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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 復讐編:[八章-01]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:8e422d10 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/02/11 16:21

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「復讐編:八章-01」





 それは機械造りの胎内ともいうべきか……或いは、精密機械の棺桶。

 戦場において最も過酷で苛烈で壮絶な状況にありながら、しかし最も安全で命の保障がされたその場所。――管制ユニット。

 ひんやりとした空気に満たされたシミュレーターの中で、武は網膜に映し出された光景に息を呑む。

 その全ては機械が映し出した仮想現実。実機を使用せず、まるで実戦そのものを再現し、衛士を、そして衛士が装備する強化装備を鍛え上げ成長させることができるマシーン。

 網膜投影ディスプレイが映す廃墟のビル群は、しかしそれが映像なのだと感じさせない精緻さとリアリティでそこに在り、武はその脅威のテクノロジーに感嘆する。

 乗る機体は練習機として1997年に正式配備された吹雪。実機訓練はまだまだ先だが、一足先にシミュレーターで応用課程までの操縦訓練を行うのである。

『白銀、聞こえるか――これより基本操作について説明する……』

 小さな長方形のウィンドウに表示されたみちるが、まずは「歩く」・「走る」といった単純な操作を説明する。シミュレーターに乗る前にマニュアルのそれらの項目に眼を通してはいたが、実際に動かすとなると慣れるまでは時間を要する。

 もっとも、それほど複雑な操作は必要なく――瞬時の判断と応動が求められる戦場で、複雑極まりない操作など無意味だ――武は一歩を踏み出した。

 ……ず、ぐん。

 管制ユニットがふわりと浮いたように感じて、差し出された足が地面に着くのと同時に押し付けるような振動が響く。若干の重力と蠕動を感じながら、武は吹雪を進ませた。

 左右の足を交互に前へ出して、数百メートルを歩く。バランスはオートで取っているというから、武がすることといえば本当に「歩く」ために必要な操作を行うだけだった。

「……なるほど、空気抵抗や地面との接地、変動するバランスは全て機械任せ……か。確かに、これなら衛士は戦闘に集中するだけでいい」

『よし、問題ないようだな。……ならば、走ってみろ。そうだな……前方五百メートルにある交差点まで直進、交差点を左折し、即座に全速力へ移行』

「はい――」

 みちるの指示にしたがって、走る。グン、と操縦桿を傾け、フットペダルを踏み込む。跳躍ユニットは使用しない、純粋に脚部出力だけの走破だ。

「――っ、」

 やや前傾するように姿勢を変え、吹雪が走り出す。踏み出し、地面を蹴り進むたびに管制ユニット内がまるで冗談のように揺れた。かつて戦術機適性検査を行った際に乗り込んだ筐体を思い出す。……あの時、まりもは言った。実際のシミュレーターはこんなものではない、と。

 成程、確かに相当な振動……振動というのもおこがましいくらいの上下運動に苦笑しながら、しかし武は一向に堪えた様子もなく。

 操縦桿を左へ向ける。右手でコンソールパネルを叩き、指示を出す――送られたコマンドに従って機体が左へ傾く。交差点に到達した右脚部、そのままに、地を、蹴る――ッ。

「!」

 ガグン! という衝撃。上下に揺れるだけだったユニット内が左から右に向けての重圧に一瞬だけ変わり……武はしかし目一杯にペダルを踏み込んだ。

 全速。

 最大戦闘速度、というわけではないそれだが、それでもどんな高機動車も装甲車も出せないような速度で廃墟の町を駆け抜ける。乱立するビル群の中を走るのだ。気を抜けばすぐに眼前にビルが聳え、武はその度に向きを変え道路を縦横無尽に走り続けた。

『――よし、いいだろう。そのまま全速を維持、次の突き当たりで急停止。いいな?』

「はいっ!」

 歩くのと同様に、走ることにも問題はない。確かに振動は凄まじい物があるようだったが、そこはどうやら三半規管が常人より優れているらしい武である。初めてシミュレーターに乗り込んだ訓練兵の多くが歩く機動だけでも乗り物酔いになり、顔面を蒼白にさせるというのに……武は十数分全速機動を続けていながら、ケロリとしていた。

 ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン――――ッッ!

 突き当たりのビルまで残り二百メートル。操縦桿を手前に思い切り引いて、制動をかける。戦術機の制動距離など知らないが、網膜投影の隅に表示された速度を見るに、むしろ遅かったかもしれない。機体が転ばないように、オートマチックで姿勢制御しながら、アスファルトの地面を抉り滑走する。

 ガギィイイイイ!!!!

「ふぅっ……」

 機体は見事ビルの手前丁度に停止。慣性を相殺するために相当な横荷重が働いたが、それも時間にして数秒の話だ。表示される機体の情報をチェックして、どこにも異常がないことを確認する。……当たり前だ。この程度で異常など出るはずがない。

「こりゃ……確かに凄いな……っ」

 ただ歩き、走っただけだというのに、その恐ろしいまでの技術に感嘆と感動の連続だ。――これが戦術機。これが、人類がBETAと戦うために生み出した技術。その、力の具現なのか……。

 武は知らず、口端を吊り上げていた。

 これほどの技術があれば……この戦術機があれば、自分は…………BETAを…………ッ、

『なにをにやけている。……白銀、次は跳躍ユニットを使用して匍匐飛行だ』

「!」

 顰め面のみちるの顔が表示される。子供染みた興奮に浸っていたのを見られたらしい。武は羞恥に頬を染めるが、即座に匍匐飛行の操作を行う。管制ユニット内に小さな高音と振動が伝わってくる。……微々たるものだが、それが腰部等に装備された跳躍ユニットに火が入ったことを知らせてくれる。

 みちるの指示に従って操縦桿を起こす。ぐん、と地を蹴るような振動があって…………徐々に、機体が前進していくのがわかる。

『随分控えめだな? もっと思い切りスロットルを開け!』

「えっ? は、はいっ!!」

 怒鳴るように言われて、武は思い切りフットペダルを踏み込んだ。――途端、全身を押し潰すような重力荷重が圧し掛かる!

「うぉっ?!!」

 どん、という衝撃と共に機体は前方へ投げ出されるように飛び出した。ぐんぐん暴力的に加速する風景を半ば呆然と見ながら、自分が今、空を飛んでいるのだと漠然と理解する。サブカメラが映す後方の映像をチラリと見る。先ほどまで立っていたビルが凄まじい速度で小さくなっていた…………というか、次第に高度が上がっている。これでは匍匐飛行ではなく噴射跳躍だ。

『莫迦者ッ! スロットルを全開にするのは最初だけでいいんだ!』

 ご尤も――。武はそりゃあそうだと苦笑しながら、ならばとフットペダルから足を離す。とにかくこのまま飛びっ放しという状態をどうにかしたかったのだが……推力がなくなれば落下する。重力が在るのだ。当たり前だった。

「どぁあぁあぁあああっっっ!!??」

『……なにをしているんだ、貴様は…………』

 視界がグルグルと回る! 最大で噴出されていた推進剤が、武の操作に従ってピタリと停止する。発生した慣性によって錐揉みになりながら、吹雪は途轍もない速度で地面に向かっていた。

「ぅわぁああああっっ!!??」

 ようやく自分が莫迦をしでかしたのだと気づき、なんとか体制を立て直そうと試みるも…………こんな状態で一体どんな操作をすれば元通りの姿勢に戻れるのかがサッパリわからない! 迫る地面、回転・落下する機体――必死になって操縦桿を握り、両脚をジタバタと動かすも、それが本当に正しい指示を出しているのか否かっ……。

「ええいっ、クソがぁあああ!!!」

 叫ぶ。……が、結局なんの解決にもならぬまま、武の操縦する吹雪は地面に激突した。







『いいか莫迦者。あのような状況でパニックに陥ることこそ、衛士として一番あってはならないことだ。どのような状況下であろうとも瞬時に自身の置かれた状況を判断し、的確な動作を行う。……衛士にとって最低限必要な心構えだぞ』

「……はぃ」

 とはいうが、みちるは内心で苦笑していた。誰だって最初はあんなものだ。いくらマニュアルを読破し、暗記したところで実際に動かしてみないことには何もわからないし身に付かない。こと戦術機の操縦に関して言えば、身体で覚えてなんぼ、である。要するに慣れだ。一々頭の中で行動のロジックを組み立て、操作手順を思い浮かべていたのでは遅い。即座の判断を即時実行する。そのためには思考する時間などロス以外のなにものでもないからだ。

 故に訓練するのである。

 まずは操縦に慣れるため。戦術機の機動に慣れるため。想定した状況下でのミッションを通して、複合した操作に慣れるため。そしてそれらを須らく身に付けるために。

『……と、いうわけで、だ。どうも貴様は実戦タイプらしいからな、こんな物を用意した』

 ふふん、とモニタの向こうで笑うみちるに、なんだか嫌な予感がびんびんである。

 網膜投影に映し出された表示には動作応用課程Aとある。……要するに、取り敢えずの基礎操作を終了し、次のステップへ進むということらしかった。わざわざもったいぶった言い方をするみちるに苦笑しながら、しかし武は気を引き締める。

 先ほどの無様な自分を思い出す。正直に言って、情けないとさえ思う。

 戦術機適性「S」――その意味するところが果たしてどういうものなのか、武自身が把握していない。

 夕呼は何らかの確信を持っているのだろうし、恐らくみちるもそれに従って訓練のカリキュラムを組んでいるのだろう。

 だがそれは、例えば戦術機の操縦が特別巧いというものでもなければ、諸々の操作を完全に把握できる、というようなものでもなかった。

 既にシミュレーター訓練を開始して一時間が経過しようとしているが……未だに表示される各種データの把握に翻弄され、或いは複雑な動作をしようとする度に重なり合う操作に混乱し、挙句の果てには跳躍ユニットの出力に振り回されている。

 戦術機操縦の素人が、たかが一時間で何を言う、とみちるは思うだろうが、しかし……武にすれば、ならば自分の戦術機適性とは一体如何なるものなのか……という不安に駆られてしまう。

 自分が期待されている人間だという認識。

 夕呼はそれを忘れるなと言い、結果を出せとも言った。……無論、それに応える覚悟は在る。だが、一方的に向けられた期待と……或いは信頼と言っていいのかもしれない思いに、若干の焦りを感じていた。

「まだ一時間だろ……なにを、焦ってるって言うんだっ……」

 ヴゥ……ン……。

 管制ユニット内にシミュレーターの駆動音が響く。動作応用課程A――みちるより伝えられる作戦内容を要約すれば、戦域上に複数存在する目標からの攻撃をひたすらかわし続けるというものだった。

 機体は武装されておらず、唯一の武器というべきは跳躍ユニット。……文字通り、逃げるが勝ちというやつだった。なるほど、回避行動の中で戦術機の操縦を覚え、遮蔽物を利用しながらにレーダーや戦域データリンクによって目標の位置を把握したりと……つまりは“戦術機に慣れる”ためのプログラムらしかった。

 続けてみちるから「これは基礎中の基礎」だと知らされ、ならば見事プログラムをクリアして見せようと意気込む。時間制限無し。やられれば終わりという至極単純明快なルールに苦笑する。しかも逃げおおせた時間に比例して目標の数が増えていくというオマケつきだ。

 逃げれば逃げるだけ敵が増え、戦域は敵に埋め尽くされる。……成程、レーダーや熱源探知センサー等を活用するに相応しい訓練だといえよう。

 メインカメラが映す光景は先ほどと同じような廃墟のビル群。図ったように十字路のど真ん中に配置されていた――眼前には、暗赤色の球体が浮遊している――「敵」だ。

「いきなりかよっっ!!??」

 前方六百メートル。ホログラフィで描かれた球体から36mm弾が発射されるのを目撃したのと同時、武は右主脚で路面を蹴り、跳躍ユニットを噴かせることで回避する――被弾箇所、なし。

 咄嗟の操作だったがなんとかかわしたことに安堵し、このプログラムがかなり性質の悪いものだと理解する。レーダーの反応は先の目標のほかに五時方向へ一つ。熱源探知センサーの索敵範囲にはその一体のみが存在している。

「索敵範囲を考慮しつつ……敵の位置を把握、と…………」

 そして目標たる敵も同様のシステムを備えているという設定である。つまり、敵もまたそれらを駆使して武を追ってくるのだ。

 武は即座に前進を開始する。網膜投影に各種センサーを表示し、それらの配置を思考制御で換えながら透明度を調整する。とりあえずとはいえ矢鱈と表示させすぎな気もしたが、不必要と判断した時点で消せばいい。――今は、なによりもシステムに慣れることが肝要なのだ。

「…………、」

 前方より敵が迫ってきている。このままでは出会い頭に射撃される可能性が高い……が、武は進路を変更せず、敢えてスピードを上げた。

「いくぞ……ッッ」

 この訓練課程が求めているのはセンサー類のシステムを使いこなすこと。そして、戦術機の操縦に慣れること。回避行動を取るに当たっての操作はその時の状況によって異なり……つまり、追い込まれた状況の数だけ違った操作を行わなければならないということだ。操縦に一刻も早く慣れるためには、ならば、数多くの“回避しなければならない状況”を作り出せばいいわけである。

 今の武のように。

 敵の眼前に姿を晒すことで、その攻撃を回避する――ビルの陰から機体が飛び出す寸前、地面を敵の36mmが抉るッ。

「――ッぉお!!」

 同時、機体に急制動をかけ、旋回するように左主腕を振り回し遠心力によって機体を反転させる。ガリガリと路面を削りながら、後方へ滑るように機体が流れる。僅かのタイムラグに目標からの銃撃が止み、武は更に腕を振り回し、同時に突き出した左主脚を軸として右主脚でアスファルトを蹴り上げる。――跳躍ユニット始動、二秒間の全力噴射!

 …………ッ、ドン!!

 旋回によって発生した横荷重を無理矢理に捩じ伏せて転身――即ち再び正面を向いてビルとビルの間を滑り抜ける。敵に攻撃のタイミングを外させるために、武は普段生身で行っている剣術の動きを再現しようとしたのだ。

 結果としてそれは成功。……しかし、ひとつひとつの機動はひどく大きく、歪だった。戦術機という巨大な機械を相手に、武は己のイメージと実際の機動の差異に愕然とする。だが、ならばそれこそ慣れるだけだと、飛び込んだビルを盾に敵の後方へ廻りこむべく移動を開始する。

 描く螺旋軌道は全て敵を相手にしながらに移動し続けるための必然である。前進するのではなく、転進。敵を切り伏せた慣性そのままに旋回し次敵への攻撃に移り、更に旋回し次の敵へ。それを繰り返し続けることで常に攻撃し、移動し、敵を変え相手を変え……己を一箇所に留め置かずただひたすらに迫り来る軍勢を相手取る。

 その軌道。その挙動。

 全てはBETAと戦うための究極の業。真那の父、そして武の剣術の師匠が実戦の最中で編み出したその戦術は――即ち戦術機で行えなければ意味がない。

 十分に承知していたことである。……故に武は挑むのだ。己の身に浸透したあの剣術を。真那との修行の中で更に進化したその剣術を。生身で在り、剣を握るならば、武はどこまでも強く在ることが出来る。無論、真那に言わせればまだまだ未熟な面も残るだろう。けれど、その真那をして頷かせるほどに武は成長している。

 ……ならば、その動きを戦術機に反映させるのだ。

 真に真那の、師の剣術を窮めるにはそれは必須であり絶対。だからこそ、挑む。回避運動の全てをその機動で行う。

 まずは一対一。次に二対一、さらに三、四……と敵が増す度に、それは真価を発揮するだろう。――そのために、今は動き続ける。

「ぁぁぁあああっ!!」

 操縦者の思考を統計的に数値化し、機体の動きに反映させるという。そして、機体は得られたデータを操縦者にフィードバックすることでより操縦者の動きを再現できるという。

 今はまだなんの蓄積もない。だからこそ、白紙の上により多くのデータを書き込むために。どれだけ不恰好だろうが、大袈裟で無駄が多く、機体に負荷が掛かろうとも……不完全なその機動を我武者羅に繰り返した。







『――作戦終了、白銀機の撃墜を確認…………白銀、無事か?』

「はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、ぁ、ぜぇ、ぜっ、は、ハァ、ハァッ…………」

 暗くなった管制ユニットの中で、操縦桿を握り締めたままに顔を伏せる。零れ落ちる汗が膝に当たって玉のように跳ねた。全身を包むのは、肉体を駆使するのとは全く違う疲労感であり、苛立ち。

 作戦時間:一時間二十五分四十二秒。果たして長いのか短いのか……。だが、その間、武は六体の目標を相手に逃げに逃げた。――奇しくも総戦技評価演習で相手取った数と同じである。またしても六体の敵に討たれたことに自嘲するも、それで気が晴れることもなく。

『白銀、返事をしろ。………………二十分の休憩だ。降りて来い』

「はっ、はぁっ、ハァ、ハァ、…………了、解……っ、ハァ、ハァ、」

 通信画面の向こうのみちるの表情はわからなかった。……荒い呼吸を続けたまま、武は俯いた顔を上げ、ただ肩を上下させる。

「ハァ、ハァッ……くっ、そ…………ッ!」

 なんて難しい――。思わず表情を顰めてしまう。

 この身に染み付いているはずのあの動きが……戦術機ではまるで再現できない。制御コマンドを送る、というプロセスに翻弄され、思うままに動けていないというのが現実だった。……結局、この一時間半をかけて、ただの一度も己が満足する機動を行うことが出来ないでいる。

 頭でわかっているのに、鮮明に明確にイメージできるのに……それを再現できない。操縦に反映しきれない。

 まだまだこれからだということも十二分に承知しているが…………これほどまでに手応えというものがない状態には些か気落ちする。悔しげに強く眼を閉じて――頬を張る。

「っしゃあ!! 今は休憩だッ!」

 頭を切り替えろ。自身に強く言い聞かせて、武は管制ユニット――シミュレーターから外に出る。上気した身体を、ひんやりとした空気が出迎えてくれる。ずっしりと圧し掛かるような気だるさにも似た疲労さえなければ、それはなんと涼やかで心地よいのだろうか。

 流れる汗を拭いながらタラップを降りると、そこには腕を組んだみちるが立っていた。……どうやら武が降りてくるまで待っていたらしい。

「教官……」

「何を呆けている? さっさと降りて来い」

 呼びかけるみちるの表情は微笑を浮かべているように見えた。否、事実笑っている。……なんというか、“しょうがない奴め”というような、そういう表情だ。首をかしげながらにみちるの元まで進み、敬礼する。

「ん。……どうだ? 初めて戦術機に乗った感想は」

 正面に立った途端、先ほどまでとは打って変わり、口端を吊り上げてのからかうような口調。武の未熟すぎる機動をたっぷりと見物しておいて、敢えてそう聞いてくるのだから悪質だ。武は苦笑するしかない。

「これほど操縦が難しいなんて……正直、想像もしてませんでした。……あんまりに情けなくて、落ち込みそう……ってのが本音ですね」

 苦笑したまま言う武に、みちるはさも可笑しそうに笑う。

「ははははっ。操縦訓練開始から僅か二時間で応用課程Aまでクリアした奴が何を言う。言っておくがな、白銀。通常であれば応用課程Aまでに五時間以上の基礎操縦訓練、応用課程Aを一時間以上逃げ延びることについては平均して三回から四回の訓練が必要だ。それをなんだ? 自分が情けない、だと? ……ふふふっ、まったく、謙虚なのもいいがもっと自分を認めてやれ」

「…………は?」

 そんな話は聞いてない。というか、五時間の基礎操縦訓練とは何だ。武は思わず顔面を手で覆った。――まただよ、このひと。

 つまり、またもみちるに嵌められたのだと気づく。昨日の総戦技評価演習といい、今回のこのことといい……どうもみちるは他者をからかう性癖でもあるのではないかと思える。本人にしてみればほんの茶目っ気なのかもしれないが、至極真面目な顔でそれを実践される身にもなって欲しい。愉快気に笑うみちるに、武は暫く何も言えないまま、がっくりと肩を落とした。

「…………ん、まぁ、……済まん。冗談が過ぎたな」

(ぃぇ……なんとなく、教官のことがわかってきました)

 眼を閉じ、真面目な声でみちるは言う。内心で乾いた笑いを浮かべながら、しかし武は姿勢を正す。冗談交じりとはいえ、みちるが言った内容に、二、三確認したいことがあった。

「教官、質問してもよろしいでしょうか」

「うん? なんだ?」

「ハッ……先ほど教官が仰った、基礎操縦訓練のことですが……」

 通常であれば五時間。それを武はたったの一時間しか行っていない。跳躍ユニットをまともに扱えないままに、訓練を次のステップに進めたことに対して疑問を覚えたのである。問いかけた武に対して、みちるはあっさりと言ってのけた。

「貴様の戦術機操縦訓練に宛てられている期間は知っているな?」

「はい。六月中旬までの約一ヶ月間です。……それまでに、必要最低限以上の技能・技術を身につける必要があります」

「そのとおりだ。通常ならば三ヶ月かかる訓練を一ヶ月で行う。……全く同じ訓練内容を行うことなど当然不可能。ならば省くべきところは省き、より重要な内容に多くの時間を充てるのは当然だな。確かに基礎操縦技能は戦術機を動かす上で必要不可欠なものだろう。だがな、基礎は往々にしてありとあらゆる行動について回るものだ。……貴様の場合、単純に時間がないという事実と、高い戦術機適性から一時間あれば十分だと判断した。実際、基礎操縦訓練中に扱えなかった跳躍ユニットを、応用課程Aでは見事使って見せていただろう? それが答えだ」

 成程。思わず頷いてしまう。どうやら自分は知らぬ間に一般の平均というものを超えてしまっていたらしい。……まるで実感が湧かないが、取りあえず納得することとする。ならばと続けての質問に、みちるは少し考える仕草をして、

「そうだな……詳しいことは私も知らされていないが……貴様の戦術機適性、つまり“S”ランクという規定外のそれについてだが…………戦術機適性とは文字通り“戦術機に乗るための適性”を指す。貴様の場合、最も顕著なのは振動に対する肉体的素養だな。香月博士の検査によって、貴様の三半規管は他人に比べて発達していることが判明している。無論それだけで適性が決まるわけではないが……振動に強い、酔いに対して耐性が強い、ということは、要するにそれだけ長い時間戦術機に乗っていることが出来て、激しい機動にも耐えられるということに繋がる。言うまでもないが、戦術機が行う機動で振動を伴わないものはないし、まして立体的機動を実現するために開発された兵器だからな……三次元的に作用するGにも耐えねばならん。わかるか? つまり貴様の身体構造はこれ以上ないくらい“戦術機の機動に適している”んだ」

「はぁ……そう、なんですか??」

「まぁ、それが全てではないがな……。白銀、通常の者と比較して……例えばある者は一時間しか連続して戦術機に乗れないとしよう。そして貴様は連続五時間乗ることが可能だ。一度の搭乗の度に一時間休憩を挟むとして、では貴様とその者が二十時間の訓練課程を終えるためには何時間必要だ?」

「ぇ……っと、自分が二十四時間、もう一人は四十時間、です」

 ははぁ、と武は頷く。みちるが言わんとすることが理解できた。つまり、同じ訓練をするにも、こと振動に耐性がある自分はより有効に時間を使えるということだ。

「今の例えは極端だが、要するに貴様はそれだけ他人に対して差をつけられるということだ。同じ四十時間の間に、貴様は次のステップに進むことも、より深くその訓練を続けることも出来る。……戦術機の操縦はとにかく日々の積み重ね、訓練の繰り返しがものを言う。説明したが、戦術機とは訓練を重ねれば重ねるほどにその性能を向上させる。操縦者一人ひとりに合わせた進化を遂げることが出来る。自らの技術を磨けば磨くほど、己も、戦術機も成長することができる。体質面で優れた適性を持つ貴様は、他者と比較して、よりその効果を期待できるわけだ」

 みちるの言うことはもっともだ。成程、確かに現在二時間連続して訓練を行ったわけであり、慣れぬ操縦に疲労してはいるが、吐き気や乗り物酔いという類のものはまるでない。すぐにまたシミュレーターに乗れ、と言われても問題なく訓練に臨めるだろう。

 体質的に恵まれているという点では、確かに他者より有利だと思えた。

「それとな、貴様はハッキリ言って異常だ。まぁ、現在単独で訓練に臨んでいるわけだから、比較対象がなくて実感もわかないのだろうが……事実として、たった一度の挑戦で動作応用課程Aを一時間以上逃げ延びた者はいない。勿論、先も説明した五時間の基礎操縦訓練を終えた者で、だ。……どうも、貴様は自身の操縦に不満のようだが、そう悲観するものでもない。……尤も、貴様の場合はその結果こそ当然として訓練課程が組まれているわけだから、確かに不満に感じるくらいで丁度いいだろうが……だからと言って、最初から何もかも気負い過ぎるのもよくない。まずは慣れろ。それだけを重点に置け。――シミュレーター訓練だからな。好きなだけやられて、存分に戦術機に慣れればいい」

 最後には不敵に笑って。みちるはいつものように唇を吊り上げた。大尉であり実戦を潜り抜けた彼女の口から褒められて、少しだけ……いや、相当に嬉しい気持ちになる。戦術機適性「S」。武自身にとってあまりにも漠然としていたそれを……一部分とはいえ、こうして説明され、さらには僅かな訓練の間にもその適性に相応しい能力を発揮できていたと言うのなら――武は安堵する。

 知らず知らずのうちに募っていた焦燥が、ようやくにして晴れる思いだった。

 だが、安心してばかりもいられない。みちるは言った。それさえも想定の内だと。

 香月夕呼の研究によって、恐らくは解明されたのだろう「S」ランク足る事由。それを踏まえての特例措置。単独の異動に続く総戦技評価演習の実行、短期間に強行される戦術機操縦訓練。そして任官までのスケジュール。

 その全てにおいて、求められるレベルは水準以上。否、それを超越していなければならない。遥かに、強烈に。「S」ランクに足る実力を以って。

 だからこそ、それはある意味で「当然」の結果なのだ。

 口にはせず、みちるは思う。明らかに常人の域を超える才能を秘めた武。その才能を開花させ、より高みへと引き上げるために用意された諸々の待遇と措置。――そして、それ故に求められる高次元の実力。特別であるがための、相応の結果。

 ――酷な話だ。そして、辛く、厳しい……。

 だが、とも思う。目の前に立つ訓練兵。優秀な成績を収め、卓越した戦闘技能を持ち、的確な状況判断に伴う即断力や大胆さ。或いは「S」ランクと言う驚異的な才能。

 彼は…………だからこそ乗り越えるのだろう、と。

 僅かに二時間。まだまだ戦術機の機動に振り回され、操縦に追われ、未熟者もいいところだろう。……だが、確かにその能力は高く、飲み込みもはやい。応用課程Aでは、拙いながらも独創的な機動を以って敵の攻撃を回避し続けていた。

 実に、先が楽しみだった。これほど鍛え甲斐がある者が他にいるだろうか。……そうは居まい。「S」ランクという適性値さえ世界初なのだ。未だにどの軍事組織にも存在さえ知らされていない規格外の戦術機適性値。

 教導官としての役割は確かに経験がないが、しかしみちるには偉大なる恩師の教えが在る。ならばその教えに従い、そして自身のこれまでの経験に従い……将来有望な才能満ち溢れる彼を、持てる全てを以って鍛え上げて見せよう。

 みちるは挑むように笑い、武もまた、負けじと真剣な眼差しを向けた。



 休憩が終わり――そして、訓練は続けられる。

 武は繰り返し、繰り返し、自己の強さの全てである剣術の機動を追い求める。秘められているという才能を一秒でも早く開花させるために。なにより……それによってより強く在るために。







 ===







 あれから更に数時間。途中幾度かの休憩を挟みながらも、ほぼぶっ続けでシミュレーターに乗りっ放しだった武は、ヘロヘロになりながら、ようやくにしてPXにたどり着いていた。

 A-01衛士訓練部隊に配属なってから、彼は第207衛士訓練部隊の少女達とは完全に別行動となっている。宿舎も別棟の建物なら、使用するPXも全く別だ。……故に、訓練校に入隊以来、初めて一人きりの食事を過ごすこととなる。心なしか寂しい気もしたが、しかしこれも全て自身が選んだ道である。泣き言を言っても始まらないし、なにより、同じように頑張っている彼女達を思えば寂しさなど吹き飛ぼうと言うものだった。

「別に誤魔化してなんかないぜ……っ」

 ふっ、と誰にでもなく呟く。全くもって説得力のない言葉だった。

 ともあれ。

 慣れないことをするとどうしてこうも疲労が溜まるのか。椅子に腰掛けた途端、ずっしりと全身に疲れが圧し掛かる。更に言えば如何に振動……或いは乗り物に対する酔いに耐性があるといっても、あれだけ滅茶苦茶な螺旋機動を続けていれば流石に気分も悪くなる。管制ユニット内に常備されていたスコポラミン――加速度病対策に服用する、いわゆる酔い止めの薬だが、それを呑んだおかげか、こうして夕食を前にしても取りあえず吐き気は抑えられている。

「中尉とやり合ってる時は全然気持ち悪くなったりしないのになぁ……」

 それが人間と戦術機の差だろう。あれだけ大きな機体……実際にはシミュレーターでの再現なわけだが、それでも凄まじい横荷重の連続、ひいては遠心力と生み出される慣性の強烈さ。どれをとっても生身では実現不可能な速度と重量の暴力さ故に、全身を襲う疲労はとてつもないものがある。

 身体的負荷としては矢張り内臓系に作用するものが大きいようだった。普段感じることのない部位に溜まった疲労が、余計に全身を重く感じさせるのである。

 強化装備にデータが蓄積されることでそれら諸々の状態は改善されていくとのことだが……当分の間は我慢しなければならないようだった。武は、これも真剣に訓練に打ち込んだ結果だと自身を納得させることにして、食事に取り掛かる。

 軍人にとって食事と風呂、トイレは早ければ早いほどいいという。要するに、いつ何時、如何なることがおきようとも素早く行動できるための必須条件ということらしいのだが……流石に今日は早飯食いをする気にもなれず、もそもそと箸を進める。

(……………………なんか、すっげぇ静かだな……………………)

 ふと視線を上げて周囲を見回せば、実に利用人口が少ない。偶々今の時間帯がそうなのか、或いは元々こちらのPXを利用する職員が少ないのか……。武にはそれらは判然としなかったが、矢張りそう感じてしまう一番の理由は、姦しくも喧しく、賑やかで楽しい彼女達の会話がないことだと気づく。

 思えば、この三年間、こと食事に関しては寂しい思いをしたことがない。同じ目標に向かい、同じように努力し、互いに切磋琢磨して歩んできた仲間達。いつも側にいることが当たり前だと感じていたその存在がなくなって……殊更に、「寂しい」と感じさせるのか……。

「……、」

 大切に想う人が、側にいない。

 いつもいつも武の隣りで笑ってくれていた彼女がいない……。

「――――――ッッ、ゥ、」

 それは、果たして、一体誰の…………







 決まっている / 本当にそうか?

 赤色の髪の / 橙色の髪の







 彼女の、ことを。







「………………は、ぁ、」

 一瞬だけ意識がブレた。まさかスコポラミンの副作用ではあるまい。武は頭を振り、過ぎった思考を振り払う。

 寂しさに唆されて、どこか気持ちが暗くなっているのかもしれなかった。

 確かに、寂しい。それは最早誤魔化しようもない。茜、晴子、多恵、薫、亮子……そして冥夜、千鶴、慧、美琴、壬姫。彼女達。……そういえば内何人かとは非常に気まずいまま別れてしまったのだと思い出す。

「はぁぁああ~~~~っ、なにやってんだ俺…………」

 勝手に寂しがって勝手に思い出して勝手に落ち込んでいる。

 全くどうしようもなく、独り相撲だった。そんな自身に苦笑する。これほど寂しがり屋だとは思わなかった。或いは、それだけ彼女達の存在が大きかったと言うことだろうか。――否、正にそのとおりだ。

「……涼宮のヤツ、どうしてるかな……」

 そして冥夜。千鶴に慧。…………いや、武が心配することはない。冥夜については少々気掛かりなのは確かだが、その件に関してはどちらかと言えば武の問題なので、案外心配するほどのことではないかもしれない。そして、千鶴と慧の二人のことも。

 まして茜たちのことを案じる必要などまるでないだろう。

 武は彼女達の強さを知っている。涼宮茜の強さを知っている。――だから、何も心配することはない。

 頷いて、少しだけ気が晴れて……武は手早く食事を終わらせることにした。

 夕食の後も厳しい訓練が待っている。三ヶ月の行程を一ヶ月に濃縮して行うために、彼の訓練は朝から晩まで、文字通り一日中通して行われることとなっている。

 それだけの時間を付きっ切りで教導してくれるみちるのためにも、そして、何よりも自分自身のために。

 剣術と同じだ。何度も何度も、絶え間なく繰り返し試行錯誤を重ね、身に付け、更に磨きぬく。鍛えて鍛えて、鍛えぬいたその先に、さらに上の段階は存在する。そこにたどり着き、到達し、踏み越えてより高みへ……それは果てしなく終わりない精進と言う名の練磨。

 不断の努力と不動の意思。この十数年をかけて培われたその精神は、尚も武の中に息づいている。真那の教えを受けたこの十ヶ月で、それはより強固なものとなり、確かに宿っているのだ。

 ならば戦術機の操縦とて同じこと。当面の目標が戦術機機動での己が剣術の再現である以上、尚のこと真剣になるというものだった。

「よし! 行くかッッ!」

 訓練再開まで一時間近くある。とりあえずは強化装備に着替え、身体を休めるとしよう。深夜にまで及ぶだろう訓練に、しかし微塵も怯んだ様子もなく。

 武は立ち上がり、トレイを片付ける。

 脳内で戦術機の操縦法をシミュレートしながらに移動しようと、一歩を進めたその場所に――――







 月詠真那が、立っていた。






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