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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 復讐編:[六章-03]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:8fece05a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/02/11 16:17

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「復讐編:六章-03」





 興味本位でB27のボタンを押してみる。……何の反応もない。なるほど、どうやらこのエレベーターのセキュリティは矢張り搭乗前のID認証機で全て管理されているらしい。IDカードを通すことで、そのIDを持つ者に付与された権限を判定し、押されたボタンとの整合性をチェックしているのだろう。

 武はふむと頷いて、本来の目的階であるB19を押す。他にも各階に停止できるようだが、恐らく結果は同じだろう。



 香月夕呼の呼び出しを受けたのは昼食前。午前の訓練の終わり頃だった。夕呼の秘書官だというブロンドヘアの中尉から食事の後でいいから顔を出すようにと言付かった。

 それだけであの「脳ミソ」のことを思い出してしまい、顰めた表情に茜や晴子が目聡く気づく。口には出さなかったが、武が何のために呼ばれているのか、矢張り気になるのだろう。……気にするなというほうが無理だ。たかが訓練兵。しかも国連軍横浜基地での実績で言えばまだ半年も訓練を経ていない新兵に等しい武を、わざわざ名指しで呼び出す理由。

 武自身、夕呼のその呼び出し理由に納得しているわけではないし、“それだけ”であるはずがないと目算をつけている。聡い彼女達がそのナニカに気づかないはずもなく……だが、結局は同じ訓練兵であるために。茜も晴子も、他の皆も。黙って武を見送るほかないのだ。

 ほんの少しだけその感情を引き摺っての昼食を終え、何も心配は要らないと言い置いて、武は夕呼の元へ向かう。居住フロアへ続くエレベーターとは違う、別区画に設置されているそれの前に立ち、認証機へカードを通す。スッと空気が擦過するような音を立てスライドするエレベーターに乗り込み……先ほどのような得に意味もない興味本位を試してみた。

「さて……何の用、って……まぁ、検査とかなにかなんだろうけど」

 階数表示がスゥウッと流れていく。目的地まで直行するらしく、そのスピードはやや速めに感じられる。途中で他の人間が乗り降りしないのだろうかと思ったが、どうせ他の区画にもエレベーターが在るに違いない。護る手段としてそこに到る道筋が一つ、というのは常套だが、それでは効率が悪い。……しかし、先日の記憶が確かならB19フロアにはエレベーターは一つしかなく……というか、B19フロア自体殆ど一本道の廊下に複数の施設が点在している状態だったのでそれでいいのだろう。ならばこれは直通というわけだ。

 腕を組んで壁にもたれ、残りの十数秒を待つ。極僅かの揺れを残して、停止したエレベーターのドアが開く。静かなものだ。同じ基地のエレベーターとは思えない。……いや、別に居住フロアへ通じるそれが古いとか揺れるとか言うわけではない。

 ただ、流石に高位の者が使用するだけあって、色々と金が掛かっているらしいと邪推しただけだ。

 エレベーターを降り、左右に伸びる廊下に立って……どっちに行けばいいのかわからなくなる。前回は唐突の副司令の呼び出しに緊張と混乱で周りをよく見る余裕がなかったし、帰りは帰りで目撃した「脳ミソ」のことで頭がぐちゃぐちゃになっていて、矢張り周囲を気にする余裕がなかった。

「……ま、いいか。どうせ一本の通路なんだし」

 呟いて、そういえばエレベーターから降りて左右に廊下が伸びているのなら、決して一本道とは限らないことに気づく。阿呆か。

 いや、副司令の執務室までは一本道だったのだと、強く言い聞かせるように頷いて。武は自分の迂闊さに凹みながら、とりあえず足を踏み出した。







「あら、遅かったじゃない。なに? 迷った?」

 結果から言えば、盛大に間違えた。それはもう見事なくらいに正反対の方向へ向かっていたのである。

 武は莫迦にするような夕呼の視線に乾いた笑みを漏らすしかない。白々しく笑ってとぼける彼に夕呼は口端を歪めて、少し待っていろとばかりに視線を投げ、自身はコンピュータ端末に向かう。しばらく、夕呼のキーボードを叩く音だけが響いて……武は次第に緊張してきた自分に気づく。

 かなりの広さを持つこの部屋。相変わらず書類やファイルが乱立しているが、それでもひと一人が執務に使うには、広すぎるきらいがある。夕呼の後ろの壁には国連軍旗が飾られ、観葉植物も見える。設置された書類棚には矢張り乱雑に資料が積まれ、あとは武の立つ入口付近に置かれたソファと小テーブルくらいか。その奥に隣室へ続くらしいドアを見つけ、寝室かなにかでもあるのかとぼんやりと考える。

 どちらにせよ、広い部屋だった。そして、その広さに相反して物が少ない。……もっとも、この部屋の現状を見れば、この広さも書類を積み上げるのに必要なスペースだということになるのかもしれない。それほどに多い紙の束。ちょっとぶつかればそれはもう目も当てられないような事態に直結するに違いない。武は気をつけようと頷いた。

「……待たせたわね」

 端末から目を離し、夕呼が武を呼ぶ。事務机の前まで移動し、反射的に敬礼しそうになったが……眇められた夕呼の視線に、目礼だけに留める。ん、と満足そうに頷く夕呼に、知らず、苦笑が漏れた。副司令の癖に、軍隊の規律を嫌うなんておかしな話だ。

 夕呼が差し出した書類を受け取り、視線で許可を求めると「さっさと読め」と睨まれてしまう。武は慌てて書類に目を落とし、ぺらぺらとめくっていく。速読という技術を身に付けているわけではないが、色々な資料を漁ったことも在る武はポイントと思われる箇所だけに目を通し、他は殆どすっ飛ばした。――どうやら、武の「S」ランク適性の秘密を探るための諸々の検査項目と内容、測定方法などが記されているようだ。予想通りといえば予想通りである。無論、夕呼はそのために武を呼び出したことになっているので、それは当然だ。

 だが、と武は思う。

 確かにこれも彼女の目的の一つに違いない。……それによって一体どのようなデータが得られ、どのようなことに活かされるのかは知らないし想像もつかないが、少なくとも全く無意味な興味本位からの行動ではないはずだ。副司令とはいえ好き勝手をやっていいわけではない。権利を持つ人間には相応の責任がついて回るものだ。行動するからには、その結果起こる全ての事柄に責任を果たさなければならない。武の戦術機適性について検査するというなら、その検査結果は須らくナニカに活かされるのだろう。

 それはそれとして、しかし夕呼は絶対にナニカを企んでいる。むしろこの検査内容など単なるブラフ、武をここに不自然なく呼び出すための口実ではないのだろうか。

 そう思うのは、矢張りあの「脳ミソ」の存在が大きい。武があの部屋に入ったのは……偶然だが、それでもどこか意図的なものを感じてしまう。今になって思えば、というだけの話だが……それでも、あの部屋へと続く通路から出たとき、まるで待ち構えていたような夕呼を見れば…………そしてなにより、「どうだった?」などと問いかけられれば……誰だって、それが本題なのではないかと疑いたくなる。

 無論、もしそれがそうなのだとして、……それが何の意味を持つのかはわからない。単純に武が疑心暗鬼に駆られているだけで、夕呼は科学者として純粋な意見を求めていたのかも知れない。武に与えたID権限であの部屋に入れることは間違いなく承知していただろう。それは見られても構わないという意図の顕れだが、別に夕呼自身、その部屋の存在を仄めかしたわけでもない。

 結局、夕呼が何も言わない限りは武の妄想に過ぎない。

 科学者然とした副司令の見せる思わせぶりな態度と、あの「脳ミソ」の不気味さを繋げようとして……そうであるはずだと思い込もうとしているのかもしれなかった。

「ま、読んでわかったと思うけど、これといって派手なものはないのよね。身体機能検査とか三半規管の検査とか、適性検査試験装置も用意してるから……まぁ唯一それが派手といえば派手ね。今日のところはあんたを測定器に繋いで、身体構造のデータでも採りましょうか」

「はっ、了解しました!」

 素っ気無く口にする夕呼に、敬礼はなしで了解の意を示す。ついてきなさい、そう言って立ち上がった夕呼に続き、執務室を出る。前を行く夕呼はおもむろにすぐ隣りのドアに手をかざして――矢張り、あの部屋へ行くのか。武は、自身の身体が強張るのを感じていた。

 ゴゥゴゥと低音の響く通路を歩く。二人分の足音がやけに反響して、薄暗い通路の不気味さを増す。なにより……この先に待ち構えているだろう「脳ミソ」の存在が、否応なしに武に圧し掛かっていた。

「あら、ひょっとして怖いの?」

「なっ?!」

 言葉なくついて来る武に、夕呼がからかうように呟く。年上で上官とはいえ、女性にそんな風に言われては立つ瀬がない。武はそんなことはないと否定の意を示し、先ほどまでの不安を振り払うように胸を張った。

 ス、ッと通路の奥のドアがスライドする。薄暗いその部屋。たくさんのコードが敷設されたその部屋。中央には大型のカプセルが設置されていて……硝子の部分から青白い光が漏れている。

「!」

 思わず、武は足を止めた。ぎょっとして、目を見開く。

 そこに居たのだ。

 カプセルの前。青白い光を放つそれの前。――――「脳ミソ」の前に、小さな少女が立っていた。

「お待たせ社。早速だけど、準備お願い」

「…………はい」

 やしろ、と呼ばれた少女は銀色の長いツインテールをふわりと揺らしながら、コツコツと歩く。病的なほど白い肌。髪と同じ銀色の瞳。身にまとうのは国連軍の制服をアレンジした、まるでドレスのような服。黒色をした、兎の耳のような髪留めがとてつもなく似合っている。

 年の頃は巽たちよりも更に下だろう。十二か十三。そのくらい小さく、幼い印象を受ける少女だった。

 夕呼とその少女は何やら寝台のような機械にコードを繋いでいく。この部屋に敷設されているコードは全てあのカプセルに繋がっているのだと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。聴こえるのはカチャカチャとコードを繋ぐ音だけ。夕呼と少女に会話はなかった。

「……さ、始めるわ。白銀」

「はい」

 呼ばれ、寝台へ向かう。上着を脱ぐように言われたので、その通りにジャケットを脱ぐ。アンダーシャツの袖を捲くり、両手首と額、頚動脈の上あたりに測定器らしいセンサーをつけられる。ぺたりと貼りつくようなセンサーには細いコードが繋がっていて、どうやらそれがこの寝台に接続されているらしい。つまり、寝台そのものが測定機械なのだろう。

 横になり、視線はまっすぐ……つまり、天井を向く。視界の隅にはこちらをじっと見つめるような少女の姿。気になってそちらへ視線を動かすと、少女は無表情に、しかしどこか真剣に……武を見つめていた。

「ぇっ、と……」

 一体この少女は何者だろう。どう贔屓目に見てもとても軍人には見えない。かといって夕呼のような科学者というわけでもなく。先刻出会った秘書官のような、文官という雰囲気でもない。

 ただの少女だ。少しだけ無表情な、外国人の子供。身に纏うそれが国連軍の制服でなければ、一体誰が彼女を軍関係者だと思うだろう。

 しかし、それでもこの少女はここに居る。副司令である夕呼の執務室の隣りに在るこの部屋に。B19フロア。エレベーターに乗り込むだけでもID認証が必要で、それを降りた後も複数のセキュリティチェックが設けられている。まして、この部屋に入るためにも同等のセキュリティが必要なのだ。夕呼の特別な計らいがあってこそ武は行き来できているが、通常、ただの下士官レベルが立ち入りできる場所ではない。

 ならば、この一見してただの少女にしか見えない彼女も……例えば武のように、何がしかの「特別」なものを持っていて……それが夕呼の目に留まったのだろうか。

 しばらく少女と見詰め合っていると、夕呼の声が聞こえる。ハッとして視線をそちらに向けると、なんでかニヤニヤした表情の夕呼と目が合った。

「白銀ぇ~、あんたってそういう趣味?」

「……違いますよっ!」

 へぇ~、と。なんだか愉快そうに笑う夕呼。武はその夕呼の表情から、そういえばこういう人だったのだとゲンナリする。

 そう、忘れもしない初対面のそのとき。彼女は武たちの目の前で、教官であるまりもを弄び翻弄し、哀れ独り身であることまで曝したのだった。色々な意味で恐ろしい。

 自身の身の潔白を主張するが、そんなことには興味ないとばかりに夕呼は手をやり、大小のモニタを見つめる。……自分から振ってきておいて……武は嘆息し、再び天井を見つめる。時折機械を操作する夕呼の仕草がチラチラと見えたが、それ以外何もない。実に静かで、退屈で……だからこそ、尚も武を見つめ続ける少女の存在が気に掛かる。

 武は今一度少女を見た。じっと黙って、少女も武の瞳を覗く。銀色のその瞳はくっきりと大きく、長い睫はよくできた人形を思わせる。日本人とは異なる顔のつくりも、どこか人形染みていて可愛らしい。このまま成長するならばさぞかし美少女になるに違いない。――そんな折、少女は、ぽ、と薄く頬を染めた。……なんだ?

「……白銀、別に話しててもいいのよ?」

「えっ?!」

 バッと首を夕呼の方へ向けると、またも彼女はニヤニヤと笑っていた。ぐ、まずい。その顔はどう見ても何かよからぬことを企んでいる顔だ。

 夕呼の想像しているようなことなどないはずなのに、このまま彼女を放っておけば、その想像こそが真実として流布しかねない。武は慌てて弁明するが、夕呼はそれを無視して、

「社、白銀と話でもしてなさい。測定にはもう少し時間が掛かるし、その間することもないしねぇ」

「……はい」

 寝台に横になる武を挟んで、夕呼と少女は会話する。少女は眼を閉じて頷くと、一歩、武へと近づいた。三度、少女と見詰め合う。先ほどより若干近しいその距離で、少女は自らの名を口にした。

「社霞です。よろしくお願いします」

「ぁ、ああ……武だ。白銀武…………社って呼べばいいのか? 日本人、なのか?」

 正規軍の制服らしきものを着てはいるが、襟元に階級章がない。軍人ではないが軍関係者。それもこの場所に居られるほどの「特別」な存在。外国人にしか思えない風貌と髪や瞳の色に、けれど似合いな和風の名。

 霞は、武の言葉に頷いて、首を振る。呼び方に対する了解と、日本人ではないという意思表示だった。……実に、わかりにくい。

 初見での印象どおり、無表情で、感情の変化に乏しい。呟くような声も、少女らしいといえばらしいが……それでも、ぼそぼそとして聴き取りづらいものだった。このくらいの年齢の少女は、得てしてこういうものだったろうか? 武は自身の記憶を辿るが……思い出されるのはいつも隣にいた彼女のことばかり。降って湧いた苦い想いと哀愁に、武は沈黙する。

「…………白銀さんは、訓練兵なんですよね」

「えっ、あ、ああ」

 どこか困った様子で霞が口を開く。黙り込んでしまった武に、自分がなにか余計なことをいったのだと感じたのかもしれない。そんな少女の葛藤など武にはわからないが、それでも、初対面の年上の男に緊張しているらしいというのはわかった。

 彼女くらいの年齢ならば、年上の人間に萎縮してしまうのも無理はないだろう。しかも相手は異性で、訓練兵とはいえ軍人だ。

 少女自身、なにがしかの軍関係者なのだろうが、それでも「軍人」ではないために、そういう遠慮が顕著なのかもしれなかった。

 武はなるべく穏やかに、少女が気安いように心掛ける。意味のない回想に浸っていたところを呼びかけられ、少し驚きはしたが、それでも武は笑顔を見せた。

「訓練は……大変ですか?」

「……ん、まぁ、なぁ。大変といえば大変だが…………それでも、こればっかりはどうしようもないしな。訓練が大変だからって手を抜いて、後で困るのは自分だし……なにより、俺が足を引っ張ったせいで他の連中に迷惑が掛かるのは最悪だからな」

 たどたどしくも話題を口にする霞に、武は割りと真剣に答えた。問い掛けの内容が内容だけに、適当なことは言えなかった。……別に、夕呼が側に居るからではない。これは武だけでなく、他の訓練兵全員が考えていることだろうし、軍人として当たり前の意識だ。

 教官である神宮司まりもは、訓練で流した汗の分だけ戦場で血を流さなくて済むと言った。――その通りだと思う。それだけの説得力が、ある。

 鍛えれば鍛えるだけの実力が身につき、その身についた分だけ周りに対する余裕が生まれる。自分だけで手一杯だったのが、辛い訓練の果てにいつしか、周囲の者をフォローすることだってできるようになるのだ。

 武は霞の銀色の瞳を見つめて、そのような意味合いの話をした。口にして、自分自身、改めてそう思う。この測定検査が終わったらすぐに訓練に戻ろう。そして、今の自身の言葉を実践するのだ――これまで以上に。

「……白銀さんは、すごいですね」

「ははっ、ありがとうな。…………でも、なにも凄いことなんてないんだぜ? こんなの、当たり前のことだ。誰だって考えてるし、実行してる。……それに、俺は、」

 なにひとつ、凄いことなんてない。



 初対面の少女だから、だろうか。武は、その後もポツポツと発せられる霞の問いに、これまで誰にも喋ったことのないような己の考えを口にしていく。心の中に秘めていた様々な……軍人としての自身の在り方を、訥々と語る。

 どうしてだろう。武自身、不思議に思う。

 社霞。名前以外何も知らない幼い少女。どうしてここにいるのか、一体何をやっているのか、夕呼との関係は? ……頭に浮かんでは消えていく疑問を、しかし意識しないように流す。それは、知らなくていいことだ。

 そんな、ある意味謎だらけの彼女に、どうしてこんなことを話しているのだろう。

 問われたから、ということもあるだろう。今まで誰にも話さなかったのは……単に、誰にも問われなかったからだ。自分から語ることでもないだろう。なるほど、武は合点がいったと一人頷いた。

 更に言えば、今更隊の皆にそんなことを問われたとして、あまりにも真面目くさったその内容を真剣な表情で語る自身、というのも妙に気恥ずかしい。問うた本人はそんなことを一向に気にしないだろうし、誰も似合わないなどと莫迦にしたりはしないだろう。共に戦場を渡る身、仲間のことを知ろうとして、揶揄する者はいまい。

 ただ、そうとわかっていても……まだ、武には若干の少年らしい気恥ずかしさというものがある。そういうことだ。

 ならば霞に対しても同じようなものなのだろうが……ここで、初対面でしかも年下、という条件が効果を表している。身も知らぬ他人に等しい彼女だからこそ、こんな風に胸の内を語れている。

 妙な気分だ。武は苦笑する。

「ははは、何だか恥ずかしいな。……こんな風に話すのって初めてだからさ。……社が聞き上手だからかな?」

「私は……聞き上手ではありません……」

 微妙に照れているらしい。ほんの少し俯いて、霞は眉尻を下げる。ふむ。武は頷いた。少しは緊張も解けたらしかった。ならば今度はこちらから、霞のことを尋ねてみよう。勿論、機密には触れない程度に。例え触れたとしても、機密は機密と断られるだろうし……なにより、機密の塊の夕呼が居るのだ。霞が逡巡したとしても、彼女がスッパリと線を引くだろう。

 そう思い、武が口を開こうとした瞬間――――どこか思いつめたような、意を決した表情で、霞が武を見た。

 思わず、口を噤んでしまう。どこか戸惑いながらも、武はその真剣な様子に息を潜める。じっと武を見つめ、若干の逡巡を見せながら……霞は、湧いてくる感情を振り払うかのように小さく首を振り、問うた。

「白銀さんは……どうして衛士になろうと思ったんですか……」













 ――どぐ、ん。













「――ぇ、……ぁ?」

 なん、だって?

 霞の顔を見る。銀色の瞳を見つめる。なんだって? 今、この少女はなんと言った?

 ナニカを問われたはずだ。それはナンダ? ほら、ちゃんと聞いたはずだろう。思い出せよ。たったの一言だ。それだけのことを問うのに、あんなに小さな子が……泣きそうなくらい、感情を押し殺しているんだぞ?

 ……なんだ、それ。

 問われたナニカより、そんな風に思いつめてまで問う理由がわからない。先ほどまでの彼女からは想像も出来ないくらい、わかり易い葛藤。彼女は、問うた自分を責めている。問うべきかどうかさえ迷い、口にするためには決意が必要で…………そして、後悔している。

 問うべきではなかった。口にするべきではなかった。

 そんな表情。まるでそんな自身が全て悪いのだと言わんばかりの、苦しそうな顔。

 なぁ、霞。君はいったい……何て言ったんだい? ――武は、声にならないコエで、問い掛けた。弾けるように霞が肩を揺らす。武の心中の問い掛けに反応しているかのように。

「ぁ……あの、」

「…………」

 どこか怯えるような霞の表情。――まいったな。武は思い悩む。霞の問いが一体どういうものだったのか、確かに聞いたはずなのにさっぱり思い出せない。つい数秒前の出来事なのに。こんなに近い距離での言葉なのに。まるでそれだけがすり抜けて落下したように、全然意識に残っていない。

 ならば、その一瞬だけ武は気を失っていたのだろうか。……莫迦な。武は雑念を払う。

 しかし、それでは霞が可哀想だ。後悔してしまうほどの、あれだけの決意を必要とするほどの問いかけだったのに、肝心の武がそれを聞き逃し、彼女を困らせている。一体どんな内容だったのだろう。どうしてそれを、聞き逃したりなんかしたのか。

 もう一度、聞きなおしてみるのはどうだろう。…………駄目だ。既に発言自体を後悔してしまっている霞に、再度それを口にさせることには抵抗が在る。なにより、彼女自身がどうしても知りたいことであるなら、如何に後悔しようともそれを問うだろう。答えない武に対し、そのようなアクションがないということは……霞もまた、この質問自体をなかったことにしたいのだ。

「…………ごめん、なさい。軽々しく聞いていい話ではありませんでした……」

「ぃ、いや……社が謝ることじゃ、ない……」

 だというのに、霞は詫びるように頭を下げる。武は逆に困惑してしまって……申し訳なさと情けなさから、視線を逸らしてしまう。

 一体何をやっているのか。こんな小さな子を追い詰めるようなことをして……。別に気を抜いていたつもりはない。むしろ霞の様子に、こちらも真剣に聞こうと意識を傾けていたのに……どうして自分は、その問いを聞き逃したりしたのか。

 ………………本当に、聞き逃したのか?

 頭の中で、どこか遠い声がする。

 ………………本当はちゃんと聞いてたんだろ?

 その声はなんだか不透明で、ハッキリとしない。

 ………………聞かれたくないことだったんじゃないのか? だから、聞こえなかった振りをして、誤魔化してる。

 声は、男の物らしかった。少しずつ、まるで背後から近づいてくるみたいに。

 ………………そうだろ? 認めろよ。オマエは、それを聞かれたくなかったんだ。

 なんだ。この声はなんだ。一体何を言っている……。

 ………………口では大丈夫だと言っても、立ち直った気でいても……なぁ、そうだろ? オマエはまだ、全然、

 やめろ。黙れ。誰だお前。何を言って……ッ!

 ………………なにが、俺はもう大丈夫、だ。何が託された想いだ。ははっ? ははははははっ!? 笑わせるぜッ! オマエは何も変わっちゃいない! アレからどれだけ経った? 一年と六ヶ月か? ハッ! たったそれだけで……いいや、例えどれだけの時が過ぎようと、オマエは絶対に変われやしないさ。だって、居ないんだ。側にいない隣りにいない声が聞こえない触れられない!! もう、何をやっても、どうしようともっ!! オマエはずっとずっと、そのままだ!! オマエを取り巻く環境がどれだけ変わろうとッ、それによってオマエがどう思おうと、感じようと……ッ! それでもオマエは、永遠に、絶対に、アイツが死んだことを受け入れられる日なんか来ない!! ナァ、そうだろうっ!? そうだろうがよッッ! しろがねたけるゥウウウウ!!!!







「うぅうううオおぉォアアアアアアアアあああっっっっ!!!????」







「!?」 「なにっ!?」

 突然の絶叫に夕呼は面食らう。確認するまでもなく、目の前で武が、まるで発狂したように悶え叫んでいる。頭を押さえ、海老反るように寝台の上を転がり――ガシャン、と盛大に音を立てて夕呼の側へと転落する。慌てて武を取り押さえようとする夕呼だったが、流石に鍛え上げた訓練兵である。狂乱する武の繰り出した手の平に打たれ、腰から倒れこむ。

「いっったぁ……ッ!? なによ一体! 社ッ?!」

 盛大に打ち付けた腰をさすりながら、夕呼は一部始終を見ていたであろう霞に目を向ける。尚狂ったように叫んでいる武はこの際放置だ。彼のバイタルデータは現在も取り付けたセンサーが観測している。この突然の狂態も、後の研究に役立つかもしれない。

 科学者としての一面で冷静にそう思いつつも、このまま暴れられて高価な機材を壊されても敵わない。非力な自分に取り押さえる術がないことは先刻証明されたが、このまま静観するわけにも行かない。せめて事情がわかればと見やった霞だが、彼女は彼女で大層恐慌しているようだった。

「社? ……社ッ、しっかりしなさい!」

 近づき、少女の細い肩を揺する。夕呼の顔を見て、ようやく霞は正気を取り戻す。――だが、哀しげなその瞳は武を見つめて、震える口はただ謝罪の言葉を述べるだけだった。

「社! ……質問に答えなさい。白銀に、何があったの?」

「ゎ、私……博士の指示通りに、話をしていたんです」

「知ってるわ。……あんたまさか、」

 夕呼は口を噤む。声に出さず、彼女は思いついた仮説を少女に問い掛ける。……霞は、何も口にしていない夕呼の問いに首肯し、己の罪科を責めた。

「……そう。今回のことはわたしに責任があるわ。あんたが気にすることじゃない。いいわね?」

「…………はぃ」

 ヤレヤレと溜息をつき、改めて武を振り返る。どうやら発狂は一時的なものだったらしく――暴れ疲れたのか、糸の切れた人形のように、倒れて気を失っている。測定器は正常。バイタルを見れば生命活動に支障はないようだ。

 突然の狂乱には正直驚いたが……それも無理からぬことと、夕呼は自虐的に笑む。

「まったく……自分で思いついて実行しておいて、我ながら都合のいい感傷だわ」

 まるで自分自身を蔑むような口調に、霞は狼狽する。だが、少女は目を伏せるだけで何もいわない。――言えなかった。

 嘆息し、夕呼は眼を閉じる。思わず零れた本音に、そんなことを言う暇が在るのなら一日でも早く成果をあげろと、自身を戒める。愚痴り出したらキリがない。それこそ一生をかけて懺悔しても足りないくらいの罪業を背負っている自身。夕呼は今更赦されたいなどと思わなかった。

「少し急ぎすぎたかしらね……。いや、白銀の根幹に喰い込んだ楔を、甘く見ていたってところかしら」

 どこか機械的に結論を下す夕呼を、矢張り霞は沈黙で以って見つめた。

 さて、と夕呼は部屋の隅へ向かう。そこには固定式の内線が設置されていた。短縮ボタンを押すと、一秒と経たず聞きなれた秘書官の声がする。

「ああ、ピアティフ? 済まないけど伊隅を呼んで頂戴」

 了解しました――そう返事する秘書官に頷いて通話を切る。さて、この面倒な精神構造をした訓練兵をどうしてくれようか。

「男ならもっとシャキッとしなさいよねぇ。いつまでも居なくなった女のことで女々しいッたらないわ」

「……」

 吐き捨てるような夕呼の言葉。だが、霞はじっと黙っている。

 少女は知っている。彼女の心の葛藤を。表面でどれだけ強がって不遜な態度を取り続けても……それでも、矢張り彼女もまた、ニンゲンなのだということを。



 しばらくして夕呼直属の伊隅みちる大尉がやって来る。初めて訪れるわけではないだろうに、部屋の中央に在る「脳ミソ」にやや眉を顰める。みちるは倒れている少年に気づくと、声に出さないながらに驚愕した。

「こ、香月博士ッ……これは一体……」

「前に話したでしょ? ちょっとやり過ぎちゃってね。申し訳ないんだけど、上まで運んでくれると助かるわ」

「……! では、この少年が……。――了解しました。白銀訓練兵を上まで運んでまいります」

 夕呼の言葉にみちるは過度な反応を示す。戦術機適性「S」ランクを持つ天才衛士候補生。副司令であり、特に物理学、生物学を専攻しているという夕呼直々にその特異な体質を調査しようとしていることは聞かされていた。その名も、いずれは彼女のA-01に配属される訓練兵であることも。

 だが、その調査……様々な検査や実験を行うとは聞いていたが……それは厳しい訓練で鍛え上げられた訓練兵、しかも男であるにも関わらず……気絶してしまうほどの過酷なものだったのだろうか。

 やり過ぎたと夕呼は言う。冗談交じりなのか本気なのか……夕呼の下に四年近く就いているみちるにさえ、判断は出来ない。

 だが、彼女のやることに遠慮や躊躇、ましてや容赦などありはしないのだということを誰よりも知っているために。みちるはぐったりと倒れる武の身体を肩に担ぎ、まるで重さなど感じさせない足取りで部屋を出て行く。

 鍛えられた衛士にとって、男の一人や二人、抱えて運ぶことに何の支障もない。

 去っていくみちるを暫く見つめて、夕呼はおもむろに視線を移す。その先は、「脳ミソ」の浮かんだカプセル。夕呼はシリンダーと呼んでいるそれを睨むように見て、

「社、彼女に何か反応は?」

「…………わかりません。ですが、少しだけ……ほんの一瞬だけ、白銀さんと……繋がりました」

「…………そ。いいわ。成果は上々と言ったところね。――実験は続けるわ。例え白銀が発狂しようが精神崩壊しようが、ね」

 重要なのは結果なのだと言い切った夕呼に。霞は消え入りそうな声で「はい」と呟くことしかできなかった。







 ===







 夢を見た。

 それが夢だと、一瞬で悟ってしまえるくらい……それは完璧なまでに幸福な夢だった。

 目の前で少女が笑っている。

 ニコニコと笑って、不貞腐れたように頬を膨らませて、いじけたように唇を尖らせて、驚いた顔をして、叩かれた頭を痛そうにさすって、怒ったように歯軋りして、照れたように頬を染めて、嬉しそうに微笑んで。

 目の前で。すぐ隣りで。くるくる、ころころ、表情豊かに。

 少女の腕に触れる。少女の頭を撫でる。暖かい、柔らかい。ああ――、生きているんだ。そう思うと、涙が出た。

 涙が出て、抱きしめた体温さえ感じて――――だからこそ、これが夢なのだと知ってしまう。

 それでもいい。夢だっていい。

 こうして逢えた。また、こうして抱くことが出来た……。ああ、純夏。俺は、お前を愛しているよ。ずっとこうして、お前を護ってやりたかったんだ。

 恥ずかしそうに、こそばゆそうに。少女は頬を染めてこちらを見上げる。見つめてくる瞳は潤んでいて、小さくて柔らかそうな唇が言葉を紡ぐ。

「え?」

 その言葉が、聞こえない。

 触れて、体温や彼女の匂いまで感じられているのに、声だけが、聞こえない。

 少女は何度も繰り返し囁いている。幸せそうな表情で、甘えるような瞳で。何度も何度も、繰り返し繰り返し。――その声が、どうしても聞こえない。

 やがて少女は身を離し、困ったように笑いながら……すぅっと、消えていく。見えなくなっていく。それが嫌で、それが哀しくて、怖くて――――――







「待ってくれッッ!! 純夏ァァァアアア!!!」

 伸ばした腕は確かな感触を伝えてくる。絶対に放すものか! 握った手に力を込めて、思い切り引き寄せる。ふわ、っとした感触が胸の中に広がって、確かな存在の重みを知らせてくれる。ああ、掴まえた。もう、放すものか。

 抱きしめるように、もたれてきた彼女の背に手を回す。ぎゅぅ、と抱き、その感触に、香りに、体温に……狂おしいくらいの愛情が湧く。

「し、し、し・ろ・が・ねぇええ~~っっ!!」

「あ?」

 すぐ耳元でとても聞き慣れた声。思わず顔を上げればそこには握り締められた拳が迫っていて――ッ

「ぶぁがッッ!!?」

「死ねッ、色魔!! ばかっっ!!!」

 顔面に受けた衝撃と、壁にでも叩きつけられたか、後頭部に走った鈍痛に視界が明滅する。あまりの痛みに出てきた涙で滲んだ視界に、ぷりぷりと肩を怒らせて立ち去っていく茜の姿を見た。

「ぁ、あれ? 涼宮? え?」

「……白銀、貴様、いつまでそうしているつもりだ……?」

「ぇっ?!」

 突然茜に殴られてなにがなんだかわからない武だが、それに追い討ちをかけるように……腕の中から、声がする。こちらも、つい最近よく聞くようになった声だった。

「つ、つつつつ月詠中尉ィィィイイイイイ!!!??????」

 驚愕を通り越して慄然とする武は、脊髄反射よりも疾く速く、どうしてか思い切り抱きしめていた両腕を放す。だが、そんな程度で収まるはずもないびっくりどっきりな事態に最早武は冷静さなど微塵もなく、跳び退るようにベッドから転がり落ちて――ぇ、ベッド? ――手を放したとはいえ密着したままだった真那を巻き添えにがしゃごろと盛大な音を立てる。

「うわぁあああ!?」 「――ば、莫迦者ッ!」

 派手な音を立てて転がった二人。目を開ければ眼前には真那の美しい顔。背中を打ちつけた痛みに表情を顰めているが、それでも彼女の美しさは微塵も衰えたりはしない。いや、そうではなく。

「何事だっ!? しろが、ね……」

「「「真那様、大丈夫ですか……ぁ」」」

「あ、」

 先ほど茜が去っていったカーテンの向こうから飛び込んできたのは冥夜に、巽、雪乃、美凪の三名。室内には入っていないが、その向こうから更に数人の話し声が聞こえる。どれも聞き覚えの在る声だった。確かめるまでもない。207部隊の連中だ。

「白銀……そなた、」

「ついに本性を現したな……」 「この場で刀の錆に……」 「ふ、ふ、不潔ですわ~~~っ!」

「だぁあああ~~っ、落ち着け!! 俺はなんにもしてないぞっっ! そうですよね月詠中尉ッッ」

「……あれほど強く抱きしめておいて、その言い分はなかろう。男らしく、責任を取れ」

「責任ってなんですかぁあああああああああああああああ!!!?」

 拗ねたように頬を染めて言う真那に、それが彼女なりの冗談なのだということにさえ気づけない武。むしろ気づいたところで……この状況でその発言は明らかに狙ったものとしか思えない。月詠真那。侮れない女性である。

 その後207の少女達全員に真那の部下である巽たちを交えての混戦が繰り広げられ……全員まとめて衛生兵に叱られたのは言うまでもない。ちなみに、蛙の髪留めをしたその衛生兵がやってくるより早く斯衛の皆様は撤退していたという。







「なんだかなぁ……」

「あっははははは! ひー、おなかいたい。あっはははははははは!!」

 ようやく落ち着きを取り戻した医療棟の一室。ベッドの隣りに座る晴子からの説明で、武は事の次第を知った。

 どうやら夕呼の行っていた検査中に気を失ったらしい武は、医療室へと運ばれ……こうして医療棟の一室で寝かされていた。別段、これという症状もなく、呼吸や脈拍も正常だったために、本当にただ寝かされていただけなのだが……まりもの口からそれを聞いた少女達は肝心なそこを聞き飛ばし、競うように見舞いに来たのだとか。

 ケラケラと笑いながらそのときの様子を話す晴子は実に愉しそうで羨ましい。ここまで自分に素直な性格だと、それはもう色々と幸福だろう。武はそんな彼女に辟易しながら、先を促す。

「で? それがなんで月詠中尉までやってきたんだ?」

「ああ、それは……まぁ、斯衛の情報網を甘く見るなってことだよね。だって私たちより先に居たんだもん」

 は? 思わず武は素っ頓狂な声を上げる。その声と表情がまた面白かったのだろう。晴子はくつくつと愉快気に笑む。

「だからさ、私らが来た時には、もう月詠中尉はここに座って、白銀を見舞ってたの。あはははは、そのときの中尉の顔ったら……ッ」

 目尻に涙まで浮かべて笑う晴子。余程可笑しいのだろう。なんだかツボに嵌っているらしい彼女は、恐れ多くも斯衛の赤である真那に対して盛大に笑っている。武はこっそりと晴子に向かって合掌した。お前の末路は今決まった。夜道にはくれぐれも気をつけろよ。内心で忠告する武に気づかず、晴子は笑いながら色々と口にする。

 それに頷いたり呆れたりしながら、段々と武は頬が熱くなるのを感じた。

 晴子が語る彼女達の様子は……なんだか、当事者としてはとても気恥ずかしいことこの上ない。仲間とはいえ、同じ歳の少女達にこれほど案じられている自分というのが、どうしても実感できない。……が、現にこうして晴子の口から語られている以上、それは事実で。故に武は赤面するのである。十人近い美少女達に心配されて、嬉しくないわけがない。

 ないのだが……それ以上に女性に対して免疫のない武は、嬉しさよりも照れが勝る。そんな武だから、晴子もまた盛大に笑うのだった。

「ひぃ、ひっ、はははっ、白銀ッ、照れてる……ぷ、くく、可愛い~~っっ、あっはははははっ」

「てめぇはいい加減笑いやめっっ!!」

 ドンドンとベッドをに拳を打ち付けて苦しげに笑う晴子に、武は真っ赤になった顔で怒鳴る。

 救いを求めるように晴子の隣りに座る茜を見るが、彼女も彼女で真っ赤になってそっぽをむいていて当てに出来そうもない。だが、ここでこれ以上この莫迦者を黙らせるのに、武一人では些か戦力不足だった。

「ぉい、涼宮。この莫迦を黙らせろ」

「無理。こうなったら止まんないの、白銀だって知ってるでしょ?」

 フン、とそっけなく答える茜にがっくりと肩を落とす。何を怒っているのか……は、多分、寝惚けていたとはいえ真那を抱きしめたせいなのだろうと見当をつけている。だからといってそこまで不機嫌になることはあるまい。

 しかもグーで殴られたのだ。グーで。壁に叩きつけられるくらい鋭い一発だった。アレは効いた。今更ながらに茜の実力に感心する武である。心なしか水月に益々似てきたような気がする。言動や仕草、そういった諸々が。意識してのことではないのだろうが……血の繋がった実の姉よりも憧れの女性に似るというのも、なんだか妙な話だ。

「……む。なに笑ってるのよっ」

「別に……」

 赤面したまま睨んでくる茜が可笑しくて、武も小さく笑う。水月に茜。なんだか久しぶりに二人の並んだ姿を見たいと思ってしまった。

 む~~っ、と声に出して唸る茜を晴子がまた引っ掻き回して…………だから、誰も気づかなかった。

 この部屋に居る三人とも。晴子も、茜も、武自身も。



 一体どうして彼がこの部屋に運ばれることになったのか。

 その、気を失うほどのナニカを――武自身、まるで覚えていないことに。






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