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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 復讐編:[十一章-04]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:d7901020 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/02/11 16:31

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「復讐編:十一章-04」





 戦術機適性検査――判定「S」。

 これで見るのは三度目となったそれ。「A」を二重線で削除し、わざわざに手書きで修正された判定結果。突きつけられたそれを見て、内心で――よし、と拳を握っていた。

 これでまた、戦える。

 これでちゃんと、戦える。

 志乃に、亜季に、木野下に、藍子に……救われたこの命を、存分に揮うことが出来る。彼女達に救われたこの命を、最大限に発揮できる。

 そうだ。

 己は衛士であり、規格外の戦術機適性を持つもの。ならばそれは戦術機に乗るために生まれて来たようなもので……だからこそ、この身はそのために存在するのだ。

 懸念していた適性検査をパスして、取りあえず安堵する。正直なところ、この適性検査で弾かれたなら、立ち直れないような気もしていたのだ。……無論、脱落する気などなかったし、そんなはずはないという自信と確信もあった。今思えば何の根拠もないそれらだったのだが、結果として合格ならば問題ない。

 ともかくも武はリハビリを終え、顔に禍々しい傷跡を残してはいるが、衛士として完全に復活したといっていいだろう。移植した擬似生体も何の後遺症もなく、戦術機にさえ乗ることが出来る。

「――おめでとう、白銀」

「ありがとうございます、大尉」

 戦術機適性検査結果の書類を突きつけていたみちるが、ニィ、と口端を吊り上げながら笑う。武は敬礼と共に力強く述べて、込み上げる喜びを噛み締めていた。

 そう。これで、また――。

 BETAと戦う。命を懸けて戦う。救われたこの命の価値を示すために。喪われた彼女達に報いるために。その生き様を語るために。――護りたいものを、全力で、絶対に護るために。

 敬礼を解き、拳を握る。眼を閉じて、胸の奥から湧き出してくる闘志に奮える。

 大丈夫。大丈夫だ――。

 ちゃんと、戦える。きっと。……いいや、絶対に。

 純夏を喪った哀しみと、純夏を殺したBETAへの憎悪。これらは決して消えてはくれないけれど。でも、それに負けないくらいの大切で温かい想いがある。

 彼女を忘れない。笑顔を、声を、体温を……愛情を、絶対に、忘れない。

 彼女への想いさえを抱いて、これからを生きていく。復讐に濡れる悪鬼ではなく、それさえを抱いて護る――守護者になる。

 だから大丈夫。道はちゃんと見えたから。進むべき道を見つけたから。だから……あとは突っ走るだけだ。

 身体の調子は万端。三週間のリハビリで完全に元に戻っている。左眼もきちんと見えるし、視力が落ちる……ということもない。弧月を振るうことにもなんら支障なく。つまりは――本当に完全に、武は元通りの自分を手に入れていた。

 眼差しに込められた様々な感情を汲み取ったのだろう。不敵に笑っていたみちるが、ふ、と表情を和らげて言った。

「白銀……よく戻ってきた。速瀬の支えも大きかったのだろうが、こうして今貴様がここにいる事実……。それは貴様が決して諦めなかったからだ。歯を食いしばり、過ちを認め、それでも生きようと前に進んだからだ。――おめでとう、白銀。我々は貴様を歓迎する」

「――ッ、!?」

 どくん、と心臓の横が啼いた。じわり、と熱いものが拡がって行く。みちるの言葉が染み透る。ああ…………本当に、この人は。

 なんて嬉しい言葉を、掛けてくれるのだろう。

 なんて温かい想いを、くれるのだろう。

 本当に、本当に……彼女の部下でよかった。彼女の部下であれることを誇りに思う。

 武は今一度敬礼し、無言のままみちるを見つめた。柔らかな表情のまま、みちるも答礼する。視線を交わすだけで互いに何を言いたいのかがわかる。部下を思う優しさと、上官を思う信愛が、そこにはあった。

 しばしをそのまま過ごした後、みちるが毅然とした表情で言う。

「さて……原隊復帰にあたり、貴様にはまずシミュレーターで操縦感覚を取り戻してもらう。出来るならこのままA-01部隊としての訓練に参加させたいのだが……」

 後半を言いよどむようなみちるに、武は首を傾げた。シミュレーター訓練を行うことに異議はない。なんといっても丸三週間戦術機に触れていないのだ。これでいきなり実機訓練と言われても少々不安は残るし、水月たちの訓練に叩き込まれた日にはボコボコにされて終わるに違いない。感覚を取り戻す目的、であるならば単独での訓練に何の疑問もないのだが……。

 しかし、みちるは間を置いたまま口を開かない。抉れた武の傷跡を見つめて、そして武の両の瞳を見据えて――やがて、己の内情を振り払うように首を振り。

「……訓練内容はBETA掃討戦を模擬した仮想フィールドでの戦闘だ。貴様はただひたすらに現れては迫り来るBETAを屠り続ければいい」

「…………」

 別に、これといって不可思議な内容でもない。単純に衛士の力試しとしてプログラミングされているタイムトライアルのようなものだ。制限時間内にどれだけのBETAを駆逐できるか……或いは戦い続けることが出来るか。支援砲撃はなし、武器・弾薬の補給は指定のポイントに設置された補給用コンテナで行う。大抵は小隊単位で訓練に臨むのだが……今回は武一人での挑戦となる。

 向けられるみちるの視線に、なんとなくだが……この訓練が目的としている事項に予想がついた。

 つまり、本当にBETAと戦えるのか。

 光線級のレーザー照射に撃ち落され、目の前で兵士級に志乃を喰われ、要塞級の衝角に溶かされた亜季の絶叫を耳にし、重光線級のレーザーに蒸発した木野下と藍子を見た。

 医師の診断ではPTSDの可能性はないだろうとのことだった。……だが、それでもこの目に、この耳には彼女達の絶命する瞬間が焼き付いている。或いはこの身で味わったレーザー属の恐怖。それらを覚えている。

 ならば戦場においてBETAと戦う際、それら諸々の恐怖に捕らわれてしまえば……竦み、怯え、戦うことを忘れたら……恐慌に陥り、周囲を見失い、僚機さえ危険に晒したら……みちるはそれを懸念しているのだ。部隊を纏める隊長として、部下の命を預かるものとして。決して、戦術機適性検査に合格した程度の結果に安心することは許されない。万が一の可能性が在るならば、それさえも取り除く。

 徹底した完璧主義、とでも評すればいいのか……。否、それは正に、部下を愛するみちるの優しさだ。

 そしてそれは、武自身にとっても確かめなければならないことでもあった。

 もう二度と、あんな無様は晒さない。もう二度と、己のせいで仲間を死なせたくはない。絶対に、護るのだ。――そのためには、BETAに対する恐怖心を拭わねばならない。

 表面に現れていないだけで、もしかすると、あの戦場の空気を吸った瞬間にまたも復讐の念に捕らわれる可能性も捨てきれない。実戦に参加するのが最も手っ取り早い確認方法なのかもしれないが、三週間のブランクがある以上、それは現実的ではないし、なによりもそういった懸念がある以上、戦場に出すことなんて出来るわけがなかった。

 だから……この訓練で確かめよう。みちるの懸念を晴らそう。

 大丈夫なのだということを。戦えるのだということを。復讐者ではなく、守護者として在れるのだと。

 管制ユニットに搭乗する。着座調整終了――網膜投影ディスプレイに、一面の荒野が映し出される。遠方に霞んで見えるのは地表構造物だろうか……ならば、この荒野はハイヴ建造のために均されたそれであり、――前方の門より、突撃級が姿を現した。

「……、」

 戦域データリンクで状況を確認。支援部隊、ナシ。味方機、ナシ。――ははは、酷い設定だ。思わず笑ってしまう。目的が武の操縦感覚を取り戻すためと、BETAへの恐怖心を拭うためとはいえ……これでは逆に、これこそがトラウマとなりかねない。

 怒涛の砂煙を上げて突き進んでくる突撃級を見据えた――大丈夫。こいつに対する恐怖心はない。

 迫る、迫る、巨壁が迫る。長刀を右腕に、突撃砲を左腕に。ひとつ、息を吸う。次の瞬間、武は迫り来る怒涛へと突っ込んでいった。

 二体の間をすり抜けながらに長刀と突撃砲で両方を仕留める。長刀を振り抜いた勢いですぐ後ろの突撃級を斬りつけ、同様に36mmをばら撒く。通り過ぎていくだけの個体は無視、数百メートルまで距離を縮めてきた要撃級へ向かう。

 感覚は――ほんの少しだけ、鈍い。脳髄に叩き込まれた操縦方法は脊髄反射の速度で正確に思い描いたとおりの機動を再現するが、それでも、武自身の反応が、鈍い。身体は何の問題もないが、戦場を感じ取る戦士としての本能が僅かに錆付いているらしかった。……ならば、研げばいい。錆びた刃は、鋭く研ぎ澄ませばいい。

 そのやり方さえ間違えなければ……力加減や、感情の操作。それらさえこなすことが出来たなら、錆びた刃を折ることなく、再び水を打ったような鋭利なそれを手にすることが出来るだろう。

 要撃級の首を飛ばす。胴体に弾丸を撃ち込み、回転しながらに次々を相手取る。囲まれるな、止まるな、そして――それだけに、気をとられるな。脳裏に、苦い光景が蘇る。斬り殺した要撃級。その屍の向こう。開かれた射線、隊列を組む光線級――あの恐怖が、駆け上る。

 ひたすらに要撃級と足元に群れる戦車級を屠りながら、視界に映し出す戦域情報を逐次確認する。レーダーが捉えている範囲に光線級の姿はない。……たったそれだけの注意を、あの時は怠っていた。こうやってチラリと確認するだけのことを、あの時は出来なかった。目の前の敵を殺すことに夢中になって。それ以外の何もかもを考えられなくなっていて。ただ、連中を滅ぼすことに狂っていた。

 冷静に当時の自身を分析しながら、それでも苛烈に敵を叩き切る。咆哮と共に戦場を駆け巡り、月詠の剣術――螺旋の剣閃を繰り返し繰り返す。レーザー照射警報。機体を照射範囲から引き剥がすように、跳躍ユニットを全開。BETAの間を滑りぬけて、光線級のレーザー照射を妨害する。――よし、落ち着いている。

 ぐ、と操縦桿を握る手に力が篭る。自嘲するような笑みが、武の口元を歪めていた。

 なにが、落ち着いている……だ。額には汗がじわりと浮かんでいた。心なしか、心拍数も上がっている。バイタルを確認すれば、自身が平常よりも僅かに昂揚しているのがわかった。――ああ、くそ。

 ぶるり、と奮える。

 手が、精神が、感情が。

 レーザー照射範囲から抜け出た瞬間に、身を翻して要撃級を斬り殺す。群れる戦車級を踏み潰し突撃砲で散り飛ばし、遥か遠方の光線級の姿を視認する。要塞級に護られるように厳かに進む緑の怪物。二つの丸いレンズが、くりくりと獲物を求めている。そこにたどり着くまでには要撃級と戦車級の海が広がり――――まるで蟻のような、白いソイツを見つけた。

「――っ、は……ッ」

 心臓が狂うように蠢く。BETAの海が押し寄せてくる。白いきのこの化け物。ぶよぶよとした下半身。ギッチリと並んだ歯。歯。はははっはは――!!

 抉れた顔の傷が引き攣る。ぶるぶると全身が奮えて止まらない。興奮している。昂揚している。シミュレーターが生み出した仮想現実の中で、こんなにも、こんなにも感情が揺さぶられている。

 込み上げる憎悪。噴き出しそうな憎悪。苦しい、苦しい、憎い憎い憎い――ッッ!!

 込み上げる恐怖。噴き出しそうな恐怖。苦しい、苦しい、怖い怖い怖い――ッッ!!



 赤いマーカーに塗り潰された黄色いマーカー / 兵士級に咀嚼された志乃 / べーたに殺された彼女達



「ぉっ、ぉぉおおおっ!!」

 ――ォおおおおああああああああああああああああっっっ!!!!!!

 ガン、と操縦桿を殴りつける。シートに後頭部を叩き付けて、喘ぐように喉を震わせる。叫んで、叫んで、狂いそうになる感情に叫んで。――それでも、決して、呑みこまれはしないと。

 眦に涙が浮かんでくる。込み上げる吐き気に顔面を蒼白にさせる。苦しい苦しい。こんなに苦しい。いっそ全部吐き出して……駄目だ、そんなことはできない。

 これが正念場だ。ここで負けたらまた繰り返す。

 BETAが憎い――そんなことはわかってる。

 BETAが怖い――ああ、そうだよ、怖いさっ!

 だが、けれど、でも、だからこそ……そんな感情に負けてなんかいられない!

 生きている。生きているのだ。志乃に、亜季に、木野下に、藍子に……この命を救われた。彼女達の死を無駄にしないと誓った。生き続けることこそが、なによりも尊い彼女たちへのはなむけとなるのだと、知った。――だからっっ!

 呑まれない。

 決して斬り捨てることのできない憎悪を、純夏を殺された恨みを、そんな黒い感情を……なんとしてでも、押さえ込む。己の戦いに、その憎しみは必要ない。

 忘れることも失くすこともできないもう一人の自分。でも、それでも、それ以上に大切なものが在るのだから。そのために戦うと決めたのだ。今度こそ、本当に。

 接敵。

 兵士級が潰れて散った。戦車級が潰れて散った。突撃砲を撃ちまくる。36mmの弾丸がバラバラと地上の小型種を抉り散らすッ。

 要撃級の腕が首が胴体が飛んだ。長刀で斬り付ける。踊るように旋回しながら、螺旋の機動。飛散する血飛沫に濡れ、それさえを遠心運動に散らせて。

 36mm砲の弾丸が尽きる。迷うことなくパイロンへ収納、同時にもう一振りの長刀を左手に。

 二刀流。

 旋回にあわせて振るわれる二振りの刀。回転する。止まらない回転。その度に敵の身体を斬り付けては裂く。――要塞級が、迫る。

 光線級はどうやら後方で射撃のタイミングを計っているらしい。自慢の尾節がビュルビュルと迫り来た。身を翻す――回避、成功。思考が爆発する。かわした方向へ振るわれる触手を、跳躍ユニットのバーニアを全開で噴かせながら……それこそ独楽のように、機体をその場で回転させる。

 一撃、二撃、三撃、四――連続で同一箇所を斬りつけて、要塞級の触手が断ち切れる。耳障りな咆哮が響く。それは要塞級の悲鳴だったのだろうか――痛い、のかよ。

 亜季はもっと痛かったに違いない。亜季はもっと熱かったに違いない。足を失った恐怖に震え、怯え、絶命するその瞬間まで――彼女は泣いて叫んでいたのだ。

「ァァッぁぁあああああああああああああああ!!」

 機体が跳び上がる。蠢く十本の足を掻い潜るように、その巨体との接合部を、二つの長刀で切り裂いた。――血の、雨。落下しながらに、それでも前進し続ける他の足をかわし、地面へ。即座に転進、要撃級の群れに突撃する。

 長刀しかない現状、短時間で要塞級を沈黙させることは不可能だ。ならば足元のゴミを一掃することが先決。或いは後退して補給すべきか……。

 その感覚は、一体どのようなものか。

 ひょっとすると、緩やかに狂っていたのかもしれないし、憎悪に呑みこまれていたのかもしれない。

 だが、そこに以前のような慢心はなく、或いは自己を、戦況を見失う失態もなく、ただ、それこそが「機能」といわんばかりに。

 殺戮する。

 これでは駄目だと脳髄が叫ぶ。これなら勝てると脳髄が叫ぶ。――その、どちらが本当なのか。わからない。

 生きる、生き延びる、そのために戦う。だからBETAを殺すし、たくさん殺す。そうだ。それは正解だ。

 護る。そのために戦う。だから強くならなければならないし、強さを手に入れる。そうだ。それは正解だ。

 ならば、これは正解か――?

 まるで自分の感情がわからない。まるで自分の現状が把握できない。果たして己は、狂っているのかいないのか。

 ともすれば冷静さの中に大胆なまでの機動を見せ、状況を的確に判断しつつ着実に敵の命を刈り取る。――それは、多分優秀と評される衛士の姿だろう。

 武は叫ぶようにしながら、自機を操る。二本の長刀を振るい、手当たり次第にBETAを殺していく。――俺は、まだ、正気でいられているのか?

 そんな風に考えてしまうことこそが狂っている証拠なのではないかと。

 敵の数は一向に減らない。あんなにあんなに殺したのに、次から次に門から溢れてくる。触手を失った要塞級が接近してきた。前脚の一つの動きが鈍い。先ほど斬りつけたそれはまがりなりにも効果を示している。――だが。

 このままではジリ貧だ。既に周囲を圧倒数に囲まれて、残弾は120mmが丸々残っているものの、数分も持てばいい方だろう。戦闘開始から十数分が経過――それだけしか、経っていない。

 機体を後退させる。ともかくもこの包囲網から逃れることが優先だ。後方に廻りこんだ要撃級を切断する。斬りつける。真那に叩き込まれた月詠の剣術の真髄を、奴らに味わわせる。

 サブカメラが左右に散開し始めたBETAを捕らえる。このタイミングで――このタイミングだからこそ? 一斉に鳴り響く警報。やかましい、わかってる!

 道が開く。まるでかつての再現のよう。逃げ道も、光線級の射線も、全く同時に開かれていた。ゾッ、と血の気が引く……なのに、それでも冷静さを失わない自分が居た。スロットルを全開に。過負荷だろうがなんだろうが構わない。バレルロール。ギリギリと機体を軋ませながらに、回避行動を取る。目指す先は要撃級の群れ。飛び込んでくる獲物目掛けて高々と腕を振り上げるソイツラを、斬り殺して斬り殺して斬り殺して斬り殺して、足場を確保――地面を滑りながら、要撃級に隠れるように身を伏せる。

 頭上を、白熱の光線が飛び交った。息をつく暇もない。快哉を叫ぶ間も、ない。潜り込んだその場所へ、要撃級が迫り来る。即座に身を起こし、転進。構ってなどいられない。推進剤の消費も著しい。――引き際だ。進路を塞ぐ敵だけをぶった切り、武はとにかく逃げに専念した。目指す先には補給コンテナ。敵影ナシ。

「死んで、たまるか……」

 死ねないのだ。生きなければならないのだ。護るために。――なのに、どうしてだろう。

 気分が悪い。気持ちが悪い。まるで自分を信じられない。

 果たして、今の自分は――――。

 生きているのに。戦えているのに。多分どこかで、狂っている。

 反吐を吐いてしまいたい。冷たい汗に額が濡れている。呼吸が荒い。ああ、発狂しそうだ。

 多分それは、無理矢理に近く抑えている憎悪が、体内で暴れているせい。憎しみに身体を明け渡せ、と黒いもう一人の自分が自身を傷つけている。……きっと、そのせいに違いない。

 こんなことで、戦えるのか?

 こんなことで、生き続けることができるのか?

 わからない、わからない――でも、それでも、決めたんだ。生きる。戦う。護り抜く。彼女たちの想いを、彼女達への想いを。

 誓ったのだから。

 だから、絶対に、諦めない。







 管制ユニットから降りてきた武は、まるで死人のような表情をしていた。血の気の引いた、それ。

 戦闘中のバイタルは過去最悪。にも関わらず、単独での撃破数は過去最多。自身の記録を大幅に塗り替えていながらに、けれどそれを果たした当人は今にも死んでしまいそうなほどに憔悴している。

 タラップを下り、みちるの前へやってくる武。ふらふらとよろめくような歩き方。冷たい汗がぐっしょりと髪の毛を濡らしている。蒼白の顔面が、怯えるようにみちるに向けられた。

「――」

 言葉が、ない。

 果たしてこれは、どういうことなのか。

 戦闘機動を見る限りでは、単独での戦闘という極限にありながら一切の混乱も焦りもなく、常に冷静で的確な判断を行えていたように思う。そしてそれに伴うBETAの撃破数。兵士級や戦車級などの膨大な数で迫る小型種等は特に桁違いの数を示している。

 最も長い間相手取っていた要撃級にしても矢張り過去最多。途中から長刀の二刀流に切り替えた途端に、その数は鰻上りとなっていた。近接戦闘に極めて特化していると、改めて認めざるを得ない。何処の誰が、突撃砲を用いた戦闘時の倍近い撃破数を、長刀だけで叩きだせるというのか。最早これは尋常ではない。

 更には要塞級一体さえを屠って見せたその手腕。そして、一瞬にして戦場を阿鼻叫喚の地獄に塗り替える光線級のレーザー照射をかわした技量。

 なにもかもが、かつて初陣に臨んだ武を上回っている。

 復讐に捕らわれ、自身を、戦況を見失った彼とは全く違う。……これが、本来の武の力だとでもいうのだろうか。

 結果を見れば、そうなのだろう。これこそが武の実力。総戦技評価演習で見せたような、極限状態にあっての冷静さ。静かに沸騰する闘志。そしてそれを実現するための技。剣術。その、才能。

 ……ならば、どうしてだろう。

 武自身、わかっているはずだ。この戦果がかつての自身の何よりも優れていることを。それだけの力を発揮できたのだということを。

 それを実感として認識し、少なからず、自信を抱いてもいいはずだ。そういう表情を見せてくれてもいいはずだ。――そうしたところで、みちるは叱責などしない。

 なのに、それなのに、驚異的といえる戦闘をやってのけたというのに。シミュレーターから出てきた武は、今も目の前で苦しげに顔を青くする武は。

 どうしてそんなに、憔悴しているのか。

 久しぶりの操縦に疲弊した? 可能性は捨てきれない。だが、絶対にそれだけではない。戦闘中のバイタルは最悪。これは、機器の故障でもなければ真実そのまま、武の精神・肉体が極度の衰弱を見せていることを表している。

 そして、そんなデータなどなくとも、眼前に立つ武を見れば一目瞭然だ。

 ――こいつには、ナニカがあった。

 みちるには想像もつかないそれ。戦闘中の、訓練中の武に、間違いなくナニカがあったのだ。それは恐らく精神的なもの。

 武を治療した医師はPTSDの可能性は低いといった。だが、戦闘中にフラッシュバックに襲われたとしても何ら不思議はない。特定の条件下で引き起こされる記憶の氾濫というものは、確かに存在する。……その危険性を確かめる目的もあったこの訓練……ならば、実施した甲斐はあったというのか。

「白銀――少し休め。今日はこのくらいにしておこう……」

「……………………は、ぃ……」

 まるで消え入りそうな声だった。青褪めた表情のまま、夢遊病者のような足取りで更衣室へと向かっていく。その背中に、拭いきれない不安を抱く。

「厄介だな……これは」

 果たして本当にフラッシュバックによる精神疲労なのか。或いはほかの、――この場合はそれに予想もつかないが――ナニカ、なのか。

 一瞬、水月に頼ろうかと思ってしまった自身に苦笑する。確かに彼女に任せるのが一番いいのかもしれない。……だが、それでは隊長としての名折れであろう。自分に出来る最善を最大限に尽くして、それでも駄目だったなら……水月の手を借りるのもいいだろう。いや、この場合、如何なる手段を用いてでも武を立ち直らせるべきか……。

 つらつらと思考を回転させながら、みちるは息を吐く。――厄介だ。本当に。

 心の傷は、どう足掻いたところで本人にしか癒せない。他者の力で和らげることはできても……それを乗り越えられるかは本人次第なのである。

 肉体の傷は癒えた。リハビリも完了し、戦術機適性にも問題はない。

 ここまできたのだ。どうか、最後まで足掻き抜いて欲しいと思う。そして、武ならばきっと、克服することも出来るだろうと。

 その才能を、信じている。

 才能だけではない。誰よりも真剣に訓練に打ち込み、何よりも高みを目指し続けるその姿。慢心はなく、努力を怠らず。……血の涙を流しても、腕をもがれても、立ち止まることをしなかった武。衛士として一回りの成長を見せた武。

 信じている。武は絶対に這い上がる。隊長である自分が信じてやらなくてどうする。――あいつは、私の部下なんだぞ。

 自身に言い聞かせるように呟いて。みちるは顔を上げた。視線の先にはもう武の姿はなく……。

「さて、どうしたものか……」

 本当は武一人の力で立ち直ることが望ましいのだが……多分、それでは時間が掛かる。今の人類には余裕がない。ともすれば今日にでも出動が掛かるかもしれないのだ。

 戦術機適性「S」ランクであり、そして、今日これだけの戦果を挙げて見せた武。その才能を、力を、ただ黙って腐らせるわけにはいかない。

 ならば少々荒療治であろうとも。或いは非人道的と罵られようとも。

 催眠暗示――それを、試してみるのが最善か。小さく息を吐きながらに、みちるはその決定を下す。……或いは、武に暗示を掛けたと思い込ませるだけでもいい。それで乗り越えられたなら……その時にでも実は「催眠暗示は嘘だった」と明かしてやれば……それはそのまま、武にとっての自信に繋がるのではないだろうか。

 どちらにせよ、武の心理を操ることには変わりない。そして、それが最も短時間で効果を表す可能性が高いのならば、実行する。

 それがA-01部隊を任せられたみちるの隊長としての義務であり、責務なのだから。







 ===







 熱いシャワーを浴びる。ロッカーに備え付けのそれを、全身に浴びて…………全身に、血流が巡るのがわかる。

 両方の拳を握り、開く。数回その動作を繰り返して、ようやく指先にも感覚が戻ってきた。――寒かったのだ。

 凍えていた。血が。精神が。肉体が。

 寒くて寒くて、凍え死んでいた。

 制限時間を生き延びることは出来なかった。結局どんなに必死に足掻いたところで、たった独りでは限界が在る。それはよくわかっていたし、自身は精一杯をやったのだという自負も在る。

 ――なのに、寒い。

 どうしてこんなに寒いのか。顔面を蒼白にして、震える身体を止められず。ふらふらとした足取りのままにここまでやって来た。強化装備を引き剥がすように脱ぎ捨て、師と真那の想いの具現、そして純夏の“御守り”を巻きつけた弧月さえ床に転がしたまま……ようやく、熱を感じている。

「…………」

 ザァァァアア――という水流の音に耳を済ませる。眼を閉じて、まるで自身の精神を探るように深呼吸を繰り返す。

 心臓はちゃんと動いている。

 鼓動はちゃんと血を巡らせている。大丈夫。もう凍り付いていないし、凍えてなんかいない。

 落ち着いた。心臓も、感情も、精神も、心も。全部全部、落ち着いた。平穏だ。何の心配もない。

 自身の現状をそう認識して、ならば先ほどのアレは一体なんだったのかと思考を巡らせる。手に取るように思い出せる、あの感覚。思考は冴え渡り全部の神経が研ぎ澄まされて敏感になっていた。敵の動きに冷静に対処できただけでなく、都度の判断も恐ろしいくらいに的確だった。

 それだけでは常識外れの数で迫る暴威には対抗し得なかったわけだが……しかし、あの感覚は、自身でも震えるほどに凄まじいものだった。

 まるで殺戮する機械。マシーンと化したような境地。この身は、BETAを殺すための機能。そう錯覚してしまいそうになるほどの、境地。

 正直に言おう。アレは――異常だ。

 何十年も戦場を駆け抜け、BETAと戦い続けでもしない限り、あんな境地には至れないのではないか。……否、確かに末恐ろしい境地ではあったが、矢張りまだ粗が目立つ。

 現状考えうる自身の最大能力を発揮しても到達できないような境地に一足飛びで至ってしまったような感覚……とでも言えばいいのだろうか。ともかくも、アレは、あの時の武は……間違いなく、ナニカが狂っていたのだ。

 例えばそれは感情だろうか。

 この命を救ってくれた四人の先達のために。この身を救ってくれた水月のために。導き、信愛をくれた真那のために。愛し、愛してくれた純夏のために。いつだって傍で支えてくれた茜のために。

 大切な、護りたいもののために戦う――その、意思。

 そして、相反するような黒い怨念。復讐心。憎悪。怒り。初陣で大いに暴れ狂わせたその意思。

 確かに存在した、二つの感情。拮抗し、吐き気を催すほどに猛り、涙が滲むくらいに狂わせた。ああ、そうだ。確かに狂っていた。

 感情に翻弄されて、それでいながらにどこか冷静に冷酷に極めて的確な殺戮機械の自分が居た。――それを狂っていると言わずして、なんという。

 それは、一体全体どういうことなのか。

 わからない。わからない。自分のことなのに、全くわからない。

 戦闘の度にあんな思いを味わうことになるのだろうか。それとも偶々? ――莫迦な、アレが偶然の産物であるわけがない。

 アレは紛れもなく感情の暴走だ。精神の暴走だ。分裂した自己が、護りたいものを想う己と、復讐に狂う己を同時存在させ、そしてそれさえを見下ろして戦っていた。

 単純に数えて、三つ。三人。……そして、今こうしてそのときの自分を分析している己を合わせれば――四人?

 莫迦莫迦しい。なんだ、それは。自己の分裂……多重人格とでも言うつもりか。だが、確かにあのシミュレーターの中で、それぞれに異なった意志が猛り狂い鬩ぎあっていたのは事実。そして、そんな中で自分は、過去にない最大の戦果を見せたのだ。

 本当に、気が狂いそうなくらい、狂っている。或いは、壊れているとでも言おうか。

 精神分裂。自己崩壊。不吉な単語が脳裏に浮かび、それらが意味することを想像して、小さな眩暈に襲われた。……立っていられない。タイルの壁に手を当てて、荒い呼吸を繰り返す。

「……くそっ、なんだ、これは……ッ」

 シャワーの温度を一番高温に設定する。――熱い。

 肌を叩くお湯が熱い。湯気で真っ白になった視界に、まるでそんな自分を嘲笑うかのような、もう一人の“俺”を見た。

「!!??」

 幻覚だ。妄想だ。そんなヤツがいるわけがない。自身は自身であり、そして自分こそが白銀武である。そのはずだ。……なのに、ソイツは、湯気の向こうに立つソイツは、自分と全く同じ傷を顔に持つソイツは。

 ――――――だからさ、俺に任せとけよ。

 そんな言葉を、呟いた。

 呼吸が止まる。心臓が凍りつく。何故だ。こんなにも熱いシャワーが全身を叩いているのに。ともすれば火傷しそうなくらいの熱を浴びているのに。――どうして、こんなにも寒い?

 ヤメロやめろ。必死になって頭を振る。なんだ? どうしたって言うんだ!? 何でいきなり、こんな幻想を見る!? どうして突然、こんな風に壊れなきゃならないんだッ!?

 凍りついた心臓を起動させようと、握った拳で左胸を殴打する。――か、はっ。引き攣れた呼吸が再開し、どくどくと心臓が血を送る。シャワーが熱い。湯気の向こうには、もう“俺”はいない。

「………………」

 幻覚、だ。本当に。間違いなく。

 自分は今、本当に本当に、幻覚を見たのだ。ズキズキと頭が痛む。――なんだっていうんだ、畜生……ッ。

 ギリギリと奥歯を噛み締めて、もう一度だけ、心臓を殴る。どんっ、という衝撃が空しく響くだけで……この、狂いそうな感情は、ちっとも収まってくれなかった。







 身体を拭き、訓練用の軍装に袖を通す。ロッカーに強化装備を押し込んで、弧月を腰に。火照った身体にジャケットは辛い。上着を左手に引っ掛けたまま更衣室を出る。みちるのところに顔を出すべきだろうか。今の自分は明らかに尋常ではない。自身の現状をありのままに報告し、しかるべき処置を願い出るのも軍人としては必要なことだと思う。

 だが、そんなことをしてどうなる、という思考もあった。素直にありのままを話す? ――俺は幻覚を見ました、って? そうして多重人格の可能性があり、精神が分裂崩壊する危険性があるとでも上申するのか。

 それこそ、精神崩壊者だろう。或いは人格喪失者か。

 一体どうしてしまったというのだろう。リハビリの最中も、そして適性検査を受けたときも……そもそも、みちるからシミュレーター訓練を提示されたときも、こんな壊れた感情はなかったはずだ。そう、なかった。間違いなく。絶対に。

 生きていくのだと。そのために戦うのだと。復讐に濡れるのではなく、護るために生きて戦うのだと。その決意に溢れていたはずなのに。

 なのに、なぜ、……武からすれば突然に、こんなことになっているのか。

 間違いなく、あの戦闘が原因だ。戦闘中の自分が見せた、あの異常なまでの戦闘能力。戦闘機動。或いは鬩ぎあう二つの感情か。

 カツカツと音を鳴らしながら、シミュレータールームを通り過ぎる。向かう先には戦術機の格納庫がある。自分の機体――志乃の不知火を見れば、少しは気がまぎれると思ったのだ。

 整然と並ぶ戦術機たちを横目に、A-01のハンガーへと進む。国連軍カラーの撃震が肩を連ね、その重厚な姿を鎮座させている。極東最大の基地というだけはある。ズラリと並ぶそれらは正に圧巻だった。横目に眺めているだけでも、自身の懊悩が酷くちっぽけなものに思えてくる。

 少しだけ歩幅を小さく、緩やかに歩く。響く整備班の声、喧騒、……ひどく、気分が落ち着いていく。騒がしいくらいのそれらが、沈んでいくだけの気持ちを少しだけ浮かび上がらせてくれた。

 ――ああ、なるほど。

 苦笑する。結局、武は独りではいられないのだ。独りだったから、あんな思考に捕らわれてしまう。或いは、あの尋常ではない状態も、孤独であったが故なのかもしれない。

 わからない。本当に。

 小さく頭を振って、前を向いて歩く。鳴り響く喧騒に耳を傾けながら、ゆっくりと歩いていく。――視界に、青が過ぎった。

「吹雪……」

 五機の吹雪が並んでいた。整備班の怒号に似た声が飛び交っていた。オレンジ色のペイントに汚れた機体。01と記されたその吹雪を清掃しているのは――――

「涼宮……」

 整備用のリフトに乗って、足元からの怒号にびくびくと急かされながら、半泣きのような表情でペイントを洗い落としている。その吹雪の足元には……晴子がいて、多恵がいて、亮子が、薫がいた。

 どくん、と。心臓が、感情が、打ち震えた。

 ああ、きっと今日の訓練は模擬戦か何かで……きっと、そう、茜は何らかの策に嵌って滅多撃ちにされたのだろう。それにしてもひどい。青色の吹雪の装甲は、大半がオレンジ色でべしゃべしゃだ。

 アレを全部洗い落とすには相当の時間が掛かるだろう。……無論、整備班が手分けして行えばあっという間なのだが。そこは機体をあれほどに汚した茜へのペナルティということだろうか。喚声をあげる晴子たちに混じって怒号を上げる整備班長らしき老人の表情を見ればよくわかる。――くっ、くくっ。

「くっ――ははははっ」

 込み上げるような笑い声。ああ――なんだ、なんで、だろう。涙が出てくる。ぽろぽろと零れ落ちてくる。

 どうして……だ? なんで、一体……なぜ、こんなにも。



 嬉しい。

 嬉しい。

 嬉しい。

 ああ――こんなにも、嬉しい。



 生きていられることが。生き延びられたことが。命を救われたことが。諦めずに前に進む覚悟が出来たことが。護ると誓えたことが。――そして、彼女の姿を、見れたことが。

 どくどくと心臓が鳴る。こんなにも熱い鼓動。さっきまでの凍てついた感情などカケラもなく。狂いそうな氷の塊は溶けてなくなって。

 茜がいる。ここからじゃあ遠すぎて声も届かないけれど。向こうは全然、こっちに気づいてないけれど。

 そこに、茜がいる。晴子がいる。多恵がいる。亮子がいる。薫がいる。――みんなが、いる。存在している。

 逢えて嬉しい。見れて嬉しい。彼女達が生きていることを感じられて、嬉しい。――ああ、だから、こんなにも嬉しいから、俺はちゃんと“生きている”。

 だからこそ、この気持ちを大切にしたい。

 やっぱり、例えそれがどんなに己の根幹に深く突き刺さっていようとも……もう、復讐に呪われるのは、厭だ。

「……涼宮、ありがとうな」

 お前の顔が見られて嬉しいよ――。

 涙を拭う。

 そこにはもう、危ういくらいに壊れ狂っていたあの感情はなく。幻覚に幻聴に翻弄された自身はなく。

 ただ――温かな感情だけが宿っていた。

 いつも傍にいてくれた彼女。いつも傍で支えてくれた彼女。いつも自分を案じてくれて、いつも自分に笑顔をくれて。いつもいつも、ずっと、傍にいてくれた――茜。

 そうか。

 そうか、わかった――気づいた。

 あの時、病室で、弧月を抱いて泣いたあの時。志乃たちを殺した罪に押し潰されそうになっていたあのとき。支えてくれた、奮い立たせてくれた言葉達。

 水月の、まりもの、真那の、純夏の……心を奮わせる、言葉達。どうして……そう、それは少しだけ気になっていた。

 どうして、あのとき、あの、茜の言葉が――いいや、違う。この胸を震わせて、魂を奮わせたのは「言葉」じゃない。記憶――いつも、いつも、出逢って、そして武が離れていったその時まで。いつだって傍で支えてくれた茜の、記憶。

 声が、笑顔が、温もりが……胸を打った。前を向かせてくれた。

 純夏ではなく……茜が。

 純夏以上に……茜が。彼女が。

 それを嬉しいと感じる自分が居る。それを愛しいと感じる自分が居る。――弧月が、鳴る。巻かれたリボンが、風もなく揺れる。

 多分、きっと、間違いなく。冗談でも、勘違いでも、なく。――そう、か。自分は。

「純夏、俺はお前を愛している」

 それは変わらない。それは絶対だ。微塵たりとも想いは揺らがない。忘れられるはずのない彼女。太陽のように笑う、純夏。

「でも……俺、」

 最低だ。最低だ。最低だ。純夏を愛しているのに。こんなにも愛しているのに。――それでも、もう、気づいてしまった。

 拳を握る。弧月を握る。巻かれた黄色いリボンを。彼女の想いと、彼女への想いを……胸に、抱く。

 顔を上げた。視線は前を、胸を張り、一歩を踏み出す。

 もう迷わない。もう狂わない。狂わされない。あの戦闘時の自分は確かに気掛かりで不安材料で、もし再びあんなことになったらと思うとそれだけで気が狂いそうになるけれど。それでも。

 戦う。戦える。生きてみせる。

 生きて生きて、生き抜いて。そして。護る。絶対に。絶対に。絶対に。

 気づいてしまったから。わかってしまったから。本当はもう、多分、ずっと前から――。







 白銀武は、涼宮茜を――――――、







 その感情は嘘じゃない。その想いは偽者じゃない。

 でも、それでも、この胸には純夏がいる。幼馴染の、大好きで愛している彼女がいる。それは変わらない。それは廃れない。――だから、この気持ちは胸にしまおう。

 そして、胸に抱いて、生きていこう。護り抜こう。彼女を。茜を。大切な水月を、真那を。みんなを。

 そのために。

 一体何度目かわからない決意。誓い。けれど、これは今までの何よりも深く、固く、揺るがない。

 それは例えあのシミュレーターの中で自身を焦がした尋常ではない狂気であろうとも。絶対に、負けてやらない。侵されない。

 この気持ちを砕くほどの何かなんて、ない。それほどに、この誓いは強いのだ。だから、ちゃんと護れるように、貫けるように、前を向いて歩こう。手を伸ばして、掴もう。













 ――――――ああ、本当にそう出来たなら、よかったのに。

 それを知るのはまだもう少しだけ先の未来。

 崩壊の足音は、小さく、けれど確実に白銀武を蝕んでいた…………。






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