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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 復讐編:[四章-01]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:ba673c3e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/02/11 16:11

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「復讐編:四章-01」





 1999年8月5日――







 BETA日本上陸から約一年が経過したその日、世界中が注目し、希望を委ね、達成を夢見る人類初の反抗作戦……『明星作戦』が開始された。

 帝都東京の目前に在る甲22号目標・通称横浜ハイヴの攻略、ならびに本州島奪還を最大目的としたこの作戦は、大東亜連合軍・米軍を主力とした国連軍が主体となって運用され、渦中である日本の軍隊、帝国本土防衛軍は大東亜連合軍に編成され本州奪還に死力を尽くすこととなる。

 米軍を主勢力とした部隊は最優先目標を横浜ハイヴに設定。ハイヴ攻略を成した後、帝都周辺に残存するBETAを殲滅する。彼らは日本を見捨てたに等しい経緯を持つが、こうして作戦の主要部隊を任されている背景には、やはり自国内にハイヴが存在していない故の国力・戦力の豊富さがある。

 日本人、特に連携して作戦を行う帝国軍人からの風当たりは強いが……彼らはそれを真摯に受け止め、先の安保条約破棄に続く自国への撤退によって失った立場を取り戻すべく、躍起になっている節が見受けられた。

 強大な戦力であることは間違いない。――ハイヴ攻略を実現させるために、必要不可欠な「力」だった。

 帝国軍の大半を含む大東亜連合軍は横浜ハイヴ攻略戦の後に作戦を開始。甲20号目標ならびに甲21号目標の動向を軍事衛星によって観測した後に三重県沿岸より順次揚陸。横浜から西進する米軍と合流し、本州を西へ侵攻する。

 本州島には横浜ハイヴ以外建造されていない。本州壊滅から既に一年が経過した現在、各地に散在するBETAはその三分の二が横浜、三分の一が朝鮮の甲20号ハイヴに属していると見られている。故に、作戦進路上後方となる横浜ハイヴを先に落とし、憂いを無くした状態で陸路・海路より順次戦線を押し上げるのだ。

 初のハイヴ攻略戦ということ、或いは日本という国の存亡を賭けた作戦であるということは、あらゆる意味で世界中を騒然とさせる。BETAに対抗する全ての人々が、その作戦の成功を待ち望んでいる。

 そう、これは、この作戦は――人類は負けないという、世界に向けての宣言でもあるのだ。







 A-01部隊。香月夕呼直轄の特殊任務部隊である彼女らは本作戦では部隊を二つに分け、各々課せられた任務を遂行する。

 ひとつは第6中隊。第6中隊は米軍第54戦術機甲大隊とともに中央高速道路八王子IC跡に配備、山間部を抜けてくることが予想される各地のBETAを相手取る。

 もうひとつは第9中隊。通称ヴァルキリーズとも呼ばれる彼女らは帝国軍マッドドッグ中隊とともに帝都絶対防衛線中央司令部練馬仮設基地より横浜ハイヴへ出撃。前線での陽動を目的にハイヴより出撃してくるBETAの先鋒部隊を引き付け、南下。相模湾に展開する米軍艦隊の一斉艦砲射撃、地上のMLRS部隊による面制圧に合わせて更に突撃、光線級・重光線級の姿を発見次第これを最優先に撃破。以後は陽動を主体として二中隊編成のまま戦場を駆け回る。

 ブリーフィングを終え、ヴァルキリーズの面々は出撃の時を待つ。

 既に第6中隊は八王子に向けて出撃した。それから二時間遅れて、0900に彼女達は出撃する。

 作戦開始から一日。各部隊は初期配置を終え、横浜ハイヴ攻略戦の開始命令を待つ。――今はまだ、静けさの中。

『どうした鳴海、落ち着かなそうだな?』

「えっ?! い、いや、……落ち着いてますよ、俺は」

 出撃まで後三十分。自機の不知火の管制ユニットの中で、孝之は突然の通信に上ずった声を上げる。相手は中隊長であるみちる。いきなり回線を繋いできて落ち着かないも何も無いだろうが、みちるの表情から自分がからかわれているのだと気づくと、孝之は肩を竦めて憮然とした。

「大尉、俺は平気ですよ……。心配は要りません」

 憮然とした表情から、静かに目を瞑り。孝之は笑ってみせる。彼の名は鳴海孝之。かつて帝国軍横浜基地衛士訓練校に衛士訓練兵として在籍していた彼は、昨年の八月に任官。当然、帝国軍に配属されるものと思っていた矢先、彼を含め同じ訓練部隊だった全員は、一体どんな思惑によるものか、国連軍衛士としてこのA-01部隊に配属された。

 当時、三大隊で編成されていたA-01連隊。その内の第9中隊に所属となり、はや一年。始めこそいきなりの国連軍への配属に当惑していたが、A-01部隊の特殊性、そしてそこに掲げられた人類の希望を知るに当たり、いつしか彼は自分がこの部隊に居ることを誇りに思っていた。

 無論、孝之だけではない。A-01に籍を置く者、その全員が部隊に誇りを持ち、それを統括する香月夕呼を尊敬している。――尤も、その自由奔放な振る舞いには辟易しているのだが。

 任官された直後のBETA日本上陸、続く十一月の京都陥落。その間、孝之ら新任衛士はA-01部隊の特殊性故に過酷な訓練を続けていた。孝之の初陣となったのは横浜基地防衛戦であり……それまでの激戦に次ぐ激戦で、部隊は半数以上を喪い、四個中隊を残すのみとなっていた。

 初めての戦場がかつての日々を過ごした母校であり、孝之の故郷でもある横浜……。そして、眼前に迫るのは生まれて初めて目の当たりにする、「本物のBETA」。孝之は無我夢中で突撃砲のトリガーを引き、とにかく止まったらお仕舞いだと言う強迫観念に駆られて動きまくった。初陣の衛士としてはその判断はなかなかに正しく、そして極めて危険だった。

 無論、新任が孤立しないよう、先任を含めた4機編成での戦闘である。当時、みちるは孝之たちB小隊の小隊長――即ち、突撃前衛長を担っていた。そんな彼女の助けもあり、恐慌一歩手前でありながら、それでも孝之は「死の八分」を乗り越える。初陣の衛士の戦場における平均生存時間であるとされるそれを、孝之は突撃前衛という最も苛烈な位置にいながら乗り越え、生還したのだ。

 元々の素養もあっただろうが、孝之は、自分が生き残れたのはみちるのおかげだと思っている。我武者羅に動き続けるだけの自分に指示を飛ばし、常に呼びかけてくれ、冷静さを取り戻させてくれた。

 初陣で生き残った者は少ない。孝之の同期は多くが戦死した。いや、同期だけではない。新任の窮地を救うためにフォローに回った先任も数名戦死していた。そして孝之は知る。――これが戦場。これがBETAとの戦争なのだということを。

 横浜基地を放棄し、戦線を帝都絶対防衛線へと移した直後の戦闘で、第9中隊隊長を務めていた間山大尉が戦死。空白となった中隊長のポストには部隊のナンバー2だったみちるが抜擢され、彼女は若くして大尉となった。中隊としての機能を失っていた第2、第3中隊の生存部隊を第6、第9中隊に再編し……そして、現在に至るわけだが……。

「大尉、この作戦……絶対に成功させましょう」

 孝之はこれまでの一年間を思い出していた。

 喪った仲間達、生き延びてきた仲間達。支え、導いてくれたみちるや多くの先任たち。その全てを思い出しながら、遂に開始される人類初の大反抗作戦に気持ちを昂ぶらせる。

 不安がないと言えば嘘になる。緊張していないわけがない。

 それを落ち着かなさそうだと言われてはしょうがないのかもしれないが、笑顔を見せる孝之にみちるは意地悪そうに笑う。

『フン、当然だ。これは我々人類の、そして日本人の悲願なのだからな。好き勝手に国土を荒らしてくれたBETA共を一掃する……これはそのための一歩だ。ならば鳴海、貴様の役目はわかっているな?』

「勿論ですよ。大尉たちが進む道は俺が拓きます」

『はいはい格好つけるのもいい加減にしなって』

『なぁ~にが“俺が拓く”、よ。あんただけが突撃前衛じゃないっての!』

『いい度胸よねぇ鳴海ィ。ていうか大尉、鳴海を甘やかさないでくださいよ。こいつ軟弱なんだから、大尉に優しくされるとデレデレして使い物になりませんって』

『そうか? ふふん、鳴海。お前は私に甘やかされると腑抜けてしまうのか?』

「っちょ?! いきなりなに言い出すんですかっ!!? ……っていうか、中尉! 俺は軟弱じゃありませんしデレデレなんかしてませんよっっ!!」

 次々と回線が開かれ、ディスプレイに見慣れた彼女達の顔が並ぶ。同じ突撃前衛の面々であり、こんなじゃれ合いもいつものことだ。

『大体さぁ、鳴海は男って時点でだめなんだよなぁ~っ。代々続くヴァルキリーズの歴史にまぁ、見事に泥を塗ってくれちゃって』

「今更それを言いますかっ?!」

 中隊の通称でもあるヴァルキリーズは北欧神話に出てくる戦乙女に由来する。戦場を駆ける半神の乙女と、戦場を華々しく駆け巡る彼女達を掛け合わせたネーミングであるが、そもそも、それは偶然にも女性だけで構成されていたことが理由として大きい。

 であるというのに、ここにきて男。しかも初陣でいきなり部隊の花形でもある突撃前衛を任されたとあれば、彼女達先任も鼻持ちならぬというわけである。

 ……無論、そんなものは孝之を弄くる口実でしかないわけだが。

 ぎゃんぎゃんとけたたましくも喧しいコミュニケーションは、唐突に終わりを告げる。基地内に響く警報。

 ――BETAだ。

『CPより各リーダー』

 指揮官であるみちるに通信回線が開かれる。映し出されるのは練馬基地の司令部で戦域管制を行うイリーナ・ピアティフ。夕呼の秘書官である彼女は、作戦によってはヴァルキリーズのCPとしての役割を与えられる。凛としてよく通る、落ち着いた声のピアティフにみちるは何事か問う。

『0844、横浜ハイヴよりBETAの出撃を確認。現在米軍第75戦術機甲大隊が横須賀より上陸を開始、応戦しています。艦隊の接近を感知してのことだと思われますが、いまのところレーザー属は確認されていません。ヴァルキリーズおよびマッドドッグスは予定を十分切り上げ、ただちに戦域へ出撃、作戦を開始してください』

『ヴァルキリー1了解。――全員聞いたな? BETAは自ら進んで南下を始めている。ならば好都合だ。我々はハイヴへ向かい、連中の尻を追い立てればいいのだからな』

 にやりと笑うみちるの顔は覇気に満ちていて。ならばと孝之も、そして中隊の全員が応と頷く。

『マッドドッグ1よりヴァルキリー1、先陣は我々に任せてもらおう』

『神宮司大尉っ? しかし、この作戦は……』

『こちらの準備は既に済んでいる。……お前達が愉しそうにお話している間にな』

 ――な。

 みちるの、そしてヴァルキリーズの全員が硬直する。映し出されるマッドドッグ1、即ち孝之ら全員の元教官であるまりものその表情には見覚えがある。――あれは、いい度胸だ貴様ら、とか。なんかそんな顔だ。

 口元に笑みを浮かべているがその瞳は全く笑っておらず、むしろスゥッと細められていてとてつもない迫力を醸し出していた。

「こ、怖ぇ……やっぱり神宮司大尉こぇえょ」

 かつて四年間に及び接してきたまりもの衛士としての迫力――それはこの半年間の防衛戦を通してよくわかっていたはずだが、しかしそれでも……恐ろしいものは恐ろしい。

 孝之らヴァルキリーズにとって出撃前、或いは戦闘中での戯れ合いは最早お決まりと言っていいほど定着している。それを知らないまりもでないが、流石に今回のことに目をつぶる気はないらしい。……否、堪忍袋の緒が切れたというべきか。

 ともあれ、帝国軍カラーの黒の不知火十二機は一足先に格納庫より出撃する。号令を飛ばすみちるに従い、孝之らもそれぞれの不知火の最終チェックを終了、即座に出撃した。マッドドッグ中隊に遅れること十三秒。遠方に見える横浜ハイヴの地表構造物を睨み据え、ヴァルキリーズは戦場に躍り出る。







『B小隊、全機突撃ッ!! 正面の要撃級をやるッッ!!』

「09了解ッッ!!」

 出撃から既に一時間。当初の予定通りハイヴから出現したBETA群を南方へ追い込み、米軍艦隊による艦砲一斉射撃および第75戦術機甲大隊との共同戦でこれを殲滅。ヴァルキリーズは即時転身し更にハイヴから出現してくるBETAに陽動を仕掛けた。なるべく派手に、そして限りなく大量にBETAを相手取ることで連中の優先度を引き上げる。それをしながらに戦場を駆け回ることでより多くのBETAの動きをある程度コントロールすることが可能だ。例えば、率先してBETAの群れへ突撃するB小隊。彼女らは突撃前衛という役柄から、常に敵の正面に立ち、その相手をする。敵の眼前で手当たり次第に撃ち抜き切り捨て翻弄する。すると、一時的にその周囲のBETAたちにとって彼女達の脅威度は高まり……結果、前述のように動きを多少はコントロールできるのだ。

 そう。

 眼前に迫る突撃級をすり抜けてかわし、身を捻るようにその背後を取る。突撃級は前面はモース硬度15以上という頑強な装甲殻を持つが、反面、背後は柔らかく、36mm砲で十分通用する。そうやってかわし様に突撃級を可能な限り平らげ、続いてやってくる要撃級の接近にあわせて散開、二機連携で要撃級一体を相手にその数を減らす。

 すると、怒涛の勢いで前進を続けながらではあるが、前衛を務める突撃級は反転しようとその速度を落とす。或いは、他方面へ進撃していた連中のほんの一部がこちらへ標的を変更する、等々。

 こちらの陽動に対し、BETAはある程度の反応を見せ、対応しようとする――らしい。

 らしいというのは、BETAの全てがそうであるわけではなく、何を基準に脅威度の判定を行っているのかが判然としないからだが……しかし、こうやって微々たる効果ではあるものの通用する手段であるからには、使わない手はない。

 旋回能力の低い突撃級が、ようやく反転し突出したB小隊へと向かう。わざわざこちらにケツを向けてくれた連中に、後方で接近を開始していたA、C小隊が36mmの雨を降らせる。更には左右両翼からマッドドッグ中隊が要撃級を挟撃。隙間から溢れてくる戦車級を可能な限り掃討しながら、二十四機の青と黒の不知火は戦場を思うままに駆け巡った。

「オラオラァッ! 喰らいやがれっっ!!」

 攻撃的な言葉が口を衝く。孝之は別段ハイになっているというわけではなかったが、突撃砲のトリガーを引くたび、長刀でBETAを切り捨てるたび、何事か叫んでいる自分を自覚していた。……初陣より既に半年が過ぎた。BETAに対する恐怖感は失われていないが、だからと言って一々言葉によって己を鼓舞しなければならないほど恐れているわけではない。ならば、衝いて出る言葉は何によるものか。

 孝之は自問する。同じB小隊の先任たちから言わせればまだまだ粗の目立つ機動制御で、自機の不知火を縦横無尽に奔らせながら。

 戦闘中に叫んだり、咆哮したり、というのは特に珍しいことではない。憎き人類の怨敵であるBETAを前に、その怒りを爆発させることは当然だ。現に、孝之以外の麗しき戦乙女たちの大半も、彼同様に攻撃的な言葉を吐いている。

 己を鼓舞するため、醜悪なBETAの姿形に怯まないため、戦場の恐怖に呑まれないようにするため。かつての自分はそうだった。そのために叫び、口にすることで自身を奮い立たせていたように思う。

 ――では今は?

(知るかッ、んなことぉおおお!!)

 目前に迫る要撃級の前腕を避ける。かわしながらに120mmのトリガーを引き、更に左方から踊り来る戦車級の群れに銃口を移す。先ほどの要撃級はマッドドッグ中隊の支援砲撃によって沈黙。ならば自身は更に前に進むのみだッ!

 孝之は小隊長である相原の背中を守るように追随する。その左右を同じB小隊の面々が固め、ヴァルキリーズ突撃前衛小隊は次々に戦場を切り拓くべく突き進む。

「――ッッ!? レーザー照射警報ッ?!」

『くっ、ここに来てようやくおでましっってわけ!!』

 管制ユニット内に警報が鳴り響く。レーザー属と呼称される光線級・重光線級いずれか、或いは両方からのレーザー照射を警告するそれを、孝之は忌々しく睨みながら、網膜投影ディスプレイに映る小柄なその形を認識した。

「光線級を確認ッ!! 数は……二十五ッ?! なんで気づかなかった!!?」

『泣き言いってんなッッ! ――くるぞッ?!』

『ヴァルキリー2よりCP!! 光線級の出現を確認、至急ALMによる支援砲撃を要請ッ、場所は――』

 相原の通信が終わるよりも早く、レーザーが照射される。戦術機にプログラムされている乱数回避により辛うじてそれをかわし、その間にピアティフより支援砲撃了解の旨が伝えられる。間を置かず米軍艦隊よりALMが発射され、飛行体を最優先で撃墜する光線級の超精密レーザー射撃が空を貫く。

 光線級は一度のレーザー照射より十二秒のインターバルを必要とする。現れた二十五体の内、先ほどと今回合わせてレーザーを照射したのは何体か? 少なくとも五体以上は未照射が残っているはずだと踏んで、B小隊は光線級へ肉薄する。数秒送れてマッドドッグ中隊の突撃前衛小隊も光線級へ突撃を開始。――更に、上空を支援砲撃の雨が降る。

 ALMがレーザー照射されたことによりその弾頭が蒸発、気化した重金属粒子が大気中に充満している。故の爆撃である。光線級のレーザー照射のインターバルを考慮しても文句なしのタイミングだ。無論、ヴァルキリーズ、マッドドッグ中隊もそのことは承知している。ピアティフよりほぼ同タイミングで支援砲撃の警告がなされるが、双方の突撃前衛小隊はそんなことを気にした風もなく、空を行く砲弾に射線を向けた光線級に36mmを喰らわせる。

「ヴァルキリー09、フォックス3!!」

 不知火の右腕に握られた突撃砲が36mmの弾丸をばら撒く。かなりの距離が離れていたが、孝之は気にするでもなく居並ぶ二十五対の光線級を薙ぎ払うように撃ち抜いて行く。――が、それを庇うかのようなタイミングで太い針のような足が地面に林立した。36mmは突如出現したその巨大な脚に弾かれ、それを唾棄する間もなく空中から躍るようにしなる触手が振るわれるッ。

『要塞級!!』

 言われるまでもなく、見ればわかる!!

 叩きつけられるような触手を、相原はギリギリでかわし、後退。続く孝之は彼女を援護するように弾倉を120mmに交換し、現れた要塞級へぶちまける。暴れ回る触手を狙ったそれが幾分の効果を見せたのか、相原を執拗に追っていた触手は怯んだように下がり――――逆方向から接近していた黒の不知火をまるで不意打ちのように貫いた。

「なんだとっっ??!!」

『笹原ァア!』

 ナンバーは05。マッドドッグ中隊の突撃前衛のひとり、笹原少尉の不知火は要塞級の触手に脚部ユニットを貫かれ、振りぬかれた衝撃で玩具のように吹っ飛ぶ。落下地点には更に後方からやってきていた要撃級の一団! 狙い済ましたように繰り出されるモース硬度15を誇る前腕が、彼の不知火をぶち砕いたっ!!

『ッギ、、、ッ!』

 ざりっ――と。通信機にノイズが走る。確認するまでもなくマッドドッグ5の不知火が破壊された爆音が辺りに響き……孝之は、その寸前に聞いた何らかの音に強烈な吐き気を覚える。

(今のは……っ、ヒトの、)

 上空から支援砲撃の爆雨が降り注ぐ。込み上げる吐き気と怖気、半年も共に戦ってきた戦友の死に、言いようのない怒りが爆発した。

「うぅぅぁアアアアアアアアアアアアア!!!」

『退がれ鳴海ィ! 支援砲撃に呑まれるぞッ!!』

 みちるの怒号が耳を突く。被せるように地上に、そしてBETAに突き刺さる弾丸の雨霰。その爆音。砕かれた黒の不知火諸共に爆炎は空を焦がす。

『マッドドッグ1より中隊各機! 1時の方向、第二陣のお出ましだっ、気を抜くな!!』

 飛び込んでくるまりもの通信に戦域データリンクを見れば、横浜ハイヴから出現しているBETAの総数が跳ね上がっていた。円周上に拡がる津波のように、実に数千ものBETAが湧き出ている。その内の二千あまりが……支援砲撃の雨が止み始めたこちらへ向かって突撃してきていて……ッ。

『チィ! 大層なもてなしだ! ヴァルキリー各機、1時方向のBETA群の足を止めるッ! ついてこい!!』

「了解ッッ」

 忌々しげに吐き捨てるみちるに、孝之らも同じような表情で頷く。支援砲撃の雨を食らってもまだ健在である数十のBETAをかわしながら、二中隊は続く標的に向かって更に陽動を続ける。

 与えられた任務は陽動。

 陽動の目的は標的を自分達に絞らせ、そして、ハイヴ内のBETAを一匹でも多く引きずり出すことだ。

 この後、ハイヴ突入部隊がその役割を果たすために。周回軌道上で作戦開始まで待機している彼らが通る道を切り拓くために、孝之たちはひたすらに銃弾の雨を降らせ、長刀を煌かせる。

 先ほどの一団と同様に、前面に突撃級、その背後に要撃級、隙間を埋めるように戦車級が織りこまれ怒涛の勢いで進む分厚い壁を形成している。その前衛に守られるように光線級が控え、更に堅牢な壁を要塞級が作り上げる。巨大な要塞級の足元にはやはり戦車級の大群、更に続くように要撃級が両脇を固め、その間に……重光線級の姿が見える。

「くっそ?! 奴ら、重光線級まで持ち出してきやがった!!」

『ッ――! ちぃ、このあたりは重金属雲の濃度が十分じゃないっ、全機、1500m後退ッ! ――突撃級を抜かせるなァッ』

 叫ぶように吠えるみちる。続いて彼女はCPへ支援砲撃を要請。だが、その返答は芳しくない。展開している艦隊は、なにもヴァルキリーズたちのためだけに居るわけではない。当然だ。相模湾に展開している米軍艦隊、千葉県東方沖に展開する帝国海軍ともに、各ポイントへの支援砲撃に追われている。

『CPよりヴァルキリー1、支援砲撃まで300秒。それまでに敵レーザー属の可能な限り無効化を』

『莫迦を言うなっ! この状況で、どうやってあそこまで近づくって……ッッ!!』

『ヴァルキリー1了解ッ! 口を慎め木野下ァ! …………前方の突撃級を落とす、突き抜けるしか能のない連中だが、その分後方の要撃級と差が開いている。――マッドドッグ1、』

 無茶ともとれるピアティフの要請にC小隊の木野下少尉が喚く。ALMによる重金属粒子の濃度が低い以上、支援砲撃を確実なものとするためには光線級が限りなく邪魔だ。あの脅威としか形容しようのないレーザー照射は空を来るものに最優先で行われる。つまり、レーザー属を無効化できない限り、支援砲撃は全て着弾よりも早く上空で打ち落とされることになる。

 だが、そのレーザー属はご丁寧に突撃級、要撃級、戦車級、要塞級とBETAそろい踏みで頑強に守り抜かれたその先にいる。

 その分厚すぎる壁を突破してレーザー属を叩くためにはやはり支援砲撃は必要で……それなしに達成できると言うのなら、そもそも支援砲撃など必要ないという矛盾!

 木野下の気持ちもわかる。しかし、孝之はそれを即座に黙らせ指示を下すみちるに空恐ろしい物を感じた。

 ――そう、これが指揮官というものだ。

『こちらマッドドッグ1。伊隅大尉が言いたいことは承知している。我々は喜んでその先陣となろう』

『神宮司大尉……。では、お願いします。――作戦を説明するッ』

 作戦内容はいたって単純。突進してくる突撃級にマッドドッグ中隊が吶喊、突撃級をかわし、がら空きになった連中のケツに劣化ウラン弾を叩き込む。旋回しようとする突撃級にヴァルキリーズが襲い掛かりこれを殲滅。マッドドッグ中隊は反転、迫る要撃級を一点突破。道を拓く。開いた道にヴァルキリーズが吶喊し、光線級・重光線級をとにかく撃破。

 全くもって無謀極まりない。――だが、やらねば先はない。問題はその間、光線級共のレーザーがいつ火を噴くかわからないということ。レーザー属が味方誤射をしないということは周知の事実。混戦が予想される本作戦ではその心配はないかもしれない。……だが、忘れるな。

 何が起こるかわからないのが戦場である。

 言い換えれば、何が起こっても当たり前なのが戦場というものなのだ。

 次第にその姿を明確にしてくる突撃級。視認できるだけで実に五十を超え、網膜投影に映る連中が十を切ったそのとき、マッドドッグ中隊が吶喊した。超重量、超怒涛、その津波のような暴威に勇敢なる十一の黒の不知火が立ち向かう。突撃級は集団で迫り来るが、その密度は一定していないため個々の間に隙間が生じている。170km/hにも達する速度で迫る弩級の突撃級に対し、その僅かと錯覚してしまうほどの隙間を縫うように突き抜け……見事、マッドドッグ中隊は連中の背後を取り、トリガーを引いた。

 紫の粘液を撒き散らしながら突撃級が絶える。それを感知したのか急制動、反転しようとする突撃級の一部に孝之は躍りかかった。尚も突撃してくる個体は放置、或いは他の仲間に任せて、B小隊はとにかくその数を減らすべく36mmを撃ちまくった。

 支援砲撃開始まで残り190秒。――無理だ。

 既に要撃級へ突撃を開始したマッドドッグ中隊の背中を見ながら、トリガーを引く手を緩めないままに、孝之は臍を噛む。

 残り三分。そんな程度で光線級など落とせるはずがない。或いは、支援砲撃へ標的を定めた連中の図体目掛けて突撃砲を食らわせてやれるかもしれない。――だが、それは実に無理難題だった。

 突撃級は次第にその数を減らしているが、弾幕から逃れ、反転して突撃してくるヤツもいる。

 背後からは要撃級の群れ。一点突破しているマッドドッグ中隊が、例え散開して個別に相手をしたとしても防ぎきれるはずのない撃ち漏らし。連中の数は、二千なのだ。僅か二十三の自分達がどれだけ踏ん張ったところで、勝機などない!

 支援砲撃は無駄に終わり、後方の米軍第75戦術機甲大隊は今現在もこちらを支援してくれているが……足りないッ。ほかの地域ではどうかと一瞬だけデータリンクを睨んだ。……結果、判明したのはどのポイントでも同じような状況に陥っていると言うこと。

 BETAの脅威はその圧倒的物量に在る。

 誰の言葉だったか――――だが、それは戦場に出た衛士全員がよく知っている覆しようのない真理。

 ただでさえ数で劣る人類に対し、無限とも思える連中の数。ギリギリと奥歯を噛み締め、だからどうしたと自身に言い聞かせる。



 これは対BETAの足がかりだ。反抗作戦、本州島奪還作戦、人類の希望を乗せた……人類がBETAに打ち克つ歴史の第一歩となるのだッ。



 数で劣る? 間に合わない? 無茶、無理、無謀?! ――そんなことはわかっている!!



 それでも、確固たる確信があるからこそっ、この『明星作戦』は決行されているのだっっ!!



 だったら、その前衛を担う自分が、疑問に思っていいわけがない。勝手に諦めて、作戦を台無しにしてしまっていいはずがない。

 孝之は自身に言い聞かせる。折れそうになる戦意を振り絞るため、敢えて、敢えて盛大に雄叫びを上げた。

「うっぉぉおおおおおおおおおおおおっっ!!!」

 支援砲撃まで100秒をきった。要撃級はその壁に穴を空けられ、マッドドッグ中隊は切り拓いた道を維持すべく突撃砲を撃ちまくる。――ならば、往け! それが突撃前衛の役割だッ!!

『B小隊ッ、突っ込むわよッッ』

 相原の声に応えるまでもなく、孝之はペダルを限界まで踏み抜いた。噴射跳躍装置がけたたましく咆哮をあげ、四機の青き不知火がこじ開けられたその一点へ向かう――瞬間、







 孝之の視界を、白い煌きが過ぎる。ドンッ! という空気をぶち抜く衝撃に機体が急反転し、こちらの制御を無視した回避を見せる。――乱数回避。それはレーザー照射を出来るだけかわすために組み込まれた緊急回避プログラム。

「なにぃいっ!!?」

 ぐるぐると回転する機体の自由を何とか取り戻し、モニターを凝視する。黒の不知火によって切り拓かれた道はぽっかりと口を開けたまま。……なのに、そこに居たはずのものが無い。

 不知火が。帝国軍カラーの黒の不知火十一機。それが、―――――無い。ない。ナイ。

 感情が真っ白になった。

 呼吸を忘れる。

 そして、愕然とする中、妙に冷え切った脳味噌が冷静に状況を説明してくれた。

 光線級は味方誤射をしない。前方を守る味方は絶対に撃たない。それは、即ちそれらが居る間は、射線上にいる自分達も撃たれないということである。故に、光線級がレーザー照射を行うそのときは、道を開けるようにBETAたちが左右へ割れる。

 そう。道を開けるように。

 そして、今、まさに。「道が開いて」いた。十一機の不知火によって。要撃級は押しのけられ、その先にいる突撃級も蹴散らされて……。

「うっ、ぁ、ぁああっ?!」

 ぶるぶると震えだす身体が、言うことを聞かない。死んだ、のか? 全滅? 莫迦な、そんなはずが――っ。

 硬直する孝之の不知火に向かって要撃級が接近してくる。光線級によるレーザー照射よりまだ十秒も経っていない。だが、その十秒こそが命取りだと言わんばかりに、呆然と立ち尽くす孝之の不知火に向けてその前腕が振り上げられ――。

 同じB小隊の面々がそれに気づいた時は既に遅かった。孝之ほどではないにせよ、彼女らもまた目の前で起こった事実に脳が追いついていなかった。ただ、視界の中で孝之目掛けて殺到する要撃級と戦車級の姿に気づいた時は、もう、致命的なまでに手遅れだったのだっ!



 ――――ギャギィィイイイッ!!!



「ッッ?!」

 耳を劈く鋭い音に意識が浮上する。見れば自機の左側に超接近していた要撃級が頭部と思しき部位を汚らしく撒き散らしながら倒れこんできている。突然の出来事に面食らったが、しかし、突っ込んできていたらしい敵の勢いは衰えることなく孝之の不知火を吹き飛ばす。

 幸いにして最大の脅威であるその前腕を喰らうことはなかったが、なにぶん回避が遅すぎた。思わず庇うように差し出した左腕部がひしゃげ火花を散らす。跳ね飛ばされた衝撃で右主脚部の関節に警報が出ている。血の気が引く思いで、なんとか自機を制御し、立たせる。――と、

『しっかりしなさい鳴海ッ!!』

 叱り付けるように、その声が聞こえた。

 120mmをばら撒きながらこちらへ向かってくる黒の不知火。コールナンバーはマッドドッグ1。その機体に続くように三機の、同じく黒い不知火が滑るようにやってくる。

『神宮司大尉ッッ!!』

 驚愕を含んだその声はみちるのものだった。彼女にも見えていたのだろう。要撃級の壁をこじ開けて拓いた道。それを丁度よいと言わんばかりにレーザー照射してきた光線級。一瞬後には姿をなくしていた黒の不知火が……しかし、こうして四機、目の前で尚戦っている。

「大尉……っ」

『しっかしろ! 戦場で呆けていて、生き残れると思うのかッ?!』

 不敵に盛大に。そして覇気に満ちたその声に。孝之は知らず奮えた。それはみちるをはじめ、他のヴァルキリーズも同様のようで、皆、一様に表情を引き締める。

 生きていたのだ。――たったの四機だが、それでも、あの完全に不意打ちともいえるレーザー照射から。見事生き延びていた。

 そしてその人物がまだまだやれるとばかりに率先して前線に立っている。ああ、ああ――ッ! 矢張り、ああそれでこそっ!!

 神宮司まりも、彼女は――――教え子たちの目標なのだ!

『CPよりヴァルキリーズおよびマッドドッグス! 支援砲撃を開始! 至急戦域を離脱せよっ! 繰り返す、支援砲撃を開始――』

 ピアティフの明瞭な声が響く。光線級・重光線級ともに健在。そのことは向こうも承知のはず。であれば、恐らく最初に来るのはALMだろう。この先の状況を思えば貴重なALMだったが、背に腹は替えられない。

 そして、泥沼にも似た戦闘は続く。

 ALMは想定どおり光線級に迎撃され、重金属粒子が大気に充満する。後に続く支援砲撃の雨が手当たり次第にBETAを喰い散らかすが、それでも、尚――

『ハイヴより更にBETA群の出現を確認ッ!! 数は――ッ……??!』

 絶望の二文字が脳裏を過ぎる。

 多すぎる。

 たかがフェイズ2のハイヴ。――されど、それでもBETAの前線基地、ハイヴである。そんなことは承知だ。だからこそ半年も掛けてこの作戦は準備されてきたのだ。

 しかし、その半年間もただ無駄に過ごしたわけではない。

 帝都防衛作戦のほか、定期的な間引き作戦を実行し……微量ではあるが、その個体総数は減少しているはずなのだ。――減少して、これか……っ?!

 孝之は言い知れぬ戦慄に震えた。左腕部を失い、そして右の主脚に異常がある現状。既に後方へと配置されている彼は、この状況で更に隊の皆を窮地に晒しかねないお荷物なのだと自覚する。

 だが、そのとき。

『なん、だとっ?! 香月博士ッ! 今、なんとおっしゃったのですかっ?!!』

 突然届いた香月夕呼の声。ピアティフに代わり、通信機のマイク越しに命令を伝達した彼女の表情は全くの無表情であり……にも関わらず、とてつもない激情を内包しているようだった。

『時間が無いのよ。さっさと撤退しなさい。米軍艦隊にはあんたたちの受け入れを伝達済み。向こうも承諾しているわ』

 淡々と語る夕呼の言っている意味がわからない。この状況で、撤退?! BETAの第三波、しかもこれまで以上に膨大な数のそれが湧き出て各戦域へ殺到しているこの状況。眼前にはまだ斃しきれていない壱千近いBETAの群れ。

 それを放り出して、撤退? 一体何故!?

 作戦に変更があったのか。或いは、自分達にさえ知らされていない何らかの作戦なのか。

 だが、知る限り……少なくとも戦場でBETAと直接対峙している衛士として知りうる限り……万単位を数えるBETAを一掃出来る作戦など……それに相当、或いは上回る物量を持ってしての面制圧くらいしか思いつかない。そして、それだけの弾薬を人類は持っていないのだ。

 およそ撤退する理由が思いつかない。

 もしくは……これは考えたくないことだったが…………作戦の中止、失敗――故の撤退、なのか。

『伊隅大尉……、香月大佐の命令だ。――撤退を』

『――――了解……ッ!』

 静かに、押し殺したようなまりもの声に、みちるは苦々しくも頷いた。形容し難い沈黙が流れる中、みちるが撤退にあたっての指示を飛ばす。

 ただ下がればいいというわけではない。未だ眼前にはBETAが健在。突撃級や要撃級こそその数を減らしているが、それでも脅威に過ぎる。光線級は数十体が健在、小柄な戦車級も圧倒的に多い。戦力差は明白で、ただ背を向けて逃げ出すならば容赦なくレーザーに焼かれるだろう。

 そして、それに躊躇すれば突撃級に追いつかれ、或いは要撃級に砕かれ……足を止めれば戦車級に取り付かれ食い殺されるだろう。

 踏みとどまり戦線を維持……それに比べれば距離をとりながらの撤退戦は幾分マシのような気がするが……しかし、背後から、脅威とわかっている総勢壱千のBETAが追って来るという、その心理状況は発狂しそうなまでに恐ろしいものだ。

 逃げ切れれば生き延びられ、逃げ切れなければ――死ぬ。

 わかりやすくて涙が出そうだ。孝之はここでも間違いなく自分が足手まといになることを自覚せざるを得ない。――このままでは、いけない。

『――ッ、なんですって?! チッ、連中、いい歳こいてはしゃいでんじゃないわよっ!!』

 通信機から夕呼の苛立ちを含んだ声が聞こえてくる。それは、いつもどこか飄々としてみちるや自分達をからかっては愉快気に振舞う彼女からは想像も出来ないほどの怒り。忌々しい。そう吐き捨てると、彼女は再び通信機に向かって怒鳴りつける。

『伊隅、状況が変わったわ。すぐに下がりなさい! 追って来るBETAのことは気にしないで、形振り構わず逃げなさいッッ!』

「!?」

 なんだ? どういうことだっ? 全員に再び疑問が走る。――だが、聴こえてきた木野下少尉の声に、更に愕然とせざるを得ない。

『米軍が……全機撤退?! ばかなっ、前衛に出ている連中を残して……なんで米軍が先に下がっているんだッ?!』

 確かにデータリンクによって逐次更新されている戦域情報表示は米軍のマーカーが既に戦線を離脱していることを示していた。残っているのは彼らヴァルキリーズ・マッドドッグスのように前線にて陽動、或いは掃討を担当していた他の国連軍や帝国軍。――そう、ならばそれは自分達のように突然の撤退命令に困惑しながらもじりじりと戦線から退いているに違いない。

 同じように、米軍の動きに更に混乱しながら――

『さっさと退がれって言ってんのよっっ!! 伊隅、まりもッッ!!!!』

『『!!!』』

 切り裂くような怒号。二人の部隊長は今度こそ、全員に向けて撤退を指示。夕呼の様子はただ事ではない。あの聡明で天才とまで謳われ、常に余裕と確信を持って物事に臨んでいる彼女が、取り乱していると言っていいほどの姿を見せている。

 ならば――そう、ならば。

 それは、彼女がそれこそ形振り構わずに「逃げろ」と叫んでしまうほどの……







 ナニカ、







 が―――――――――、







『鳴海ィ! なにをしているっ、退がれッッッ!!』

 みちるの怒号が耳に痛い。――だが、それは出来ない相談だ。

 目の前には迫り来るBETAの大群。いくら敵に構わず逃げろといっても、これほどの速度、そして物量で追って来るBETAを相手に逃げ切れるわけが無い。さらに、みちるたちが撤退する先、即ち後方にもまだBETAはその数を残している。第75戦術機甲大体が既に撤退を開始していると言うなら、彼らが相手取っていたBETAがそこにいるのだ。

「自分の機体はもう駄目です。右の主脚がやられて、噴射跳躍装置もイカレちまってます。――時間稼ぎにはなるでしょう? 幸い弾薬はまだ十分残ってますし。せめて光線級の残りを片付けてやりますよ!」

『莫迦を言うなっ! この大莫迦ッッ!! 戻れ、鳴海、鳴海ィイイイイイイイ!!』

『かっこつけてんじゃないわよっ、なる……』

 通信装置のスイッチを切る。これで外部からの騒音はなくなった。孝之は震える腕で無理矢理操縦桿を握り、引き攣りそうになる呼吸をなんとか落ち着かせようと深く息を吸う。

 データリンクに目を落とす。ヴァルキリーズ・マッドドッグス共に撤退を開始。既に孝之から1000m離れている。――恐らく、まりもが下がらせたのだろう。まったく、あの人にはとことん敵わない。つい一年前まで面倒を見てもらっていた恩師に謝辞を述べながら、震えの治まった腕で、改めて握り締める。

 一秒だけ眼を閉じる。

 密やかに呟くように。孝之は懐かしい少女達の名を呼んだ。

 対照的な二人。

 活発で豪胆で、愉快なことが大好きで……きっと、自分を好きでいてくれた彼女。

 お淑やかで清純で、一生懸命に頑張って……きっと、自分を好きでいてくれた彼女。

 その二人の顔を、思い出す。――ああ、莫迦だな、俺は。

 ふっ、と苦笑する。よし。落ち着いた。ああ、大丈夫だとも。目を開ける。顔を上げる。涙なんか流さない。

 眼前にはその巨体を顕にする突撃級、要撃級、そして数えるのも莫迦らしいほどの戦車級の群れ、群れ、群れ。

 右腕に握るのは120mm砲を装填した突撃砲。火花を散らす右主脚は、派手な機動はできないものの、突撃級をかわすくらいなら出来る。自分でも驚くほどの冷静さで、迫り来る突撃級をかわし、振るわれる要撃級の腕をかわし……120mmを撃って撃って撃ちまくる。ぐちゃびちゃと紫色の血液らしき汚物が散り、醜悪なその姿を骸に変えていく。群がり来る戦車級にも容赦なく弾丸の雨を食らわせて……だが、その攻勢も長くは続かない。

「ごぁっ!!?」

 右からの要撃級の腕をかわし、着地したその地点に突撃級が突っ込んできた。回避などする暇も無く、機体が宙に舞う。べきべきという嫌な音と無慈悲な重力を全身で感じながら、仰向けに地面に叩きつけられた。衝撃に内臓が破裂しそうだ。――否、肋骨がへし折れて内臓を傷つけていた。血が、のどを駆け上る。

「っぶ、ぐぇっ……をッァ、」

 吐き出した血液が自身の顔を濡らす。カメラの半分もやられたらしい。赤く染まった視界に、ぼんやりと映る真っ赤な空。ああ、きっとそれは真っ青な雲ひとつ無い美しい空で――――、

 そして、孝之はそこに一筋の光点を見る。

 いや、既にその意識は遠のき、目は開いているだけで脳がそれを認識しなくなっていたが……それでも、そこに、まるで明けの明星のような、まばゆく輝く光を――







「なんだ……?! 再突入殻!? こんな状況で!」

 鳴海孝之の乗る不知火のマーカーが消えた。半年の実戦経験を積み、ようやく一人前の衛士としての風格を持ち始めた将来有望な若者……その一人を、また、喪った。

 彼を救う手段はいくらでもあった。機体を放棄し、他の機体へ収容することだって可能だったろう。――なのに、こともあろう、あの莫迦者は通信回線を一方的に切り、単身BETAへ吶喊していった。

 挙句が、戦死。

 いくらなんでもそれは哀しすぎる。――だが、たった一機の陽動とは言え、こちらに向かってくるBETAが一時的にその数を減らしたのは間違いなく、事実、みちるたちは壱千のBETA群を振り切り、続いて眼前に見え始めたBETA群へと突っ込んでいく。

 その、最中。

 みちるはふと空をよぎった光の筋に気づいた。

 それは再突入殻が大気圏に突入した際に発する摩擦熱が起こす発光だった。地上の光線級が一斉にそれ目掛けてレーザーを照射する。

 疑問に思う間もあればこそ、いきなりに眼前のBETAの全てが進路をこちらへ向ける。第75戦術機甲大隊を追う形で、即ちこちらに背を向ける形で走り続けていたBETAが、突然に追撃をやめ、こちらを向いた。――脅威度はこちらが上と判断したためか。

 否。

 みちるは直感的に悟る。今も尚レーザー照射を受けている再突入殻。何度確認してもたった一つしかデータリンクに反応の無いそれ。

 戦術機であるわけがない。

 そして、それこそBETAにとっての脅威なのだと言わんばかりに……BETAたちはみちるたちにすら構わず怒涛の勢いで再突入殻の落下地点――横浜ハイヴ――へと向かっていった。

『うぁ、こいつらぁああっ……ッッ!!』

『ひっ、いやァァアア!!!』

「! なっ、片桐、東條ッ!!」

 突如こちらに向けて殺到してきたBETAの挙動に対応できず、ヴァルキリーズから更に二人戦死者が出る。そして、その混乱すら嘲笑うように……レーザー照射によって破壊された再突入殻。

 それから分離された……ナニカ。

 なんだアレは。

 なんだアレは。

 なんだアレは。

 なんなんだ、アレは――――ッ!?







 空が、悲鳴を上げる。

 空間が、軋みを上げる。

 暗黒が――空を、そして、地上を…………そこにいるBETAを、現れたBETAを、散って逝った多くの衛士たちの亡骸を、逃げ遅れたたくさんの戦術機を、


 




 ギュ、ギャ、ッ――――ッ!!







 心臓を締め付けるような嫌な音。強烈に過ぎる衝撃が一瞬にして機体を吹き飛ばし、しかし、それでも、みちるは、まりもは、彼女達は、見た。

 紫の暗黒。

 その丸い球形。暗黒の球。

 それが、上空で炸裂した、たった一つのそれが――。

 地上を薙ぎ払い、出現したBETAを消し飛ばし、







 そして、『明星作戦』はその第一歩を達成した。






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