『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』
「復讐編:一章-01」
帝国軍横浜基地衛士訓練学校――。それが、これから四年間、俺が衛士となるための訓練を積む場所だ。
通常は衛士訓練校とか、単に訓練校とか呼ぶらしい。いや、実際俺も「訓練校」と呼んでいたわけだが。
ここでは多くの人間が心身ともに鍛え合い、成長を遂げ、人類を、世界を救うための術を身に付けるために日々鍛錬に鍛錬を重ね、精進している。
人類の敵であるBETAを打倒するための能力と技能を磨き、一日でも早く平和な日常を取り戻すために研鑽を積む場所。
幼馴染の純夏を護るための力を手に入れる場所……。そうだ。俺はそのためにここへ来た。覚悟は既に出来ている。ならば、後は実践あるのみ。どんなに辛い訓練だろうが耐え抜いて、自身を鍛え上げてみせる。
と、まぁ自己に埋没するのはこれくらいにして。
眼を開ければ興味深そうに俺の顔を覗き込んでいた赤髪の少女。純夏よりも少しオレンジや茶色に近い色合いの髪を肩の辺りで揃え、カチューシャをつけたそいつと眼が合う。――なんだ? なんで眼を逸らす??
「あ~、やっと戻ってきたねぇ。君、大丈夫?」
「なにが?」
「……なにが、って……。はぁ、まあいいや。君って面白い子だね」
何が面白いのかよくわからないが、にへら、と笑う青髪の少女からは、その言葉遣いもそうだが、なんとなく親近感を与える印象がある。
「で、自己紹介なんだけどさ、ヒトの話、聞いてた??」
「え? あ、いや、……すまん。聞いてなかった」
がくりと項垂れる青髪ほか数名。橙色の髪のヤツは――涼宮だったか? ――なんだかジト目で呆れたような表情をしている。
「あはは、まぁいいや。それが君の持ち味ということで。えっと、じゃあ改めてなんだけど、わたしは柏木晴子。晴子って呼んでもらえると嬉しいけど、ま、呼び易いように呼んでよ」
しゃきしゃきとした口調で、またも親近感を抱かせる笑顔。うーん、こいつ、いい性格してるな。物怖じしないというか、初対面の面子の中でこうも一緒に居ることに違和感を感じさせないのは一種の才能なんじゃないか?
「――よろしくな、柏木」
「言ってる側から苗字なの? ま、君がいいならそれでいいけどね」
いや、いいって言ったじゃん。……だが、確かに本人が呼びやすい呼び方が一番いいというのには賛成だ。
一言二言、柏木が簡単に自分のプロフィールを紹介し、はいと左隣の少女へ振る。そうだ、そうだよ。入隊式も終わって、一緒に訓練を受ける分隊単位に割り振られて……教官の勧めもあって昼食の時間を利用してのコミュニケーションを図る最中だったな。
いかんいかん。気合が入りすぎて少し周りを見失ってたみたいだ。
これから一緒に戦っていく仲間なんだから、最初でつまづいて気まずくなんてなりたくないしな。
と、またも自己に埋没してる間に俺の番。まずい……柏木以降聞いてなかった……。ぇっと、後でこっそり教えてもらおう……うわ、思いっきりつまずいてるよ、俺。
ほんの少しの自己嫌悪に苛まれながら、確認するつもりで自分の左隣からぐるりと一周見回してみる。ええと、このすぐ左隣が涼宮茜、で、その隣りが築地多恵、テーブルを挟んで向かい側が柏木晴子で、……そうそう、その隣り二人を聞きそびれたんだな。で、またテーブルを挟んで俺、と。
同年代の女の子にぐるりと囲まれると少々緊張……というか、気後れしてしまうな。
ともあれ。
「武だ。白銀武。よろしく頼む」
「知ってる知ってる。タケルちゃんだよね」
――――は?
見れば、柏木、そして隣りの涼宮がいい感じに笑みを浮かべている。柏木は相変わらずの人懐っこい笑顔だが、涼宮のは……なんていうか、「ニヤリ」って感じだ。うわぁ、すげぇ的確な表現かもしれないと思う俺が怖い。
女の子はそんな笑い方しない方が言いと思うぞー。主に俺の精神的に。
いや、そうでなくて。
「か、柏木……なんで、おまえ、」
恐る恐る尋ねる。お前と俺は初対面のはずだ。間違いなく、一度たりとも、俺はお前に会ったことはないぞっ?!
ほら、他の子たちは「なにそれ、タケルちゃん??」とか首傾げて不思議そうにしてるし。というかですね、涼宮さん? お、お前もなんでそんなイイ笑みなんだよっ?!
「あはははは、ま、あれだけ堂々と見せ付けられちゃあねえ。割と有名だよ? 桜の木の下で想い人と別れの口付け……あー、いいなぁ。わたしもそんなひとが欲しいなぁ」
「ぶーーーーーーーーーーーっっっ??!!!!」
豪快に噴き出す。なんだとっっ?! まさか、まさかまさかまさかぁあああ??!!
居たのか!? 見たのか!!? あの時、あの場所に!? ぎゃ、ぎゃぎゃああああーっ!? オー、ノーッ!
まずい、まずいぞ。なにがまずいって柏木の笑顔の意味に気づいたからだが、これは些かどころか致命的にマズイッッ!!
変なこと言いふらされる前になんとか誤魔化さねばっっ……!
「想い人と口付け…………って、ぇえええ?! 白銀君、恋人が居るの!? わ、わ、すごい。同い年なのに」
「い、いや、そう大げさな話じゃなくてな築地、」
「そうかなぁ? これでも随分曖昧に言ってるんだけど、もっと詳しく説明した方がいい?」
「お前は黙ってろっっ!?」
「じっっっと見つめ合って、少女は腕を組み眼を閉じて、少しだけ背伸びして……」
「ギャアアアア! それ以上言うな喋るな口を開くんじゃねぇええ! お願いします後生です勘弁してくださぃい!!」
鬼だ! こいつひとの良さそうな顔してとんでもない爆弾抱えてやがるぞっ!?
なんて女だ……侮れねぇ……。……そういえば俺、純夏以外の女子と話すのって久しぶりじゃないか? いや、むしろ初めてか?
くっ、なんてことだ。純夏を基準に考えてたから対応を誤ったぜ。これからは注意しないとな。異性に限らず年齢も人種も関係なく、様々な人と関わりを持っていくんだから、これはいい教訓だ……。
な、だからな? もうそろそろいい加減に俺と純夏のネタで盛り上がるのは本気で勘弁してください。
「あ、白銀泣いてる。あはははは、変な顔~」
涼宮がさも嬉しそうに笑っている。お前、俺に恨みでもあるのかよ……。くそぅ。
「でもさ、実際、白銀は羨ましいよ」
「……あん?」
笑顔のまま、涼宮が言う。――その笑顔は、先ほどと打って変わってどこか優しげだった。
「大切な人がいる。大切に想ってくれる人がいる。……そういうのって、すごく、大事なことだよね」
護りたいんでしょ? にっこりと笑って。……不覚にも、見惚れてしまった。べ、別に浮気じゃないぞ。いや、浮気ってなんだよ。
う~~ん。面と向かって言われると気恥ずかしいことこの上ないんだが、確かに、涼宮の言うとおりだ。
俺にとって純夏は大切で、そして純夏も俺を大切に想ってくれてる。多分、それはとても大事なことだ。それが在るから、俺は戦える。そのために戦う、っていう……なんていうか、そうだな。そこが俺の拠り所ってヤツなのかもしれない。
俺たちは衛士になるためにここにいる。それは皆、自分の大切で大事な護りたいもののために、ということだ。
そして俺にとってのそれは鑑純夏……それは間違いなく、揺るがない。
揺るがない……ん、だけど、さぁ。
「そしたらさぁ、白銀ってば真っ赤になって、でも、決心したみたいにキッ、と目を開いてさ!」
「そうそう、そして彼女の肩を力強く掴んでっ!」
「少しずつ近づく唇……お互いの呼吸が聞こえて……」
「どくんどくん、ああ、心臓の音まで聴こえてきそう……だめっ、恥ずかしいっ」
「うわぁぁ……すごい、すごい白銀君」
「男らし~~ッ! でも、その女の子も勇気あるなぁ! 自分からなんて、あたしにゃ無理だぜ……」
「はぅぁ~……恥ずかしいです」
「そして遂に! 二人の唇はっ……熱く、そして長い口付けを」
「お前らいい加減にしろぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
ぐぉお頭痛ぇ。俺、ひょっとしてずっとこんな扱いなのか?!
なんだか、無事に訓練課程を終えられるのか不安になってきたな。四年だぞ、四年。ぐぁ、こんな連中と四年も一緒かよ……。
純夏ぁ、俺、イキナリ挫けそうだ…………。
そして、結局昼食が終わる時間まで彼女たちの桃色トークは続いた。
恥ずかしさに耐えられず一足先に席を立とうとしたら、逃がさないとばかりに涼宮に捕まり延々からかわれたのは言うまでもない。
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「随分と打ち解けたみたいだな。さすがに同年代というところか?」
入口から、教官が現れる。全員起立して敬礼。美人で凛々しい雰囲気を醸し出している我らが教官様は少しだけ微笑みながら教壇についた。
俺たちも自分の席につく。
「さて、これから四年間、貴様たちはこの横浜基地で衛士となるべく訓練を積むわけだが……、この中に衛士が一体どんなものか知っている者はいるか?」
俺たち第207衛士訓練部隊の教官を務める神宮司まりも軍曹が、質問を投げる。一つの小隊には必ず専任の教官がつき、例外のない限りは卒業するまで訓練を担当することになるらしい。
神宮司教官は俺たちと同期ではこの第207部隊を、他にも複数の先任訓練兵の小隊を受け持っているらしい。
「涼宮、答えてみろ」
「は、はいっ! 衛士とは、戦術機を駆り、BETAと戦う兵士のことです」
涼宮がおっかなびっくり答える。いきなり当てられて慌てたんだろう。……ヒトのこと心配してる場合じゃないな。教官、ズバズバと手当たり次第に当てそうな気がする。
「そうだ。衛士とは戦術機を操縦する……いわばパイロットだ。当初、戦術機が戦場に配備された際にそのパイロットとなったのは戦闘機乗りだったというのは、貴様たちも知っているな」
「はい」
そうだ。昔は衛士なんていうものは存在すらなかった。当時の軍人は偉大だぜ……。それまで戦闘機や戦車なんて物しかなかった状況でいきなり人型兵器だ。その操縦に戸惑いがなかったなんてことはあるわけがない。
それでも、人類は戦術機を運用し、今現在では対BETA戦の中核を担うほどに練達したんだから、それはとても偉大ですごいことだ。
「この訓練校の最終目的は一人でも多くの衛士を送り出すことだ。中には訓練途中で退場したり衛士適性検査で撥ねられたりする者もいるにはいるが……貴様らに求められている物は唯一つ。衛士とはなにかをしっかりと理解し、意識して、そして精進を怠らないことだ。これからの生活はハッキリいって今までの日常とは比べ物にならないほど過酷だ。だが、それを当然にこなすのが軍人であり衛士であり……帝国軍人だ。この国、この世界を護り、人類に安全と秩序を取り戻すためにBETAを殲滅する。貴様らは、それを実行できるようになるために訓練を重ねる。いいな?」
「――はいっ!」
神宮司教官の言葉に全員が強く頷く。なるほど、確かに厳しい。これまでの日常……か。そうだよな、衛士になるっていうことは、そういうことなんだ。
純夏のためにも、俺はやり遂げなければならないんだ。ぃよしっ! 気合入れていくぜっ!
「ところで白銀、貴様には護りたいものがあるか?」
「はっ?! あ、はい! あります!!」
――スミカちゃんだよね――小声で柏木がナニカ言ったような気がするが無視だ。涼宮のニヤついた表情が見えた気がするが、断固無視だっっ!!
「そうか。ならば、その護りたいもののために、これからの訓練を真剣に取り組め。他の者も同じだ。まずは自分のため、そして自分の護りたいもの、大切なもの、そのために訓練に励め。最初の一年間は基礎体力の向上と軍人としての知識の詰め込みが主だ。最も地味で最も過酷でもあるこれを乗り越えるには、生半可な覚悟ではもたないからな」
先に言っておくが、私は一切容赦しない。神宮司教官は口の端を吊り上げて獲物を見るような目で嗤った。こ、怖ぇえ。
なるほど、確かにあんな表情されちゃ覚悟も決まる。途中で挫けないためにも、自分が何のために衛士を目指すのか、その原点を忘れるなってことだな?
「いいか、憶えておけ。訓練で汗を流したぶんだけ、戦場で血を流さずに済む――。これは私が経験してきた中で最も真実に近い。何事も経験あってのことだ。常に己を磨き、繰り返し身体に叩き込むことを忘れるな。それが、優秀な軍人となるための第一歩だ」
「はい!」
俺たちの返事に一つ頷くと、教官は眼を閉じた。少しの黙考の後、
「よし、今日はこの横浜基地を案内してやろう。当然だがPX以外にも基地には色々と施設も設備もある。訓練兵が立ち入ることの出来ない箇所もあるが、自分たちがどんな場所に居るのかを知ることも衛士の勤めだ。ついてこい」
言うが早いか、教官は教室を出る。慌てて後を追う俺たちだが、教官はちゃんと廊下で待ってくれていた。――当たり前か。
そして、衛士になるための俺たちの訓練第一日目は終了した。
晩飯の時に純夏のことをあれこれ聞かれたが、断じて話してたまるかっっ!!
特に涼宮・柏木っ!! お前らヒトを玩具にするんじゃねぇええ!!