「ニフラム」
オレンジ色の全身タイツの上に法衣(?)という恥ずかしい格好をした少年が大きな声で唱える。
すると、少年を中心にマイナスイオンがたくさん含まれているような風がびゅわっと吹き、それによって辺りが浄化されたのがわかる。
離れていて正解だった。 もう少し近くにいたら折角の経験値が少し無駄になるところだったかもしれない。
「ニフラムで土地を浄化するってこういう事なんだな。」
「う、うん。」
少年は恥ずかしそうに顔を染めて頷く。 …恥ずかしいならそんな格好しなければいいのに。
――――――――――
あの後、どういう原理なのかわからないが、ものすごい勢いで飛んでいた僧侶は空中で急ブレーキをかけたように止まり、城のほうへ降りていった。
「空飛ぶ僧侶様がいらっしゃったぞー!」
「外塀内の浄化作業が始まるぞー!」
「準備急げー!!」
彼の自己主張を聞いたロマルアの人達は、男も女も大慌てで家屋に入り、兵達は城へ向かう者と宿舎へ向かう者が互いに手話っぽい… 野球のサインのようなやりとりをしながら走って行く。
「多分あれが日の光にうんぬんだよな? …とりあえず城へ行った方がいいよな?」
俺は精神的ダメージから回復するために独り言を吐きながら考えをまとめて城へ走った。
城に着くと、玉座に偉そうに座っているおっさんと話している彼が居た。
空を飛んでいる姿を遠くから見る分には「ドラクエ僧侶のコスプレだー。」と思うだけだったが、近くで見ると… その『いろんな意味で目に優しくない』姿に思わず目をそらしてしまった。
すると、
「か、勘違いしないで下さいね? この格好はダァマの神官達に無理やり着せられたんです!」
「…」
「僕だって、全身タイツは嫌だったんですよ? でも、元々着ていた物が駄目になっちゃって、『何か着る物を下さい』って言ったらこれを渡されたんです!」
「…」
「僕は『これ以外の服がいい!』って言いましたよ? でも、『僧侶ならこれを着るべきだ』って言って他の服をくれないんです!」
「…」
「だから、勘違いしないで下さいね? 僕は」
「そんなにその格好が嫌ならロマルアで別の服を買えば良かったんじゃ?」
俺の言葉に衝撃を受けた彼は目を大きく開いて
「あ」
小さくそう言った。
どうやらこの子は頭がよろしくないようだ。 期待していたのに…
「それに、自分で自分の事を『空飛ぶ僧侶』と叫ぶのも正直どうかとお」
「あ、あれは! 無理やりにでもテンションをあげていかないとこんな恥ずかしい格好できなく」
「だから、その服が嫌ならロマルアで買えば良かっただろうって」
「だから、それは、その… その…」
――――――――――
なんだかんだで、ロマルアに来たら必ずやっているという城壁と外塀の間の新農業地帯を浄化して回る事になり、その間にダァマの状況を聞く事になったわけだが…
「ど、どうしましたか?」
「いや、なんでもない。」
城から南門までの間に服を売っている店は何軒かあったが、結局こいつは服を買わなかったな…
実は全身タイツを結構気に入っているのかもしれない。
「それにしても、ニフラムって結構効果があるんだな?」
「はい。 少しレベルを上げるだけで覚えられる割には効果が高いですね。
…ニフラムを多用するせいでレベル8からなかなか上がらないっていうのが難点ですけどね。」
「やっぱりそういうデメリットがあったか。」
あれだけの速度で空を飛べるなら、強いモンスターに囲まれても逃げる事が可能だと思う。
それに仲間も10人ほどいるはずで、経験値を稼ぐことはそんなに難しくないだろうに、カンタダやロマルアの人達から、こいつがバギを使ってモンスターを退治しているという情報が出てこないのはおかしいと思っていたのだ。
「あなたは魔法使いなんですよね? ベギラマが使えるって事はレベル14以上あるんですよね?」
「ああ、『歩くだけで経験値が溜まる』のが俺の『力』だからな。」
「すごく便利な『力』ですね。」
「まあな。」
「だから魔法使いでもココまでこれたんですね…。」
復活できる事は隠しておく。
どうせ復活できるのだからと、単独で危険地帯に派遣されるのはごめんだ。
「ダァマに魔法使いはいないのか?」
「…いるって言えばいるんですけど、レベル9で止まっています。」
「魔法使いがいるなら優先的に経験値を溜めさせればよかったのに…」
10人以上仲間が居れば魔法使いのレベルを上げる事なんて楽勝だと思うんだが?
それに、この世界では僧侶のバギよりも魔法使いのルーラのほうが重要性は高いし…
「キメラの翼が不足している今、ルーラを覚えて欲しいってリーダーが何度も要請しているんだけど…」
「レベル上げを嫌がっているのか?」
補助魔法とか地味なのが嫌いなのか?
でも、それならそれで、ベギラマやイオラ、ベギラゴンやイオナズンとかの破壊力のある魔法に興味が無いのか?
「あの人は高所恐怖症なんです。」
「なんという想定外な答え…」
「キメラの翼でレバの村からダァマに飛ぶ時、気絶しちゃってね… 僕が空を飛べなかったら気絶した状態で着地する事になっていただろうね。」
気絶状態で着地…
「下手したら捻挫… 骨折とかしそうだな。」
「本当に、危なかったよ。 って、ちょっと離れていて。」
「ああ。」
歩きながら会話をしていると兵士や町人の方々が、「ここが穢れが溜まっている場所ですよ。」と言ってきたので俺は彼の忠告どおり距離をとる。
「ニフラム」
その一言で、言われてみないと気づかない程度の穢れが浄化された。
しかし…
「実際のところ、ゲーム的にはどこらへんまで攻略が進んでいるんだ?」
こうやって僧侶がロマルアとダァマを行き来しているという事は、ダァマは安全なのだろう。
それなら、元の世界に帰るために必要な情報を手に入れておきたい。
「攻略しているといえばしているし、していないといえばしていないって感じで…」
どういう事だ?
「例えば、ゲームだと船はポルトガで手に入れるでしょう?」
「ああ。」
「この世界のポルトガはプートガって名前で、そこの人達は船を全部使ってエジンベア、エジンバに行っちゃったみたいなんです。」
船を全部使って…
「それじゃあ、俺達は船を手に入れる事ができないのか?」
「いや、ダァマにアーリハーンの船がある事はあります。」
想像どおり、アーリハーンの王がロマルアにいないのはダァマに行っていたからか。
アーリハーン出身者やレバの村の人達をロマルアに丸投げなのはどうかと思うが… そのおかげで船が確保できているのなら良しとしよ
「けど、あなたは、帆船を操縦できますか?」
!
なん… だと…?
「帆船の操縦なんて、できるわけがない。」
「でしょ? 船の免許を持っている人もいるけど、その人も帆船は無理だって。 船乗り達もモンスターだらけの海に出るのはもう嫌だっていうし…」
そうか… そうだよなぁ…
モンスターだらけの海を越えて、せっかくダァマに着いたんだから安全になるまで船に乗りたくないと言う気持ちは当たり前だよなぁ…
「それでね、とりあえずキメラの翼を世界中に行き届かせて、余るようになったら、僕が空を飛んでラーミアの卵のある島まで飛ぶって事になったんだ。」
キメラの翼があれば危険な時にすぐに帰る事ができるからなぁ…
でも待てよ? 今の話で重要なのは
「なるほど… ラーミアの卵はあるのか。」
「うん。 世界樹に宿っている精霊が教えてくれた。」
世界樹の精霊と接触していたのか。
だったらエルフの隠れ里の精霊とも接触済みかもしれないな?
バブルスライムに無駄働きさせてしまったか…
「ヴァラモスの城はいつも暗闇で包まれているから見る事が出来ないし、僕も飛んでいけないんだ。」
「ふむ。」
「だから、ラーミアの卵を孵らせてその背中に乗せてもらえって言われた。」
孵ったばかりの雛の背中に乗れとは…
世界中の精霊もルヴィスと同じくらい酷い奴のようだな。
「それにしても、空を飛べると言うのは便利だな?」
「そうかな? 歩くだけで経験値が溜まるほうが便利だと思うけど??」
確かに戦闘しないで経験値を溜められるのは便利だけれど
「船が無いのに世界樹まで行けたんだろう? 便利じゃないか。」
定期的に行き来しているなら雲の陰くらいなら問題ないんだろうし?
「いや、それほど便利じゃないんだよ。」
「でも」
「その説明はダァマでするよ。 百聞は一見にって言うし、僕も説明しにくいし。」
そんなに面倒な、説明しにくい欠点があるとは思えな
…俺の『力』も結構欠点があるな。 うん。
「わかった。 それで、ダァマへはどうやっ」
「待って、ここに穢れが溜まっているみたいだ。」
「ほいほい。」
その言葉に慌てて離れる。
「ニフラム」
あの風に直接当たると気持ち良さそうだな。
…ニフラムでどれくらい経験値が無駄になるのかというのも少し興味が湧いたけど、それは僧侶になってからいくらでも調べる事ができるから今はやめておこう。
「それで、なんだっけ?」
「ああ、ダァマにはどうやって行けばいい?」
俺を抱えて空を飛べるとは思えないからな。 体が華奢すぎる。
「え?」
「普通に歩いてか? それともお前がキメラの翼を持ってくるのをココで待てばいいのか?」
「えっと、もう1人仲間がくるからその人に運んでもらえばいいよ。」
「もう1人?」
「うん。 その人h」
「おお、ココにいたのか、僧侶様に魔法使い殿。」
「あ、久しぶりですねカンタダさん。」
「僧侶様、あちらのほうに穢れの溜まっている場所が五箇所あります。」
見回りってそれを探していたのか。
「わかりました。」
むう… 話の続きがしたいが、カンタダに聞かせていいのかどうか… …
「忙しそうだし、話の続きは浄化が終わってからって事にしようか。」
「そうだね。」
――――――――――
夜、ロマルア城の廊下で僧侶から太くて長い紐を渡された。
「これをどうしろと?」
「明日か明後日には仲間が来るから、それを使って体を固定するんだよ。」
体を固定?
「ああ、空を飛んで行く時に落ちないようにって事か。」
「…落ちないようにっていうのは当たっているけど、飛んでは行かないよ。」
「うん?」
飛ばないのに体を固定するのか?
「今から来る仲間と俺と、2人をこの紐で固定して飛ぶわけではない?」
「2人を紐で固定するっていうのは当たっているよ。」
…
「情報を小出しにするのはやめないか?」
「…僕はもう慣れちゃったけど、普通は恥ずかしいと思う方法なんだよ。」
全身タイツを着れる人間が恥ずかしいと思うだと?
知るのが怖いが、知らない方がもっと怖い…
「いったい、どんな方法なんだ?」
「おんぶだよ。」
おんぶ?
「僕はロマルアで待っているから、ダァマに着いたらルーラで迎えに来てね?」
「いやいやいや、意味がわからんのだが?」
「彼が来たらわかるよ。 むしろ、彼が来ないとわからないよ。」
うわぁ…
俺の顔ではなく、斜め上の方向を見ながらそんな事言われるとすごく不安になるじゃないか…
ん?
「僧侶様と魔法使い様、こちらにいらっしゃったのですね。」
「姫様、こんな時間になんの用でしょうか?」
「早く寝ないと王が怒るんじゃないか?」
お肌が荒れるって。
「大丈夫ですわ。 今日は人と会う約束や魔物の襲撃も無かったので、お父様はすでにベッドで寝ているはずです。」
おっさん… お前が寝ている間にカンタダと何かあるとは考えていないのか?
…考えていないんだろうなぁ。
「用件はカンタダ様のことです。」
「転職についてですか…」
なんだ、こいつにも相談済みだったのか。
「ルーラがあればダァマに連れて行くのは可能だと思うけど、彼が転職するとは思えません。」
「そうなのか?」
「うん。 『精霊に選ばれた者』は大丈夫らしいけど、普通は転職をすると能力が下がるらしいよ。」
…人間の暴走を抑止するために、転職する時に能力を下げているんじゃなかろうな?
「ですが、魔法使いや僧侶になれば今よりも」
「姫様、言いたい事はわかります。 ですが、彼が転職すると言わない限り協力はできません。」
「そんな…」
ん~…
「ヒャダルコやベギラマを便利だと言っていたから、魔法使いに転職する分には説得しやすいんじゃないか?」
「本当ですか!?」
「たぶんな? でも、説得はあんたがしろよ?」
「わかりました!」
そう叫んでお姫様は走っていった。
ん? なんだその目は?
「はぁ… 彼の個人的な事情だから話せないけど、彼は魔法使いになる気は無いんだよ。」
どういう事だ?
091004/初投稿
091007/誤字脱字修正