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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 復讐編:[七章-01]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:f0c19a34 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/02/11 16:19

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「復讐編:七章-01」





 2001年05月――







「何やってんだあいつらッッ!?」

「白銀ッ、ここはもう駄目だッ、撤退する!」

「――チッ! B05ッ、聞こえるか珠瀬ッッ」

『こちらB05ッ! ――白銀さん、そこはもう囲まれてますッ、援護しますから早く退避してください!!』

「ああ、そのつもりだっ! タイミングはそっちに任せるッ、――行くぞ、御剣ィ!!」 「了解だッ」

 咆哮するような武の声に、応と冥夜が頷く。這うように駆け出した冥夜を援護するために武は突撃銃を建物の影から突き出して出鱈目にトリガーを引く。つい数秒前まで猛攻に火を噴いていた威嚇射撃がなりを潜めた瞬間をついて、冥夜が隣りの建物へと飛び込み、すぐさま武の援護のために突撃銃を構える。武はそれを確認するまでもなく走り出した。その彼を仕留めるべく遠方の障害物から身を乗り出した多恵の姿に、言いようのない戦慄を覚えるも、しかし後方の壬姫の援護を信じていた彼は迷うことなく走りぬいた。

 どんっ、と壁に背中を叩きつけるように建物へ飛び込む。先に退避した冥夜は硝子の割れた窓から銃口を突き出して牽制のための射撃を続けている。武を追い姿を現した多恵が迫ってくる様子もない。恐らくは壬姫の射撃に追撃を諦めたのだろう。――武は、ほんの一瞬だけ息をつく。

「……くそっ、流石にいい連携しやがるぜ……ッ」

「確かに。前回よりも更に凄まじいな……。涼宮の采配にはつくづく思い知らされる……」

 荒廃した建物の中を素早く駆け抜けながら、武と冥夜は忌々しげに、しかしどこか感嘆と口にする。A分隊の分隊長、涼宮茜。彼女の指揮官としての優秀さはこの一ヶ月あまりで厭というほど思い知らされている。

「とにかく、一旦体勢を立て直すぞ。……こちら06、05、聞こえるか?」

『こちらB05! 二人とも無事ですかッ?』

「――ああ。現在御剣と共に後退中だ。…………榊と鎧衣がやられた。そっちで彩峰は確認できたか?」

『……いいえ、無線で呼びかけてるんですけど…………』

 やられたか。或いは、答えられるような状況にない、か。武は舌打つ。今度こそ本当に、忌々しげに。そんな武の様子に冥夜は沈黙し、しかし二人ともとにかく後方へ移動しようと足を速める。

 こうしている間にもA分隊の連中は追ってきている。先頭に多恵を配置しているということは両脇を固めるのは晴子と亮子に違いあるまい。単独行動で薫、後方指揮に茜、といった具合か。そして、武たちを追うのが多恵なら、彼女達の戦力の半分がこちらに向いていると考えていい。

「榊に彩峰……あいつら、なに考えてんだよ……ッ」

 毒づきながらも、武は警戒を怠らない。扉の前に立ち、周辺警戒。金属製のドアに罠は仕掛けられていないようだ。一気に押し開け、踏み入る。瞬間で状況を確認し――視界の右に映りこんだ刃の煌きに思い切り身をよじるッ。

「――ッッ!?」 「ッ、……ぉぉおお!」

 押し開けたままの扉に背中をぶつけながら、繰り出されたナイフを回避する。迫ってきたのは薫だった。避けられた彼女は右手に握るナイフを牽制に投げつけてきて、自身は突撃銃の引き金に指をかけている。――くそがっっ!

 右足で床を蹴り飛ばす。側面へと跳躍しながら投げられたナイフをかわし、射線上から身を引き離す。ほぼ同時に銃口が火を噴き、逃げる武の動きに合わせてほぼ零距離で薫の容赦ない射撃が襲い来るッッ!

 タイミングで言えば完全に“詰み”だった。これほどの至近距離で銃弾より速く動けるわけもなく、武はコンマの後には炸裂する弾丸に赤色に染め上げられるだろう。――だが、そうはならない。武は一人ではなかった。

 眼前で起こった突然の出来事にも冥夜は冷静だった。いきなりに跳躍してナイフを回避した武を見とめた時点で、迷うことなくアサルトライフルの引き金を引く! 開かれたドアから半身を乗り出して、投げられたナイフの軌道から敵の位置を推測し――そして銃弾は見事薫の手を、脚を、胸を腹を撃ち抜いた。

「――あっっ!!」 「……ッッ、白銀ッ、無事か!?」

 ベシャベシャと液体の散る音。苦悶の声を上げて倒れる薫に構わず、冥夜は床に伏せる武に叫ぶ。

「…………はは、さすがに今のはやられたかと思ったぜ……。助かった」

 肝が冷えたと冗談交じりに立ち上がる武。軽口を叩いているが、しかし冥夜は彼の反射神経に驚愕している。扉の向こうに敵がいることを警戒してはいたのだろう。だが、奇襲を仕掛けてきた薫の初撃をかわしただけでなく、迷うことなく戦法を切り替えた彼女に対して、武はそれをも回避して見せた。……最後の射撃こそ回避不可能な距離とタイミングのもので、冥夜の援護なくして彼の存命はなかっただろう。しかし、それでも、彼自身の凄まじい反射神経とそれを実行して見せた鍛えられた肉体があってこその存命だ。

 それがなければ、彼は最初のナイフの時点で屍と化している。

「しっかし……まさかここで立石が来るとはな……ってことは、やっぱり彩峰もやられたか?」

「……そう考えるしかあるまい。白銀、珠瀬が心配だ。すぐに戻ろう」

 頷く武に、今度は冥夜が前を行く。後方支援を担当している壬姫の装備は遠距離狙撃用のライフルに、近接戦闘用のナイフのみ。これは各自が装備を選択する上で決められていた条件の一つだ。即ち、遠距離戦闘に突撃銃かライフルの二択。近距離戦闘についてはナイフのみ。

 A分隊の中で随一の実力を持つ薫をここで戦闘不能に出来たことが幸いといえば幸いだが……先ほどまで多恵が健在であった以上楽観は出来ない。まして薫がここにいるということは、追撃部隊であった多恵たちが後方の壬姫を抑えるべく動き出している可能性も在るのだった。

 壬姫の射撃能力の高さは十分に理解している二人だったが、反面、彼女が近接戦闘を苦手としていることもよく知っている。無論、それはA分隊の面々も承知だ。特に、前面に出てくるだろう多恵。彼女と壬姫の相性は最悪といっていい。

「築地のヤツ……さっきの射撃で仕留められてなかったら厄介だぞ……」

「確かに。築地のあの動き……何らかの思考のもとに成り立っているのだろうが……」

 その思考が読めないのである。あまりにもトリッキーなその挙動にはこれまでも散々煮え湯を飲まされてきている。思考が読めない以上、多恵に対しては彼女の動きに合わせるほかに対処のしようがなく……どうしても後手に回ってしまう。近接戦闘に持ち込まれた場合、しかも多恵に対する支援が残っている状況で……壬姫が生き延びることの出来る確立は限りなく低い。

 ならば一秒でも早く合流しなければ。その思いが二人の足を急がせるが……恐らく茜もそんな自分達の心理状態を察知しているだろう。壬姫も、自分が狙われるであろう事は承知のはず。……焦りは、禁物だ。

 建物の中を駆け抜け、外に通じるドアが眼に入る。裏口だったのだろうそこには外を窺う窓もなく……仕方なく、再び武がドアノブに手をかける。先ほどのような奇襲は懲り懲りだったので、武はドアを開く前に冥夜に合図を送り、開け放つ瞬間、自身は這い蹲るように身を伏せ――冥夜が襲い来る敵を警戒して突撃銃を構える。

「……よし、居ないな」

「ああ、そのようだ」

 安堵の息をつくも気を緩めたりはしない。冥夜は引き続き突撃銃で周囲を警戒。武もまた身を起こしながらに辺りを見回して――迫り来る悪寒に頭上を見上げる。

 そこには、四階建てのその建物から跳び下りる多恵の姿があった。――な、にっ! 完全に硬直した武目掛けて、ナイフを手にした多恵が降ってくる。――――莫迦な、ありえねぇッッ!?

 だが、そのあり得ない行動こそが多恵の真骨頂であり、八メートル以上ある高さから身を躍らせて無事着地できるほどの敏捷さを有している彼女なればこその攻撃だった。

 回避しようにも見上げてしまったことで行動が一秒遅れてしまっている。落下という自然現象を利用してのその攻撃を避けうる手段など武にはなく、せめてもの抵抗として引き抜いたナイフを――振り上げようとした瞬間に、決着がついた。

「ぐがっっ!!!!」

 ドゴォオッ――。およそ感じたことのないとてつもない衝撃に潰される。硬い軍靴に肩を背中を踏み潰され、衝撃に地に崩れ落ちる。完全に上をとられた状態で、武は首筋にナイフの冷たい感触を覚えて――――。

「ぬぁっ!? …………無念だ、」

 何者かの銃弾に倒れた冥夜を見た。頭上からは「やった!」と快哉を叫ぶ多恵の声。その彼女に応えるように前方の建物から晴子と亮子が姿を見せる。冥夜が撃たれた方向から察するに、どうやら晴子が彼女を仕留めたらしい。

「…………くっそ、これで五連敗かよ……」

「あっはははは、残念だったね~白銀君っ」

「やったやったよぅ! 今日は白銀くんに勝ったもんねッ」

「おめでとうございます多恵ちゃんっ」

 悔しげに地に顔を埋める武に、彼の上に乗っかったまま多恵が嬉しげにはしゃぎ、亮子が朗らかに言う。くすくすと楽しそうに笑う晴子はペイント弾で汚れた冥夜へと歩み寄る。

「あちゃ、少しやり過ぎたかな……ごめんね御剣ぃ」

「……いや、いい。顔面を撃たれなかっただけマシだ。……しかし柏木、相変わらずそなたの射撃は凄まじいな。近距離とはいえ、こうもあっさりと急所を撃ち抜かれては、流石に私も落ち込みたくなるぞ」

 両胸に腹……腹部にいたっては肝臓まで撃たれている。全くに容赦がない。悔しげに唇を尖らせる冥夜に、晴子は持ち前の明るさでからからと笑った。

「ちぇ~っ、結局ウチでやられたのってあたしだけかよ~。くっそ~~、あそこで白銀がちょこまか逃げなけりゃさ」

 武と冥夜が出てきたドアから、冥夜同様にペイントまみれになった薫が姿を見せる。こちらも冥夜に劣らず、それはもう酷い有り様だった。

『こちら20700、模擬戦闘演習を終了する――。全員、所定のポイントへ集合せよ』

 ザッ、というノイズの後、教官であるまりもからの連絡が入る。六人はお互いに顔を見合わせ、駆け足で集合ポイントへと移動する。

「あ~、白銀く~ん。身体変になったりとかしてない??」

「あ? ……ああ、なんか少しだけ肩がイカレたような気もしたけど、……大丈夫みたいだな。ま、念のため後で医療室行って来るわ」

 ごめんねぇ。と項垂れる多恵に、そんな顔をするくらいならあんなことすんなよと突っ込みたくなる武である。名付けて人間爆弾。喰らったのが軍靴でなく彼女のお尻だったら少しは威力も違ったのかもしれない……何の威力だ?



 集合ポイントには既に千鶴、慧、美琴、の三人が揃っていた。武たちに若干遅れて、茜と壬姫が現れる。――なるほど、武と冥夜、高い近接戦闘能力を持つ彼らを確実に仕留めるために、茜単独で壬姫を抑えたのだろう。しゅんと落ち込んだ様子の壬姫を見れば、恐らく一瞬のうちにやられてしまったのではないかと思われる。

「よし、これで全員揃ったな」

 各隊整列し、教官の前に並ぶ。全員を見回して……特に敗北したB分隊の面々をじっくりと見つめて、まりもは口を開く。

「それでは、これより本演習の評価を行う。まずA分隊――」

 今年度に入ってカリキュラムの中心となった模擬戦闘演習。文字通りの模擬戦だが、これはA分隊とB分隊の二チームに分かれ、それぞれに設定された戦場でペイント弾と模擬短刀を用い、実戦形式で行われる。本日の演習内容で言えば戦場は荒廃したビル群。武装条件は銃ひとつに模擬短刀一本。勝利条件は相手戦力の無力化……即ち、演習とはいえ仲間であった彼らを斃すのである。否応にも真剣になる。

 更に言えば、恐らくはこの後に控えているだろう「総合戦闘技術評価演習」に向けての予備訓練という側面も持つこの演習は、しかしA分隊の全勝――即ちB分隊の完全敗北という戦績を収めている。

 既に何度も聞いたようなまりもの演習評価に、武はひどく真剣な表情で聞き入ってはいるが……誰の眼にも明らかなほど怒りに燃えていた。その武の隣りで、冥夜は、そして壬姫、美琴は重く沈黙している。

 武の発する負のオーラに気圧されて、A分隊の少女達は若干距離を置き気味だ。理由は簡単。これに関しては彼女達が口を出す問題ではないからだ。

「――――以上だ。次に、B分隊…………白銀、貴様にも言いたいことも在るだろうから、今日の演習評価は貴様達で行え。榊は評価内容をレポートにまとめて提出すること。いいな」

「……はい」 「…………はい…………」

 少しの沈黙の後に武。……長い沈黙の後に、千鶴が頷く。彼女の声は酷く落ち込んでいて、その表情も重く、冴えない。

 まりもの号令で模擬演習は終了。本日の訓練もこれで終わりである。去っていくまりもの背中を見送り、茜が口を開いた。

「さって、あたしたちも行こうっ。……そうね、夕食まで時間が在るし……教官に言われたことを踏まえて、これからみんなで検証するのはどうかな?」

「あ、賛成。なんで薫がやられちゃったのかとか聞きたいし」

「あのなぁっ!? そういう苛めみたいのはやめないっ?!」

「晴子ちゃんもひどいねぇ。折角みんな黙ってたのに。……うぷぷ、でも、薫ちゃんのあの悔しそうな顔……ッッ」

「多恵ちゃんも十分ひどいですよ……。か、薫さん、冗談ですから、ねっ?」

 軽やかに笑いあい軽口を叩きあいながら、A分隊の少女達は演習場を後にする。B分隊の彼女達に気を遣ったのだということは明らかだった。……だが、今の彼女達にはその気遣いがありがたい。下手に同情されでもすれば、それこそ話はこじれてややこしくなる。これは、B分隊の問題だった。

「…………さて、」

 ざり。小さく土を鳴らしながら、武が口を開く。無表情にも見える貌で、鋭い視線をそこに立つ二人の少女に向ける。――それは、とてつもなく鋭利な怒りと失望の念だった。

「――ッ、?!」 「――っ、……ッ、」

 その冷たく鋭い視線に射竦められ、千鶴と慧の二人は表情を歪める。武にそんな感情をぶつけられることがショックなのか……それとも、彼の怒りの理由を十分すぎるほどわかっているからか……。

「榊、彩峰…………お前ら、なに考えてんだ?」

 二人を睨み据えたまま、武は問う。あまりに怒りが強すぎて思わず叫びそうになるが、しかしギリギリの所で彼は自身を抑えていた。――抑えていたが、もう限界だった。限界に達したからこその、この問いかけで在る。

「今日までに四度……今日を入れて五度目か? 最初は、単に連携が取れてないだけだと思ってたよ。当然だ、チーム戦なんて今までやったことなかったんだからな。……でも、これまでの訓練で各個がどんな能力を思考を持ち、戦場においてどう動くか……なんてことはある程度把握できていると思ってたんだがな。結果は惨敗だ。涼宮の作戦にあいつらの連携。同じ条件で戦って――しかも向こうは一人少ないにも関わらず……。それを見たとき、俺達はまだまだチームとして、部隊として未熟なんだって痛感したよ」

「「……」」

「それからは俺達、こと在るごとに六人で過ごして、少しでも連携を取りやすいように、お互いをもっと身近に感じられるように……て、そうやって訓練以外にも努力してきたよな。流石に三年以上一緒に居るあいつらに対抗するにはそんじょそこらの努力じゃな足りない。――榊、お前そう言ったよな? ………………それがなんだよ。このザマは。お前と彩峰の気が合わない、ってのは……何となく感じてたよ。それでも精々軽口の応酬程度、特に問題はないって思ってたんだが、な――」

 武は言葉を切る。無表情に感情を押さえ込んだまま、しかしその眼だけは相変わらず鋭く、強烈に冷たい。……誰もが沈黙した。冥夜は眼を閉じて静かに。壬姫は視線を落として困ったように。美琴はなにか真剣に考えているように。

 千鶴は、武から視線を逸らし、己を責めるように。

 慧は、武から視線を逸らし、どこか悔しがるように。

「お前ら、なに考えてんだ? ――俺にはさっぱりわかんねぇよ。本当に気が合わないだけなのか、それとも仲間として信用できないのか……。少なくとも、今のオマエタチを信じることは、俺には出来ない。お前らみたいに明らかに互いの足を引っ張り合ってるような連中に、俺の背中は預けられない。…………今日お前らなにやってた? あ? 口論か? 戦場で、だぞ……ッ。敵が迫っているその中で、指揮官と部下がなに揉めてんだよ……ッ。命令無視して単独行動に出るわ、感情に支配されて敵の接近に気づかずに美琴諸共やられるわ……ッッ!」







 ――ふざけてんのかよっっ!!? アァ??!!!







「「「「「!!?」」」」」

 それは、誰もが初めて聞く咆哮だった。直接向けられた二人も、武の周囲にいた三人も、その、あまりの声量と感情の爆発に愕然とする。

 ギリギリと拳を握り締めて、大地を強く踏みつけた武の表情は、先ほどと打って変わり正に仁王の如く。こめかみが痙攣して、憤怒の気が発せられている。……完全なる、怒気。

「なにか言えよ。なんであの時あの場所で口論なんて始めたのか――言ってみろよッ!? お前らナニ考えてんだよッッ!!? 俺にはわかんねぇ! 戦場で、敵のど真ん中でッッ! お前らこれが訓練だからって舐めてんじゃねぇだろうなっっっ!!??」

 驚愕に眼を見開いて硬直する少女達を尻目に、武はずんずんと千鶴たちの前に立つ。眼前の武に見下ろされて、千鶴は、慧は、息を呑んだ。――それしかできなかった。

「お前らには失望した…………。いい仲間になれると思ってたんだけどな…………」

 二人の顔を睨みつけたまま、ぼそりと、そう告げる。

 告げて、踵を返す武に……千鶴は、慧は思わず手を伸ばしそうになる。「待って」。その言葉が、出ない。言えない。引き止められない。――武の言っていることは、事実だから。

 強く強く土を踏みしめて歩いていく武の背中に、しかし誰も言葉がない。少女達は沈黙したまま、武を見送るしか出来ず……。

 しかし、冥夜の横を通り過ぎたそのとき、武は立ち止まり、背中を向けたまま――言った。

「一つ言っとく。……総戦技評価演習は人が死ぬ場合も在るんだ。……人が、仲間が死ぬんだ。誰かのミスで、誰かのせいで、――それを止められない皆のせいで、な。……俺は衛士になる。こんなところで足踏みするつもりはないんだ。…………もし、お前たちにその気がないのなら、さっさと軍人なんて辞めちまえ」

「「――――ッ、ッッ!!」」

 それ以上の言葉はなかった。

 武は背を向けたまま――少女達を置き去りにしたまま、独り基地へと戻る。

 残されたのは五人の少女。気まずく、重く……遣り切れない沈黙がその場を支配する。変わったのは武が居ないことと、その彼が吐いた言葉の意味をそれぞれが噛み締めているところか。

 ふぅ、と小さな溜息。すぐ傍で聞こえたそれに視線をやれば、ひどく真面目な顔をした冥夜がそこにいた。

「榊、彩峰――」

「「…………」」

「私も、白銀と同意見だ」

「冥夜さん――っ?!」 「み、御剣さんっ!」

 鋭く、しかし武と違い怒りには染まっていない声で。静かに冥夜は言い放つ。

「そなたたちが互いに反りが合わんということは知っている。……知っているが、それはこれほどに酷いものではなかったはずだ。そこにはそなたたちにしかわからぬ確執があるのかも知れぬ。――だがな、白銀も言ったが、これは戦争だ。如何に模擬演習という題目があろうと、弾頭にペイント弾、模擬短刀を使用しようとも、これは矢張りれっきとした戦争だ。戦うのは独りだけではない。仲間が居る。背中を預け、背中を護ってくれる者が居る。……我らは部隊として戦っているのだ。決して、個人の感情で戦っているのではない。……ゆめゆめ、それを忘れてくれるな」

 そして冥夜も去っていく。壬姫は、そして美琴は辛そうな表情のまま冥夜を追う。千鶴と慧に掛ける言葉はなかった。……なんと言っていいのか、わからなかったのだ。

 やがて、皆の姿が見えなくなった。

 演習場に残されたのは千鶴と慧の二人。模擬戦闘演習、その最中において武の言うとおりに口論を始めてしまい、自分達が戦場に居るのだということを失念してしまった事実。彼女達は、言われるまでもなく自分たちの不甲斐なさを噛み締めていた。

 否、言われて初めて――武の怒りを目の当たりにしてはじめて――ようやく、自分達のしでかしたことの重大さに気づいたのだ。



 だが、と千鶴は思う。

 確かにこんな状態ではチームとして、部隊としてあり続けることはできないだろうことは承知している。武や冥夜の言い分はもっともだ。だが、だからこそ……戦場において指揮官である自分の命令を聞かずに単独行動に出た慧が許せない。これが戦争だというなら、指揮官の命令は絶対のはずだ。――それを、こともあろうに、慧はッッ!

 誰よりも規律に厳しく、そしてその重要性を理解している千鶴だからこそ、慧の行動を容認できない。……確かに、そんな自由気ままに身勝手を行う慧に対して感情的に過ぎた部分も在る。今日の敗北は正にそれが原因だった。怒りに我を忘れ、戦場であるということを忘れ、美琴を巻き込んでしまった。……自身も、無駄死にとしか思えない醜態を晒した。――屈辱である。そして、だからこそ悔しい。

 ならば、それは一体何が悪かったのか。命令を聞かない慧か。それを止められず感情に支配された自分か。



 だが、と慧は思う。

 戦場の真っ只中で仲間と、それも指揮官である千鶴と揉めることなど愚の骨頂だということは承知している。武や冥夜の言い分はもっともだ。だが、だからこそ……無能な指揮官の下す命令には従えない。指揮官には常に最善が、最良が求められる。その判断一つで部隊全員の運命が決まるといってもいい。――それを、こともあろうに、千鶴はッッ!

 誰よりも作戦の遂行を至上とする慧だからこそ、千鶴の命令を承諾できない。戦場では常に臨機応変が求められる。追い詰められようとしている局面で、いつまでも保守的な命令を下す千鶴には従えない。今日の敗北は正にそれが原因だった。もっと早くに行動を開始できていれば……或いは千鶴がもっと違う作戦を立案したならば。――屈辱である。そして、だからこそ悔しい。

 ならば、それは一体何が悪かったのか。戦況を打開できない作戦しか口にしない千鶴か。それに従わず、最善と思われる行動を取った自分か。



 だが、結果は出ている。

 敗北。敗北。敗北、だ。五度にわたる模擬戦闘演習。その全てが、敗北。どれもこれも、千鶴と慧の諍いを発端に……部隊のまとまりが崩れ、ひび割れる亀裂に個々が分断されて仕留められた。

 一概に二人だけを責められるものではないのかもしれない。……だが、それでもその根底に在る問題は、彼女達本人のものだ。

 千鶴は、慧は、ただそれだけを自覚しながら……問題の本質に気づけないままに。







 ===







「白銀、少しいいか」

 呼び止める声に振り返る。確認するまでもなく、冥夜がそこに立っていた。

 演習場から基地内へ戻り、自室でシャワーでも浴びて気を鎮めようと思っていた武にとって、今話しかけられるのはあまり好ましくない。それに、一応医療棟で医師に肩を診て貰っておこうとも思っていた。……武は少しの逡巡の後、冥夜の真剣な様子に半ば以上諦めた様子で、

「……ああ、少しなら、な」

「うん。時間はとらせない」

 廊下の端に寄り、武は壁に背中を預ける。冥夜は武の隣りで真っ直ぐに立っていた。……しばしの沈黙。明らかに機嫌が直っていない武。どうも先ほどのことを気にしている様子で居心地が悪そうにしている。冥夜は無理もないと苦笑する。いくら頭にきていたとはいえ、全員の見ている前でアレはなかった――武はそう思っているのだろう。

「そなたは優しいな」

「――あ?」

 なんでもない。ゆるゆると首を振り、しかし冥夜は真面目な顔をする。壁にもたれかかる武を正面から見つめて、彼女は言った。

「白銀……先ほどのそなたの言葉について、今更どうこう言う気はない。それに、そなたの意見には私も賛成だ。あの者達が不真面目だとは思わぬが……互いに悪影響しか及ぼさず、それが隊を危険に晒すというなら、早急に対策を取るべきだとも思う」

「…………」

「そなたの言であの者達がそれに気づいてくれればいいのだが……些か時間が掛かりそうだな」

「……なにが言いたい?」

 投げやりな武の声に、冥夜はふむと頷く。どうやら今の言葉が本題ではないと踏んだ武の読みは当たっていたらしく……冥夜は更に表情を鋭くする。

「……そなた、衛士になると言ったな。こんなところで足踏みするつもりもない、とも言った」

「……それがなんだよ? ……俺は衛士になる。そのために……ここまで来たんだ。お前だってそうだろうがよ」

 うん。頷いて、冥夜は続けた。

「そなたの想いを聞いておきたいと思ったのだ。……そなたが、一体どのような想いを持って衛士を目指すのか。その理由を……聞かせてはもらえないだろうか」

 何を今更、と武は思った。イラついている精神状態のせいで、まともな思考が浮かんでこない。今は頭を冷やすためにそっとしておいて欲しいのだが……しかし冥夜の表情はどこまでも真剣で。だから、武は観念したというように溜息をついて――、

「護るためだ」

 ……………………………………ぃゃ、違うな。護るためだった。内心で、武は吐き捨てるように。

「それは何を、と聞いてもよいか?」

 勘弁してくれ――。果たしてそれは誰の言葉か。

 いつぞやの問答を思い出す。無数のコードが敷設された部屋。薄暗く、雑然とした無機質の部屋。中央にはシリンダー。青白く輝くそれには「脳ミソ」と脊髄が浮かんでいて……。

 銀色の髪の少女。銀色の瞳の少女。黒い改造軍服を纏った少女。







 ――白銀さんは……どうして衛士になろうと思ったんですか……







 ……やめて、くれ。

 思い出させないでくれ。

 ああ、今ならハッキリ思い出せる。もう十ヶ月も前のこと。副司令の呼び出しを受け、彼女の研究のために装置に繋がれて。そこで出会った少女。社霞。その小さな口から発せられた問い。

 気づけば医療棟のベッドの上。心身に異常はなく、なんの症状も見られない……ただ気を失って倒れた。それだけの、こと。

 ああ。今ならハッキリ思い出せる。

 もう十ヶ月も前のこと。けれど、その後も呼び出される度に気を失い、倒れ、ベッドの上に寝かされて。――何度も何度も、繰り返し繰り返し……十数回に及ぶそれ。ずっと。あの霞という少女と関わった日は、全部。

 そして気づいた。

 否。ようやく認める気になった。――あの時の、声。



 頭の中で、どこか遠い声がする。その声はなんだか不透明で、ハッキリとしない。声は、男の物らしかった。少しずつ、まるで背後から近づいてくるみたいに。



 それは、紛れもなく、シロガネタケルの声。

 無意識に深奥の更に奥、精神という名の意識階層の最深度。心のどん底に押し込めて鍵をして鎖で縛って杭を打ちつけて。二度と浮上することのないように、二度ととり憑かれることのないように……本当に無意識に、封印した感情。

 白銀武の護りたいもの。護りたかったもの。

 彼女。幼馴染。隣に住んでいた。あの、少女。赤い髪の、元気に笑う、太陽のような、そんな。

 ――その笑顔を護りたかった。

 ――その笑顔を喪ってしまった。

「……ッ、ゥ、」

 ヂリッ、と。武の脳髄に焼けるような痛みが走る。懐かしいなどと感じてしまうその痛み。いつだったか……そう、あれは茜の笑顔に彼女のそれを重ねてしまった時にも感じた痛みだ。

 忘れたかったのだ。本当は。

 乗り越えた振りをして、その裏で必死に忘れようとしていたのだ。

 水月に与えられた目標に縋るように。真那に託された想いに縋るように。必死になって、思い出してしまわないように。前を向いて……決して後ろを振り向かないで、そうやって、自己の深層心理から眼をそらして。

 ああ……思い出した/思い出してしまった。

 そうだ。武は忘れられない。忘れられてなんかいない。忘れることなんて出来ない。忘れられるはずがない。……そんなこと、できるわけがない。

 彼女を喪って哀しい。

 彼女が居ないことが哀しい。側にいない、隣りにいない、声が聞こえない、触れられない…………それが、哀しい。

 もう、何をやっても。どうしようとも。――――絶対に、彼女が死んだことを受け入れられる日なんて来ない。

 ああ、そうだとも。

 だから戦うんだ。だから衛士になるんだ。死んでない。死んでなんかない。…………そうじゃなきゃ、生きていけない。

「……白銀? ッ、だ、大丈夫か?! 白銀ッッ!!」

 冥夜の声。武はぼんやりと眼を開けて彼女を見る。どうしてかひどく切迫した表情で、何度も彼の名を呼んでいる。

 なんでもないよ。大丈夫。

 武はそう言ったつもりだったが、どうしてか言葉は出ず、ただ、遮るように手を振っただけ。それを拒絶の意と取ったのか……冥夜はひどく哀しそうな顔をして……しかし武に触れようとはしなかった。

「白銀……そなた、気分が悪いのなら……っ」

 口にして、冥夜は何を莫迦なと舌打つ。目の前の武は尋常ではない。千鶴や慧のことで苛立っているのではない。明らかにそれとは違う。

 顔色を真っ青にして、呼吸も荒い。額に浮かんだ汗を拭っているが、それでも発汗はやまず……冥夜は、次第に見ていられなくなった。今すぐその身体を抱えて医療室へ運びたい衝動に駆られるが、その彼女を遮るように振られた手が、踏み出す一歩を押し留める。

 拒絶だ。

 冥夜はどうしてかひどく泣きたくなった。武は、己の領域に冥夜を入れることを拒んだのだ。――それが、哀しい。

「だい……じょうぶ、だ。俺は。…………少し、放っておいて、くれない、……か」

「あ、ああ……すまない。許すがよい。白銀……ッ」

 枯れがれに言う武に、冥夜は俯いて頷くしかできなかった。壁に手をついて、ふらふらとまるで夢遊病者のように歩いていく彼の背中は……なんだかとてつもなく弱々しく見える。

 冥夜は自身を罵倒する。

「私はっ、何をやっているのだっ!」

 ギュウと握り締められた拳を壁に叩きつけて……冥夜はこんなつもりではなかったのにと頭を振る。……少し、冷静さが欲しかった。

 そう、こんなつもりではなかった。

 武をあんなに苦しめるつもりはなかった。

 千鶴と慧。B分隊にとって重要な問題が浮かび上がった現在、彼女達にとって最も重要なのはその改善だ。もっとも望ましいことは二人の和解、或いは信頼関係の構築だが……これはいくら他者が騒いだところであまり意味がない。彼女達自身が自らの問題に気づき、それを改善する意志を持ち、行動しなければ何の進展もなく同じことを繰り返すだけだ。

 しかし、それについては既に武によって問題提起がなされ、冥夜もまた、自身の考えを述べている。ならば残るは千鶴と慧、二人の心の問題だ。

 そして、その時の武の言葉に……彼のあまりな怒りように……冥夜は一つの疑問、否、興味を持った。……持ってしまった。

 誰よりも真剣に、そして果敢に訓練に臨む武は凄いと思った。彼には明確なる目標があり、揺らぐことのないそれに向かって、己の持てる全てをぶつけ、更に上を目指し、精進を怠らない。

 その意思に、行動に、素直に感動した。尊敬に値する。……そう思った。だから、武は冥夜にとっての目標の一つとなった。

 そんな彼だからこそ、今回のようなことが許せないのだとわかる。千鶴と慧。戦場に在りながらお互いの存在を許容できずに諍いを起こす二人。

 武の怒りを目の当たりにしたのは初めてだった。あんなにも感情を顕にした彼を見るのは初めてだった。

 だから、だ。

 知りたくなった。もっともっと知りたくなった。新しい彼の一面を、もっと知りたいと思った。――あれほどの怒りを見せずにはいられないほどの……彼の、その「理由」を知りたいと思った。

 思ってしまったのだ。

 誰よりも真剣に、果敢に、自己の精進を怠らず。真那という優秀な衛士に弟子入りすることで更なる力を手に入れて尚、上を目指し高みを目指し、貫こうとするその意志。

 …………けれど、それは、間違っていた……のか。

 否。

 受け入れてくれなかっただけだ。冥夜を。彼女の想いを。

 武は、己のもっとも深い領域に、彼女が踏み入ることを拒絶した。拒んだ、のだ。――或いは、なんらかの傷を抉られることを恐れてか。

「カガミ・スミカ…………」

 無意識の呟きだった。いつか……そう、確かあれは昨年の七月のことだ。美琴が零したその名。武の恋人……なのだろう女性の名。

 彼が背負っているらしい、深い業。絶望。哀しみ。

 ああ、自分は今、それを垣間見たのだろうか。――ならば、それはなんて、酷く、恐ろしい……。

 見たこともない。あんな武は見たこともない。……あんな武は、見たくない。

 自分は聞いてはいけないことを聞いてしまった。触れてはいけない部分に触れてしまったのだ。……冥夜は後悔する。己の迂闊さを呪う。……だが、もうそれは手遅れでどうしようもなく。

 冥夜は一度、強く眼を閉じた。腹にためるように息を吸い、…………全身に巡らせるように、深く吐き出す。

 起きてしまったことは覆せない。言ってしまった言葉は取り消せない。……傷つけてしまった心は、簡単には治らない。

 ならばどうする。――決まっていた。自分のとった行動の結果は、自分が責任を持って対処する。

 冥夜の不用意な好奇心が武を傷つけたのなら……その傷を、癒したいと思う。――いや、癒すのだ。彼を、支える。

 自分に言い聞かせるように頷いて、顔を上げる。――と、そこには見慣れた少女が立っていた。橙色の髪の毛に白いカチューシャを乗せた、強気で溌剌とした少女。

 茜。

 いつからそこに、と問おうとした冥夜はしかし、その彼女から発せられる気配に口を閉じる。――なにか、おかしい。

「あんた、今、なんて言ったの……?」

「――えっ」

 その声は、その表情は…………、一体、どういう感情のそれか。

「今、なんて……誰の名前を言ったのよッッ!!?」

「なっ?!」

 グイィ、と胸倉を掴まれる。僅かに背の低い茜が、鬼気迫る表情で冥夜を締めるように力を込める。――これは怒りだ。冥夜は悟る。無意識に呟いていたその名。武の根幹に抵触するだろう、彼女の名。

「す、涼宮……っ、落ち着いてくれっ」

「あんた、どうしてその名を知ってるの?! なんでッ、鑑さんのこと知ってるのよッッ!!?」

「ぐっ、涼宮ッ、ァ、」

「まさか、まさかあんた! 白銀にそのこと言ったんじゃないでしょうね!? アイツに、鑑さんのこと聞いたりしたんじゃッ……!!」

 ギリギリと力が込められる。茜は完全に冷静さを欠いていた。尋常ではない。――武も、茜も。カガミ・スミカ。その名を持つ、人物。女性。少女。……武の、恋人。

 ああ――これほどに、これほどまでに。

 今日ほど、己の軽率さを悔いたことはない。――だが、それでも、悔いてばかりはいられないのだ。

 そう決意して茜に何事か言おうと口を開けたとき…………それは、形容し難い殺気と共に放たれた。

「――キサマァ!! 冥夜様に何をするッッ!!」

 冥夜は見た。茜もまた、見た。

 廊下の向こう、全身に殺気を漲らせた赤服。斯衛の赤。碧の髪をそのスピードに躍らせて――月詠真那が、飛ぶように迫り来るッ!

「今すぐにその手を放せッ、下郎が!!」

「なっ――ぅあっ?!」

「やめよっ、月詠っっ!!」

 一瞬にして間合いを詰めた真那は拳で払うように茜を突き飛ばし、掴まれていた冥夜を解放する。そしてそのまま冥夜を背後に庇い立ち、冷え冷えとした能面のような形相で、茜を睨み据える。

「貴様……よくも冥夜様に手を挙げたな。その蛮行、赦し難い……ッ」

「ッッ??!!」

 あまりにも強烈な真那の殺気に、茜は全身が震えるのを感じた。そして、……そして、あまりにも、彼女の知る真那とかけ離れたその様子に……武のよき剣の師匠としての側面しか知らない彼女は……これが斯衛なのだと理解し、愕然とする。

「ぁ、は、あははっ、はははっ……」

「……何が可笑しい」

「やめてくれ、月詠……涼宮は何も悪くない。悪いのは……私だ……」

 項垂れて、掠れた笑い声を漏らす茜。いつも武の側にいる少女のその様子に、真那は眉をひそめる。少なからず知っているその少女は、果たしてこのような笑い方をしただろうか。

「……あははははっ! ………………あはは、ごめんね、御剣。……ちょっと、驚いちゃってさ。どうして御剣が、鑑さんのこと知ってるんだろう、って。あはは、莫迦みたい。……調べれば、わかることなのに」

「――なに?」

 茜は表情を歪ませて、冥夜を、真那を見る。……それは、どこか敵意さえ窺える酷い眼だった。そんな眼で見据えられ、冥夜は心臓の横が啼くように痛むのを感じた。

「白銀を苦しめるようなことは……赦さない。いくら城内省でも、斯衛でも、将軍家縁の存在でも…………白銀を、哀しませることなんて、絶対に赦さないっ! あたしが白銀を護るッ、白銀は、あたしが側で支えてみせるッッ!!」

「「!?」」

 その眼には涙が浮かんでいた。その表情には裏切られた哀しみが浮かんでいた。

 ――違うッ!

 冥夜は叫びたかった。そうではない。そうではないのだと。

 恐らく茜は、冥夜が真那を使って城内省のデータベースから何らかの――カガミ・スミカ――の情報を得たのだと推測したのだ。武の周辺を調べるために。或いはそれ以外のために……とにかく、理由はどうあれ、冥夜がそういう手段を用いて彼女を探ったのだと。そう、思い込んだのだ。

 正に思い込みだ。……だが、冥夜はそれを説明できなかった。それは誤解だと言う事が出来なかった。

 過程はどうあれ――彼女は武を傷つけ、抉った。その事実は変わらない。茜の言葉を借りるなら……ならば既に自分は赦される存在ではない。

 涙を振り切って、悔しげに冥夜を睨んで。

 茜はその場を後にする。後には……遣り切れない哀しみに覆われた冥夜と、少女達の武を巡る想いに気づいた真那が残された。







 総合戦闘技術評価演習まであと数週間。

 乗り越えるべき壁は、多い。






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