ピキィィイン!
ルーラで飛べるようになった時の感覚とは別にもう一つ、『何か』を感じた。
「これは?」
「結界だな。 コレのおかげで外のバケモノはこの中に侵入できないんだそうだ。」
ほう。
そんな素敵な物が存在するのか。 …神殿だからか?
「もっとも、外から入ってこないというだけで、浄化を怠ると結界の中でスライムとかが沸くのだがな。」
おい、それは「はっはっは」と豪快に笑いながら言う事では無いと思うぞ?
やっぱりこのおっさんは苦手だ。 …『苦手じゃないおっさん』というのも居ないけど。
「それじゃあ、ここで紐を解いておくか?」
「おう… そんな結界があるなら安全だろうし、何より疲れたし。」
きつく縛りすぎたと笑いながら言うおっさんの頭に拳骨をする事七回、やっと、大地の上に立てた。
ああ… 揺れないって気持ちいい。
自分のペースで歩けるって、なんて快感なんだろう。
いや、むさい男の背中から離れる事ができた、ただそれだけでも最高だ。
後は寝床を探すだけだと思って辺りを見渡すと、モンスターの襲撃時にロマルアの北門で使われていたようなテントがいっぱいある。
あの童顔から聞いた話だと、確かダァマは神殿で働く神官達と、神殿を中心として難民キャンプのようにダァマ周辺の町や村、アーリハーンの民などが住んでいるはずだったな。
元々建っていたのであろう家屋はまばらで、その何倍ものテントっていう町並み(?)はなかなかシュールだ。
「まさかテント暮らしだとは思っていなかったけど… この際そんなのはどうでもいい、早く寝たい。」
「こらこら、ここではまだ休めないぞ?」
なん… だと…?
「我ら『精霊に選ばれた者』はなるべく神殿を使用するように言われている。 原則としてこのキャンプを利用してはいけないことになっているのだ。」
うええ
「だりい。」
「はっはっは。 もう少しの辛抱だ。」
うぜえ…
体調が万全だったらメラで燃やしてやりたいところだ。
「しかも、神殿は丘の上にあるし、階段長いし…」
「なんなら、もう一度おんぶするか?」
「断固拒否する!」
「はっはっは。」
くそう…
これなら普通に歩いてエルフの隠れ里を探したり、バブルスライムと合流したりすればよかった。
ギャザブやアッサーラムーやイススがどうなっているのか詳しく探索しながら、のんびりダァマを目指せばよかった。
そうしていたら、『精霊に選ばれた者』ではなく一般人としてテントを使わせてもらえていたかもしれないのに…
「ほら、ゆっくりでいいから歩こうじゃないか。」
「…わかってるよ。」
一時間ほどかけて丘と階段を上りきったら、オレンジ色の全身タイツの団体… 僧侶の服を着たのが50人くらいで出迎えてくれた。
「ダァマの神殿へようこそ。」
「どうもー。」
見た目で日本人だとわかる人が―― 5名?
確か、レバの村で救出されたのが10名。
それとは別に、『日の光に当たると空が飛べる』僧侶と、隣で笑っている俺をおぶっていた『ものすごく速く走れる』武道家、そしてリーダーの『すごく遠い場所も見える』僧侶と『影に入ると怪力になる』武道家の、『最初から自分がどんな『力』を持っているのかわかっていた4人』がいると言っていた。
つまり、ダァマの仲間は全部で14人。
1人はロマルアだから… 残りの8人は?
「待っていましたよ。」
「それはどうも。」
黒髪ロン毛の女の言葉に適当な返事を返す。
気になる事はある。
聞けば答えてくれるだろうとも思う。 けれど… 今はとにかく寝かせてくれ。
「ふふ。 疲れているようですね?」
「わかっているなら」
「ええ、気持ちはわかりますから。 ついて来て下さい。」
「おう。」
三日の間、寝るとき以外ずっとおんぶ状態で、それも猛スピードに揺らされていたために溜まった疲れは、改造されて回復力が増したはずの体でも休息がしなければならないほどみたいだ。
…駄目だ。 さっきから疲れている事しか考えられない。
「ここです。」
案内された部屋は1人部屋だった。
ちょっと狭い気がするが、宗教施設の建物の1人部屋ならこんな物なのかもしれない。
「明日、お話しましょうね?」
「はいよ。 おやすみ。」
やっとぐっすり眠る事ができる。
――――――――――
翌日
遅い朝飯を食べた後、黒髪ロン毛の女… リーダーと話し合う。
「肉体改造ですか。」
「ああ、2人はすでに処置済みだ。」
あのうざい武道家も処置済みなのだ。
アイツが来るまでロマルアを歩き回って経験値を溜めていたので、レベルアップのついでに連れて行って処置させたのだ。
元々体を鍛えるのが趣味だったおっさんの身体能力は馬鹿みたいに上がったのが憎らしい…
「それほどの効果があるのなら、希望者は全員… あ、もちろん戦士や武道家を優先して」
「ああ、そうしたほうがいいだろうな。」
戦力が爆発的に! …とはならないだろうが、持久力が上がればそれだけ生存率が上がるだろう。
「それが済んだら、キメラの翼を生産するのに協力してください。」
「キメラの翼を生産?」
「はい。」
実物を見た事無いけれど、翼に傷をつけないようにしてキメラを倒せばいいのか?
それともある程度レベルが上がった魔法使いが必要という事なのか? …でも、それだと道具屋に並べるほど生産できていたという事と矛盾しないか?
そもそも、ダァマ近辺にキメラがいるのか?
「全員の改造に数日かかるでしょうから、その間に準備をしておきます。」
「具体的に何をするんだ?」
「ちょっとグロい事です。」
わあ、素敵な笑顔ですね。
「いや、だから具体的に」
「ちょっとグロい事です。」
「具体的に」
「ちょっとグロい事です。」
「…」
「ふふふ。」
怖い。
コイツの笑顔はロマルアのお姫様と同じくらい… それ以上に怖い。 そして、それ以上に『黒い』。
「キメラの翼を作ったら、それで世界樹の精霊に会いに行ってもらいますね。」
「世界樹の?」
城でも町でも村でもないのに、キメラの翼で行けるのか…
まあ、行けないとこいつらのレベル上げができていないよな。
「はい。」
「何かあるのか?」
世界樹の精霊に興味はあるが、レベルアップとかならアーリハーンでルヴィスにして貰えばいいんじゃないか?
「機嫌が良い時に会えば世界樹の葉をくれます。」
え?
「死んだ人間を生き返らせる事が」
「できません。」
あ、やっぱりできないのか。
まあ、できるんだったらルヴィスが言っているよな。
あの言い合いの時に、『死んだら世界樹の葉を使わない限り生き返らないわよ。』って。
「このダァマの結界を維持するのに必要なんです。」
「へえ?」
この結界って世界樹の葉のおかげなのか。
「最初はいざと言う時の死者復活用として持っておきたいと思ったんですけど」
「そうだな。 もし俺に空を飛ぶ力があったら、できるだけ早い段階で世界樹の葉を取りに行っていると思う。」
死者復活できるアイテムは最高の保険になる。
「それで、おんぶして貰って空から世界樹を見つけて」
…山とかの障害物は、あいつにおんぶして貰う事でクリアしたのか。
「影を作って、怪力でぶん投げて」
「ちょっと待て。」
今、すごい事を聞いた気がするぞ?
「なんですか?」
「ぶん投げたってどういう事だ?」
「え?」
「だから、ぶん投げた」
「あら? 聞いていないのですか?」
ああ。
「あの童顔チビ、日の光の下でしか空を飛べないので雲の影に入っちゃうと落ちちゃうんですよ。」
なんという欠点。
雲の影くらい大丈夫だと思っていたのに…
というか、今すごく酷い言葉を聞いた気がするんだけd 気のせいですね、はい。
「目的地が晴れかどうか、近くに雲は無いかを私が見た後で…
ほら、神殿の入り口に黒い布が巻かれて置いてあったでしょう? あれで影を作って怪力になってもらって、あの童顔チビを目的地まで投げ飛ばして、目的地に着いたら『力』でブレーキと着地をするんですよ。」
あの速度で空を飛べるなんてすごいと思っていたのに…
おんぶされてダァマに帰るという事を聞いた時にもっと疑えば良かった。
ん?
「という事は、世界樹にはあいつが一番乗りだったのか?」
「ええ。 それで精霊から色々聞いて…」
みんな、ショックだったんだろうなぁ…
「それからは… 晴れの日はできるだけ毎日空からレバの村を見て仲間を集めたり、経験値を溜めては世界樹に行ってレベルアップしたりを繰り返していると…」
「繰り返したりしていると?」
「その… ダァマにあるキメラの翼を使い切っちゃいまして…」
なるほど。
「それで、レバの村を見る事をやめたんですけどね。」
ん?
「なんでだ?」
「だって… 助けられないとわかっている人を見つけても辛いだけじゃないですか。」
それは… そうだな。
キメラの翼が無くなった時点で、俺達の運命は…
それはそれとして
改造希望者をアーリハーンへ連れて行き、それが終わったらキメラの翼を作るのを手伝い、世界樹の精霊に会いに行って…
これから忙しくなるな。
091010/初投稿