ルイーダの酒場ではないかと思われる場所で、休憩のついでに考える。
アリアハンがこんな状態だと言う事は、他の場所も絶望的なんじゃないか?
ルーラを覚えるまではここでレベルアップしようと思っていたが、イオラぐらいまで頑張るか?
というか、人が居ないと言う事は店も無いんだよな?
ずっとTシャツGパンでいないといけないのか?
魔法使いっぽくローブを買って着ようと思っていたんだがな…
誘拐されたのがコンビニに弁当を買いに行く時で良かった。
家の中だったら靴履いて無いからな。 裸足で旅する事になっていたぞ…
がたがた
2階で何かが動いた音がする。
びびった。 「ひっ」と声を出しそうになったじゃないか。
モンスターか? スライムならいいが…
「ァァァアアア」
変な声まで… でも、これって人間の声じゃないか? あ、まほうつかいってモンスターもいたか。
音を立てないように慎重に階段を途中まで上り、すぐに逃げられる体勢でそっと2階を覗く。
そいつは黒髪で茶色の目で、彫りが浅い日本人っぽい顔の女だった。
だが、顔や腕が変に黒い。
なんというか、『健康に悪い日焼け』というか、そんな黒さ。
目は充血している。 息はかなり荒い。
そして、何故か椅子の上で体育座りをしている。
この世界のまほうつかいが俺の知っているのと同じような姿なら、あれはまほうつかいではないだろう。
着ているのがローブではなく俺と同じような私服(と言っても少し派手な感じ)だし…
他の人型モンスターである可能性はあるか?
「グルジイヨヴ…」
よし、たぶん人間だ。
俺は女の前に姿を出す。
…距離はまだ余裕があるからモンスターだったとしても逃げきれるはず。
「よう!」
「!! オデガイ、タズゲデ!!」
女は助けてと言うが、その場から動こうとはしない。
…ふざけているのか?
「助けてと言われてもな? 近くにモンスターもいないし、何から助ければいいんだ?」
「アルグトグルジクダルノ」
「歩くと苦しく? 歩くと?」
なんとなく、理由がわかったような気がする。
だが、俺は学んだのだ。 わかった気になって行動すると痛い目に会うと。
「もしかして、『1歩ごとに1ずつ経験値が入る』のか?」
ルヴィスから聞き出した知識から考えて、それが一番可能性が高いと思う。
女はこくこくと首を縦に振る。 そのとおりだった。
なんという事!
最悪じゃないか!
何が最悪かって、体に汚いマナが溜まるとこんな風に体が黒くなって気持ち悪くなるという事がだ!
くそっ! ルヴィスに聞かないといけない事が増えた。
「よっこらせ。」
触りたくもないが状況が状況だ。
歩くと苦しくなるのなら、これが一番安全で確実な方法だろうしな。
女を背負ってルヴィスの居る城に向かう。
が、発見!
「お!」
「ズライム?」
「すまん、少しの間ここで待っていてくれ。」
「ワダジモダタガヴワ。」
「一匹だけだから必要ない。」
女の足を地面に着けないように下ろす。
…匍匐前進させてもいいかもしれない。
「メラ」
その一言で指先に生まれた火の玉を放つ。
ぐちゃっ
「よし、もう少し待っとけよ?」
「ヴェ?」
走ってスライムの残骸から出る黒い煙を浴びる。
「グロイケヴリヲアビルド、グルシグナル!」
また背負うために戻ると、女はそう叫んだ。
…やっぱり経験値の事を知らないんだな。
「精霊から説明を受けろ。 そうしたらわかる。」
そう言って女を背負って走る。
筋肉改造をしといてよかった。 人間一人背負ってこの速度で足音を立てないように走るなんて、改造前では不可能だった。
本当はもう一戦くらいしたかったが、スライムが見つからないまま城に着いた。
「あら、4日前に旅に出た43番目の子じゃないの。」
「いろいろ聞きたい事があるが、とりあえずこいつのレベルアップを頼む。」
「わかったわ。」
女の肌から黒さが無くなるのに二時間かかった。
――――――――――
レベルが15まで上がった女戦士と一緒にボロボロになったルヴィスに質問を続ける。
「レベルを上げるために廃墟を歩き回ったりスライムを倒して回ったりしたのに、全然強くならないどころか気持ち悪くなった理由がやっとわかったわ。」
戦士で良かったな?
魔法使いだったらそんな状態でスライムと戦うなんてできないぞ。
…改造で治癒能力を強化されていたのもプラスに働いたんだろうな。
「ねぇ、私が死んだら元の世界に帰れないってわかってる?」
「死んでないから問題ない。」
「今知った。」
「ん?」
「ゾーマを倒したら帰れるんだと思ってた。」
俺も最初はそう思った。
けど、バラモスならぬヴァラモスでいいんだぜ?
「…」
「ある種の詐欺だよな。」
「だね。」
「…ごめんなさい。」
レベル15の戦士の力で殴られたのは流石にきつかったのだろう。
だが、まだ聞き出さないといけないことがある。
「さて、これで俺が聞いた事はお前も聞いたわけだ。」
「そうなの?」
「そうね。」
「それじゃあ、今日気づいた事を聞くぞ。」
「うん。」
「よし、じゃあまずは」
女戦士に視線を送ると、うなずいてルヴィスの後ろに移動した。
初対面から四時間くらいしか経っていないのに良くわかってくれる。
「ちょっと! 何のつもり!?」
コブラツイストで拘束されたルヴィスが怒鳴るが無視する。
「モンスターを倒して経験値を得るとあんな風になるのなら、この世界の人間は全員モンスターになっているんじゃないか?」
「え?」
「答えろ。」
「それはね、ほら、ドラクエ3ではセーブしに王や神父に会いに行くでしょう?」
「? それがどうした?」
どこでもセーブできれば良いのにと何度思ったことか…
「あいつらは浄化の力を持っているのよ。」
なんと!
「王や神父がお前と同じ事ができるということか?」
「ううん。 あいつらに出来るのは浄化だけ。 浄化したマナでレベルアップできるのは私達精霊だけよ。」
「ふぅむ…。」
チッ この駄目精霊の世話にならないで済むと思ったのに…
しかし… 言われてみれば、だな。
死んでも生き返らないのなら、わざわざ王様に記録をしてもらう理由は無い。 大臣とかに任せれば良いだけの話だな。
だが、そういう力があるのなら外でモンスターを倒すたびに王様や神父に会いに行く理由として納得できる。
「あ、でもたまに浄化されたマナを取り込める人間が現れるわね。」
「うん?」
「例えるなら… そう、ドラクエ3の勇者の父親の、オルテガみたいな?」
「『みたいな?』と言われてもな?」
「ほら、勇者とその仲間は死んでも生き返るけど、オルテガは死ぬでしょ?」
オルテガも勇者と呼ばれているんだから、死んだら棺桶になっとけと思ったことはある。 が、
「う~ん、言いたい事はわからんでもないんだが…」
「とにかく、そういう体質の人間が時々居るのよ。」
ん?
「そういえば、この前俺を勇者とか言っていたが…」
「そうよ! 何度死んでも何度でも蘇る。 勇者って感じがするでしょ!?」
「へー。 あなた勇者なんだ。」
「俺は貧弱な魔法使いだよ。」
だが、貧弱でも魔法使いで良かった。
モンスターを遠距離攻撃で倒した後に近づきさえしなければ、経験値を得る事がない。
これ以上経験値を獲得したくないという時に、モンスターを倒しても大丈夫というのはかなり便利だ。
「貧弱な魔法使いが私を背負いながらあんなに速く走れるなら、私も改造してもらおうかな。」
「してもらえ。 話が終わった後でな。」
「そうね、私も聞きたいことがあるし。」
「勝手に決めないでよ。 改造って結構疲れるのよ?」
「さて、次の質問だが」
「無視された!」
無視もするさ。
こっちは命が懸かっているんだ。 できる事はやっとかないと。
「ここはアリアハンなのか?」
「え? ここってアリアハンなの?」
「ここはアーリハーン城よ。 ゲームのアリアハンとだいたい同じような場所にあるわ。」
「だいたい同じか」
「ドラクエ3を知っている人にはわかりやすいスタート地点でしょ?」
「わかりやすいけど…」
アリアハンってモンスターも弱くて一番安全な場所だって思っていただけに、廃墟になっていると思うと精神的にくるものがあったんだが…
コイツにはわからんか。
「ここが廃墟になっているという事は、他の城や街も廃墟なのか?」
「ん~と…」
「どうした?」
「世界は、モンスターが人を襲う、兵士が倒す、兵士に経験値が溜まる、王や神父が浄化する、モンスターが人を襲う… というサイクルが行われているのよ。」
「それで?」
「今この世界はモンスターに乗っ取られているから、モンスターが人を襲う頻度が増えて、兵士が倒す事も増えて、経験値が溜まるのも…って感じでサイクルが速くなっているの。」
「ああ、なるほど…」
「この子を浄化するのにかなり時間がかかったでしょう?
サイクルが速くなると王と神父が浄化するのが間に合わなくなっちゃうから」
「ココに住んでいたやつらは、他所の城へ行ったのか。」
「そういう事。 モンスターの数が多すぎて兵士が足りないとか、どうせ防御しか出来ないのなら頑丈な場所に避難したほうが良いとかって事もあるみたいだけどね。」
良かった。
最悪、こいつに拉致された44人… 下手したら俺とそいつの2人で戦わないといけないのかと思ったぜ。
「それじゃあ次の質問だ。」
「まだあるの?」
「この世界でお金を得るにはどうしたらいい?」
「働けば?」
090910/初投稿