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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 守護者編:[三章-05]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:d7901020 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/06/03 20:15

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「守護者編:三章-05」





 珠瀬壬姫、偶像に祀るには丁度良い外見をしている。

 小さな彼女は隊内でもマスコットのような存在となっているとか。柔らかな雰囲気を感じさせる彼女は、隊内の和を何よりも尊び、仲間のことをとてもよく想っているらしい。そういう性格的な面も、いい。整った可愛らしい外見、柔らかで穏やかな内面。――そして、常人には真似ることすら不可能な、超越した狙撃技術。

 横浜基地を救った小さな英雄は、その凄まじい才能の覚醒とともに、基地中にその名を轟かせた。

 一体誰が言いふらしたというのか……だが、それもまたよし。夕呼にとって、彼女たちの利用価値がまた上がったというだけのこと。そしてだからこそ、壬姫は偶像として丁度良い。さらには、今手元に送られてきた情報も。



 ――中部地方の山岳部で火山性地震が頻発。帝国軍は第一種危険地帯の不法居住者の災害救助、或いは退去を検討中とのこと。発生源は天元山と推定。近隣帝国軍、および国連軍基地へ救助部隊の派遣要請の可能性。対象は戦闘任務に就いていない訓練兵。



 第一報というにもあまりにもお粗末なメモ書きだが、ここまで決まっているのならば、恐らく近日中に正式な要請が来るのだろう。正直な意見を言わせてもらえば、不法居住者など知ったことではない。今の夕呼に、そしてこの世界に必要なのは好きで危険地帯に残っている融通の利かない“死にたがり”の命などでは決してない。彼らを救助するために、一体どれだけの人員が投入されるというのか。その金は、時間は? ……だが、彼らを助けることは、帝国軍にとっては至極当然の選択肢なのかもしれない。なにせ自国民だ。護るべき民だ。だからこそ、帝国軍は救助部隊派遣を要請してくるだろう。

 ――が、それがいい。

 夕呼は送信されたメモ書きを見つめながら、ゆっくりと笑みを浮かべる。この件を巧く使えば、或いは207Bの任官を早めることが出来るかもしれない。最大のネックである御剣冥夜。彼女の存在をこちらの望むように利用できたなら、XM3トライアル後の展開は、夕呼にとって都合よく転がることだろう。――いや、そうしてみせる。

 世界に干渉するほどの因果から鉄という駒を手に入れた。

 HSST迎撃作戦では壬姫という駒を手に入れた。

 ……では、天元山近隣の不法居住者救助作戦で、冥夜という駒を手中にしてみせよう。そして、XM3トライアルで、帝国軍を掌中に収めてみせる。世界中を、味方に付けてみせる。全てはこの世界を救うため。その足がかりとするため。

 そして。

 それら全ての布石を無駄にしないために。夕呼は何としても、絶対に、量子電導脳を完成させる。00ユニットを起動させてみせる。…………それが出来なくては、人類に未来はないのだから。

「そのためにいま少しの時間が必要というなら、くれてやるわ……」

 災害救助には最低でも一日以上要するだろう。救助部隊派遣にしたって、今すぐというわけではあるまい。その間の何日間を無為に過ごすことになるが、それは仕方のないことだと割り切ることにする。既に各国へトライアルの開催および参加要請は出している。約六割の国から、疑念と興味が五分五分といった具合の参加表明がされていた。残る何ヶ国も、この数日の間に返答があるだろう。

 ――順調だ。ただ一点だけを除いて、夕呼の計画は順調に進んでいる。多少の回り道をしていることは確かだが、今は、これが最善だと信じるほかない。







 ===







 2001年12月09日――







 神宮司まりもの口から本災害救助作戦の詳細が伝えられる。リミットは二十四時間後、10日1000。それまでに天元山山間部の旧天元町地域に散在する十四名の住民全員を避難させなければならない。

 本州奪還作戦――『明星作戦』の際に使用された新型爆弾、『G弾』の影響で、ここ数日日本中部の火山活動が活性化している。そのため、帝国政府は三日前に強制退去命令を発していたのだが、現在尚、退去通告を無視し、危険区域に不法滞在する者は多い。作戦の遂行、つまり不法滞在者の避難誘導にあたり彼らがそれに応じない場合は、災害救助規定に基づく実力行使が許可されていた。

 まりもの説明を聞くのは第207訓練部隊の五名。白い強化装備に身を包み、各人若干の緊張を漂わせながらも、この作戦の意味するところをしっかりと把握しているように見える。

「本来なら正規軍の出動となるところを、無駄飯喰らいの貴様達にお鉢が回ってきたのだ。役立たずでないことを証明するチャンスだ! いいな?!」

 その、真剣な眼差しを向けてくる教え子達に発破をかけるべく、まりもは語尾を荒げる。本来も何も、正規軍の出動など最初から考慮の外、救助作戦の立案時から出動するのは訓練兵と決まっていた。BETA予報は現在安全保障九十パーセントとなっているが、所詮人類側のデータなど連中に対しての気休めでしかない。そういった、いつ動き出すか知れない敵に備えるべく、正規軍は控えているのだ。都合のいいように使われているだけというのが本当のところなのだが、だからといって無碍にしてよい任務でもない。

 ――否、軍人であるならばどのような任務にも全力を、最善を尽くす義務がある。故に彼女達はこの任務に対して一切の疑念、不平不満を口にせず、ただ最速で最良の任務遂行を目指すのみ。そう在れるようにまりもは教えてきたし、彼女達はこれまでそれに良く応えて来た。しかも、XM3を搭載した吹雪での訓練成果は目覚しく、実力だけで言えば正規兵にも引けをとらないほどの上達を見せているのだ。任官していない、というだけで、決して役立たずではない。

 恐らく、今回の任務はそれほどの困難さはないはずだ。戦術機が先行すれば、説得自体もスムーズに運べるだろう。例え不法居住者の説得に時間を要したとしても、最悪の場合は麻酔銃の使用が認められている。……何の問題もない。あるとすれば、火山噴火がこちらの予想よりも早まるくらいだが、各所の観測データをリアルタイムで監視しているため、こちらもさほど問題ない。

 結局のところ、災害救助に向かう彼女たちの弁舌がものを言う、ということだ。

「では、班編成を通達する。榊、鎧衣をα1、御剣、彩峰をα2、私と珠瀬をα3――各自、戦術機の着座調整を済ませ、十五分後に作戦を開始する。以上だ!」

「「「「「了解!」」」」」

 敬礼とともに散開する訓練兵たちを見送って、まりもは一度指揮所へと顔を出す。本来ならここから部隊の指揮を執るのだが、訓練部隊は現在五名編成。二機連携を原則とする戦術機での作戦行動においては、一人余ってしまう。三機編成を取れないこともないが、今回の作戦は各所に点在する不法居住者の避難誘導であり、二班よりも三班で行動するほうが効率的だ。そのため、まりも自ら戦術機に搭乗し、現地へ赴くのである。

 指揮所は指揮車輌内に設営されていて、各モニターには火口の状況や、多種にわたる観測データが映し出され、随時更新されている。顔を見せたまりもに気づいた通信兵が起立し、敬礼を向ける。まりもはそれに答礼して、車輌内の全員へ鋭い表情を向けた。

「それでは、後のことをよろしく頼む。情報は逐次こちらへ、観測データは些細な変化であっても必ず通知しろ、いいな」

「ハッ! 了解であります! どうぞご武運を!」

 指揮所内の通信兵が背筋を伸ばし、今一度敬礼を向けてくる。それに颯爽と敬礼を返し、まりもは自機の不知火へと向かった。――帝国軍時代から愛用していた機体、あの『明星作戦』を生き延びた……思い入れの強い機体である。カラーリングこそ国連軍のそれに塗り替え、OSをXM3へと換装しているが、矢張りこれがまりもの機体だった。蒼の不知火の横には五機の吹雪。既に各員着座調整に掛かっているようで、整備班の怒号が飛び交っている。

「出来れば実力行使に訴えたくはないが……さて、」

 一つ息を吐き、眼を閉じる。

 ――今が大事な時期だということは、よく理解している。この災害救助活動が終了した後は、すぐに「トライアル」が待ち構えている。先日夕呼から聞かされたスケジュールには些か眉を顰めたが、彼女の目指す理想を思えば、納得のいくものだった。それだけ、夕呼がXM3に賭けているということ……そして、それはまりもも同様に。

 この新型OSの素晴らしさを世界中に知らしめ、見せつけ、惹きつけることが207B分隊に求められる何よりの成果。だからこそ、この救助作戦は何のトラブルもなく成功させる必要がある。トライアルに参加し、各国の烈士たちを相手に圧勝して見せなければならない彼女達が、救助作戦一つまともに行えなくてどうする。まりもは胸の裡の意思を強く固める。揺らぐことのない強靭な精神を、今このとき、より一層強固なものとして。

『207B分隊各機、異常ありません!』

 分隊長の千鶴からの報告を受け、狂犬は号令を発した。







「情報では、ここに一名ご老人が住んでおられるらしいが……」

「そだね……私が行く?」

「いや、私が行こう。彩峰は待っていてくれ」

 一軒の藁葺き屋根。古きよき日本家屋の趣を残した平屋建て。そこが冥夜と慧のやってきた、不法居住者の住む家の一つだった。到着し、機体から降りて早々に、冥夜は行動を開始する。「待っていてくれ」と言い終わるよりも早く、慧に背を向けて歩き出した冥夜を見送って……彼女は小さく息を吐く。

 ――御剣、焦ってるね……。

 言葉にはしないが、それが慧の見解だ。本部からここに移動するまでの間も、冥夜はどこかおかしかった。具体的にどうだったかといえば、移動速度が速すぎたり、操縦を誤って機体バランスを崩したりしていた。新型OSを搭載したシミュレータ、実機訓練を積み重ねてきた中で、冥夜はそういった初歩的なミスを犯すことは滅多になかったのだが、今回に限って粗が目立つ。

 災害救助のための出動がかかってからずっと、冥夜はどこか浮ついて……いや、焦っているように見える。思いつめている、ともいえるかもしれない。慧は自身を他人の感情の変化にそれほど敏感ではないと思っているが、そんな自分でさえ気づき、あまつさえ注意してしまうくらい、今の冥夜はおかしかった。

 平屋に近づきながら住人に呼びかける彼女の背中からは、不法居住者の安否を本気で心配しているのがわかる。その真剣さが焦りとなって浮かび上がって見えるのだろうか。……だが、それも仕方ないのかもしれない。冥夜の出自――少なくとも、斯衛の護衛がついていることを考慮すれば――将軍家に縁のある人物なのだということはすぐにわかる。或いは、現政威大将軍に瓜二つの外見等、勘繰ればキリがないのだが……ともかく、彼女の立場からすれば、自国民が危険に晒されている現状に、いてもたってもいられないのだろう。

「人は国のために成すべきことを成すべきである……」

 無意識に呟いていた言葉。それは、慧の心の支えとなり、今までもこれからも、自身の進むべき標となる言葉だ。「人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである」――彼女の胸に刻まれたそれは、亡き父がよく言っていた言葉だった。

 そして、その言葉と今の冥夜はよく似ている。

 彼女はきっと、不法居住者達を全員無事に救い出すことが、国のためになると信じて行動しているのだろう。そして同時に、今回の災害救助活動自体、国が人のために成すべきことだと信じている……。そう考えれば、彼女の焦りも理解できる。冥夜が慧の父の言葉を知っているとは思えないが、その行動する姿が父の言葉に重なるならば、慧も任務に全力を尽くそうと思えた。

 建物の奥の方へと向かった冥夜を見ながら待機していると、背後から人の気配が近づいてくる。この家の住民だろうか。振り返ると、割烹着姿の老婆が立っていた。どうやら畑にでも出ていたらしい。のどかな風景と老婆の姿を見ていると、ここが第一種危険地帯だなんて思えなくなりそうだったが、慧は自身に課せられた任務を果たすべく、行動を開始する。気概に満ちていた冥夜には悪いが、住民からやって来たのである。そこは勘弁してもらおう。

「……誰だい? ……大仰な機械でやってきて、一体どういうつもりだい? おまけにけったいな服まで着て……」

「……私は国連軍横浜基地から派遣された災害救助部隊の者です。ここは第一種危険地帯に指定されています。どうか、我々と一緒に避難してください」

 名乗るよりも先に問われてしまったが、慧は気にするでもなく説明する。見るからに頑固そうな老婆だとわかったが、どうやらそれは正解だったらしく、慧の口から“避難”の言葉が出た瞬間に、眉尻が上がっていた。とりあえずそのことは気づかなかったことにし、火山の噴火が近づいていること、退去通告が既に発せられていることを確認したのだが……いかんせん、暖簾に腕押しの感が否めない。

 噴火の事実も退去通告も知っていながら避難しようとしない。どころか、説得を試みる慧の言葉など聞こえていないようで、頑として頷こうとしない。……なるほど、強制退去命令さえ無視して居座るのだ、このくらいで避難してくれるならそもそも災害救助出動など無用ということか。取り付く島もない老婆に、次第に腹立たしい感情が込み上げてくるが、だが、それとこれとは別だ。個人の感情で腹を立てていい問題ではない。慧は一度深呼吸し、老婆をじっと見つめる。――なにか、理由があるのだろうか。

 ……あるのだろう。絶対にここを離れない。老婆の瞳がそう言っているように思えて、慧はヤレヤレと溜息をつく。――こういうのは苦手。そんな呟きを口の中で転がしていると、丁度良く冥夜が戻ってきた。向けられた慧の視線に気づいたのか、老婆と慧を交互に見ながら近づいてくる。

「御剣、タッチ」

「彩峰そなた……いや、よい。……もし、ご老人」

 涼しい顔で説得を丸投げした慧に、一瞬呆れた表情を見せた冥夜だが、すぐに表情を引き締めて、老婆へと呼びかける。
呼ばれた老婆は慧に向けたような、まるでこちらを煙たがるような表情で冥夜を見たのだが、それは一瞬の内に呆けたようになり、そして――



 老婆は、土下座し、希った……。







『……で? どうするつもり?』

 夜になり、日付が変わろうかという時間帯。慧から秘匿回線で通信が繋がれて、冥夜は一瞬呆気に取られたが、自分が彼女にそれほどの気を遣わせているのだと気づいて、苦笑を浮かべる。

 今、冥夜たちは自機の管制ユニットの中にいる。救助活動に訪れた最初の平屋。そこに暮らす一人の老婆の“避難誘導”のために、ずっと待っている。老婆のたっての願いを受け、説得を先延ばしにしたのが今日の午前。他の住民の救助活動を終え、残すところこの老婆のみとなった段階で、先んじようとする慧を引き止め、こうして待機を続けている。

 HQからの情報では溶岩ドームに亀裂が確認され、天元山本山の噴火予想が早まっているという。予断を許さぬ状況であることには変わりない。……先程から、余震が頻発している。そういう状況であるということを承知しながら、状況報告を求めるまりもに「鋭意説得中」などと戯言を返す自分は、きっと軍人としてあるまじき行為を犯しているのだろう。

 ただ一言、慧の問いかけが訴えてくる。

 ――どうするつもり、か。冥夜は真剣な表情で通信画面の向こうにいる慧を見つめ、同時に、老婆の言葉を思い出していた。冥夜に対して土下座をし、必死の思いで希った、老婆の想いを回想する。

 亡き夫と自分が苦労して建てた家。ここで生まれ育ち、国のために戦っている息子達。この家で待つことを約束し、息子達を送り出した。きっと、きっと帰ってくる。今ここを離れれば、死んでも死に切れない。山が噴火するというのなら、それは仕方がないこと。この地の土に還って、息子達の帰りを待ちたい……。

 それを、奪わないでほしい。

「彩峰……私には、護りたいものがあるのだ……」

『それは、……この国の、人?』

「!?」

 老婆の言葉を思い返せば、胸が締め付けられるようだ。老婆の気持ちは痛いほどよくわかる。――奪われることは、辛い。自身の力、意思の及ばないその場所で、無理矢理に奪い取られる苦痛。哀しみ。冥夜は、そういう個人の願い、想いを――護りたいと思う。

 日本という国。そこに暮らす民。人々の心、日本人の魂、志。それらこそを、護りたい。古より脈々と受け継がれてきたその心をこそ……。

 人のいない国はないのだから。

 だから、冥夜にとってここに暮らす老婆は、この国の民全ては、大切な存在であり、護るべき人々なのである。……その心を、誰にも打ち明けたことのない胸の裡を、慧は気づいていた。彼女の言う“この国の人”という言葉が、冥夜のそれと重なるかどうかは別としても、あまり他人の事情に介入しようとしないあの慧が、そうやって冥夜の心に触れてきたこと。その事実が、冥夜を驚かせる。

「…………ああ、そうだ。彩峰、そなたから見れば私は愚かな軍人に見えるのだろうな。これは私のわがままだ……そなたをつき合わせていることを、詫びさせて欲しい」

 そして同時に嬉しくもあり、申し訳なくもある。口にした通り、今こうして老婆の意思を尊重し、実力行使に訴えないまま時を過ごしているのは、冥夜のわがままであり、独り善がりな意志だ。そこには下された任務も、慧の思いも何もない。ただ、冥夜が冥夜の護りたいものを護るために我を通しているだけ。

 言葉にはしなかった冥夜の心を汲んでくれた慧を、ありがたいと思う。だからこそ、詫びねばなるまい。冥夜は頭を下げ、続く戦友の叱責を待つ。……が、いつまで経っても慧からの罵倒はなく、むしろ、呆れたような表情で、「莫迦?」と。それはもう拍子抜けするくらいに、飄々と言われてしまったのだった。

「…………彩峰?」

『御剣はおばかさんだね……』

「あや、みね……」

 慧は、優しい表情をしていた。柔らかで、それでいて呆れたような、しょうがない奴……そんな風な、温かな微笑で冥夜を見ていた。その美しさに、息を呑む。初めて見せる慧の表情に、冥夜は心底見惚れていた。穏やかなのは表情だけでなく、まるで冥夜の全てを包み込んでくれるような声音が、しんしんと胸に染みる。

「……そなたに感謝を」

 そして、よき理解者に巡り合えた幸運に感謝を。彼女と仲間となれて、本当に良かったと思える。互いを理解し、思い合える“仲間”がいることを、嬉しく思う。出逢ったばかりの頃の自分たちではこうはならなかっただろう。お互いの素性に想像がついてしまって、何処か余所余所しく、見えない壁を作りあっていたあの頃。同じ訓練部隊だった白銀武や、まりもの計らいがなければ、きっと今でもそのままだったのではないだろうか。

 そう思うとゾッとする。そして――なんと未熟だったのかと、苦笑してしまう。

『御剣、お婆さんが呼んでる。……降りる?』

 慧からの通信にモニターを見れば、老婆が平屋から出てきて手を振っている。手には盆が載せられていて……どうやら、おにぎりが並べられているらしい。夜食、ということなのかもしれなかった。……瞬時に、胸が詰まる。

 今、この場所には誰も住んでいないことになっている。ただでさえ食料の入手が困難になっているこの時勢に、どうしてあれだけの数のおにぎりを用意できるのだろうか。……あれは、残り少ない老婆の蓄えそのものではないのだろうか。自らの食を犠牲にしてまで、自分たちのためにおにぎりを握ってくれた老婆の思いやりに……冥夜は矢張り、あの老婆の想いを叶えてあげたいと願ってしまう。

 例えそれがこの地で命果てることだとしても。

 例えそれが任務に反することだとしても。

 きっとそれが、「生きる」ということなのだろうから。「自らの意志で生を全うする」――この国の人々が、そう在れる場所を護ることこそ、冥夜の戦う理由なのだから。







 不法居住者の避難は大凡完了した。残すはα2だけだが、芳しい報告はまだ受けていない。……人の意志を尊重し、慮ることが出来る冥夜には、実力行使に訴えるという選択肢はないのだろう。鋭意説得中とは言うが、実際それだって怪しいものだ。そして、その件について慧が何も口を挟まなかったのは、彼女も冥夜の考えに同調しているということだろう。――まったく、勝手ばかりをする……。

 自身の教え子の甘さに辟易とするが、それが彼女たちの美点だということも理解している。だが、それはあくまで人間としての美点であり、時として――現に今のような場合、軍人としては、足枷にしかならない。

 情を失くせ、と言っているわけではない。ただ、任務のためには非情になることも求められるという……軍人として至極当たり前のことが、彼女たちの中で行えていないということが問題なのだ。まだ訓練兵だから、というのは言い訳だ。甘ったれた感情に縋る奴は、戦場で死ぬ。そこにどれだけの崇高な意志があろうと、卓越した実力があろうと、甘さを乗り越えられないものは、いつか必ず、戦場に散る。

 全体を見通す能力が、まだまだ圧倒的に不足しているのだ。自身の感情に従ったその選択が、その他全ての事象にどのような影響を与えるのか。……そのことが、わかっていない。想像出来ていない。もし仮に、彼女達が鋭意説得しているのが嘘だったとするならば、その嘘のおかげで部隊は引き上げることも出来ず、随伴している整備班や通信班、観測班に衛生班、食料班等々、たった衛士二人と不法居住者一人のために、今もこれだけの人数が、第一種危険地帯に留まっている。

 いや、その全ての者は、これが任務だからと了解している。自分たちに与えられた役割を把握し、理解し、最善を尽くすために留まっているのだ。だから、それはいい。それが任務なのだと知っているから、それでいい。

「問題は――、」

 冥夜と慧。この二人が、果たしてそこまでを考えた上で行動しているか、だ。……まだ二人が嘘を報告していると決まったわけではないし、自分の部下を信じたいという気持ちもあるが、現在この場所で、一人の指揮官として。まりもは判断しなければならない。作戦終了まで残り四時間弱。ギリギリまで粘れるものなら粘りたいのはまりもも同じだが、ここ数時間の観測データを見るに、そんな猶予はないのかもしれない……。

 瞬間。

 直下が崩れ落ちるような震動、空を焼く灼熱色、轟く火山の咆哮を――

「――――――ッッ!? 207各機ッ! 応答しろ!!」

 唸りを上げる大地に対抗するように、まりもは叫ぶ。すぐ傍にいた壬姫の無事は目視でも確認できた。同じく本部まで帰還していた千鶴、美琴の両名からも返答を受ける。が、現在も作戦行動中の冥夜と慧。この二人からの返答がない。痛烈に舌打つと同時、まりもは再度通信を開く。視界に映る空は赤い。囂々と溶岩を噴き上げるその様は、中々に見応えがあった。

「20702、04! 応答せよ! ――20702、04! 応答せよ!」

 繰り返すまりもの通信に、やや遅れて冥夜から返答があり、慧も民間人も無事との報告に上出来だと鼻を鳴らす。突然の噴火、しかも深夜である。これが眠っていたところに溶岩の直撃を受けて死亡、なんてことになっては、本当に洒落にしかならない。その点を考えれば運がよかったとも言えるし、返答する声音が冷静だったことも上出来だ。パニックが人を殺す。少なくとも衛士としての冷静さを失っていない彼女達は、この窮地を生き残れるだろう。

 状況を問う慧に、観測班から回された情報を説明する。溶岩ドームが爆発、発生した大規模な土石流は天元町方面から外れた丹ノ瀬方面へと流れている。溶岩流が発生し、北斜面に沿って毎秒12mで進行中……。そこまでを一息で言い切り、まりもは網膜投影に写る二人の教え子の顔を、強く睨みつけた。

「住民を強制収容し至急撤退しろ! 土石流はまだしも、吹雪の設計では巨大な火山弾や溶岩に耐えられんぞ!」

 語気を荒げるのは、きっと心のどこかでこの命令が無視されるだろうことを理解していたからだ。誠に腹立たしいことだが、御剣冥夜という少女の心情と行動の理念を重々承知し、理解出来ているまりもだからこそ、彼女の表情を見ただけで確信した。

 冥夜は強制収用なんてしない。――こいつらは、端から説得なんてするつもりがないのだ!!

 そして同時に、不法居住者を死なせるつもりもない。
データリンクでもたらされた情報を確認し、まりもの説明を聞く傍らで、冥夜は既に決断を下していたに違いない。故に、再びの地震に通信が中断されたその時。まりもは忌々しげに罵倒するのだ。

「02、04! 貴様ら何を考えている! 状況を報告しろッ!!」

『こちら04。通信回線が不調のため、一度通信終わります』

「なっ!? こら!! こッッの、莫迦者ォォオ!!」







 通信回線を閉じると同時、慧は吹雪を疾駆させた。前方には、本人は冷静なつもりで全然冷静になれていない冥夜の吹雪。度重なる地震と先程の土石流で大曲谷両岸の崖が崩れ、この谷の高低差が埋め立てられてしまっていることには、慧も気づいていた。このままでは丹ノ瀬方面へ流れている溶岩流が、旧天元町北区に流れてしまう。……恐らく、その溶岩の進路を多目的増加装甲で変えようというのだろうが、それはあまりにも無為無駄無謀な愚策だ。いいや、策ですらない。

「御剣! 戦術機じゃ無理、引き返して!」

『やってみなくてはわからん!』

 素人が見たって一目瞭然のその事実に、視野が狭窄してしまっている冥夜は気づかない。いや、本当は気づいているのかもしれないが、それでもやってみなければわからない、と、自分自身を鼓舞しようとしているのか。……いずれにせよ、このままでは冥夜が危ない。あの老婆を死なせるつもりなど毛頭ないのだ。老婆の意志を尊重すると言いながら、決して、その命を散らせるような真似はさせないと決めていたのだろう。

 慧は確信する。今ここに居る冥夜は、軍人などでは決してない。

 彼女は、ただ己の理想を声高に叫び、周囲を振り回す身勝手な女だ。自分のわがままなのだと言っていた。……本当にその通りである。だが、そのわがままに乗ったのは慧で、それが自分自身の意思でもあった。故に慧は冥夜の無謀を知りながら、軍人に許されない愚行を知りながら、それでも、あの老婆のために行動する。

 亡き父の言葉が蘇る。脳裏にこだまする。――人は国のために……そして国は人のために――その言葉だけを信じてきた。だから自分は、いつかきっと、この国のため、この国に暮らす人々のために成すべきことを成せるように。

「それでも、今の御剣は間違ってる……!」

『ッ?! なにをっ……』

 老婆を護るために。冥夜はただそのためだけに行動している。老婆の説得を慧に任せ、自分は単身、溶岩の進路を変えようと渦中に飛び込んでいった。――そんな行為を、あの老婆は喜びはしない。どう足掻いたって、出来ないものは出来ないのだ。多目的増加装甲で溶岩の一部の流れを抑えられたとしよう。だが、それがどうした。大量に流れ来る溶岩流のほんの一部を抑えられたとしても、その周囲を流れ来る溶岩は止められない。まして、吹雪の装甲は溶岩に耐えられない。稼げたとして、ほんの数分にも満たない気休めのために、冥夜は命を捨てようとしている。

 それは、絶対に許されない。

 衛士を目指すものとして。この国を、民を護ると言った冥夜には、絶対に赦されない行為だ。

「とにかく下がっ…………!!??」

『くはっ……』

 激昂した様子の冥夜に再度後退を促そうとした矢先、途轍もない震動と衝撃が機体を埋め尽くす。どうやら土砂崩れか何かに巻き込まれたらしい。脚部バーニアを最大に吹かし、何とか脱出に成功したものの、すっかり泥を被ってしまった。素早く機体の状態と周辺状況を確認する。網膜投影に映る冥夜が、何処か憮然とした表情で呟いていた。

『……このおかげで少しは……時間稼ぎが出来そうだな』

「……本気で言ってる? こんなの気休めにしかならない」

『……』

 つい、言葉が刺々しくなってしまう。ムッとした様子の冥夜の表情に肩を竦めながら、慧は老婆のいる平屋へと進路を向けた。



 さて、実際のところどうすべきか。慧は泥に濡れた自機を見上げて、溜息をつく。老婆を見捨てるつもりはない。そして、この場に留まりたいというその願いを曲げさせてまで、退避させるつもりもない。……そのことは、いい。たとえ冥夜の身勝手な願いなのだとしても、慧自身がそれに納得し、賛同しているのだから。

 問題は、今のこの状況である。土砂崩れのおかげで、数時間の猶予を稼ぐことは出来たが、同時にそのせいで機体に不調が出ている。慧の吹雪は通信機の受信に支障が出ているようで、冥夜からの通信さえ聞こえなかった。今は強化装備の通信機を使用しているが、出力の関係から近距離でしか使えない。冥夜の機体はセンサー類に不調が出ているだけでなく、泥でカメラが半分以上死んでいる。更に右主腕の肘関節と手首を、火山弾の直撃でやられていた。

 楽観できる状態ではない。溶岩は今も尚進行中だ。残る数時間で、なんとかしてここを護り抜き、溶岩の脅威を逸らさなければならない。

 たった二機の戦術機で何が出来る――そんな弱音が不意に浮かんできて、慧は自身を罵ってやりたくなった。

 それを決めたのは自分で、選択したのも自分。ならば、ありとあらゆる可能性を検証し、見つけ出し、「やり遂げてみせる」以外に道はない。……撤退命令を無視している時点で軍規違反の罪は免れないのだが、だからこそ、冥夜の意志は貫かせてやりたい。絶対にこの場所を護り、老婆を護る。でなければ、ここまで粘った意味がない。

「彩峰、発電機が母屋の裏にあるそうだ。そなたの吹雪から直接電源を取らせてくれ」

「……」

 どうやら冥夜は自機のカメラを覆っている泥を洗う気らしい。老婆から井戸とポンプがあることを聞き出したが、電気が止まっているせいで使えないとか。発電機も既に燃料切れとのことだが、そこは慧の吹雪から配線を直結するなりして、何とかしてくれという。……正直、呆れた。諦めないという気概は慧も負けるつもりはないが、冥夜の見せるそれは些か前向き過ぎるように思える。それがいけないというわけではなく、いい意味で常人を超えていると思わせるのだ。

「確か、納屋にホースがあったけの……ありゃ随分長いから、お役に立つかもしんれねぇ……今持ってまいりますわ……」

「あ、では私も一緒に参ります」

 冥夜に問われていた老婆が思い出したようにホースのありかを口にすると、冥夜はこれ幸いとばかりに強気な笑みを見せる。一度慧に視線を向けて、老婆の後をついて納屋まで向かう冥夜は、矢張り微塵の揺らぎもなく、ここを護り抜いて見せるという絶対の意志に溢れていた。

 ――教官に殺されるかもね。ふと、そんな想像が過ぎる。軍規は絶対だ。上官の命令は絶対だ。まりもは住民を強制収容して至急撤退しろと言った。それを完全に無視して単独行動を取っている自分たちは、よくて営倉入り、最悪で除隊処分だろうか。或いは今年の任官はなく、もう一年訓練を積むことになるかもしれない。

「後悔しない……」

 するくらいなら、冥夜を殴ってでも老婆を強制収容し、撤退している。冥夜に共感したというだけではないのだ。自分自身の心の中にも、彼女と同じような「護りたいものを護る意志」が存在していた。だからこそ、今ここにいる。小さく頭を振り、発電機を運んでこようと一歩を踏み出したそのとき――地面が跳ね躍るように歪んだ。バランスを崩しそうになった慧だが、幸い揺れはすぐに収まり――背後に聞こえた何かが崩れる音――まさかという予感がして振り返ったそこには、潰れた納屋が、

「み、御剣ッ!! お婆さん!!」

 知らず、叫び、駆け出していた。今正に納屋へホースを取りに行ったはずの二人の姿がない。崩れた納屋の下敷きになったか? そんな不安を振り払うように、もどかしいくらいに近しい距離を、慧は全力で走った。

 再度呼びかけようとした慧を留まらせたのは、弱々しい冥夜の声。痛みを堪えるように大丈夫だと言って見せた彼女は、納屋の柱に足を挟まれていた。そのすぐ傍では老婆が狼狽している。どうやらこちらは無傷のようだが、口走る言葉を聞くに、冥夜が老婆を庇ってのことだと知れた。崩落が早く、冥夜自身は逃げる暇がなかったのだろう。だが、出入り口に近かったことが幸いしたようで、冥夜は自力で脱出していた。

「ホントに大丈夫?」

「問題ない……」

 気遣うように傍に寄った慧の問いに、冥夜は不敵に笑って見せたが……立ち上がろうとした瞬間、痛みに顔を歪ませてバランスを崩した。咄嗟に抱きとめた慧に済まないと詫びる冥夜だったが、どうやら足を痛めたらしい。骨折もあり得る。慧はすぐさま冥夜を座らせて、患部を触診した。どうやら捻っただけのようだが、捻挫とはいえ楽観は出来ない。柱の下敷きになってこの程度で済んでいるのは流石に強化装備だと感嘆するものの、崩れた後のゆっくりとした加圧にやられたらしい。

「あああ……今すぐ包帯と薬を……」

 うろたえる老婆はそう言って平屋の中へ向かおうとする。危険だからと慌てて止めた冥夜の言葉を押し切り、老婆はまろぶように屋内へ入って行った。また地震が起こるかもしれなかったが、もう遅い。僅か数十秒の時間を、じっと待つ。……彼女は責任を感じているのだろう。自分の身を護るために、冥夜は負傷した。その罪悪感に潰されないためには、少しでも行動するしかないのだ。その気持ちがわかるからこそ、冥夜も慧も、老婆が戻ってくるのをただ待つしかなかった。



 その後老婆が持ってきた包帯で足首を固定し、少しでも負担を軽くするために強化装備の循環装置と生命維持装置を外す。冥夜に向かって土下座を繰り返す老婆をとにかく宥めて、顔を上げてもらうのは一苦労だった。なんとか落ち着きを取り戻した老婆に、今一度避難を勧めてみるが、矢張り彼女の意志は固かった。息子達の帰りを待つことが願い。そう言っていた老婆は、ポツリポツリと事情を話してくれた。

 既に息子達は亡くなっていること。頭ではわかっていても、戦死を告げる紙切れだけでは心が納得できない。老婆は、今でも息子達が国のために戦っているのだと信じている。

 例え死んでいたとしても。

 きっと魂は、まだ戦っている……。

「魂だけになっちまっても、ふとしたことで帰りたくなるかもしれんでしょ? そんとき、ここに誰もおらんかったら……さびしかろ思ってね?」

 その言葉に、胸が詰まる。冥夜も慧も、ただ俯いて唇を噛み締めるしかなかった。老婆の心は揺らがない。正真正銘、それが最期の願いなのだろう。最期まで生きて、ここで死ぬ。いつか帰ってくる息子達の魂とともに、この地で、この場所で。土に還り、一つになる……。

 掛ける言葉が見つからない。……いや、老婆もなにか言って欲しいわけではないだろう。これは、「戦い」だ。この老婆は、彼女の戦いをずっと続けている。ただ待つこと。ひたすらに、信じて待つこと。老婆は冥夜たちを見て“羨ましい”と言った。女でも戦場に行って、戦術機という大きな機械に乗って、戦えるようになった――ただ待つだけでなく、大切なものを奪われて哀しい想いをするだけでなく――それを、羨ましい、と。

「さて、こんな話しとる場合じゃないですな。危ないから早くお逃げくだされ……兵隊さんには兵隊さんの戦いがあるはずでしょう」

 こんな老いぼれに構わず、逃げてくれと。自分のようなもののために、冥夜たちが来てくれて本当に感謝していると。穏やかにそう告げて、老婆は平屋へと去っていった。沈黙だけが残る。冥夜も慧も、ただ黙って眼を閉じていた。溶岩は止まらない。老婆は逃げることを是としない。

 そして、それでも矢張り……自分たちの意思も意志も、変わらなかった。

「彩峰、そなたの吹雪を貸してくれ」

「お断り」

 どこか覚悟を決めた表情で冥夜は願い出たが、慧はむべもなく即断する。そのあんまりな即断に冥夜はムッと眉を顰めるが、慧とて引くつもりはない。どうせ冥夜のことだから、自分ひとりでやろうというのだろう。損傷した自身の機体を慧に預け、慧だけでも撤退させようというつもりなのだ。そんなもの、気遣いでもなんでもない。だいいち、足を痛めた状態でどうするつもりなのか。戦術機の操縦さえまともに行えるかわからないのに、“やってみなくてはわからない”なんて強がりを口にする冥夜は、ただの頑固者であろう。

「御剣一人じゃ無理」

「だからといって、そなたまで危険な目に遭わせるわけには……っ」

「ほら、認めた。“だから”、私も行くよ」

 ぅぐ、と。冥夜は言葉を飲み込む。危険なのは百も承知だ。泥に汚れた吹雪を見上げる。土砂崩れに巻き込まれただけでこの有り様だ。自然の驚異とは言うが、それは文字通りに恐ろしいものである。しかも相手は溶岩流。地震だってまた起こるかもしれない。土石流だって再び発生するかもしれない。ただでさえ危険な状態の中、この土地を護ろうというのである。二人でやれば絶対に出来るというものでもないだろうが、怪我を負った冥夜一人よりは断然いいはずだ。

 それからひとつ、冥夜は勘違いしている。

「御剣、私は自分の意志でここに居るよ。……巻き込んだなんて思われたら迷惑」

「彩峰……」

 そっぽを向き、どうでもいいような口調で慧は言う。冥夜は眼を丸くして、暫くの後、可笑しそうに笑った。くつくつと込み上げてくるような笑み。それが慧の照れ隠しなのだと気づいて、こそばゆいほどの嬉しさがこみ上げてくる。――ああ、本当に。そなたに感謝を。一度だけ心の中で呟いて、冥夜は毅然とした顔を向ける。

「……とてもすごく不愉快」

 笑われたことが気に喰わないのだろう。ふんと鼻を鳴らす慧に苦笑しながらも、冥夜は状況を確認するために行動することを提案する。大曲谷の崖崩れや、先の土砂の状況、地形の正確なデータ等々、手に入れたい情報は多い。何か案を打ち出すにしても、それらがなければ話しにならない。行動に際して痛めた足のことを案じられたが、それこそ、無用な心配というものだ。慧も冥夜の気持ちがわかるのだろう。それが強がりと知っていながら、それ以上は何も言わなかった。



 夜明け。一睡もしていないが、不思議と眠気はない。日頃の訓練の賜物か、或いは緊張に神経が刺激されているだけか。なんにせよ、視界が明るくなるのはありがたい。――同時にそれは、刻限が迫っていることを物語っている。

 現在溶岩流は先程の大曲谷の土砂崩れのおかげで一時的に丹ノ瀬方面へ流れているが、溶岩が土砂よりあふれ、天元町方面へ流れ来るのは時間の問題となっている。地形図を見ていてわかったのだが、丹ノ瀬地区に枯渇した川があるらしく、ここに溶岩を誘導できれば、天元町方面――即ち、あの老婆の家と土地は護ることが出来る。川に誘導するためには大曲谷の分かれ目を埋める土石流や崖崩れの土砂をどうにかしなければならない。

 現状を確認しようと土砂崩れがあった場所まで向かってみれば、そこは既に溶岩の海。どろどろとおぞましく流れる様は圧巻としか言いようがなく、戦術機二機が足掻いたところでなにが出来る、とこちらの意気を削ぐかのようだ。地形データは更新できた。これ以上そこに留まる必要がなくなっても、だからといって解決策を見出せたわけでもない。……丹ノ瀬側の岩や土砂をなんとかしないことには溶岩の流れを変えられそうにないのだが、その量が物凄い。土木作業用の重機を持ち込んだところで、何日もかかるだろう。

 地形データの更新を完了し、一旦引き上げる。……諦めるわけにはいかない。だが、溶岩の流れを変えるための方法が思いつかない。

 丹ノ瀬側の土砂はどうにもできない。圧倒的に時間が足りない。手がないまま、ただ悪戯に時間だけが経過し……あと数十分で溶岩が谷からあふれ出し、こちら側へ流れ出してくるという状況になった。このままでは冥夜と慧の命令無視は無駄に終わる。老婆の願いも、何もかも。全部が終わってしまう……ッ。

 冥夜は諦めたくないと言った。それは、慧だって同じだ。なにか手があるはずだ。必ずある! そうやって意識を保ち、眼を皿のようにして地形データを見直していく。そこに何か手が隠されているはずなのだと信じて。――そして、冥夜は気づく。たった一つだけの手段。たった一つだけの方法。発想の転換だ。土砂がどうにも出来ないのなら、高低差で天元町方面が低くなったのなら、谷の入口を高くしてやればいい。つまり、天元町北区に続く谷の入口を塞いでしまうこと。

 御守岩、というものがある。大曲谷の旧天元町北区側、崖から突き出すように伸びている巨大な岩で、古くからこのあたりを護る神が宿ると言われていたらしい。あの老婆から聞いた話ではあるが、そういう風説がある岩で町が護れるというなら、これ以上ないくらい“らしい”ではないか。冥夜は慧に作戦を伝える。

 手元にある兵装は74式長刀のみ。それで御守岩を“斬る”――きっぱりと言い切った冥夜に、慧は眉を顰めた。いくら長刀の耐久が優れているからといって、御守岩のような巨大な岩が斬れるわけがない。それとも、冥夜が修める剣術にはそのような技でも伝承されているのだろうか。いぶかしむ表情を向ける慧に、冥夜は不敵に笑ってみせた。

 “斬る”と断言したのには理由がある。冥夜は慧に一つのデータを送り、内容を説明する。それは吹雪の歩行時に発生する振動波と音響エコーから作成した大曲谷の地質モデルで、そのモデルには、赤色の平面が多く見られた。この赤い部分は岩盤に入った罅を示していて、つまりは、この罅が集中している一点、そこに衝撃を加えることで大規模な崩落を起こすことが出来る。

「なるほどね……でも、御剣に出来るの?」

『……その言葉には些か引っ掛かるものがあるが……いや、いい。……技術的なものもそうだが、実行するためにはそれ以外にも大きな問題がある』

 御守岩に崩落を誘発する瞬発加重を上から加えるためには、次の手順が必要となる。連続噴射跳躍で高度を稼ぎ、反転噴射降下、74式長刀による運動エネルギーの一点集約加重。言葉にすればそれだけだが、それがどれだけ技術的に難しいかは慧にだって理解できる。

 XM3という革新的な新型OSが開発されたおかげで、慧たちはこと機動制御において正規軍など比較にならないほどの技術を身に付けることが出来ている。その課程で修得した“反転噴射跳躍”も、OS開発に携わったというドッペル1が見せていたものには遠く及ばないが、十分使いこなせるようになっていた。

 が、ここで問題となるのは操縦に関する技術的な点ではなく、もっと根本的な、物理的なものだった。……即ち、推進剤が不足していること。二機分の残量を合わせても、必要な高度を得るために消費する量には足りないという。推進剤と安全保証高度を考慮すれば、必要高度の八割が限界となる。ただ、御守岩を叩き切った後、地面に激突することを無視すれば、この問題は解決できるのだが……。淡々と述べる冥夜を、慧は黙って見つめた。

 続く二点目の問題。そもそも時間に余裕がない。推進剤の補給に本部へ戻ることも、増援を呼ぶ時間もない。まして、本部からは即時撤退命令が出ているのだ。増援など在り得ないだろう。お互い、譲れないものを賭けての命令無視である。今更、そんな手段は採ろうとさえ思わない。敢えて冥夜がそのことについて触れたのは、考え得る全ての可能性を考慮したうえで、ということを慧に示しているのだ。

『あとは吹雪をあそこまで持っていって……自爆させると言う手もあるが、さすがにこれは……軍規的にも時間的にも、な……』

「…………いいよ」

『なに?』

 作戦自体は悪くない、むしろ実現できる可能性としては十分過ぎるものだ。ただ、実行には自身の命を懸けねばならない。絶対に死亡するというわけではないが、少なくとも、大怪我を負うのは間違いない。奇跡的に無傷だったとしても、崩落した御守岩や瓦礫に埋もれて、窒息する危険性がある。老婆一人、町ひとつを護るためとはいえ、貴重な戦術機一機と、衛士一人の命を秤に掛けるのだ……僅か一パーセントでいい、それだけでも生還の可能性が高まる手があるなら、ギリギリまでそれを探すべきか。

 一瞬の葛藤を見せた冥夜に、まるで素っ気無い様子で、慧は言った。

「私がやる。御剣の推進剤を頂戴――」

『ばっ! 莫迦を言うでないッ、彩峰!! ――私がやる。そもそもこれは私の我侭から始まったのだ。そなたを危険な目に遭わせる訳には……ッ!』

「言い争う時間が無駄。それにもう言った。……これは、私の意志。護りたいのは私も同じ」

 思わず感情的に声を荒げた冥夜を遮り、今度はきっぱりと言い切る。その眼光は冥夜をして唸らざるを得ないほどの意志に満ち溢れていて……けれど、だからといって割り切れる問題でもなかった。

「……御剣のその足で、連続噴射跳躍は出来ない。それに、ドッペル1の反転噴射跳躍なら、私の方が巧い」

『ああ……確かにそうだ。そなたは隊内で一番、機動制御に優れている……。だが、』

 長刀の扱いならば、慧よりも自分の方が優れている。冥夜は自惚れたわけではないが、それもまた事実。慧とてそのことは承知している。常時の冥夜であれば、連続噴射跳躍も反転噴射跳躍もお手の物だ。だが、今は足の負傷がそれを阻む。

 冥夜と慧の間に明確な差はない。機動制御では僅かに慧が、剣術では僅かに冥夜が上回っている。ただそれだけの差でしかない。――だが、今この状況において、失敗は赦されないという状況においては、その僅かな差でさえ、大きな影響を与えかねない。お互いに、一手足りない。片道切符の一発勝負。しかも残された一人は推進剤がない状況で、老婆とともに行く末を見守るほかない。

 ――失敗すれば、喪われるのは自分だけではない。

 自分の命だけでなく、もう一人の命、そして老婆の命。それら全部を負う覚悟は、確かに慧にも冥夜にも在った。だが、覚悟だけで挑むには、矢張りまだ不足している。より確実な、より最善な、作戦を成功させ、且つ、二人ともが生還できる手はないのだろうか。推進剤の問題。ただこの一点を解決するための手段。方法。――果たして、それは?

「……ッ、御剣、時間がない。早く推進剤を頂戴。……このままじゃ二人とも無駄死に」

『わかっている……だが、待て。待ってくれ。何かもう一つ、何か、あるはずなのだ……ッ』

 慧は眉を顰めた。冥夜がここにきて怖気づいているとは思えない。彼女はいつだって冷静で聡明だ。今回は些か感情が先走っている面もあったが、それとて、一面でしかない。彼女の素晴らしいところは決して諦めないこと。そして、諦めないための策を考え付くところだろう。例えば今の御守岩を斬るという発想だって、慧には思いつきもしなかった。そういう広い視野を持ち、柔軟な思考を持ち合わせる彼女が、“何かあるはずだ”と唇を噛んでいる。

 ――ならば、何かあるのだ。

 慧は確信した。冥夜はいつだって希望的憶測を口にしない。夢想を口に出したりしない。彼女の言葉はいつだって真実だ。……だが、時間がない。何か手があるのだとしても、それを待っている時間がない。慧は「自分を信じられないか」と冥夜に発破を掛けるつもりで口を開き――――言葉を発する寸前に、それを飲み込まねばならなかった。

 冥夜の表情がめまぐるしく変わっていく。それは驚愕。眼を大きく開き、次いで、不敵に唇を吊り上げる。

『彩峰、そなた……私一人では無理、と。そう申しておったな』

「? 今更なに?」

『うん……だから、そなたと私、“二人で”やろう』

 その、凛々しくも咲いたような表情に、慧は一瞬、見惚れてしまっていた。







 まりもは己の眼を疑った。観測班が寄越した映像に、思わず言葉を失ってしまう。活発化する火山の噴火。流れ出る溶岩流がもたらす被害状況等を継続的に監視・観測していた彼らが偶然捕らえたそれには、二機の吹雪が映っている。場所は大曲谷。今正に谷に積もる土砂を越え、溶岩があふれようとしていた。その溶岩を尻目に、高く高く跳躍を続ける二機。――いや、それは正確ではない。正しく表すならば、それは一機と二分の一。腰部ブロックと跳躍ユニットだけになった吹雪を、もう一機の吹雪が抱えている。

 確認するまでもなく、それは冥夜と慧の機体のはずだ。そして、見るからに不可解なその行動と、それらが目指す先にある“もの”を見て、まりもは愕然とした。

「あ、あいつら……、まさかっ!?」

 それはおよそまりもらしくない声だっただろう。教官として、或いは経験豊富な軍人として。まりもは、自身の教え子たちの行動に度肝を抜かれていた。

 機体の大部分をパージされた吹雪もどきの跳躍ユニットが、より一層激しい火焔を噴いた。瞬間的に悟る。――推進剤が、切れたッ!? ぐ、と息を呑んだまりもの予想通り、吹雪もどきのノズルから火焔が消える。だが、“吹雪”は止まらない。吹雪もどきが推力を失うその瞬間、狙ったようにもう一機の吹雪が跳躍した。抱えていた手を放し、遠慮のない全力の噴射跳躍。若干の推力不足があったのだろうか、機体の一部を崖肌にぶつけながらも、「04」の吹雪は止まらないッ!

 向かう先には崖から突き出た巨大な岩。名を、御守岩という。爆発するような噴射ノズルから大気を震撼させるほどの炎を撒き散らして、吹雪は空高く舞い躍り――マウントしていた長刀が、天高く翻る。

「あ、あ!!!」

 ――斬った。

 ――あの子達が、やった……!!??

 音声のない遠望の映像。迷いなく振り下ろされた長刀は岩の根元を叩き砕き――それはおよそ斬るという表現が似つかわしくないほどに壮烈だった――巨大な質量を持つそれは、大小の瓦礫を生み出しながらに崩落する。溶岩に向けて。大曲谷を覆いつくすように。

 ズン、、、という、その震動は。気のせいでもなんでもなく、僅かながらも伝わってきた。本当に、今、あの岩が落ちたのだ。崖崩れなんていうレベルの話ではない。地形が一つ変わってしまっている。そのあまりにも非現実的な光景に暫く呆然としていたまりもが、ハッと、目を凝らす。観測班からリアルタイムで送られている映像は、凄まじい量の土煙を映し続けている。――吹雪は?! 映っていない。あの崩落に巻き込まれたか? 舌打つと同時、千鶴から回線が繋がれた。救援を、と叫ぶ彼女は半ばヒステリーを起こしかけている。続き、壬姫と美琴が願い出る。

 撤退命令無視。彼女たちにはどう弁明しようとも覆ることのない罪状がある。あの状況で生きている可能性はかなり低いだろうが、まりもは教官として、上官として、彼女達を正当に罰しなければならない。自身には、その義務と責任がある。

「207各機、御剣、彩峰両名の救助活動を認める。だが油断するな。いつまた噴火が起こるかわからないのだ、観測班からの情報は常に注意しておけ! ――それからっ! 次また同じような事態に陥った場合、命令に従わないものには容赦しないッ!! わかったか!!」

『『『了解!!』』』

 狂犬の咆哮に、その裏に見える優しさに、千鶴たちは躊躇なく敬礼する。彼女たちの胸中にも、まりもと同じような感情が滾っていたのだ。――容赦しないわよ、御剣、彩峰ッ。内心で怒るように呟いた千鶴だが、その表情は不敵に笑っていた。

 きっと生きている。

 そんな確信が存在していて、だからこそ、あんな凄いことをやって見せた彼女達を救い出す。……それから、命令違反のことを思い切り問い質してやろう。いつもいつも勝手なことをする慧に、時折融通の利かない冥夜。きっと満足げに死を覚悟しているだろう二人を、絶対に助けてみせるのだ――……!







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 その報道は、些か過剰に過ぎた。……いや、過剰というよりは、宣伝力が強いというべきか。通常の軍事放送では在り得ず、かと言って民報でもまた在り得ない。天元山災害救助部隊派遣についての報道であるはずのそれは、国連軍訓練部隊の危険を顧みない勇気ある行動によって全住民の救助が成ったと伝えている。流される映像には、国連軍カラーの吹雪が映し出されており、それが巨大な岩石を叩き斬り、溶岩の流れを堰き止める場景が繰り返されている。

 同じ衛士の眼から見ても十分迫力のある映像だが、これが一般にも報道・公開されていることを考えれば、民衆の反応は凄まじいものがあるだろう。基本的に、民間人が戦術機を眼にすることは殆どない。軍事機密ということもあるし、単純に軍事基地周辺に民間人が住んでいないのだ。最も知られている機体として武御雷があるが、これは戦術機として認知しているわけでなく、どちらかというと日本の象徴としての認識が強いように思われる。開発からの期間を考えれば、十二分に早い浸透ではあったが、その背景には国政の一環として取り組まれたこともある。

 さておき。今現在報道されている映像……火山噴火の危険、崩落に巻き込まれる危険を顧みず、不法居住者の一人を、文字通り身を挺して護った訓練兵二名が操る吹雪。衛士の名前は公開されなかったが、それが国連軍横浜基地所属の訓練部隊であることを、報道官は語る。――あいつらだ。この基地に衛士訓練部隊など一つしかない。合成竜田揚げ定食をかき込みながら、武はテレビジョンの画面を睨むように見つめた。

 207部隊が救助活動に出向くだろうことは想像がついていた。ブリーフィングの中で天元山噴火についての周知があった際、各基地の訓練兵に出動要請が掛かることを、みちるが口にしていたのだ。中心となって動くのは、当然帝国軍の訓練兵たちなのだろうが、それが横浜基地の訓練部隊が出動しない理由にはならない。火山の動向にさえ注意を払っていれば、救助活動自体は楽なものだろうと武は思っていたのだが、流れる映像を見る限り、かなり凄まじい任務になったようだった。

「……珍しいわね、こういうの」

「むしろ初めてなのではないでしょうか? 斯衛軍の武御雷でさえ、あまりハッキリと映されることはありませんし……」

 箸を置き、合成宇治茶を啜る水月。眉間に皺を寄せながら、画面を見据えている。呟くような彼女に応えたのは同じく箸を置いた美冴。こちらは空いた手を顎に当て、なにやら考える風である。二人の懸念には武も同意だ。いや、武だけではない。この場に居る全員が、同じように今回の報道に違和感を覚えていた。

 常ならば、或いは軍事放送の在り方とするならば、報道は簡潔明瞭に、客観的事実だけを報道するべきである。災害救助部隊の状況を伝えるならば、その日時や成否、結果について。その中で民間人に向けてアピールをするとしたら、迅速な行動の結果、だの、勇気ある行動により、だの修飾すればいい。わざわざ、あのように派手な映像を流す必要はなく、ましてその場景を繰り返し強調する必要もない。

「まるで、あの吹雪を宣伝しているようですね……」

「うん、そんな感じだね。……あれにも、XM3が搭載されているんだよね?」

 既に食後のお茶まで飲み終わっていた梼子が考えるように言葉を紡げば、遙が同意するように頷く。疑問符とともに向けられた視線を受けて、水月は首肯した。みちるから聞いた話だが、これについては別に隊員たちに隠す必要のない情報だ。水月たちはXM3開発に携わったテストパイロットとしての任務を既に終えているが、第207訓練部隊は彼女たちとは別の方向性のデータ収集を行っているとのことだ。

 その事実と、今の報道。それから、後日に控えているXM3のトライアルを結び付けて考えるなら、XM3の宣伝と捉えられないこともない。……だが、それにしては些か妙だ。世間にはまだXM3は公開されていない。かの新型OSが日の目を見るのはまだ少し先であり、しかもそれが訓練兵に与えられている事実さえ公表されていない。

 確かにあの映像は何某かの宣伝効果を狙ったもの、或いは民衆の興味を惹こうとする目的があるように思えるのに、水月たちが想像できるXM3の宣伝効果とは少々離れた位置づけにあるようなのだ。では一体なんだろうか。あのような映像を一般に報道するなど、ただの軍事報道ではありえない。まして、開発は日本とはいえ、国連軍仕様の機体を映しているのである。横浜基地上層部の許可なくしては実現不可能だろう。

「……香月博士、か」

 それまで黙って箸を進めていたみちるが、やれやれと溜息とともに呟くのを、皆は聞き逃さなかった。そして同時に、「ああ、やっぱり」と苦笑する。

 そう。映されているのが国連軍横浜基地所属訓練部隊の機体である以上、そこに夕呼が絡んでいないはずがない。ともすればこの報道自体が彼女の指示という可能性もある。何の理由もなくこのような報道が行われるわけがないので、そこには夕呼にとってのメリットが多分に含まれているのだろうが、ではそれが何だろうと思考を巡らせてみても、武にはいまいち理解できなかった。

 矢張り、XM3……トライアルに関するものなのだろうか。例えば、XM3の性能を以ってすればあのような無茶苦茶な機動も可能――とか。

「にしちゃ、吹雪埋まってんだよなぁ……」

「うん……映像は切れてるけど、絶対埋まってるよね、あれ」

 腕を組んで言葉を漏らした武に、茜が苦笑しながら同意する。それぞれ戦術機の機動制御には自信があるが、あのタイミングで安全圏まで離脱しろと言われても、そう易々と行えるものではないだろう。もっとも、彼らにはそれ以前に、岩を叩き切るなんていう芸当が出来ないのだが。

「ありゃ御剣だよな」

「あはは、そうだろうね。不法居住者を強制退去させない辺りが、御剣らしいよ」

 愉快気な薫に、晴子が笑う。くすくすと小さく微笑む亮子の隣りでは、多恵がようやく完食していた。そんな新任組を眺めて、みちるはふむと黙考する。――御剣、御剣冥夜、か。

 思い出すのは先日のHSST落下の際、まりもが夕呼に提出していた訓練兵のデータを参照したときのこと。政治的に特殊な事情を持った者達が集められている207B分隊。メンバーを把握したのはその時が初めてだったのだが、あまりに出来すぎた面子に驚いたことは記憶に新しい。

 その中でも一際眼を惹いたのが、“御剣冥夜”である。あの斯衛の月詠真那が護衛に就いている、将軍家縁者。別に、名前だけならばなんとも思わなかったかもしれないが、極めつけはその外見だった。……あまりにも、似ているのである。いいや、アレこそを、“瓜二つ”というのだ。

 政威大将軍煌武院悠陽――皇帝陛下の任命を受け、日本を統べる高貴なる人物。いくら国連軍に籍を置こうと、みちるは日本人だ。将軍殿下のご尊顔を忘れることなど在り得ないし、見紛うはずもなかったのだが……それでも、唸らざるを得ないほど、御剣冥夜は殿下に似ている。武たちはどうやら同期として過ごす内に気にならなくなったらしいが――その御剣冥夜が、あの吹雪を操縦し、住民の命を救ったという……。

(成程、そういうことか)

 合点がいった、と。みちるは一人頷く。夕呼は今、一人でも多くの優秀な人材――手駒が欲しいはずだ。そして、珠瀬壬姫をはじめとして、207B分隊の実力は並々ならぬものがある。今すぐ任官させてもおかしくないほどの実力を持ちながら、政治的な面から任官が難しい彼女達。その中でも最大のネックが御剣冥夜なのだろう。或いは榊現首相の娘や、光州作戦において処刑された彩峰中将の娘等、帝国軍と浅からぬ因縁を持つ者もいる。

 それら全ての“難しい”要因を、XM3トライアルで払拭するつもりなのだとしたら……確かに、この報道は夕呼にとって重要な布石となる。

 報道によって国連軍の活動をアピールすると同時に、英雄的な訓練兵の存在を印象付けておく。その後トライアルで、古参を完膚なきまでに捩じ伏せた者が実は――ということになれば、そしてそれさえ公開されるというならば……少なくとも、日本において御剣冥夜の存在は想像を絶する反響を呼ぶに違いない。

 政威大将軍に瓜二つな訓練兵。不法居住者を救うために自らの危険を厭わない勇気、信念。「日本人を味方につける」うえで、これ以上ない効果を生み出すだろう。つまりそれは、甲21号作戦において、帝国軍を動かす布石を磐石にするということだ。

 無論、相応の危険も孕むだろう。御剣冥夜は将軍殿下に似すぎている。将軍家縁者といいながら国連軍にいる理由。榊千鶴や彩峰慧、珠瀬壬姫等と同様に考えるならば、矢張り彼女も何らかの形の人質と考えるのが自然だ。あまり派手にやりすぎると、余計な反感を買うかもしれないが……恐らく、夕呼はそんなものに頓着していない。というよりも、派手にやって御剣冥夜を任官させざるを得ない状況に持ち込もうとしているのだろう。トライアルでの実力評価だけでなく、ダメ押しの一手、というわけだ。

「なんにせよ、トライアル次第――か」

「そりゃそうですよ! ガツンとやっちゃいなさい! 武!!」

「いや、俺ら出ませんから」

 零すように呟いたみちるに、水月がやや見当違いのやる気を見せる。にこやかに、それでいて勝気な笑顔を浮かべ、隣りに座る弟分にガシリと腕を回して絡むのだが、当の武は至極冷静に対処していた。それが面白くなかったのだろう、水月はムッと唇を尖らせて、“ノリが悪いわねぇ~”と武にヘッドロックを極め、周囲の者は待ってましたと沸き立つ。あまりにも日常的なコミュニケーションの光景にやや頭を痛めながら、みちるは肩を竦めるしかない。――やれやれ、本当にお前達は……。苦笑はやがて溜息に変わり、みちるは自身の苦労がこれからも続くことを、ほんの少しだけ嘆いたりしていた。



 その後、PXに無残な悲鳴が轟いたのは言うまでもなく……見咎めた食堂のおばちゃんに正座させられるまで、水月の戯れは続いたのだった。



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