廃墟は廃墟でも、まずは城を漁る。
アーリハーン城は二階建ての単純な作りだった。 …流石にゲームのアリアハン城ほどではないが。
ルヴィスのいる二階は区切りの無い大広間なので一階を調べる。
「中身は空っぽだね。」
「この箱、盗難防止の為なのか無駄に重い。 アーリハーンの人達が中身だけ持って行ったんじゃないか?」
この小さな部屋には、王族の貴重品があったのだろう。
「そうだね… 『ひのきのぼう』でもいいから欲しかったんだけどなぁ…」
「気持ちはわかるが、宝箱に『ひのきのぼう』を入れるような王族なんていて欲しくないな。」
「…」
「もっとも、入り口から謁見場まで直通という、王族を守るつもりが微塵も感じられない構造の城に住んでいた時点で、この世界の人間の常識なんて俺には理解できないわけだが。」
後でこの世界の文化とかをルヴィスに聞いたほうがいいだろうか? …理解できそうに無いが。
「あのさ、」
「ん?」
「それはほら、行商人とか旅人とかは街に入ってすぐに浄化しないといけなからじゃないの?」
なるほど!!
「そう言われると理解できるな。 そう言う理由なら、山のある東側に小さな扉しか無いのも頷ける。」
城下町を囲う高く大きな塀には、大きな門が海の方向の南側と橋のある北北西側にあることがすでにわかっている。
「廃墟を調べるのに三日はかかるだろうから、夜はルヴィスにこの世界の文化について聞くことにするか。」
「建物は西洋風だけど、ココはファンタジーな世界だもんね。」
旅に出たらこの世界の人に会うだろうから、知っておかないといけない事って意外と多そうだ。
「それじゃ、次は厨房を探すか。 包丁とか刃物があればいいが…」
「すりこぎ棒とかでもいいけどね。 あれって結構固いからスライムくらいなら叩き潰せそう。」
「棒に関してはお前がいた建物の壊れた椅子の足とかでもいいんじゃないか?」
「角ばってたから、握りが甘くなるわよ?」
「ふむ…」
そんな感じで城の中を漁ったが、使えそうなのは厨房にあった大きくて丈夫な袋くらいだった。
「鍋とかの金属製品は武器や防具に再利用できるだろうから全部持っていったんだろうけど…」
「スニーカーっぽい足跡から考えると、すりこぎ棒とかは42人の内の誰かが持って行ったな。」
「もうっ!」
がん!
「壁を叩くな。 城の中の物を持って行った奴は城下町の物を持って行ってないって事だ。 城下町を探して何も無かった時に悔しがればいい。」
「…うん。」
同じように城下町を探索してから三日後、俺は魔法使いレベル3になって、戦士レベル15は魔法使いレベル1になった。
一応、戦士から魔法使いに転職する前に、あったら楽なので『職業・遊び人』の有無をルヴィスに確認した。
これまでに知った『ゲームとこの世界の違い』と、『レベルアップが精霊にしかできない事』と『職業が魔法使いなのに勇者と呼ばれた事』から、予想していたけれど…
「貧弱な魔法使いのあなたを『勇者』って呼んだでしょ? 勇者も遊び人も、ついでに賢者も、他人からの評価であって『職業』じゃないわ。」
俺の問いに「何当たり前の事を?」という顔でそう答えたルヴィスには右ストレートをしておいた。
しかし、遊び人から賢者になれないという『予想していた残念な真実』とは別に、『予想外の嬉しい真実』もわかった。
レベル15の戦士は椅子の足でスライム5匹を薙ぎ払うことができたのだが、魔法使いになってもそれができたのだ。
「ステータス半減じゃないんだ?」
「ええ。」
「魔法も近接戦もできるようになるのか…」
「でも、無限に強くなるわけじゃないのよ? イメージとしては… そう! ステータス255までは上がるけど、それ以上にはならないって感じね。」
「…この前、モンスターを倒すだけでレベルが上がるなら世界は人間に取られているとか言っていたような気がするんだが? 人間の成長に限界があるのなら」
「レベル30の戦士に殴られ続けたら死ぬとも言ったでしょう?」
「ふぅむ…」
それなら、この駄目精霊が武器や防具はいらないと判断したのも仕方ない。
仕方ないのだが…
「レベル1の時には武器があったほうが安全だって事に変わりは無いのよ?」
「痛い痛い痛い! やめて! プロレスの技って間接が本当にやばっ」
「安心して、これはプロレスの技じゃないわ。」
「え?」
「柔道の技よ!」
「いたたたた!!」
腕挫十字固は確かに柔道の技だが、腕挫ぎ逆十字固という別名があって、プロレスではそっちの方で呼ばれているんじゃなかったか?
あれ? プロレスから柔道に? 柔道からプロレスに? ??? こんがらがってきた。
まあ、この馬鹿精霊には良い薬だ。
魔法使いはレベルが上がって力が増えても、スライムを倒すのに椅子の足で3回も叩かないといけないしな…
そしてさらに二日後、俺のレベルは変わらないのにコイツはルーラを覚えたわけだが…
「レバの村に行ってみない?」
「うん?」
「ギラとイオを使えるから行けると思うのよ。」
「レバの村はアーリハーンとロマルア間の休養地、農業が主要産業だけど現金収入の殆どは旅人の宿泊料ね。」
レバの村? ああ、レーベの村か。 で、ロマルアがロマリアだったか?
ギラの指先から出る細い火炎放射はスライム複数を薙ぎ払うし、イオの威力はギラと同じくらいだが効果範囲がまさに爆発だった。
…レバの村までなら行けるか?
「ほら、結局このアーリハーンじゃナイフの一本も無かったじゃない?」
「ああ。 武器になるものは全部持っていったみたいだな。」
…スニーカーやジャンパーがあったから、俺達の前に来た42人の先輩達が漁った後って可能性もあるけど。」
「それよ! それ!」
「?」
「先輩達が持って行ったんなら、レバには何か残っているかもしれないわ!」
「ん? 42人もいたんだぞ? 期待できるか?」
「ほら、レバは農村じゃない? 鎌とか、あれ… 大きいフォークっぽいやつ、ああいうのがあったとしてよ?」
「フォークっぽいやつ? …あれの名前はフォークでいいぞ。」
「とにかく、そういうのが残っていたら、ココから持って行った物と交換しているかもしれないじゃない?」
ふぅむ…
可能性は低いが、いつまでもココでスライム虐めをしているわけにもいかないし
「お前がルーラを使えるし… 駄目で元々、行ってみるか。」
「もし、私が呼んだ子がいたら連れてきてね? 新しい子を呼ばずに力を溜めているのはあなた達と同じ改造をするためなんだから。」
「もちろんよ。」
「わかっているさ。」
俺達の言葉にルヴィスは笑顔になった。
「それじゃあ、冒険の書に記録しますか?」
「ああ。」
「はい。」
「冒険の書に記録しました。 がんばってねー。」
しかし…
レバの村に着いた俺達は倒れていた。
「はあ… 疲れた。」
「本当、二日もかかるとは思わなかった…」
「途中で小屋が無かったら夜も歩く事になっていたな。」
ボロ小屋だったがあって良かった。
「ねえ?」
「なんだ?」
「ここまでスライムしか出なかったってことは、この島に動物は私達しかいないってことなのかな?」
マナは生き物が汚す。
汚れたマナが動物や物に溜まってモンスターになる。
そして、ルヴィスはこの島で浄化を続けている。
俺達が汚した分はこいつの経験値になっているらしいから、廃墟のスライムは人間が生活していた時に溜まったものから、外にいるスライムは木々や草等の植物が汚したマナから生まれているわけだ。
もしも、俺達2人と植物の他に生き物がいたら、スライムの数が増えるか他のモンスターが生まれているとルヴィスが言っていたが…
「どうだろうな?」
「?」
「襲ってくるスライムの数は増えているだろ?」
「そうだけど… 考えてみてよ。」
「うん?」
「東京ドームの中心に家庭用の空気清浄機が1台あったとして…」
シュールだな。
「綺麗になるのは空気清浄機の周りだけだから、東京ドーム中の空気が綺麗になるには綺麗になった空気と汚い空気が入れ替わらないといけないでしょ?」
「なんとなく言いたい事はわかった。
…要するに、ルヴィスから離れれば離れるほどモンスターの種類が増えるはずなのに、スライムとしか会わないって事は、この島の汚れは殆ど浄化できているじゃないかって事だな?」
例え話って以外と難しいから無理はするな…
「うん。」
「う~ん…」
この島から人がいなくなって一年たった頃にルヴィスはここの担当として呼び戻されて、その後は三日から五日おきに1人ずつ拉致したと言っていた…
「何よ?」
「この島が無人になって二年もたっていないらしいのに、城も町もこの村もボロボロになりすぎていないか?」
「それが?」
「島から他所へ移らないといけないくらいの襲撃があったとして、そのモンスターが全部スライムって事はないと思うんだ。」
スライムがやったとは思えないような、大きな爪の跡が残っている建物とかがたくさんあった。
「そうね。」
「アーリハーンの船が足りなかったらしいから、レバの村の人達は旅の扉を使ったって言っていただろ?」
「…結局何が言いたいの?」
「モンスターが旅の扉を使っていないかぎり、ルヴィスから離れた場所に避難している可能性は高いんじゃないか?」
例えば、このレバの村あたりに…
「でも、ルヴィスがこの島に来たのは人がいなくなって一年後でしょ? 一年の間に人間を追いかけて行ったんじゃない?」
「その場合はロマルアが滅びている可能性が増すな。」
アーリハーンの王族と兵士が船で向かったのがロマルアなら味方と敵でトントンかもしれない。
しかし、地図で見ると船ならロマルアよりダァマ(ダーマ)のほうが近いので…
その場合ロマルアは戦力にならない村人を受け入れた上でアーリハーンからの敵を迎え撃たなければならない。
「…」
「旅の扉から汚れたマナがどれくらい流れてきているかどうかが知りたいな。」
汚れたマナがたくさん流れてきているなら、それは扉の向こうに生き物たくさんがいるって事で、つまりロマルアが無事だということだ。
「城に戻ってルヴィスに聞いてみる?」
「…村を探索してからな。」
「うん。」
休憩の後、二手に分かれて村の探索をした。
「1個だけど、フォークがあったわ。」
「それは上々。 俺も1個見つけた。」
小さなスライムに当てる自信は無いが、相手が人間サイズならよほど素早くない限り何とかなるだろう。
「これで接近戦もやれるわ。」
「ああ、元戦士の実力を見せてもらおう。」
まあ、それよりも、だ
「それはそれとして、だ。」
「え?」
「俺が担当した方に、武器屋っぽいのと防具屋っぽいのがあったんだ。」
「私のとこには鍛冶屋さんみたいながあったよ。」
「スニーカーの靴跡があった。」
「あったの?」
「俺達のと違う靴跡が10はあった。」
「本当!?」
「ああ、本当だ。」
「それじゃあ、最低でも10人はここまで来れたんだ!」
喜びの声を上げているとこ悪いが、続きがあるんだ。
「ちょっと来い。」
「え?」
そう言って俺は道具屋っぽい家に向かう。
「なんなの?」
「天井を見ろ。」
「天井? え!?」
『ダーマ に います
きゅうじょ 正正
ししゃ 正
きめらのつばさ が なくなった
ロマリア への たびのとびら あけとく』
「これって…」
「これを書いたのが何人目かわからんが、ダァマには最低でも11人の先輩がいるみたいだな。」
「…すごい。」
「たぶん、これを書いたのは『すごく遠い場所も見える力』を持っている人だろう。」
「ダァマからココが見えているって事!?」
「たぶんな。」
だが、重要なのはそこじゃない。
はあ…
「生きている先輩も見つけた。」
「本当!? どこにいるのよ!?」
ああ、ある意味『生きている』。
「いいか、絶対に攻撃するなよ?」
「何言っているのよ? 先輩に攻撃なんてするわけないじゃないの!」
どこどこ?と辺りをキョロキョロ見渡してもなぁ…
「…出てこいよ。」
俺の言葉にぴょこりと姿を現す一匹の
「僕、悪いスライムじゃないよ!」
090913/初投稿