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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 復讐編:[十一章-02]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:d7901020 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/02/11 16:29

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「復讐編:十一章-02」





 廃墟を走る。コンクリートの残骸を盾に、敵の射撃を耐え凌ぐ。牽制、或いは焦れて出てくるのを誘っているのか。――させない。

 レーダーは撹乱されて使えない。音響センサーに感アリ。センサーは見慣れた音紋波形を見せている。……吹雪。僚機の跳躍ユニットの駆動音。ブァアッ――という砂塵を噴き上げながら、低空を青い戦術機が突出した。

『20703、バンディットインレンジ! ――フォックス3!!』

『20702――獲物を見つけたっ! 狙い撃つよっ!!』

 同時、通信機越しに届けられる声。まるで猫のように俊敏な機動を見せる吹雪が36mm突撃砲を構え、ジグザグな機動を見せながら仮想敵へ吶喊する。その03の吹雪に照準をつけていたらしい、隠れていたもう一体の敵を見つけて、02が軽快に笑い――撃つ。

「207A各機、敵はB-23エリアへ移動後退している。――04、05はこのまま追撃。私は03と共にこのエリアの敵を殲滅するッ!!」

『20704了解』 『20705りょーかいっ! お前が来るまでに全部蹴散らしといてやるよっ!』

 言うが早いか、少しの遅れもない仲間からの返事に、01のナンバーを駆る少女は、グッ、と操縦桿を倒した。二時方向のビルの上で爆発音がする。02が仕留めた敵の吹雪だろう。爆炎を撒き散らしながら落ちてくる残骸をチラリと確認し、先行する03を援護する。

『ぅォオオオオオっっりゃああああああああっっ!!!』

 気合が入っているのか、或いはそうでないのか。相変わらずよくわからない軽快な咆哮をあげる03。接近してくる03に、そして狙撃され撃破された仲間に浮き足立ったのか――敵機はその姿を現し、03へ銃口を向ける。

 莫迦め――。少女はほくそ笑んだ。あれが全うな衛士の操る機体だったならば、セオリーに従って回避、或いは後退を見せるだろう。だがお前は知るまい。あの03の本懐を。

 アレに常識は存在しない。アレは非常識こそを常として行動し、トリッキーな近接格闘に秀でたお茶目さんだ。…………言っていて、どうしてこんなに迫力がないのだろうと首を傾げる。まぁ、それが03の持ち味ということだろう。ともあれ。

 向けられた銃口から36mm砲がばら撒かれる。当然にしてそれを予測していた03は、亀裂の走ったコンクリートを思い切り踏み込んでバーニアを全開に。ほぼ垂直に跳躍し、すぐ横に聳え立つビルの壁面を蹴り飛ばして方向転換――――敵機の、真上を取っていた。

『もらったぁあああああ!!』 『あっ!? ちょっと多恵――――っ!??』

「あっ」

 錯綜する咆哮。銃口。爆撃音。標的を見失った敵機は無防備にもその胴をがら空きにし、遠方より狙いをつけていた02の87式支援突撃砲がドカドカと火を噴いて炸裂する。それは、万一に敵機が後退して回避することも想定して、あらゆる方向へ弾丸をばら撒くような砲撃だった。つまり、ある程度の射線角を持たせていたわけであり…………つまり、

『んんのののおおおおおおっっ!!?? なぜっ、なぜにやられているの私っ!!??』

『あっちゃぁ~~っ。ゴメン多恵……ていうかさ、何今の在り得ない動き……流石の私も読みきれないって……』

 データリンクには正面から上面から蜂の巣にされた敵機表示のほかに、……20703大破、とある。

『ひ、ひどいいいいっっ! ひどいよ晴子ちゃんっっ!!』

『あはははははっ! まあ、気にしないってことで一つ』

『築地ぃ! 死人が喋るなっ!! 柏木も戦闘に集中しろ莫迦者ォッ!!』

 号泣するようにモニター一杯に面白い顔を映し出す多恵に対し、味方を容赦なく撃ち抜いた晴子はあっけらかんと笑う。その、あまりにも拍子抜けするくらいの莫迦らしいやりとりを、教官であるまりもが鬼の形相で吠え立てた。

『20705より01ッ……03がやられたのかっ?!』

「こちら20701……ええ、惜しいヤツを亡くしたわ。……こちらの敵は殲滅した。02と共に援護に向かう」

 驚愕に満ちた表情で05――薫が尋ねてくる。一連のやり取りが聞こえていないはずなのに、大した役者ぶりだった。だから、こちらもそれに合わせるように暗く落ち込んだ、けれど決して諦めていないという表情を見せてやる。

『……あの、多恵さん泣いてますけど……』

『あはははははははっっ!! っと、ふざけてる場合じゃないな。――01、B-23は突破された。連中はC-25へ向けて尚も逃走中。一体は撃破したんだが……連中、もう独り狙撃手がいるぜ』

 そんな大根役者二人のやり取りを聞いて、打ちひしがれる多恵。何故だろう、その背中には哀愁が漂っている。さすがに見かねたらしい04――亮子が諭すように言うが、そもそもそんなことを気にする自分達ではない。

 案の定耐え切れないように笑い出した薫だが、先ほどのまりもの叱責を思い出したのか、慌てたように真面目な顔に戻る。戦域マップに敵の逃走経路を示しながら、新たに入手した情報を重ね合わせる。残る敵は二体……内一機は狙撃手、ということらしい。

「……01より02。そこから敵の狙撃手は見える?」

『~~っ、無理。移動しなきゃ駄目だね。ビルの上に陣取っているっていうなら、少し厄介かな。ほら、そこって結構背の高いビルが残ってるでしょ? 敵がその向こうに隠れてるんなら……狙撃手は、』

『ビルの間を抜けようとするわたしたちを狙い撃ち……ですね』

『正に入れ食いってわけだな』

 接近せず、目下の脅威を排除できないかと考えたが……矢張り移動しなければならないようだ。こちらの唯一の狙撃手である晴子が敵を見つけ、その射程に収めるまでに何秒要するだろう? ……その時間を使って敵機は逃走、或いは体勢を立て直してくるかもしれない。敵の増援の有無はわからない。課せられた任務は、とにかくこのフィールドから敵を逃がすことなく全滅させること、だ。

 ならば、晴子が準備を整えるまでの時間を稼がなければならない。逃走する敵を追撃する必要が在る。当然だ。……だが、その敵の逃走経路……つまり追撃する経路は入り組んだビル群の間であり、背の高いそれらの屋上には敵の狙撃手が待っている。

 莫迦正直に最短ルートを行こうとするならば、頭上から降り注ぐ弾丸の雨を掻い潜らなければならないし、そもそも迂回ルートでは追いつけない可能性も在る。亮子の指摘は至極もっともなものだった。

 ……敢えて薫の発言を無視して、隊長機である吹雪が、各機へ指示を飛ばす。04、05で狙撃手の注意を引き、02はその間に敵狙撃手を精密狙撃により撃破。自分は迂回路を往き逃走する敵機を追撃。狙撃手撃破後に04、05も追撃を開始する。……こんな、ところだろう。

『おーい。あたしのハイセンスな例えは無視ですか?』

『薫さん、はしたないですっ……』

『あははははっ! 亮子は優しいねぇ!』

「…………もーっ、ちょっとはシャンとしなさいよぉ!?」

 それぞれが下された指示に了解を示し、行動を開始する……の、だが。どうしてこう、無口のままに動けないのだろうか。軽口を叩き合いながら、亮子は、薫は牽制を開始する。晴子もビルの上に飛び上がり、敵狙撃手の姿を探している。

 ともかくも、行動は開始された。敵の予測進路と移動速度から推測して、もうあまり時間がない。跳躍ユニットが気焔をあげる。――追いついてやるっ!

 乱立するビルの間を掻い潜りながら、青の吹雪は滑走した。







「茜ちゃあああああ~~~んっっ! 寂しかったよぉ~~~っ!!」

「ぶっ?!」

 シミュレーターから降りた瞬間、何かやわらかいものが飛び込んできた。むにゅむにゅぽよん、と顔面に押し付けられるそれにバランスを崩し、お尻から倒れる茜。彼女の上半身に抱きつくように飛びついた多恵は、ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしている。

 ……というか、泣いていた。思い切り。子供みたいにわんわんと泣いて、その度に茜の顔に柔らかいのを押し付けている。

「ぅぉお、あいつ、そっちのケがあるんじゃないかと思ってたけど……」

「多恵さん、大胆です……ぽっ」

「あはははっ、多恵~、それくらいにしないと。茜窒息しちゃうよ~?」

 ぞろぞろとやってくる仲間の気配に、しかし茜はジタバタと手足を暴れさせるしか出来ない。マウントポジションを取られ、更には手加減無しで締め落とされようとしている彼女に、最早脱出する術はない。

「もが~~っ!? もがっ、もがもがっ!?」

「あっ……あふんっ。だめ、だめだよう茜ちゃんっ……こんなとこで、いやん」

「もがぁああ~~~~~~!!!???」

 暴れながらも、なんとか呼吸できる隙間だけは確保しようと、茜はもがくように顔を動かす。その度に柔らかい果実がもにゅむにゅと形を変え、なんだか鼻にかかったような甘い声が聞こえてくる。……そんなつもりも趣味もない茜は、最早泣きたいのはこちらだといわんばかりに吠える。

 くぐもった声を上げながら暴れる茜をとにかく解放するために、晴子と薫が近づいていく。なんだか変な声を発している多恵を極力直視しないようにして、べりべりとしがみついていた手足を引き剥がす。その際に多恵が、やだー、もっとー、とよく意味のわからない泣き声をあげていたことは秘密だ。

「……多恵さん、茜さん……不潔ですっっ」

「あたしはなにもしてないわよっっ!!??」

 顔を真っ赤にして、まるで汚らわしいものを見るように亮子は言う。信じられません! と両手で顔を覆い、嘆いている。……アレのどこをどう見ればそんな風に見えるというのだろうか。危うく窒息させられそうになったこちらの身になってほしい、と茜は思う。

 どうやら多恵の奇行は一応の落ち着きを見せたらしい。薫に首根っこを掴まれてショボン、と落ち込んだ様子である。そうしていると本当に猫のようだ。呆れる茜に、晴子が軽快に笑う。

「あっははは! 災難だったねぇ茜」

「笑い事じゃないわよ……もう。多恵も、なんでなんなことするかなぁ?」

 立ち上がった茜は、顰め面のまま多恵を覗き込み、次いで、先ほど押し付けられていた豊満なそれを見る。――こいつ、また大きくなってないかっ?!

 裏切り者め。内心で一瞬だけ黒い炎を立ち上らせつつも、割と剣呑な視線を向けてやると、多恵は怯えたように視線をそらし、力なく泣き始めた。

「だってぇえ~~っ、私一人だけやられちゃって、しかも晴子ちゃんに撃たれちゃってさぁ……。みんな楽しそうに話してるのに、ぽつーん、て。あんな狭いコクピットの中で一人ぽっちは寂しいよぉぅ……」

 メソメソと涙を流す多恵に、流石の晴子も言葉をなくす。いい機会なのでじっとりとした視線を晴子へ向けてやる。薫も同じような論理に達したらしく、しかしこちらはからかうようなそれだ。

 う、と表情を引き攣らせる晴子。彼女にも言い分はあろうが、確かに多恵の機体を大破させたのは彼女である。珍しくもやり込められる立場となった晴子は、誤魔化すように乾いた笑いを漏らした。

「って、ていうか! ほら! 私だって悪いとは思ってるけどっ、そのっ、」

「まっ、多恵の機動は読みづらいよなぁ。……あたしもこいつと合わせるたびに思うもん」

「「いっぺん、こいつの頭の中を見てみたい」」

 茜と晴子の声が重なる。そうそれ、と薫はカラカラと笑う。襟首をつままれたままの多恵は再び号泣し、…………亮子は顔を覆ったまま、照れたように身体をくねくねさせていた。

 ……余談ではあるが、多分この中で一番、亮子が妄想力逞しいと思われる。

「ほら貴様達っ! さっさと整列しないかっ!」

「わっ、教官だ」

「小隊整列~っ!」

 通信機械室から降りてきたまりもが腰に手を当てて怒っている。慌てて駆け出し、整列する五名の少女達。白い衛士強化装備を身に纏う、207衛士訓練部隊、A分隊の少女達。

 並んだのは……その五名だけだ。茜、晴子、多恵、亮子、薫。その、五人。

 B分隊の少女達の姿は……ない。

 五月下旬に行われた総戦技評価演習。熱帯のジャングルで行われたサバイバル演習。あまりにも過酷で、あまりにも厳しかったその演習をクリアしたのはA分隊の彼女達だけ。B分隊の彼女達は……巧妙に張り巡らされた二重三重の罠に陥り、身動きが取れなくなったのだという。

 失格の、詳しい理由は知らない。……ただ、彼女達にとってその失格は、きっと、何よりも重い。

 同じB分隊で、単身で別部隊へ異動した白銀武。彼に見限られまいと、或いは成長した自らを見せ付けてやろうと。彼女達はそれはもう努力した。最大の問題点だった千鶴と慧の不和、そして隊員間の信頼関係……それらを解決し、乗り越え、新しいステップへと進むことが出来た後だっただけに…………その心中は、計り知れない。

 片や合格し、戦術機操縦課程へと歩を進めた自分達。憔悴し、悔しさに涙する彼女達にかける言葉が見つからず……何を言っても、自らの合格を鼻に掛けるようで。

 だから茜は、A分隊の少女達は、何も言わなかった。……けれど、確信している。絶対に、彼女達は諦めないだろう。冬季に行われる最後のチャンス。それを、逃しはしないだろう。それぞれが更に成長し、どんな過酷な難関であろうとも、踏み越えてその先を掴んで見せるだろうと。

 心配はいらない。なにも案ずることはない。

 ならば案ずるべきは我が身であり、A分隊の今後のことである。夢に見た戦術機操縦訓練。地球上を跋扈する憎きBETAと対等に戦うための力。人類の叡智の結晶。二足歩行の人型戦闘兵器。

 期待に胸膨らませ、やる気に闘気を漲らせ。茜たちは新たな訓練に全力で臨む姿勢を見せた。その様をまりもは不敵に笑い、厳しい言葉と共に叱咤激励してくれる。

 受け取った訓練兵用の強化装備がやたらと恥ずかしいことや、二回目の戦術機適性検査の強烈さに吐き気を催したことや、それ以上に過酷で凄まじいシミュレーター訓練……と。心も身体もへとへとに疲れ切って……。

 でも。

 どこかで、この横浜基地のどこかできっと……武も頑張っているのだ、と。

(武…………)

 深夜のPXで再会した彼。疲れ切ってあんな場所で眠っていた彼。武も、頑張っている……。真面目で努力を忘れない武だから、きっと、毎日毎日滅茶苦茶に我武者羅に訓練に臨んでいるのだろう。

 たった独りで。茜を置いて。――だから。

 だからきっと、いつか再会するその日のために。戦場でもいい。どこかで、再会する時のために。

 彼を支えてやれる力を身に付けよう。彼が頼りにしてくれるくらいの力を、手にしよう。

 傍にいたい。傍にいられるだけでいい。そして……武を支えられたなら。それだけで、茜は幸せなのだから。

「……ぉ~~ぃ、茜ぇ?」

「さっさと着替えて飯喰おうぜぇ? あたし腹減っちまったよ……」

 はっとして声の方を見れば、いぶかしむように覗き込んでくる晴子の顔。その向こうでは薫と亮子が待っていて。

「ははぁ、さては白銀くんのこと考えてたにゃァ??」

「ッッ!!??」

 背後から、ぺったりと多恵が抱きついてくる。うろたえるように頬を染めた茜に、眼前の晴子が目を光らせる。――しまったっ!?

「ほほ~ぅ。茜さぁ、その辺詳しく聞きたいなぁ~」

「しっ、知らないわよっ! ……ほらっ、早く行きましょ!」

「わっかり易いなぁ茜ちゃん。可愛い可愛い」

 すりすりと頬を摺り寄せてくる多恵に、こいつ本当にそっちの趣味があるんじゃないのかと激しく疑いたくなる茜である。どうも……強化装備を支給されたあたりから、多恵の茜を見る目が尋常ではない気がするのだ。救いを求めて晴子を向けば、彼女は「自分はそういうことに偏見を持つつもりはない」などと思い切り目を逸らして言い放つ。

 視線を移せば待ちかねたような薫が先に進もうとし、やっぱり顔を真っ赤にした亮子は不潔ですっ、と嘆いていた。……ああ、もう、どうにでもなれ。

 いつまで経っても変わらない。三年以上を共に過ごし、四年目に入ってもちっとも変わらない。

 温かで、緩やかで、楽しい時間。――ああ、本当にもう。茜は込み上げる苦笑を抑えられなかった。多恵も笑う、晴子も笑う。薫も、亮子も。皆笑う。

 どうか……どうかずっと、このひとときが続きますように。任官するまでのあと少しの間。彼女達といられますように。

 願う。







 ===







「あら、今日はそっちの方が早かったのね……」

 夕食の時間。ぞろぞろといつものように賑やかに姦しくやってきた五人の少女。先頭を歩く眼鏡におさげの千鶴が、少し驚いたように漏らす。

 視線の先には既にいつもの席に陣取っている矢張り五人の少女。千鶴たちに気づいておーい、と手を振っている。

「おっそーい。千鶴ー。もう席取ってるから、さっさと自分達の分、取りにいきなよ」

「ええ。そうするわ」

 ぶんぶんと手を振っていたのはカチューシャの似合う207訓練部隊の元気印、茜。相変わらずの彼女の笑顔に、千鶴は微笑しながら頷く。

 口々にお疲れさま、と交し合いながら、B分隊の彼女達はカウンターへと向かう。料理を受け取り、戻ってくるまでの少しの間を、A分隊の五人は……静かになど待てるわけもなく、きゃんきゃんと話に花を咲かせていた。

 その茜たちの様子に苦笑しながら、しかしこちらも全く負けた様子もなく。両手でトレイを抱えたまま、歩きながらに喧騒を飛ばしあう千鶴たちも相当なものである。

「……さて、それではいただくとしよう」

「みんなおつかれさまー」

 椅子を引いて座る。冥夜が手を合わせて言い、壬姫が朗らかに同僚へ労いを掛ける。その彼女たちに合わせるようにして、総勢十名の彼女達は一斉に食事を開始した。

 基本的に話題が途切れることのない彼女達は、口に物をつめては飲み込み、喋る……という一連の作業を繰り返す。勿論、口の中に物を入れたまま喋るなんてマナー違反は存在しない。一度、多恵がそれをやったことがあるのだが、そのときの千鶴の怒りようが尋常ではなかったために、全員が最低限のマナーを守ることを約束しているのだ。

 次々と自身の皿を空にしながら、わいわいと会話が弾んでいく。そこに、総戦技評価演習の合格、不合格という隔たりはなく。お互いに同じ207訓練部隊という、一つのチームに所属するものたちの輪を保っている。

 当初こそ多少のぎこちなさはあったのだが、そこは遠慮を知らない晴子や薫、美琴に壬姫といったムードメイカーたちの活躍により、或いは、分隊長同士のライバル関係などもいい具合に作用して……結果、現在のような形に落ち着いているのだが。

「しかし、今日は随分と早かったんだね」

「……そだね、いつもならこっちの方が終わるの早いのに……」

 食事を終え、合成緑茶を啜りながらに美琴が問う。それに合わせるように慧もぼそりと呟いた。わざとらしいくらいに皮肉を交えた慧に、千鶴は溜息混じりに、けれど何も言わず……茜に視線を向ける。

 もぐもぐと料理をほおばっている最中だった茜は、むぐ、と咀嚼する口を止め……正面の晴子にパスを送る。リスのように頬を膨らませた茜に苦笑しながら、晴子はハイハイと手を振って。

「ん~、今日はさ、なんか近い内に部隊の出動があるとかで……基地待機の部隊が訓練するのに使うんだって」

「出動? ……基地待機の部隊……はて、しかしシミュレーターとはそなたたちが使用しているもの以外にもあるのだろう? ……使用時間はあらかじめ決まっているのではないのか?」

「だからさ、今日は元々そういう予定だったんだって。偶々今までの訓練がそれに重なってなかっただけで、さ」

 掻い摘んでの晴子の説明に冥夜は首を捻るが、薫の言葉にふむと頷く。別段何か気になったというわけでもなく、単に思いついた疑問を解消したかっただけらしい。それ以上の質問もなく……茜が、ようやくに口の中の料理を飲みこんで、言った。

「それでさ、その出動っていうのが……」

 少しだけ身を乗り出すように、そしてやや声を潜めながら茜は口を開く。その思わせぶりな彼女の態度に、自然、皆身を乗り出すようにして耳をそばだてる。

 A分隊の少女達はその内容を知ってはいるが、雰囲気作りも大事なのだとわかっているため、興味津々に耳を寄せるB分たちの少女達同様に、茜に身を寄せる。

「……朝鮮にあるBETA前線基地の、間引き作戦……??」

「BETAの間引き作戦……って、こっちから攻めるの?!」

 眉を顰めながら千鶴が呟き、美琴は目を丸くして驚いたように言った。その声が思ったより大きかったことに茜は慌て、晴子が唇に人差し指を当てて「しーっ!」と押し殺すように言う。

「ばかっ、声でかいって。…………別に誰にも聞かれてない、な」

「ご、ごめんっ」

「あはは、謝ることはないって。……でもさ、これ、その訓練しに来た待機部隊の人たちが話してるのが聞こえてきただけなんだけどさ……」

「……訓練兵の我々が知っていてよい情報では、ないのかもしれんな……」

 小声で叱責する薫に美琴はしゅん、と肩を落とす。その彼女をフォローするように晴子が苦笑を浮かべ、情報の入手ルートを簡単に説明する。それを聞いて、冥夜が神妙な表情と声で言う。一瞬……シン、と場が静まり返った。

 確かに冥夜の指摘するとおり、訓練兵が知っていてよい情報ではないかもしれない。だが、この横浜基地から部隊が――それは間違いなく戦術機甲部隊だろう――が出動し、朝鮮に存在する敵の前線基地へ攻撃を仕掛けるというのだ。その事実には、全員が興奮の色を隠せなかった。

「……それって、いつ?」

「ん~~と、確か、月末? とか言ってたような……?」

「六月末で合ってたと思います」

 ぼそっと聞いた慧に、多恵が顎に指を当てて「う~ん」と唸り、横合いから亮子が告げる。うんうんと首を盾に振る多恵に、壬姫が少しだけ怯えたように聞いた。

「それで、その部隊って……どこなんでしょうか」

「えぇ? ……それは、……誰か知ってる?」

「んにゃ。あたしは聞いてないよ……つか、皆一緒に聞いてたんだからさ」

 晴子が首を振り、薫も首を振る。待機部隊の彼らはそこまでは口にしていなかった。或いは聞き取れなかっただけかもしれないが。

 その彼女達の様子に、千鶴は殊更に表情を顰めた。

「けど……それが事実だとして、そんな風に無防備に話題にするなんて……その人たちの情報意識ってどうなってるのかしら?」

「……確かに。…………既にこうして噂話を楽しんでいる時点で我らも同じだが……些か口が軽過ぎるようだな」

 B分隊の真面目組が揃って唸る。言っていることは確かに尤もだが、彼らとて人間である。冥夜も指摘するように、自分達だって常に新しい話題、或いは盛り上がる話題を求め、率先して語り合っているのだ。隊内のコミュニケーションを図る上で会話はとても有効で有益である。それが間際に迫った大々的な作戦となれば……ならばこその情報管理は確かに必要となるだろうが、直接に関わりを持たないその部隊員たちにとっては、格好の話題というわけである。

 そしてその話題も“あくまでそういう話が在る”と隊長が話していたのを聞いた、という程度。即ち噂話のレベルでしかなかったために、茜たちもそう意識することなく耳をそばだて、そして話したのだ。

 千鶴と冥夜に指摘されて、思わず困ったような顔をする茜たちに、慌てて千鶴がフォローを入れる。

「べっ、別に茜達を責めてるわけじゃないわよっ?! 確かにそのっ、……興味ある話、だし……」

「あっははは、ありがと榊」

「千鶴ちゃんも結構わかりやすいよね」

 ナイスフォロー、とちっともそう思っていないだろう慧が呟く。見事に空気を読んでいない……或いはそれこそを狙っていると言わんばかりのタイミングである。千鶴の拳が僅かに震えた。

 まったくしょうがない二人である。根底でとても似通った彼女達。手を取り合い息を合わせればとてつもなく恐ろしいコンビと化すくせに、こういう日頃のじゃれ合いはなんとも微笑ましく見えた。

「でも、BETAの前線基地ってさ…………実際、どんなのなんだ?」

 思いついたままを口にして、薫が首を捻る。腕を組んで真面目な表情をしているが……全然似合ってないのは何故だろう。隣りで晴子もまた腕を組み……気づけば全員が思い思いに想像を巡らせているようだった。

 なので茜も想像してみることにする。

 BETAに前線基地が在る……というのは、知ってはいるが見たことはない。一般市民には公にされていない情報だが、訓練兵である彼女達は、座学でその概要程度は学んでいる。曰く、BETAが地上で活動するための足がかり……巣、のようなものであり、連中はその中に多数存在しているという。

 そしてBETAが侵攻を開始する場合、或いは迎撃に出向く場合は往々にしてその前線基地から出現し、怒涛となって圧し迫るのだとか。……前線基地の形すらよくわからないままに想像しても、大した意味はないことに気づく。

 ましてそこに攻め入り、間引き作戦……というからには、連中の数を減らすことが目的なのだろう。具体的な数字もいまいち想像できず、どこかスッキリしない。

 それは茜以外の皆も同じだったらしく、一様に苦笑している。

「だめだーっ、全然想像できないやぁ……」

「そうですね~。BETAの姿も知らないんじゃ、なにもわかりません」

 だぁーっ、と美琴がテーブルの上に身体を投げ出し、壬姫もまた同じように肩を竦める。確かにそうだった。戦うべき敵の姿も形も知らず、そしてそれと戦うための作戦についても全く想像できない。……いや、一切の想像が不可能、というわけではないのだ。少なくとも自分達は一般市民よりBETAについての情報を多く所持している。軍人として、いずれ戦う際に必要となる最低限の知識でしかないが……それ以外にも、基本的なBETAとの戦闘方法、部隊・兵器の運用等……組み合わせれば、おぼろげにも想像は出来るのである。

 ただ……座学で、机上で学んだそれらと、現実にBETAと対面しての戦闘とが結びつかないだけであり、故に想像もつかない……となるのだ。

 自分達は衛士を目指し訓練に励んでいる。そして、A分隊の少女達は既にそのための兵器……戦術機に搭乗しその操縦訓練に臨んでいる。

 あの鉄の巨人を駆り、BETAと戦う……。世界中を蹂躙し、数十億の人間を殺し尽くした恐ろしい敵。

 想像も……つかない。

 だって、世界中で、今このときも、戦術機でBETAと戦っている人々が、いるのだ。いや、今までにも……それこそ、数え切れないくらいの衛士が戦い、散って、いる。

 圧倒的にBETAの方が……その戦力の方が、強い。果たして戦術機一機で、どれだけのBETAと戦えるというのか。

 ぶるり、と全身が震えた。それは、その想像は……なんと恐ろしいのか。――でも。

 現実に、そのBETAと戦うために部隊が出撃するという。その恐ろしい敵と戦うために部隊が出撃するという。

 自分達がそう在りたいと目指す、衛士たちが。戦術機甲部隊が。圧倒的不利を承知で、この世界のために戦いに出向くというのだ。――身体が、奮えた……っ。

「どの部隊だって、いいよ……頑張って、戦って、生きて帰って欲しい、な」

「茜……」

 強く拳を握って。茜は笑う。本当に本当に、BETAとの戦闘なんて想像もつかないし……きっと、とても怖いものなのだろう。

 でも、それでも、自分は衛士になると決めた。そもそものきっかけは父親が衛士だったことと、姉がその道を選択したことだった。……けれど、今はそれ以外にも理由が在る。それ以上に、衛士を目指す理由が在る。

「みんなきっと……大切な、護りたいもののために戦うんだよね……。だったら、うん……やっぱり、生きて帰って欲しいかな」

 そしていつか自分が衛士となり、戦場に出向く時が来ても。

 絶対、絶対に生き延びて、生きて帰って……大切なひとのために、ずっと戦えるように。傍で、支えてあげられるように。――ね、武。

 朗らかに笑う茜に、晴子が嬉しそうに微笑み、多恵がうんうんと頷き、薫が、亮子が、力強く笑う。

 そんな彼女達に、千鶴は眩しいものを見るように微笑み、冥夜と慧が不敵にも頷き、美琴が、壬姫が、優しく笑う。

「……ふふっ、まったくそなたは強いな」

「――はっ? えっ?!」

 堪えきれぬ、というように冥夜が笑う。それを発端に、みんなが笑う。どうして突然に笑われたのかがわからない茜も…………その雰囲気に、明るい笑い声に、つられるように笑った。

 ――ああ、大丈夫。頑張ろう。いつか、今はまだ想像もつかない過酷で凄惨で恐ろしい戦場も。敵も。いつか……その場所に立ったそのときに、頑張れるよう、戦えるよう、生きて帰れるように。

 明日からの訓練も、より一層に励もう、と。







 そしてこの三日後に、『伏龍作戦』は開始された――。







 ===







 2001年7月7日――







「別に……これという異常も、ない……よなぁ?」

 病室のベッドから身を起こし、身体の状態をチェック。寝起きで少しだけぼんやりするが、それはすぐに晴れる。ギプスで固定された左腕、包帯に巻かれたままの左眼を除けば全くもって異常なし。いつも通り。

 武はふむ、と頷いてからベッドを降り、コキコキと骨を鳴らす。擬似生体の移植手術は成功。明日にでもギプスを外し、リハビリを開始するとのことだ。……正直、運動もトレーニングも禁止されていたこの数日間は、武にとって拷問に等しかった。それが明日からは存分に身体を動かすことが出来るとあれば、自然頬も緩もうというものだ。

 とはいえ……実は衛生兵の目を盗んでは弧月を素振りしたりしていたので、それほどのストレスが溜まってる訳ではない。が……左腕が使えない状態でそれを続けると右腕ばかりが鍛えられてバランスが悪くなる。矢張り人間、身体の真芯に重心が在るべきである。月詠の剣術はそれこそありとあらゆる場所に重心を置くが、それはあくまで応用編であり、矢張り基本が一番大事なのは変わらない。

 よって、片手で素振り、片手腕立て伏せ……というあまり身にならないトレーニングは程々にしている。走り回ることができないために残るは腹筋やスクワットという地味でキツイ筋トレばかりだったのだが……。それでも、僅かなりとも運動することは健全な心を保ってくれるように思う。

 ……今でもまだ、夢に見てはうなされる。志乃の姿。亜季の声。……木野下の、藍子の、光に飲み込まれる光景。

 そしてそれに追い討ちをかけるような夕呼の「薬」だ。無理にでも身体を動かしていなければ、多分今頃は精神的に病んでいるに違いない。

 と、備え付けの卓に置かれた小さい紙袋を見る。夕呼にそれを渡されてから五日。三日に一度、というから明日にはまたこれを服用しなければならない。

 この薬が一体なんなのか……ということはもう、考えることをやめている。情報が足りなすぎるし、何よりも知ってしまえばそれこそ命取りになりかねない。夕呼が何を企んでいるのか……なんてことは最初からまるでわからないのだし、例えばこの薬を自分が服用することこそ、彼女が進めているというAL4の成功の鍵を握っているのかもしれない。

 何もかもが想像で、どれ一つ確証はない。……想像をめぐらせることは自由だが、現状想像し得ることはすべてが「妄想」の域を出ない。全部が全部“こういうこともありそう”という、無責任に、好き勝手に脳内で思い浮かべているだけの自己満足に過ぎない。……いや、その想像すること全部が満足感さえ得られない末恐ろしいものなのだが……。

 朝から不毛な思考に捕らわれてしまい、武は溜息をつく。冷たい水で顔を洗おうと、廊下に出る。

 早朝の涼しい空気。地下で、空調の完備されたこの施設で何を……と自身で苦笑するが、それでも矢張り、朝の空気というものは、在る。

 例えば皆が起き出す気配。覚醒する者の息遣い……とでも言えばいいのだろうか? 清涼な空気も涼やかな景色もないが、そういう、今日がこれから始まるという感触は、こと入院している身としてはむず痒い。

 自分もその空気の中に混ざり、思う存分訓練に打ち込みたい。A-01部隊の先任たちは、今日もまた過酷な訓練、或いは任務に明け暮れるのだろう。207訓練部隊の彼女達は、今日もまた精一杯に我武者羅に訓練に臨むのだろう。

 想像し、苦笑する。それを羨ましい……懐かしいなどと思うなら、一日でも早くこの傷を治せ。自身をそう叱咤して、蛇口を思い切り捻った。

 部屋に戻り、置時計の時間を確認する。五時二十分――起床時間には少し遅い。む、と眉を寄せ、たった数日で自身の生活リズムが崩れていることに若干の危機を覚える。精神肉体共にぬるくなっているような気がして、コリコリと頭を掻いた。ベッドに座りながら、小さく溜息。

「はぁ……たるんでるな、俺……」

 ちらりと左腕を見る。骨も神経も筋組織も完全に繋がっている。この十数年で医療技術が格段に進歩したことは知っていたし、擬似生体を移植するということがこういうことだ、ということも知識としては知っていた。……まさか自分がその恩恵を賜ることになるとは夢にも思わなかったのだが――自業自得だ、愚図め――よぎる思考に、頭を振る。

 しばし、押し黙る。

 空気の流れる音さえ聞こえそうなほどの静寂……武がいる病室以外には、現在のところ入院者はいない。というか、そもそもこの医療施設……医療棟というものは短期間の入院が必要な患者しかいない。それ以上の重症者となれば外部の軍病院へ搬送され、治療を受ける。これは戦闘に参加できない兵を基地内に置いておくことで発生する人的リスクを懸念したためだが……ならばそういう意味において、今回の武の負傷は「重症」に値するはずなのだが……。

 これも夕呼のなせる業か。ふ、と水月を真似て唇を吊り上げてみる。左頬が多少引き攣りをみせて痛い。皮膚はくっついているはずなのに、まだまだ内部で引き攣れているらしい。

「…………そういえば、今日は……」

 今一度時計を見る。日付も表示されるそれには「7/7」とある。…………彼女の誕生日だった。

 武はじ、っと時計の表示を見詰め続けた。1999年の1月に彼女を喪って以来……三度目の、誕生日。今日までにも二度、その日は訪れていたはずなのだが……どうしてだろうか、昨年の、一昨年の、その日の記憶というものが……ない。

 いや、それは正しくない。記憶にないというのではなく、彼女の誕生日に意識を傾けた覚えがない。例えばそれは喪った哀しみから立ち直ろうと足掻くことに必死だったときであり、新しい環境でとにかく我武者羅に前に突き進み続けたときであり。

 何かに夢中になっていて、考える暇がないくらいに足掻いていて、もがいていて。

「そ……か。俺……去年は、」

 傍らの弧月を握る。そうだ。昨年の今頃はとにかく真那に師事することに夢中で、それ以外のことなんて一切考えられなかった。

 そして、夕呼の呼び出しを受けたのもその頃。武の戦術機適性の謎を解明するための情報収集。そんな題目で彼女の研究につき合わされ、……霞の質問によって暴かれることとなった己の、脆く薄っぺらな卑しい仮面に気づいた頃。

 コツ、と。弧月の柄を額に当てる。――ああ、ごめんな、純夏。

 酷いやつだ。二度も、彼女の誕生日を忘れていた。訪れていたことも、過ぎ去っていたことも気づいていなかった。

 毎年欠かさずに誕生日を祝っていたのに。すぐ隣の家に住んでいて、窓越しにおめでとうと声を掛けて、彼女の家で、皆揃ってお祝いしたのに……。もう、それはできない。

「――ッ、」

 顔を上げる。拳を握る。歯を食いしばり、――湧き上がる感情を、堪える。

 絶対に忘れない。絶対に忘れられない。鑑純夏の、死。

 絶対に消えない。絶対に消すことのない。BETAへの、憎しみ。

 ……それは、もう、どうしようもない感情で、自身を形成する根幹の一つだ。今更純夏を忘れることができないように、BETAへの憎悪もまた、消すことなんて出来ない。

 だが、それに呑まれ翻弄され、復讐に生きる鬼には成らない。そんな無様は、二度と晒さない。

 己が間違えていることを知った。これ以上ないくらい最悪な形で、それを知った。己の犯した罪を、復讐ではなにも残せないのだという事実を。――命を懸けて、教えてくれた人たちがいた。

 だから大丈夫だ。

 ふとした瞬間に込み上げるこの黒い感情に、もう支配されることはない。

 水月の拳が、真那の言葉が、純夏の信頼が――茜の、支えが。武をちゃんと導いてくれる。進むべき道を照らしてくれる。……だから、大丈夫。生きていける。

「誕生日おめでとう、純夏……。また、お前の方がお姉さんになっちまったな……はははっ」

 ぽつりと呟いて、笑う。

 いつだっただろう。そう、それはいつもだ。

 誕生日が来るたびに、おめでとうを言うたびに、彼女は太陽みたいに笑い、腰に手を当ててふんぞり返って……



 ――今日からあたしのほうがお姉ちゃんなんだからねーっ! タケルちゃんはちゃんとあたしのことを純夏お姉さんって呼ぶんだよっ!



「……誰が呼ぶか、ばぁーかっ」

 鞘に巻いた血染めのリボン。儚くも鮮やかな黄色を残すそれを、掻き抱くように。

 涙が、染みた。






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