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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 守護者編:[二章-02]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:d7901020 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/03/06 22:11

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「守護者編:二章-02」





 目を開くと、眦から滴が伝うのがわかった。滲んだ視界が、ぼんやりと天井を映し出す。ハッとして両手で目元を拭うと、矢張り、涙の感触があった。

 ――俺は今、泣いていたのか?

 卓上のアラームが鳴る。起床ラッパの五分前。いつもの時間。上体を起こし、アラームへ手を伸ばす。鳴り響く電子音が消え…………武は、俯くように手の平を見た。

「なんだ……っけ? なにか、夢を見た、ような……」

 それは一体どんなユメだったのか。眠りながらに涙を流すほどの、なにか。温かで、ただ幸福だった――そんな、曖昧な感覚が在る。「誰か」と一緒に居て、たくさんの笑顔があって、楽しくて……愉快で、幸せで。まるでぬるま湯のような、そんな夢。はっきりと覚えていない。本当に見たのだろうか、とも思う。けれど、武がその“よく覚えていない夢”に涙を流したのだろうことは事実。

 覚醒しない頭を緩く振り、顔を洗って意識をハッキリさせようと頷く。武はベッドから抜け出すと洗面所の蛇口を捻り、勢いよく顔を洗った。タオルで水滴を拭い、手早く着替えて……弧月を鞘から引き抜き、構えを取る。瞬間、柄を握る指先から脳の天辺、足先までが凛と漲った。意識を戦闘時のソレへと切り換え、曖昧でしかない「夢」の残り香を振り払う。――あんな幸せな世界を、俺は知らない。正眼に構えたそのときに、僅かな引っ掛かりが脳裏を掠めた。振り払おうとした矢先にそんな些細な違和感に意識を持っていかれて……武は己の未熟に眉を寄せて、裂帛の意志を爆発させた。

「――ぜああッ!!」

 確かに幸せな夢だったのだろう。内容も出てきた「誰か」もまるで覚えていないけれど、でも、幸せな世界だった。……だが、ソレは夢でしかない。心のどこかでそんな平和で幸せで、温かで笑顔の溢れる……そんな世界を欲していた、その願望が“在り得ない世界”として、夢として結びついたというのなら、それは武の心の弱さが見せた幻想だ。自身にそんな平和願望がないとは言わない。一刻も早くBETAをこの地上から掃討して、奪われた、蹂躙された世界に平和を取り戻す――それが、衛士の、BETAと戦う全ての人々の願いなのだから。

 腑に落ちないのは。わからないのは……なぜ、ということだ。“どうして”、あんな夢を見たのか。

 例えば寝る前に誰かと話していたとして、その時の内容を夢に見る……ということは、実は珍しくない。或いは、過去に経験した記憶が夢で再生される、というような現象や、普段は抑圧されて意識していない願望等が如実に現れる、というようなもの。夢の定義は様々だが……共通していえることは、本人が経験していない、記憶にないそれらは“夢に現れない”ということだろう。願望だというなら、そもそも自分の脳内に存在するのだから、これも同様だ。

 ならばつまり――あの、ただ幸せだったという感触だけが残っている夢は。例えば――幼かった頃の記憶や、訓練兵時代の賑やかな日々、そして、早くBETAのいない世界を取り戻したいという願望が複雑に重なり合った結果、脳内で作り上げられた都合の良い「シアワセ」。

 多分、そういうことなのだろう。あまりにも根拠がなく、妄想にも等しい願望……。故に記憶に残るほどの鮮烈さはなく、曖昧に、けれど……自身が願い夢見たからこそ、幸せであったのだと実感する。そんな、ユメ。

「ふっ――!」

 振り下ろした剣先を、横なぎに払う。弧を描くような剣閃の後に、ダン――と、足の踏み込みと同時に一閃。振り抜いた状態のままで暫く身を硬直させて……やがて、武は深く息を吐き、苦笑する。――なんて、未熟だ。そもそも本来ならば、既に習慣と化しているこの修練は“一閃に全てを駆ける”ものだった。衛士としての訓練・任務に、剣術の稽古をする暇がなく、せめてもと思って毎朝繰り返しているそれ。最早儀式と言っても過言ではないそれを、今日は三度も……一閃で払い去ることの出来なかった、よくわからないぬるま湯のようなユメの残り香を脳裏から追いやるのに、三度も剣を振るうことになった。

 夢を見ること自体はなんとも思わない。人が何故夢を見るのか、そのメカニズムは解明されていないというし、そもそも、人は夢を見て当然なのである。故にそれは、いい。いまいち納得できない不可解な点はあるように思うが、それでも、見るものは見るのだろうから。

 では、何が未熟というのか。――決まっている。意識のコントロール、感情の支配。それら、自身にとって最も鍛え抜かねばならない精神面の成熟が成っていない……その事実。最初にして最後、そのはずの一閃でありながら、都合三度剣を振るった事実。これが未熟でなくしてなんと言おう。まだまだ精進あるのみ、武はそう心中で頷いて、点呼のために部屋を出るのだった。







 いつもなら仕度を終えた茜達と話しながら向かうPXに、今日は一人で向かった。別に普段から待ち合わせをしているわけでもなく、皆のタイミングが偶然重なっていたというだけのことだったので、特に気にすることはない。全員勢ぞろいで向かう日もあれば、一人二人抜けていることもあったし、晴子と薫のお節介で茜と二人きり……という日もあったのだが、まぁソレも今は関係ない。確かに普段より若干早い時間だということは武も自覚している。ほんの数分早く部屋を出ただけで単身になるという発見は些か新鮮ではあったし、喉に引っ掛かって取れない小骨のような違和感について黙考するのにはおあつらえ向きだとも思う。

 結局――気にしないように、或いはそんな夢のような願望を振り払うためと弧月を振るいはしたものの、気になるものは気になる、ということらしかった。自分のことのくせにいやに曖昧だとは武も思うが、自身にリーディングを行使しても、あのユメについて読み取ることは出来なかったのだ。今まで一度も“自分の見た夢”に対してリーディングをしたことがなかったので、そのせいで巧くいかないのか……そもそも、リーディングとは感情や意識、というものに対して行使するものであって、ユメなどという蒙昧な精神領域には干渉できないのかもしれない。その辺りの専門的な話は武は聞かされていないし、AL3の研究成果を閲覧する権限もない。まして自分で調査する気なんて更々なかった。そのため、既にあのユメをリーディングで読み取ろうとする徒労はやめている。

 が、結果として余計に気になってしょうがない。気にするようなことではないのだろう。不可解な夢を見る、ということは誰にだって経験があるだろう。武だって幼い頃には奇々怪々な夢にうなされたりしたものだ。――なら、今回だってそういうこと……そうだろう? 自身に問いかけるが、返ってくる答えはない。本当にそうなのか、それとも、違うのか。その線引きが……出来ない。わからない。

 そもそも内容を全くと言っていいほど覚えていない、思い出せない、というのが引っ掛かる。……いや、それも過去に経験がなかったわけではないのだが……こうして気になってしまっている以上、あのユメにはなにか在るような気がするのだった。無論、ただの考えすぎとも言えるだろう。思い出せないからムキになって思い出そうとしている、ただそれだけなのかもしれない。

 いや――武は足を止めた。腕を組み、む、と黙り込む。

 そもそも妙なのは――――俺が、あんな平和な世界を夢見ること、か?

 平和な世界を築きたい、皆が幸せに笑っていられる世界を取り戻したい……そういう意識は、確かにある。誰だってそうだろう。こんな地獄のような世界を一刻も早く終わらせて、かつての幸せな日々に還りたい……それは、当然の願いだろう。ならば武がそんなユメを見たっておかしくはない。なにせ無意識下の話だ。本人の意識しない願望が形になるのがユメというのなら、その可能性は否定できない。

 だが、それはない。

 武にとっての願いとは、即ち純夏と茜――愛する二人を護り抜くことであり、そのために生きることだ。その延長線上にあのユメのような世界が在るのかもしれないが、一足飛びでそれを夢見たというのは……あまり納得出来ない。武の場合、夢に見るとすれば彼女達を護るために戦うとか……そういう、いかにも“ありそう”なものになるのではないだろうか。まして、リーディングで把握している自分の感情には、あんなぬるま湯のような世界を求めるものは存在しない。BETAに対する復讐心と、それを抑えきれるだけの理性、衛士としての覚悟、愛する彼女達を護り抜く決意、師の教え……等々、白銀武を形成するそれらの中には、平和で幸せな世界……というヴィジョンは含まれていないのだった。

 ユメを見たタイミングも妙だ。自分の無意識領域にソレを求める強い願望がなかったというなら、では何故イキナリにそんな夢を見たのか。A-01の仲間達とそういう話をしたわけでもない。印象に残っていた出来事……というなら、むしろ昨夜の茜との――ゲフンゴフン――の方が夢に出そうなものだ。……それがなく、本当に唐突に、自分の知らない、自分が思い描くことのなかった――世界、を。まるで内容を覚えていないのに、在り得ないほどの幸せが満ちていた……と、ただそういう実感だけが残るユメ。そういう世界。

 だから、そう。ソレを夢見た、という事実こそが奇妙極まりなく……言うなれば、異常、ということだ。

 まさかクスリの副作用ではあるまい……。脳改造の副作用を抑えるべく服用している劇薬。アレが更に脳に作用して、その結果引き出された幻想……なんだか、そちらの方が納得できてしまうから恐ろしい。だが、別段身体に異常が見られるわけではないし、精神的に圧迫されているわけでもない。というか、副作用の結果、あんなにも温かなユメを見たというのなら……脳細胞が破壊されて死ぬより、遥かに救いの在る副作用だと思える。

 なんにせよ、考えても埒が明かない。どこにも異常がなく、何も不調がないのなら……それでいい。些細なことを深刻に捉えたがるのは武の悪い癖だ。もっとも、かつてはそうやってウジウジ考え込んでいた以上の途轍もない仕打ちが待っていたわけだが。だからといって、今回のことは本当になんでもないことなのだろう。夕呼が絡んでいるわけでもなく、妙だとは感じるが、なにも異常な兆候は見られない。

 “幸せなユメ”を見ただけだ。

 ならばそれは、いいことではないのか? 涙を流してしまうくらいに幸せなユメ。温かで胸に迫る、そんな感情。――なら、いいじゃないか。

 幸せな夢を見て、その中で自分は、一緒に居ただろう「誰か」は笑っていた。……なら、それは本当に幸せなことで、嬉しいこと。こんな風に奇妙だ変だ、と首を傾げて朝から不毛な問いかけを繰り返すようなことじゃない。いい夢を見た。平和で幸せで温かで……。

「そう、か」

 本当に、いい夢だったのだろう。そしてそれは武に新しい目標を持たせてくれた。

 今までそんな幸せな世界を意識したことがなかったというなら、これからはそれも目標に置けばいい。純夏を、茜を護り、生きて、BETAを駆逐して……そして、あのユメのような世界を手に入れる。果たしてそんな時代が来るまで生きていられる保証はないが、でも、そのくらい“夢に見ても”罰は当たらない。ユメに夢見るなんて、冗談のようだけれど。武はそれもいいと頷いて――

「おっはよ! 武!」

 ――バシーン、と。盛大に背中を叩かれてつんのめるのだった。転げないようにバランスを取りつつ、驚愕した顔で振り向くと、そこには溌剌とした笑顔の茜が立っていた。その顔を見た瞬間に昨夜のことが思い出されて頬が熱くなるが、出来るだけ平静を繕って咳払い。おはようと返す。

「通路の真ん中でなに突っ立ってたの? あ、ひょっとしてあたしが来るの待ってたとか?」

「いや、そうじゃない。……ちょっと考え事してたんだ」

 えへへぇ、と照れたようにはにかんだ茜に、武は素直に答えた。その返答にむっと唇を尖らせた茜だが、それが冗談だということは武も知っている。こういうじゃれ合いも悪くない。なにより、彼女はこうしてくるくると表情を変えるのが本当に可愛らしいと思えるから。だからもっとそんな茜を見たいと思ってしまうのは武の我侭だろうか。気づけば彼女の頭の上に手をのせて、くしゃくしゃと掻きまわしていた。目を細めてくすぐったそうに微笑む茜。知らぬ内に武も口元をほころばせていて……

「あー、あのさぁ。朝からそういうのやめてくんない?」

「目のやり場に困るっつぅか、そこ通れないっつぅか……」

「んのののっ! だ、だだだ、だめーっ! それ以上は妊娠しちゃうーーっっ?!」

「そっ、そんな! 妊娠だなんて……白銀くん不潔です!!」

「お前ら……言いたい放題だな?」

 呆れたように零す晴子と薫。その二人のやや後方でぴょンぴょン跳ねながら意味不明な発言をする多恵に、それにつられる亮子。なるほど、茜が来たというなら、同じようなタイミングで仕度を終えたのだろう彼女たちがいるのは道理だ。若干一名朝からハイテンションに過ぎる珍妙な猫が居るようだが、それについては武も晴子も薫も、当然茜も深くは言及しない。あと、そういう話題になった時だけ変になる亮子もスルーだ。

「おはよう、柏木、立石」

「うん、おはよー」 「おぅ!」

 茜の頭から手を離しつつ、二人に挨拶をする。晴子はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべながら、薫もいつも通りに快活に挨拶を返す。二人は茜に向けても声を掛け、茜も同じように返し……全員居るのだから、揃ってPXへ向かうことにする。勿論、未だに興奮しっぱなしの二人もちゃんと引き摺って、だ。そうして……皆で歩いていて、武はハッとする。

 ――そうか。

 そんな直感があった。

 あのユメ――平和で、温かで、幸せで、皆が笑っていて……それはきっと、こういう風景なのだ、と。茜がいて、晴子たちがいて、皆楽しそうに笑っていて……胸が温かくなって、幸せだと感じることが出来て……――そう、だ。武は気づく。あのユメが果たしてこの光景を示していたのかはわからない。けれど、それでも、今……確かに幸せだと感じて、笑っている自分が居る。BETAが居て、戦争が続いていて、人類は絶望の淵に追いやられているけれど……でも、それでも、戦い続ける自分たちにとって何よりも大切なこのひととき。

 皆と一緒に居る。

 皆と笑い合える。

 きっとそれは――なによりも尊くて、大事で、幸せなことで。だから、護りたい。茜の笑顔を護りたい。彼女が笑っていられる場所を護りたい。彼女が幸せであれる“今”を護りたい。――欲張りなことだ、と。自分でも可笑しくなるくらい、強欲だろうと思う。純夏に茜。彼女たちの生きる世界を護る。それはなんて大きくて重くて困難で……だからこそ、せめてそのための礎となることを厭わせない。


 胸に宿った新たな誓いを抱いて……武は綻んでいく口元を抑え切れなかった。――それは、でも、なんて眩しい世界……。

 くっ、と零れてくる笑み。隣りで茜が首を傾げている。突然笑い出した武を変だと感じているのかもしれない。上目遣いで武の表情を窺いながら、彼女は同じように微笑んで、武の左手を握る。本当は恥ずかしくてこそばゆくて仕方がないのだけれど、武はその手を払うことはしなかった。先を行く晴子たちの背中をぼんやりと見ながら……そういえば、こんな風に女の子と手を繋ぐのは初めてなのかもしれない、と。くすぐったい感情に、笑う。

 腰に提げた弧月が、不貞腐れたように音を立てる。いや、ひょっとすると鞘に巻かれた純夏のリボンが嫉妬しているのか……。自身の想像に薄ら寒いものを覚えながら、こんな幸せな気分も悪くない、と。そう思ってしまっていた。なら、今日は何かいいことがあるのかもしれないし……こういう浮かれた気分の時にこそ、それをぶち壊すようなナニカが起こるかもしれない。前者はともかく、後者だった場合に浮かれた気分のままだったとすると目も当てられない。しっかりと意識を切り換えて、気を引き締めなければ……。

 けれど、せめてPXに着くまでの間だけでも……こんな暖かな幸せを感じていたい。手の平を伝う茜の温もりを、命の鼓動を、護りたい彼女の感触を。しっかりと、刻み付けたい。

「……そうか、あの後二人で朝まで……か。白銀もついに“らしく”なったじゃないか」

「――宗像中尉、いきなり不穏なこと言わないでください」

 背後からの声に反射的に振り返る。中性的なハスキーヴォイス。さらにはクールな雰囲気漂う相貌の美冴がそこにいた。隣りには梼子。いつの間にかぴったりと背後につかれていて、その気配を感じ取れなかったというのだから恐ろしい。仮にも武道の一派を修める武であるが……どうにも、A-01の先任たちには化け物が勢ぞろいしている感がある。みちる然り水月然り、当然、美冴もその一人だ。面と向かって口にしたことはないが、それでも、彼女たちの戦闘力の高さはなにも戦術機に限ったことではないのだと痛感させられている。

 また、美冴と会話するときは必ずと言っていいほどに、弄くられていた。例えば彼女が水月をからかって遊んでいることは周知の事実だし、最早A-01部隊になくてはならない恒例となっている。どうやら他人をからかって場を引っ掻き回すこと、或いは単純にその対象が見せる様々な反応を愉しんでいるらしいのだが、次点として武が標的にされることが多かった。専ら、茜と水月に関する話題でからかわれることの多い武は、今回も例に漏れず昨夜のことを突かれてしまっている。

 別に二人で寝たわけでもないし、そもそも夜間訓練の後はちゃんとそれぞれの部屋へ戻ったのだ。美冴の言は完全に根拠も何もない出鱈目なのだが…………世の中には、それを確認せずに踊らされてしまう人もいるわけで……。

「ちょっ、なっ!!?? た、武ッッ、あ、あんたまさか…………っっ?!」

「あーその、水月さん。俺は潔白ですつぅかなんで水月さんが怒……」

「茜とっ!? 二人で!? 朝までですってぇええ!!?」

 ――あ、駄目だ。

 美冴の更に背後、遙と並んで歩いていたらしい水月の目が据わっている。表情は阿修羅の如く変化し、怒りか羞恥か、赤く染まっている。こうなった彼女には最早何を言っても無駄。ならば説得するという無駄な行為に費やす時間はなく、むしろそんな暇があるなら一刻も早く逃げ出すべきだ。こういうとき、頼りにすべき元同期たちの行動は素早い。野次馬根性逞しい彼女達は美冴が出現したその瞬間に武から距離を置き、傍観者の立ち位置へ移動済みだ。また、今の今まで手を繋いでいたはずの茜は姉君と二人仲良く並んで随分と先を歩いている。――おーい、見殺しですか? 声に出さず呟いて、所詮こんなもんだよとヤサグレるのも束の間、ギチギチと強張る首を回して、闘気漲る水月へ振り返る。無論、既に美冴と梼子の姿は無い。なんだかんだ言って梼子もこういう賑やかなことが好きなのだろう。美冴の言動を諌めることはあっても、未然に止めたことはない。

 いつの間にか水月と武の戦場が出来上がっており、最早どうすることも出来ない状況に……武は、ひょっとすると自分はこういう運命に在るのかも知れないなどと、よくわからない思考にたどり着き――――その日の朝食に、武が姿を見せることはなかったという。







 ===







 午前中の訓練を終え、自室でシャツを着替えてPXへ。火照ったままの体を冷ますつもりでゆっくりと歩く途中、前方に喧しくも言い争う人物の姿を見て、御剣冥夜は苦笑する。どうやら訓練中の連携について色々と思うところがあるらしい榊千鶴に彩峰慧。二人とも冥夜と同じ207衛士訓練部隊B分隊に所属する仲間だ。犬猿の仲、とでも評するべき彼女達は、けれど非常によく似た性格をしており、基本的に負けず嫌い、滅多なことで持論を翻さない、等々、頑固な面を持つ。更にはお互いの思考が真反対のベクトルを向いているために衝突することが多く……現に今目の前で口喧嘩の如き言い争いが展開しているわけだが。“そういうところが似ている”と言えば、揃って“コイツと一緒にするな”と咆えるし、周囲の者にとっても扱いにくいことこの上ない。

 ――が、それも数ヶ月前までの話。確かにそれまでの二人は手が付けられないくらい険悪な仲だった。それぞれの論理、思考、感情が真っ向から対立していて、共に手を取り力を合わせる仲間であるべきはずなのに、双方が足を引っ張り合い、互いの存在を邪魔なものとして嫌悪していたのだ。そんなどうしようもない泥仕合は、かつて同じ部隊だった少年の怒りと教官の機転によって、部隊員全員がそれぞれの過ちを知り、互いの長所も短所も理解し合い、或いは考え方や物事の捉え方を理解し合い……そうして、千鶴と慧だけでなく、冥夜たち全員は本当の意味で“仲間”へと成長することが出来た。

 それからは千鶴と慧の言い争いも随分と穏やかになったものだ。偶に拳や投げ技が炸裂したりしているが、それもじゃれ合う程度のもの。見ていて微笑ましいくらいである。感情でものを言うのではなく、それぞれ、どうしてそのように思うのか、何故それが最善と考えたのか……そういう、自身の論理というものを真剣に話し合っている。思考のベクトルが反対を向いていても、根本的に似ている二人である。合わせ鏡のようなものなのだろう、と、冥夜は思っていた。或いは、鏡に映ったもう一人の自分、とでも言おうか。

「榊、彩峰、何をそんなに盛り上がっているのだ?」

 ニコリと微笑みながら、二人の間に割って入る。小さく驚いたような千鶴に、憮然としたままの慧。どうやら冥夜が間に入らなければどちらかが“肉体言語”に訴えていた状況だったらしいが、さすがに食事前にそんな空気は勘弁願いたい。無論、それを見越しての仲裁だ。互いの意見をぶつけ合うことはいい。けれど、それが行き過ぎてはいけない。以前ほどの険悪さはないものの、色々と厄介な二人であることは変わらない。苦笑する冥夜に、千鶴が恥ずかしそうにそっぽを向いた。慧の頬も僅かに赤い。

 やれやれ――肩を竦める冥夜に、二人は恨めしそうな視線を寄越して、

「御剣、なに笑ってるのよ」 「御剣はいつもそう」

 同時に、双方から怒気混じりの言葉を喰らう。どうやら余計なお世話ということらしかったが、それで退く冥夜ではない。というか、気を遣って間に入ったというのに、こんな風に邪剣にされたのでは些かカチンとくる。…………沸点が低い、という点ではどうやら彼女も同様らしかった。



「ねぇ……なんで三人とも機嫌悪いの?」

「はぅあ~、わかりませ~ん……」

 それぞれが食事の乗ったトレイを置き、さぁ昼食だという段になって、鎧衣美琴が恐る恐る問いかける。問われた珠瀬壬姫はおろおろと泣きそうな表情で震えていた。並んで座る千鶴と冥夜、二人の対面に座る慧。三人とも険しい表情で目を瞑り、むっつりと閉じられた口は不機嫌そのものだ。顔に痣がないからそれほど悲惨なことにはならなかったらしいと予想する美琴だったが、何が発端でこんなことになっているのかはよくわからない。恐らくは午前中の訓練……が絡んでいるのだろうが、なにも食事の時間まで引き摺ることはあるまい。ちらりと隣に座る壬姫を見やると、彼女も同じように苦笑していた。

 喧嘩するほど……、という諺のとおり、確かに彼女達は仲がいい。互いに遠慮することがなくなってからは、ことあるごとに喧嘩して、その度に仲良くなっている。それは千鶴と慧に顕著だったが、冥夜が混じることも少なくなかった。三者三様の意見が飛び交い収拾がつかないなんてことは珍しくないのだが、訓練にまでそれを持ち込むことはなかったので問題ではない。好きなだけやればいい……というのが、美琴の結論だ。それで更によりよいナニカが掴めるのなら良し、或いは結束を強く出来るなら良し、だ。傍観者に徹するつもりはないが、基本的に我の強い彼女達を制御する術を持たないのが美琴である。

 その彼女とはまた違う理由から止める術を持たないのが壬姫だが、こちらは単純に、こういう状態の千鶴たちが怖くて近寄れない。拳が飛び交うような激しい喧嘩ともなれば、むしろ勇気が出て率先して間に入ることもあったが……無言のまま周囲を威圧するような怒気を、壬姫は苦手とするのだった。

 が、いい加減放っておくことも限界だろう。折角の休憩時間、出来るなら楽しく平穏に過ごしたい。ということで、不機嫌全開の三人の気を鎮めるべく、美琴は壬姫はアレコレと話題の種を探すのである。眼を閉じてう~んと唸りながら何かいいネタはないかと首を捻る。時折通り過ぎる基地職員達は、五人全員が冷めていく料理を前に眼を閉じてうんうん唸っているその光景を見て……そそくさと距離を置いていたのだが、それはさておき。


「そういえば、ねぇみんな知ってる?」

 いかにも“思いついた”という表情で、美琴が身を乗り出す。殺伐とした雰囲気の中、黙々と食事を続けていた面々が、むっとした表情のまま美琴を見る。心なしか千鶴の視線が伏せられているのは、どうやら美琴が気を遣ったらしいと気づいたためだろう。隊員のそういう気配りを察することのできる彼女は矢張り指揮官として向いているのだと思う。美琴はそんな千鶴に小さく苦笑しながら、PXに来てすぐに聞いた話を披露する。いつも基地の門衛を務めている警備兵がヒソヒソと大袈裟な身振りで話していたのを、偶然耳にしたのだった。

「ヒソヒソと大袈裟に……? なんか、よくわからない人たちね……それで?」

 千鶴から呆れたようなツッコミが入るが、彼女もまたこの話に乗って慧と冥夜との間に流れている不穏当な空気を払拭したいと考えたのだろう。苦笑を交えたまま続きを促してくる。そして、その千鶴を見れば、美琴の真意に気づけるのが慧と冥夜だ。二人ともバツが悪そうに眼をそらした後、如何にも“何も気にしていないぞ”という表情を繕って美琴の話に参加してくる。――似たもの同士。そんな言葉がぴったりな三人を見て、壬姫はくすくすと笑うのだった。

「うん、それでね、その人たちが言うには――今日の午前中、テロリストが侵入したんだって」

「「「っっ!?」」」 「えええ!?」

 サラリと言ってのけた美琴の言葉に、千鶴、慧、冥夜は絶句し、壬姫は驚愕に大声を上げた。その声量に慌てた美琴が壬姫の口を塞ぐが、しかし壬姫の反応も無理はない。ここは極東最大規模の国連軍基地だ。世界情勢から見ても最重要拠点のひとつとして機能している横浜基地に、テロリストが侵入した……。美琴はそう言ったのである。だが、些か不審な点は多い。もし本当にテロリストが侵入したというのなら、警報の類が鳴ってもおかしくないだろう。テロ鎮圧のために部隊が稼動したという報も聞かないし、如何に訓練兵といえど、歩兵の手伝いくらいは出来るはずだ。動員さえかからなかったというなら……テロは未然に防がれた、ということなのだろうか。四人は一応の平静を取り戻して、美琴の言葉を待った。

「あはは……ごめんごめん。テロリストって言っても、単独犯だったらしくて、あっという間に捕まえちゃったんだって。それがね、可笑しいんだ――」

 美琴の話を要約すると、訓練兵に化けて基地内に侵入しようと試みたテロリストは、けれど肝心の部隊章や認識票を所持しておらず、また、無用な警戒心を抱かせることのないようにと本当に何一つ武器を携行していなかった……ということらしい。話だけ聞くと単なる間抜けだが、それが本当にテロルを計画して乗り込んできた、或いは送り込まれてきたのだとすると、相当に抜けが多い。致命的なのは訓練兵に変装するための小道具が一切なかったことだろう。また、武器を非携行だったことにはある意味で周到さが感じられるが、莫迦正直にナイフの一本も持っていなかったというのは最早笑いを通り越して話にもならない。

「……それは、本当にテロリストだったのか?」

「今の話だけ聞くと、単なるその場の思いつきで適当に遊んでるようにしか思えないわね……」

「…………莫迦?」

 いまいち納得がいかないという表情で冥夜が首を傾げ、千鶴が呆れたように口を開く。慧にいたってはむべもないが、話を聞いた美琴自身そう思う。壬姫だけはテロルが未然に防がれたことを喜んでいる様子だが、それでも不審なテロリストだという認識は抱いている。……いや、不審でないテロリストなぞ居ないのかもしれないが、さておき。

 美琴としては千鶴たちの雰囲気がようやく普段どおりにまで戻ったのでこの話はこれでおしまい、ということで構わなかったのだが、色々と考えが働く――いわゆる真面目代表の冥夜と千鶴はそれぞれ思うところを口にする。警報もなく動員もなく、そして既に解決しているらしい事件。……事件、というほどのものでもないようだったが、そういう輩がよりにもよってこの横浜基地に出没したということ、或いはそのテロリストの真意というもの。その辺りを詳しく知りたいということらしかった。

「鎧衣、今の話、それ以上のことは聞かなかったのか?」

「え? うーん……偶然漏れ聞いただけだしね。それに、神宮司教官から何も聞かされなかったわけだし……多分、情報は規制されてるんじゃないかな」

 それはもっともだった。テロリストの集団が基地を占拠した、というならともかく、単独でしかも計画性も何もない愉快犯のような相手だったのだ。そんな輩に狙われたことも恥なら、それを基地職員に周知することも恥の上塗りだ。即座に鎮圧できたというならそれでよし。テロリスト集団の捜査は行われるかも知れなかったが、今の世界に人間同士で足を引っ張り合っている暇はない。後先考えず未来を見据えず、ただこちらの足を引っ張ってくるというのなら軍も動くだろうが、この程度で目くじらを立てていてもしょうがない。

 今日の午前中、間抜けなテロリストを捕まえた。

 ただそれだけのこと。美琴たち訓練兵が知らされなかったのはそのためだ。テロリストを捕らえたのだろう警備兵が仲間内で話題にしていたのは、滅多にない話の種に、つい口が滑ったという程度のことだろう。それを美琴が偶然耳にして、同じように仲間達に話して聞かせた……ゆえにこの話はこれ以上の広がりを持たない。色々と想像を膨らませて盛り上がることも出来るかもしれないが、美琴の真意が千鶴たちの険悪な雰囲気をどうにかしようというものだったのだから、その目的が達せられた時点でこの話題は役目を終えているのである。

 冥夜も、そして千鶴もそれがわかったのだろう、小さく笑うと、美琴の気遣いに視線で感謝を伝えてくる。場が和んだところで、と食事を再開する五人。途中、壬姫が美琴の脇をつついて、「うまくいったね」と微笑んだのは、彼女達二人の秘密だ。

 やがて食事も終え、食後のお茶に一息ついていると……分隊長である千鶴が真剣な表情で口を開いた。

「みんな聞いて。あと数週間もすれば、総合戦闘技術評価演習が始まるわ……」

 切り出されたその言葉に、全員の表情が引き締められる。和やかな食後の雰囲気は一瞬にして掻き消え、それぞれが衛士を目指す軍人としての気概に満ちる。通称を総戦技評価演習とも言うそれは、前期と後期の二回に分けて実施され、そのいずれかで合格できなければ衛士への道を閉ざされてしまうという、いわば最後の難関だ。千鶴たちB分隊の五人は、夏に行われた前期のそれに失格している。不合格の原因は……彼女たちが未熟であった、というものだと“彼女達自身は”信じている。いや、信じたいと思っている、というほうが正しいのかもしれない。全員とは言わないが、少なくとも内三人は、頑なにそう思っているのだった。

 実のところ、この第207衛士訓練部隊B分隊に所属する彼女達は、それぞれがかなり込み入った立場に在る人物の直系であり……即ち、それが原因で「失格」となった、或いは、そもそも最初から任官させるつもりがない、という後ろ暗い想像が先立っている。例えば冥夜が将軍家に縁の在る人物だということは皆も知っているし、千鶴の父親が現政府の総理大臣であるということも周知の事実。軍の情報に聡い者なら、慧と同じ苗字を持つ帝国軍人が過去に処刑されたことや、壬姫と同じ苗字の国連事務次官のことも知っているだろう。唯一美琴だけがそういった何かしらの“しがらみ”に捕らわれていないようだったが、一部隊中に四人もそのような者が存在しているなら、各々、ひょっとして自分のせいで失格させられてしまったのではないか……と。そんな想像が働いてしまうのだった。

 無論、そんなことはない。それはただ精神的に弱い自分が勝手に想像しているだけだ、と。そうやって全員が自身を励まし、また相手を疑わぬように心掛けてもいた。自分が未熟だった、或いは、全員が少しずつ未熟だった。きっと、そういうことなのだろう。だから失格した。だから失敗した。――なら、どうする? 決まっている。チャンスがもう一度残されているのなら、それを必ずもぎ取ってみせる。前回の総戦技評価演習から既に五ヶ月が過ぎた。十一月の半ば以降に実施されるだろう後期のそれを見据えながら、千鶴が不敵にも唇を歪める。

「絶対合格するわよ」

「当然だ。そのために我々は日々訓練を重ねているのだから」

「そんなの当たり前。今更気合を入れることじゃない」

「あはは……そうだね。うん、今度こそ合格しよ!」

「ががが頑張りますぅ~~っ!」

 千鶴の宣言に冥夜が頷き、慧が静かに闘志を顕にする。美琴が持ち前の明るさで笑顔を見せ、壬姫が拳を体の前で握って気合を込める。意気軒昂。気力に満ち、覚悟も当の昔に固まっている。今度こそ、絶対に合格する。それは最早決定事項。そういわんばかりに五人は頷きあい、改めて誓う。

 先に行ったA分隊に追いつくために。単独で衛士への道を突き進んだのだろう彼に追いつくために。

(待っていろ白銀……私もすぐに“そこ”にたどり着いて見せるぞ……)

 闘志を燃やす仲間たちの中で、一人冥夜は決意を新たにする。七月に偶然再会した白銀武。極秘裏に任官していた彼と話したそのときに抱いた想い。いつかその背中に追いつき、傷だらけのそれを支えてみせる。他の皆も既に武は任官したのだろうと予想しているが、彼が衛士徽章と階級章を身に付けている姿を見たことがあるのは自分だけ。……その時の“色々”を思い出して、知らず、頬が緩んでいた。

 そんな不審げな冥夜を見咎めた千鶴が声を掛け、冥夜はハッとするのだが……いかんせん、普段誰にも見せたこのない奇態に全員が疑いの目を向けている。何とか誤魔化そうと合成緑茶を口に含んだその瞬間、慧の「男……?」という呟きに、盛大に噴き出してしまうのだった。







 ===







 シミュレータから出ると、ひんやりとした空気が心地よい。体温調節機能を備えた強化装備のおかげで不快に思うようなことはないのだが、矢張り剥き出しの顔面は戦闘の緊張と熱気に火照っているし、それを冷ます空気をありがたいと感じるのは、当然の生理反応だろう。武はぐっと伸びをした後タラップを降り、同じようにシミュレータから出てきた仲間達と共に整列する。CPを務めていた遙が先の戦闘データをプリントして立っており、隊長のみちるがそれを受け取って内容を吟味していた。水月の号令で全員が姿勢を正す。この場でデブリーフィングを行い、以後は解散という流れとなる。

 本日の訓練内容はハイヴ攻略戦。ヴォールクデータを元に作成された、ハイヴ内部を模擬した擬似空間での突入訓練だ。これまでも幾度となく挑戦したことのあるデータだが、なかなかに手強い。想定はフェイズ3ハイヴ。突入するたびにランダムに変化する内部構造、常に選択を迫られる侵攻ルート等、瞬間瞬間の判断こそ生き残るために最も重要な要素となる攻略戦。最大目標は反応炉の破壊、ならびに離脱だが……実のところ、横浜基地最強と夕呼自身が謳うA-01部隊でさえ、未だに全員生還を果たしたことはない。

 そもそも一個中隊でハイヴ突入、という条件の時点で既に超難題なのだが、それが全員揃って生還となると、更に難易度は跳ね上がる。夕呼に言わせれば、スピードこそが求められる状況で大部隊引き連れての侵攻なんて論外、ということらしい。確かに、ハイヴ内のように援護も支援も届かないような場所で生き残るためには、なによりもスピードを重視する論理は理解できる。時間が掛かる、ということはそれだけBETAを相手にする時間が増えるということ。BETAを相手にする時間が増えるということは、弾薬の消費、長刀・ナイフの損耗、推進剤の浪費に繋がる。更には戦闘時間の増加というわけだから、衛士自身の疲労が蓄積する。装備がなくなり推進剤がなくなり、疲労がたまることで冷静的確な判断が行えなくなる……要するに、生き残る可能性が時間の経過に反比例して激減していく。

 突入部隊が多いと部隊間の支援や連携でより多くのBETAと戦えるメリットがあり、また隊員の生存確率も一時的に上昇するメリットがある。だが、裏を返せばそれは援護すべき対象が増えるということであり、弾薬消費量も増加し、部隊全体の足が遅くなることに繋がる……。つまり、突入部隊が多ければ多いほど、それも「ハイヴ内」で生き残る可能性を減らしていくのだ。

 だからといってあまりにも少数過ぎたのでは、そもそも最深部への到達さえ敵わないだろう。要はバランスということなのだろうが、いかんせん、伊隅ヴァルキリーズの衛士15名で、毎回必ず生還できる者……というものは未だ居ない。隊長のみちるでさえ、やむなく自爆することも多々あるのだ。反応炉破壊を達成できないことさえ、珍しいことではない。各員の錬度の問題、ということもあるだろう。或いは現在のハイヴ攻略に関する戦略がそもそも無理があるのか。一日中ハイヴ攻略戦を繰り返して得た結論は、矢張り何がしかの改善をしなければ、これ以上の結果を得ることは敵うまい、ということだった。

 デブリーフィングの最後に、各小隊長が呼ばれていた。武たち隊員はこのまま解散となるが、みちる、水月、美冴、そして遙の四名は引き続きミーティングを行うらしい。責任を持つ立場にある者の義務、責務と言ってもいいそれを眺めながら、武は内心で合掌していた。

(俺は出来れば兵卒のままがいいなぁ……)

 突撃前衛長であり、目標とする水月の背中を見ながら、苦笑する。なんだかんだ言って頼るべき素晴らしき我らが小隊長殿は、そんな武の考えとは裏腹に、心の底から尊敬にするに相応しい毅然とした態度でみちるに付き従って行った。いつまでも眺めていても仕方ない。武はもう一度疲労の蓄積した体を伸ばし、どうやら待っていてくれたらしい茜とともに更衣室へ向かう。

「……白銀さん」

「――ぉ?」

 先程までの訓練内容を茜と評価しあいながら歩いていると、通路の端に社霞が立っていた。武の名を呼び、とことこと目の前までやって来て、小さく会釈する。その霞の仕草に武も手を挙げ、茜もにこやかに挨拶する。僅かに微笑みを見せた霞はちらりと茜を見やった後、ほんの少し困ったような視線を武に向けた。実のところこうして霞と会うのは一ヶ月ぶりなのだが、どうやら以前と変わった様子のない態度に少々複雑な感情を抱く。恨まれているのではないか、或いは、嫌われたか――そんな後ろ暗い感情は、恐怖は、今も確かに武の中に存在している。夕呼以外に、唯一……武の罪を知る少女。未熟だった武の犯した暴挙を目の当たりにし、腕をなくした夕呼に縋って泣いていた少女。殺さないで――そう泣き叫んで、必死に庇っていた……霞は。

 けれど、微笑んでくれていた。武の名を呼んでくれて、あの頃と同じ、注意深く観察しないとわからないような僅かな感情を見せてくれた。――それは、とても嬉しいと思える。

 霞は、武の罪を赦してくれている……。それが、わかる。そんな霞に対して済まないと思うのは、恥知らずな餓鬼の思考だろうか。武の罪を知り、武の業を知り、そして……いずれ辿る死と、純夏の全てを知る霞。彼女は、彼女なりの矜持と誇りをもって、武を赦してくれているのだ。……ならば、それを武個人の感情で穢してはならない。霞自身があの頃のように接してくれて、それを望むと言うのなら、それに応えて見せるのが、罪を犯した武の取るべき選択だろう。

「どうした、社。何か用か?」

「……香月博士に、頼まれました」

 出来るだけ“いつもどおり”を心掛けながら、笑顔を浮かべる。――多分、頬が引き攣っているんだろうな、と。まだまだ未熟な自身を認識しながら、せめて茜には気づかれたくないというちっぽけなプライドが脳裏を掠めた。ここに来て罪を知られたくないと思う底の浅さに辟易とするが、それも正直な感情だろう。明かすべきでない罪というのは確かに存在する。何もかも曝け出して罰を乞うのは、ただの八つ当たりと同義だからだ。……だから、事情を知らない茜には、どうか知らないままで居て欲しい。故に、引き攣った笑顔だろうがなんだろうが、彼女に何がしかを悟られるわけにはいかないのであり……霞もまた、同様に考えているのだろう。

 夕呼の名を出し、再度茜を困ったように見上げる霞。それだけで悟ったのだろう、茜は武に先に行くと一言残し、気にしていない風に歩いて行った。必然、残された武は霞と二人で向き合う形になったのだが……ここで若干、武は困惑してしまう。

 既に二ヶ月近く顔を合わせていない副司令。香月夕呼。武が切断した右腕の経過についても一切知らされていないくらい、まるで接点というものがなかった。外部に対する情報遮断なのだろうことは想像できたし、その必要性も理解できている。擬似生体移植技術は既に確立されたものであり、実際にその恩恵によって左腕を取り戻した武であるから、夕呼の腕も“元通り”に治っているのだろうと予想しているし、純夏のリーディングは既に完了していることから、夕呼の中での武の使い道というものは衛士として戦うことくらいだろう、とも予想できる。

 A-01部隊で夕呼の呼び出しを受けるのは隊長のみちるのみ。既に特務の任を解かれた武は、他の皆と同様、呼び出されることなどなかった。その事実を鑑みても、“純夏をリーディング出来る可能性の高い白銀武”は、既に目的を達成し、用済みということがわかる。……では、直属部隊ではあるものの、一兵卒に過ぎない現在の武に、夕呼は如何なる用があるというのだろうか。わざわざ霞を寄越すあたりに彼女の多忙さが窺えるが、人類を救うという超難題を抱えている彼女の重圧を百分の一でも思えばそれは無理からぬことだろうと想像できる。まして、頼みごととは……。見れば霞はスカートのポケットから何かを取り出して武に差し出していた。何だろうと小さな紙袋を受け取って――ああ、そうか、と。

「あのクスリ……か」

「はい。以前お渡しした分がそろそろ切れるはずですから……」

 AL3を遂行したソビエトがそれ以前に開発した、後天的人工ESP発現体を「作成」するための劇薬。否、魔薬とでも言うべき外道のカプセル薬。三日おきに服用が義務付けられているそれは、脳内分泌物質を操作し、神経系を強引に強化することでESP能力を引きずり出す乱暴極まりない「毒」のようなものだという。その副作用は凄まじく、服用を止めれば――それまでの服用量にも依るが――軽くて言語障害、身体の障害に……最終的には、脳死を引き起こすという。規定量を超過或いは不足しても結果は同じ。なんともリスクばかりが目立つクスリだが、今更後悔しても遅すぎる。夕呼自身このクスリの使用は相当な冒険だったのだろうし、あの超人的な彼女をして、そこまで追い詰められていたというのだから……納得できないながらも、最早これも運命の内と思うようにしている。

 もっとも……そう思えるようになるまでに随分と愚かな過ちを繰り返したわけだが……。少しは成長できたのだろうか、と。武は自身に問いかける。答えは…………わからない。少なくとも、このクスリのことで夕呼を憎むことは“しない”。心の奥底の本心というものはともかくとして、A-01の一員として、衛士として、真那の教えを受けた剣士として、もう二度とあんな無様を繰り返さないと誓った身である。それを表面化させる気など毛頭ない。

 受け取った紙袋の口を開き、気づく。――色が違う。

 現在受け取っているカプセル役は赤色と透明色のカプセルの中に、黄色い顆粒が詰められているものだった。が、今受け取ったそれは中の顆粒は黄色だが、それを包むカプセルの色が赤から青に変わっている。違うクスリ、ということなのだろうか。首をかしげながら霞を見れば、少女は僅かに誇らしげに頷いて見せた。

「博士が……改良したんです」

「改良……」

 その言葉に多少ドキリとしてしまったのは仕方がないだろう。なにせ、香月夕呼である。AL4の統括者であり横浜基地の副司令という肩書きを鑑みれば相当に素晴らしい人物なのだろうことは想像に難くないが、けれどこれまで武が経験した様々な彼女の“思惑”が、言いようのない警戒心を煽るのだ。常にAL4の成功という一貫した行動目標に従っての思惑、そして決断だったことは少し考えればわかることだが、それでも、その悉くによって人生を壊滅的に振り回された一面のある武にとって、矢張り彼女は忌避したい存在として君臨している。衛士としての思考は彼女の命令に従うことを最早拒みはしないし、納得できずとも、感情を暴走させることはしない。……が、外面に晒すことのない内情として、武自身の本音としては、彼女への憎しみが消えることのないのと同様に――忌むべき人物、なのである。

 その彼女が改良したという。霞の表情から決してそれがマイナス面に働くということはないのだろうが、だとするとそれは如何なる改良だろうか。その疑問に答えるように、霞が丁寧に説明してくれた。

 武に求めたリーディングは既に十分な成果を挙げた。その結果から、これ以上純夏をリーディングしたところで現在以上の成果は得られないと予測できる。また、その詳細を細微に至り調査することはある意味で重要な側面を持つが、現状、戦略的観点から判断する限り、有益な情報を得られる可能性は皆無。故にこれ以上純夏をリーディングする必要はなく、それが可能な武も、これ以上の能力開発は不要となった。現在武が服用を続けているクスリは大雑把に言えば「脳改造」のための成分と、「副作用の抑制」のための成分が含まれているという。が、これ以上の能力開発が不要であるために、前者の成分も不要となり……即ち、改良されたカプセル薬には、副作用を抑える効果のみがある。もっとも、あくまで副作用を抑えるためのものでESP能力を消失させるような効果はなく……既に改造、変化した脳細胞を元通りにすることは出来ないらしい。その辺りの研究レポートはAL3の最中に紛失していたらしいが、副作用をこれ以上に抑制できるだけでも朗報だ。

「そうか……ありがとう、社。ありがたく頂戴しておくよ」

「……はい。……それと、」

 出来るだけ優しげに微笑んで頷いた武に、一つだけ、と霞が言葉を紡ぐ。夕呼からの忠告というそれは、改良はしたものの、誰にも試したことはないということ。つまり、前例がない、薬品としての実績は皆無、ということだった。まるっきりの新薬、というわけではないのだが、元々のそれを開発するにあたり何百という人体実験を繰り返した事実と比較すれば、あまりにも心許ない話である。とどのつまり、これも人体実験の一つ、というわけだ。恐らく夕呼があの魔薬を今後使うことはないのだろう。武が服用するに至った経緯は、あの脳ミソが純夏であり、武と彼女が何よりも精神的に繋がっていたからだ。霞をしてリーディングしきれなった脳を、幼馴染で恋人の武ならばひょっとして読みきれるのではないか、という予測の元に行われた一種の賭けである。

 分の悪い賭けだったのだろうが、成果は先の通り。そしてそれさえが既に“用はない”というなら、武以外にあのクスリを服用するものは現れないだろう。なにせ、飲めばいずれ副作用で死ぬようなとんでもないクスリである。それほどのリスクを負ってまで成すべきことなど早々ないだろうし、あったとしても、それはもっと違う形で命を懸ける事象だろう。なんにせよ、この改良品は武のためだけに開発されたのであり……そのために人体実験など実施されたのでは、武としては非常に迷惑な話だろう。故に、最初の被験者が武ということ、そして実績も何もなくとも、それは彼にとってなにも問題ではない。

 むしろ、夕呼の腕を斬り彼女の足を引っ張った愚かな自分に、ここまで気を遣ってくれる彼女に申し訳なく思うくらいだ。リーディングに成功した褒章は既にバッフワイト素子という形で受け取っている。ならば今回のこのクスリは完全に、夕呼なりの優しさの表れなのかもしれなかった。……感傷を断ち切ったはずの彼女が、尚も気を回してくれている。どう足掻いたところで夕呼を認められる日はこないのだろうが、こういう……果たして本人に自覚があるのかないのかわからない“優しさ”というものは、心苦しくも温かいと思えるものだった。ここは、今も身に付けている認識票の形をしたバッフワイト素子同様、素直に受け取っておくべきだろう。

 霞に対して礼を述べると、少女はニッコリと笑顔を見せてくれた。くしゃくしゃと彼女の頭を撫でて、じゃあな、と横を通り過ぎる。時間にして僅かなものだったが、既に皆着替え終えてPXにでも集まっているのだろう。自分もシャワーを浴びてそこへ向かおうと思考を巡らせていると……

「ぁ、待ってくださいっ」

「え?」

 慌てたように追いかけてくる霞に呼ばれ、立ち止まる。そんなに早足で歩いていたつもりはないのだが、懸命に走ってきた彼女は肩で息をしている。……見るからに鍛えようの足りない幼い体。別に軍人でないのだからいいのかもしれないが……恐らく、同年代の少女と比較しても相当差で劣るのではないだろうか。それはさておき。

「まだなんかあるのか?」

 純粋に疑問に思ったことを尋ねてみれば、僅かに怯んだ様子を見せる霞。どうやら今の発言は彼女にとって少々キツイものだったらしい。対人関係の経験が少ない霞である、もうちょっと言葉には気を払ったほうがいいらしいと納得して、武は苦笑しながらもう一度聞きなおした。それに意を決したのか、霞は至極真面目な表情で武を見上げて……

「白銀さんは、兄弟はいますか?」

 と尋ねてきた。一瞬、虚を突かれたように硬直する。……が、すぐに可笑しくなって笑った。

「あはは、なんだそりゃ。居ないよ。俺は一人っ子だぜ?」

「…………本当ですか? 生き別れた双子の弟さんとか、居ませんか?」

 おや、と武は思う。霞も冗談を言うのかと思っていたのだが、なにやら様子がおかしい。尚も問いかける少女の表情は真剣そのもの。微塵にも茶化すような気配はなく、ただ、事実を知ろうとする冷静さが光る。――しかし、生き別れの双子、とは。そんなことを問われたのは生まれて初めてだった。逆に、それほど真剣に尋ねられては「ひょっとして居るのか?」などと莫迦げた想像をしてしまう。……が、そんなことは当然ない。武にとっての親は自身を産み育ててくれた父母以外に存在せず、例えば腹違いのキョウダイや父親の違うキョウダイなんてものが存在する可能性なんてものは……それこそ、天地がひっくり返っても在り得ない。あの両親が浮気などするはずもないし、結婚する以前に違う相手と結ばれていたなんて可能性は考えたくもない。まして、双子、などと。赤子の頃に引き裂かれたというならわからないでもないが、それこそ武の両親が選択するはずもなく。幼少の武に“愛する人を護る強さ”を教えてくれた父が、その父を愛した母が、そんな無体をする理由がない。

 故に、武には如何なるキョウダイも存在しない。もし“居た”のならば今も武の兄或いは弟、姉或いは妹として存在しているはずだろう。

「いないよ。俺にキョウダイなんて居ない。……嘘をついていないのは、わかるだろう?」

「――――はい。白銀さんは、嘘をついていません」

 眼を閉じて、霞は申し訳なさそうに呟く。リーディングを行使してまでの問いとは……些か引っ掛かるが、けれど、それが夕呼からの命令であるというなら、武は何も言わないし、不快にも思わない。そう在るべし、と。創られ教えられてきた霞の境遇を不遇なものと身勝手な同情を抱くことはあっても、その彼女を哀れと思うことは絶対にしない。霞は僅かに眉を寄せて、バイバイと手を振って背を向ける。――ばいばい。呟いた武に振り向くことなく、“尋問”を終えた少女はどこか消沈した様子で遠ざかっていった。

 どこか、胸に引っ掛かる。最後の霞の問い。武にキョウダイ……しかも双子の兄か弟の存在に限定しての、問い。武にそういう存在が居たとして、それが一体なんだというのだろうか。夕呼の企みなど想像もつかないし知ったことではないが、なにか気に掛かる。悪い予感、というほどのモノではない。ただ……居心地の悪い違和感というか、奇妙な後味の悪さが舌の上を転がっている。霞がどこまでも真剣だったことが――なによりも、妙だと思える。わざわざリーディングで武の内奥を読み取っていながら、だ。

「……ま、考えても仕方ない、か」

 もし今のやり取りを受けて夕呼が行動を起こすというのなら、その時はその時だし、まだそうと決まったわけではない。何一つ見えない状況というものは、かつてのリーディング能力開発のための投薬の際に散々味わったのだ。あの得体の知れない怖気に比べればなんということはない。単に後味が悪いというだけのことだ。――何も問題ない。

 頷いて、武もまた歩を進める。さっさとシャワーを浴びて、皆が待つPXへ行こう。水月たちの分の食事も受け取っておいて、全員揃って莫迦みたいに騒ぐのだ。



 きっとそれは、こんな些細な違和感なんて簡単に吹き飛ぶくらい――楽しいに違いない。



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