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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 守護者編:[三章-04]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:d7901020 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/05/17 01:35

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「守護者編:三章-04」





 XM3に関することで言うならば、計画は順調。予定通りの進捗を見せている。鉄(くろがね)という異分子の出現がこうも見事に良い方向の展開をもたらしてくれるとは、流石の夕呼も想像していなかった。というのも、夕呼には戦術機のOSを改良した程度でこれほどの戦力向上を望めるとは思えなかったからだ。実際に機体を操縦した鉄から感想を聞いて、戦術機の操縦とはなんとも面倒くさいものなのだと知った。……いや、理論としては知っていたのだ。そして、それが相当にレベルの高い技術の粋を集めたものだということも。

 だが、それは鉄によって覆される。

 彼から言わせれば、従来の戦術機の操縦システムは無駄があり過ぎ、或いは融通が利かないとか。例えば機体が転倒しそうになればオートで姿勢制御を行い、転倒を回避したり受身を取ったりするのだが、そのシーケンスを解除できないこと。――転倒しながらでも銃を撃てる――その方が重要だと、嬉々とした様子で彼は話していた。当初は無駄で無意味なコマンド入力と思っていたそれも、よくよく話を聞いてみれば「あらかじめ先の行動を入力しておくことで次の動作までのタイムラグをなくせる」という一応の理論に基づいていた。

 武と模擬戦を行わせ、彼の取る機動概念の有効さがわかれば、後の行動は早かった。鉄の生み出した発想、或いは概念そのもの。それは武器になる。00ユニット開発のために進めていた研究理論を応用すれば、新型OSの基盤を完成させることは容易かった。無論、夕呼が天才だということも理由の一つではある。

 そういった経緯から始まった新型OS開発も、XM3の完成を迎え、訓練部隊の慣熟、駐留斯衛軍への試供等、順調に進んでいる。各国へ公開するには十分すぎる成果だといっていいだろう。新潟での戦闘、歴代の訓練成績を塗り替える207部隊の成果、日本を代表する斯衛との戦闘データ……特に、この斯衛軍第19独立警護小隊がXM3の性能を認め、慣熟訓練に移っているというのが大きい。

 モニター越しに観戦していた水月と真那の模擬戦には多少冷や汗をかかされはしたものの、結果としては上々だった。日本の斯衛軍の実力は、世界が認めるほどに高いのだ。トライアルの折には彼女達にも参加してもらいたいというのが夕呼の心算ではあるが……さて、その点についてはまだ問題が多い。例え斯衛軍の参加がなくとも世界はXM3を認め、欲するだろう。よりインパクトを求めるならば、という程度の一手でしかないわけだが、もしそれが実現したならば、特に日本人の共感、賛同は凄まじいものとなるだろう。

 では――、それら以外では、どうか。

 オルタネイティヴ4……夕呼が目指す、人類の救済。その一手であり、最終手段。00ユニットの完成――何もかもが、停滞している。量子電導脳の開発のための理論が、実現出来ない。現世界最高峰の技術と知識を以ってしても、その完成には至っていない。

 いくらXM3という希望を打ちたて、時間稼ぎのための布石を打とうとも……恐らく、これが完成しなければ、人類に未来はない。

 確かにXM3は人類を救う希望の一つ足り得るだろう。そして、全軍がXM3を搭載し、十二分の火力支援・陽動があれば、戦術機でのハイヴ攻略も夢ではあるまい。――否、夢物語にさせないために、今、準備を進めているのだ。が。

 それだけでは、足りない。XM3だけでは、“勝ち続ける”ことが出来ない。いずれ人類側の戦力は底を尽き、BETAに蹂躙される日がやってくる。世界中にXM3が配備されたとして、人類の寿命は数年伸びればいいほうだろう。その間にどれだけのハイヴを攻略し、どれだけの短期間で00ユニットを完成できるか、が……これからの人類に、夕呼に残された課題である。

 つまり、本来の計画においては全く成果を出せていない現状をどうにか食い繋ぐために、XM3は絶対に必須で、そして、それだけの時間を稼ぐためのハイヴ攻略戦の成功は必須条件となる。甲21号目標、通称佐渡島ハイヴ。既にフェイズ4へと到達しているあの地下要塞を、何としてでも落とさねばならない。

 そのために必要な戦力は、文字通り日本全て。ハイヴ攻略戦など誰も成したことがないために、実際どの程度の戦力を投入すれば万全なのか、誰にも予想がつかない。そして、絶対に失敗が許されない作戦なればこそ、日本には相当の犠牲を払ってもらわねばならない。……「日本全て」などと言っても、実際そのとおりの戦力を投入することは不可能だ。甲20号目標の動向にも注意は必要だし、日本での復権を常々気にかけている米軍の動きにも目を向けなければならない。極東国連軍の協力があればそれらを封じることも可能だろうが、日本総力を挙げての作戦というには、些か無理がありすぎるのも承知している。

 では、どうする。

 XM3の優位性を知らしめ、日本人に希望を抱かせることに成功したならば、甲21号目標攻略作戦へ眼を向けさせることは容易い。ましてAL4を提唱した日本であるからこそ、夕呼の提案に異議を唱えはしないだろう。……表面的、対外的なポーズとしての渋りはあるかもしれないが、それこそポーズでしかあるまい。どの道、世界中の気運をそのように向けてしまえば、日本は作戦に同意せざるを得なくなる。最も望ましい形を採るならば、作戦立案、提唱を日本側から発することだが――これについては、現将軍陛下の周囲を囲む癌細胞の存在によって有耶無耶にされてしまいかねない。

 果たしてXM3という切り札だけで元枢府を動かせるかどうか。目前に迫るこの問題を解決するための布石を、夕呼はこれから模索せねばならなかった。

「結局……ひとつとしてまともに進んじゃいないのよね…………」

 溜息と共に、自嘲する。椅子に深く深く背を預け、無意味に軋ませてみるものの、それで事態が好転するはずもなく……。量子電導脳の開発は随分前から停滞したままだ。国連本部への定期報告の期日は近い。それまでに何とかポーズだけでも取り繕って見せなければ、年内の計画凍結さえ、ないとは言い切れない状況だ。

「珠瀬事務次官……か」

 知らない名ではない。むしろよく見知った人物である。国連事務次官の名を知らぬものなど、国連内部に存在しない。基地視察を兼ねた、夕呼への査察といったところか。連中も焦れているのだ。莫大な予算と優秀なスタッフを独占していながらになんの成果も挙げられないプロジェクト……五年前から始まったこの計画も、そろそろ見切りの時期が近づいているということらしい。

 忌々しい――とは、思う。だが、同時にこのまま手をこまねいていては不味いことも承知している。AL5推進派や、それに呼応する形での米軍側の動向等、煩わしい事項は多い。正直な話、人類全体がここまで追い詰められている状況で、同じニンゲンが足の引っ張り合いをしている場合かとも思うが、それもまた、ニンゲンの本性であろう。夕呼は博愛主義ではないし聖人君子でも在り得ないが、それらニンゲンの暗部さえあるがままに受け入れ、理解できるからこそ、愚昧な連中を見れば吐き気を催すのである。

 特に…………今、この時期は。

 追い詰められている自分を、誰よりも理解している。XM3以外頼るもののない現状に、狂いそうなくらいの怒りを覚える。

 理論は完璧だ。そのはずだ。どうしてそれが完成できない!? 人類の未来がかかっているのだ! その道の天才が揃っているというのなら、死に物狂いでやってみせろ!! ――そんな風に感情を吐き出すことが出来れば、それはどれ程に楽だろう。……無責任で、独り善がりなだけだ。喚けば事態が好転するというなら、喉が破れるまで喚いてやる。ヒステリーになればBETAが一掃できるというなら、所構わずヒステリックに陥ってやる……ッッ。

 だが、現実はそんなこと在り得ない。喚こうが、ヒステリーを起こそうが、BETAは“そこに居る”のである。

「あんたがわけわかんなくたって、事実は変わらない……」

 いつだったか……そう、それは鉄と対面した時に、夕呼が彼に言った言葉である。理解できない現実を前に取り乱した彼を嗜めるつもりで放った言葉だ。……今の自分の置かれた状況は、それに通ずるものがある。認めたくない事実がそこに、存在している。夕呼にとってのそれはいうまでもなく、00ユニットが完成しないことだ。

 “このままでは”00ユニットは完成しない……量子電導脳の開発に到れない。ならば、どうする?

 XM3は、鉄の発想から生まれた。“彼”は、自分たちにない発想を持っている。知っている。こちらが常識と思う何もかもとは違う“常識”を持ち合わせている。――そうだ。そもそも、鉄とは、ドッペル1とは、“彼”とは、一体何者なのか? どうしてここにいる? どうしてここに存在している? 仮定はいくつも積み上げた。どれひとつとして確証はないが、その中でも一つだけ、「そうであって欲しい」と願ってしまう希望がある。

「シロガネタケルは、この世界を救うために現れた――――」

 《鉄仮面》を被せ、名を偽り、正体を隠したのは何のためか。それは、“彼”の存在を絶対に知られてはならないと判断したからだ。出遭ったその日から、B19フロアに軟禁し続けているのは何のためか。鉄という人物。少なくとも、“彼”自身が「そう」だと思っている人物は……既に、この世界に存在しているからだ。

 ――「シロガネタケル」という人物は、A-01に所属し、この世界に存在しているからだ。



 鉄は「この世界」の人間ではない。



 そんなことは最初からわかっている。「白銀武」が存在している以上、鉄が「シロガネタケル」であるはずがない。――だが、それでも、“彼”は「シロガネタケル」として存在する。“やってきた”とでも言うべきか。次元を越え、時空を越えて、「この世界」に“やってきた”。

 多元宇宙、平行世界……なんでもいい、それを指す言葉が何かなんてことは、全く以って重要ではない。大切なのは、重視すべきは、その事実であり――因果、だ。

 鉄が……いや、シロガネタケルが“やってきた”と言う結「果」がある以上、そこにはシロガネタケルがやって来るための原「因」が存在する。しかも、この世界に白銀武が存在しながらに“やって来る”ほどの原「因」だ。世界の矛盾さえ捻じ曲げて同一の存在を二重に許容させるほどの「因果」。ならばそれは、間違いなくこの世界に影響を及ぼすほどのナニカだ。

 例えばそれはXM3の開発であったり、因果律量子論の証明であったりするのかもしれない。……なるほど、確かに二つとも、この世界に多大なる影響を与えるだろう代物だ。特に前者は、既に少なくない影響を与えている。戦術機の革命と技術者は口を揃えて言う。ならば、発案者である鉄は確かに世界を変えるほどの力を持っていたということになる。

 だが――それがどうした。

 XM3は確かに素晴らしい。交渉のカードとしてだけでなく、世界中に希望を与えるに相応しい革新を呼ぶだろう。……だが、それだけでは足りないのだ。それは先程もこれまでも、散々頭を悩ませて理解していることである。忌々しいが、それだけで勝てるほど、人類に余裕はない。

 では、シロガネタケルが“やってきた”本当の理由。原「因」とは。この世界を救うためであって欲しいと願うのは、唾棄すべきセンチメンタリズムだろうか。……そんなはずは、ない。今、この時、この世界に、“白銀武が存在しながら”に、“シロガネタケルがやってきた”というならば。そこには必ず、意味がある。確固たる理由がある。あって然るべきだ!!

「鑑純夏……」

 そうとしか考えられない。可能性があるのは、彼女しか居ない。自分でも突拍子もない理論だと鼻で笑いたい気分だが、今のところこれを否定する根拠も、肯定する根拠もない。仮定とは便利な言葉だと内心で自嘲しながら、夕呼は盛大に溜息をついた。――つまり結局、何一つとして変わらない。



 鑑純夏にはシロガネタケルを“呼ぶ”「因果」が在り。

 シロガネタケルには「この世界」に“やって来る”「因果」が在る。



 ただ、それだけのことだ。そしてそれを証明する根拠は一切ない。夕呼を嘲笑うような事実だけがそこに横たわっている。そして同時に、「矛盾を嫌う」“世界”が白銀武とシロガネタケルの二重存在を許容するというのなら、少なくとも二人は同一人物ではない。シロガネタケル……という存在そのものが、白銀武とは違うモノ。そうとしか言いようがない。だからこそ、この世界の現状を覆すほどの影響を及ぼす可能性を秘めているはずなのだが……果たして、それがなんなのかが掴めない。

 ……結局のところ、白銀武が居ようが居まいが、シロガネタケルは“やってきた”のだろう。或いは、そういった「因果」からすれば、白銀武が今こうして存在していることの方が想定外なのかもしれない。

 ――そんなことを埒もなく思ってみれば、少しは気が紛れるとでも思ったのかしら。皮肉気な笑みが浮かぶ。ギシリ、と椅子を軋ませながら、夕呼は席を立つ。向かう先は、鉄の住居となって久しい、部屋という名の檻。

 手駒は、一つでも多いほうがいい。まして、それがXM3の発案者にして「他の世界」の住人、「この世界」に変革をもたらすほどの「因果」を背負っているらしい存在ならば。

「甲21号作戦……使い物になるかしらね」

 催眠暗示と投薬によってBETAに対する恐怖――PTSDに似た反応は抑制できている。以前のようにBETAの姿を見ただけで心身に異常をみせるようなことはなくなった。……だが、鉄は軍人ではない。死ぬ覚悟がない。未だに「この世界」の存在を認めようとせず、思い出したように夢だと呟く。ピアティフはよくやってくれているが、彼女は専門的な知識を持ち合わせた医師ではないし、そろそろ限界が近い。精神的に磨耗しかけているという報告も受けていた。

 反応を示すのは戦術機のシミュレータと、ピアティフのみ。この時代、男の仕事は戦争と女を抱くこととはよく言ったものだと思うが、正直、正常な人間の状態ではないだろう。

 ――が、使い捨てるには惜しい。かつて白銀武に見出した以上の利用価値を、シロガネタケルは秘めているに違いないのだから。

 BETAへの恐怖、死への恐怖。新兵に多く見られるパニックさえ克服できたなら、鉄は際立って優秀な衛士となるに違いない。精神的、人間的に優秀かどうかはこの際関係なく、戦力として当てにできるというなら、当然、夕呼直轄のポジションに据える。……だが、リスクを伴うことも事実だ。戦場に出せば、死ぬかもしれない。シロガネタケルが「この世界」に及ぼす影響がなにかを解明しないまま――或いはそれは00ユニット完成に関わることなのかもしれない――、喪うことは避けたい。

「使い物になったとして、けれどそれは最悪の事態の切り札って所かしら……」

 歩きながら、思考を纏める。無意識に口に出していたことに夕呼は気づかないが、そもそもこのフロアには彼女以外には社霞と件の鉄しかいない。それすらも矢張り無意識下に確認しながら……最悪の事態に陥ったとして、軍人ではない甘ちゃんに頼ることが出来るかというと……夕呼は苦笑するしかない。そもそも、想定する“最悪の事態”とはなんだろうか。BETAがこの横浜基地を強襲する? テロリストが基地を占拠する? ……どちらもないとは言い切れない現状に、吐きたくもない最後の溜息をついて、夕呼はその扉を開く。

 たっぷりと数秒の沈黙の後、虚ろな声が夕呼の鼓膜を震わせた。

「……………………………………………………ゆうこせんせい」

 外された仮面が、ベッドの傍に転がり落ちている。やつれかけた頬。普段から照明をつけていないのか……差し込んだ光を眩しそうに睨みながら、弱々しく口を開く。

「……先生……オレを、家に帰してください……」

「――――――――、」

 傷のない左眼が、どこまでも黒く澱んだ瞳が、まるで夕呼を呪うように。

 その声に込められた感情の名は、一体なんだろうか。懇願、嘆願、憎悪、怨念……さて、いずれにしても、夕呼が彼の願いをかなえることは在り得ない。鉄は夕呼にとって得難い駒であり、シロガネタケルは「この世界」を変える鍵なのだから。

 反応を返さない夕呼に失望したのか……それとも、今まで何度も言って一度も聞き入れてもらえたことがないから諦めたのか……青年は言葉なく俯いて、のそのそとベッドから立ち上がり、服を脱いだ。ピアティフから身体を鍛えるように言われて、どうやらそれは素直に聞き入れているらしい。ここにやってきた当初とは随分体つきが変わっている鉄に、夕呼は鼻を鳴らす。

(誰だって、何もしないではいられない)

 それは人間の生理的欲求の一つだろう。食事を採り、衣服を与えられ、眠る。それさえ満たされていれば死ぬことはないというが、絶えずそれのみを強いられるのであれば、真っ先に精神が死ぬ。鉄を精神的にも肉体的にも生き延びさせるために、ピアティフはトレーニングの指導もしていた。無論、ただそれだけの理由ではない。コミュニケーションの一つでもあったし、いつか実戦に出ることを見越しての準備でもある。実直で真面目なピアティフのおかげだろう。「他に一切やることのない」鉄は、まるで機械的ではあったが、毎日トレーニングを欠かさず、シミュレータ訓練も行っている。

 夕呼が見ている前で強化装備に着替え終わった鉄は、無言のまま室内に設置された簡易シミュレータへと着座する。本物のシミュレータとは違い、画面だけが機動に合わせて変化するという代物だが、操縦感覚だけを掴むならばこれでも問題はない。衛士のリハビリ用に開発されていた筐体だが、成果は上々だ。当然である。規格外の適性値を持ち、「向こうの世界」では当たり前のようにそれとよく似た“ゲーム”をやっていたというのだから。

 筐体のハッチが閉じられ、駆動音だけが室内に充満する。完全に夕呼を無視した態度をとっているが、それが彼なりの意思表示だということはわかっている。……拗ねているのだ。そして、夕呼に怒りを覚えている。まるで餓鬼のようだと夕呼は思うのだが、それもまた、よし。鉄に対する感傷は、一切ない。どこか人間味を思わせていた甘さは、あの時斬り落とされた右腕と共に捨てている。

 いつか必ず、シロガネタケルが「この世界」に“やってきた”その理由を。「因果」を。「果」たすべきナニカを。

 掴んでみせる。解明してみせる。――世界を救うために。00ユニットを完成させるために。



 だから、絶対に、手放すものか。「元の世界」? 「オレの家」? そんなもの、例え在ったとしても――帰さない。







 ===







 2001年11月30日――







「では、我々は昨日説明したとおり、基地内部――主に珠瀬事務次官を始めとする政府高官の警護任務に当たる。……無論、我々が表立って動くことはない。いわば万一のための保険だな。C小隊は各自、機体の着座調整を済ませハンガーにて待機。急な話とはいえ、国連事務次官の視察を察知している不穏分子がいないとも限らん。テロリストの侵入およびその他全ての事態に備えろ。B小隊は三名を珠瀬事務次官の警護に当てる。残り二名はC小隊とともに宗像の指揮下に入れ。――速瀬、メンバーを選出しろ。宗像はC小隊を率いてハンガーへ移動。整備班の連中に、他の機体にも火を入れておくよう伝えておけ。A小隊は私と共に香月博士の護衛につく。以上だ」

「「「「了解!」」」」

 みちるの号令の下、全員が踵をあわせ、一糸乱れぬ敬礼を向ける。真っ先に行動を開始したのは美冴率いるC小隊。集合当初から強化装備に着替え終わっていた彼女達は、命令どおりに格納庫へと走り出した。それと同時に、水月の張りのある声が透る。多恵、薫の両名がC小隊の指揮下に入り、水月、真紀、武の三名が警護任務に就く。国連事務次官が無防備に基地内を闊歩することなど在り得ないが、その警護部隊の更に裏方として備えるのである。みちるが万一の保険というのがよくわかる。恐らく――というより、むしろ出番は皆無だろう。

 が、横浜基地副司令にして実質の最高責任者である夕呼直轄の特殊任務部隊が、如何に機密扱いの衛士とはいえ、何もしないでいいかというとそういうわけにはいかない。夕呼とて対外的に見せなければならない“立場”と言うものがある。この基地内にまで侵入できるテロリストなど早々いないだろうし、しかもそれが国連高官付の警護部隊を突破することなど在り得ないだろう。だが、何の手も打たず、万が一の事態を招いた時、夕呼はスケープゴートにされる。

 なにかと敵の多い人物である。そしてAL4の失墜を望む輩も居るのだということを、みちるはよく知っていた。外部からの侵入はなくとも、最初から内部に潜んでいるのであれば、ことは容易い。……つまり、みちるたちの任務とは文字通りに“裏方”であり、味方の顔をして事務次官たち官僚の命を脅かす“裏切り者”を排除すること。

 戦術機による対人テロを未然に防ぐためにC小隊を。

 警護部隊を利用した暗殺を防ぐために水月たちを。

 そして、AL4の要である夕呼の警備を万全とするために、みちる以下A小隊は備えるのである。……そこに妥協も油断もない。彼女達はスペシャルであり、自分たちに与えられた任務の重要性を重々承知しているのだから。

 表だって動くことはないとはいえ、水月たちは強化装備に着替えることはない。不測の事態に備えて各人の不知火に火を入れてはいるが、もしそうなった際には、まず先にC小隊が先行することになっている。夕呼の周辺警戒に当たるみちるたちはどうやら強化装備を着用するとのことだが、司令部から動くことのない夕呼を思えば、納得のいく選択だ。むしろ、基地内部を動き回ることになる水月たちが強化装備を着用すれば、それはそれで無用な動揺を呼ぶかもしれない。

 実際にことが起こった場合の動き易さや耐久性等を考えれば、強化装備を着用することに越したことはないのだろうが……BETA小型種ならいざ知らず、同じ人間相手に遅れを取るつもりなどさらさらないのがこの三人だった。

「……どうでもいいけど、あんたテロリストに刀で挑む気?」

「え? 何でですか?」

 珠瀬事務次官が到着するまであと十数分。持ち場へ向かうべく移動中の三人だったが、チラリと振り返った水月の言葉に、武が首を傾げる。いつもの如く腰に弧月を提げたままの武は、掛けられた言葉に「何を当然のことを」と言外に返したのだが、どうしてか水月は呆れたように息を吐く。武の隣りを歩いていた真紀でさえ溜息をつくのだ。ひょっとすると、武は非常識なことを言ってしまったのだろうか?

「…………ハヤセ中尉、シロガネが莫迦な顔してます」

「あんたに莫迦呼ばわりされたくはないと思うけどねぇ……」

 そして、端的にして容赦のない真紀。普段の真紀の動向を思い出せば、彼女の方が十分“莫迦らしい”と思う武だが、先任に対してそんな無礼は口にない。……思うだけなら自由なので、しっかりと胸中で叫んでおく――あんたに言われたくはない。そしてそんな武の心を読んだのか、水月がからかうように唇を吊り上げた。標的は武のはずだと思っていた真紀は、水月の裏切りにショックを受けたらしく、自分で「ガーン」と口にして俯いている。本気でいじけているのか、それとも構って欲しいのかは判断が難しいところだが、だからといって彼女を構ったりしないのが水月と武だった。

 その点、薫はよく真紀のフォローをしている。晴子を巻き込んで、三人揃って何かをしているのはよく見る光景だ。……外見は全く違うのだが、薫は上川志乃を、晴子は岡野亜季を思わせるのかもしれない。真紀の戦友にして親友。そんな人物とどこか似た空気を感じさせてくれるあの二人はきっと――真紀にとって、特別可愛い後輩なのかもしれない――などと武が考えていることを本人に知られたら、それはそれで恐ろしいので絶対に公言しない。特に晴子には絶対言わない。一体どういう因果関係があるのか知らないが、彼女にそういうことを漏らしてしまった時、最終的に茜の鉄拳が武の顔面にめり込む嵌めになるのだ。無論、それは水月の場合でも同様に。

「ちょっと武、ぼさっとしてないで整列!」

 ハッと顔を上げれば、いつのまにか滑走路付近までやってきていた。遥か前方には視察団の出迎えのために基地の主要人物が肩を並べている。武たちはその後方、滑走路の端ともいうべき場所に、ぽつんと並び立っていた。裏方に徹するとは言うが、結構な人数が整列している光景と比較して、これはこれで非常に目立つのではないだろうか。そんな疑問など些細なことを通り過ぎてどうでもいい、そういわんばかりの水月の視線に圧されて、武は背筋を伸ばし、背広組の到着を待った。

 ――任務だ、気をしっかり持て。

 例えそれが裏方の役回りだろうと、全く出番のない杞憂に終わろうと。武は二度と――香月夕呼の足を引っ張るわけにはいかないのだから。……それは自身のために、それは純夏のために。そしてそれは、この世界の未来のために。そして、杞憂ならそれでいいのだ。何も備えずに事が起きた場合の方が恐ろしい。その意味で言えば、夕呼は彼女なりに最善手を打ったということだろう。勿論、今回の事務次官来訪に備えているのは武たち特務部隊だけではない。横浜基地を挙げて、来訪する高官たちを歓迎する準備を終えているのだ。

「来た」

 真紀の声に視線を上げれば、空に駆逐艦の機影が見えていた。恐らくあれに珠瀬事務次官をはじめとした国連軍の官僚たちが搭乗しているのだろう。前方で待機していた面々が伸びていた背筋を更に緊張させている。そんな光景を目にしたせいか、俄かに武も緊張してきた。……なにせ事務次官である。副司令直属の部隊に属してはいるが、夕呼は特殊極まる例であり、こういう場合参考にならない。

 そんな武の落ち着きのなさを、目聡い水月が気づかないわけがなく……呆れたような溜息の後、背中に気合を入魂されるのだった。







 ===







『宗像中尉、質問があります』

 A-01部隊に宛がわれた格納庫、固定された不知火の管制ユニットの中で、茜は通信回線の音声を聞いた。オープンチャンネルで開かれたそれはB小隊の薫のものだった。今回の任務に限り水月の指揮下を離れた彼女は、いつになく真剣な面持ちでC小隊長の美冴に問いかける。

『なんだ? 任務の終了時間なら、珠瀬事務次官が何事もなくお帰りになられるまでだぞ』

 対する美冴は全く以っていつもどおり。過去に例を見ない任務に緊張している様子もなく、リラックスしきっている。何事もないと踏んでいるのか、何事かあったとしても自分たちならばやれると自信を持っているのか……恐らくは後者だろうとあたりをつけて、茜は網膜投影に映る美冴と薫の顔を見比べた。ともすれば、この組み合わせは珍しい。普段から分け隔てなく仲が良いA-01部隊ではあるが、矢張り同じ小隊、或いは同期同士で集まることの方が多い。そのため、薫が美冴に何を聞くのか、自然と耳を傾けてしまうのだった。

 もっとも、オープンチャンネルなので隠そうとしても隠せるものではないが。無論、秘匿回線を使用するような話題など、一少尉にあるはずもない。……そして、至極真剣な表情のまま、薫は口を開く。からかうようだった美冴もその表情に何かを感じ取ったのか、ふむ、と小さく頷いて、部下の質問を真摯に受け止める素振りを見せる。

『風間少尉とは……どこまでいったんですか……?』

「だぁあっ!」

『か、薫さぁ~ん……』

 ごくり、と生唾を飲み込みながらの薫の発言に転んだのは、どうやら自分だけではなかったらしい。同じC小隊の亮子も、困ったように苦笑を浮かべている。一体こいつは何を考えているのだろうか。同期にして親友、戦友である薫の思考についていけず、茜は盛大な溜息をついた。――晴子がA小隊で本当に良かった。心の底から真剣に思う茜だが、そんな彼女の内心などお構いなしに更に輪を広げてくれるのが、多恵である。

『ししし、師匠!! わわわ、わたしも聞きたいです~~っ!!』

 ――誰が師匠だ。というより、何の師匠だというのか。最早意味不明なまでに昂奮している多恵は、やっぱりそういう趣味の持ち主なのかもしれない。標的(?)にされているらしい茜本人にとっては迷惑極まりないことだが、それでいて武との仲を応援してくれているのだから、やっぱり多恵は不思議な少女だと思う。半ば白けたような思考で薫と多恵を見やりつつ、けれど話の内容に興味がないと言えば嘘になるので、こっそりと聞き耳を立てておく。それはどうやら亮子も同じようで、気づけば妙な緊張感が漂っていた。

 外部スピーカから届く整備班の号令がどこか遠い。……本当に今、この横浜基地内に事務次官以下視察団が訪れているのかと疑いたくなるほどに緊張感がないが、これもまた、A-01部隊の在り方だった。

『ふ、そんなに知りたいなら、今夜私の部屋に来るといい』

『――あら、美冴さんったら。そんなことを言って、本気にしたらどうするんです?』

 一体どこまで本気なのか、美冴がニヒルにそう言えば、梼子が穏やかに諭す。薫の質問にも多恵の暴言にも一切動じなかった彼女だが、その声は若干抑え目に感じられた。……心なしか表情が硬い、ような……気がする。茜にはいまいち判断つかなかったが、多分気のせいだと思いたい。男性が総じて少ない現在、そういう欲求を解消するために女性同士で、という事情はわからなくもないのだが。

(いやいや、やっぱわかんないって!!)

 現実に武のことを愛している茜からすれば、矢張りそれは理解の及ばない世界のように思える。単なる暇つぶしの話題にしては、実に重い……。いや、実際に美冴と梼子がそうだと決まったわけではないのだが。当人達も別に認めているわけではないし、誤解を招くような発言が多いのが美冴だ。それに振り回されていては身が持たない。それは、水月や武を見ていればよくわかることだった。

 なので茜は素知らぬふりをすることにした。否応なしに耳に入り込んでくる甘ったるい会話も、大昂奮が収まらないらしい多恵の暴走気味な言葉も、一体ナニを聞いているのかわからない薫の問題発言も、一々反応を示して耳年増ぶりを発揮する亮子も。全然、何も聞こえない。

『ところで実際のそういう経験談を聞きたいなら、涼宮、お前が話してやれ』

「――はぇ?」

 唐突に自分の名を呼ばれ、茜は眼をぱちくりとさせる。今までの話を完全に聞き流していた茜は、一体どうして自分の名が話題に挙がっているのかを理解できていない。……が、向けられる美冴の視線が笑っていること、薫の表情が獲物を見つけた獣のそれであること、期待に満ちた顔でごくりと唾を飲む亮子……等々、大凡の事態を掴むことに成功した。

 つまり、要するに。

『それで? どうなんだ? 白銀との夜の生活は――』



 莫迦なこと言わないで下さい!! ――と、そう叫ぶはずだった茜は、しかし管制ユニットの中で身を乗り出すようにしたまま、突然鳴り響いた警報に硬直する。喧しくも姦しい会話を断ち切った無慈悲な警報に、けれど、美冴たちの反応は早かった。一拍遅れて、茜も自機の状態をチェックする。オールクリア。着座調整時に確認したとおり、搭乗する不知火に一切問題はない。待機中のほかの機体のチェックも同時に済ませ、データリンクが正常であることも確認する。

 小隊長の美冴に異常なしを報告する茜たちに重ねるように、司令部で夕呼の護衛をしていたみちるから通信が開かれた。緊張に表情を強張らせる茜だったが、それを押し殺すように、隊長の言葉を聞き逃すことのないよう、しっかりと意識を保つ。――防衛基準体制2。果たしてテロか、BETAの進撃か。いずれにせよ、“戦闘”となるのだろう。……相手が同じ人間という状況は、本音を言えば想定したくない。だが、それが必要ならば、茜はきっと、躊躇わずに引き金を引く。

 ――そうしなければ、自分の護りたいものが護れないというならば。

 武を、姉を、水月を、大切で最高の仲間達を。世界を。喪いたくないと足掻くならば。自分はきっと、人を――――。

 ……だが、みちるが告げた内容は茜の予想を良い意味でも悪い意味でも裏切っていた。今から41分前の1504、エドワーズから那覇基地に向かっていたHSSTが再突入シーケンス直前で通信途絶状態に陥ったのだという。そして1519、国連軍GHQは状況を原因不明の機内事故により乗員全員死亡と推定。遠隔操作で突入角度の変更を試みるものの、高度なクラッキング対策が裏目に出て、悉くが失敗。自爆コードも受け付けず、ハッキングも出来ず……そのために、海に落とすことも自爆させることも不可能となった。

『HSSTは現在も横浜基地に向かって順調に落下中――事故機の航法システムは何故か電離層を突破後、機体の耐熱限界ギリギリでフルブーストするように設定されている。しかもカーゴの中身は爆薬満載というオマケ付だ。HSSTが落下した際の被害予測は、運動エネルギーと軍用装甲駆逐艦の耐熱耐弾装甲の強度から計算して地面を最低二十メートルは抉るとのことだ。更にカーゴに満載の爆薬が爆発すれば、基地壊滅も在り得る』

「!?」

 酷く淡々と、みちるは言う。その言葉の意味を一瞬理解できなくて、茜は――彼女達は、息を呑んだ。

 基地壊滅。それは、比喩でもなんでもなく。狂気に駆られたテロリストでもなく、暴虐に過ぎるBETAの襲撃でもなく。たった一機の駆逐艦の落下によって。

『……そのHSST、テロ行為の可能性は?』

 美冴の声に、ぎょっとする。あまりにも不自然に過ぎる事故の内容。HSSTの航行プログラムの不理解さに加えて、狙ったように満載の爆薬。何処かの誰かが書いた筋書きだと言われても全く違和感がない。むしろ、よくもやってくれたものだと感心さえする。今のこの世界に、地対空迎撃ミサイルという代物はない。光線級という理不尽極まる敵の出現に、一切の役に立たなくなってしまったからだ。……当然、この横浜基地にもそのようなものは、「ない」。

『テロの可能性もないとは言い切れないが……さて、その場合だと国連軍内部にテロリストがいることになるな。……流石にそんな想像はしたくないが、現在のところそれを否定する材料はない。話を戻すぞ』

 みちる自身、テロはともかくとして、人為的に起こされた事故という可能性は高いと判断しているらしい。それは当然だろう。今回の件、あまりにも出来すぎている。よりにもよって事務次官が視察に訪れているこのタイミングというのも、実にきな臭い。国連内部に事務次官と横浜基地を毛嫌いしているような矮小な人物がいて、丁度いいから一緒に片付けてしまおうとしている――そう言われた方が、遥かに説得力があるくらいだ。

 が、そんなことはどうでもいい。重要なのは、現実を捉え、今後どうするかだ。HSSTは落下を続けている。それを止める術はない。避けることなど出来ず、だからといって落下の衝撃に磨り潰されるのを待つわけにもいかない。

 いや、「術」は“あった”。

『――1200mmOTHキャノン……ですか。確かに現状を打破する可能性としてこれ以上の代物はないのかもしれませんが……』

 夕呼発案の打開策、即ち極超長距離射撃による“迎撃作戦”の概要を説明したみちるに、美冴が酷く渋い顔をする。みちる自身、それがどれ程困難極まる作戦なのかを理解しているのだろう。疑念を零してしまった美冴に対して黙したまま、ただ静かに、「無茶でも何でもやるしかないのだ」と視線で告げる。

 高度60km、距離500km――まるで非常識なその場所を落ちてくるHSSTに命中できなかった場合、電離層を突破した機体はフルブーストをかけるために軌道誤差が生じ、次弾以降の狙いが定め難くなる。また、OTHキャノンの砲身は三発までしか持たないのだという。……そして、三発目を外し、仮に四発目を撃てたとしても、その時にはHSSTは本土上空に到達している。撃墜に成功しても、破片が本土に落下することは避けられず、耐熱耐弾装甲の強度を鑑みれば、機体はほぼ原型を留めたまま落下するだろう。

 横浜基地壊滅は避けられたとしても、周辺地域の被害は相当なものとなる筈だ。ましてそれは、「仮に四発目が撃てた場合」の話でしかない。撃てるかどうかわからない仮定に縋るわけにはいかない。最後まで諦めない気概は持つべきだろうが、最初から四発目を当てにしてはならない。

『……風間、やれるか?』

『命令であれば、最善を尽くします』

 沈黙が痛い。

 みちるの発した問いに、梼子は間髪いれずに即答した。作戦概要の説明を受けた時点で、理解していたのだろう。隊内で最も狙撃能力に秀でているのは梼子だ。戦闘時において支援砲撃の効果が最も目覚しいのは晴子だったが、彼女は全体を見渡す能力が秀でており、その才能に射撃能力が引っ張られているというのが正しい。純粋に狙撃だけを見れば、梼子以上の腕前を持つ人物は居ないのだった。

 故に、迷いなく、躊躇なく、断じる。――最善を尽くす、と。

 梼子自身、わかっていた。自分にはHSSTを撃ち落すことはできないだろうと。出来て四発目。だが、その四発目は撃てるかどうかわからない。……それでも、その四発目に賭ける以外、彼女に出来ることはない。故に、“最善を尽くす”のだ。決して諦めはしない。己の全能力をもって、三発で仕留める。

 その……梼子の初めて見せる表情に、茜は喉が焼けるほどの覚悟を感じ取っていた。自分では、どう足掻いたところで三発で撃ち落とせない。それは多恵も薫も、亮子も同様だろう。晴子だってそうに違いない。美冴を差し置いて梼子が指定されているならば、美冴にだってその可能性は「ない」のだ。……この場に居ないほかのメンバーも、みちるさえ、同じく。

 誰も彼も、三発では当てられない。撃ち落とせない。……梼子とて、絶対はない。むしろ、命中しない確率の方が遥かに勝る。――だが、それ以上に、最も気になる点が一つ。それはみちるの口から発せられた、たった一つの単語。HSST打ち上げ用のリニアカタパルトに配備する機体。その名称。

『大尉……なぜ、吹雪なのですか?』

 そう。それだ。

 梼子が乗るというのに、“なぜ”、練習機の吹雪なのか。今回の作戦は非常にシビアなものだ。ほんの僅かな誤差、感覚のズレでさえ、許されない。ならば搭乗する衛士が最も慣れ親しんだ機体であればあるほど、成功の可能性は僅かながらに上昇するはずなのだ。にも関わらず、配備されるのは不知火ではないという。

『珠瀬……さん、』

 驚愕に震えたその声は、亮子のものだった。瞬間、戦慄が茜たちを襲う。美冴と梼子だけはその名が意味するところを知らず、いぶかしむようにしていたが、「彼女」をよく知る茜たちにとって、その可能性は決して笑い飛ばすことなどできないモノだった。――だから、吹雪。カラカラに乾涸びた喉を鳴らす。茜は浮かんだ額の汗をそのままに、亮子を見る。自身で口にして、確信したのだろう。亮子は顔面を青くしながら、小さく震えていた。

『…………そうか、月岡たちは彼女を知っているんだったな』

『大尉、その人物は一体……』

 噛み締めるように言うみちるに、美冴が質問を被せる。亮子や茜たちの反応、更に配備されている吹雪。それらを勘案すれば、大体の事情は掴めたのだが、ここはちゃんと事実を把握しておきたい。梼子もまた、通信画面の向こうにいるみちるを見つめる。それらの視線を受けて、けれどみちるは冷静に、ありのままを言い切った。そこには一切の誇張もなく、ただ、事実だけが存在する。

『本作戦の要である砲手を担当するのは、珠瀬壬姫訓練兵だ。彼女は非常に優秀なスナイパーで、その腕前は既に極東一を誇る。だが、如何に優秀とはいえまだ訓練兵だ。……風間、貴様は珠瀬が使い物にならない場合、珠瀬に代わって砲手を担当する』

 誰も何も言わない。ただ、事象に対する反射の如くに了解を告げる梼子だけが、強く強く拳を握り締めていた。







 ===







 その向こうから聞こえてくる消え入りそうな声を耳にして、冥夜は迷うことなくドアを開けた。簡素な造りの部屋。訓練兵に与えられた個室、そこに、壬姫はいた。今この基地に迫っている危機を乗り越えるため、そのための策の要として抜擢された彼女は、けれど圧しかかるプレッシャーと恐怖に怯え、ブリーフィングルームから逃げ出した。

 部屋の中で小さな鉢植えに咲いた花に向かってポツリポツリと言葉を漏らす壬姫は、普段の明るさなど微塵もなく、ただ弱々しく映る。――だが、冥夜は躊躇しない。勝手にドアを開け放ったのも、冥夜の侵入に気づいていないはずがない壬姫の態度も雰囲気も、全ては瑣末なこと。彼女は自身の信じるもののために、一切の容赦なく壬姫の肩を掴んだ。

「珠瀬、逃げても何も変わらない。そなた以外に任せられるのであれば、当の昔にその者が選ばれている。……香月博士の、神宮司軍曹の意思を汲み取ることはできないか……?」

 焦っているつもりはない。感情が揺らいでいるつもりもない。……だが、このとき確かに冥夜は急いていた。猶予は五分。ここに来るまでに要した時間と壬姫を連れ戻る時間を考慮すれば、もう殆ど残っていない。問答に時間を掛ける余裕など、ないのだ。

 夕呼は正規兵を待機させているとは言っていたが、恐らく壬姫以外を当てにするつもりはないのだろう。無論、何もせずに死を待つわけにはいかないから、本当の本当に壬姫が間に合わない場合にのみ、正規兵が吹雪に搭乗するはずだ。故に、五分といいながら若干の幅が持たされてはいるのだろうが……だからといって、それに甘んじてのうのうとしている暇はない。

 故に、無意識に急いていた。普段の冥夜であれば壬姫の心情を十分に汲み取った上で、行動に移しただろう。だが、冥夜は今、まず行動を起こした。声を掛け、肩を掴み、それと同時に壬姫の心情を汲もうとした――ために、

「ッッ、なんで!? 何でそんなこと言うの!? やらなくていいよって! もう心配なくなったよって! そう言いに来てくれたんじゃ……ないの?」

 その言葉は、目尻に涙を溜めたその表情は――冥夜の呼吸を詰まらせる。そんな壬姫は初めてだった。そんな彼女は初めて見た。こんなに感情を顕にする彼女は……見たことが、なかったのだ。

 こわい。

 言葉にすればただそれだけの感情が、壬姫の中で今、暴虐の如く荒れ狂っているに違いない。冥夜にはそう思えた。

 訓練兵だとか、戦術機に乗ったばかりとか、そういう言い訳を壬姫は口にする。彼女があがり症だということは知っていた。それを、自分の中の使命感や責任感で押さえ込んでいたことも知っている。伊達にこの二年間を共に過ごしたわけではない。仲間達の良い面も悪い面も眼にし、感じ、汲み取ってきた冥夜だからこそ、壬姫の気持ちはよくわかる。

 こわいのだ。自分に自信が持てないのだ。だから余計に怖くて、震えて。――出来ない、と。出来るわけがない、と。そう強く強く思い込んでしまう。誰かが助けてくれるなら、誰かが護ってくれるなら。自分の周りにはたくさんの“すごいひと”が居る。そういう甘えが、考えが、壬姫の中には存在している。ああ、誰だってそうだろう。誰だって、自分より優れたものを眼にすれば、「自分はなんて至らない」なんて。そんな風に考えてしまうことがあるだろう。

 だが、そう考えてしまったとして……その後どうするかは、人によって異なる。あるものは、だからこそより一層自身を高めようと努力するだろうか。あるものは、だから自分より優れたその人を頼るだろうか。冥夜は、前者だという自覚がある。自分はきっと、そういう人物に出会えたならば、いつかその人と並び立てるよう、或いは追い越せるように努力する。己を高める。そのことが自身を成長させる糧となることを知っているから。では、壬姫はどうだろうか。……彼女は、後者ではなかったか。

「珠瀬、現実から眼を背けるな。己の不安を、周りの者に押し付けるなっ!」

「!?」

 小さな壬姫の両肩を掴む。真正面から壬姫を見据えて、冥夜はまるで叫ぶように言っていた。その表情は、声は、まるで間違いを起こそうとしている幼子を叱る母親のようであり、恐怖に負けて逃げ道を探す友人を殴りつけるようであった。

 感情が爆発するような感覚を、壬姫は感じている。込み上げてくるのは恐怖と不安と震えだけ。どうして自分なのか、どうして自分に押し付けようとするのか。みんなで逃げればいい、急いで逃げればきっと間に合う。自分がやらなくても、正規兵の人が助けてくれるはず。こんな怖い思いをしなくても、きっと何とかなるはず。

 なのに。冥夜はそんな壬姫の心の弱音を全部見透かしたような眼をして、真正面から見据えてくる。叫ぶように放たれた言葉が、壬姫の身体を突き抜けていた。

 不安に思わない者などいない。誰だってHSSTの落下に恐怖を覚え、不安を抱いている。アレが落ちてきたら死ぬ。そんな現実に押し潰されそうになっているのは、壬姫だけではない。……だが、その恐怖を、不安を、周囲の者に曝け出す者はいるだろうか。ブリーフィングルームから逃げ出して、すぐにこの部屋に閉じこもった壬姫にはわからない。けれど、少なくとも、冥夜は自身の不安を壬姫に押し付けてはいない。みんなはどうだろう。…………冥夜がここにいるということは、皆もまた、手分けして自分を探しているのかもしれない。弱音を吐かず、不安など漏らさず、ただ、壬姫を説得するために。未来を掴む、そのために。

 諦めず、「戦って」いるのかもしれない。

「珠瀬……私には、護りたいものがある。……そなたにも在るだろう? だからこそ、そなたは今ここに居るのだろう?」

「ッ!?」

「こんなことを言うのは卑怯なのかもしれない。だが……そなたほどの技量を持たぬ私には、自身の護りたいものの行く末を、そなたに託すことしか出来ぬ。――やってくれ、珠瀬。そなたならきっと出来る。お願いだ……ッ、時間がない!」

 一瞬たりとも眼を逸らさず、強く強く見つめる。肩を掴んだ指に力が篭められて、そこから発する熱に、壬姫は血液が乱流するのを感じた。――この熱さが、冥夜の心だ。そうわかる。伝わる。護りたいのだという心が。自分の力で、“護りたいもの”を「護りたい」のだと。それが指先から、視線から、伝わってくる。

(壬姫にだって……ッ)

 そう、自分にだって、護りたいものがある。そのための力を手に入れるため、身に付けるために。自分は今、ここに居るのだ。向けられる冥夜の瞳は、自身の心から逃げることを赦さない。己の魂の咆哮を聞き逃すことを赦さない。冥夜の熱が教えてくれた。彼女の言葉が気づかせてくれた。――ああ、こんなにも。こんなにも確固とした熱い想いが、自分の中にも眠っていたのだと。

「そなたならば、私は喜んでこの命を預けよう……。待機しているという正規兵の方には悪いが、私はそなた以外にこの身を預けようとは思わぬ。そなたならば、信じられる。お願いだ、珠瀬……この基地を護ってくれ」

 そなたにしか出来ないのだ――その言葉は、けれど冥夜の口から紡がれるのよりも速く、壬姫自身が言葉にしていた。冥夜は驚きに眼を見開く。思わず見つめてしまった少女の顔は、眦を涙で濡らしたまま……けれど、強い、絶対の意思を内包していた。

「私じゃなきゃ出来ないから、みんな私に頼むんだよね?」

 緩やかに首を振り、冥夜の腕から離れる壬姫。机の上の鉢植えを手に取り、淡く咲いた可愛らしいその花弁を撫でる。すぅ、と深く息を吸った後に、壬姫は――

「私がやります! ……みんなが死んじゃうなんて嫌だ! 私は、私自身の力で! “護りたいもの”を護って見せます!!」

 その、鮮烈なまでの意志を。

 冥夜はきっと、死ぬ瞬間まで忘れないと。そう確信した。だからこそ、笑顔が込み上げる。「ああ」、と。強く頷いて。



 そして、珠瀬壬姫は、







 ===







「……なんつーか、アタシら出番なし?」

「まぁ、そうですね……。でも、結果的になんとかなったんだから、いいじゃないですか」

 つい数分前まで極度の緊張状態にあった基地内は、今尚歓声と昂奮に包まれている。

 HSST落下の情報がみちるからもたらされて以降、武を含む珠瀬事務次官の護衛任務に当たっていたB小隊の三名は、不測の事態に対処すべく戦術機にて待機を命じられていた。夕呼の護衛に当たっていたA小隊もそれは同様で、迎撃作戦の砲手担当候補の梼子と部隊長のみちる以外の全員が、格納庫で息詰る思いをしていたのが先程まで。警報が解除され、周辺にも基地内部にもテロの可能性がないことを確認した司令部より待機命令の解除があったのが今しがた。

 そうして戦術機から降り、生と死を分ける百数十秒から解放されて気が緩んだのだろうか。ヤレヤレと真紀が軽口を叩く。その軽口を咎めるものはなかった。確かに、自分たちには一切の出番がなかった。テロも暗殺もなく……それはそれでよいことなのだろうが、あわや基地壊滅かという事態において、出来たことは“待機”のみ。特務部隊が聞いて呆れる、と愚痴を零したくなる気持ちも、わからなくはなかった。

「そんなことを言って……。訓練兵に負けたことが悔しいと、ハッキリ仰いなさいな」

「なにおぅ!?」

 真紀と武の背後から、溜息と共に言い放つのは古河慶子。呆れた、とでも言うようなその表情を見れば、真紀をからかっているのだとわかる。……わかるのだが、その言葉は痛烈に皆の胸を抉っていた。慶子自身、そういう思いがあるのだろう。口にした瞬間の周囲の皆の反応に気づき、バツが悪そうに口を閉じる。真紀もその空気を察したのか、慶子に向かって吐こうとしていた言葉を口の中で転がして、なんとも憤懣やるかたない様子である。

「珠瀬……か。まさか本当にやってのけるとはな……」

「宗像中尉、」

 気まずくなった雰囲気を和らげるかのように、美冴が感慨深く呟く。その斜め後ろを歩いていた亮子が、思わずその名を呼んだ。振り返る美冴は、自分より遥かに背の低い彼女に、悪戯気に笑って見せる。その笑顔を見て、亮子は、武は、茜は、晴子は、多恵は、薫は、知る。――認められたのだ、と。

 今回の迎撃作戦の要は、“訓練兵”だった。狙撃成績極東一位。正規兵さえを凌駕する能力を秘めた訓練兵。それが壬姫であり、そしてそんな彼女の才能と実力を、同期であった彼女達は知っている。それ故に、彼女が砲手を担当すると知らされたときは、「珠瀬ならば大丈夫」という信頼が七割、「けれど訓練兵だ」という不安が二割、「どうか、成功してくれ」という祈りが一割、という按配だった。ただ成功を待つしかない身、というのは、存外に辛い。亮子たちにすれば壬姫は顔も名もその腕前もよく知った“仲間”であったが、美冴や真紀たちにしてみれば名も知らぬ一介の訓練兵に過ぎないのだ。

 その胸中は如何なるものだっただろうか。

 例え三発で命中させ得る可能性が低くとも、美冴たちにしてみれば、共にこの戦争を潜り抜けてきた梼子が砲手を担ったほうが、数倍以上安心できたに違いない。夕呼が判断したという事実があっても、それでも、自身の命を賭けるならば、自分が最も信頼している者に託したいと思うのは、誰だって同じだろう。それはきっと、当然の欲求に違いない。

 だが、彼女たちは軍人であり、衛士だ。そして、生ある限り最善を尽くす、ヴァルキリーズの一員だ。命令には従うし、余計な口を挟まず、ただ黙って待機していることが成功に繋がる最善手であると理解していたからこそ、皆、何も言わなかった。

 悔しい――と。

 誰一人、口にしなかった。迎撃作戦が始動され、壬姫が見事三発でHSSTを撃ち落とすまでの間。……誰一人、そんな言葉を吐かなかったのである。

 悔しくないはずがない。これだけの人数が居て、間違いなく横浜基地で最強を誇る特務部隊A-01の衛士が十三人も居て――たった一人の訓練兵の実力にさえ、届かない。その事実、その認識。悔しいと思わないはずがない。

 XM3を手にし、『概念機動』を会得し、押し寄せるBETAの大群を殲滅せしめた自分たちでさえ到達できない高みに、壬姫は居る。それは狙撃に限定した場合の事象なのだろうが、けれどそれは、厳然たる事実としてそこに存在する。……そういう自身に対する悔しさと憤りが――作戦が成功したという安堵もあったのだろう――漏れてしまったのが、真紀の揶揄った言葉であり、慶子の言葉である。

 皆が気まずそうになった理由はそこにあった。全員が、痛感していたのだ。「自分はまだまだ至らない」と。任官して正規兵となり、BETAと戦い生き抜いたところで、今回のような常人の能力では対処できない事態に陥ってしまえば……自分たちはただの外野、傍観者としてしか関われない。

 言うなれば、XM3の性能に浮かれ、天狗になっていた鼻をへし折られたようなものだ。いや、実際に天狗になっていたものはいないのかもしれない。けれど、どこか心の片隅に、自分たちは特別なのだという感情が宿っていたからこその悔しさであり、憤りだ。

 そして、そんな自身の感情を理解した上で、壬姫を認めることの出来る美冴は矢張り、尊敬に値する素晴らしい先達ということなのだろう。亮子は美冴を見つめ、同期の皆を見つめた。その問いかけるような視線に、薫が笑顔で頷き、茜もまた首肯する。武はニヤリと口端を吊り上げ、晴子と多恵は爽快な笑顔を浮かべている。――ああ、そうだ。

 才能とは、磨いてこそ光るもの。かつて亮子は他者に宿る“才能”を妬んだこともあった。けれど、それはその人の不断の努力の積み重ねの結果輝くものなのだと、気づくことが出来た。……あのときのことは、今でも鮮明に思い出せる。そして以後の訓練や経験から学んだことは。例え自身に才能がなくとも、努力は自分を裏切らないという、一つの真理だった。自分を満足させる言い訳なのかもしれないし、根拠のない詭弁なのかもしれない。けれど、亮子は自分が初陣を生き残ることが出来たのはそのためだと信じているし、疑ったことなどない。故に。

 悔しいと思ったならば、そんな自分が情けなく、憤りを覚えたというならば。

 もっともっと自分を鍛えて、能力を磨いて、壬姫に劣らぬ実力を身に付ければいい。そうできるだけの努力を重ねればいい。――それもまた、生きる力となる。

「はいはいはいはいっ! くっだらないことでウジウジしてんじゃないわよ! 肩ッ苦しい待機命令が解除されたんだから、さっさとシミュレータルームに移動ッッ!!」

「「「は??」」」

 ぱんぱんと手を叩いて。先頭を歩いていた水月が振り返る。みちるがいない今、この場を纏めるのは副隊長である彼女の役目なのだが……告げられた内容があまりにも唐突で、皆立ち止まり、ぽかんとしている。その中で唯一、美冴だけが表情を顰めながら苦笑していた。――まったく、この人は。それが美冴の正直な感想だったのだが、水月や周囲の者がそれに気づいた様子はない。いつもならそんな美冴の感情を察してくれる梼子も、まだ戻ってはいなかった。そのため、美冴はやっぱり一人で、水月の性格を羨ましく思うのだ。

「なにやってんのよ? ホラホラ行くわよ~っ?! あ、私より遅れた奴は腕立て二百回!! いいわね――ッ」

 言うなり、勝手に走り出す。――なんだって? 残された面々が水月の言葉を理解した瞬間、息が合っているのかなんなのか。全員が互いの顔を見合わせ、サァッと顔面を青褪めさせた後、まるで怒涛のように走り出した。

 この後、シミュレータルーム内で総勢九名による“腕立て伏せ大会”が開催されたのは言うまでもなく……何気に水月に追いついていた美冴を、本気で凄いと思ってしまう武たちだった。







「……それで? 警戒待機命令の解除後に、勝手にシミュレータを使用した言い訳はそれだけか? アァン?!」

「はい! もっ、申し訳ありませんッ! 大尉!!!」

「「「申し訳ありません!!!」」」

 そして、一時間ほどの訓練を終えてシミュレータから降りてみれば、そこに立っていたのは怒髪天を突くみちると、その彼女からやや距離をとって苦笑する遙に梼子。腕を組みまるで仁王のような有り様のみちるを見て、思わず「げ」と呻いた水月の判断は、きっと正しかったのだろう。――だが、哀しいかな、出口に陣取られてしまえばどこにも逃げ場はなく。結果、皆して怒られた。

 教訓。せめて事務次官が帰ってからにしましょう。あ、でもまずは許可を取ってからね! ……そんな莫迦げたフレーズが脳内を巡るくらい、水月たちはたっぷりこってり絞られたのだった。







 普段の任務とは異なる、あらゆる意味で特別だった一日が終わる。一歩間違えば基地壊滅も在り得ただろう事態を切り抜けたのは夕呼の大胆な作戦と、それを成し遂げた壬姫の実力。……今日ほど、A-01としての存在意義が薄かった日はあるまい。就寝前に振り返って、改めてそう思う。

 武は、壬姫が吹雪に乗り、1200mmOTHキャノンで以って落下するHSSTを撃ち落とした瞬間を見ていない。だが、自分とは離れた場所で、この基地の、自分の……茜の、純夏の命運を賭けた「戦い」が繰り広げられていたのだと思えば、言い知れぬ感情が湧く。――自分ひとりでは、護りたいものさえ護れない。どう足掻いたところで、この手で護ることができるのは……この手の届く範囲だけ。

 その事実を、改めて思い知る。

 思い出すのは、1999年の1月。北海道にいた自分には、あの横浜の惨劇を止める術はなかった。……BETAの捕虜とされ、悪逆の限りを尽くされた純夏を救う術はなかった。護りたい彼女を、護る術は……なかった。

 どう足掻いたところで。

 この手で護ることができるのは。

 ――この手の届く範囲だけ。

 そしてその狭い範囲の中でも、絶対という言葉は存在しない。今日、武に出来ることはなかった。別に武だけに限った話ではないが……けれど、結局はそういうことだった。

 自分の命がそう長くないことはわかっている。けれど、その全てを使って愛する者を、茜と純夏を護り抜くのだと誓った。

 だが、足りない。

 圧倒的に足りない。

 XM3、『概念機動』、真那から伝授された月詠の剣術……その全てを以ってしても、届かない領域がある。今回のHSSTは、その際たるものかもしれない。あんな事態が今後起こる可能性は限りなくゼロに近いだろう。だが、そのコンマ数パーセントの確率は、今日、現実のモノとなって文字通り降ってきた。そんな理不尽を前にして、果たして武は茜を、純夏を護ることができるだろうか。二人ともを愛し、二人ともを護ると誓った自分は……本当に、護れるのか。

「…………ッ、」

 護ってみせるという気概が沸々と滾る。足りないというのなら、修練を積み、届かせるまで。今までだってずっとそうやって己を高めてきた。――だが、同時に。武は今日、本当の意味で認識したのだ。己の命を。脳改造の副作用を抑える薬。アレがなくなった時が、武の命の終わる時。頭でわかっていたそのことを、武はまるで理解していなかったのだと気づいた。HSSTの落下。壬姫の失敗によってもたらされる最悪の事態。「死ぬかもしれない」という、認識。それが、武の中を貫いた。

 果たして、茜を、純夏を護って死ねたとしよう。……だが、その後はどうなる? 武が死んで、自分では護って死ぬことが出来てよかったと満足できるかもしれない。でも、残された茜は? 未だ脳ミソのままシリンダーの中を漂う純夏は?

 どうなるだろう。その頃には、この戦争は終わっているだろうか。――否、そんなに長く生きれるはずがない。夕呼が告げたのである。“お前はもう長くない”と。

 では、どうする。どうすればいい。死力を尽くして任務に当たれ。生ある限り最善を尽くせ。決して犬死するな。A-01隊規が脳裏を過ぎる。……ああ、その通りだ。この隊規に背くわけには行かない。例え自身の命が尽きようとも、例え自分亡き後の世界が茜や純夏の命を脅かすようなものだとしても。武に出来ることは、ただそれだけだ。

 護り抜く。

 それしか、出来ない。せめて自分の手の届く場所にいる間。自分が傍に居られる間。生きて、護ることができる間……ただ、その短い時間を。生きる。それしかない。

 だからこそ、

「純夏……悪ぃ」

 ともに戦場に出、ともにBETAと戦い、常に傍らに在ってくれる彼女を。いつ何時、その命を落とすかわからない彼女を……護る。何よりも、誰よりも、護り抜く。

 思えばそれは、唇を交わしたあの瞬間から、武の中で固まっていたのかもしれない。そう、決めていたのかもしれない。

 白銀武は、涼宮茜を間違いなく愛している。……それ故に。






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