『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』
「復讐編:一章-03」
「モタモタするなっ! あと五分以内に完走できなかった場合はもう十周追加だっ!!」
春の穏やかな陽射しがこの上なく鬱陶しいと思えるくらいに暑い。神宮司教官のありがたい怒号も最早霞んでしまうほどに疲労困憊。……なんだが、
――十周追加ぁあ?! 冗談じゃねぇぞ!!
歯を食いしばる。思い切り顎を引く! 腕を振れ足を上げろ前へ前へ前へ前へっっ!!
「うっっぉおおおおお!」
眼前に月岡の背中が見える。済まん月岡! これでお前は三周遅れだ!!
そして、遂に、――ぃよっしゃあああ! グラウンド十周クリアだっ。
「ようし、白銀ェ! 元気が有り余っているようだな?! もう五周追加だ!!」
(何ィいいいいいいいいいいいいい???!?!!!!)
勝利の余韻に浸る間もなく、俄然やる気の鬼軍曹の燃える笑顔!
やべぇ、アレは本気の眼だ?! くっそおおおおお! こうなりゃやってやるぜぇえええ!!
――でも俺だけってのは納得いかーんっ。
「ぅわ……すごいね、白銀君」
「ホントに体力有り余ってんじゃないの……?」
すれ違い様、柏木と涼宮が呆れたように呟くのが聞こえる。くそう、好き勝手言いやがって。
お前らもなんか特別メニュー追加されればいいのによう!
そんな、なんの意味もない悪態を心の中で盛大に叫びながら、残り四周を猛ダッシュ。
かくして、月岡が十周走破するのと同時に計十五周走り抜いた。……どうでもいいが、月岡。お前体力なさ過ぎ。
「はぁ、はぁ、はひぃーっ」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、つ、月岡……大丈夫か?」
ゴールするなりぶっ倒れる月岡亮子。小柄な体格の印象どおり、どうやら体力に難ありの様子。
先に走り終えていた涼宮ほか小隊の面々がタオルに水を差し出すが、どうやら受け取る気力さえ残っていないらしい。
「ちょっと、亮子~。あんた大丈夫??」
「あはは、まぁ、今は休ませてあげなよ。あ、白銀君、急に止まるより、何周かグラウンド歩いた方がいいよ」
「ぉ? おう。わかった」
柏木のアドバイスに素直に応じておく。疲労した筋肉を休ませるには徐々に行うのがいいらしい。多少は知っているけど何故か柏木が言うと説得力がある。経験者は語るってやつか?
「……月岡は、まぁそっとしておくか」
そして歩こうと足を踏み出すや否やまたも鬼軍曹の怒号。月岡の名を叫ぶその形相は本当に鬼のようだった。
「立てェ、月岡ァ!! そんなことでこれからやっていけると思っているのか?! 涼宮も柏木もそれ以上甘やかすんじゃない!」
げ、それはちょっと厳しいんじゃないのか? それに、涼宮も柏木も甘やかそうと思ってるわけじゃないだろうに……。
……いや、違うか。これは学校の授業じゃないんだ。ここは衛士訓練校で、俺たちは衛士候補生だ。軍隊でやっていくには、多分これでも十分ぬるいのかも知れない。
「いいか、貴様らひよっこに十分な体力がないのは承知の上だ。だからこそここでこうして訓練を積み、相応の体力を身に付けていくんだ。だがな、そうは言っても下限はある。グラウンド十周した程度で疲れきっていて、衛士になれるなどと思うなっ?!」
全員の表情が強張る。……確かに、こんな基礎体力の時点で限界が来ているようじゃ衛士になんてなれっこない。
今日の訓練だってまだ始まったばかりだ。少なくとも、こんなところで足踏みしていていい状況ではない。
……結局のところ、本人の気力次第、か? 少し薄情な気もするけど、多分こればっかりはどうしようもない。
「よし、全員五分休憩の後、再度グラウンド十周。今度は周回遅れなんて無様を見せるなよ月岡!」
「はっ、はい!」
怯える小動物よろしく敬礼。沈痛な面持ちで月岡を見つめる俺たちだが、どうやら本人はそれほど落ち込んでいないらしい。
真剣な表情で、意志の消えていない眼差しで教官を見つめている。――はは、なんだ。根性あるじゃん。
「はぁ~、教官こわかったぁ~」
神宮司教官が離れた隙に盛大に溜息をつく涼宮。いや、俺も怖かった。
「しっかし、亮子ほんとに大丈夫? マッサージしてあげよっか」
しゃがみこみ既に足をもみ始めている柏木。なんというか手馴れてるな。
「晴子ってなんかそういうの詳しいな。白銀にもアドバイスしてたし」
腕を組みながら立石。隣で築地も頷いている。月岡の足を揉みながら、苦笑気味に柏木が言う。
「ああ、……中等学校行ってたとき、部活でね」
「部活? 陸上でもやってたのか? ……というか、今時分部活やってる学校も珍しいよな」
「白銀君のところはやってなかったんだ? まぁ、部活って言っても、人数も少なくてカタチだけだったんだけどさ」
柏木が言うには陸上ではなくバスケットらしい。どちらも走り回るということは共通しているため、こういうのは得意なんだとか。
「ぁ、でも、白銀くんってすごい持久力あるよね」
「確かに。追加で五周もらってるのにあたしらと殆どかわんないし」
「私は追いつかれました~……」
築地、立石、月岡が揃って口を開く。いや、そりゃ俺も一応男だし。女には負けられないというか。
「ま、そういう安いプライドもいつまで持つか楽しみだよね~」
「お前はいつも一言多いよな涼宮」
ニヤニヤと愉しそうな涼宮を笑顔で睨みつける。くくく、お前は今押してはいけないスイッチを押したぞ。
「なら、次の持久走、晩のおかず一品賭けるってのはどうだ?」
「へ~、白銀、自信あるんだ?」
不敵な笑み。いい顔じゃねぇか。上等だぜ涼宮!
「貴様ら、そんな莫迦をやる気力があるのなら、二人揃ってこの装備をつけてもいいぞ」
いつの間にやら背後に教官様の姿。ただならぬ雰囲気を醸し出しながら指差すのはケージに収められた装備一式。
言葉をなくす俺たちをよそに既に走り出している他四名。お、お前らぁ~~っ!!
結局、涼宮と二人装備を身に付けてグラウンド十周。時間内に走破出来るはずもなく、連帯責任で全員十周追加というありがたい仕置きをくらったわけで……。
うん、賭けはよくないよなっ!
===
「で、話は変わるんだけどさ」
唐突に話題を振るのはここ何日かで判明した立石薫の癖のような物だ。ま、ある程度今までの話に区切りがついた辺りで切り出すので特に問題ない。
ないん……だが、油断するな白銀武。こいつが切り出す話の大半は俺に関するもの、特に純夏のことを話せと要求してくるのだ。
女子がこの手の話題を好むというのは知っているし、実際こいつらその話になると目の色が変わる……。段々しつこく食い下がってくるようになってきたし、ここらで俺も決着をつけたい。
すぅ――。人知れず、息を吸う。ぐっと腹に力を込めて、どんな暴言が吐き出されようとも即刻却下して今後一切の追及を拒否するのだ!!
「白銀ってさ、なんかやってた?」
「却下だ! ――って、ぁ?」
「……なにが却下なのか全然わかんねーんだけど……」
「あはははは、スミカちゃんのことでも聞かれると思ったんじゃない?」
「ああ、そうか。薫さん、いつもその話ですもんね」
「今日は外れだねぇ、白銀くん」
……なぜだ。どうして俺は今涙を流してるんだ……?
予想が外れたことが悔しいのか、俺の思考パターンを既に読みつくされていることが哀しいのか……。ううっ。どうして俺の周りの女はこんなのばっかりなんだ。
純夏ぁ~。俺、くじけないからなぁ~。
「泣いてる……気持悪っ」
「茜、それはさすがに酷いよ。あはははは」
笑ってる時点でお前も十分ひでぇよ、柏木。
「おーい。さりげなくあたしの質問はスルーかぁ?」
面白くなさそうな立石に、拗ねたような眼を向けてやる。う、睨み返されてしまった。なんていうか、好戦的なヤツだな。
「あ、ああ……。何かやってたか、か。……ん~~~~っ。やってなかった、と言えば嘘になるんだが。特に、本気でやってたってわけでもないしな……面白い話じゃないぞ?」
「それそれ。そういうの。面白いかどうかはあたしらが判断するんだから、白銀はさっさと話す! あと、恋人とのエピソードも交えながらねっ!」
「何でだよっっ?!」
ぐ、やっぱり純夏を絡めてくるんじゃねーか! 油断できねぇ女だぜ。
しかし、まぁ、確かに面白いかどうかは俺が決めることじゃない……ん、だろうけど。なんで、俺はこうもやりこめられてばっかりなのか。
かなり凹むぞ……。も、もしかして、俺って一生こんな感じなんじゃ……? 少なくとも、四年間は……??
う、うぁあああああああああああ!! イヤ過ぎる!! くっそぉおお! いつか、いつか見返してやるからなぁああ!
と、とにかく。
この問題は後に解決するとして。……いい加減話さないと本気で食いつかれそうだ。犬歯をむき出しにするのは止めろ。怖いから。
「ん、まぁ。あれだ。剣道……っつぅか、剣術、かな。ちょっとだけ」
「剣術ぅ?」
なんでそんな意外そうな顔するんだよ。――涼宮、今似合わないって言ったろ?! 聴こえてんだよっ!!
「剣術ねぇ~。それって走ったりとか関係あるの?」
「……さぁ? どうだろうな。そういうの聞かなかったし。習ったのは素振りと基礎の型と、あとは繰り返しっていうか」
「はぁ???? なにそれ」
言外に、面白くないという雰囲気全開の立石だが、話を振った手前疑問が残るのは嫌なんだろう。首をひねりながら尋ねてくる。
他の面子も同じようで、俺の言った意味を掴みかねている感じだ。
「いや、だからさ。ホントにちょっと齧った程度なんだって。一応、習ったことはずっと続けてたけど、ちゃんと師事してたわけじゃないっていうか。むしろ気まぐれに剣の相手させられてたって方が正しいくらいだぞ」
ガキの頃の話だ。近所の空き地で純夏と遊んでたらいきなり現れて俺に木刀渡して、お前には才能があるだのなんだの言っては適当なことしか教えないし。しかも俺がやる気になった次の日に幻のように消えてしまったという、俺自身意味のわからん体験だった。
説明するのも難しいが、要するに、そういう変なオッサンに中途半端に習って……でも、純夏を護る手段の一つとして続けていただけだ。
「ま、今思えば休暇中のどっかの軍人だったのかも、ってことくらいしかわかんねぇし。……ん? なんか話の趣旨が変わってる気がするな。まぁいいか。だからって俺の体力がお前らより上回ってる理由にはなんねーよ」
これでこの話はオシマイ。正直、これ以上聞かれても答えられることなんてない。
立石の機嫌を損ねていないかが気がかりだが、特にご立腹と言う様子もない。むしろ、ぽかんとしている。
周囲を見回せば他の連中も同じような表情だ。な、なんだ? また俺なんかやったのか?!
……ここで、すぐに自分がなにかやらかしたと思うあたり、重症のような気もするが……。
しょうがないだろう? なんで男は俺一人なんだよぅ。くぅぅ、肩身が狭いぜ。
「お、おいおい。気になるだろ、黙るなよぉ~」
沈黙に耐え切れず、恐る恐る話しかける。弾かれたように立石と涼宮が正気に戻り、遅れて柏木たちも頷いたりしている。
「ふーん。意外って言えば意外。……というか、すごく珍しいわね、それ」
「うん。剣術なんて、普通習わないわよ……」
「わたしも剣道やってましたけど、剣術は、ちょっと……」
お前剣道やってたのかよ、月岡。……それなのにあの体力は……くっ(涙
「確かにね。剣術、なんていったらそれこそ実戦って感じがするし。案外、白銀君って好戦的なんだ?」
口々に感想(?)らしき物を述べる立石以下。なんでお前は頬を染めてるんだ? 築地。
「そ、そんなに変か?? ま、まぁ、確かに俺以外にそのオッサンに習ってたやつは居ないんだが……」
「あー、いやいや。変って言うか。単に珍しいだけだって」
なんだか落ち込んでしまいそうな俺に、涼宮がフォローを入れてくれる。なんだかんだ言ってこいつ、ちゃんと分隊長やってるよな。
ま、普段の態度と合わせてプラスマイナスゼロなんだが。
「そういえば、聞いた話なんだけどさ。訓練の中には模擬刀を使った剣術訓練もあるんだって」
これも涼宮。どうやらまだ俺が凹んでいると思ったらしい。
「へぇ? そんなのあるんだ。てっきり射撃とかだけだと思ってた」
「うん。剣術なんて、なんに役立つのかな?? 戦術機って、銃で戦うんでしょ?」
続いて立石と築地。確かに、俺もそんなイメージがあったな。したり顔の涼宮に先を促してみる。
「確かに銃撃が主体になるみたいなんだけど、戦術機の基本装備には長刀に短刀もあるらしくって、弾切れしたときとか、状況によってはそっちの方が頼りになることもあるらしいんだよね」
ほぅ。なるほど確かに。銃弾っつっても無限に在るわけじゃないだろうし。涼宮の言っていることも頷ける。しっかし、それってつまり近接格闘戦、ってことか?
巨大戦闘機械による近接格闘……ぅおお、ちょっと感動。かっこいいとか思ってしまう俺は莫迦なんだろうか??
「でも茜、なんでそんなこと知ってるの?」
柏木が最もな疑問をぶつける。む。確かにそうだな。別にただ単に知っていただけっていうのもあるだろうが、戦術機なんて一般人がそう眼にするものでもないだろうし。……そういえば聞いた話だって言ってたな。
「ああ、それはね。お姉ちゃんから聞いたんだ。――あ、あたしお姉ちゃんがいるんだけどさ、」
――涼宮に姉ぇええ??!! って、別に驚くことじゃないんだが。……なぜだ? 今、強烈な悪寒がしたぞ。
『で? あたしの胸をたっぷりじっくり味わった感想は? きっちりきっぱり言っちゃいなさい――3、2、1、ハイ』
『言っとくけど、くっだらない用件だったらその鼻へし折るわよ』
なぜ、今、そんなことを思い出すのか……。い、いや、確かに、なんだか雰囲気が似ている気がしないでもないが。
ハハハ。まさか、な。だ、だいいち、髪の毛の色なんて全然違うじゃないか。そうさそうに決まってる。気のせい気のせい。
「へー、お姉さんって、前話してた憧れの人と一緒の分隊なんでしょ? じゃあ、もうその人には会ったんだ?」
柏木が朗らかに笑う。どうやら俺が自己に埋没している隙に話は進んでしまっているようだ。この癖、どうにかしないとな。
「ちょ、ちょっと晴子?! あんた何言い出すのよっ??!」
「あれ? まだ会ってないの? まあ、向こうも忙しいのかもしれないけど、ちょっと遠慮しすぎかなぁ?」
「ストップストップ、ストーーーップ!! それ以上何か言うの禁止~っ!」
なんだなんだぁ? いきなり涼宮が慌て出したぞ? 状況から推察するに、柏木がなにやら涼宮の弱みを握っているようだが……。
ギラリ。立石と視線が交錯する。……こういうときだけ息が合うのな、俺たち。
アイコンタクトと言う結成して僅か数日のチームにしては上級のチームワークを発揮して、柏木に話を振る。
「憧れの人って言うのは?」
まるでその質問がくるのをわかっていたとばかりに頷く柏木。くくく、どうだ涼宮。これがいつも俺が味わっている恐怖だ。
…………、なんか、急に空しくなったな。
い、いやいや! ここで落ち込んでどうする。ターゲットは涼宮なんだ。日ごろの鬱憤を晴らすいい機会だぜ!
「ああ、それはね。なんでもこの訓練校に入校したのはその人に憧れt……もごふごっ?! ふぐううううう???!!!!」
「は・る・こぉおおおお!!!? それ以上言ったらただじゃすまないわよぉおお!?」
眼を血走らせた涼宮がテーブルの布巾を柏木の口に突っ込む! それだけで済ます気はないらしく両手で首を掴んで前後に揺する!!
うおお、落ち着け涼宮っ?! それ以上はまずい! まずいって!!
涼宮の身体を羽交い絞めにして、立石がすかさず柏木を救出! 慌てたように築地が俺に協力し、月岡が布巾を取り除いていた。
ううむ、素晴らしきかなこの統率力。いや、分隊長が暴れてる状況で発揮されるチームワークって……深く考えるのはよそう。
で、ようやく落ち着きを取り戻した涼宮を席に座らせて数分。顔を真っ赤にして自己嫌悪中の涼宮だが、その視線は恐ろしいほど険しい。
さすがに調子に乗りすぎたか。立石、柏木と揃って素直に頭を下げておく。
結局、涼宮の憧れの人というのはわからず仕舞いだったが、ま、俺含めて、みんなの新しい一面が見れたって言うのは、ちょっとだけ嬉しかったかな。
なんか、少しずつ仲間になってきたっていうか……ま、そういうことだ。
そして、一ヶ月もする頃には、なんだかんだ言ってお互いに気心知れたいい仲間ってやつが出来上がっていたわけで。
俺が玩具にされてるってのは変わってないんだがな……ちくしょう。