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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 守護者編:[三章-08]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:d7901020 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/07/08 20:49

『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』


「守護者編:三章-08」





 月詠真那は当惑していた。斯衛軍の上層部より通達された辞令。そこにはたった一文だけが記されていて、綴られている文言は、どのように解釈したとしても理解に及ばないものだった。しかし、真那は斯衛の赤であり、優秀な軍人であったため……当惑しながらも、納得が得られずとも、命令には従う。それは自動的な反応というよりは、努めてそう在ろうとする頑なさが窺えるものだった。

 今や政威大将軍付の最精鋭部隊に属するまでに出世した“いとこ”からの手紙と共に送られた辞令を卓上に投げ打って、真那は“真耶”からの手紙に眼を通す。そこには簡素な辞令同様、ただ一言だけが書かれていて…………笑えばいいのか、泣けばいいのか、真那は狭い部屋の天井を見つめるにとどめた。



 ――殿下は、案じていらっしゃる。



「…………っ、ぁあ、冥夜様……っっ」

 零れ落ちようとする涙を堪えるために上を向いたのに、どうしてだろう。滾々と溢れてくる温かな涙をとめられない。吐息は熱く震え、胸には込み上げる確かな感情があった。今頃講堂では任官式が執り行われているだろう。そこに仲間達と並ぶ主の姿を思い浮かべて、真那は確かに、幸福を感じていた。

 止められなかったあの報道。夕呼の策謀により敢行されたあの、冥夜の名と顔を世に知らしめた報道は――結果として、真那にとって非常に喜ばしいものとなった。人質……そう言っても間違いではない状態に置かれていた冥夜は、恐らく通常では任官することなど在り得なかっただろう。いや、許されなかった、というべきだろうか。そこには当然、単なる人質として以上の意味がある。将軍殿下と瓜二つな相貌、鏡写しのような気高い理想、魂――それらには、日本を揺るがすほどの意味がある。

 双子。

 煌武院家の仕来りにより、産まれたその瞬間に分かたれた二人。二人の指導者は混乱を呼び、災禍を招く。それを未然に防ぐため、悠陽と冥夜は存在そのものを分断され、表と裏に絶縁された。悠久に輝く太陽と、冥府の如き夜。名に刻まれたそれぞれの運命を、彼女達は自ら選択し、望み、歩んできた。例え“そうせざるを得ない”レールの上に乗せられていたのだとしても、二人は、間違いなく――自分自身の意思と決断で、生きてきたのだ。

 真那はそれを素晴らしいことだと賞賛する。忠誠を誓う二人の主に、彼女は心底心酔しているのだから。……そして、そのうちの一人、御剣冥夜は今日……任官する。もう護られるだけの訓練兵ではない。一人の衛士として、立つのだ。この世界に。この戦場に。――それと同時に真那の任務も終わる…………はずだった。

「真耶の手紙が真実なら、この辞令にも納得がいく……」

 今一度手紙の一文に目を落とし、辞令を見返す。――斯衛軍第19独立警護小隊長の任を解任し、斯衛軍第19独立遊撃小隊長に任じるとともに、国連太平洋第11方面軍横浜基地への出向を命じる。

 つまり、将軍家縁者の警護任務からは外れるが、今までどおり冥夜の傍に仕えよ……ということらしい。無論、仕えるべき主は任官を果たすわけだから、一軍人と成った冥夜相手に、これまでのような臣下の態度は通用しまい。もし臣下として振舞えば、それは立派に任官した彼女への侮辱となる。

 案ずる気持ちはあるが、彼女の任官を心より喜ばしいと幸福に感じている。ならば、民草を護る剣と成ることが出来た冥夜が望むのは、ただ軍人としての在り方だろう。故に、真那は斯衛軍中尉として、彼女よりも階級が上の一軍人として振舞うべきであろう。……なによりも、殿下自身がそれを望んでいる。あの御方は、いつでも……今でも冥夜を案じているのだ。

 それは恐らく、将軍という立場からは許されない甘えなのだろう。けれどそれでも、そうとわかっていても、悠陽には冥夜を忘れることなど出来なかった。――冥夜が悠陽を忘れることなどなかったように。分かたれた双子の姉妹は、立場や距離を越えて、常に傍らに存在している。ともに、支えあって生きている。真那は、しっかりと頷く。任官した冥夜を、影ながら支え続ける。この身に刻まれた新たな任務と信念。そこに生まれてくる昂揚を不謹慎だと苦笑しながら……。

 と、控えめに部屋のドアをノックする音が響く。なにか、と問いかければ、部下の巽がおずおずとドアを開く。

「どうした?」

「はっ! ……その、香月博士が、真那様にお会いしたいと……」

 困惑した様子で告げる巽の背後には、ブロンドのショートヘア。確か香月夕呼付の秘書官だったなと思い出しながら、表情を崩さないピアティフを見据える。――あの女狐が、一体何の用だ?

 いぶかしむ真那の視線を受けても、ピアティフは怯むことはない。彼女は真那の心情というものをある程度は理解していた。御剣冥夜に忠誠を誓い、その身を護るためだけにここに居る彼女は、昨日のトライアルにおいて、その任務を他ならぬ夕呼に阻害されている。結果として冥夜は任官する運びとなったが、それを真那が手放しで喜んでいるとは思えない。斯衛の忠誠心の全てを理解出来ているわけではないが、主をあのように売名行為に利用されて、それを実行した相手に好感を抱く者などいないだろう。

 つまり、真那は夕呼を憎むに到らないまでも、ある程度の悪感情を抱いている……そう見るべきであった。そして、今正にピアティフに向けられている視線は悪意と疑念が色濃いように思える。これでも夕呼の秘書官として様々な立場に立ってきた身である。人を見る目には自信があった。――目の前にいる女性は、決して頭の悪い人物ではない。ピアティフは小さく微笑を浮かべ、ある種の葛藤は既に通り越しているらしい真那へ声を掛けた。

「ご無礼をお許しください、月詠中尉」

「いや、いい……。この基地の実質的な最高責任者に招聘されて、それを拒めるほどの権利は私にはないのだからな……。神代、貴様は巴、戎と共に残れ」

「――はっ!」

 敬礼する部下に視線だけを向けて、真那はピアティフに続く。廊下を行く間、二人は特に口を開くこともなく、会話らしいものは一切なかった。だが、真那は一つの確信を抱く。自分と同じ中尉である彼女は、文官とは言え、優秀な人物なのだと。そして……自分同様、己の主と定めた人物に、心底から忠誠を誓っているのだ、と。

 到着したエレベーターに乗り込むと、ピアティフはB19のボタンを押した。真那はこの区画にあるエレベーターを使用するのは初めてだったのだが、乗り込みにIDチェックが必要なことといい、それほどの下層に連れて行かれることといい……今更、本当に香月夕呼のいる場所へ案内されているのだという実感が湧く。いや、驚きを抱いたというべきか。女狐に呼ばれているといわれたが、てっきりそれはどこか適当なブリーフィングルームなどで待っているのだと思っていた。……が、どうやらこれは己が甘かったようだ。

 B19フロアに降りた瞬間、空気が一変したような錯覚に陥る。まさか自分のテリトリーに斯衛という異分子を呼びつけるとは……夕呼という人物に対する評価を些か改めざるを得ない。そう真那は感じていた。以前より優秀な人物と――信頼は出来ぬが、目的達成のためには躊躇しない姿勢などは評価していた。それは時として昨日の報道のように真那の心を掻き乱し、冥夜を貶めるようなことにも波及したが、それらとて全ては一つの目標のための手段だった。

 そして、彼女は常に結果を出している。XM3然り、トライアル然り……そして、『甲21号作戦』という、国連軍と帝国軍の共同作戦の立案然り、だ。

 ピアティフが最奥のドアの前で立ち止まる。ここが夕呼の執務室なのだろう。ここに来るまでの間、ピアティフは真那が帯刀していることについて何も指摘していない。真那が夕呼を斬ることなど在り得ないと踏んでいるのか――いや、確かに斬る理由はないが。少々迂闊とも取れるが、逆に考えればここはこの横浜基地の中で最も警備の厚い場所でもある。監視など当たり前、ここに来るまでにどれだけの監視カメラが設置されていたことか。姿を見せていないだけで、周囲の部屋には警備兵が詰めているのかもしれないし……仮にいないのだとしても、すぐに飛び込んでこれるだけの態勢は整えているだろう。

 極短い間黙考していた真那をピアティフが振り返り、微笑む。その表情は自分の心理を見透かしているようで、ほんの少し、背筋が冷たくなる。

「ご安心ください。斯衛の方相手に警備兵を待機させるほど、我々は無粋ではありません」

「…………こちらを信用してくれることはありがたいが、……いや、いい」

 矢張りこちらの疑念は読まれていたらしい。彼女たちにしてみれば、斯衛の赤服がいきなり無体を行うはずがない、ということらしい。そして当然、そのとおりである。一方的な信用とも取れるが、それが夕呼なりの志の表明というなら、甘んじて受けよう。いずれにせよ、異分子は斯衛である自身なのだと頷いて、真那は開かれたドアを潜る。

 重要機密なのだろう書類が乱立した室内は広い。応接用のソファと書類棚以外には夕呼が執務を行っているデスクとコンピュータ、申し訳程度の観葉植物があるだけ。壁に飾られた国連軍旗が、なんとも白々しさを掻き立てている。本当にここが基地副司令の執務室かと疑いたくなるが、そこに座る人物は紛れもなく香月夕呼そのひとであり、白衣を纏う姿は天才と名高い評価そのままに知的であった。

(そこに居るだけで周囲を惹き込む力に溢れている……)

 カリスマ、という言葉が真那の脳裏に浮かんだ。思い出すのは昨日の彼女の演説である。百人近い各国のエースを前に、不遜なまでに堂々としていた姿。立ち居振る舞い。語りかける言葉――人類の勝利を確信する、その在り方。不覚にも、真那は――三人の部下も同様に――そのときばかりは、夕呼の言葉に耳を傾け、確かに惹かれていた。心を奮わせたのだ。

 人の上に立つべき人物。そう在るべき、そう在ることの出来る人物というのは、悠陽や冥夜のような人物を指すのだと。常々真那はそう思っていた。……だが、確かにこの香月夕呼という科学者も、それだけの資質と資格を備えているように思える。護衛も置かず、帯刀した真那をこの部屋まで呼びつける心胆もそうなら、ピアティフや神宮司まりものような優秀な人材を引き抜いて傍に置くだけの眼力と行動力等々。なるほど、確かに傑物だろう。

「わざわざ呼びつけて悪いわね、月詠中尉。……ピアティフ、ご苦労様。貴女は下がっていいわ」

 腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がり、微笑さえ浮かべて言う夕呼。ピアティフはそんな彼女に一礼して執務室を出る。まるでわかっていたかのように退室したピアティフに若干の驚きを滲ませながら、真那は一層濃くなった疑念を隠しもせず、夕呼を見つめた。一対一。広いとはいえ、所詮ただの部屋だ。乱立する書類など障害物にさえなり得ない。……もし真那が夕呼の命を狙う刺客だとしたら、彼女は既に死んでいる。――これも信用の証というわけか? 度が過ぎているし、いくらなんでも無防備過ぎる。

 顔を合わせるのは初めてではないが、こうして面と向かって警戒の一つもされないほどの間柄ではないはず。なにか、真那の知らないところで夕呼の信用を得るようなことがあっただろうかと思考を巡らせようとして――詮無いことだと気づく。そんなことを考えても意味はない。重要なのは夕呼の信用云々ではなく、ここに呼び出された理由だ。

「さっそくだけれど、本題に入らせてもらうわ――貴女も世間話がしたいようわけじゃないみたいだし?」

「……」

 人を食ったような態度に真那は眉間に皺を寄せるが、特に何も言い返さない。呼び出しの理由を不審がっているのはその通りだし、実際話の内容が気になっているのだ。昨日の今日、そして冥夜が任官するこのタイミングで……果たして国連軍の基地副司令が斯衛の自分に望むこととはなんだろうか。

「辞令は受け取ったかしら? こちらが得ている情報では今朝一番に届いているはずだけれど」

「…………ええ、受け取っています」

「そう。なら話は早いわね。――貴女たちの部隊だけれど、A-01付の独立遊撃小隊ということにしておいたから。所属は私の直轄。あ、これについては煌武院悠陽将軍殿下直々の親書も頂いてるから、拒否権はないわよ?」



 ――なんだって?



「……? あら、なによ。鳩が豆鉄砲食らったような顔して…………面白いわね、斯衛でもそういう顔するんだ。あ! そうだカメラカメラ、っと……あら、どこやったかしらね。確か姉さんにもらったヤツが……」

 ガサゴソと執務机の引き出しを漁る夕呼になど気づかず、真那は呆然と突っ立っていた。耳朶が拾った音は間違いなく真那の脳髄に届いていたはずなのに、呆けてしまった脳ミソはその情報を処理できずにいる。頭の中では何度も夕呼の言葉が繰り返されているのに、真那がそれを理解するのには、使い古された一眼レフをようやく発掘した夕呼が素人撮影で六回シャッターを切るまでの時間を要した。

 瞬くフラッシュにようやく我に返り、はっとした真那は夕呼を睨みつける。当の夕呼は気にした風もなくカメラを卓上に置くと、いい物が撮れたと満足そうである。放っておけば鼻歌でも歌い始めかねない……と思っていると本当に鼻歌を歌いだし、更には“いくらで売ろうかしらね~”などという聞き捨てならない台詞を吐き捨てる始末。――待て、誰に売る気だ!? 愕然と慌てる真那を冗談の一言で切り捨て、次の瞬間には怜悧な視線を宿らせている。

 真那は、この他人を置き去りに傍若無人の振る舞いを素で行っている夕呼に辟易とせざるを得なかった。まるで気紛れなじゃじゃ馬だ。これでは彼女の部下は堪ったものではないだろう――先程退出したピアティフや、尊敬するまりもの心労を思うと、同情を禁じ得ない真那である。さておき。

「……何故、斯衛が国連軍の指揮下に入らねばならないのです?」

「聞こえなかった? これは殿下の御意志でもあるのよ。殿下御自らが望まれて、そして要請した。軍上層部はその御意向に従って采配を執り、貴方達は要人警護の任を解かれた。ただそれだけよ」

「…………何故、香月博士直属の部隊に配属となるのか、と聞いたつもりでしたが?」

「理由がなきゃ納得できない? 斯衛が? 笑わせるわねぇ」

 睨み付ける真那をせせら笑うかのように夕呼が肩を揺する。まるで真那を見下したような視線は、本当にあのカリスマを感じさせる才人と同一人物かと疑いたくなる。……だが、確かに夕呼の言うとおりだろう。優秀な軍人であり、何よりも殿下への忠誠の篤い斯衛が、その直々の命令に“理由なくして従えない”などという不忠を晒せるわけがないのだ。

 いや……それ以前に、恐らく真那はその“理由”を手にしている。今朝届いた手紙。真耶からの手紙に綴られていたただ一言の――あの、温かい言葉。

 殿下が冥夜を案じているというのなら、それが全ての事象を示している。許されることではないと知りながら、せめて真那を傍に置くくらいの我侭を通した悠陽。それを表沙汰にしていいわけがなく、故に今回のような処置となったのだろう。真那を警護任務から外し、フリーとすることで夕呼の特権を利用する。そして、夕呼にも真那とその部下を有力な手駒として迎えたいくらいの欲はあったというわけだ。

 将軍殿下からの親書というのが図抜けている。恐らくは情報省の鎧衣課長あたりが絡んでいるのだろうが、実に根回しが良すぎる気がする。まさか真那の処遇までを読んでのことではないだろうなと戦慄にも似た怖気を感じながら、真那は一層視線を強く鋭いものにした。

「はいはい、そう睨まないで欲しいわね。流石に斯衛に睨まれて平然としていられるほど、私は頑丈に出来てないのよ」

「……配属の件については了解しました。ですが、我々はあくまで独立部隊ということをお忘れなきよう」

「言質はしっかりとるってわけ。いいわよ、元々そのつもりだし。ただし、私の直属となってもらう以上……その命令には絶対に従ってもらうわ」

 ――例え、その命を懸けてでもね。

 言外に篭められたその意志を、真那は感じ取っていた。是非もない。拒否権は最初からないのだし、悠陽の願いという以前に、真那自身冥夜の傍に馳せ、御身を護りたいという願いがある。そして冥夜が任官するならばA-01部隊にありえないなら、断る理由などありはしない。

 命を懸けるなど当然だ。この身は冥夜を護るための剣。彼女に忠誠を誓ったそのときより、ただの一度も揺らいだことなどない。

 その真那の苛烈な瞳を受けて、夕呼は満足そうに頷いた。







 ===







 ブリーフィングルームで新たに任官してくるヒヨッコを待ち構える総勢十四名の表情は実に様々だった。隊長であるみちるはその中でも比較的無表情に近く、どちらかというと部下達の百面相ぶりに呆れている。主だった面々は比較的穏やかな表情をしたり、不敵な笑みを浮かべたり、本当は気になるのに気にしていない素振りをしたりしている。時の人となった冥夜の存在に牙を研いでいる水月はかなり危険だし、元同期との再会を待ち遠しく感じている六人は喧しい。そして極め付けが無意味にはしゃぎまわる真紀なのだが、コイツには最早何を言っても無駄なので放っておく。なにしろ、武や茜達の任官の際はおろか、自身の任官の際でさえ無闇矢鱈とはしゃいでいた大莫迦者なのだ。流石のみちるも当に諦めていた。

「……さて、私はそろそろヒヨッコ共を迎えに行ってくるが…………涼宮、後を頼むぞ」

「はい」

「ちょっ!? た、隊長! あたしはァッ?!」

 やや疲れたように頭を振るみちるは、退室するに当たって遙にこの場を引き継ぐ。にっこりといつも通りに頷いた遙――の背後から、驚いたような表情の水月が身を乗り出した。

「……ほぉ? 自分が副隊長だという自覚があったのか、速瀬……。白銀から御剣の情報を引き出すことに忙しいようだから、涼宮に頼んだんだが?」

「ぅぐっ!? そ、それはその……っ!」

「速瀬中尉は戦闘狂の変態だからしょうがありませんよ。常に強いものを求め挙句にはベッドでその歯牙を剥かねば気が済まないという凶暴振りですから――」

「ちょっと宗―― 「と、白銀が言ってます」 ――武ゥゥウ!? あんたねぇ!!」

「俺ぇ!?」

 酷く冷めたみちるの物言いに、言葉を詰まらせる水月。慌てて言い訳を探そうとしたところに、しれっと背後から美冴が言ってのけた。水月がその不埒者をとっちめようとした瞬間に、何故か矛先は武に向き、自分ではないと抗議する間もなく、武は壁までぶっ飛ばされる。――ひでぇ。ぐったりと崩れ落ちた武は、床に「犯人は水月さん」としたためるとゆっくりと瞼を閉じた。

「そんなっ……武ぅうううーー!」

「いや、死んでないからさ」

 器用に翳を背負って気絶する武に、茜が泣きながら縋りつく。どこの三文芝居だと白々しく思いながらも、せめてもの友情が晴子に突っ込みを入れさせていた。

 ――貴様らはどこぞの漫才集団か……っ。いい加減ふざけすぎている感が拭えない部下達に、みちるの拳がぶるぶると震えている。最早我慢の限界だ。







 ……そして、遙は後にやって来た新任たちに語る。あの時間違いなく、ブリーフィングルームは阿鼻叫喚の地獄だったのだと。しみじみと語り聞かせてくれる先任CP将校に、ここに居ないその人物達の処遇を想像して青褪めた千鶴たち五名の反応は、多分間違っていない。

「あはははは、白銀完全に白目剥いてたしねぇっ」

「茜なんてお嫁にいけないなんて泣いてたし!」

「はぁはぁ……お嫁にいけないなら私が……はぁはぁ」

「た、多恵さん、落ち着いてくださいっ」

「…………で、貴方達はちっとも変わってないのね……」

 遙の説明にその状況を思い出したのか、晴子が耐え切れずに笑い出す。同じように捩れる腹を押さえて、薫が痛快とばかりに机を叩いて感情を表し、多恵が少々危険な眼差しで虚空に向かって荒い息を吐いている。頬を紅潮させたその様子に恐ろしいものを感じながら、ここで自分が止めなければ大変なことになると感じた亮子が、必死になってその肩を揺すっていた。……その、実に四ヶ月ぶりの同期たちの、相変わらずの様子に、千鶴は呆れたように溜息をついた。椅子に座る冥夜たちも同様である。

 場所はPX。任官の挨拶を終え、懇親も兼ねてやってきたこの場所で、新任たち五名は「不慮の事故」で参列できなかった先任たちのあまりにも莫迦莫迦しい顛末を聞き、呆れればいいのか笑えばいいのか、それとも頭を痛めればいいのかわからないでいた。しかも、その中には同期であり目標でもあった武と茜まで入っているのだ。最早自分たちはなにを目指していたのかわからなくなるくらいのショックが、五人の胸中を埋め尽くしていた。そもそも、武にいたっては自分たちの知らぬ間に同じA-01部隊に任官していたというのだから尚更だ。

 が、それらのショッキングな出来事は、いい具合に緊張をほぐしてくれてもいる。CPを務めている遙の人柄も、それに一役買っていた。現在PXにいる先任は遙、旭、梼子、慶子、そして元同期の四人。よく見知った四人以外の先任も、比較的温和そうな女性たちだったので、知らず知らず強張っていた表情も柔らかくなっている。

 自分たちの隊長であるというみちるという人物も、尊敬を抱くには十分すぎる魅力を持っていた。自分たちと同じくまりもの教え子ということだが、彼女にはまりもとはまた違った包容力があるように感じられた。……その人物が、今ここにいない残り五名に今も尚厳罰を強いているのだとはあまり想像できなかったが……。

「でも、まさかこんなに早く新任が回されてくる思わなかったなぁ」

「やはりこれもXM3の成果が出ているということでしょう」

 横一列に座る新任たちの向かい側、壬姫の正面に座る旭が腕を組みながら感慨深そうに呟く。それに頷きながら、梼子が言葉を継いだ。思い出すのはトライアルの結果だ。自分たちは待機任務だったために実際の映像を見てはいないが、整備班がわざわざ録画してくれていて、データを渡してくれたのである。梼子にそのデータを贈った若い整備士はいつになく緊張し頬を染め声が上擦っていたのだが、梼子はそんな彼の様子に気づくことなく、提示されたデータに夢中になっていたという……。

 そんな裏事情など知るはずもないヴァルキリーズの面々は、梼子経由で手に入れた映像データにかじりつき、結果、鉄の『概念戦闘機動』習得のための訓練以降、一睡もしていない。そんな睡眠不足などどこ吹く風といわんばかりだが、たかが一度の徹夜くらいで音をあげるような者は軍隊にはいない。そして、そこに映っていた207B分隊の凄まじさに、自分たちも油断は出来ないと唸らされたわけである。

 夕呼がXM3を使って衛士の訓練期間短縮のための方法を模索していることはみちるから聞かされていた。そのためのカリキュラムをまりもが組んでいること、そして訓練部隊が実践していること。それらの成果が、今目の前に並ぶ五人である。訓練兵にして古参を圧倒的に上回る技量。戦術機操縦課程に進んで僅か一月足らずで任官を果たす驚異的な成長速度。どれをとっても文句なしだ。急造の衛士というのは悉くろくでもない連中に仕上がるのだが、彼女達はずば抜けている。これまでの常識に捕らわれないOSを搭載しての実験だったのだから当然だろうが、文字通りこれまでの常識をぶち壊していた。

 XM3の性能を考えれば至極当然のことだと頷けるのに、自分たちが重ねてきた辛く厳しい訓練を一足飛びで越えられたような気がして、慶子は少しだけ面白くなかった。その眉間に小さく皺が刻まれたのを旭と梼子は見逃さず、小さく苦笑する。自尊心が高いのは結構だが、慶子は表情に出過ぎなのである。故にわかり易く、扱いやすい。真紀が率先して彼女をからかうのも当然といえた。

「……我々自身も驚いています。まさか、これほど早く任官できるとは……本当に、夢にも思っていませんでした」

 感慨深げに零す冥夜を、全員が見つめた。政威大将軍と瓜二つの外見を持つ彼女は、紫の武御雷や斯衛の警護部隊共々、以前より注目を集めていた。気にするなと言うのが無理な話だったが、その衆人環視の中には無論A-01の面々も含まれている。とにかく目立ちすぎるのだ。色々と。そしてそれは昨日の報道で爆発的に広まった。基地内だけの話題だったのが、今では世界中の国連軍基地で話題になっているだろう。

 その素性を、隠された真実を知る者はこの場には居ないが、彼女のこれまでを知り、ある程度の勘の良さを持っている者ならば、何となく推察出来ている。そして、その推察が正しいとするなら、彼女が任官できたのは奇跡に近い――或いは、計略によるところが大きいだろう。

 そして、不意に沈黙した面々に驚いたのか、冥夜は慌てたように左右を見回す。その挙動はどこかオロオロとしていて、なんだか迷子になって途方にくれているようにも見えた。

「――くすっ」

 それがあまりにも可愛らしくて、遙が微笑む。手を口に当てて、必死に笑いをこらえようとしているのだが……全然耐えられていない。頬を緩ませ肩を震わせて、懸命に笑いが漏れるのを我慢している遙だが、それに気づいた冥夜は自分が笑われているのだと知って赤面した。その二人を見て、薫が噴き出す。つられて晴子が笑い、皆が笑った。千鶴たちも揃って笑っているところが実にひどい。冥夜はまるで裏切りにあったように慌てて、一体どうして笑われているのか赤面したまま首を捻るしかない。

「な、なにが可笑しいのですかっ?!」

「ぷはっ……御剣、オマエ可愛すぎ……くくくっ」

 心外だ、とばかりに冥夜が机を叩くと、薫が涙さえ浮かべて尚笑う。――か、可愛い?! 突然そんなことを言われても意味がわからない冥夜は、更に顔を真っ赤にして混乱する。

 しばしそうやって笑っていると、遙がポケットに入れていた通信機が着信を告げる。ハッとして通信機を耳に当てて連絡を受ける遙。周囲の面々の表情も既に鋭いものに変わっている。……そのあまりの切り換えの速さに、冥夜たち新任は一呼吸遅れた。これが正規兵というものなのだと素直に感心しながら、じわじわと込み上げる緊張に拳を握る。

「……はい。全員揃っています。……はい。了解しました」

「……涼宮中尉、招集ですか?」

 通信の途中遙は全員を見回した。そして全員揃っていると応えたなら、それは召集命令と考えられる。身を乗り出すように尋ねた旭。遙はこの場に居る全員に、いつも戦場で見せる表情と口調で告げた。

「香月博士より、1120、ヴァルキリーズは全員、強化装備でシミュレーションルームへ集合するように、とのことです。急ぎ行動してください」

「「「「了解!」」」」

 遙の言葉にチラリと時計を見れば、実に11時10分。あっという間に席を立ち走り出した先任たちに続いて、新任たちも走り出す。遙自身もまた席を立ち、こちらは強化装備に着替える必要がないので直接シミュレータへと向かう。……さて、一体何事だろうか。命令を言伝たピアティフはその詳細までは語らなかったが、それは彼女も聞かされていないのかもしれない。ともかくみちるに罰則を受けている者以外の全員を集合させるように、とのことだったので、そのように伝達したわけだが……。

 考えられるのは新任を歓迎する意味での模擬戦か。これは今後の隊の運用を決めるためにも重要で、その内容を見て個々人の適性を見抜き、ポジションを決める材料とする。慣例的に行われていたものでもあるし、茜達が任官した際も行った。……だが、これに夕呼が絡んだことは一度もなく、故に少々勘繰ってしまう。さて、一体なにを考えているのだろうかと首を傾げながら――夕呼の考えていることなどわかるわけがない――と結論して、ともかく足を速めた。思考をそこで停止させているわけではないが、遙には予想しか出来ないのだからしょうがない。そんなことに頭を悩ませるくらいなら、一秒でも早く現場に向かうべきなのだ。







 そして、遙を含めた十三名がシミュレーションルームにやってくると……どうしてか、そこは喧々としていた。というより、罵詈雑言と悲鳴と言い知れぬ殺気が満ち満ちていた。

「いい加減負けを認めて武をこちらに寄越したらどうだ?」

「なんですってぇぇ!? 誰が負けたのよ誰がァ!? あんたと私は一勝一敗! 引き分けよ!!」

「ふん、あの時はこちらにXM3がなかったのだ。OSの性能差がなかった今回の戦闘、負けたのは貴様だろうが」

「はっ! そんなの知ったこっちゃないわね!! 勝ちは勝ちよ! OSのせいにして自分の負けを翻そうなんて、斯衛の赤ともあろうお方が随分とセコイ真似するわねぇ~!」

「なっ……! 貴様ッ、言わせておけば!! 大体、今の戦闘で負けた奴がどの口で言う!!」

「とにかく! 武はあんたに渡さないわ! 悔しかったらもういっぺん戦る!?」

 孝之君……目の前に赤い龍と蒼い虎が居ます――そんな死者へのメッセージが、遙の脳裏を駆け巡った。俄かには信じがたいが、目の前で、水月と真那が言い争っている。それも強化装備で。間にいる武の両腕を引っ張り合って。いや、意味がわからない。状況が掴めないままの遙たちを置き去りにして、赤と蒼の二人はどんどんヒートアップしているらしく、険しい表情はどんどん恐ろしくなっていき、纏う殺気は目に見えるほどに濃くなっていく。

 背後で誰かの息を呑む声がした。先頭に立っていなければ、中尉という階級でなければ、遙とて悲鳴をあげたくなるような恐怖がそこに立っている。正直に怖い。一触即発の雰囲気のままにらみ合っている両者の間で、ぎりぎりとヤバ気な音を身体から発している武は腕が千切れそうな痛みに絶叫していて、そんな彼を見て茜がおろおろと泣きそうだ。

 呆然とそれを眺めていると、龍虎の幻想を放つ彼女たちから少し離れた場所で、白い零式装備の三人が真紀と言い争っているのが見えた。隊内でもかなり背の低い真紀が、自分よりも更に小さい三人を相手に、舌を出して“ち~び!”とからかっているらしい。顔を真っ赤にして憤慨する三人の神経を更に逆撫でするような振る舞いは、本当に正規の軍人かと疑いたくなる。その背後で顔に手を当てて呆れている美冴の反応は、きっと間違っていないだろう。

 そしてさらに視線を向ければ、そこには強化装備姿のみちると――何故かまりもがいた。なにやら真剣な様子で語り合っている二人は、直近で起こっている混沌を全く無視して、自分たちの世界に入り込んでいるらしい。……そして、そのすぐ傍にピアティフと立っていた夕呼がようやく、やって来た遙たちに気づく。

「あら、はやかったわね。結構結構」

「こ、香月博士……これは?」

「ああこれ? あんたたちが懇親深めてる間にちょっと模擬戦やらせてたんだけど、賞品の白銀がね~。あの餓鬼、どっちがいいか選べないなんて言うから模擬戦やったっていうのに、諦めが悪いって言うか往生際が悪いって言うかさぁ」

「は……はぁ…………??」

 唇を吊り上げる夕呼の説明は、多分説明になっていない。余計混乱した様子の遙を無視して、夕呼はパンパンと手を鳴らした。ただそれだけで喧々囂々と喧しかったこの場が収まるのだから、矢張り彼女は恐ろしい。

「はいはい集合~」

「中隊整列ッ!!」

 夕呼の声に、みちるが即座に反応する。そしてそれに乱れなく従って整列したヴァルキリーズに、……どうしてか一緒に居る斯衛の四名。そして、夕呼の隣りにはまりもとピアティフ。召集をかけられた十三名は、一体どうしてというより、何が起こってこんなことになっているのか激しく混乱している。無理もあるまい。なにしろ、やってきたらそこは既に混沌と化していたのだから……。

「さて、ようやく全員揃ったところだし――伊隅、さっさと紹介済ませちゃいなさい」

「――はっ!」

 夕呼に言われて、みちるが新任五名を前に進ませる。そこで五人は回れ右をして、先任プラスアルファと向き合う形となった。困惑した様子の遙たちをそのままに、先程顔を合わせていない先任たちの紹介がされていく。水月、美冴、真紀、武、茜――一人ひとりの特徴を簡単にまとめてのみちるの言葉を聞きながら……千鶴、冥夜、慧、美琴、壬姫の五名はじっと武の顔を見つめていた。この中で冥夜だけはその傷の所以を知っているのだが、それを知らない残る四人は、自分の知らぬ間に「実戦」を潜り抜けてきた同期の、その凄絶さに息を呑んでしまう。

「んじゃ、後は私が引き継ぎましょう。あんたたち、戻っていいわよ」

 表情を強張らせたままの新任たちに、夕呼が素っ気無く言い放つ。別に怒っているわけではなく、夕呼がそういう人物だということは斯衛を除いた全員がよく知っていた。……そして、その斯衛に夕呼は視線を向ける。横列に並ぶヴァルキリーズとは少し離れた場所で同じく横列に佇む零式装備の四名。視線を受けた真那が半歩前に進み出て、居並ぶ面々を見やる。

「伊隅たちには先に紹介したけど、斯衛軍第19独立遊撃小隊の月詠真那中尉、神代巽少尉、巴雪乃少尉、戎美凪少尉。今日付けで横浜基地に出向――早い話がA-01同様、私直轄の特務部隊となったわ。あんたたちと一緒に作戦にも参加するから、仲良くしなさいよ~」

「「「「えええ?!!」」」」

「なっ……!?」

 驚くのは遅れてやってきた十三名である。顔を合わせたことはなくとも、直接話をしたことはなくとも、斯衛の彼女達は基地内で有名人であり、その存在は一際浮いていた。元207B分隊の五人はそうでもないのだが、他の八名にいたってはあまりにも接点がない。それほど斯衛軍というものはかけ離れた存在であり、一体どういう手品を使えばこのような措置がとられるのかさっぱりわからない。

 同じ部隊の武が剣術を師事していたという赤服の中尉については色々と話を聞く機会もあったが、だからといって、それが自分たち同様夕呼の下に就くという事実は、暫く脳ミソを硬直させるに十分な破壊力を持っていた。――いや、常識で考えて、在り得ない。勿論この措置は夕呼と悠陽の間で高度の機密を孕んだ外政交渉が行われた結果なのだが、そんなことを知る者は本人以外に居ないし、事前にその旨の説明を受けた真那とて、いまいち実感が湧かないでいる。

 もっとも、その真那たちと既に一戦交えた水月以下は悔しいような頼もしいような複雑な表情を浮かべるに留まっていた。……いや、若干二名は内心で色々と思うところがあるらしく、髪をポニーテールに纏めた女性はひたすら恐ろしい敵意を真那に向けているし、顔に深い傷を負った青年は俯いて脂汗を掻き続けている。果たして先の模擬戦で一体何があったというのか。そんなことを気遣える余裕は、矢張り彼女たちにはなかったのである。

 特に険しい表情で驚愕したのは冥夜で――それは無理もないことなのだが――自分の知らぬ間に警護任務を解かれた真那たちがここに居る事実に当惑するしかない。だが、その惑いも数瞬のことで、すぐさま冥夜は厳しい視線を真那に向ける。――一体なにを考えているのだ、月詠ッ。だが、その視線は、より烈しい炯眼によって弾かれる。初めて見せる真那の鋭い瞳に、冥夜は知らず身を竦ませた。

 それは多分、殺気だ。

 視線に乗せて放たれた怖気の正体に気づいて、冥夜は呆然としてしまう。……だが、すぐに理解した。あそこに立つのは、冥夜の従者であった“月詠真那”ではない。アレは、城内省帝国斯衛軍中尉、“月詠真那”なのだと。赤を賜り、特命を以って国連軍横浜基地に出向を命じられた、自分とは完全にかけ離れた存在なのだと。――そう在るように、努めているのだと。

 一瞬だけ目を伏せた冥夜は、けれどすぐに真那へと視線を向けて、不敬を詫びるべく頭を下げた。それは極僅かな仕草だったのだが、真那には十二分に届いている。……真那とて辛い。長年仕えてきた主を前に、もう忠義を尽くすことはできないのだ。課せられた使命には冥夜の守護も含まれているのだが、それは決して以前のような関係では在り得ない。周囲の者にそうと悟らせず、あくまで斯衛の中尉として……その範囲で、可能な限りの守護を。

 夕呼が自身の目的のために真那たちを手元に置いたのだということは理解している。けれど、結果的にそれが真那にとって最も望ましい状態をもたらしてくれるというのなら、全力を以って任務に尽くそう。真那の深奥には、間違いなくそういう決意が存在していた。

「それと、もう一人紹介しておくわ」

「神宮司まりも少佐だ。今日付けでA-01中隊の隊長を務めることとなった」

「「「「「えええええええええ!!???」」」」」

 夕呼の言葉を受けて一歩前に出たまりもが、これ以上ないというくらいの完璧な敬礼を向ける。これに仰天したのは新任五名だ。無論遙たちとて驚愕していたのだが、こちらは驚き過ぎて絶句している。

「なんだ貴様ら、喧しい!」

「「「「「も、申し訳ありません!?」」」」」

 叫んでしまった千鶴たちを叱りつけるまりもは、やっぱりつい先程まで自分たちの教官であったはずの神宮司まりも“軍曹”その人であり……なのに、今は“少佐”で、しかも“隊長”なのだという。――莫迦な。千鶴は混乱した。冥夜は真那のことが吹っ飛ぶくらい驚いた。慧は瞠目して二の句が次げず、美琴と壬姫は目を丸くしている。つい数十分前に“隊長”であるはずのみちるに連れられてA-01部隊への着任を果たしたばかりなのに……新しい“隊長”殿が赴任していて……しかもそれがまりもで――??

 あたふたと混乱する新任たちを見て、夕呼は実に嬉しそうに口端を吊り上げている。ああいや、思い切り楽しそうに笑っている。自分の予想通りに驚いているのが愉快でたまらないのだろう。実にいい笑顔である。

 数十分前に同じように驚かされて笑われた水月たちは、せめて自分たちも楽しめればよかったのだが、実は先程の斯衛との模擬戦で敗北したことを当のまりもに説教されたばかりであり、笑うに笑えない。みちるにいたっては自分の尊敬する恩師が上官として就いてくれることを喜ばないわけがなく、満足そうで、嬉しそうである。――そして、このことで一番頭を悩ませているのは、実は当の本人であったりするのだが……。

 勿論、まりもとてそういう可能性についての話は事前にされていた。横浜基地に在籍する衛士訓練兵が全員任官した後は、前線に復帰してもらいたい。そう夕呼から言われていたので、衛士として復帰することについて問題はない。これは既に覚悟していたことだからだ。だが、それが“少佐”なんていう待遇で迎えられるとは夢にも思わず、ましてA-01をそっくりそのまま預かることになろうとは考えても居なかったのだ。

 いくらなんでも二年以上のブランクがある自分を特務部隊の隊長に据えるのはやり過ぎだ。しかも左官待遇である。現役の頃でさえ大尉でしかなかったまりもは、このことについて夕呼に物申したのだが、これまでのA-01要員および207B分隊の錬成についての功績と言いきられてしまえば最早受け入れるほかなく、教え子が任官して上官となった直後に、また自分が上官となるなんていう不可思議な体験をした。

 一通りの紹介を終え、混沌と化した皆の脳ミソが落ち着くのを見計らって、夕呼が手を叩く。先程の「集合」といい、どうしてそれだけの所作で全員を従わせることが出来るのか。恐らくそれは、夕呼の秘めるカリスマというものなのだろう。決して無視できない“なにか”。夕呼には、間違いなくそれがある。

「はいそれじゃーあんたたちは訓練でもなんでも好きにしなさい」

「涼宮、速瀬以下、各小隊長はミーティングだ。――高梨、風間、ヒヨッコ共を存分に扱いてやれ!」

「「「はっ!」」」

 投げやりとも取れる声音で夕呼が解散を告げ、まりもが遙、水月、美冴――真那を見て召集をかける。そして、残された者たちに向かって指示を飛ばし、激動の数分間は幕を下ろした。

 ぞろぞろと去っていく夕呼以下六名を見送って、この場を任された旭が梼子と顔を見合わせる。まぁ、まりもが指示を出して行ってくれたので、これからやることは決まっていた。模擬戦である。それも当然、新任対先任の。新任たちの技量を見るということもあるし、トライアルで最高の成績を叩き出した彼女達と戦ってみたという純粋な動機もある。自然、不敵な笑みを浮かべていた旭を見て、梼子が小さく笑った。普段あまり好戦的な姿勢を見せることはないが、強襲前衛を務めるこの元分隊長は、言動に示さないというだけで、実のところかなりの戦闘好きなのである。

「じゃあ、早速始めましょうか。……あなたたちは決まりとして、対戦相手はどうしましょうか?」

「決まってんじゃン! くじだよくじ!!」

「はい! 私たちにやらせてください!!」

 おっとりと梼子が声に出せば、真紀が燃えるぜーと拳を突き出した。――が、それを完全に無視して勢いよく手を挙げた茜は、俄然やる気である。それを受けた梼子が了承し、旭と慶子が通信室に向かう。遙もピアティフも夕呼たちと行ってしまったので、機器の操作とCPを担当するのである。対戦カードが決定し、茜は歓声を上げた。無論、元A分隊の全員も同様に。そんな彼女達を見てしまえば、千鶴たちだって負けてはいられない。元同期同士、この四ヶ月の間にどれほど上達したのかを見せ付けてやろうというのだ。

「ぉーぃ。無視すんなよーぅ」

 烈しい火花を散らす後輩たちに、いじけた様子で真紀が声をかけるが、本当に聞こえていないらしい茜達は気づかない。武だけは真紀のすぐ隣りに立っていたのでちゃんと聞こえていたのだが、普段が普段なので一切フォローしなかった。そして遂には床に体育座りしてどんよりと鬱に陥った真紀を見て、あろうことが白服の三人が失笑する。冷たい床に「の」の字を書いていじけていた真紀だったが、その小さな嘲笑を聞き逃しはしなかった。

「てっっめぇ!! なにが可笑しい!!?」

「ふん、仲間にすら相手にしてもらえない貴様を憐れんでやったのだ」

「感謝してもらいたいくらいだな」

「礼儀知らずの無礼者~ですわ~」

 勢いよく立ち上がった真紀が怒鳴れば、はねっかえりの強い言葉の応酬を受ける。こいつら本当に斯衛かと言いたい真紀は、我慢することなく吠え立て、地団太を踏んだ。そのあまりの幼稚さに、武は真紀が自分より一つ上のだったはずと記憶を探って……そこは触れてはいけないのかもしれないと思い直した。

「こっっの! ちびっこがぁああ!! 言いたい放題言いやがって!! 国連舐めんなよぉ!?」

「誰がちびっこだ! 貴様だってちっさいではないか!!」

「そうだそうだ! 胸だって美凪よりちっさいくせに!!」



 ――ビシィ!



 そのとき、確かに時は止まった。実際に時間の流れが止まったわけではないが……確かに、真紀、巽、雪乃の三人の時間は停止していた。

「あらぁ~、照れますわぁ~」

 そして、凍り付いて自爆した雪乃たちに、慈悲の欠片もないまったりした声が浴びせられる。頬に手を当てて薄っすらと頬を染める美凪。どうやら照れているらしい。別に見るつもりもなかったのだが、そのような話題を出されて視線を向けないで居られるほど武は理性的ではなく、つまり真剣に美凪の胸を観察してしまった。――ふむ、確かに。一人納得したように頷いた武の背後から、どうしてか怨念のようにどす黒い瘴気が漂い出す。

「た~~け~~るぅ~~??!」

「……な、なにかな……すずみやしょうい……」

 振り向くな。振り向くと終わる! がっしりと背後から肩を掴まれた武の脳髄がエマージェンシーを告げる。ぐいぐいと振り返らせようとする冷たい手に必死に抗い、武は滝のような汗を掻いていた。膝が笑う。狂ったような心臓の鼓動。肩から侵食してくる冷気ががくがくと全身を震わせる――ッ。

「チーム変更!!! 207AB連合対武!!!」

「打倒白銀くーんっ。はい、みんなファイトー」

「「「「「おおーっ!!!」」」」」

 武の肩を掴んだままの茜が、まるで鬼のように叫ぶ。それに晴子が賛同して、あまりにもあっけらかんと掛け声をかけ――シミュレーションルームを、少女達の怒号が奮わせた。

「では、各員シミュレータへ搭乗して下さい。……あら、どうしたの? 白銀少尉。あなたも早くシミュレータへ」

「…………何気に容赦ないですよね、風間少尉……」

 梼子の指示に従って駆け出した十名の少女達。取り残される形で項垂れていた武に、とても不思議ですという表情を向けながら、早く死にに行って来いと宣告する梼子。さめざめと涙を零しながら、――十対一でどうやって戦えというのか――武は待ち受ける非道な仕打ちに怯えることしか出来なかった。

 本日の教訓。女の子に胸の大きさの話をしてはいけない。……男性が少なくなった世界では失われて久しい常識を、武はしっかりと胸に刻んだ。







 ===







「さて、じゃあ早速だけど、『甲21号作戦』について簡単に説明しておこうかしら。それほど時間に余裕があるわけじゃないしね」

 ブリーフィングルームへ移動した面々は、ホワイトボードを背にして立つ夕呼に向かい合う形で整列している。右からまりも、みちる、水月、遙、美冴、真那の順で並び、夕呼の傍にはピアティフが控えている。

 大々的に発表された『甲21号作戦』だが、実は元隊長であったみちるでさえ、その全貌を知らない。無論、なんのプランもなしの妄言だったはずがないので、夕呼、そして声明を発表した煌武院悠陽殿下には明確なヴィジョンが描かれている。何故このようなことになったかといえば、それは夕呼が軍部よりも先に世論を動かすことに躍起になったからで、国連上層部の承認を取り付けたのも、悠陽の声明があった直後――昨夜のことである。かなり強引な手段だったといっていい。

 しかもこの承認は条件付で、帝国軍と連携して進めるのは勿論のこと、万一ハイヴ攻略に失敗した場合、夕呼は現在の地位から追放され――AL4は即時凍結、米国が推すAL5へと移行することが決まっている。これは夕呼の進退を懸けた一大作戦であり、同時に、この星を捨てるかどうかを決定付ける正真正銘運命の一戦となる。

 国連上層部は夕呼の焦燥を見抜いていたが、追い詰められた者は時として予想も出来ないほどの何かを仕出かすこともある。AL4本来の目的である00ユニットが完成していないながら、彼女が作り出したXM3というOSは時代に革新をもたらした。更には極東の島国を激動させ、一国の主とも言うべき者の全面協力を勝ち取るなど――とにかくこの香月夕呼という天才は、“衝動”とも言うべきナニカを漲らせてくれる。

 その夕呼に対する“衝動”――彼女が見せてくれる新世界を見てみたいと思わせる“衝動”――に、国連上層部は一回限りの勝負を認めたのである。この作戦がAL4遂行のための時間稼ぎに過ぎないのだとしても、もしそれで本当にハイヴを攻略出来たなら、それはXM3にそれだけの価値があるという証明になり、その事実は世界に希望をもたらすだろう。

 この新型OSの性能はAL5推進派に対する抑制力となり得る可能性も秘めているのだが……もし失敗した場合、XM3単独で不可能だったことを、XM3プラス『G弾』という最悪の戦略展開を連想させることにもなる。

 夕呼自身の思惑やXM3の持つ様々な可能性を、数時間という極短い時間の中で議論に議論を重ね、結論を出した国連上層部は確かに傑物の集まりだったのだろう。既にAL4の凍結について検討を始めていたこともそれに拍車をかけていた。AL5反対派はXM3の登場でその勢力を盛り返し、逆にAL5推進派はそのXM3を接収して強硬策に出ようとした。それら世界の裏側で暗躍を始めようとしていた連中が行動するよりも早く結論を出す必要が在ったのだ。

 AL4からAL5へと進もうとしていた流れを、XM3が堰き止めたのである。――それだけの価値があると、世界が認めたのだ。

 だが、些か冒険が過ぎることも否定できない。『甲21号作戦』の主要戦力となる帝国軍。これを擁する日本は、この作戦に失敗した場合、手痛い打撃を受けることになる。作戦参加部隊が全滅に到らなかったとしても、消耗する武器・弾薬は計り知れず、防衛線として特に重要に機能しているこのラインが破られるようなことになれば、文字通り地球は滅亡の一途を辿るだろう。……失敗すれば地球が滅びるかもしれない。そんなハイリスクを、彼らは侵せるはずがなかった。だからといって大東亜連合を動かすことは米国の牽制により叶いそうもない。米国自身はXM3を我が物とし、すぐさまAL5に移行させるべく躍起になっているのだから、当然だ。

 ――故の、AL5即時移行である。

 表向きは帝国軍と極東国連軍の共闘作戦だが、そのすぐ背後には米軍艦隊が控え、それには『G弾』が艦載されることになっている。……つまり、『甲21号作戦』が失敗に終わった場合、或いは失敗すると判断された場合、その時点で戦線に『G弾』が投入されるのだ。闇の明星。半永久的な重力異常を引き起こす五次元爆弾。横浜を荒野と化し、ハイヴを破壊せしめた超破壊兵器。米軍は自らが『甲21号作戦』の保険となることを名乗り出て、一応の暗躍を留めるに到ったのだ。

 夕呼と悠陽の声明によってその足を止めたAL5だが、国連上層部は最早この波を完全に押し止める力を持ち得ない。『G弾』を忌避する、という観点からも、AL4が提示したこのハイヴ攻略作戦の成功は重要な意味を持つのである。……けれど、BETAの侵略をこれ以上看過できないことも事実であり……つまり、どちらに転ぶにせよ、地球の破滅だけは防がねばならない――人類の全滅だけは回避せねばならない。そのための条件を、国連上層部は打ち出したのだ。

「そんな……っ!? 『G弾』はその使用を国連上層部によって凍結されているはずでは!?」

「その許可を出すって言うんだから、しょうがいないでしょ。私が形振り構ってないんだもの、連中が形振り構わないのも当然でしょ」

 気炎を上げるみちるに、夕呼はさも当然とばかりに言ってのける。そのくらいわかりなさい――視線でそう諭されたみちるは口を噤むしかなく、その隣りではまりもは忌々しげに夕呼を睨んでいた。形振り構っていられない、という彼女の状態はわかるが、けれどこれでは些かどころか大いに危険な賭けではないか。文字通り人類の未来を賭けての戦いに、その決断をたった一人で行った夕呼を――親友を、まりもは一発ひっぱたいてやりたいと思った。

 だが、既に賽は投げられたというなら、今から夕呼を殴っても仕方ない。万感をこめた溜息を一つ落として、まりもは夕呼に続きを促した。これほど急激に動いた作戦だ。事前の準備が尋常でなかったとはいえ、それは夕呼に限った話である。肝心要の実働部隊であるA-01はおろか、帝国軍でさえその作戦の詳細は未だに把握していないのだから、今、この瞬間からの行動が作戦を成功させる鍵となる。

 いくらXM3が優れたOSであろうと、作戦を立案し、実行するのは人間である。戦争は「我々」の領分なのだ。機械の性能なぞ成功の可能性を引き上げるための一因でしか在り得ない。

「状況は把握したわね。それじゃ、『甲21号作戦』について説明するわ」

 そして遂に、人類の未来を決める世界初のハイヴ攻略戦がそのベールを脱ぐ。

 作戦開始は十二月三十一日――今日が十五日なので、あとたった二週間しかない――佐渡島にあるBETAハイヴ甲21号目標制圧を目的とする、国連軍と帝国軍の大規模合同作戦だ。佐渡島への上陸および侵攻は明朝一月一日となるため、文字通り、新時代を切り拓くための作戦ともいえる。

 淡々と語る夕呼の瞳には最早人類の勝利以外にはなく、AL4を完遂するという意志しかない。その気迫を感じ取ったまりもたちは、同じように真剣な表情で夕呼の説明に集中する。負けは許されない。敗北は、地球の崩壊を示している。――AL5などという、地球を捨てて外宇宙へ逃げ出すなんて無慈悲な夢を、誰が認められるものか。母なるこの惑星を、死の星になど変えさせて堪るものか。

 最早後戻りは出来ないのだ。

 夕呼の強行も、悠陽の決断も、国連の苦難の裁可も、米国の思惑も――それらは全て、この星、そして人類が在ればこそなのだから。それを非難することも、糾弾することも、或いは賞賛することも、それら全ては、“未来”が在ればこそなのだ。

 だから、絶対に、負けない。――――負けられるはずが、ない……。







 ===







 ハッキリと言おう。この《鉄仮面》は、異常だ。

 それが赤を纏い驚愕に表情を強張らせた月詠真耶の、心底からの本音だった。隣りに控える紅蓮など、先程から笑いまくっている。この全身で戦を愛して止まない巨漢にとって、強いものは愉悦の対象なのである。故に、XM3を以って実現可能な『概念戦闘機動』なるものを教導するために派遣されてきた国連軍横浜基地の秘蔵っ子は、紅蓮にとって格好の獲物というわけだ。

 重要会議等が行われる大会議場に設けられたモニターを凝視する斯衛軍の代表達の大半は、真耶のように苦い表情を浮かべている。残るものは紅蓮のように愉快そうな笑みを浮かべていたが、真耶からしてみればこれで笑っていられる連中の心境が理解できない。世の中には笑うしかない、という状況もあるというが、これがそれなのだろうかと真耶は本気で歯噛みしてしまった。

 流れている映像は一昨日横浜基地で行われたトライアルのものだ。香月夕呼の演説の締めくくりに突如その姿を現した蒼い不知火。鉄、という名の衛士が駆るその戦術機は、ハッキリ言って桁違いの戦闘機動を見せていた。これほどの機動を実現できる性能を持つOSがXM3であり、そしてこのような機動を当然とばかりにやって見せるのが鉄なのだとようやく認識した真耶は、“天才”というものは本当に存在するのだという事実に、矢張り面白くないと吐き捨てる。

 この場に居る斯衛軍の代表達は既にこの映像は穴が開くほど繰り返し見ていて、その機動が対BETA戦術に一石を投じるものであること、そして実に革新的で効果的であることを見抜いている。如何に歯痒いほどの嫉妬を呼び起こされようとも、それが優れた技量であることは理性的に判断出来ているのだ。故にこの議場において一際異彩を放っている黒の《鉄仮面》を見ても、何も文句は言わない。むしろ、XM3のデータを手にやって来たこの異形が、直接手ほどきをしてくれるというのなら、己の体面なぞどうでもいいとさえ考えている者が大半だ。

 無論、このようなことは異例中の異例だ。通常、斯衛が外部の、しかも国連所属の一介の少尉風情に教えを乞うことなど在り得ない。OSや機動データを欲し、要請を掛けることはあっても、直々に教導を願い出るなどという措置は、前代未聞なのだ。なにしろ、彼らは「斯衛」なのである。政威大将軍の御身を守護し、最強の戦闘力を誇る帝国屈指の最精鋭部隊の集団なのだ。

 いわばエリートでありプライドの塊である彼らが、この場においても仮面を外そうとさえしない下郎に、XM3の戦闘機動を教導して貰わねばならない……。そんな事態を嘆かわしいと思うのは当然であり、真耶が思うようにこれで笑っていられる連中の方がどうかしているのである。――その技量の凄まじさと有効性を認めるのとは別の部分で、だ。

「――今御覧になっていただいたのが、一昨日行われましたトライアルの記録映像です。映像中の不知火に搭乗していた衛士がこちらの鉄少尉であり、少尉がXM3の基本概念を考案したことは、既に皆様もご承知のとおりです」

 居並ぶ斯衛の重鎮相手に少しも臆した様子もなく、横浜の女狐の秘書官を務めるイリーナ・ピアティフは平然としている。五摂家に名を連ねる青服までが揃っているこの状況で、実に大した肝の据わりようだ。この場で唯一の外国籍を持つというのも相当なプレッシャーであるはずなのだが、流石にAL4最高責任者の片腕を務めるだけはあるということだろう。ある程度の事情を知っている者たちは、内心ではピアティフの見せる度胸を手放しで賞賛している。

 そもそも、この場を設けたのが煌武院悠陽である以上、文句を言えるものなど一人たりとも居ないのだが、それにしても、彼女の落ち着きぶりは凄まじい。彼女の隣りで硬直したように座っている《鉄仮面》など、表情こそ窺えないが、大層緊張を強いられていることは誰にだって見て取れた。どうやら《鉄仮面》も日本人らしいのだが、常識で考えたなら、ここは彼のような反応を示すほうが真っ当な神経の持ち主といえる。

 だが、今ここで重要なのはピアティフの神経云々ではなく、彼女が夕呼より預かってきたXM3のデータとその最高の使い手である鉄であり、そもそも、自分たちに萎縮しない程度のことを不満に思うような下らない思考の持ち主は斯衛に存在しない。

 故に議事はスムーズに進み、神宮司まりも作成のXM3『概念機動』教導マニュアルを使用した鉄のシミュレータ演習の観照へと移行する。更には横浜基地に駐留していた斯衛軍第19独立警護小隊のXM3慣熟データ等を交えながら、午前中のスケジュールは消化された。午後からは実際に斯衛の大隊長クラスがXM3に換装したシミュレータで訓練を行い、会議に出席した全員が一度XM3に触れることとなる。

 大隊長クラスからXM3に熟達させ、順次下に就く者たちへ普及させるというこの方式は悠陽自らが示したものであり、斯衛、そして帝国軍全軍に配備されるXM3を、最も効果的に運用し、『甲21号作戦』で絶大なる成果を挙げるために採用された。

 トライアル以外に目に見える実績のない新型OSではあったが、そのトライアルで見せた成果は凄まじく、そしてトライアルに参加した第5師団第211中隊の報告、更には斯衛の中でも勇壮で名高い月詠真那の部隊の訓練データ等々、その性能を証明するための材料には事欠かない。が、そんなものよりなにより、実際に自らの手で触れた瞬間の昂揚は筆舌に尽くしがたいらしく、最初は渋面を浮かべていた者も、先を競ってXM3の訓練に臨むほどだ。

 それを見て、そして迫るように機動制御について問われ……鉄は、己の存在が認められたのだということを、かつてない実感として受け入れていた。この場で自分が必要とされていること。自分という存在がもたらしたもの。そういった、これまでの生活の中で奪い取られた何もかもが、今のこの場には存在する。“鉄”という名の己を、その存在を、必要としてくれる者が居る。

 トライアルの時に感じたような、暗い優越感はなく……ただ、涙が出るくらいの歓びがそこにあった。

 ――ああ、オレはここに居てもいいんだ。

 そんな溢れるくらいの感情が、鉄の胸を震わせる。斯衛の実力者との訓練は熾烈を極め、何度も敗北した。『概念戦闘機動』だけで圧倒できたのは一度だけだったし、疲労のあまり気を失うこともあった。たった一日の特別派遣任務。夕呼の都合のいいように使われるだけの駒としての自分。……でも、凄く充実していた。楽しかった。軟禁されていた一ヶ月以上の苦しみも諦めも、絶望も。何もかも吹き飛ぶくらいに。

 確かに今、鉄は“生きていた”。

 ピアティフはそんな鉄を見て、優しく微笑んでいた。沸き立つ斯衛たちを見て、全員が同じ未来を見ているのだと実感した。彼ら、そして帝国全軍がA-01に匹敵するほどの熟練を現実のものとしたならば、きっとこの作戦は巧くいく。忠誠を誓う夕呼が、己の命、そして人類の未来そのものを懸けて戦っているのだ。ならば、自分も同じように戦ってみせる。夕呼の賭けを一分でも勝利へと傾けることが出来るなら、全力を以って支援する。

 そのための斯衛軍へのXM3教導であり、そしてそれが実を結ぼうとしているというなら……鉄が己の居場所を見つけるきっかけとなったというなら……それでいい。後は、戦場で戦う衛士たちの問題だ。文官である自分ができることはこれまで。そして、これが夕呼にとって最高の結果をもたらすための一手となっているならば。







 こうして、世界は廻りだす。

 新世界を切り拓くための新型OS。世界を救う、そのための刻限を引き伸ばすために行われる『甲21号作戦』。失敗は即ち「死」。夕呼も、作戦に参加する全ての将兵も、地球そのものさえ。総ての命運を懸けた大戦だ。

 誰一人として負けるつもりなどなく、勝利するために苛烈な訓練を積む。未来を掴むため、奪われた国土を取り戻すため。愛する者を護るため。失くしたものを手にするため。全ては、“ただそれだけ”のために。大儀も、理想も、希望も、怒号も、怨讐も、ありとあらゆる感情も情念も。全部全部ひっくるめて、世界はその分かれ目に立っている。

 そう、分かれ目だ。

 それが希望の側に傾くか――絶望の側に傾くのか。それは、まだ誰にもわからない。香月夕呼が帝国を挑発し、煌武院悠陽が自らの意志で断行したこの作戦が、これからの世界にナニをもたらすのかなど…………まだ、誰一人として「知りはしない」。



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