あすなん日記 序の巻 x月x日 きょうタダオに日記をもらった。 じょーそーきょーいくのために、なんかあったこととかを書いたらいいらしい。 とりあえずきょうはこれだけ。 x月x日 まほらについた。 ここでタカミチたちとしばらくオワカレらしい。 きょうからアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアではなく神楽坂明日菜になる。 しあわせになりな、っていったガトウさんのさいごのことば。 だいじょうぶだよ、ガトウさん。 タダオのそばにいれば、かならずしあわせになれるとおもうから。 「忠夫さん、姫様を、よろしくお願いします」 そう言って頭を下げる僕は、2人との別れに、少し気落ちする。 彼は僕の憧れの一人だったし、姫様は師匠から託された、大切な娘だったから。「安心しろ、タカミチ。10年位してほとぼりが冷めたら、一度顔出すからよ。」「ハハハ……、また、そんな簡単に言っちゃって、良いんですか?」「まあな。キチンと魔力がありゃー、何とかなるさ」 彼は僕の背中をバンッと思いっきり叩くと、そのままワシャワシャと僕の頭を撫でた。 まるで、初めて会った時のように。「止して下さい、僕はもう大人ですよ。大体、背だって、もう僕の方が高いでしょう?」 僕は目頭が熱くなるのに耐えながら強がる。 彼は簡単に言うが、恐らく、もう、会えない。 彼は帰ってしまうんだから。 自分の世界、此処とは違う平行世界に。 横島忠夫。 僕の目標の一人。師匠やナギとは、また違った意味ではあるけれど。 何も知らない奴らは、彼の事を『紅き翼の汚点』と、そんな風に呼ぶ。 普段が普段だから、まあ、仕方ないのだけれど。 でも、僕ら孤児達は知っている。彼がどんなに勇敢だったか。 不利な状況を引っ掻き回し覆す、ワイルドカードなんだと。 光る盾と、変幻自在の魔力の剣。 それらを用いて、敵に操られた悪霊や妖魔を退治し解放する、この世界でたった一人のゴーストスイーパー。 僕らはナギの絶大な力に憧れ、ラカンの無茶苦茶ぶりに畏れ、詠春の剣技に見惚れ……そして、彼の明るさに救われた。 そんな彼がいなくなってしまう。 師匠が死に、ナギが消え、アルまで行方不明。 そして今度は……。「しっかしアレだなー。詠春の裏切り者め、見送りにも来ないったー、どーゆーことじゃーっ! そういやあの野郎、俺を裏切って美人のねーちゃんと結婚しやがって! 今頃、あーんな事や、うっふーんな事をやりまくってんに違いないっ!!」 くっそーねたましやーー!!と叫びながら、懐から藁人形と五寸釘を取り出し壁に打ち付けた。 カーン、カーンとしばらく打ち付けていると、「ぎゃー!!」と突然のたうち回る。「呪詛返しですね。詠春さん、忠夫さん対策はバッチリって言ってましたよ」「くっそー、あんにゃろめー。いつか必ず、我らみなしご達の憎しみを喰らわせてやるっ!」 空に向って吠える彼を見て、ハハハと笑いながら、先程までの暗い気持ちが少し吹き飛んだのが良く分かる。 気を使わせちゃったかな、そう思いながら。「詠春さんは組織の方の問題で、麻帆良には来れないんですよ。関東と関西は、今はちょっと、アレですからね……」「ま、あんな顔色悪いおっさんはどうでも良いかっ! ん~っ、しかしなんだな。いざ自分の世界に帰るとなると、色々と惜しくなるもんだな。この世界で、まだ見ぬ美人のおね~さんとの逢瀬の機会をのgぶぎゃ。」 ズザザーと20~30メートルきりもみながら吹き飛び、地面にめり込む。 それを成したのは、まだ幼い少女。 無表情のまま拳を突き立て、フン!と鼻をならす。「無音拳…?」 呆然としたかの様につぶやくと、「違うよ?コレは天馬彗星拳。タダオに教わったの。ガトウさんのじゃないよ。」「いやいや、無音拳でしょ、どうみても」 そう言うと彼女は「ぶぅー」とふくれ、ぼそっと「天馬彗星拳だもん」と言い走って行ってしまう。「痛いやないかーーーっ、アスナ! って、あれ? どこ行った、あのお転婆はっ!」「アスナちゃんをお転婆にしたのは貴方ですよ。っていうか、あの子は貴方以外にはそんな事しません。」「なんじゃ、まるでワイが悪いみたいやないかーーーーっ!!」 そのまま、うぉーんと泣き叫ぶ彼を斜め見しながら、みたい、じゃなくて、そう、なんですよ。 と言いたかったのだが我慢して無理矢理話を戻す。 何故なら、世界樹から光が溢れ出し、そして彼を中心としてちょうど真逆の位置に、混沌とした渦巻き状の何かが出現し始めていたから。「そろそろ、行かれるんですね……」「ん~、そうだな。何十年も故郷の味から遠ざかってたから、あっちに帰ったら郷愁と腹を満たすでーーーーっ!!」「ははは……」「元の世界に帰っても、しばらくは金には困らねーだろーし。しばらくは諸国漫遊美味いもの巡りじゃ」 彼はそこまで言うと、こちらを見てニカッと僕等の好きな笑みを見せる。「あ、俺らの戸籍、キチンとしとけよ。ここまでは結構、無理矢理きたかんなー。これからの事考えると、やっぱ戸籍は必要不可欠だかんな」「あ、あっちに帰るんですから、そんな物はいらないでしょう?」「ばーか、言ったろうが。ほとぼり冷めたら、こっちに顔出すって」 僕は、目から溢れ出して来る液体をそのままに、彼に分かりましたと告げると、思いっきり腕で目を擦る。 そのまましゃくり上げるのを堪えながら彼の言葉に耳を傾けた。「お前はな、オレやナギと違って特殊な才能なんて持ち合わせていねー。クルトの様に小器用でもねー。 でもな、お前は努力の才能がある。それは俺やナギには無いもんだ。 強くなれっ! てめーには、その義務がある。ガトウから学んだ事を、忘れんなよ……」「は、はいっ!!」 僕は大きく返事をした。 必ず、絶対に貴方達に追いついてみせます。 そう心に誓って。「おう。おーいアースナちゃーん。そろそろ行くぞー」 はーい、と遠くから走ってくる。「何か面白いもんでもあったか?」 大きく手を広げ、「あのおっきい木の所に行ってた。あの木、なんかピカピカしてて、あったかい」と言いながら彼の胸に飛び込む。 彼はそのまま彼女を抱き上げると、「んじゃ行こっか。俺の生まれ故郷。」「うんっ」額を横島の胸にこすりつけながら頷く。 そんな彼らを見ながら、彼、タカミチ・T・高畑は思うのだ。 申し訳ありません、師匠。 師匠の最後の言葉、姫様の記憶を消す。それを守る事は出来ません。 でも、彼なら大丈夫です。 きっとあの子を、僕らが守れなかった女の子を、幸せいっぱいにしてくれます。 彼は姫様を抱きかかえたまま、「そいやっ」掛け声を上げて飛び上がると、そのまま黒い渦の中心へと飛んでいく。「じゃーなっ、タカミチっ! 今度合う時までに、俺達なんかより強くなってなきゃ、しょーちしねーかんなっ!!」「む、むちゃ、い、いわ、ないで、くださ、いよ……」 ボロボロと涙を流しながら、必死で声を絞り出す。 彼はそんな僕を見ると、苦笑しながら大きく手を振る。 それに合わせて僕も、そして姫様も手を振る。 そして、彼が渦の中心部に到達した瞬間、渦が四散した。 シーンと静まり返る。もう、あの人は、この世界のどこにもいないんだ。 呆然と、いつまでも彼が消えた場所を見続ける。「フン、とんでもないヤツだな。ナギが自慢してたワイルドカード。帰してしまったのは惜しかったかも、な……」「エヴァ……」「いつまで泣いている。強く、誰よりも強くなるんじゃないのか?」 エヴァの言葉に、大きく頷く。「ならば、さっさと動け。お前の為に、別荘を用意しよう。全ては咸卦法を習得してからだ」「ああ、ありがとう、エヴァ」「フ、フンッ!」 エヴァは顔を真っ赤に染めて、そっぽ向く。 そんな彼女を見て、僕は少し笑ってしまう。「な、何を笑っているっ! 判っているのか? お前がこれから歩もうとしている道が、どれだけ険しいのかを」「ああ、判っているさ」「フッ。貴様が咸卦法を習得した暁には、この私、自らの手で鍛え上げてやる。誰にも負けぬ、そんな強さを貴様にくれてやろう。良い暇つぶしになるしな。 それにしてもなんだ……。ヨコシマの力ってのは、一体なんだったんだ? 空間を割って平行世界移動など、正直言って、魔法世界の馬鹿共が聞いたら面倒事が起きる程だぞ」「フォッフォッ、それはワシも気になるのう」 この麻帆良学園の理事長にして、学園最強の魔法使い。そして関東魔法協会の理事でもある近衛近右衛門。 先程まではエヴァと一緒に、忠夫さんの張った結界の外側で待機していたんだけど。 グルッと周囲を見てみると、ザワザワと驚愕の声を上げている魔法関係者達。 きっと、自分達が蔑み、見下していた彼の圧倒的に訳が判らない力に、びびってるんだろうね。「さあ、僕にはなんとも。ただ、一度聞いた事があります。彼の力は創造力と、何より『煩悩』だって」 そう言って、僕は大きく笑い声を上げた。 同じように楽しそうに笑う学園長と、頬を引き攣らせるエヴァ。 そして、煩悩と聞いて吐き捨てる感を態度に表す魔法関係者達。 ま、彼は立派な魔法使いには、絶対になれない人だからね。 「さあ、エヴァ、案内してくれ。僕には一分一秒が大切なんだ。僕の様な凡人は、人の10倍、いや、百倍も千倍も努力しないとね」 僕が闇の福音に頼るのが面白くないんだろう。 ざわざわとした不快な視線を向けてくる。 この様子じゃ、例え赤い翼の関係者でも、立派な魔法使いには認定されなくなっちゃうな。 もっとも、元来魔法の詠唱が出来ない僕だ。どの道無理だったろうさ。 慌てて僕を先導して歩くエヴァの後ろを歩きながら、沢山あった肩の荷が無くなった事に気づく。 これからする事は単純だ。 まずは強くなる。彼らにだって負けないほどに。 そして、沢山の人達を救う力となるんだ。「ワシもそろそろ、ここの大掃除をせねばならん時期じゃのう」 学園長が、先程からざわめいている魔法関係者達に、冷たい目線を向ける。「その時は、よろしく頼むぞい」 ポンッと僕の肩を叩きながらそう言い残すと、ささっと何処かへ行ってしまった。 学園長の言葉など気にも止めず、僕は彼が消えた空間に目をやる。 そして、心に誓う。 今度あなたと会う時には、胸を張れる自分で有れる様に、と……。 ワタシとタダオが、何処までも暗い空間を抜けると、そこは…… 普通の街並みだった。「ね、タダオ。ここがタダオの生まれたトコなの?」「生まれたトコってか、生まれた世界やな。たぶん……」 タダオは標識を見て現在位置を確かめると、ワタシを抱っこしたまま歩き出す。「ね、どこに行くの?」「事務所。まだ在るといいんだけどなぁ」 ガタンゴトンと電車に揺られたり、途中で自転車を買って、すごいはやさで走りぬけたりしたり。 いろいろあって、ついについた。 そこそこりっぱなたてもの。「おーい、人口幽霊一号やーい。俺の事、覚えてっか~」「よ、横島さん!? ちょ、ちょっとお待ちをっ! 今すぐオーナーを呼んできますっ!!」 どこからともなく声が聞こえる。 タダオが言ってた生きてるたてものさん。ふしぎ……。 タダオは落ち着かない様子で、ソワソワ、ドキドキ。「どうしたの?」「あ、ああ、なんてーか、その……」 そして、またソワソワ、ドキドキ。 だいじょうぶかなぁ? ドタドタと轟音を立てながら、建物から出てくる一人の女性。 既に60近い年であろうに、未だ若々しい彼女は、物凄い形相で彼を睨みつけた。「ヒィッ、すんません、美神さーんっ!」 そのまま土下座しそうな勢いで謝る彼。 そんな彼を苦笑しながら見つめると、彼女は一転して懐かしそうな表情を浮かべる。 そして……、「おかえりなさい、横島クン」 この世界から吹き飛ばされて40年弱。 遂に自分が居るべきはず『だった』場所に帰ってきた横島。 止まっていた時が、再び流れ始める。 残酷にも、過ぎ去った時間はそのままに。 x月x日 ここは20XX年。 もといたばしょよりも、じかんがすすんでいる。 たくさんのヒトとあった。 みんなタダオをいっぱいたたく。 でもね、みんなうれしそう。 タダオもいっぱいわらってた。 きょうから、ここが、ワタシのすむせかい。