「44人目にして、ついに勇者が現れたわ!」
「ちょっと待て。」
「これでこの世界の平和を取り戻す事が出来るのね!」
「だから、ちょっと待てと言っている。」
「勇者よ? 勇者なのよ? もっと盛り上がりなさいよ!」
ばきぃっ
「痛いじゃないの…」
「痛くなかったら殴る意味が無いだろうが。」
「何がそんなに不満なのよ?」
不満だらけだ。
「死んだら記録した時点の状態で復活するのが俺の『力』だと言ったな?」
「うん。」
「じゃあ、他の43人は死んでも生き返らないのか?」
「当たり前じゃない。」
「…」
「死んだ命は蘇らない。 あなたの世界でもそうだったでしょう?」
「…」
「様々な世界を旅したけど、どの世界でも死者復活なんて不可能だったわよ? あ、でもそうか。 43人目までの人でも、あなたと同じ『力』を持っていたら復活できるわね。」
ああ、そうだろうよ。
死んだら生き返らない。
確かに改めて言う事でも言われる事もない…
「俺は、ついさっきまでだが、この世界に連れてこられたのは全員、死んでも生き返れるんだと思い込んでいたぞ。」
「は?」
何を言っているのこいつ?という顔で俺を見る馬鹿。
「お前が」
「私が?」
「この世界は」
「うん?」
「ドラクエ3に似ていると言ったから」
「言ったわね?」
「死んでも」
「死んでも?」
「所持金が半分に減るだけで生き返られると思っていたんだよ!」
俺の叫びを聞いてルヴィスは首を右に傾けてこう言った。
「馬鹿?」
ばきぃっ ばきぃっ ばきぃっ ばきぃっ
「うう、レベル1の魔法使いの力だから良いものの、レベル30台の戦士の力だったら私死んでいるところよ?」
「死ぬ前に、自分がした事をきちんと反省しろ。」
「だって…」
「あのな、俺も勘違いしていたから言うけど、そういう大事な事はきちんと言えよ。」
「死んだら終わりなんて、言うまでもなく当たり前の事じゃないの。」
「そうだな、この世界がドラクエ3に似ているってお前が言わなければ、言うまでも無い当たり前の事だったな。」
「しくしくしく」
顔を真っ赤にして泣く馬鹿に、殴りすぎたかと少し反省する。
「今までの子達が、そんな勘違いをしているなんて思わなかったのよぅ。」
「ここがゲームの世界だと言われたらそう勘違いする。」
「『似た世界』って言ったじゃないの!」
やっぱりもう少し殴っておくか
「反省してる! 反省しているから、殴らないで!」
「よし、それじゃあ俺の質問に答えろ。 嘘はつくなよ?」
「イエッサー!」
軍隊物の映画などを見た事があるのか、びしっとポーズを決める。
「まず、昨日の夜も聞いた事から確認しよう。」
「はい!」
「俺を今すぐ帰す事はできないのか?」
「できません!」
「それは何故だ?」
「世界間を移動するゲートは一方通行で、今の私ができるのは他の世界からこっちの世界に移動させる事だけです!」
「なぜ、この世界から他の世界へ移動できないんだ?」
「モンスターのボス、ヴァラモスがこの世界から何者も出て行かないようにしているからです!」
「ヴァラモスを倒せば俺は帰れるんだな?」
「はい!」
「お前では倒せないのか?」
「はい! 倒せるなら他の世界の人間を呼び出したりなんてしません!」
昨日確認した事はこれで全部だが…
「よし、それじゃあ次は初めて聞くことだ。」
「イエッサー!」
「この世界はドラクエ3に似ていると言っていたし、俺の職業が魔法使いだとも言っていたな?」
「はい!」
「経験値はモンスターを倒せば手に入って、ある程度貯まると自動的にレベルアップするんだよな?」
「え?」
「なんだ?」
「自動的にレベルアップなんてしないわよ?」
「ほう?」
「なるほど、当たり前すぎて気づかなかったわ。」
「言ってみろ。」
「この世界は、んーと…」
額に手を当てたポーズで固まる。 待つこと数分。
「世界は、マナとかエーテルとか気とかオーラとか、そういう不思議エネルギーで満ちているの、今はとりあえずマナと呼ぶことにするわね?
で、人間や動物は綺麗なマナを取り込んで汚いマナを出すわけよ。」
「酸素を吸って二酸化炭素を吐くみたいなものか?」
「そう! そんな感じ!! それで、モンスターは汚いマナを取り込みすぎた事で変質した物なの。」
「変質? じゃあ、モンスターを倒すっていうのは」
「あ、変質してモンスターになった時点でまったく別の存在になるから気にせず倒しちゃってね。」
「そうか。」
「そうなの。」
なんだか、あっさり断言するな…
「それよりも、経験値とレベルだ。」
「あ! そうだったわね。」
「なんとなくどんな仕組みかわかったような気がするが、勘違いだと嫌だからな。 最後まで聞くぞ。」
「そうね。 私も勘違い野郎に殴られたくないから最後まで聞いて欲しいわ。」
「いちいちイラっとさせるな。」
「と、とにかく!
モンスターを倒すと汚いマナが飛び出して、近くにいる生き物や物に取り込まれるわ。 これが経験値ね。
そして、その経験値を私が浄化して綺麗なマナにして体に定着させると、力が強くなったり魔法を覚えたりするの。これがレベルアップね。」
やっぱりそうなのか…
「めんどくせー。」
「モンスターを倒せば自動的にレベルアップする、なんて世界だったらモンスターに取られる前に人間に取られているわよ。」
「ああ、それは確かに。」
「他に聞きたい事は?」
「今のところ思いつかんな。 お前はどうだ? 言っておかないといけない事は無いのか?」
「私も思いつかないわ。」
そもそも、ここが本当に異世界だという証拠が目の前の駄目精霊しかいないし、
そんでもって、すでに2回死んだと言われても実感が無い…
「あ」
「なに?」
「もしかして、戦える素質って、俺みたいな性格って事か?」
「ん~。 あなたみたいな性格というよりも…
異世界に来た事を受け入れる事に抵抗が無くて、生き物を攻撃する事にさほど抵抗を持たない性格って言ったほうが正確かしら?
あ、そうそう、私が祈る事で『なんらかの力』に目覚める事ができる。 これが一番重要ね。」
「ふぅむ… ん?」
そういえば、昨日から何も食べていないのに腹が減っていないな
「おい。」
「なんでしょうか?」
「この世界に来てずいぶんたつが、全然腹が減らないのは何でだ?」
「ああ、旅の途中やモンスターと戦っている時にお腹が空いたりしたら大変でしょう?」
「大変だな。」
「だから、大気中のマナだけで生きられるように改造しておきまs」
ばきぃっ
「俺の体に何をした?」
「大丈夫よ? マナを体を動かすエネルギーに出来るだけで、むしろ、あなたの世界に帰ってからも食費を減らせるわ!」
「他には?」
「モンスターとの戦いに備えて、マナを取り込むことで自己治癒能力を向上させたり体力の回復を早めたり。」
「他には?」
「後は… この世界で使われている言葉を話せるようにしたり。」
「他には?」
「これだけよ!」
「本当か?」
「本当です!」
「俺以外の43人にも同じ改造をしたのか?」
「はい!」
ばきぃっ
「ぅぅ、なんで?」
「言っておかないといけない事は無いのか?と聞いて、思いつかないと嘘を言ったからだ。」
「嘘なんて」
「そうか、他人の体を無断で改造した事は言わないでもいい事だと思っているのか。」
「ごめんなさい。 許してください。」
「いいや、だめだn あ」
そうか、レベルアップ以外にも強くなる手段があるって事か。
「あ?」
「改造で、他に何ができる? モンスターからのダメージを減らすとかできないのか?」
「できるけど…」
「できるのか!」
「体が鋼になるわよ? そんな体であの世界に帰ったら珍獣扱いされちゃうわよ?」
「くっ 使えないな!」
「ガーン!」
見た目が変化したら帰るに帰れないわ!
って、俺の見た目はそんなに変わっていないような…
「じゃああれだ、外見の変更無しで強化できるのはどこだ?」
「それなら… 視力とか聴力とか… 筋肉の質とか肺活量とか?」
「よし、やれ。」
「…わかったわ。」
「あ! その前に」
「え? ああ!」
「これまでの冒険を、冒険の書に記録しますか?」
「おうよ。」
「冒険の書に記録しました。 では、冒険の続きを頑張ってください。」
――――――――――
城の外の廃墟
改造されたと言っても視力が1.0から8.0になったわけではない。
100キロメートル先にある物を見えるようになったわけでもない。
例えるなら、アナログからデジタルになったような感じ。
その目で、1匹だけのスライムを見つける。
「メラ」
メラを使うたびに『どう表現していいのかわからない疲れ』を感じる。 ルヴィス曰く、この感覚がMPを使っている証拠なのだそうだが…
指先に生み出した火の玉を、スライムに向かって放つ。
ぐちゃ!
気分はスナイパーってか?
メラが当たって破裂したスライムの残骸から黒い煙のような物が出る。
「汚れたマナ…」
あれを体に入れないとレベルアップできない… すごく嫌だ。
「でも、行かなきゃな。」
できるだけ音を出さないように走って汚いマナを浴びに行く。
筋肉の質とやらが変わって、持久力と瞬発力が増した。 前より速く走れるのにあまり疲れない。
スライムから経験値を得るのはこれで3度目になるが、思っていたような気持ち悪さはない。 精神的にはキツイけど。
でも、これって接近職が誰よりもレベルアップするんじゃないか?
遠くから敵を倒したのに近づかないと意味が無いって、魔法使いには不利な気がする。
「そういえば、スライムがゴールドを落とさないな? …そろそろMPもキツイし、城に戻ってルヴィスに聞いてみるか。」
気が付いたら城からかなり離れた場所まで来ていたようだ…ん?
他と比べて大きな建物があった。
大きな扉の上には大きな看板があり、当たり前だがこの世界の文字で何か書いてある。
「この建物は、まさか…」
中に入ってみると、向かって右側に大きなカウンター、その奥に大きな鉄(?)の金庫がある。
それを無視して進むと、机や椅子の残骸がたくさんある。 ここでも戦闘があったのだろう。
「これだけの机と椅子、そして金庫…」
頭に浮かぶのは…
「ルイーダの酒場? …この廃墟はアリアハンなのか?」
090908/初投稿