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No.1154の一覧
[0] Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~ 『完結』[舞天死](2009/02/11 00:34)
[1] [序章-01][舞天死](2009/02/11 00:30)
[2] [序章-02][舞天死](2008/02/11 16:02)
[3] 復讐編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:03)
[4] 復讐編:[一章-02][舞天死](2008/02/11 16:03)
[5] 復讐編:[一章-03][舞天死](2008/02/11 16:04)
[6] 復讐編:[一章-04][舞天死](2008/02/11 16:05)
[7] 復讐編:[二章-01][舞天死](2008/02/11 16:05)
[8] 復讐編:[二章-02][舞天死](2008/02/11 16:06)
[9] 復讐編:[二章-03][舞天死](2008/02/11 16:07)
[10] 復讐編:[二章-04][舞天死](2008/02/11 16:07)
[11] 復讐編:[三章-01][舞天死](2008/02/11 16:08)
[12] 復讐編:[三章-02][舞天死](2008/02/11 16:09)
[13] 復讐編:[三章-03][舞天死](2008/02/11 16:09)
[14] 復讐編:[三章-04][舞天死](2008/02/11 16:10)
[15] 復讐編:[四章-01][舞天死](2008/02/11 16:11)
[16] 復讐編:[四章-02][舞天死](2008/02/11 16:11)
[17] 復讐編:[四章-03][舞天死](2008/02/11 16:12)
[18] 復讐編:[四章-04][舞天死](2008/02/11 16:12)
[19] 復讐編:[五章-01][舞天死](2008/02/11 16:13)
[20] 復讐編:[五章-02][舞天死](2008/02/11 16:14)
[21] 復讐編:[五章-03][舞天死](2008/02/11 16:14)
[22] 復讐編:[五章-04][舞天死](2008/02/11 16:15)
[23] 復讐編:[六章-01][舞天死](2008/02/11 16:16)
[24] 復讐編:[六章-02][舞天死](2008/02/11 16:16)
[25] 復讐編:[六章-03][舞天死](2008/02/11 16:17)
[26] 復讐編:[六章-04][舞天死](2008/02/11 16:18)
[27] 復讐編:[六章-05][舞天死](2008/02/11 16:18)
[28] 復讐編:[七章-01][舞天死](2008/02/11 16:19)
[29] 復讐編:[七章-02][舞天死](2008/02/11 16:20)
[30] 復讐編:[七章-03][舞天死](2008/02/11 16:20)
[31] 復讐編:[七章-04][舞天死](2008/02/11 16:21)
[32] 復讐編:[八章-01][舞天死](2008/02/11 16:21)
[33] 復讐編:[八章-02][舞天死](2008/02/11 16:22)
[34] 復讐編:[八章-03][舞天死](2008/02/11 16:23)
[35] 復讐編:[八章-04][舞天死](2008/02/11 16:23)
[36] 復讐編:[九章-01][舞天死](2008/02/11 16:24)
[37] 復讐編:[九章-02][舞天死](2008/02/11 16:24)
[38] 復讐編:[九章-03][舞天死](2008/02/11 16:25)
[39] 復讐編:[九章-04][舞天死](2008/02/11 16:26)
[40] 復讐編:[十章-01][舞天死](2008/02/11 16:26)
[41] 復讐編:[十章-02][舞天死](2008/02/11 16:27)
[42] 復讐編:[十章-03][舞天死](2008/02/11 16:27)
[43] 復讐編:[十章-04][舞天死](2008/02/11 16:28)
[44] 復讐編:[十一章-01][舞天死](2008/02/11 16:29)
[45] 復讐編:[十一章-02][舞天死](2008/02/11 16:29)
[46] 復讐編:[十一章-03][舞天死](2008/02/11 16:30)
[47] 復讐編:[十一章-04][舞天死](2008/02/11 16:31)
[48] 復讐編:[十二章-01][舞天死](2008/02/11 16:31)
[49] 復讐編:[十二章-02][舞天死](2008/02/11 16:32)
[50] 復讐編:[十二章-03][舞天死](2008/02/11 16:32)
[51] 復讐編:[十二章-04][舞天死](2008/02/11 16:33)
[52] 復讐編:[十三章-01][舞天死](2008/02/11 16:33)
[53] 復讐編:[十三章-02][舞天死](2008/02/11 16:34)
[54] 復讐編:[十三章-03][舞天死](2008/02/11 16:35)
[55] 守護者編:[一章-01][舞天死](2008/02/11 16:36)
[56] 守護者編:[一章-02][舞天死](2008/02/13 21:38)
[57] 守護者編:[一章-03][舞天死](2008/02/17 14:55)
[58] 守護者編:[一章-04][舞天死](2008/02/24 15:43)
[59] 守護者編:[二章-01][舞天死](2008/02/28 21:48)
[60] 守護者編:[二章-02][舞天死](2008/03/06 22:11)
[61] 守護者編:[二章-03][舞天死](2008/03/09 16:25)
[62] 守護者編:[二章-04][舞天死](2008/03/29 11:27)
[63] 守護者編:[三章-01][舞天死](2008/03/29 11:28)
[64] 守護者編:[三章-02][舞天死](2008/04/19 18:44)
[65] 守護者編:[三章-03][舞天死](2008/04/29 21:58)
[66] 守護者編:[三章-04][舞天死](2008/05/17 01:35)
[67] 守護者編:[三章-05][舞天死](2008/06/03 20:15)
[68] 守護者編:[三章-06][舞天死](2008/06/24 21:42)
[69] 守護者編:[三章-07][舞天死](2008/06/24 21:43)
[70] 守護者編:[三章-08][舞天死](2008/07/08 20:49)
[71] 守護者編:[四章-01][舞天死](2008/07/29 22:28)
[72] 守護者編:[四章-02][舞天死](2008/08/09 12:00)
[73] 守護者編:[四章-03][舞天死](2008/08/29 22:07)
[74] 守護者編:[四章-04][舞天死](2008/09/21 10:58)
[75] 守護者編:[五章-01][舞天死](2009/02/11 00:25)
[76] 守護者編:[五章-02][舞天死](2009/02/11 00:26)
[77] 守護者編:[五章-03][舞天死](2009/02/11 00:27)
[78] 守護者編:[五章-04][舞天死](2009/02/11 00:28)
[79] 守護者編」:[終章][舞天死](2009/02/11 00:28)
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[1154] 守護者編」:[終章]
Name: 舞天死◆68efbbce ID:c760b461 前を表示する
Date: 2009/02/11 00:28


『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』



「守護者編:終章」






 あの日を境に、世界は崩落を始めていたのではないかと、時々思う。

 それは自分自身にとっての世界、というだけでなく。この世界そのものが、悲鳴をあげ、嘆き悲しみ、絶望に啼いているような……そんな、お定まりの言葉で飾りたくなるほどの、崩落。世界は――いや、まだ、全てが終わったわけではない。でも、既にこの世界は限界を迎えようとしている。人類は地球を、太陽系を脱出し、未だ見ぬ新天地を目指して飛び立つことを選択した。外宇宙。BETAがやって来たとされるその深淵へ向けて。銀河の果てに、この地球と同じく人の暮らせる環境が整った新世界が在る。そう信じて。そしてそこにはBETAもなく、不条理な戦争もなく、人類は新たな歴史を紡ぐのだろう。

 そんな夢に縋りつくしかないほど、世界は追い詰められていた。いや、この発言には多分に私的感情が含まれているから、正しくない。より正確に適切な言葉を用いるならば……………………いや、いい。美辞麗句を謳う政府の言葉など、どうでもよい。連中がなんと言おうと、彼らは地球を見捨てることを決定したのだ。地球脱出用のシャトルに乗って、この世界から旅立つ。

 或いは、全員が揃って旅立つことが出来たなら、こんな反発はなかったのかもしれない。脱出できるのは数十万人だそうだ。この計画を考えた連中は、それだけ逃がすことが出来るなら世界中の人々の同意を得られるに違いないとでも思ったのだろうか。――思うわけがない。誰も彼も納得せず、猛反発を起こすだろうことを承知で、けれど、そんな選択をしなければならないほど、もう、どうしようもなかったのだ。……ならばどの道、地球を捨て去ることに対する反発は起きたのだろう。

 結局。人の心はいつだって満たされないし、不安を抱え、感情を揺さぶり、涙を流すのだ。怒りを燃やし、声を上げる。――ふざけるな、と。誰も彼もが納得し、満場一致で「それはよい手だ」と拍手する策なんてありはしない。今日までの歴史を振り返ってもそれは明らかだし、地球・人類の危機というBETA襲来を以ってしても、それは変わらなかった。地球を脱出しようとしている今まさにこのときでさえ……。

 世界は崩落しようとしている。そして、その速度は日に日に速まっているようで、もう、すぐ足元にまで崩壊が迫ってきているのかもしれなかった。



「白銀少尉」

 呼ばれて、茜は振り返った。腰に差した脇差は漆に塗られた黒い鞘に収められ、鞘口には赤く掠れた帯が巻かれている。翻る後ろ髪が肩の下で軽やかに弾む。浮かべていた渋面をすっかりと消し去り、上官へ敬礼を向けた。目前には、碧髪の美麗。二年前より一層美しく、一層厳しさを増した真那が、相変わらずの赤い軍服のまま微笑んでいる。緩やかに答礼する真那はそのまま歩みを再開し、茜の傍らに立つと、先ほどまでの彼女と同じように夜空を見上げた。

 冬の澄んだ夜空。寒々しい風が身を切るようだった。――年々、冷気が増している。真夏でさえ肌寒く感じる日があるくらいに、地球は緩やかに凍り付こうとしている。それもBETAが地球上を蝕んでいる弊害なのだが、今の人類にそれをとめる術はない。寒さに眉を寄せるように虚空を睨んだ真那は、視線を空に固定したまま、茜に語りかけた。

「……白銀、宙(そら)へ行かないか」

 目を剥く。同時に、隣の真那を見上げていた。茜の表情は驚愕のそれで、何事か問い返そうとして喘ぎ、何も言うことができないまま口を閉ざす。……堪えるように俯いた茜は、左手に黒塗りの鞘を握った。弧月。かつてそう銘打たれていた刀を鍛え直した脇差は、茜にとって魂そのものとなっている。そう。かつての持ち主がいつもそうしていたように、茜もまた、昂ぶりや不安を弧月に支えられていた。――その存在が、感触が、心を安らげてくれる。

「なぜ、わたしなのですか……」

「愚問だ。貴様が選ばれたからに決まっているだろう。私に誰を宙へ上げるか選ぶ権限があると思うのか?」

 それは、どうだろう。真那はかつて冥夜に仕えていた。今も公にされてはいないが、それでも、身近にいればわかることはある。御剣冥夜は煌武院悠陽殿下と血を分けた姉妹であり、真那は彼女の身を護るためにあの横浜基地に赴任してきていたのだ。つまり、それだけ殿下の信頼が篤い。二年前の冥夜の任官を境にその護衛の任は解かれていたが、それでも、殿下が真那を思う気持ちに変わりはないだろう。――恐らく、

「御剣は、いいんですか? 御剣も選ばれているはずです。彼女が宙へ上がるからこそ、中尉もまた殿下からその権利を与えられたのでは、」

 茜の問いには答えず、真那は空を見上げたままだ。その沈黙が哀しく、悔しい。茜には子が居た。そして、徴兵年齢に満たない子を持つ親にだけ、特例措置として子を一人連れてよい権利が与えられている。……つまり、子供と共に宇宙へ逃げろ、と。真那はそう言っているのだ。一人娘はつい先月一歳になったばかり。彼女の未来を願うならば、新たな世界を求めるのもよいのかもしれない。だが。

「貴様の言いたいことはわかる。武や柏木少尉たちが護り、散っていったこの星を離れたくはないのだろう? ……最期まで、この地で戦いたいと願っている。娘のためにも、父親が眠るこの地で生きたい。そう言うのだろう」

「……はい。怪我の療養のため後方に配備されるはずだった私たちを斯衛に引き抜いてくださったことは本当に感謝しています。伊隅大尉も、速瀬中尉も、宗像中尉も風間少尉も。殿下の御心づくしには本当に言葉もありません」

 寒々しいほどの絶望を覚えている。あの日、ベッドで目覚め眠るのを繰り返していたあの日。負傷した兵士で埋め尽くされた病室で、みちる、水月とともに実の姉から告げられたAL4の中止の一言に、背筋が震えたのを覚えている。淡々と、努めて事務的に上からの命令を告げた遙の顔色は、まるで蝋人形のように白く、病室に居る誰よりも具合が悪そうに見えた。張り裂けそうな感情を飲み干そうとしているみちるや、無理に笑おうとした水月の表情が印象深い。茜はただ呆然と姉の言葉を反芻するしか出来ず、気づけば武の形見を握り締めて泣いていた。

 悔しい。そういう感情だったのだろうと思う。実際のところ、よく覚えていないのだが。きっと、その感情が一番強かったように思える。まるで、これまでの自分を、仲間たちの死を否定されたような気分だった。薫の、晴子の、亮子の、多恵の……そして武の。死。或いは先任であったり、帝国軍の衛士であったり、同じ横浜基地の衛士、兵士たち。AL4に関わった全ての人々の死が、犠牲が、願った未来が……全て無駄だったのだと。そう言われた気がした。

 その後は遙はおろか、直属の上官だった夕呼やまりも、千鶴たちにも会うことなく、オーストラリアに後送される準備だけが着々と進んでいった。入院を続けている美冴と梼子も同様の扱いとなり、みちるが彼女たちの分のサインをする。はずだった。みちるがサインを拒んだのではない。……確かに、彼女は自分たちの中では最もAL4に関与していた期間が長く、夕呼に仕えてきたのも最長だろう。忠誠を誓い、信頼を寄せていた彼女に面通しを願うことさえ許されず、一方的に計画の中止を告げられたのだ。その心中を量ることは、茜にはできない。自分たちを不要な駒として切り捨てようとしている上層部に反感を抱かなかったはずはないだろう。一度だけ、みちるが独りで泣き喚くのを見たことがある。自室のベッドに縋り、嗚咽を上げて啼いていた。

 感情の昂ぶりを無理矢理に押さえ込んだまま書類にサインをしようとするみちるの手を止めたのは、グレーのスーツを着た男性だった。城内省の関係者を名乗ったその男はみちるの手から書類を奪い取ってしまい、担当官の目の前で破り捨ててしまった。あまりのことにみちるも焦ったのだが、担当官が怒鳴るよりもはやく、男が懐から別の書類を取り出した。それはみちるたち五人の名が記されており、夕呼の名で名誉除隊の手続きが完了していることを示す書類で、日付は一月五日となっている。……あのBETA襲撃の翌日。夕呼の直筆でサインされたその書類の真偽はさておき、その日までは確かに夕呼は横浜基地の副司令としての権限を持っていたのである。しかも、ラダビノッド司令のサインまで書かれていた。

 既に除隊している者を軍務のためにオーストラリアへ後送することなど不可能、と男は一方的に述べ、呆然とするみちるの腕を引っ張って歩き出す。慌てたように水月と茜がそれに続き、何処へ行くのかもわからぬまま歩いている道中、男は美冴と梼子の二人を帝国軍病院に移送したと告げた。――冗談ではない。一体なんだというのか。男の正体もそうだが、あの書類は何なのか。夕呼がAL4中止を通達されるその前日に、自分たちは既に除隊していたという。明らかに偽造なのだが、けれどその書類には全員のサインまであった。なにがなんだかさっぱりわからない。……ただひとつ、確実なのは。これが夕呼の差し金だということ。あの天才は、最後の最期でナニカを成そうとしている。

 何処に向かうのか。それを問うたのは水月で、振り返りもしないまま男が答える。――帝国へ。茜は瞬いてしまった。美冴たちが既に帝国軍病院へ移送されたというのだから、まさかとは思っていたのだが……本当にそのまさかになった。先ほどからみちるが男の腕を振りほどこうとしているのに、男は少しも頓着した様子がなく、指の一本も離せない。愕然とするのはみちる本人であり、男が只者でないことを示していた。

 基地の外に出る。門をノーチェックで素通りすると、そこには軍用車が待機していた。帝国軍仕様のその車に半ば押し込まれるようにして、ようやく、男がことの仔細を語り始めた。――香月夕呼の、半生を懸けた長い戦いの物語。みちるでさえ知り得なかったその戦いの全貌は、茜には想像も出来ないほどの苦痛と困難を伴うもので、そして、世界そのものを背負う重責と、無数の犠牲者を強いねばならぬ狂気に、吐き気を堪えるので精一杯だった。

 武でさえ、その研究の道具に過ぎず、研究のために投与した薬品の副作用で死んだのだと知らされたときは…………本当に、夕呼への殺意を抑え切れなかったのを覚えている。あの水月でさえ一時とはいえ取り乱し、語る男の襟首を掴み上げたのだ。非道を成してまで果たさなければならない願い。夕呼の精神は、一体どれだけの涙を枯らしてきたのだろう。心は、どれほど磨耗していったのだろう。――そして、その半生を賭した研究は、遂に結果を出せぬままに中止された。

 みちるたちが知る情報はそれだけだ。夕呼は研究を完成させられなかった。XM3の開発は、00ユニット完成までの時間をもたらしてはくれなかった。……いや、本当はわかっている。計画の中止を決断させたのは、間違いなくBETAの襲撃だ。巨大な研究施設でもあった横浜基地は全壊。その復興だけでどれだけの時間と金を費やすだろう。ハイヴを擁しているために復旧は迅速に行われようとしていたが、それでも、基地には再びAL4に挑むだけの余力など残っていない。と。そう判断された。……判断するよう促した力の流れが存在した。

 『G弾』によるハイヴ殲滅を掲げていた彼の国は、XM3に目をつけた。XM3を搭載した戦術機甲部隊だけでハイヴを攻略した『甲21号作戦』に目をつけた。予備作戦として『G弾』を搭載した戦艦を海上に待機させるのと同時に、彼らはずっとデータを取り続けていたのだ。その凄まじき性能を、最も効率のよい戦術を、BETAを速やかに殺戮する術を。模索し、検討し、開発した。つまり、国連さえ使用を認めない『G弾』の代わりを、XM3で果たそうというのだ。そうして新AL計画の素案が提出されるのと同時に、横浜基地は壊滅。全人類を導かねばならない責務を負っているのだと自認する彼らにとって、またとない絶好の機会が訪れたのだ。

 嘘のような、けれど、実際に起こった話。結局のところ、AL4はこれまでに浪費してきた予算以上の結果を出せなかったということだ。そんな、金銭の話で片付けられてしまうというのが、みちるには悔しくて堪らなかった。夕呼の無念、怒りを思うと、一層虚しい。嘆く、という感情はこれほどまでに胸に迫るものだったのだと、水月は初めて知った。やり場のない、持て余すだけの感情を、茜はどうすればいいのかわからず、ぼんやりと外の風景を眺めた。廃墟と化した町並みを抜け、車は荒野を走っている。帝都へ。自分たちは向かっている。

 男は言う。一方的な中止を言い渡された夕呼は、その絶望の最中、00ユニット――量子電導脳を完成させるための鍵を見つけた。自分の半生を否定されたショックが、それを気づかせる閃きとなったのか。その辺りのことは男も知らないようだったが、とにかく、夕呼はこのままで終われるはずがないと強く思ったのだという。……当然だ。今までずっとその鍵を捜し求め足掻いていたのだ。遂にそれを掴んだというなら、手放して堪るかと思うのが人の感情だ。どれだけの絶望の淵に立たされようと。どれだけの悲嘆に暮れようと。気づき、見つけ、手に入れたのならば。……香月夕呼は故に天才と呼ばれるのである。そして、人類を救う聖母となるだけの資格が、彼女には確かに在った。

 だが、夕呼は計画の中止と同時に副司令の地位を追われ、横浜基地での権限の一切を奪い取られていた。あまりにも性急な処置だったが、それは夕呼の才能がホンモノなのだとよく知っているAL5からの圧力だった。つまり、00ユニット完成の鍵に気づいたそのとき、夕呼には取れる手段がなかった。夕呼の周りに居たスタッフは全て入れ替わっており、秘書官を務める遙はまりもと共に国連軍本部への即時異動が申し渡され、A-01のメンバーはアラスカへXM3の教導のための派遣が決まり、負傷したものはオーストラリアへ後送されるという。そして夕呼自身、どこぞの辺境で一研究員としての席が用意されていた。

 この横浜基地に居られる、残り僅か数時間が、夕呼に残された全てだった。各方面への通信手段さえ根こそぎにされていることに夕呼は徹底したものだと吐き捨てたそうだが、唯一つ、たった一つだけ、夕呼独自のネットワークが残されていた。それがこの男であり、そして男は、夕呼の意向を汲み、彼女の望むシナリオを作り上げた。……つまり、みちるたちの国連軍除隊である。

 夕呼はXM3開発の名誉もあり、社会的に抹殺されることはないようだが、その身は完全にマークされており、プライベートはおろか、内密に研究を進めることさえ出来ない状態となる。せっかく掴んだ00ユニット開発の鍵も、それを形にすることが出来ないのだ。そして、そもそもその開発には横浜基地に眠るあるものが絶対に必要で、僻地へ飛ばされる夕呼にはどうしようもないことだった。まりも、遙も同様だ。その能力を買われ軍本部へ招聘されるわけだが、それだけ監視の目も厳しくなるだろう。夕呼との繋がりが密接であったことを考えれば尚更だ。横浜基地へ戻ることなど万一にもありえないだろう。

 アラスカへ向かうこととなった冥夜、千鶴、慧、美琴、壬姫……そして鉄。彼女たちもまた、“英雄”鉄とともに世界中を駆け巡らなければならない。夕呼によれば、この鉄もまた00ユニット完成のために必要な要素なのだが、彼は世界中に希望をもたらさんとする英雄である。そして、素顔を明らかにしない彼の出身地は横浜。ならば、AL5を遂行せんとする者たちにしても、世界を救う英雄が是が非でも故郷に帰りたいと願うのを止められはしないだろう。横浜基地に新たに編成されるだろう戦術機甲部隊の教導のために派遣される可能性もなくはない。

 確率は低いが、ゼロではない。鉄が横浜基地に戻ることが出来れば、夕呼の望む二つの要素が成立する。――ならば、残る問題は夕呼の不在だ。それを解決するために、夕呼は社霞に持てる全ての知識を授けたという。元々自分の後継とするつもりだったのかは不明だが、霞は夕呼の研究の助手を務めていたこともある。そして、夕呼の期待通りに、霞はその知識全てを受け継いだ。僅か数時間の内に、である。空恐ろしい才能であろう。

 だが、霞には権力がない。横浜基地に籍を置いてはいるものの、彼女は正式な研究員というわけでもなければ、衛士でもなく、軍人ですらない。民間人と変わらないほどの無力な存在。けれど、その素性の特異性から、横浜基地に縛り付けざるを得ない存在だった。……実際、AL4およびハイヴ研究施設を兼ねた横浜基地のような場所でなければ、彼女の存在は塵ほどの価値も持たなかったのだろう。だからこそ夕呼は後継を得ることが出来たといえるし、だからこそ、霞だけでは例え鉄が戻ったとしても00ユニットを完成させるには至らない。

 研究には費用が掛かる。00ユニットを完成させるためには必要な機械装置の類が揃っていなければならない。だが、霞にはそれだけの予算を得る力がなく、パイプを持たない。そもそもが人類の命運を懸けた世界的プロジェクトであるオルタネイティブ計画をして、その予算を食い潰してきたような研究なのだ。とても少女一人にどうにかできる額ではない。――だからこそ、みちるたちは国連軍を離れる必要があった。そして、男の属する帝国へ逃れ、その深層に組み込まれ、霞のバックアップを担当するのである。

 夕呼の研究は全て、霞――そして帝国が受け継ぐ。男ははっきりとそう断言した。全ては夕呼と深い親交を結び、夕呼ならば世界を、人類を救うことが出来ると信じた煌武院悠陽殿下のはからいのもとに。

 帝国は夕呼からXM3のライセンスを譲り受けていた。『甲21号作戦』に向けて、帝国軍が僅かな期間でXM3を全部隊に配備できた背景にはそれがある。無論、XM3はAL4の成果でもあるから、作戦終了後には国連にその権利は返還されていた。だが、元々が帝国の誘致を受けてAL4の実行を勝ち取った夕呼である。当時、彼女はXM3のライセンス料の何割かを帝国が所有することを国連に認めさせており、結果、帝国は世界中に広まるだろうXM3の恩恵を予算という形で受けられることとなっていた。

 夕呼の手で完成させることが不可能でも、その意志を継ぎ、共感した者たちの手によって、夕呼の悲願を果たす。全ては極秘裏に進めなければならない。これはある意味で陰謀だ。世界を救うためとはいえ、夕呼を表舞台から引き摺り下ろした連中――即ち世界の主導権を握るAL5実行者たち――にしてみれば、れっきとした反逆行為だろう。地球を捨てることで人類を救済しようと目論む者たちと、00ユニットを完成させ全人類を救おうと挑む者たち。真っ向から対立する双極は、互いに潰し合うことしかできない。そしてこの場合、一方的に敗北するのはこちらだった。世界と、一国家。それも、帝国の中でもほんの一握りの者たちだ。

 そのリスクを知りながら、それでも挑もうという。男は、そのためにみちるたちを国連の手の届かない場所へ連れようとしているのだ。夕呼と男の間に残されていたネットワークは既に霞へと引き継がれている。今後は全て霞の指示に従って動くことになるのだが、具体的にみちるたちがなにをするかというと、表向きは斯衛軍の教導、ということだった。元A-01所属といった素性は一切隠し、別人として斯衛に所属する。それを聞いたときみちるは、まるでA-01のままではないかと思ったのだが、確かにその通りだろう。

 そうして表向きの任務をこなしながら、実際には00ユニット完成のため――仮に、マリア計画と呼称することになったそうだ――の任務を果たす。役割的には計画に関与しようとする外部組織の排除およびそれらからの警護。暗殺、或いは戦闘行為の一切を引き受ける。汚れ仕事といえば聞こえは悪いが、こういった世界にとっての陰謀を成そうとするためには、そういった闇の仕事も必要だろう。無論、みちるたち五人だけで手に負えるものではないし、彼女たちを中心とした裏の部隊を編成する予定もあるそうだ。

 装置が完成し、鉄が横浜基地へ戻ってくるその暁には、横浜基地を数日間から数週間占拠する必要があるらしい。その実働部隊としての役割も担っていると聞かされたときは、まるでテロだと顔面を覆いたくなった。そう実際に口に出して笑った水月は本当に荒事に向いている。みちると茜の二人は驚きの連続で既に感情が麻痺しかけていた。……結局、そのまま男に連れられて帝国軍へ入隊した彼女たちは、偽りの肩書きを与えられると共に、斯衛の黒を賜ることとなった。

 そうして二年――あっという間の、二年だった。

 白銀茜を名乗る女性は任務の最中に自身が身篭っていることを知り、出産を決意する。周囲の人々も歓びを以って彼女を支え、そうして一人の女児が産まれた。白銀武という青年の妻としての人生を与えられた茜は、産まれた我が子に「スミカ」の名を授け、深い愛情を注いだ。姉のように慕う水月も真那も、スミカの成長を待ち遠しく思い、よく産んでくれた、と、茜を労わってくれた。そう。この子は自分だけの子ではない。自分と同じように武を愛し、情深く想う人たち全ての子なのだ。

 茜、水月、真那。血の繋がりを超越して、スミカには三人の母が在った。強い子に育てよう、と水月は笑う。剣術を学ばせよう、と真那は微笑む。優しい子に育って欲しい、と茜は願う。――父親のように。彼のように。これからこの子が大きくなるのに合わせて、少しずつ、語ってあげよう。あなたのお父さんは、どれだけの苦しみも乗り越えて、立派に戦ったのだと。お母さんたちを、深く深く、愛してくれたのだと。

 あなたの名前はね、お父さんがこの世で一番深く愛したひとの名前をもらったのよ。――純夏、いい名前でしょう? 太陽のように華やかに、彼女は笑っていたわ。



 だから、どうかこの星で、娘の成長を見守りたい。武の眠るこの地球で、晴子や多恵、懐かしい仲間たちの眠るこの場所で。水月、真那。皆と共に。一緒に。生きて、いたい。

「月詠中尉――。わたしはスミカと共にこの地球で生きます。わたしはあの子に、この星を見せてやりたい。どれだけ残酷で絶望的な世界でも、それでも、武が生き、鑑さんが生き、わたしが生きた場所です。ここは、スミカの故郷なんです……」

 そう言うのだろうと、わかっていた。真那は肩を竦めるようにして息を吐き、残念だったのか嬉しかったのかよくわからない微苦笑を浮かべた。多分、嬉しいのだろうと思う。この二年間を茜と共に過ごしてきて、真那は水月同様に茜を妹のように想ってきた。そしてスミカもまた、実の娘のように愛でてきたのだ。いなくなってしまうなら、寂しさを覚えずにはいられないだろう。……だが、同時に。それでよいのだろうかとも思う。

 世界は間違いなく破滅へ突き進もうとしている。XM3は全世界に普及し、鉄たちの尽力もあって、衛士たちの技量は二年前のそれとは比べ物にならないものとなった。だが、それでも死者数は一向に減らないし、出生率も悪い。男女の人口比は圧倒的に男が少なく、徴兵年齢は引き下がる一方だ。BETAは先ごろ新たなハイヴを建設し、甲21号目標以降、攻略を果たしたハイヴは一つしかない。そしてその攻略作戦では、誰一人還ってこなかった……。

 『G弾』に代わる超兵器の開発はままならず、AL5は宇宙船の建設に心血を注いだ。計画が始動されて一年が過ぎた頃、連中はXM3をただの時間稼ぎとしてしか見ないようになっていった。それはまるで00ユニット開発のための時間を稼ごうとした夕呼のようで、XM3の存在価値を翳ませる行為だ。だが、それでもXM3の性能は衛士たちの希望となり、率先して実戦にも参加する『鉄の207』部隊は英雄としての役割を果たしている。

 状況は、悪い。けれど、まだ最悪ではないというところだ。……このままこの星にしがみ付いたとして、一体あと何年生きていられるだろう。果たして茜の選択は、その想いは……スミカにとって最良の未来となるかどうか。真那は瞑目する。――違う。

「そう、だな。……スミカの未来を憂うというなら、我々がその未来を切り拓けばよいのだ」

 他星系へ逃げる? それもいいだろう。だが、そうするためには、あまりにもこの星への執着が強すぎた。真那は茜を見つめ、茜は真那を見上げた。二人ともが強く微笑み、頷きあう。――生きよう。そして、未来を掴むのだ。武のように。最期まで諦めたりしない。絶対に、諦めてなるものか。

「あーっ! ほら、やっぱりここに居るじゃない!! 宗像アンタ、知ってて嘘ついたわねぇ!?」

「言いがかりですよ中尉。わたしは月詠中尉に速瀬中尉を近づけるなと申し付けられていたので、実行したまでです」

「尚悪いわッ!!」

「……中尉、美冴さんをあまり責めないでください。美冴さんたら今晩のおかずを盾にとられて、やむをえなかったんですから……」

「…………梼子、それはフォローのつもりなのか?」

「ほらほらいい加減にしろ。速瀬、お前がやたら怒鳴るものだから、スミカがぐずっているぞ」

「っ、わ、わわっ、ご、ごめんねスミカ! 母さんぜんっぜん怒ってないからね?! ほ~ら、べろべろばぁ~ッ!!」

「……余計に泣き出しましたね」

「矢張りその人の内面というものを察してるんでしょうか?」

「まぁ、速瀬に抱かれていてはおちおち眠ってもいられんということだろうな」

「い、言いたい放題ね……っていうか伊隅大尉。大尉だってこないだスミカのおしめ換えようとして思い切り泣かれてたじゃないですかっ」

「む、それはおしめが濡れていたから……」

「ああ、そういえばおしめのつけ方がわからなくて通りすがった男性衛士を脅してやらせたんでしたっけ」

「聞き覚えの悪いことを言うなッ! た、ただ、使い方を教わっただけだ……」

「それにしても、いたいけな乙女のおしめを見知らぬ男性に換えさせるなんて……」

「可哀想なスミカ……。安心してね、その男の記憶は母さんたちがちゃぁんと消しておいたからね」

「全治四ヶ月の頭部裂傷を記憶抹消というなら、まぁそうなるんでしょうね」

「わ、わたしが悪いんじゃないぞ。お前たちが揃って休みなんか取るから……っ」

「お休みを下さったのは伊隅大尉ですよ。涼宮少尉に胸を張って“私に任せてくれて大丈夫だ”なんて仰っていましたのに」

「……風間、貴様段々言動に遠慮がなくなってきたな……」

 近づいてくる賑やかな会話に振り向けば、和気藹々と罵り合いながらやってくる四人の女性。茜と同じく黒い斯衛の軍服に身を包んだ彼女たちは、今日までずっと繰り返してきたやり取りをそのままに、茜たちの前に立った。――やっと見つけたわよ。言いながら、水月が抱いた赤子を茜に手渡す。唇の端を吊り上げて笑う水月の髪は肩の辺りで切り揃えられている。二年前、帝国軍へ入隊したその時にばっさりと切ってしまった。その短い髪は、快活でアクティブな印象を抱かせる彼女によく似合っている。

「まぁったく。いつまで経っても戻ってこないんだから」

「すいません、速瀬中尉。スミカを預けてしまって……」

 腕に抱く我が子をあやしながら、茜は水月へ苦笑をむける。その茜に対して、水月は全然気にしていないように、至極当たり前のように、――ま、母親だしね。と笑う。そんな茜と水月の姉妹のような姿を見ながら、みちるたちもまた微笑む。美冴と梼子は二年前の負傷が祟り、戦術機には乗れない体となっていた。彼女たちは戦闘時のCPを務め、或いは新兵の教導にあたり、その実力を発揮している。いずれは自分たちがスミカの“面倒”を見るのだと、今から楽しみでしょうがないらしい。みちるにとってもスミカの存在は大きい。あれだけの狂気に憑かれながら、それでも最期までヒトとして生きて死んだ部下は他にいない。それだけ思い入れのあった部下の娘ならば、可愛いと思わないはずがない。

「時に速瀬、貴様はスミカをあやすことも出来んのか。先ほどから見ていればまるでスミカを荷物か何かのように扱いおって……」

「む。なによ月詠。アンタだって人のこと言えたもんじゃないでしょうが! 知ってんだからね、この間、スミカを負ぶって散歩しようとして危うく落とすところだったじゃない!!」

 なんだと?

「き、貴様……ッ!? いい加減なことを言うなッ。大体貴様はいつもいつも! スミカを風呂に入れるときはあれほど目を離すなと言っておいたのに、先日は石鹸を食べそうになっていたではないかッ!!」

「そ、それはアンタだって悪いでしょ!? あんたがスミカの着替えを用意してくるとか言って先に上がるからっ!」

 ちょっとまて。

「いいや、違うな。第一貴様は母乳も出ないくせにスミカに無理矢理咥えさせようとしたり……ッ」

「スミカが眠ってるのをいいことにほっぺたをぷにぷにして遊んでるアンタに言われたくはないわっ」

 へー。ふーん。

「おのれ貴様今日という今日はッ!」 「いい機会だわ、白黒はっきりつけようじゃない!!」



「速瀬中尉、月詠中尉――」



「「ッッ、」」

 互いの襟首を掴もうとする寸前、向けられた冷ややかな声に、両者は硬直する。恐る恐る振り向けばそこにはすやすやと眠る赤子を抱いた母親の笑顔。……いいや、アレは笑顔という名の仮面に隠した般若の面。噴出する寒々しい気配に、歴戦の強者もたじろいでしまう。――ま、まずい。水月と真那は、自分たちがこっそり胸の内に仕舞っておいた失態を晒してしまっていることに気づく。もし知られたら恐ろしいことになる。そうわかっていたからこそ互いに秘密にしておいたというのに……!

「二人とも、そんなことしてたんですねぇ……。わたし一人じゃ大変だ、スミカの面倒を交代で見てあげよう。なぁんて……。うふふふ。ひょっとしてこの一年間で、もっと色々、“やっちゃって”たりするんですかねぇ……?」

 まずい。両者は揃って直感し、茜の背後に揺らぐ炎を見た。アレは本気で怒っている眼だ。いかに三人で母親役をこなそうと、実際に血の繋がりのある母は茜ひとり。その茜が水月と真那ならばと信頼して預けてくれていた間に、まさか愛娘がそんな目に遭っていようとは。当然わざとではないのだろうが、それにしても茜にひとこともないというのはいかがなものか。沸々とこみ上げる憤懣に気づいた水月たちは一歩たじろいだ後に、項垂れて謝罪を述べた。――ごめんなさい。

 がっくりと肩を落とす二人に、茜は溜息をつく。揺らめいていた炎は消え去り、やれやれと苦笑が零れる。二人とも、心の底からスミカが可愛いのだ。実の娘のように。実の娘ではないからこそ。自らが孕み、産みたかった“いとし子”を、精一杯、愛でるのである。それは多分、女性ならば当然の心理。もしスミカが水月や真那の子だったとしたら、自分だって同じようにスミカを愛しただろう。

 血の繋がりがないからこそ、それを埋めるかのように愛し、愛でる。若干の行き過ぎや猫可愛がりはしょうがないのかもしれない。抱き上げたときの微笑を見れば、誰だって浮かれて舞い上がってしまうほどの愛らしさなのだ。それ故のちょっとした失敗は目を瞑ってもよいのではないだろうか。……幸い、大事には至っていないようだし。茜は内心で苦笑し、姉のように慕う二人を見上げた。項垂れたままの二人は恐る恐るといった具合に上目遣いを向けている。その、普段からは想像もつかないしおらしさに思わず噴いてしまったとして、誰が茜を責められよう。……勿論、みちる以下二名も笑いを堪えている。

「……ぷっ、くく、ぁはっ、あははははっ!」

「ちょ、なんで笑うのよ!?」

「……涼宮少尉、貴様……ッ」

「「「あはははははははっ」」」

 泣き疲れて眠る赤子を抱いて、茜は笑う。大好きな人たちに囲まれて、茜は笑う――ねぇ、武。



 ねぇ、武。

 見えている? 聞こえている?

 あなたが護ってくれたから、今がある。あなたが愛してくれたから、今もわたし、生きているよ。

 大好きな武。



 わたしは生きます。生きて生きて、最期まで生きて――



 ――そしたら、武に逢いに逝くね。











『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』 守護者編:完





































 一体いつ、どのようにしてこの部屋にたどり着いたのか。鉄は覚えていなかった。

 ただ気づいたときには夕呼の首を絞めるように掴み上げ、魂を汚染するほどの呪わしい怨嗟を投げつけていた。頬を伝う涙が熱い。体中に滾る血潮は怒りに沸騰している。――殺してやる。粘膜のように纏わりつく感情に衝かれるまま、両手に更に力が加わった。

 顔色を赤から紫へ変色させようとしている夕呼は、薄ぼんやりと目を開いたまま、何も言わず、抵抗もせず、殺すなら好きにしろと言わんばかりだった。……いや、確か自分から“殺せ”と言ったのではなかったか。鉄はよく覚えていない。どうしてこんなにも殺意が沸くのか。どうして殺したいほど憎いのに、最期のほんの一握りが加えられないのか。殺してはいけない――。相反する感情が、腕を麻痺させるようで。

「香月夕呼ォォォオオオオオ!!」

 吼え滾り、殺意を放散させる。口角から泡を飛ばし、壁に投げつけるようにして、夕呼を両腕から解放する。指先が痺れている。自身の血さえ通わぬほど、あんなに細い首を絞めていた。その冷たさにゾッとする。それをよしとした己の衝動に悲鳴が出そうだ。……それでも、本当に殺したかった。――いいや、殺してはいけない。

(何でッッ!!)

 鉄は突如として沸き起こった自身の激情に戸惑い、怒りと哀しみの狭間に捕らわれてしまう。それはかつて白銀武が体験した感情そのものであり、そして彼が過ちを犯した故に、踏みとどまることができた一線だった。香月夕呼の邪魔をするものは許さない。その誓いは、白銀武の後悔そのものだ。その記憶を受け継いでしまっている鉄にとって、彼の後悔はあまりに重い。故に、どれほど哀しく、絶望に喘ぎ、彼女を殺したいと衝き動かされても。……決して、それだけは出来ない。鑑純夏を救えるのは、この世界で彼女だけなのだから。

 ――純夏はもう、助からないッ。

 どうしてだろう。どうしてそう思うのか。何故、そう断言できるのか。――まりもちゃんが言った! そう。神宮司まりもは言った。鉄に突きつけた。AL4は中止となり、貴様らの任務は終了した、と。それを聞いた瞬間に鉄の中の何かが弾けて、砕けて、純夏の笑顔が罅割れて……どうしたんだっけ? 額にこびりついた汗を拭う。――あれ、仮面、は。汗に濡れた手の甲を見ながら、金属を殴りつける音を聞いた気がした。そうだ、確かまりもに顔面を殴られて……その時に、仮面が弾け飛んだのだった。何故、殴られたのだろう。計画の中止に我を忘れ、まりもに取り縋ったりしたのだろうか。

 ――この貌を、冥夜たちに見られたのだろうか。

(それがどうした)

 今やAL4は中止となり、夕呼は酒に溺れ壁にもたれるように転げている。机や床に散乱した書類を更に踏みにじったのは自分だ。どうしたら、いい。――どうにもなるわけがない。夕呼は失敗した。絶対に00ユニットを完成させて見せる。そう白銀武に豪語していた天才は、その力を毟り取られてしまった。そこにあるのは抜け殻だ。自身の力の至らなさに、自分を見限った国連に、世界を救う手立てを見誤った全ての者に、絶望し、自滅的に嗤うだけの抜け殻。

 細い首には鉄の指の痕が残り、酸素を取り戻した肺だけが自動的に喘いでいる。転がった酒瓶や激情を抑え込もうとしている鉄に目もくれず、散らばった書類をぼんやりと眺めているだけ。鉄は――泣いた。力なく膝を折り、床を埋める書類の海に手をついて、慟哭した。どうすればいい。オレはこれから一体、どうやって生きればいいんだッッ!? 00ユニットは完成しない。純夏は助からない。いつか彼女がヒトの形を取り戻し、あの懐かしい声でタケルちゃんと呼んでくれることは……もう、絶対に叶わない。

 純夏を護る。彼女を護る。けれどそれは、脳を……何も言わず感じない脳ミソを護り続けるという事ではない。いつかきっと夕呼が純夏を元に戻してくれる。その日のために。もう一度彼女に巡りあい、愛し、愛されるために。その日が来ると信じたからこそ、護りたいのだ。鉄が欲するのは、たった独りのこの世界で、傍にいてくれる愛しい人だ。白銀武にとっての涼宮茜のように。愛し、愛される伴侶を欲している。この世の者ではない鉄にとって、そう在れるのは純夏しかいなかった。彼女しか在り得ない。そう思った――それは確信だ。

 呪わしいこの世界。地獄のようなこんな世界。永遠に拭えない孤独。たった独りぼっちで…………一体どうやって生きればいい。絶望に視界が曇り、握った拳がぐしゃぐしゃと書類を巻き込む。涙が粒となって紙面に落ち、インクを滲ませた。ただ、哀しかった。自分ではどうすることも出来ない現実が、凍えそうなほど哀しい。……では、なんのために白銀武は死んだのだ。アイツは、いつかきっと純夏が復活するのだと信じて疑わなかったアイツは……。護れなくてごめん。そう最期に零したアイツの想いは……畜生。

 涙を拭う。こんな世界に生きている意味はない。こんな世界で生きていけるはずがない。――自殺。ふと思いついたその単語は、けれど全然現実味がなく、そして、どうすればよいのかさえわからなかった。最早生きる気力もなければ死ぬ気力もない。或いは、夕呼のように酒に溺れてみれば違うのかもしれない。夕呼を殺そうとした激情さえ既に去り、鉄は亡羊と床を見つめた。手の中で潰された紙きれ。夕呼が半生を懸けて臨んだというこの研究も、打ち切られてみればただ虚しい紙きれの山というわけだ。そう皮肉ってやりたくても、虚しさばかりが募る。

 ――ああ、なんだっけ、これ。

 夕呼の手書きなのだろうか。下手糞な図形。いくつもの四角が並んでいて、端に人間らしき図が描かれている。……どこかで見た、児戯のような、絵。

「そっか……。あっちの世界で、見たんだ……」

 自分で口にして、寒気がした。“あっち”――って、何だよ。いつからあの世界は、“あっち”になったのだろう。“あっち”、とは、向こう側、という意味だ。ここではないあちら。よそを表す音。違う。あそこは、アレは、元の世界。還るべき場所。自分が本来居るはずの、本当の世界。……だから、あっち、なんて、言葉は……。鉄はその紙切れを殊更に握り潰し、叩き付けるように投げた。元の世界を彷彿とさせ、この異世界に囚われている自分を自覚させたその図形。――こんなものが、AL4のッ……。

「そんな、間違った理論が…………ッッ!!」

 八つ当たりをするように叫ぶ。それは逃れられない世界からの束縛を振り切ろうとする鉄なりの抵抗だった。あんな、夕呼自身が古いと言い捨てた図形如きが、オレに元の世界を思い出させて、苦しめていいはずがない!! 怒りを纏う。こんな救いのない世界に囚われている不条理を、憎――――――――



「あんた、いま、なんていったの」



 最初、それが自分に掛けられた言葉だとはわからなかった。厳重なセキュリティに護られた地下研究区画。夕呼の執務室の中に、自分と夕呼以外の存在が居るはずがない。……にも関わらず鉄は、その声を、夕呼のものだと、彼女が自分に向けた言葉なのだとわからなかった。夕呼を見る。瞠目し、何処も向いていないまま、何も見ていないまま、ただ驚愕に目を見開き、唇だけが動いている。

「あんた、いまっ、なんて……っ」

 再び紡がれた言葉。矢張り、鉄に宛てているのか判然としないが……それは間違いなく、鉄に返答を求めていた。異常なまでの夕呼の様子に、鉄は硬直する。なんだ。なにが起こっている。見開いたままの眼。ゆっくりと機械仕掛けのように回る首。焦点が――鉄の瞳に据えられる。おぞましさに喉が鳴った。その眼は尋常ではない。ヒトの、それではない。アレは、そう、あの眼は――天才、鬼才、そういう類の……。







『Muv-Luv ALTERNATIVE ~復讐の守護者~』クロガネ編







「さぁ、行くぜ……。オレたちが、この星を救うんだ」

「うんっ。行こう!」

 少女はさし出された青年の手の平を握る。あたたかい、大きな手。力強くて、優しいぬくもり。愛しさがこみ上げる。まるで涙が零れてしまいそうな、そんな気持ち。ずっとこの手を待っていた。ずっとこの手を求めていた。大好きなひと。うん。行こう。一緒に。この星を、この世界を、大好きなみんなを、大切なあなたを。――護るために。






 ――タケルちゃん!!







「大好きだよっ! だからずっと、一緒に居よう!!」

「ああ、当たり前だっ! もうお前をひとりになんかしねぇ! ――オレが純夏を護ってやる!」

 さぁ行こう。

 世界を救う――そのときだ。








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