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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 守護者編:[三章-06]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:d7901020 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/06/24 21:42

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「守護者編:三章-06」





 武は息を呑み、呼吸を殺し、けれど拍動を御すかのように身構えた。恐怖に竦みそうになる足は強靭なる気概でもって捩じ伏せ、暴れ狂うような心臓は全身を漲らせるようにして誤魔化す。こめかみを流れる汗が頬を伝い顎から落ちる。その、ぽつぽつと床を叩く音さえひどく近しく聞こえるほどに静まり返った殺気。

 ――動けば、死ぬ。

 それがわかっていて、痙攣するような指先を止められそうもない。一瞬でも気を抜けば、弧月の柄を握りたい誘惑に負けてしまう。それほど、眼前で向けられている殺気は凄まじく、恐ろしい。“こわい”という感情を、“コロサレル”という暴虐を、武は一度味わっている。……BETAに、ではない。

 目の前に立つ人物に。

 美しい碧緑の長い髪。絹のように滑らかな肌。その存在を引き立てて止まない紅の衣。豪奢でありながら、決して華美では在り得ない名刀を拵えた……。

 ――動けば、俺は殺される。

 誰に? 彼女に。



 ――月詠真那に。



 武は一度だけ大きく息を吸って、師から向けられる絶対の殺意と怒りを前に、けれど、それでも退くことなどできないのだと。これが己の選んだ道なのだと……ゆっくりと、右腕で弧月の柄を握る。それと同時、まるで合わせ鏡のように、真那もまた自身の刀の柄を握っていた。

「最期にもう一度言うぞ。――そこをどけ」

「どきません。…………俺は、もう二度と絶対に、香月博士の足を引っ張るわけにはいかないんです……ッ。あのひとの邪魔は、絶対に赦さないッッ!」

 睨み合う視線は既に必殺。ぶつけ合う感情は殺意と怒りと激情の坩堝。

 ここに師弟の絆は断たれ、双龍はただ、互いの首を喰い千切らんとその牙を剥き――――







 ===







 すっきりと晴れた、いい日だった。冬の凛とした空気が澄み渡り、近年では珍しい快晴を見せている。ここ数日、どんよりとした曇天が続いていたため、こんなにも清々しい晴天はなんとも好ましい。まるでXM3の門出を祝ってくれているようだと、茜は思った。

 国連軍のジャケットを身に纏い、滑走路上で空を見上げる彼女の隣りには、同じように青空に眼を細めている武。二人とも、本来ここに来た目的を忘れているのではないかと思わせるほどの気の抜けようだったが、流石に任務を放棄するつもりはないらしく、さて、と移動を開始した。道中、茜は先程思ったことを武に話すのだが、どうしてか武は可笑しそうに笑う。なにが可笑しいのかと首を傾げ、笑うことないじゃない、と小さく頬を膨らませた彼女に、更に武は笑った。

「ははは、悪ぃ悪ぃ。いや、可愛いこと言うよな、って思ってさ」

 そう言って茜の頭をくしゃくしゃと撫でて、誤魔化すようにさっさと歩き出す。顔を真っ赤にして呆然としていた茜は、数秒遅れて正気に戻り、朝から恥ずかしいことを言ってくれた武を追いかけて……

「ばっ、莫迦ッ!? なに言ってんのよッ?!?!」

「いてっ、いててッ?!」

 ポカポカと殴るのだった。結構本気で。割と容赦なく。けれど茜は気づかない。殆ど無意識といっていいだろう。彼女自身にとっては照れ隠しのスキンシップなのだが、手加減という理性が飛んでいる分、傍から見るそれは一方的な暴力にしか映らなかった。

 そんな二人を、目的地であるテントに立っていた人物は眼を細め、微笑ましく見守っている。あまりに喧々としていたので何事かと気になり、その眼を向けた先で、武と茜がじゃれ合っていたのだ。栗色の髪を緩く流した遙は、くすくすと笑いながら二人の名を呼ぶ。姉に呼ばれて我に返ったのか、茜は殴っていた手を止めて敬礼を向け、武もまた即座に直立し、敬礼する。

(うわぁ、タフだなぁ……)

 そんな二人に答礼しながら、遙は内心で驚いていた。流石は男の子、ということなのだろうか。それとも日頃から水月に鍛えられているから? とりとめもなく、そして微笑ましく思考しながら、遙は「未来の弟」に優しい視線を向けて、ご苦労様、と声を掛けた。

「頼まれていた器材と端末です。確認をお願いします」

「はい、確かに受け取りました。……ごめんね白銀少尉、涼宮少尉、二人に雑用みたいなことさせちゃって……」

「お気遣いありがとうございます涼宮中尉。ですがそれには及びません。今回自分たちは出番がありませんので、実を言うと暇なのです」

 武がショルダーバッグに詰めていた通信端末や器材を遙に手渡すと、柔らかな声音で遙が気遣ってくれる。それに元気よく、そして茶目っ気たっぷりに応えるのが彼女の妹の茜である。常ならば言葉遣いがもう少し緩やかになっただろうその会話も、流石に第三者が多くつめているこの場所では憚られた。滑走路から屋外演習場へ続く道路脇に設営されているテントには、通信兵が機器の設置に忙しくしている。演習場内では各所に据えられたカメラの最終点検が行われているらしい。人手が足りないということはないが、有り余るということもない状況。――つまり、彼女達が何をしているかというと、要するにトライアルの準備に追われているのである。

 前日までに余裕を持って設置されたカメラやケーブル類に、当日設営される中継地点。基地内外にこれでもかといわんばかりに配置された大型モニターには演習場の映像が映され、各人準備に余念がない。まるで祭りのような賑わいを見せる情景に、雑用を買って出た武と茜も、思わず表情を綻ばせる。

「凄い活気ですよね」

「あはは、なんか一大イベント! って感じだね!」

 辺りを見渡しながら言う武に、茜も首肯する。確かにそうだ、と遙も笑った。一大イベントと茜は言う。祭りのようだと、自分でも思う。……だが、確かに“これ”は、そういうものとなるだろう。横浜基地が、いや、香月夕呼が、世界に向けてXM3を披露する。こんな準備、派手でも過剰でもありはしない。これは一種のセレモニーだ。トライアルに参加する全ての衛士はただXM3の性能に翻弄されるだけの道化でしかなく、大衆を納得させるための駒。世界中を虜にする、世界中を味方につける、夕呼発案の一大イベントである。

「さ、二人とも戻って。私もここの設営が終わったら司令室に戻るから」

「はっ! 了解いたしました!」

「それでは失礼しますッ、中尉!」

 ぱふ、と軽く手を合わせながら指示を出す遙に、武と茜が仰々しく敬礼する。それをにこやかに見送って、遙は受け取った器材を他の通信兵たちに手渡す。中継地点の設営はここで最後。抜けのないように、しっかりとチェックしなければ。そしてその後はトライアルがスムーズに進行できるよう、司令室でのミーティングが待っている。参加各国の衛士への伝達経路や、スケジュールの確認等々、やることは多い。


 武たちはこれで任務完了となり、この後は格納庫で待機である。他のメンバーは隊長であるみちるを含め、既に不知火の調整に入っているだろう。A-01はトライアルに参加しない。ほかの戦術機甲部隊と同様に、トライアル終了までひたすらに警戒待機命令が発せられていた。そのことに不満を零すものは……まぁ居るにはいたが、そこは流石にみちるの部下であり、それぞれがそれぞれのやり方で暇を潰し、鬱憤を晴らすということをやっている。

 正直、武は遙から雑用を頼まれてホッとしていたのだ。ほんの僅かの時間とはいえ、やることが出来、更には素晴らしき先達の「鬱憤晴らし」に付き合わされることがないのである。こんなに喜ばしいことはあるまいと、二つ返事で了解し、近くにいた茜を誘ってのんびりと散歩を楽しんだわけだった。……だが、それも終わりが近い。格納庫に近づくにつれ、段々と足取りが重くなっていく。そんな武の及び腰を、茜はからかうように笑った。

「あっははは、武ぅ~、今更怖がってるの? そりゃそうだよねぇ~、せっかく速瀬中尉が組み手してくれるって言ってたのに、お姉ちゃんの用事に飛びついたんだもんねーっ」

「……お前はすっげぇ楽しそうだよな……ちくしょう、結局こうなるんじゃねぇかよっ!? なんであの時気づかないんだよ俺ッッ!!」

 うりうりと肘で武をつつき、茜は愉快痛快とばかりに笑顔を咲かせる。対する武は“これから”待ち受けているだろう「暇つぶし」や「鬱憤晴らし」の数々を想像し、奇声をあげて身を捩っていた。目の前の美味しい餌に飛びついた獲物は、その下で大きな口を開けて待っている蛇に気づかない。しかもこの場合、水月の誘いを蹴って、という点が非常に危険だ。茜も少し離れた所にいたのでハッキリと聞こえたわけではないが、あの時水月は確かにこう言っていた。



 ――へぇ、そう……私より遙がいいんだ……へぇぇえ、ふぅううん……ッッッ



 思い出して、血の気が引いた。いや、きっとアレは幻聴だ。そう思いたい。そして勿論、武はそれさえ聞こえていなかったのだが……。茜は小さく頬を引き攣らせながら、尚も頭を抱える武を励ますつもりでその背中を叩く。いてぇ! と背を反らした武は、叩かれたその場所を器用にさすりながら、ジットリと茜を見据えたが、本人は全く気にした様子がなく、むしろ鼻歌まじりで歩いていた。――いい度胸じゃねぇか。やや黒い笑みが武から零れるのにも気づかず、茜は無防備な背中を晒している。その隙だらけの背に向かって、両手を“わきわき”と蠢かせながら忍び寄れば……突然立ち止まった茜の背中に顔面をぶつけ、標的を見誤った両手はそのまま倒れまいと手近なナニカを力の限りに鷲掴む。

 ふにょん。

(あ、柔らk――――――)

「きゃぁぁあああああああああ!!!!!!」

「べぐしっっ!???」

 刹那にして手の平から“感触”が喪われ、顔面に鋭く硬く重い一撃がめり込む。仰け反るようにして地面へと倒れこもうとする武の体を、けれど暴虐という名の蹴りはそれを許さず、身体が物理法則に反する形で宙に浮い……た、瞬間、再び顔面に――多分踵だ――喰らわされた状態で、容赦なくコンクリートに沈められる。この間僅か二秒。

「ばっっ、ばばばばばっ、莫迦ぁぁあ!? な、なななななによいいいいきなり!? さ、触りたいなら触りたいってっ、そ、そう言いなさいよッッ! 莫迦ッヘンタイッ助平っっ!!」

 顔どころか耳まで真っ赤にして、必死に胸を庇うように身を抱く茜。ギュウと眼を閉じて、朝っぱらからいやらしいことをしてきた武をたくさんいっぱい踏みつける。

「こ、こんなところでイキナリなんて! ナニ考えてるのよっ!」

 ――どかっ、げしっ、めきょっ、どごっ、

「し、しかも朝からなんて! そ、そりゃ男の子だからイロイロ……ッ、たっ……溜まってるのかなって、お、思うけどっ!!」

 ――ぐしゃ、めぎ、ごしゃ、ぼき、

「だ、だ、だ、だからって!! 人前でなんて……っ!! そんなっ、いや~~~~! 莫迦莫迦莫迦莫迦ッ!!!!」

 ――ドカドガゴガゴキバキベキボキグシャゴシャ

「…………た、隊長……怖いです」

「案ずるな、俺も怖い……」

 まるで音速を超えているかのような蹴りの嵐。目尻に涙を溜めて、恋人なのだろう人物を蹴り続ける少女に、戦慄したような声が届く。その声にハッと正気を取り戻し、恐る恐る振り返ってみれば、そこには先程立ち止まる原因となった数人の帝国軍衛士が立っていて……全員が、“先程よりも”数歩遠くにいた。

「ぁ、わ、わ!!?」

「「「ひいい! こっち向いたァ?!」」」

 すっかり彼らのことを忘れ去っていた茜は慌てて向き直り、敬礼しようとして――あ、あれ? 敬礼ってどうやるんだっけ?! ――軽いパニックに陥り、振り向かれた彼らはあまりにも非人道的な攻撃を繰り出す茜に怯えて後ずさった。

 その、明らかに茜に恐怖を抱いている様子が妙に可笑しくて、ふ、と茜は冷静さを取り戻す。が、冷静になれたからといって恥ずかしさが消えるわけではなく。見知らぬ人々に胸を鷲掴みにされた瞬間を目撃されたこと、我を忘れて武をボコボコにしたこと、そういえば何か物凄く恥ずかしいことを口走っていたような気がする……それら全部が改めて思い出されて、より一層赤面する。

 そんな茜のしおらしい様子に彼らもようやく落ち着いたようで、いかにも隊長格の風貌をしている男性が、軽く咳払いをして口を開いた。白い軍服は紛れもなく帝国軍のもの。斯衛ではないようだったが、だからといって失礼な対応は許されない。恐らくはトライアルに参加するのだろう彼らを見つめながら、茜は小さく唾を飲み込んだ。

「いや、大変な場面に居合わせてしまったようだ。許せ」

「い、いえ! こちらこそお見苦しいところをお見せしまして……ッ! しッ、失礼します!!!」

 少しきまりが悪そうに謝罪する「大尉」に、茜は慌てて敬礼し、身を翻す。無論、気絶している武を一生懸命引き摺って。脱兎の如く、とはああいうのを指すのだろう、と。帝国軍第5師団第211中隊の面々は、笑えばいいのか呆れればいいのかよくわからないまま、暫く呆然と立ち尽くしていた。

「A-01、ですか」

「……ああ、そうだな。あの少尉の部隊章、間違いないだろう……」

 呟いた副隊長に、大尉は頷く。忘れるはずもない。アレは11月11日。新潟にBETAが上陸したあの日……あの時、あの戦場でともに戦った――十三の蒼き死神。BETAを殺戮し、BETAに暴虐の限りを喰らわせていた、あの……戦乙女の名を冠する部隊。それが正式にはA-01部隊ということは、後日になって知ったことだった。当時の彼らにわかっていたことは少ない。彼女達が国連軍横浜基地所属ということ、そして、隊長が伊隅という名の女性であること。ただそれだけ。

 どれだけの言葉を用いても彼女たちの戦いぶりを表すには足りず、誰に言っても話半分で信じてもらえなかった事実。彼女達が戦場に現れたことさえなかったことにされてしまえば、彼ら211中隊に出来ることなど、いつか再び見(まみ)えることを願って戦い続けるだけだった。

 それがどうだ。あれからたった一月あまり。幸運にもこの横浜基地を訪れる機会に恵まれ、到着早々、再会が叶ったではないか。少女と青年。ともに少尉ではあったが、あの二人もまた、あの戦場を駆け抜いた猛者なのだろうか。若き大尉はあの日の戦場に思いを馳せる。

 地を這う暴虐の螺旋。空を躍る熊蜂の機動。壮麗なほどの殺戮を犯し、ただの一機も喪うことなく勝利を掴んだあの――燃え滾るほどの昂揚を。

「くくくっ、くはははは!」

「……嬉しそうですね、隊長」

「あははは、そりゃそうでしょ。なんてったって、」

「エクセムスリー、でしょ? あの連中が使っていたっていうソレを、今度は私たちが使えるって言うんだから!」

 ――そうだ。これが滾らずにいられるか。XM3。国連の魔女が生み出したという新型OS。あの時A-01部隊にそれが搭載されていたという情報を彼らは得ていないが、間違いなく連中はソレを使っていた。でなければ、秘密裏に作戦に参加したことも、その存在さえなかったことにされている事実も、辻褄が合わない。

 彼女達がXM3を搭載した不知火を操っていたというならば、そしてそのためにあの戦果を挙げたというならば。……このトライアル、期待せずにはいられない。昂奮せずにはいられない。かつて、ヴァルキリーズが去った戦場で、BETAの屍骸の山を見下ろしたその時。彼は咆えた。滾る血に任せて、力の限り咆哮したのだ。新型OSは「力」であり、「希望」だ。人類は負けないという絶対の輝きだ。

「くくっ……楽しみだな!」

「子供のような眼をして……本当に困った人ですねぇ貴方は……」

 まるで童子のような笑顔の裏に、獰猛な獣の闘志を覗かせる大尉に、副隊長である女性は眉を顰め、溜息をついた。……なんにせよ、もうすぐだ。XM3がどれほどのモノであろうと、本当にあのA-01部隊が実戦で使用していたのだろうと。全ては今日。ここで。証明される。

 ――果たしてそれは人類の希望足り得るか否か。香月夕呼の進退とともに、世界は、新時代を迎えるかどうかの瀬戸際に立っていた。







 ===







「あんた……一体どうしたのよその顔……」

「というより、全体的にボロボロですね……涼宮、お前何か知らないのか?」

 格納庫、A-01の機体が並ぶその場所で、水月と美冴に出会う。二人の声は聞こえるのに、どうしてか視界が半分潰れていて、よく見えない。どうやらこちらを案じてくれているらしいことだけはわかったので、武は心配無用と笑って見せた。

「……ぅわっ、キモ!? ていうか怖ッッ!!」

「顔の形が歪んでるな。……頼むからその顔で笑うな。夢に見そうだ」

 ――ひでぇ。折角の強がりも二人の率直で容赦ない言葉にバッサリと切り捨てられる。ズキズキと全身に、特に顔面に集中した痛みがある。一体いつどこでこんな大怪我を負ったのかまるで記憶にないが、とにかく、先達二人をして怯ませるほどに、武の現状は酷いものらしい。……どうしてか気絶していて、意識を取り戻したのが数分前。激しい痛みに悶絶すること数十秒、自分で触ってわかるくらいに顔面が腫れ上がっている事実に当惑していると、茜が甲斐甲斐しく手当てをしてくれたのだが……。

「なぁ茜……俺、ホントになんでこんな怪我してるんだ?」

「……不幸な事故だったのよ。武ってば浮かれてはしゃいでイキナリ飛び出すんだもの……。反対側から走って来た装甲車に撥ねられて引き摺られて……うぅっ……記憶を一時的に失うのも無理ないわ……っ」

 明らかに嘘である。必死に涙を堪えるように語る茜だが、あまりに熱演過ぎて逆に嘘くさい。武、水月、美冴の三人から白い目で見られているにも関わらず、茜は「白銀武交通事故説」を翻すつもりはないらしく、さめざめと泣き真似をしてみせていた。誰がどう見ても全力で打撲傷な武を改めて見やって、水月は盛大に溜息をつく。いつもならば率先して武をからかう美冴も、流石に顔面が歪んでいる部下を虐める気にはならなかったらしい。

「まったく……隊長には私から言っておくから、あんたはさっさと医務室に行く! 宗像、あんたは茜を連行ッ」

「えええええーっ!? ど、どどど、どうしてあたしがっ!?」

「……涼宮、いくらなんでもバレバレだ……」

 しっしっ、とまるで追いやるように武を押し出す水月に、何故、と驚愕に身を強張らせる茜。そんな彼女に心底呆れた様子で肩を竦めた美冴が、ずるずると茜を引き摺って行く。半分潰れた視界でそれを見送って、武は幽鬼のようにふらふらと馴染み深い医務室を目指すのだった。――しかし、何だってこんな酷い目に遭っているのか。恐らく茜が深く関わっているのだろうが、如何せん記憶が一時的に失われていて、さっぱりと思い出せない。起床して点呼、ミーティングの後に遙から雑用を頼まれてそれを達成。その後茜とふざけながら歩いていて…………そこで、ブッツリと途切れている。

 酷く痛む顔を撫でつけながら、きっと頭に強い衝撃を受けたからなのだろうと推測するが、だからといって原因がわからない。或いは水月や美冴が茜から聞き出してくれるだろうか。ふと、悪寒が走る。――何故だろう、今物凄く嫌な予感がしたんだが……?

 それはまるで“原因がわかってしまえばもっと酷い目に遭う”という悪寒、そして直感。一体どうしてそんな風に思ってしまったというのか。被害者はこちらのはず。きっと気のせいだと自分を頷かせて、武は歩く。……道中、すれ違う人々があからさまに視線を逸らしているのを気配で感じ取り、なんだか泣きたくなってきた。

「うわぁ化け物!?」

「出たな妖怪!!」

「成敗ですわ~」

 ――は? 突如掛けられた悲鳴染みた三様の声。なんだか聞き覚えがあるようでないような、そんな不可思議な既視感を覚える暇もあらば、一呼吸の間に三度の衝撃を喰らい、廊下をのたうつ。どれもこれも洒落にならないほどの威力を持っていたようで、あまりの痛みに気を失いそうになるが、痛すぎて気絶できないという矛盾に陥る。まるで地獄のような責め苦を味わいながら、主に股間に走る痛烈なる鈍痛に脂汗が止まらない。――あ、ヤバ。

 顎と鳩尾に喰らった二撃も様々な意味でヤバイのだろうが、れっきとした日本男児である武にとって、最後の一撃は致命傷だった。それはもう言葉に出来ないくらい。このままでは死ぬ。そんな可能性に割りと真剣に思い至ったその時、暗澹と垂れ込める意識の外で、やっぱり聞き覚えのある彼女たちの慌てたような声だけが……

「あれ? これ人間じゃない?」

「ていうか、国連軍の制服着てるし……」

「あら~、この方も衛士なんですね~」

「「「……(沈黙)……」」」

 遭遇から一秒。問答無用で魔の手先を討伐したはずの三人は、ろくに受身も取れないまま吹っ飛んで悶絶しているソレを見て、はたと気づく。それが紛れもなくニンゲンの形をし、黒い軍服を着ていることに。更に襟元の徽章には銀翼の意匠。つまり、衛士。痛しい沈黙が場を包む。三人が三人ともに互いを見つめあい、アイコンタクトは成立。伊達に長い間一緒に居るわけではない。

「さ、さて、早く真那様と合流しないと!」

「そ、そーそー! それが一番!」

「まさか斯衛のわたくしたちが、国連の衛士に致命傷を負わせたなんてことはないですものね~」

「「……(沈黙)……」」

「あらぁ? どうしたんですか?」

 褐色の肌をした少女が声高に結論すると、茶味がかった髪をした少女が賛成、と頷く。お団子を二つ結った少女がぽわ、とそれに賛同を示せば、再び場に沈黙が下りた。今度は二人分。お団子少女の言葉に、僅かながらの良心が痛んだらしい。仲間達の心の機微に気づけなかったお団子だけが首を傾げ、心底不思議そうにしている。

 いや、良心が僅かなはずがないのだ。最早武は意識を手放してしまっているために気づけないだろうが、少女達は皆、白い軍服に身を包んでいる。しかも、それは斯衛軍の制服だ。日本を代表するに相応しい者として、斯衛に選ばれるためには厳しい過程を経なければならない。品位・風格どれをとっても申し分なく、武芸に秀で、理を知り、何より主君への揺ぎ無い忠誠が求められるのだ。

 それがまさか、イキナリ現れた怪我人の顔に吃驚して動転して反射的に防衛行動を取ってしまったなどと……もしこれが自分たちの上官に知られたらと思うと……ああ、ゾッとする。

「雪乃と美凪は足! 私が腕を持つから」

「わかった!」

「よいしょ、よいしょ~っ」

 その光景に斯衛としての威厳はなく。少女達はただ人目につかないことを祈るばかりである。なにせここは国連軍の基地内だ。こんな姿を連中に見られでもしたら、自分たちはともかく、上官や斯衛そのものの心象を害することになる。そしてそれは、めぐり巡って忠誠を誓うあの方に災厄を招きかねない。――そんなことにして堪るかッ。武の腕を掴み、懸命に引き摺り歩く少女は誓う。絶対に、誰にも見つからずにことを済ます。その表情は至極真剣で、鬼気迫るものであったが…………どう見ても証拠隠蔽に奮闘する小悪党であった。







 ===







 トライアルは順調に進み、午前中のプログラムを終えた。ここまでで機体の反応速度、機動制御による負荷の変化の測定を終え、午後から第二演習場東と第二演習場西で二組同時進行の連携実測が行われる予定だ。207B分隊の成績は現在最上位。各国の古参と呼ばれる衛士が参加する中、唯一の訓練兵部隊という事実を鑑みれば、それは驚愕に値する。

 国連に加盟している名だたる各国から参加している部隊は、夕呼の予想通りに曲者揃い。新型OS、しかも事前に周知していた事項では“訓練兵が”テストパイロットを務めた代物であることにも触れている。戦術機の“せ”の字さえ知らなかったヒヨッコ以下の訓練兵が、経験ゼロの状態から新型OSでの訓練中に正規兵に匹敵するほどの成績を叩き出した実績込みで、だ。

 軍上層部では様々な憶測が飛び交い、あるところでは極東の魔女の妄言であるとの判断も下されたとか。……まぁ、それについてはいい。そういう反応も予想の内だ。皆が皆諸手を挙げて参加されたのでは、そちらの方が薄気味悪い。夕呼としては、半信半疑でトライアルに参加し、そして間違いのない実感として、XM3の凄まじさを知ってもらえればよい。――無論、参加する全部隊がXM3に心酔するだろうことを確信しているわけだが。

 ともあれ、ここまでの内容・成績を見れば、最早XM3の効果は火を見るよりも明らかとなっている。最初はXM3のシャープな操縦感覚に戸惑いを見せていた連中も、時が経つにつれその操作性の柔軟さや高度さに恍惚としているように見えるし、更には“たかが訓練兵”と207Bの少女達を揶揄するものもいなくなった。操縦性を見るだけの試験だったとはいえ、誰一人として彼女たちに匹敵できるものはいなかったのだから。そしてそこには、「慣れ」の一言では誤魔化せない確かな実力が彼女たちに備わっている、と。古参たちは見抜いたのである。

 司令室からトライアルの様子を見物していた夕呼にとって、彼ら参加部隊の連中が一々驚愕する様は大変に愉快であり、痛快である。と同時に、それで当然、それだけのモノを作ったのだからという自身への戒めもあった。XM3は認められ、欲せられて当然のOSだ。……でなければ、意味がない。リスクを承知で米国からも帝国からも部隊を招聘しているのである。特に米国には現状OSの情報それ自体を公開・技術供与する気は更々ないが、今後の展開を見据えた上で、各国の協力は文字通り譲れない点だった。

 敢えて言うならば帝国軍、ひいては斯衛の協力は不可欠。甲21号目標――日本国内に在する脅威の消滅は、AL4の成果を挙げる意味でも、時間を稼ぐ意味でも非常に重要となるのだから。

 演習場を映すモニターの一つをそうやって眺めながら、夕呼は思考を中断させ、同様にモニターを見つめる各国の代表達を見渡した。どいつもこいつも腹に一物抱えたような顔である。夕呼が提示したXM3というカード、その価値を見極め、自国に対してどれだけのメリット、デメリットがあるかを計っている貌だ。――それで、いい。ここまでトライアルは順調。代表達の印象も概ね良好だ。だが、連中の度肝を抜くのはこれからであり、彼らが率先して夕呼にXM3の供与を求めるように誘導することこそ、このトライアルの本来の目的である。

 腹に一物抱えた連中に、ともすれば諸刃の剣となりかねない技術を供与する……夕呼にとっても、これは非常に重要視すべき点である。老獪な妖怪が跋扈する伏魔殿を相手に立ち回ろうというのだから、夕呼とてそれなりの覚悟を持っている。失敗は許されないし、する気もない。日本での復権を目論む米国も、戦略研究会なんて立ち上げるような帝国も、全て呑み下してみせる――。

 吊り上がる夕呼の唇に、気づいたものは居なかった。







 ===







 207B分隊でトライアルに参加するのは三人。いや、正確には吹雪三機、というべきか。本来なら一人に一機ずつ、つまり五機あったのだが、内二機は先日の天元山災害救助活動の際に大破しており、フル稼働できる状態ではない。元207A分隊が使用していた吹雪があったのだが、その機体は既に他の基地へ回されており、横浜基地に残っていたのは修理用パーツとしてストックされていたものだけ。現在彼女達が使用しているものが夕呼手配の新品であったことを思い出せば、機体を大破させた冥夜と慧は厳罰が下されて然るべきだったのだが……。

 命令違反に、機体を大破。除隊処分もやむなしという大事を犯してくれた二人は、夕呼の一存によって処分取り消しとなり、営倉入りはおろか謹慎処分さえ許されなかった。そこにどのような意図があったのかは知らないが……恐らくはあの報道が絡んでいるのだろうとまりもは推測している。

 天元山噴火後の夜に報道されたあの映像。間違いなく夕呼経由で根回しがされていたのだろう。観測班が偶然捉えた映像を、ニュースでは繰り返し繰り返し流していたし、報道官はとにかく冥夜たち“訓練兵”を英雄視する内容の報道文を読み上げていた。……大衆が持つ在日国連軍のイメージを払拭するには、十分な内容だっただろう。訓練兵が同じ日本人であったことを公開し、居住者の涙ながらに感謝する様をあのように報じられては、共感せずにはいられないのが民衆であるし、表面的に融和にならざるを得ないのが帝国軍だ。

 冥夜たちは形ばかりの感謝状を内閣政府から贈られていたが、内心では酷く混乱していたことだろう。罰せられることを当然として取調べに臨んだはずなのに、突然の無罪放免。しかも日本中から感謝されるような事態になっていると知れば、その胸中は複雑なものだったに違いない。……もっとも、それが嬉しくないわけではないのだろう。「ニンゲンとして」正しい行いをしたのだ、と。冥夜も慧も、納得するようにしている。まりもに出来ることは、だがそれは「軍人として」間違っているのだ、と。言い聞かせ、注意することだけだった。

 命さえコストで計られる軍隊において、人情や人道などを念頭に置く奴は不要だ。その言葉を受けた時の、冥夜と慧の真摯な表情だけが、まりもの信じる全てである。

 ――と、そのような事実から、207B分隊は五人で三機の吹雪を交替で使用している。個人が参加する午前中の試験内容とは異なり、午後からはチーム戦だ。XM3を搭載した機体の三機編成で、旧OS搭載の撃震四機編成と模擬戦を行うことになっている。仮想敵部隊が旧OSを使用するのにはOSの性能差をわかりやすく実感してもらうためと、その有効性を肌で体感してもらうためだ。一機少ない編成で出撃回数二十回以上の強者を相手取るのも、その一環である。全部隊二回の模擬戦を行い、その総合成績で順位を決定するわけだが……207Bからは人数の関係上、三人が参加する。

 一度目と二度目で搭乗する訓練兵を換えることについて、夕呼はそれほど拘らなかった。参加する他部隊からも特にそのことについて指摘を受けることもなく――そもそも、彼らは訓練兵と同列視されている時点でかなり憤慨しており、せいぜい足掻けばいいと思っている――今日まで来た。午前中の成績を見てその認識を改めているとしても、今更そのことをとやかく言う輩などいるはずもなく、まりもは自分たちの挙げた成績に喜びの表情を見せる教え子達に更なる発破を掛けるべく声を掛けた。

「よくやったな。香月博士もお喜びだろう。だが忘れるな。本番はこれからで、貴様達にはそこでこそ成果を求められているんだ」

「はっ! ありがとうございます! 午後からも全力を尽くします!」

「我らが力、正規兵の方々にご披露する機会……全身全霊尽くす所存です!」

 敬礼とともに力強く返答する分隊長と副隊長。その自信に満ちた言葉に、まりもは満足そうに頷く。まりもを見つめる彼女たちに驕りはない。そこにあるのは確かな自信。確固たる自負。この場において、自分たち以上にXM3を使いこなせる者はいない、自分たちの実力は決して正規兵に劣らない、そういう認識と客観的事実が、それを揺るがぬものとしている。

 確かに、数値上の成績やXM3の慣熟度合いから比較しても、彼女達が敗北することはまず在り得ないだろう。トップで当然。しかもそれは断トツであって然るべきなのである。……が、何が起こるかわからないのが戦場であり、彼女達はまだそれを経験として培っていない。

 そう。“経験”だ。彼女達が敗北、或いはトップの座から転がり落ちる要因として、“経験”だけが浮上する。戦場を知らず、実戦を知らぬ訓練兵にとって、BETAとの戦争を潜り抜け生き延びてきた古参の持つ経験は、何よりも脅威なのである。……だが、まりもは敢えてその点には触れない。触れずとも、彼女達は己を知り、敵を知っているからだ。自分たちが訓練兵であるという事実を何よりも痛感しているのが、彼女達なのだ。故にまりもは頷き、視線で“頑張れ”とだけ告げて、踵を返すのである。

 残された五人の少女は、ただ黙してその背中に敬礼を向けるのだった。







「……なんだ、あいつら、本当にいたじゃないか……ははは、これが夢じゃねぇってのはもう厭ってくらい思い知ったってのに……あんな風に知ってる顔が“別人”やってたら……クソ、わかっててもイテェなぁ……」

「……」

 格納庫の奥、一機だけ隔離されたように他の機体から離されたその場所、不知火の管制ユニットの中で、《鉄仮面》は呟く。着座調整を行っている際、メインカメラの具合を確かめていた時、偶然「それ」が映ったのである。

 ――第207B衛士訓練部隊。

 その構成員たる訓練兵と、教官。全員が女性で、皆、目を向けずにはいられない美しさと強さを秘めている。だが、鉄と呼ばれる彼がそれに瞠目したのは、何も彼女達が美麗であったからではない。彼は“知っている”のだ。彼女たちと同じ顔をした、彼女たちと同じ名前の、「別人」を。それは彼が元いた場所。こちらに来る前に暮らしていた場所。「元の世界」なんていう、まるで夢物語の御伽草子のような……そんな現実。そこで共に日々を過ごした、“彼女達”を知っている。

 だから、目に留まった。瞠目した。その存在自体は今日になって夕呼に知らされたのだが、だからといって実際に認識しての実感は、また異なるということらしい。

 視界に映ったその瞬間に叫び出したい、駆け寄りたい衝動に駆られたが、今の彼は彼女たちとは何の関係もないただの異邦人であり……未だ彼には自由と呼べるものは何一つ与えられていない。そんな彼が彼女たちの前に姿を現しても妙な奴と思われるのがオチで、存在自体を秘匿されている身分であるから、下手をすると軟禁を通り越して幽閉されるかもしれない。…………それは、鉄にとって絶対に御免被る最悪の事態だ。

 そのような様々な感情が絡み合った愚痴を零せば、整備用の足場で彼を監視している社霞が、案ずるような視線を向けてくる。

「ん? ああ……スマン。霞がそんな顔しなくてもいいんだ……。ただ、なんつーか……マジで違う世界なんだなって、実感しただけだよ……」

 幼い少女の相貌をした霞からそのような視線を向けられれば、荒んでいく感情も少し和らぐ。自身では外すことさえかなわない《鉄仮面》の下、鉄は小さく溜息をついた。霞とピアティフ。彼女達がいなければ、自分はとっくに壊れていたように思う。……実際、今日こうして「外」に出て、あの部屋以外の世界に出てくるまで、自分はボロボロに朽ちていたのだと痛感していた。

 開かれたハッチの向こうに佇む少女に、鉄は笑ってやる。例え能面のような仮面が表情を遮ったとしても構わない。自分が霞に対してどのように感じているのか、その感謝の念がほんの僅かでも伝われば、それでいい。――ほら、霞は笑ってくれるじゃないか。小さく微笑む少女を見て、鉄は満たされるような想いを感じていた。

 思い出すのは今朝。突如やって来た夕呼から与えられた“任務”について。外に出る代わりに、「鉄」に与えられる、一つの枷。香月夕呼の駒として生きる、その誓約を……。

 その折に、彼女達がこの横浜基地にいることを教えられた。トライアルに参加する訓練兵部隊。夕呼自身は鉄が彼女達を知っていることについて驚きもせず興味も持たなかったらしいが、彼女たちの名を聞かされたときの衝撃はまだ響いている。元の世界で見知った人物が、こんなにも身近にいたこと。……それさえを知らされることのないまま今日まで飼われて来たこと。……外に出ることを許されたとはいえ、結局何一つ状況は変わっていないということ。

 鉄は、逃れる術がないことを知ってしまっている。この世界に来てからまだ一ヶ月も経っていないが、それだけの期間を地下に閉じ込められていたのだ。最早夕呼の手の平で踊る以外の選択肢は在り得ない。……と、そう刷り込まれていて、そのことすら疑問に思わぬよう催眠暗示を掛けられている。自身ではどうにかして夕呼から逃れ自由を手に入れようと思っているのに、無意識領域で「そんなことは不可能だ」「生きるためには言い成りになるしかない」と、知らぬ内に諦めてしまうよう誘導されている。そのことに気づかないまま、今日を迎えた。――だから霞は、誰よりもそれを憐れんでしまう。

 この世界に来た当初、鉄は、毎日のように喚き、助けを求め、喉を嗄らしていた。夢としか思えない現実、存在秘匿という名の軟禁。この世界に己の居場所などなく、許されることといえば食事と睡眠、そして夕呼の研究材料となることだけ。彼の表情から笑顔が消えたのはいつからだろう――霞は小さく痛む胸を押さえながら、“笑ってくれている”「らしい」鉄を見る。

 鉄の健全なる精神と肉体を保つため、ピアティフは尽力していた。それは最初こそ夕呼から与えられた任務だからと割り切っていたようだったが、日に日に追い詰められていく鉄に、心優しい彼女は耐えられなくなっていたように思う。語りかける言葉はどこまでも優しく、戦術機の操縦という彼の才能を何よりも尊重し、軍人として生き抜くことが出来るよう、知識面肉体面での訓練を行ったりもしていた。同時に、誰も信じられる相手のいない鉄の心の支えとなれるよう……彼女は真剣に、そして真摯に向き合っていた。

 その二人の間になにがあったかなんていうことは霞にはわからないし……知らなくてもいいことだ。ただ、現実に問題なのは、“それでも”鉄には本当の笑顔が戻っていないということであり、霞もピアティフも、そのことを哀しく思っているということだ。本人がそのことに気づけていないという事実も、非常に厄介である。

 しかし、夕呼にとってその程度のことは問題ではないらしく、既に彼女の中で鉄の位置づけは「研究材料」から「使い勝手のいい駒」へと段階が進んでいる。約一ヶ月間の研究。その最大の成果はなんといってもXM3開発である。その他にあげられるものとして平行世界の存在証明、あちらの世界の歴史や技術の一部、鑑純夏とシロガネタケルに何らかの因果が課せられているという事実を知りえたこと。

 何よりも注目すべきは、白銀武とシロガネタケルは因果律において“全くの別人”という点だ、と。夕呼は霞に言ったことがある。世界の修正力が作用せず、別固体として存在が許容されている武と鉄。そしてその鉄を別の世界から呼んだ鑑純夏の存在……因果。これが解明できれば、AL4は更なる成果を挙げられるに違いない。ひいては、それが世界を救うきっかけとなるはずなのだ。

 そしてそれは、最早鉄を軟禁したまま研究を続けても「わからない」ことだった。霞のリーディングで鉄の思考を読み漁ったところで、彼が知識として持っているモノ以上の事柄は読み取れない。XM3開発が成った今、鉄に対する過剰なまでの隔離は弊害にしか成り得ない状況となったわけである。

 戦術機適性「S」という規格外の才能を持ち、『概念機動』なる戦術機制御技術の革新をもたらした鬼才。ならば、ひとつ派手に咲かせてやろうというのが、夕呼の現在の方針である。鉄の存在が秘匿されるべき状況であることに変わりはないが、彼を“鉄”として売り出すには丁度良い機会でもある。懸念すべきは武と鉄の接触であるが、こちらについてはこれまでどおりで構わないだろう。A-01部隊とは別の、特務兵として子飼いにすればいい。

 鉄と鑑純夏に課せられた因果の解明、それが成るまでの間、彼には仮面をつけた道化――いや、この場合は偶像の一つとでも言うべきだろうか――になってもらう。

 実戦に起用するかどうかは、また別の話である、ということらしい。霞はそれら夕呼から得た情報を思い出しながら、着座調整を終えた鉄をじっと見つめた。今回のトライアルを足掛かりに、鉄は世界に向けてその存在を主張できる。今日という日まで、ずっと地下に閉じ込められていた彼が、この世界において始めてその存在を認知される時がきたのだ。……それはきっと、喜ばしいことであるはずなのに…………霞は、どうしても哀しい想いを抱いてしまう。

「鉄さん……頑張ってください……」

「ん? ――ああ、ありがとうな、霞」

 鉄の出番まではまだまだ時間がある。調整を終えた彼は管制ユニットから抜け出して霞の隣りに立ち、応援してくれる少女の頭を撫でた。XM3発案者として自分の名前を世界に売るというのなら、それでもいい。鉄はとにかく、「自分がここにいる」という証明を渇望していた。己の居場所、己のあるべき場所――それは紛れもなく、あの懐かしい「元の世界」なのだが、そこに戻る術が見つからない以上、ここで生きていくしかない。そのための第一歩、というなら……あの狂おしい軟禁生活から脱する手段なのだというなら。

「せいぜい、踊りきってやるさ……」

 その言葉は。

 まるで冷え切っていて、鋭く尖っていて。霞は、知らぬ間に硬直していた。変わらず撫でてくれている鉄の手の平の温度が、急速に冷えていく。恐る恐る向けた視線は彼と絡むことなく、ただ、黒い《鉄仮面》だけが、のっぺりと遠くを見つめていた。







 ===







 目を開けると、そこには水月がいた。少しだけ驚いて、武は身を起こす。体中に鈍い痛みがあったが、それだけだ。特にこれという違和感はない。やや呆れたように顔を顰めた水月が、冷えたタオルを投げつけてきた。

「……なにするんですか」

「ったく、看病してやってたってのに、感謝の一つもないわけ?」

 どうやら、目を醒ましたにも関わらず挨拶しなかったのが気に入らないらしい。……いや、水月の言葉を借りるなら看病の礼がなかったこと、だろうか。ハッキリとしない意識が、顔に張り付いたひんやりとした感触に晴れる。どうやら顔面の腫れもある程度は引いたらしい。武はタオルで顔を拭うと、ふぅと一息つき、水月に礼を述べた。――うむ、よろしい。

「よろしいじゃないですよー。速瀬中尉今来たばっかりじゃないですかぁー」

 にんまりと頷いた水月の後ろから、ひょっこりと茜が顔を出す。手にはコーヒーモドキが二つ。小さく唇を尖らせながら、水月の隣りに座る。じっとりと見つめてくる茜に苦笑しながら、水月はごめんごめんとコーヒーモドキを受け取る。その会話が真実ならば、武はどうしてタオルを投げつけられたというのか。姉のように慕い、尊敬している先達の理不尽な仕打ちに、思わず溜息をつく。――ああ、そうだよ、水月さんはそういう人だよ。ヤレヤレと嘆息する武に、けれど水月は少しも悪びれた様子もなく、

「ま、武も気がついたことだし、私は退散するわ。茜も、武が起きたんだから、いつまでもべったりしてるんじゃないわよー」

「わぁわぁわぁ! もー、速瀬中尉~っ!」

 コーヒーモドキを飲み乾して、手を振りながら去っていく水月。去り際になにかとんでもないことを言っていたような気がするが、真っ赤に茹で上がった茜が喚いているせいで、それを追求することも出来ない。べったりってなんだべったりって。一体自分が眠っている間にナニがあったというのか。軽く頭を振りながら、まだ真っ赤になったままの茜に呼びかける。

「ん? なに? どっか痛い?」

「いや、そうじゃない。……なぁ、何で俺ベッドで寝てるんだ?」

 というより、医務室どころか医療棟に辿り着いた記憶すらない。今日はやけに記憶が飛ぶ日のようだったが、まさかクスリの副作用じゃないだろうな、と恐ろしい想像をしながらの問いかけに、茜は首を傾げて、

「先生の話だと、武、医務室の前で気絶してたらしいよ? ……その、酷い怪我だったから、とりあえず治療したらしいけど……」

 隊内リンチか、或いは他国の衛士と喧嘩になったか――一時、医務室は騒然となったらしい。衛士が怪我をすることはよくあるし、軍内部でのいざこざだって日常茶飯事だ。が、余程の怪我でない限りプライドが邪魔して医務室なんて行かないし、ある程度の処置なら自分たちで出来る。更に言えばここを利用する者の大半が重傷を負っていたり、病気に罹ったりした者ばかりだったので、顔面を腫れ上がらせた武は、かなり珍しかったのだろう。

 内線で隊長のみちるが呼ばれ、その内容に彼女は盛大に溜息をついていた。――多分、恥ずかしかったんだろうな、と。茜は他人ごとのように思い出していた。……勿論、直截的な原因である茜が事情を説明するべく医務室に派遣され、それからずっと看病していたわけだが。そして、交替で休憩をとる隊の仲間達が代わる代わるやって来ては、先程の水月のように茜をからかっていくのである。

 茜の説明に、武はふぅむと頷いた。おぼろげな記憶には、何者かに強襲されたような……そんな感じが残っているのだが、果たしてそれが本当かどうかはわからない。少なくとも生死の狭間を彷徨ったような、そんな恐ろしい感覚が、確かにある。けれどそれを茜に説明する気にはならなかったし、今はもうそれほど痛みがあるわけではないので、武はそれらを余所に追いやることにした。

「んー、まぁいいか。……さて、俺たちも戻ろうぜ。まだトライアル終わってないんだろう?」

「え? ああうん。今、前半が終わったところ。凄かったんだよー、千鶴たち。見れなくて残念だねっ」

 へぇ、と思わず零れていた。茜は病室の隅に置かれた小さなモニターを指差し、笑う。今は各国の衛士たちの様子が映し出されているだけだったが、きっと、トライアルの映像もリアルタイムで流されていたのだろう。

 自分の機動や隊全体の統制を把握するために訓練内容を録画することは稀にある。教習目的の撮影などもあるし、かつての鉄の機動のように、高い技術を持った者を参考とするために映像を記録することもある。

 そういう意味では、今回のトライアルは見所が多いだろう。なにせ、各国を代表する古参が集まっているのだ。豊富な経験を活かした操縦技術や、戦場での駆け引き等、学ぶべきものはたくさんある。それらが惜しみなく基地内のいたるところで放送されているのだから、これが注目せずにいられるだろうか。……そして、そんな古参たちに囲まれた中で、唯一の訓練兵部隊である207B分隊。その戦果がどれほどのモノだったかなんていうことは、茜の笑顔を見れば十二分に知れた。

「後半は見れるかな」

「んー、丁度休憩だったらいいけどねっ。あ、でも本田少尉はデータリンクで映像引っ張って見てた、って言ってた」

「なに考えてんだあのひとは…………」

 そして案の定みちるにバレて腕立て二百回を喰らったという。同じB小隊の素晴らしき先達であるはずの真紀のことを嘆きながら、武と茜は格納庫へと歩いていく。

 道中、夕呼の秘書官であるピアティフに出会い――どうしてか彼女は一瞬だけ表情を強張らせていて――武は夕呼からの任務を言い渡された。



 月詠真那を抑えろ。



 一方的に告げられたその命令の意味を知るのは、それから十分後。よくわからないままに真那をどうにかして別室へ呼び出した後の、あの、――――御剣冥夜の名と顔が、日本全土に報道されたその時だった。







 ===







「なん……だと?」

「え?」

 半ば呆然と、真那は呟いていた。が、驚いたのは武も同じだ。

 トライアルも佳境を迎え、連携実測の後半が始まって早々に、国連軍の報道が始まった。画面の隅にはトライアルの映像が映し出され、画面中央にはいつも軍事関連のニュースを伝える報道官が映されている。なにか緊急の報道だろうかと身構えた矢先に、その報道官はなんとも奇妙なことを言い出したのだ。

『日本全国の皆さん、ここからは予定を変更して、現在国連太平洋方面第11軍・横浜基地で行われております、戦術機の新型OSのトライアルの様子をお送りしたいと思います』

 唖然としたのはなにも二人だけではない。基地内でモニターを見ていた全員が、他国の衛士も含めた全ての関係者が、「なんだって?」と、眉を顰めた。何の冗談だ? と。皆が口々に呟き、失笑を浮かべる中、けれど報道官は今正に目の前で進行しているトライアルの様子を“日本国民”に親切丁寧に、わかりやすく報道している。これには、流石の衛士たちも、整備士たちも唖然とした。軍事機密がどうという問題ではない。一体どうして、何故、こんな報道をする必要があるのか……それがさっぱりわからなかったからだ。

 ただ、誰もがハッキリとわかったこと。それは、これが紛れもない宣伝行為であることと……恐らくは先日報道された天元山災害救助活動の、あの劇的な映像を流した報道と絡んでいるだろうこと。けれど、それでも、理由がわからない。横浜基地でトライアルが行われていることは国連内部では周知の事実であったし、帝国軍もそれは承知していて――だから第211中隊が参加しているのだ――これといって秘密裏にしていたわけではないのだが。

 そして、続く報道官の言葉に、矢張り全員が驚愕し、或いは表情を引き攣らせた。

『……と、このように従来のOSとはかけ離れた、素晴らしい性能を秘めた新型OS。そのテストパイロットを務めましたのが、こちらにいる第207衛士訓練部隊の訓練兵たちなんです。今日は隊を代表して二名の方に来て頂きました』

 映し出されるのは、小柄な少女と、凛とした少女。――珠瀬壬姫と、御剣冥夜の二人だった。

 瞬間、

 真那は冥夜の名を叫び立ち上がり、

 武は夕呼の命令の意味を知った。

「冥夜様!? ……ッ! この報道を止めなければ!!」

「…………、っ、」

 休憩室の出口に駆け寄ろうとした真那に先んじて、武がドアを塞ぐ。

「――ッ!? なんのつもりだ武……そこをどけぇ!!」

 ぶつけられる裂帛の意志は強かで、思わず呑まれそうになるほどだったが、武は何とか両手を広げて、“通せんぼ”をする。無言のままに、わかり易すぎるジェスチャー。そうして真那は、武が何者かに自分を引き止めるよう命じられていたのだと悟った。

 トライアル――という、一種お祭りのような昂揚する雰囲気が、そうさせたのだろうか。やって来た武がA-01としての彼ではなく、弟子として、真那との会話を望んだからだろうか。思い返せば、色々と引っ掛かる点はあったのだ。各国の古参の技術について真那の意見を聞きたいと誘われ、いぶかしむ巽たちを残し休憩室にまでやって来て……。

 雰囲気だとか、嬉しかったとか。そういったヌルイ感情に唆された自分が恨めしい。今はただ、目の前に立ち塞がる白銀武という存在が、どこまでも邪魔だった。

『お二人は先程の連携実測にも参加されていたんですよね? ベテランを相手の戦闘に一歩も譲らず、見事な勝利を挙げたわけですが……』

 白々しいまでの報道は続く。その間にもカメラは報道官と、壬姫、そして冥夜を映し続けていて――日本全土に、冥夜の顔が流されている。その事実は、真那を酷く揺るがせた。およそ考え得る事態の中で、これはかなり最悪の部類に入る。まさかこんな形で――そういう悔しさと怒りが、確かに真那を激憤させていた。

 不味いのだ。許されないのだ。これは。このようなことは。

 御剣冥夜の存在が、世に知られることは。

 “日本全国の皆さん”と報道官は言った。ならばそうなのだろう。本当に、この映像は…………っ。

『ところで珠瀬訓練兵は先月末、横浜基地へと墜落してきたHSSTを神業で撃ち落とし、基地壊滅の窮地を救われたそうですね。基地内では“狙撃姫”や“女神”と呼ばれ、尊敬されているとのことですが……』

 ――なんなんだよ、これは……っ!? 真那の行く手を阻みながら、けれど武は少々混乱していた。夕呼が真那を抑えろと言ったのは、間違いなくこの報道のためだろう。冥夜がそこに居ることが、何よりも物語っている。つまり、この報道のためには、冥夜の傍をつかず離れぬ斯衛――真那が、邪魔だったのだ。けれど、同じく斯衛で冥夜の警護を務めていたはずのあの白服の三人はどうなったのだろうか。彼女たちの家柄はよく知らないが、ひょっとすると、それは夕呼の権限でどうにか出来るものだったのかもしれない。

 家名、実力ともに厄介極まりない真那を抑え込むこと。こんな報道に一体なんの意味があるのかわからないながらも、確かに実行にはそれが必要だということは理解できた。だから、武は睨まれようと殺気をぶつけられようと、ドアの前から離れるつもりはない。この休憩室が無人であったことも幸いしている。武は後ろ手にゆっくりと施錠して、己の意思が揺らがないことを主張してみせた。――真那の眉がぴくりと上がる。握られた拳が、ぶるぶると怒りに奮えていた。

 報道官は澱みなく壬姫の偉業を讃え、訓練兵ながら既に極東一の腕前を身に付けていること、その素晴らしき才能を世間に向けて主張している。誉めそやされる壬姫は、顔を真っ赤にしながらもしっかりと受け答えしていて、それだけを見ればなかなかに好感を持てるインタビューだった。見ている者の心を掴んで放さない、そんな魅力に満ちた笑顔だった。

 偶像。

 そんな言葉が不意に過ぎる。そして、パズルのピースが嵌るように、先日の吹雪の映像が蘇った。――ああ、だから冥夜なのだ。

『さて皆さん、先日の天元山の噴火のことを覚えておいででしょうか。あの日災害救助活動に参加していた勇気ある国連軍の訓練兵の活躍により、危険地帯に暮らす全住民の安全が護られました。その時の訓練兵こそが、こちらにいる御剣訓練兵なんです。御剣訓練兵――危険を冒してまでの救助活動を行われたわけですが、一体どうしてそこまですることができたんでしょうか? よろしければ御剣訓練兵の行動の理由を教えていただけますか』

 理解し、納得した瞬間に、映像があの日の報道で流れたものに切り替わる。過剰なまでのあの報道は矢張り、「これ」に繋げるための布石だったということだ。……つまり、夕呼は二人を偶像として祀ろうとしている……のだろうか。横浜基地を救った英雄、不法居住者の命を救った英雄。そんな風に。

 そして、英雄がテストパイロットを務めたXM3――それは、世界中のベテラン衛士を相手に、一歩も引けをとらなかった。実力、才能共に超一級であり、そして、世間的に英雄と認められる結果を手にしている。そんな彼女達を擁する横浜基地……香月夕呼は、世界での地位を磐石することは勿論、日本に於ける信頼というものを一挙に手に入れようとしているのではないだろうか。

 だが、それはなんのために――? 武には、夕呼の思惑を読みきれない。ひょっとしたらという想像は出来ても、それは関係ない。武に課せられた任務は真那を抑えること。ただそれだけ。この報道が終わるまで、一歩たりとも真那を冥夜に近づけさせないこと。

 武は一度だけ大きく息を吸って、師から向けられる絶対の殺意と怒りを前に、けれど、それでも退くことなどできないのだと。これが己の選んだ道なのだと……ゆっくりと、右腕で弧月の柄を握る。それと同時、まるで合わせ鏡のように、真那もまた自身の刀の柄を握っていた。

「最期にもう一度言うぞ。――そこをどけ」

「どきません。…………俺は、もう二度と絶対に、香月博士の足を引っ張るわけにはいかないんです……ッ。あのひとの邪魔は、絶対に赦さないッッ!」

 睨み合う視線は既に必殺。ぶつけ合う感情は殺意と怒りと激情の坩堝。

 ここに師弟の絆は断たれ、双龍はただ、互いの首を喰い千切らんとその牙を剥き――――


『――私には、護りたいものがあるのです』



 その言葉に、真那は硬直した。ぎしり、と。凝縮された空間が軋みを上げる。

 振り仰ぐように休憩室のモニターを見上げた真那は、画面に映る主の、揺ぎ無い瞳を見て……

『この星……この国の民……そして、日本という国……。そのために、私は一刻も早く衛士となり、そして戦場に立ちたいのです』

 その言葉は、その表情は、声音は。

 酷く、魂を揺すぶらせた。モニターを見つめる真那と同様に、武もまた、まるで惹き込まれるように冥夜を見つめていた。……彼女は将軍家に縁のある人物だ。故に斯衛が護衛に就く。政威大将軍殿下と瓜二つの顔をしていて、普段から高貴なる雰囲気を纏っていた。誰に対しても常に誠実で、優しく、誇り高い。そう。御剣冥夜とは、そういう女性だった。

 ――だから、なのか。

 だから、天元山噴火の折も不法居住者とはいえそこに暮らす「日本の民」を諦めることなど出来ず、その心を踏み躙ることをよしとしなかった。その覚悟。軍人、衛士として矛盾する覚悟さえ丸ごと内包したまま、冥夜はただ、この星を救うために戦いたいという。

「めいや……さま…………っ」

「月詠中尉……」

 その声は震えていた。俯くようにモニターから目を離し、ただ、刀を強く握り締めている。耐えるように、感情を呑み込むように。冥夜は衛士になりたいと言った。だからこの横浜基地へと入隊したのだし、真那はそのことを喜ばしいと感じていた。日の当たる場所に出ることを許されず、ただ影としての生だけを与えられた“写し身”。その冥夜が、己の意思を持ち、貫き、あと一歩でそれが叶うところまで来ている。――それを寂しいなどと思う私は、なんという傲慢な女だろうか。

 この報道を止められなかったことが悔しい。

 この報道で冥夜の言葉を聞けたことが嬉しい。

 彼女の覚悟は知っていた。その護りたいものが何であるかも……。そうやって、ただ御剣冥夜という個人であることを望み、地球という名の星を護るために戦うことを望む。なによりもこの国の民を愛し、慈しみ、気高い魂の在り処を護りたい。――あの方のように。その力の一添えとなるべく。

 その覚悟は。微塵たりとも揺らいでいなかった。捻じ曲がってはいなかった。冥夜の芯は折れることなく、何者にも曲げることなど出来ず。ただ、穢れなき輝きを放ち続けていた。――今も。そしてこれからも。

「…………」

「……」

 報道は終わり、再びモニターにはトライアルの様子が映し出された。真那は俯いたまま顔を上げない。武も何も言うことが出来ず、まるで幼い子供に戻ってしまったように、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。真那の気持ちは、きっと真那にしかわからない。……自身の首にぶら提げている認識票を外しさえすれば、バッフワイト素子の阻害を受けることなく、彼女の心中をリーディングすることが出来るだろう。けれど、そんなことは絶対にしないと既に誓った。



 だから、やっぱり武には何も出来ず、じっと黙って、打ちひしがれる師を見つめることしか出来なかった。



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