も良くやるよなぁ」 武はしきりに感心している。向こうの世界のロボット関係の話をした時に色々話題に出したものだったが、まさか実際にその一部を作ってくるとは……今は昔程ではないが、それでも熱き興奮が身を擡げてくる。 しかし、武の感想は少し外れていた。なぜならばこれは―― 「ア○ト○○ゼンが何かはよく解りませんが……これは元々甕速火用の武装として開発された物です」 「甕速火? ならばこれの開発元は?」 「大空寺財閥の兵器部門です」 大空寺、日本最大の兵器メーカーだ。今は日本軍と共にアラスカに本社がある。 「でしたら、こんな趣味に走った武装を設計する者なんて1人しか該当しませんわ」 御無が気を抜かしてその名を思い出す。それ即ち、名前は一応伏せるが…… 「大空寺の一人娘か」 「ですわね……」 会った事のある月詠と御無が、その人物を思い出して呆れ果てる。頭の中で高笑の幻聴が響いてきそうだった。 「倉庫に保管されていたのを主任が発見して改造したそうです。何でもステークだけでは足りないと、電撃攻撃も可能にしたとか……白銀少佐?」 (やっぱり趣味に走ってる。絶対趣味に走ってる……) ステーク云々発言に思いっ切りずっこけた武。趣味に趣味と改良を上乗せして、趣味と機能性が両立した完璧な兵器として改造するとは……技術屋の改造魂を再度垣間見た瞬間であった。 因みに、兵器の開発はこれで一旦打ち止めらしい。後は、良いアイディアが浮かばない限りは現行の兵器を改良進化させていく事になるそうだ。これからは、戦術機の量産や改造、後他に何かやることが色々あると聞いた。 極簡単な兵器の説明が終る。最初に資料を渡された武達はそれを見ながら説明を受けていた、詳しい説明は貰った資料を吟味すれば良いだろう。玲奈の話では、既にシミュレーターにデータを入れてあるらしいので、3人は早速訓練しようと格納庫を後にしようとした。 「月詠中佐、武少佐、御2人は済みませんがもう少しお付き合いください」 「俺達だけ?」 ……が、玲奈に呼び止められる。武は自分と月詠だけが呼び止められたことに首を傾げるが、月詠は至ってた泰然な態度で構えていた。この辺、2人の軍経験・性格の差が如実に出ている。 「それでは私わたくしは此処で失礼します。皆も行って始めていると思いますので、先にシミュレーターを試させて戴きます」 「解った、終わり次第私も行こう」 「柏木達に後から行くって伝えておいて下さい」 「承りました。では」 元将軍家お抱え忍者集団の末裔で、現在でも情報部の重鎮として存在する御無家。その第3子であり、自らも厳しい訓練を受けたことのある御無は、何かの事情を嗅ぎ取ったのか、呼び止められ、足を止めた武と月詠に対し、詮索する事無く頭を下げて立ち去った。武の何の気無しの軽い頼みにも、嫌な顔1つ見せずに態々返事を返して行くのが彼女らしい。 「此処では不味い話ですので、私の研究室へ。此方です」 促す玲奈に付いて歩く。 「そんなに不味い話なんですか?」 「ええ。紙媒体の文書を、主任が新兵器のパーツに隠匿して送ってきました」 「目録仕込みの暗号文か。あれはあやつの極親しい人物か、信頼している人物しか知らぬからな」 「暗号文?」 「焔主任が独自に開発した特殊暗号文です。主に目録や仕様書に紛れ込ませて使用する場合が多いですね」 「それっぽくて恰好良いからという下らん理由で面白半分に作った暗号文だと言うが完成度は高い。仕組み自体は極簡単なので今度お前にも教えてやる」 つまり、新兵器の中に文書を密閉しておいたという事だ。 今の所、第4世代戦術機の兵器を扱うのは玲奈だけなので、他の者が触る心配も無い。 文書も密閉した場所に隠してあるから、パーツを分解してみないと何処にあるかは解らなく、暗号文が解読できなければ酷い手間だ。そもそも、だれも兵器の中に機密文書を隠すなど予想しないだろう。兵器に密封して輸送するなんて盲点も良い所だ。 (なんつーか、機密が見つからないのは良いことなんだが……凄く理不尽な気がするのは何故だろう?) 武の感想もある意味当たり前なのだが、焔と付き合う場合それを気にしてはいけない。月詠は既に達観してしまっているし、玲奈は……恋は盲目状態だ。要するに武も開き直れ。 そんなこんなで研究室に到着する。 研究室と行っても、焔の時と同じ、格納庫付きの倉庫を改造しただけの所だ。焔信奉者の玲奈は、住む所も焔に似せている――という訳ではなく、結局同じ様な人種は同じ様な事を行なうのである……という良い見本であった。 しかし焔と違い、机の上は綺麗に片付いている。几帳面な性格に見える玲奈。始めてこの机を見た時、焔の机と対比して「この辺は流石に違うな~」と武は感心していた。……が、それを信じることなかれ、実は引き出しの中はカオスなのだ。 焔は机の上は汚く引き出しは整理整頓、玲奈は机は綺麗で引き出しはカオス……何とも言えない師弟である。 閑話休題それは置いといて 机の前に立った玲奈は、机から機密文書を取り出すのかと思いきや、懐より機密文書を取り出して2人に手渡した。どうやら紛失等を恐れて自分で所持していたらしい。 「どうぞ」 「確かに受け取った」 「有難う御座います」 形式的に挨拶を返す。 受け取った文書は厚みが殆んど無く30ページあれば良い程の分量で、中身をざっと見れば見た事のある字……焔の手書きをコピーした物だった。用心の為にコンピューターを使わなかったのだろう、凄い念の入れようだ。武と月詠も、その尋常でない気の使い方に、この機密文書に相当の重要度が有る事を予想して唾を飲み込む。 そして2人は、その機密文書をじっくりと読み始めた――。 暫らく読み薦め…… 「…………これは! EUとの同盟締結!」 「なるほどな。今までオーストラリア近海の同盟とアフリカ大陸同盟は暗黙の了解のうちに同盟を結んでいたが、今回EUを加えて正式な同盟を締結しようというのか。3大同盟が手を結べば、アメリカに匹敵する程の勢力となろう」 「でもアフリカはヨーロッパ……特にEUの中心でもあるイギリスやフランスとは物凄く仲が悪かったんじゃ?」 武の知識どおり、アフリカとヨーロッパは、植民地支配、それから発生した植民地戦争・アフリカ分割、第1次世界大戦と、仲が大変宜しくない。特にアフリカのヨーロッパに対する確執は多く、互いの心象は最悪とまで言って良い位だった。武の居た世界では、十字軍遠征でも見られるように、イスラム教とキリスト教という宗教上の対立も凄かった。 武の居た世界では……と言うのは、この世界では意外なことに、BETA大戦が始まってからは宗教上の酷い対立が表立って無いのだ。武の知っている知識感覚で行くと、困った時の神頼み……昔の日本人が南無阿弥陀仏に縋った様に、酷い現実に対して宗教に傾倒する人々が増えそうなものなのだが、それが無い。 その大きな訳は、意識操作と宗教の使い方だ。 宗教に傾倒させ縋らせるより、宗教を利用して人民の意識操作をする方が政府にとって都合が良かったのである。つまり「一丸となってBETA殲滅に協力せよ、神は見ておられる」など、そう言う都合の良いような事を広め、人民の心に刷り込んだのだ。 その結果、人々は宗教に縋るより、生き残る事に活力を向ける事となった。宗教という物は依然存在するが、人々は現状を踏まえて、生きる努力の方に意識を向けざるを得なかったのである。この世界の宗教とは縋るものではなく、心の支えにするものなのだ。日本ではそれが、天皇であり征夷大将軍であり、英国では国教会と女王陛下、そしてアフリカではイスラム教なのだ。 「今の状況で仲が悪い云々言っている場合ではないと理解したのだろう。EUは工業大国も多い、アフリカの資源を今以上に咽から手が出る程に切望していようし、マレーシアが製造する焔が開発した新技術も欲しいだろう。アメリカへの牽制もあるかも知れないが……。なんにしてもだ、昔は昔、今だ確執はあれど、今を生きる者達が過去の諍いを払拭し、手結ぶのは何とも喜ばしいことだ」 「そうだな。うっしゃ! これでやっと一丸となってBETAを駆逐できるぜ!」 月詠の言う事は半分以上当っていた、EU政府はアメリカに対抗するように独自の戦術機開発を今まで行なってきたが、近年その開発研究が打ち止めとなってしまっていたのだ。その中で、マレーシアと日本軍が新しい技術を次々と開発してきている。アフリカの資源も今以上に確実に手に入れたい状況に当って、EUは(特に中心のイギリス・フランスが)とうとうアフリカと和解する道を選んだのだった。 今の世界の状況を鑑みれば、結果的にこの同盟は非常に大きな力となる事は確実だ。現在世界に残っている中で大きな力を持つ同盟が、3つ同盟する。3本の矢の逸話ではないが、その力は相当なものに成るだろう。武の喜びようも頷けようというものだ。 だが、今回の同盟締結はそうすんなりとは行かないようだった。 「喜びに水を差すようで恐縮ですが、今回の同盟締結は唯の式典ではありません」 「唯の式典ではない? 同盟締結以外に何かあるというのか?」 「詳しくは続きをお読み下されば解ります」 常と変わらぬ玲奈の言葉に、武と月詠は若干の不審と不安を覚えながらも機密文書の続きを熟読する。 そして、そこに書かれていたのは驚愕以上の衝撃を与えるに足る内容であった。 この時より4日後、2005年7月24日――世界を揺るがす事となる大きな事件が起こる事となる。そして世界は其処を契機にBETAへの一大反攻作戦を開始していくのであった。注……世界情勢や国家・宗教の考え方などは現実を元にしていますが作者自身の独自の考え方です。