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スライムに会うためにロマルア側から旅の扉へ向かう途中、小さな声が聞こえた。
「ここだよー。」
この声は
「スライムか? どこだ?」
「ここだってばー。」
さっぱりわからん。
夜にスライムを探すのってこんなに難しいのか…
「ここだよとか言ってないで、普通に出て来い。」
「目の前にいるよー。」
?
目の前って、草くらいしかないんだが? って、今、月の明りで何か光ったような…
まさか
「バブルスライムだよ!」
「お前…」
スライムはバブルスライムになっていた。
暗闇の中、スライムの青色を探す。 ただでさえ大変な作業だったのに、さらに探しにくい緑色になっているとか…
「なぜに?」
「ぴょんぴょんぽちゃじゅわっって感じで」
意味がわからん。
「ちゃんと説明しろ。」
「OK! あの斧を持った変態から逃げるために、必死な気持ちでぴょんぴょん跳ねながら旅の扉に向かっている途中、うっかりバブルスライムの上に」
「わかった。」
想像できたが酷いな。
「着地しちゃって、毒でじゅわっって溶けちゃ」
「わかったから!」
それ以上は何も言うな!
「…わかってもらえて嬉しいよ。」
「つまり、スライムだけじゃなくて、スライム系なら何でも憑依できるかもしれないんだな?」
「どうしてそんな結論になるのかさっぱりだけど、可能性はあるね。」
どうしても何も、どう考えてもそういう結論になるだろうが。
よし
「ホイミスライムになってこい。 話はそれからだ。」
「酷い! 『スライムにしか憑依できなかったら危なかったな』の一言すらないなんて、君は鬼か!?」
「結果が良ければ全て良かろうなのだ。」
「くっ」
悔しがる元スライムにバイキルトとスカラを2回ずつかける。
「こ、これは…!」
「モンスターは補助呪文の効果が長持ちするんだとさ。」
「す、すごい! 今なら一角うさぎだって倒せそうだ!!!」
バブルスライムになっている時点で楽勝だと思うが、それはそれとして
「盛り上がっているところ悪いが、お前に頼みがある。」
「わかっている… レバの村の東の奴らを皆殺しにして来い、だろ?」
「違う。」
「えー。」
意外と過激な事を言うな…
でも、あの島はルヴィスに任せとけよ。
「ナニールの村に行って欲しい。」
「ナニール?」
「ドラクエ3で言えばノアニールの村だ。 ほら、エルフに眠らされている」
「ああ! あの村か。 夢見るルビーだっけ?」
「そう、その村だ。」
ドラクエ3という共通の知識があると説明が楽でいいな。
「でも、この世界はドラクエ3に似ているだけって話じゃなかったか? あの村の人達はエルフに眠らされているのか?」
そんなことは知らん。
「重要なのは、近くにエルフの隠れ里があって、そこに精霊が居るという事だ。」
「うん?」
「精霊がいるなら、そこを拠点に」
「そうか、僕達と同じ境遇の仲間がいる可能性があるって事か。」
「そういう事だ。
後、余裕があったらプートガ(ポルトガ)の様子も見てきて欲しい。 エルフの隠れ里にいる精霊の浄化範囲を考えるとエジンバ(エジンベア)に避難しているかもしれない。」
ダァマにすごく遠い場所が見えるやつが居て、その限界がレバの村だと仮定した場合、プートガとエジンバは範囲外だろうからバブルスライムに偵察を行かせる意味はあるだろう。
「わかった。 じゃあちょっと行ってくるよ。」
そう行って北に去っていく元スライム。
どういう原理なのかわからないが、どろどろな体のバブルスライムの移動速度は、スライムだった頃よりも速かった。
――――――――――
バブルスライムと分かれてから、ルーラでロマルアに飛んだ。
「お待ちしておりました。」
「うん?」
暗闇の中、門を通るとたいまつを2つ持った体格の良い兵士が1人、城へ向かおうとした俺の側によってきた。
「夜は魔物が活発になります。 ですので、夜は1人で行動してはいけない事になっているのです。」
「町の中でも危険なのか?」
兵士はそう言いながら俺にたいまつを1つ渡して歩き始める。
町中でモンスターが出るのか? それとも、国民の安全を守るための規則なんだろうか?
1人で行動する奴は不審者として取り締まる事もできるから犯罪を未然に防ぐ事にもなるし…
「少し前、影の魔物が現れた事があるのですが、1人で行動していた者達が7名犠牲になりまして…」
「影の魔物?」
「はい。 2人共たいまつを持っていたので不自然な影に気づくことができたのです。」
不審者がどうこうって言うよりも、もっと切実な問題だったんだな。
それに、たいまつを1人1つ持つのはそういう理由からだというのも納得だ。 でも
「兵士2人で倒せたって事は、その魔物は弱かったのか?」
「いえ、1人がカンタダ様だったのです。 それに7名も死んだので町中警戒態勢でした。 戦いの音を聞いて30人ほどがすぐに駆けつけました。」
「なるほど。」
カンタダのレベルは幾つなんだろう?
兵士の言葉に頷きながら、そんな事を考えていると城に着いた。
「では、私はここで待っています。」
「わかった。 ありがとう。」
「いえ、お気になさらないでください。」
その言葉に、今更だがこんな夜中までいつ来るかわからない俺を待たせてしまった事と、帰りまで付き合わせてしまう事を申し訳なく思う。
城に入ってまっすぐ進むと、玉座のある大部屋でカンタダがパジャマ姿のおっさんと口喧嘩していた。
「さっきから眠い眠いと言っているが、『精霊に選ばれた者』が来るまで起きているつもりなんだろうが! 来るまでの間に俺の浄化をしろよ!」
「だーかーらー! 俺は昼間もずっと北門で浄化していて疲れているんだよ! 今お前を浄化したら『精霊に選ばれた者』に会う前に倒れてしまうわ!」
俺のために眠いのを我慢しているのか。 悪い事をしたな。
でも…
ルヴィスに浄化してもらった後でロマルアの南門から一時間ほど歩いてバブルスライムと話して…
三時間以上経っているんだが… その間ずっと「浄化をしろ!」「浄化はしない!」って喧嘩していたのか?
それに、あのおっさんはパジャマ姿で俺と会うつもりなのか? はっきり言って威厳も何も感じられないぞ?
「嘘をつけ!」
「なんだと!」
「それだけ元気なら俺を浄化しても倒れたりしないだろうが! この前、お前がもっと疲れている時も、俺を浄化した後でさらに3人浄化していただろう!!」
んん?
「はっ あの3人はほんっっっのわずかしか穢れていなかったんだよ!」
「なんだと! 顔から腕から全身真っ黒だったぞ!」
「あいつらは元々肌の色が黒だったんだよ!」
「そんなわけあるか!」
「本当だ!」
ふむ… 俺も南側でも北側でも、黒い肌の兵士を見た記憶が無いんだが?
まあ、南側は宿舎で寝ていたのかもしれないし、北側は戦闘中で忙しかったから確認できなかっただけかもしれんが…
「ならそいつらを連れて来いよ! 確かめてやる!」
言い争うより眼で確認したほうが確実だが…
おっさんがニヤリと笑いやがった。
「カンタダ、お前は酷い奴だな。」
「なんだと!」
「こんな夜中にそんなくだらん用事で呼び出すなんて、あまりに酷い。 酷すぎる!」
そう返したか。 でも、3人いれば1人くらい夜勤の奴がいたりしないか?
「くっ」
「『ロマルアの英雄』カンタダも地に落ちたな。」
「…」
「もっとも、親の」
「オヤジの事は言うな!!」
うわぁ… めっちゃ怒ってる。 空気の震えがここまで来た。
それにカンタダに親の話は厳禁なのか。 覚えておこう。
…まあ、それはそれとして、そろそろ王様に挨拶を?
「やめて! 私のために争わないで!」
「姫様!?」
「こら! こんな夜遅くまで起きていては、せっかくのすべすべお肌がカサカサに荒れるだろう!!」
突如現れたお姫様に、王様が怒る理由はそれでいいのか?
「カンタダ様、浄化なら私がいたしますわ。」
「明日で良いです。」
お姫様はそっとカンタダの手を取る。 美人で優雅、言う事無しだな。
それなのに、カンタダ… お前って奴は…
女性の、それもお姫様の顔も見ないで即答か…
お前は服のセンスは変態だけど、国を愛する熱血漢な紳士だと思っていたのに… 残念だ。
「そんな、遠慮なさらないでください。 さ、こちらへ」
「待てぃ! 浄化するのに何故部屋へ行こうとする!」
「お父様…」
怒鳴るおっさんに優しく声をかけるお姫様。
「私、お父様と違って浄化の技が未熟なのです。 ですから落ち着ける場所でヤリたいのですわ。」
ヤリたいって…
話の流れとしてはその言葉は合っているけれど…
ロマルアのお姫様はすごく積極的な人のようだ。 カンタダは幸せ者だな。
「くっ 『ロマルアの英雄』である事を利用して娘を手篭めにしようとは…」
「してねええええええ」
…さっきより面白くなってきたから、もう少し様子を見よう。
「お父様…」
「姫よ…」
「ご心配なさらないで、カンタダ様と一緒になっても私がお父様の娘である事は変わりませんわ。」
「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃあああ!」
おいおい…
浄化をするじゃなかったのか? 今ので完全に話が変わったぞ… 確信犯だな。
それにおっさんも…
いい歳した男が、それも一国の王が、床に寝転んで手足をじたばたして「嫌じゃ」と叫ぶなんて情け無いぞ。
「俺も嫌だ!」
その声… 覆面の下は涙でぐしゃぐしゃなのかい?
それに、非常に残念な事だが、この親子はどんな大声を出しても…
聞く耳を持っていないようだぞ?
「この筋肉ダルマめ! 姫を篭絡して、この金の冠を狙っているのはわかっているのだぞ!!」
「そんなもんいらねええええええ!!!」
「まぁ、そうだったのですか? 確かに私と一緒になればその冠はカンタダ様の物…」
「くっ この筋肉め! この筋肉め!」
「冠なんていらねーって言ってるじゃないかああああ!」
「あらあら、そうやって照れているカンタダ様も素敵ですわ。」
「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃー!! こんな筋肉ダルマが婿になるなんて…
姫と結婚させるなんて絶対に嫌じゃー!!」
カンタダが王様を「あの野郎」と言っていた理由がわかったような気がする。
…苦労しているんだな。
でも…
姫がカンタダを部屋に連れ込む直前まで、もう少し見ておこう。
090928/初投稿