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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 復讐編:[五章-01]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:7b2206a7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/02/11 16:13

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「復讐編:五章-01」





 国連軍横浜基地に衛士訓練兵として入隊して一週間が過ぎた。今日までの一週間……それは、私にとってとても充実したものだった。

 志を同じくする仲間、共に歩み、進んでいく友……。彼女たちとともに在ること……ただそれだけのことが、なんともこそばゆく、心地よい。

 思えばこれまでの十六年と少し。私は「外」に出るということはなかった。

 生来からの仕来り……否、この国の未来のために、私は常に表舞台に立つことを許されることはなかった。自分でもそのことの意味は承知していたし、何よりそれが彼の御方のためとなるならば、自ら望んでそれを享受した。

 それでも……影となり闇となり、光届かぬその場所でも、きっとなにか力になることが出来るはずと、日々精進を重ね、ひたすらに剣の腕を磨いた。

 この世界を取り巻く数々の悲劇、惨劇……外宇宙より襲来したBETAの脅威。それら人類を、日本という国を、そこに暮らす民を脅かす存在を……いつしか私は駆逐して見せると心に誓った。

 そう。

 衛士となり、一人でも多くの日本の民を救うこと。――それが、私の目標となった。

 そしてそれが……あの御方の執り行う国造りの礎となるならば……本望だと思う。

 本当はもっと早くに衛士として志願したかったのだが……家の事情もあって帝国軍に入隊するわけにはいかなかった。……いや、本当のところ、こうして国連軍に入隊できたことさえ奇跡に等しいくらい、私の立場は微妙なものだったろう。

 しかし、今こうしてここに訓練兵として在ることの意味。

 …………恐らくは何らかの政治的取引による人質として。或いは、………………いや、不要な勘繰りはよそう。

 どうしたところで、とりあえずこの現状は変わるまい。まして、今もこうして彼女達が私の警護についている以上、矢張り私の立場に表向き変化はないのだ。







「冥夜様、お久しぶりでございます……国連軍への駐在にあたり手続きが難航してしまい……一週間もの間お傍を離れたこと、申し訳ありません。また、遅ればせながら衛士訓練校入隊、おめでとうございます」

「…………月詠中尉、顔をお上げください。私はただの新任訓練兵です。中尉がそのように気になさる必要はありません」

 冥夜の目の前で頭を下げる女性は、ゆっくりと面を上げる。端正な顔を僅かに歪めるその表情には、どこか哀しげな色が浮かんでいて……形のよい小さな唇がきゅっ、と引き締められる。

「冥夜様ッ……お願いでございます。そのようなお言葉遣い、おやめくださいませ。階級など関係ございません。私は……」

「月詠、お願いだ……」

 どこか悲哀の篭った声で、紅い帝国軍服を身に纏う女性は詰め寄る。しかし、それ以上に噛み締めた声音で、冥夜はその女性を遮った。

 現在彼女がいるのは国連軍横浜基地内にある居住フロアの一画。地下四階にあるそこで、冥夜に面会に訪れた女性とばったり遭遇したのだった。

 すらりと背の高い女性は真っ直ぐに伸びた薄碧の髪を腰下まで流していて、同色の瞳は凛として鋭い。身に纏う真紅の軍服は帝国斯衛軍のそれ。襟元の階級章は先の冥夜の言の通り中尉を示し……およそこの場を目撃した物が在るならば、何故に斯衛の衛士が訓練兵に頭を垂れるのか、理解に苦しむだろう。

 否、常識で考えてありえない。

 ならば、そこには常識外の事情が存在するのではないか。

 月詠と呼ばれた斯衛軍衛士は語気強く遮った冥夜に、尚も哀しげな視線を向けるも、一度視線を伏して、

「……冥夜様、我々斯衛軍第19独立警護小隊は帝国本土防衛軍からの正式な命令を受け、ここ国連太平洋第11方面軍横浜基地に派遣されています。――冥夜様の身は、私たちが全力で御守りします。そしてそれは、彼の御方の……」

「…………月詠……そなたたちの立場もわかるし、感謝もしている……。しかし、ここでの私は一介の訓練兵に過ぎぬ……。隊の者達に余計な気を遣わせたくもない。……済まぬが、そっとしておいてくれ」

「わかりました。冥夜様がそう仰るならば」

 再び深い礼をして。女性はその場を去る。ピンと背筋を伸ばし、一分の隙もなく颯爽と歩くその後姿を、矢張り冥夜はどこか辛そうに見送った。

「……で? そなたたち、いつまでそうしているつもりだ?」

「――げっ!?」 「ぅわあゎあ!?」

 一転、苦笑しながらに振り返る冥夜に、廊下の影から覗き見ていたらしい男女が慌てふためく。何者かに見られていることは感じていた。しかもそれが最早馴染みとなった気配の持ち主であるということも気づいていた。

 故に冥夜は「困ったやつだ」と笑いながら言い、狼狽する二人に不敵な視線を向ける。

「み、御剣ッ、その、黙って見ていたことは謝るッッ!!」

「ご、ごごごめんっ!! その、本当は覗くつもりなんてなかったんだけど……」

「ふふっ、よい。気にするでない。見られたくないのなら、こんな場所で立ち話などしなければよかったのだ。私にも責任はある」

 冷や汗を滲ませながら謝罪するのは冥夜と同じ部隊の武に茜。言葉の通り、覗こうと思って覗いたわけではない。二人で廊下を歩いていたら、偶然視界に入ったのである。しかも、冥夜と話しているのは帝国軍の現役衛士。それだけでも要らぬ興味が湧くというのに、それが頭まで下げたのだ。気にならないという方が無理がある。

 冥夜もそれを承知しているのだろう。見られてしまったのものは仕方がない。第一、隠し立てしたところで、いずれこうして知られることになっただろうから。

「御剣……その、」

「よい。白銀、涼宮も……そなたたちが気にすることではない。そなた達も大体察しが着いているのだろう?」

 どこか吹っ切ったように話す冥夜に、武たちは顔を見合わせ、困惑した表情を向ける。

「…………先ほどの女性は帝国斯衛軍に属していてな」

 斯衛軍――武と茜は息を呑む。ああ、そうだろう。それだけで、二人は冥夜の素性を察したのだ。

 帝国軍には大きく二つの軍事組織が存在する。一つは、言わずもがな、帝国本土防衛軍。日本という国を、そして日本国民を護るために存在し、そのために戦う日本人衛士で構成される部隊だ。

 そしてもう一つ。

 帝国斯衛軍。帝都守護のための中心となるべく、厳しい審査によって選抜された最精鋭部隊。いわば帝国軍内におけるエリート部隊だが、彼らの役割は単純に精鋭部隊としての国土防衛任務にとどまらない。いや、結果として彼らは日本国を護るために戦うが、……斯衛軍には大前提として「将軍家縁のものの守護」が課せられる。

 帝国議会の上位執政機関である元枢府の長であり、皇帝陛下に任命される国事全権総代――政威大将軍。そして元枢府を構成する五摂家。それら日本の中枢であり日本という国の存在そのものと言っても過言ではない一族を守護するために設立され、存在する機関。それが斯衛である。

 その斯衛である女性が、冥夜と接し、あまつさえ頭を垂れた事実。

 その意味するところは……最早確認するまでもない。彼女、御剣冥夜は――将軍家に縁のある、いずれかの一族の一員なのだ。

「そ、そりゃまた……なんとも、」

 間抜けな声を出す武に、少しだけ冥夜は胸を痛める。武の隣りでぱくぱくと口を開いたり閉じたりしている茜も、彼と同じく衝撃を受けているらしかった。

「……なに、将軍家に縁が在るといっても、分家も分家、その更に末席というだけだ。別に、私個人に何らかの権利があるわけでもないし…………私は、今はただの一訓練兵だ」

 腕を組み、まるで自分に言い聞かせるように。そして武や茜に懇願するように。

 その冥夜の胸中を悟ったのだろう。茜はハッとして、

「そ、そうだよねっ。御剣は御剣だもんっ! さすがにちょ~っと驚いちゃったけど、全然関係ないしッ、気にしてないからっっ」

「な、なんだぁ? いきなり。さっきはあれだけ騒いでたくせ、――うぐェ!!」

 突然に大声で気にしてないと言い張る茜に、廊下の影から覗いていた時の彼女の様子を思い出し首を捻る武だが、最後まで言うことなく脇腹に肘鉄を喰らう。

 廊下の壁にもたれるように、ぴくぴくと震えながら鈍痛を訴える脇腹を押さえ、武は言葉にならない呻き声を上げ悶絶する。

「す、ずみ、ゃ、おまっ……」

「わー、わーっ!? ごめん、白銀ッ!」

 自分でやっておいて何だが、茜はそれでも咄嗟に殴ってしまったことを謝罪し、武の指の上から脇腹を撫でる。そうやって武に密着しながら、茜は彼の耳元に少々切羽詰った様子で囁いた。

(バカッ、白銀! 御剣の気持ちも考えなさいよっ。彼女が今まであたしたちに黙ってたってことは、知られたくなかったからでしょ?!)

(!?)

(きっと……知られたら、今のあたしたちみたいに驚かれるってわかってたのよ。……それで、距離を置かれちゃうんじゃないかって……だから、あたしたちは何も聞いてないし、聞いたとしても……昨日までと何も変わらない。OK?)

(お、おーけー)

 よしっ、とばかりに茜は武の背中を叩き、身を離す。武としては茜に言われるまでもなくそのつもりだったのだが……驚愕のあまり全くそう出来ていなかったのも事実。だからといって喰らった肘鉄の痛みが消えるわけでもない……。

「白銀、そなた大丈夫か?」

「あ~まぁ、もう慣れたっつぅか。平気平気。……俺らこそ、悪かったな。言いにくいこと言わせちまって」

 心配げに眉を寄せる冥夜に、武は笑ってみせる。そして、茜と一度だけ視線を交わして……

「心配すんな。別に言いふらすつもりもないし。さっき涼宮が言ったろ? お前が何者だろうと、全然関係ないし気にしねー。お前は俺達と同じ訓練兵だ。同じ部隊の仲間だろ? なら、それでいいじゃん」

 無意識に茜の頭をポンポンと叩きながら、武は笑顔のままで言う。しっかりと冥夜の目を見詰めて言いきったその言葉は、彼女の心に染み渡る。

 冥夜は驚いたような表情を浮かべた後に、静かに微笑み……、

「白銀、涼宮。そなたたちに感謝を――」

 その時の冥夜の言葉は、とても暖かな色に包まれていて、思わず二人とも見惚れてしまう。ぼんやりとする武たちを不思議に思いながら、冥夜はそういえばと話題を変える。

「そなたたち、揃って何処へいくつもりだったのだ? 今日は訓練はもう終わりのはずだが……」

「えっっ!!??」

 別段、問い詰めるという風でもなかったのだが、茜のその反応は過敏だった。全身をびくんと跳ねさせ驚く彼女に、問うた冥夜の方が驚いてしまう。無論、横にいる武もだ。

「な、なんだ……大きな声を出しおって。――――あ、いや、そうか。済まぬ。私の配慮が足りなかったようだな……どうも私はこういうことに疎いのだ。許すがよい」

 ぽかんとする冥夜だが、何かに気づいたのか、突然頬を染め早口に謝罪する。その言葉に茜は悲鳴に似た声を上げ、冥夜に負けず劣らず、真っ赤に顔を染めた。

 そんな二人の様子を、激しく首を傾げながら見ているのが武だ。――彼には、冥夜の言った意味も茜の狼狽振りもさっぱりわけがわからない。

「ちちち、違う違うちーがーうーっっ! ほんと、全然ッ! そんなんじゃないからっ??!!」

「む、そうなのか? ……しかし、そなたたちを見る限り、てっきり付き合っ」

「わーわーわーっっ!! ストップストップそれ以上言っちゃ駄目ぇええ!!」

 喚き叫び何かを否定する茜に、冥夜は真剣に悩む。そして今日までの一週間で多少なりとも掴めて来た部隊の仲間達の人間関係を思い出しながら、そこから導き出した自身の結論を口にする……のだが、これまた盛大に慌てふためく茜に遮られる。

 茜の顔は赤い。真っ赤に染まって熟れている。目尻に涙を浮かべて冥夜の口を塞ぎ、お願いだからと凄みを利かせて詰め寄ってくる。

 その、様々な感情が入り乱れている様子に、冥夜は息を呑み驚嘆する。――成程、自分と同い年の……普通の少女は、このように感情を発露させるのか、と。

 自分の感情を素直に表面に出すことのできる茜を内心で羨ましく思いながら……冥夜は、口を塞がれたままだったので首肯して了解の意を示す。もう余計な口出しはしない、という意思表示だったのだが。いかんせん、茜は興奮冷めやらず、その目はぐるぐると渦を巻いていた。

「べ、べつに今日は訓練が早く終わって時間があるから、白銀とちょっと散歩しようとかただそれだけでっっ! そこに深い意味はないって言うかっ、ああもう~っ!!」

「もが、……ぷぁっ、落ち着け涼宮ッ! そなたの言いたいことは理解した。だから落ち着け!」

 茜の手を振りほどき、その腕を掴む冥夜。暴走する彼女の目を正面から見詰め、しっかりとした口調で呼びかける。

「そなたたちのことを邪推してすまなかった。許すがよい」

「――へ? ぁ、いやっ、その~……」

 謝られてもなぁ……。茜は先とは違う意味で赤面する。

 冥夜の言葉に勝手に暴走したのは茜であり、それを彼女が謝罪する道理はない。……のだが、なにやら真剣なご様子の冥夜には、照れたように笑って誤魔化すしかなかった。

「あ、あはははっ、あたしの方こそ、ごめん……」

「いや。気にするでない。……そうか、散歩か。それもいいかもしれぬな」

 落ち着きを取り戻した茜に、うんうんと頷く冥夜。しっかりと目的がばれていることに再び赤面する彼女だが、続く冥夜の言葉に一瞬にして凍りつく。

「して、そなたたちも一緒に行くのか? なにやら大勢だが、差し支えなければ私も同行させてもらうとしよう」



 ――は?



 思考が停止する。

 そなたたちと冥夜は言う。この場に彼女と茜と武しかいないのに、そして茜と武が散歩に行くのだと承知しているのに。

 まるで、そこにまだ誰かが……しかも複数人いるかのように、そう問うたのだ。

「あちゃ~、なんでばれてるのかなぁ」

「侮れないねぇ、御剣……」

「あゎゎゎ……なんかこのあとの展開が読めちゃったんだけどなぁ~」

「すごいなぁ冥夜さん。ボクだってそれなりに気配消してたのに……」

「鎧衣以外バレバレ……」

「あなたが堂々と姿晒してるからでしょうっ!?」

「……えっ?」

「気づいてなかったんですか…?」

「にゃはは、慧さんおかし~っ」

 …………頭痛い。

 膝をつき思わず崩れ落ちる茜。その目からはなんだか疲れ果てた涙が流れていたとか何とか。







 余談ではあるが、訓練終了後の茜の態度を見て「なにかある」ことに気づかなかったのは武と冥夜だけだったという。まる。







 ===







 体力面でも、そして座学での成績を見ても……白銀武という少年は凄まじいものがあると思える。

 無論、実質自分達よりも二年間先に軍に入隊し、訓練を受けているわけだから……それはある意味当然なのかもしれない。

 つまり、まだ自分がそれだけ鍛えられているわけではないというだけ。例えば彼と同じ期間訓練を受けていたのだとしたら、――無論、遅れをとるつもりはないが――否、それでも、彼と肩を並べられているかどうか怪しい。

 訓練初日の彼を見てもわかるし、それ以後の訓練・座学等を見ても、その凄さは知れる。

 特に体力面。

 あの莫迦みたいな全力疾走に続き日が暮れても尚続けられた特別メニュー。それらをこなし、心身ともに疲労困憊であるはずなのに翌日の訓練にはその疲れを全く見せず、隊の誰よりも果敢に、そして真剣に訓練に打ち込んでいた。……同じく全力疾走した冥夜と慧が、表には見せないまでも確実に疲労を残していたと言うのにだ。

 まるで底無しのような体力。鍛えられた筋肉は悲鳴を上げることなく、彼の意のままに肉体を動かす。鋼のような肉体は、それでもしなやかさを保ち……思わず目で追ってしまうほど。

 座学においても彼は凄まじい集中力を発揮している。それは訓練に疲れて眠りそうになる自分が恥ずかしくなるほどで、その日習った内容はすぐさま理解・吸収しようと躍起になっている。……本人曰く座学は苦手とのことだが、それを承知で尚、欠点を克服しようと言う姿勢は尊敬に値するものがある。

 総じて、今日までの印象だけで言うなら……彼は素晴らしい人物に思える。見習うべき、目標とすべき立派な人物だ。

 訓練以外でも彼は常に隊の皆のことを気に掛け、コミュニケーションをとろうと振舞っている。部隊のムードメーカーであろうとしているのか……或いは、隊内で唯一の男子である自分に遠慮しないようにと考えてか。

 そして、そんな彼とともに二年間を過ごしたA分隊の彼女達もまた、彼と同じく比類なき能力を秘めている。

 彼らを見ていると、ともに過ごしていると……どうしてか、自分の中から熱い思いが込み上げてくる。

 いや、湧き上がってくると言ったほうが正しいのかもしれない。

 彼らには何か、明確な意思が在る。何のために衛士となり、戦うのか。――その目標とする一点……戦う理由、護りたいもの、成し遂げたいこと。

 そういうものが、ハッキリと。

 …………それに気づいたのはつい最近だが、間違いなくその意志が、或いは目標が。彼らの「凄さ」の一端を担っているのだろう。

 ならば、自分も衛士となるための理由をしっかりと胸に刻んで進めばいい。彼らを尊敬するならば、自分もそれに倣って……自分が掲げる目標に向かって邁進すればいいのだ。

 と、そう考えたところで……そこで一体自分は何故衛士を目指すのかが、一瞬わからなくなる。

 何を莫迦な。

 衛士となり、BETAと戦う。BETAを斃し、日本を、世界に平和を取り戻す。

 そのために今、こうして訓練を積んでいるんじゃないか。――言い聞かせるように、頭を振る。

 ………………。

 なにか、釈然としない。

 理由としてはそれで十分だ。だから自分は徴兵免除を蹴ってまで、こうしてここにやってきたのだ。

 父の反対を押し切り、半ば家を飛び出すような形で……。

 BETAを斃し、日本に平和を。

 その想いは嘘じゃない。本当にそう出来ればいいと思っている。……いや、そうするために訓練を積み、優秀な衛士となるのだ。

 けれど、なんだか……そう、彼らとともに在り、湧き上がる熱い思いが、「それだけではないだろう」と、問いかけるのだ。

 その答えはまだ得ていない。きっとそれがわかった時、自分は初めて、彼らと同じ位置に立つことが出来るのだろう……。だから、今はまだその背中を追いかける。いずれ肩を並べ、対等となるために。

「――ふふっ、彼は全然そんなこと気にしてないんでしょうけど……」

 シャワーを浴び終え、バスタオルで丁寧に滴を拭う。机の上においていた眼鏡を取る。硬質な長い髪の毛を乾かしながら、鏡に映った自身の顔をじっと見詰めた。

 そして、そのまま視線を下へ。そこに見える双丘に思わず眉をひそめながら――千鶴は、夕食の時の話題を思い出す。

「別に、そんなに小さいとは思わないんだけど……」

 むに。

 思わず自身で触って確認。うん。そんなに問題じゃないはず……多分。

「――って! なにやってるのよ私っ!!」

 ばっと手を放し、慌てたようにバスタオルで身体をくるむ。どうやら熱いシャワーで茹っているのかもしれない。千鶴は手早く体を拭いて、服に袖を通す。

 つい先ほどまでつらつらと考えていた内容とあまりにも乖離した思考と行動に、思わず溜息が出る。

 武に、A分隊の彼女達。彼らを凄いと感じ、尊敬の念を抱くなら、それこそ自分も頑張ればいい――――そんな彼女なりに真面目なことを考えていたはずなのに、鏡で自分の裸を見た途端、あんな莫迦なことを思い出してしまった。

「べ、べつに、白銀の好みがなんだろうと、私に関係ないじゃないっ」

 ブツブツと呟きながら、千鶴は髪を編む。二房にわけ、三つ編みに。いつもどおりの彼女のスタイル。呼吸を落ち着け、熱を冷ましてこようと、千鶴は部屋を出た。



 そもそも、夕食時の話題というのは、美琴が興味津々に尋ねた帝国軍訓練校時代の彼らの話である。

 千鶴は思わず美琴を制しようと口を開くも、それ以上に早く……彼女の内心の配慮など不要であると言わんばかりに、武が口を開いた。

 彼はにこやかに、そして表情豊かに、身振り手振りを交えながらかつての日々を語る。その彼に合わせるように茜や晴子たちも相槌を打ち、語り……。そこには千鶴が危惧したような暗さや辛さというものは微塵もなかった。

 彼らは元帝国軍横浜基地に所属していた。つまり、現在のこの場所、である。

 横浜に居た彼らが訓練校の閉鎖に伴い、北海道札幌基地へと転属したことは知っている。そして、昨年の一月、彼らの……そして自分の故郷でもある横浜は壊滅した。

 当時のことを思い出すと背筋に冷たいものが流れ落ちる。――父の命令で安全な場所へと避難していた自分。たくさんの人たちが亡くなった。大勢の衛士が戦死した。――その恐怖を、思い出した。

 だから、彼らも……幼い頃を過ごし、数ヶ月前まではそこに居たのに、それが自分の全く手の届かないところで無情にも蹂躙されたことを思い出し、苦い思いをするのではないかと思った。

 そんな辛いことは思い出す必要はないと、美琴を制しようとしたのだが……。

「それで結局関係ない俺達まで連帯責任取らされてさ」

「いやぁ~、あれは失敗だったねぇ。神宮司軍曹、ホント冗談通じないからさぁ~っ」

「そのせいであたしら全員徹夜で訓練させられてさ……」

「あれは辛かったですねぇ……」

「茜ちゃんが追いかけてくるからだよ。もぅ」

「どの口がそういうこと言うのよッ?! 多恵ぇええ!?」

 出てくるのはなんだか聞いているだけで莫迦らしく思えてくる冗談みたいな話ばかり。まだBETAが日本に上陸する前の、穏やかな訓練の日々。そして、話は彼らが出逢った先任訓練兵のものへと移る。

 既に任官しているというその人物の一人は茜の姉であり、もう一人は武と茜が目標にする素晴らしい人物なのだとか。

「いやぁ、水月さんはホントにすげぇんだよ! 俺なんか全然足元にも及ばないし、っていうか一生頭あがんねぇんだけどさ」

「あはは、白銀はそうかもね。…………一杯、お世話になったし」

「まぁな。……でも、今頃どうしてるかなぁ水月さん」

 ふ、と。先ほどまでの騒いでいた雰囲気が静まり返る。思い出すように、懐かしむように……そんな、今まで見せたこともないような表情で静かに眼を閉じる武に、思わず千鶴は見惚れてしまった。

「ふむ。聞くだに、その速瀬殿は素晴らしい人物のようだが……白銀ほどの人物がそれほど傾倒するという女性とは、一体どのような御仁なのだ?」

「あ、わたしも聞きたいです~っ」

 冥夜の言葉に自分はそんなに大したものじゃないと手を振る武だが、彼女と壬姫、口にはしないが美琴、慧……無論千鶴も、その「速瀬水月」なる女性を知りたいと思った。

 密かに自分が目標としている彼らを導いてきた偉大なる先任。その人物のことを知ることは、必ず自分にとってプラスとなるだろう。

 思わず緊張に息を呑む千鶴たち。

 先ほどとはまた違う沈黙を唐突に引き裂いたのは晴子で……その一言がつまり、思い出すのも莫迦莫迦しいほどのアレな話題だったわけだが。

「速瀬さんってすっごい胸が大きいんだよね~っ。で、白銀はその胸に夢中でさぁ」





「        (沈黙)        」





 けらけらと笑う晴子以外、動いている者はいない。あれ~どうしたの~? と首を傾げる晴子に、いち早く現実に復帰した冥夜が更に尋ねた。

「む、むね……か?」

「そうそう。女のあたしから見てもすごい大きくてさぁ。多分脱いでも凄いと思うんだ。……あ~、大きさ的には彩峰くらいかも。でさ、白銀ってば初対面で速瀬さんの胸を狙ったように揉みしだいて……」

「ちょっと待て柏木ィィィィいぃぃぃぃぃぃぃいいぃ!!!! てめーあることないこと織り交ぜてリアルに嘘ついてんじゃねぇええ!!」

「は? 嘘? え?」

「胸…………」

「う~~ん。胸かぁ……ボク、頑張ってるのに大きくならないんだ……ごめんね、タケル」

「お前は何言ってるんだッ!!?」

「はぅぁ~、で、でも、男の子だし、しょうがないのかなぁ」

「しょうがなくないしっ!? ていうか、珠瀬ッ、俺は何にもしてないぞっ?! ホントだぞっ?!」

「でもこれ速瀬さんから聞いた話だし」

「それが嘘だってその時に言ったろうがぁあアア!!!」

「……白銀、揉む?」

「サラリと言ってんじゃねぇええええ!!」



 …………と、まぁ。そんな話題だったわけである。

 会話が始まるまで真剣に武たちの心中を慮った自分が思わず莫迦だったのではないかと真剣に後悔したくなるようなどんちゃん騒ぎ。

 そのおかげで彼らに抱いていた認識がほんのちょっぴり修正されたのは言うまでもない。……いや、間違いなく晴子に対する認識はマイナス方向に、大いに修正されたッ!

 げんなりと溜息をつき、夜のグラウンドへ。まだ若干の寒さを残した春の夜風が、ふわりと千鶴のお下げを揺らす。と、前方に見知った背中を見つけて、千鶴は声を掛けた。

「御剣、なにしてるの?」

「……榊か。……いや、実は今日から自主訓練のために走ろうと思ったのだが……」

 言葉の途中で再びグラウンドへ視線を移す冥夜に疑問を抱き、自身もそちらを見やる。――と、そこには暗闇の中、基地からの灯かりでぼんやりと浮かび上がるヒトの影。

 否。

 それは、なんと言う凄まじき演舞か。

 キラリと、時折白く光るのは電光を反射する模擬刀の刃。両手でそれを握り、振り降ろし、薙ぎ払い……一瞬たりとも足を止めることなく、体を休めることなく、動き、動き、動き続けて。

 その挙動はまるで独楽のような回転を見せ、或いは稲妻のように苛烈に走り、螺旋の機動を描きながら延々に続けられている。

 彼我の距離は数十メートル。それだけを離れていて、尚、見るものを惹きつけて離さないその剣舞。裂帛の気合を込めて、絶対の意志を秘めて、大地を舞うのは誰でもない、武。

 日ごろの訓練でさえ見せたことのない表情をして、叫ぶように、吠えるように呼気を振り絞り――鬼気迫る表情で。

「すごい……」

 思わず口を衝いて出た言葉に、冥夜が頷く。

「ああ、凄い。私も剣術を嗜んでいるが……このような独特な剣術を使う者は一人しか知らぬ」

「――ぇ?」

 呟いた冥夜の言葉に、千鶴は驚愕する。武が剣を使うということさえ知らなかった千鶴だが、そもそも彼女は剣術というモノに疎い。先の世界大戦から今日、兵器というものは格段の進歩を見せた。銃の台頭に伴ってその姿を消していった刀剣だが、しかし日本人にとってそれは切っても切れない、特別な意味を持つ。

 それ故に現在でも剣術の流派は数多く残っているらしく、冥夜の言に依れば彼女もまたその一つを習得しているのだとか。そして、剣術に関しては全くの素人である自分が見ても、異端にしか思えぬ武のその挙動を……しかし冥夜は知っているという。

「ほかにも、あんな剣術を使う人が居るの?」

「ん? ……ああ。正確には二人居たのだが……内一人は既に亡くなられている」

 どこか遠くを見詰めるような冥夜が、続けてもう一人について語ろうとしたとき……千鶴たちの脇を一つの影が走り抜いていった。

「白銀ッッ!! 駄目っ!!」

「――なっ?!」 「あ、茜ッ?」

 逼迫した声で叫び、剣を振るい続ける武に向かって走る茜の姿に、思わず冥夜と千鶴も追いかけていた。

 近づけば近づくほどに、武の動きの凄まじさが知れる。大気を裂く模擬刀の刃。それは刃を潰しているにも関わらず、触れたものを片端から切り裂いてしまうような錯覚を抱かせる。

 絶え間ない円軌道。猛烈に過ぎるその独楽の舞に、しかし茜は臆した様子もなく……それ以上に、何らかの衝動に駆られているようだった。

「涼宮ッ! 危ない、もどれっ!!」

 冥夜は叫ぶ。……ここに来て彼女もことの異常さに気づいていた。

 武は剣術を身に付けている。ざっと見た限りだが、その腕は中々のもので、冥夜自身と比較してもそれほど差はないのではないかと思わせるほどに。つまるところそれは、剣士としての素質を持ち、戦闘者としての素質を備えているということだ。

 まして、今日までの訓練で武の能力の高さは周知のものである。――なのに、そんな彼が、名を呼ばれ、ひた走り近づいてくる自分達に……茜に気づかない。

 その意味するところは一体何か?

 一瞬だけ見えたその表情。基地の灯かりに映し出されたその貌は、全く見たことのない――――深い、怒りと哀しみだった。

「茜っ! 戻って!!」

「白銀ッ、白銀ぇええーーーっっ!!!」

 ブォゥ! と。身の毛もよだつほどの一閃が虚空を裂く。その後の一瞬の硬直に合わせて、茜は武を突き飛ばすように飛びつき、

「んなぁっー!!!??」

 ずしぃん。とぶっ倒れた。

「…………ぇ?」

「な、なんだ?」

 飛びついてきた茜の体を咄嗟に抱きとめ、自らをクッションにすることで彼女にはダメージの一つもない。瞬間でそれだけのことを成し遂げていながら、倒れる瞬間の驚愕したあの表情、声……それらからは、一瞬前に見せたあの凶相など何処にもなく。

 発する雰囲気、というもの。

 それは全くに彼女達の知る武そのものであり……本当にあの剣を振るっていた人物と彼は同一人物なのかと疑いたくなる。

「白銀、白銀、白銀っ、白銀ぇえ~~っ」

「な、なんだっ?! 涼宮?! ぉ、おい、なんだよ、どうしたんだよっ??」

 武に抱きついたまま泣き崩れる茜に、彼は困惑するしかない。そして、すぐ傍に冥夜と千鶴の姿を見つけ、助けを求める。

「ぉ、お~い、お前ら。一体何が起こってるんだ?! ていうか助けてくれっ」

「ぅわあああ~ん、白銀の莫迦ぁあ!! なんでまた独りで抱え込むのよぉ! そうやって、独りで、またッ……ぅ、ぅうっ!」

「!!」 「!??」

 武の表情が驚愕に染まる。そして、冥夜と千鶴もまた、茜の言葉に言葉をなくした。

「折角……折角、元に、戻ったのに……ちゃんと立ち直ったじゃない……なのに、どうして……」

「涼宮…………」

「やっぱり、横浜に帰ってきたから……? 忘れられないのは知ってるよ……でも、それでも、思い出して辛いなら、苦しいなら……あたしに言ってよッ! 白銀のこと、ちゃんと支えさせてよぉっっ!」

「涼宮……ッ」

「速瀬さんじゃないと駄目なの? あたしじゃ力になれないの……っ? 鑑さんのこと……っ、」

「涼宮ァアアアアアアアア!!」



 ――――!?



 武の咆哮に、びくりと身を震わせる。涙で頬を濡らした茜はぐしゃぐしゃの顔を上げて……武は、そんな彼女の涙を優しく拭ってやった。

「しろ、がね……」

「ああ。悪ぃ。またやっちまうところだった。――そうだよな。俺は独りじゃないってわかってたのに。……ははは、こんなんじゃいつまで経ってもアイツを安心させることなんてできねぇな」

 倒れていた身体を起こし、長座のまま、茜の身体を抱きしめた。

「悪かった……。それから、ありがとう。でも、俺は大丈夫だ。大丈夫なんだ……。今回はたまたま、ちょっと色々思い出しちまってさ……」

 静かに、くしゃくしゃと茜の髪を撫でながら。

 その武に甘えるように茜もまた腕を回し…………、

「……んっ、んんんっっ!!」

「ごほんっ、んぅっ!」

 わざとらしい咳払いが二つ。弾かれたように離れる武と茜の前に、心なしか頬を引き攣らせこめかみを痙攣させてるような冥夜と千鶴が居た。

「お取り込みのところ悪いんだけど……」

「一体ドウイウコトなのか説明してくれもよかろう……?」

 何やらさっぱり事情がわからない上に、目の前でメロドラマである。何故か知らないが無性に腹が立った。

 それはもう盛大に。むしろ事情なんかこの際どうでもいいんじゃないかと思うほどに。

「ぉ、ぉちつきたまえ、きみたち……」

「黙れ」 「黙りなさい」

 ――ゴッド、俺何か悪いことしましたか。

 そんなフレーズが武の脳裏を過ぎる。

 いつの間にか武から距離をとり姿を消していた茜に気づくも時既に遅し。どうしてか怒り心頭の冥夜と千鶴に日本男児としての在るべき姿という物を延々説教される武だった。







「まったく……白銀ったら。あ、あんな風に茜の身体を抱きしめて、いやらしいわっ。不潔よ不潔!」

「……ははは、まぁそうむくれるな榊。そなたも気づいているのだろう? あの二人は、」

「それでもよっ!! ……私たちはまだ訓練兵なのよ。べ、別にヒトの色恋にまで口出ししようとは思わないけど、もうちょっと周りに気を遣うべきよっ」

 ぷんすかと肩を怒らせて基地内へ戻る千鶴に、冥夜は苦笑しながらついて歩く。今でこそ平然としている冥夜だが、つい先ほどまで千鶴と一緒になって武をメタメタにしていたのである。しかし当の本人はそんなことをすっかり忘れた様子で、

「まぁ、今日のことはあまり他人に話すようなことでもあるまいし……ここは一つ、我らの胸の内に秘めておくということでどうだ?」

「えっ……? ええ、まぁ。そうね。そのほうがいいのかも」

 冥夜の言葉に、先刻の武の様子を思い出す。そして、泣き叫んだ茜を。

 武の剣舞。鬼気迫る表情に、周囲の声や気配さえ遮断してしまうほどにのめり込んでいた事実。まるで何者かを“殺そうと”しているかのような恐るべき意志。――きっと、それは普段の武がひた隠しにしている負の一面。

 或いはそれは茜が零した言葉達の断片が示しているのかもしれない。

「立ち直った……か」

「うむ、そして、横浜に帰ってきたから、忘れられないのは知っている……とも言っていたな」

 千鶴は立ち止まり、冥夜もそれに倣う。周囲に人の気配がないのを確認して、千鶴は真剣な表情で口を開く。

「これって……つまり、白銀には横浜で何かがあった、ってことよね……?」

「ああ、そうだろうな。……そして、それは恐らく……あの者にとって深く傷を残している。…………涼宮は恐らく、その時の白銀と先ほどのあの者が重なって見えたのだろう」

「――つまり、あんな風に変貌してしまった彼、を?」

 冥夜は答えない。だが、その沈黙は千鶴の問いに是と答えているようなものだった。

 言いようのない沈黙が二人を包む。

 武、或いは茜たちについて……まだまだ知らないことは多々あるのだと知った。そしてそれは、決して興味本位で深入りしていいものではないのだろうということも。

「……きっと、夕食の時の話題がいけなかったのよね……」

 こんなことになるのならば、あの時、無理矢理にでも止めておけばよかったと、千鶴は臍を噛む。だが、冥夜はそれに反論する。

「そうなのかも知れぬ。……だが、あのことは白銀自身が話し始めたことだ。もしそれが今回の一件の引き金となっているのなら――それは、白銀自身の問題だろう。そなたが悔やむことではない」

 確かに、と千鶴は視線を伏せる。

 武は茜に大丈夫だと言った。今回はたまたま色々思い出したせいだと。

 きっと、この二年間のことを語っている最中も思い出していたのだろう。ただ、そのことを口に出さず、表情に出さなかっただけで……。

 自分はちゃんと立ち直っている、或いは乗り越え、克服している。そんな風に思っていたのかもしれない。

 どれだけ考えたところで、武自身の心の裡がわかるわけではない。

 冥夜のその言葉はどこか突き放すような響きを持っていたが……結局、千鶴はその言葉に頷いた。

 二人はその場で別れ、冥夜は自室へ向かって歩き出す。千鶴は、もう一度外に出て頭を冷やそうと思った。

 そうして再びやってきたグラウンドには、まだ武が残っていた。隣には、茜の姿。寄り添うように立つ二人の背中に、胸が少しだけ痛んだ。

「本当に、心配したんだから……」

「ぁあ、すまん。でも、大丈夫だから。これはホントだ」

 風に乗って届いてくる二人の言葉を、聞いてはいけないと知りつつも、どうしてか耳を澄ましてしまう。

「教官も言ってただろ? ……俺は、もう大丈夫なんだよ。だから、このままお前達に甘えるわけにはいかない。……正直、お前の気持ちは嬉しいよ。水月さんにも、お前にも……感謝してもしきれない」

「うん……。でもね、白銀……。辛い時は、本当に辛い時、は…………今日みたいに、突然、哀しくなった時は……さ」

「ああ…………ちゃんとお前に言うよ。いや、お前ら、かな。涼宮こそ、俺のこと心配しすぎて独りで抱え込むなんてやめろよ?」

「わ、わかってるわょ! 別に独り占めしようなんて思ってないってば」

「……? 独り占めってなんだよ??」

「あ~、もう! 白銀はそういうこと気にしなくていいのっ! どうせ鈍感なんだからッッ!!」

 ふん、と唇と尖らせながら、茜が振り返る。その拍子に千鶴と彼女の目が合って、何故か千鶴はドキリとしてしまった。――これでは覗きだ。そんな羞恥心が千鶴の胸中を満たし、慌てて走り去ろうとしたとき、

「あっ千鶴~~ッ!」

「あん? 榊?」

 全く何にも気にしていないかのような二人の声に、思わず腰の力が抜ける。逃げようとした体勢からへなへなと座り込み、千鶴は何だか可笑しくて笑った。

「ちょ、ちょっと、千鶴?! なにしてるのよっ?」

「おいおい、大丈夫か?」

 本気で心配した様子で二人が近づいてくる。――あははははっ。なんだか可笑しい。可笑しくてしょうがない。

 なんだかなぁ…………。

 千鶴は本気で可笑しかった。まったく、この二人は……彼らは、なんて大きいのだろう。

 あんなになるほど、辛く悲しいことがあったはずなのに……それを乗り越えてしっかりと前を向いて進んでいる。

 千鶴に、そして冥夜にそれを目撃されていながら、少しも揺るがないその精神力。まして、本気の本気でこちらを心配してくれている……その、優しさ。

 ああ、まったく。本当に。

 目標とすべき、尊敬に値する彼ら。――千鶴は、そんな彼らと「仲間」になれたことを誇らしく思うのだった。






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