それは、いつもとはちょっと違う日常。 その日、私達は世界の裏側を知る。 残酷で凄惨な現実と、それと戦う魔法使い達。 そして、世界平和よりも美人のねーちゃんと、あーんな事や、こーんな事してる方が良いに決まってる!! こんな事を平然と言ってのける、いつも楽しそうなあの人。「お待たせしました、ちづるさん。さあ、帰りましょうか」「そうね、外も薄暗くなってきたわ。夏美が待ってるから、早く帰らなきゃいけないわね」 この日、いつもと違う行動を取っていた私とあやか。 終業式が終わり、明日から夏休みと、少し浮かれていた私達。 数日中には実家に帰るからと、休み中にやれば良かった様々な案件を一気に終わらせようとしたあやか。 それに付き合った私。「手伝って下さって、本当にありがとうございますわ、ちづるさん」「いいのよ、あやか。そんな事より、あやかは少し手を抜く事を覚えた方がいいわね」 教室を出て、そのまま帰路につけばいいものを、私達は何かに導かれるようにそこに行ってしまった。 外は薄暗く、門限も近いというのに、なのに、なんで? 私達は導かれたのかもしれない。 世界樹と呼ばれる、大きな大きな巨大樹に…… まほらのほほん記 第1巻 その日、ちづ語り 何かに導かれるように私達が世界樹の麓に来ると、そこには一人の仮装をした青年が佇んでいました。 学園祭の仮装の様な緑色の服と帽子。そして鈴の音をちりんと響かせて。 10人が見れば9人は振り返る様な美貌。女顔で、一見温和で優しげな印象を受ける。 青年はこちらに気づくと、とても誠実そうな笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。 私はその瞬間、背筋がゾッとした。 危険だ。この青年は危険だ! 私の中の何かがそう訴える。 隣のあやかも同じ感じ方をしているようで、どこか顔色が悪い。「……逃げますわよ」 あやかがボソッと私にだけ聞こえる様に囁く。 彼女は他人に対して、いきなりこんな対応をする子ではない。 なのに迷わず『逃げる』そう判断したのだ。 でも、それは私も一緒。 私は小声で「……そうね」と告げ、すぐさま踵を返そうとしたその時、彼は私達のすぐ目の前に突如現れた。 驚きの表情を浮かべているであろう私達など気にもせず、彼は私達に向って話しかける。「酷いなぁ~、いきなり逃げ出す相談なんて。流石の僕も少し傷ついてしまいましたよ」 胸に手を当て、心底傷つきましたと言わんばかりの口調。 私はそれに対して、礼儀正しく答えを返す。 内心の恐れを隠しながら……「あら、それは申し訳ありません。ですが、こんな暗がりで見知らぬ男性に出くわしたのなら、逃げても可笑しく無いと思うのだけど?」 私の答えを聞くと、彼は右手中指に括りつけてある鈴を、ちりん、ちりんと鳴らしながら、楽しそうにする。「ははは、それはそうかも知れませんね。確かに、僕は危険な存在ですから……」 そう言って、ニヤリと冷酷そうな笑みを浮かべる。 彼の背後が光輝き、魔法陣みたいな物が彼を囲む様に空中に現れた。 あまりに非現実的な光景。 あやかはその魔法陣めいた物が空中に現れた瞬間、私の手を握り締める。「に、逃げますわよ、今度こそ……」 震え、掠れた声で私に囁いてくる。 正直、今すぐにでも、気を失ってしまいたい。 だって、その魔法陣から虹彩色の巨大な蟷螂が出てきたのだから。 その化け物は、お腹の部分が巨大で透明なタンクをつけた姿で、私達を見るや嬉しそうに咆哮を上げる。「キシャアアアアァァッ!!」 ああ、ここはいつからパニック映画の世界になったのかしら? ウネウネとした触手を腹の下から大量に出してくる化け物を見て、私は現実逃避なのか少しそう思ってしまった。「ふふふ、逃がさないよ。この大樹の魔力を奪うには、少しばかり手間取りそうなんでね。 それに、招待したはずの人がまだ来ないんですよ。 そんな訳で、ちょっとした暇つぶしがてらに、君達の精を頂くとしようか……」 私とあやかは迷わず後ろを振り向くと、互いの手を握り合ったまま全力で逃げ出した。 はぁ、はぁ、と荒く息を吐きながら、必死で駆ける。 そんな私達に、とても楽しそうに笑いながら「やれっ!」と、化け物をけしかけて来る。 私は前を見ていたから分らなかったけれど、後ろから多数の触手が私達を襲ってきた。「キャアッ!?」 あやかの掠れた恐怖の悲鳴。 化け物の触手があやかの足首を掴んで離さない。 足を引っ張られ、体勢を崩してズザザザーっと転んでしまう私達。 そのままズリズリと化け物の方に引き摺られていくあやかを、必死に抱き止め抵抗する。「わ、たくしの事はいいです。ちずるさんだけでもお逃げなさいっ!」 怖いだろうに……、それでも私の事を思い、そう言ってくれる彼女を見捨てる事が出来るわけが無い。 私は少し怒った口調で、「馬鹿な事は言わないのっ!」 そう言いながら、あやかの足首を掴んで離さない触手を、必死で振りほどこうと引っぱったり叩いたりする私。 でも触手はゴムのような弾力で、傷一つつかないし、私の力ではどうにもならない。 どうしよう、どうすれば…… 私がそうやって悩んでいると、「私の事はいいから、早くお逃げなさいっ!!」 あやかの絶叫が辺りに響き渡る。 背中には人の気配。 あやかはこの事を言ってるのね。 あの緑色の服を着た青年だろう。 瞬間、私の身体中の毛穴から、ドッと脂汗の様な物が滲み出てくるのが分った。 ドクドクと早鐘のように鳴る私の心臓。恐怖からか、視界が狭くなっていく。 彼はそんな私の正面に回り腰に手を回すと、自分の方へと抱き寄せる。 気色悪い…… ムワッとする程の血の匂いを感じる。 私は震えそうになる体を必死で抑え、「申し訳ありませんが、放して貰えませんか? 貴方は私の好みでは無いので」 私がそう言うと、青年は一瞬目を丸くし、その後大声で笑い出す。 一頻り笑うと、今度は興味深そうに私の頬を撫ですくう。 背筋が怖気走る。手の平から嫌な汗が吹き出る。「これはこれは、随分とまあ気丈な。それとも現実を把握していないのですか?」 視界の端には、少しづつ化け物の方へと引き摺られていくあやかが見える。 彼女は自分が一番危険だと言うのに、相変わらず此方を心配している様だ。 涙を浮かべ、必死で、逃げて! そう叫ぶ彼女。 その様を見て、私は思わずクスリと軽く微笑む。 心に蔓延っていた恐怖が薄れていく。 私は薄れ行く恐怖を、軽く深呼吸をして完全に振り払うと、私の頬を撫でる青年の手を、パシンと叩き払った。「おや、本当に嫌われてしまったのかな? 残念ですよ、貴女の様な気の強い女性が僕の好みなんで」 そして、青年はニヤリと笑うと、私の方へと手を伸ばす。 イヤらしく、わざわざゆっくりとした趣で。 私はそんな彼をキッと睨みつけると、一発引っ叩いてやろうと手を上げる。 とその時、彼は見えない何かに突き飛ばされる様に、私の視界から消え去った。 ドドーン! と何かが破裂する様な音。そして、気づくと私の右横に高畑先生が。「どうやら間に合ったようだね」「た、高畑せんせ……い?」 私は呆然と先生の方を見ると、慌ててあやかの助けを求めようとする。 が、先生は私の口を開く前に、あやかの方を見ると、「もう大丈夫。僕達が来たからには、彼の好きにはさせないから」 言うが否や先生の姿が掻き消える。 何をしたのか、あやかに纏わりついていた触手がバシュンっと弾け飛ぶ。 あやかは自分の目の前に突然現れた高畑先生に、特に驚く事無く礼を述べると、私の方へと小走りにやって来る。 目の端に涙を浮かべ、私に抱きついて来ると、「何故さっさと逃げなかったのですかっ!」あやかは泣きそうな声で私に怒ってきた。 それを微笑ましそうに眺める高畑先生。 でも…… パチパチパチ…… 場にそぐわぬ拍手が辺りに響き渡った。 拍手に応えるよう、今まで特に何も仕掛けてこなかった化け物が咆哮を上げる。 それに対し、高畑先生が化け物に相対しようとするが、「困りますね、タカミチくん。君の相手は僕ですよ? 君を殺し、この大樹から魔力を根こそぎ貰うのですから。 君と、そして近衛近右衛門がいなければ、僕を止められる者などいないでしょうからね」 高畑先生は声の方に向き直る。 先ほどの青年だ。さっきの拍手も、当然の事だけどこの男なのだろう。 どこまでも気障で本当に嫌な人…… でも高畑先生は、彼を見た瞬間「うっ!」と軽く呻き声のような物を上げると、私達に、「学校の方へと急いで逃げるんだ。途中、他の先生方が君達を待っているだろうから、言いつけを良く聞き、焦らず行動してくれ」 どこか間の抜けた、小学校の引率のような言葉に、それでも私とあやかは真剣に頷くと、最後に「お気をつけて……」と言って駆け出す。 私とあやかは、互いの手を取り合うと必死で走る。 その私達の背後から、高畑先生の気合の声と共に爆音が響いてくる。 思わず振り返りそうになる私。 でも、あやかが、「振り返ってはなりませんわ。今の私達に出来る事は、ただ逃げる事だけなのですから……」 私があやかの言葉に頷くと、今度は突然頭上高くから、ヴァヴァヴァヴァっと羽音が聞こえる。 私とあやかは足を止めずに空を見上げた。 それは絶望、そして迷い。 爆音と言ってもいいほどの音を鳴らして、私達の頭上高く飛ぶのは先ほどの化け物。 行く先は、私達の向う方向。 学校へと続く道の途中に有る公園。 そこに降り立つ化け物を見て、私とあやかはこの先どうするか迷う。 でも、あやかは少し逡巡すると、「行きますわよ。高畑先生を信じます」 私も、「ええ、そうね」そう答えると、強く、強くあやかの手を握り締めた。 不安を振り払って、私とあやかは公園に辿り着いた。 そろそろ高畑先生が言ってた『他の先生方』が居てもいい頃合だ。 それとも戦っているのだろうか? 高畑先生の様に、あの、虹彩色の蟷螂の化け物と…… 不思議には思う。 自分達の学校の教師が、あんな化け物と戦うなんてって。 でも、それにしたって静か過ぎる。 もしも戦っているのなら、何らかの音が聞こえてきても良いのでは? 考えたくない。考えたくはないのに、頭に浮かんでくるのは嫌なイメージばかり…… はあ、はあ、と息を切らせ、嫌な考えを必死で振り払いながら、私達は公園の中央に差し掛かる。 視界が一瞬、絶望で真っ暗になった。 そこは、いつもとは違う光景。 グチャッ、ピチャッ…… まるで、獣が獲物を咀嚼するような音。 私とあやかはヒュウッと息を呑んだ。 初めて見る。人が、いいえ、人だった物が食べられている姿。 街灯に照らされる、血景色。 辺り一面に降り注いだと思われる、赤黒い血、血、血…… そこら中に散らばっている、人間のパーツ。 声もなく、ただ『顔だけ』が私達を見つめる。 無念そうに、何より、とても苦しそうに。 2人、3人、4人……、中には見知った顔もある。 私達の学校の、先生だったモノ。「ヒィッ!」 あやかの擦れた悲鳴。 ううん、もしかしたら自分の悲鳴なのかもしれない。 胸の奥からこみ上がって来る不快感。「ウグゥッ!」 嘔吐しそうになるのを、両手で口を押さえて必死で堪えた。 そして思う。 私は、ここで終わるのだと。 せめて、せめてあやかだけは、ここから逃がしてあげたい。 私は心からそう願った。 居もしない、神に…… それなのに、現実はいつも酷い。 私に向ってくる沢山の触手。 恐怖と絶望からか、私の足はピクリとも動かない。 動いたとしても、どこまで逃げられるか疑問なのだけれども。 私はどこかボンヤリとしながら、その瞬間を待った。「ちづるさん、危ないっ!?」 とその時、それから私を守る為に、あやかは私を突き飛ばした。 ドンッと突き飛ばされ、私はそのまま地面を転がる。 体中が泥や血に汚れ、手や顔についた臓物の様な何かに、再び嘔吐感が咽元までせり上がってくる。 でも、それどころではない。 だって、私の目の前には、腹部を触手で貫かれたあやかが……「ア……グゥ……ち、ちづ……ん、にげ……」 あっという間にあやかの四肢が触手に絡まれていく。 私のせいで…… バキッ、ベキキッ、と少し離れた私の所まで聞こえてくる、体中の骨を砕く音。 全身を砕かれる痛み、それでもあやかは悲鳴を上げない。 いや、上げれない。 彼女の首に巻きついた触手が、あやかを串刺しにでもするつもりなのか、彼女の口の中に入り込んで声を漏らさせない。 ビクンッ、ビクンッと何度も身体を痙攣させるあやか。 私がさっさと逃げなかったから…… 私は震える膝を叩き、体を起すと彼女を助ける為に走り出す。 何が出来る訳でもない。 自分が行ったって、ただ化け物に食われる犠牲者が一人増えるだけ。 あやかが言った様に、自分だけでも逃げればいいのかもしれない。 それでも私は駆ける。 自分の為にああなってしまったあやかを救う為に。 どうせ死ぬなら、満足して死にたかったから。 走った勢いそのままに、私はあやかの四肢を捕らえて放さない触手に、肩から体当たりをする。 「あああぁあぁああぁぁあああああああっ!!」 涙を流しながら、私は生まれて初めて咆哮を上げる。 私のこれまでの人生、一度としてした事が無かった行い。 だって、私は『大人』を求められてきたから。 年齢の割りに、色々と大きく育ってしまった私。 周囲の期待に応える様に『大人』びた振る舞いをした私。 誕生日で考えれば私の方が年下なのに、それでも私はクラスのお姉さん役。 悪かったのは誰? 私? それとも周囲の人達? そんな私が初めて素の自分でいる。 心が澄み渡る気がした。 死を目前にしたから? 恐怖や後悔から涙を流し、今の私が出来る、全て。 無謀なその行為は、あやかを捕らえて放さない触手に、ボンっと軽い音で弾かれる。 そのままお尻をついて倒れこむ私。 でも化け物は、私のその行為に危険でも感じたの? あやかをそのまま自分のお腹の中に、トプンと水に何かが沈むような音を立て、飲み込んでいった。 あの中は胃液の様な物なんでしょう。 じりじりと服が溶けて行くのが解る。 なぜか肌は溶けていないみたいだけど。 あやかの腹からは絶え間なく血が滲み出て、このままではあやかが死んでしまうのだと、強く私に認識させる。 頬を伝い、顎からポタポタと流れ落ちる涙をゴシゴシと乱暴に拭うと、私は勢いよく立ち上がる。 もう一度、いいえ、何度でもあの化け物に体当たりをする。 それだけが私が出来る事だもの。 そう思い、私は再び体当たりをするために、大きな声を上げて走り出す。 でも、現実はそんなに甘くは無かった。 あやかの所まで行く、たったそれだけなのに、その事が何と難しいことなのか。 私は道半ばで胴体を触手に巻きつかれ、あっという間に宙に飛んだ。 多分、触手に放り投げられたんだろう。 私はクルクルと回りながら天高く舞い頂点に達すると、重力によって地に向かって落ちていく。 スローモーションのようにコマ送りで地面に近づいていく。 感じるのは恐怖より悔しさ。 結局何一つ出来ずに死ぬのかと。 私は歯を食いしばり、決して悲鳴を漏らすまいと地を睨みつける。 そして、地に叩きつけられる瞬間、私の足首を触手が掴む。 ギシリと股関節が鳴る。「あああああぁぁああっっ!!」 余りの痛みに叫び声を上げてしまう。 足が千切れそうな痛みがジンジンと私を責める。 片足で宙吊り状態の私を、触手はそのまま再び植樹の天辺の高さ程まで持ち上げると、 残った足や両腕、胴体、そして首をギリギリと締め始める。 触手は私の手足を引っ張り上げると、私の全身を這いずり始める。 袖口や服の下、下着の隙間から入り込むと、胸や太腿、それにお尻を捕らえる。 スカートはビリビリと裂かれ、地面に向ってヒラヒラと落ちていく。 制服や下着は何とか身体に残っているものの、私の肌は露出されている。 ヌルヌルとした触手が、私の人より大きめな胸に巻きつくと、ぎゅうぎゅうと乳房を締め上げた。 ツンと甘酸っぱい様な触手の匂いが気持ち悪い。 触手は私の股間からお尻の谷間を抜け、そして背中を通って脇の下をぬけて行く。 そうして再び、股間に戻り…… 身体中を走る甘い痺れに、私の意識が遠くなりそう。 それでも必死に唇を噛み締め、血の味を感じながら正気を保つ。 そんな時、ふと目に入るあやかの姿。 彼女の口の中を出たり入ったりする触手。 それを見て、ようやく私は気づいた。 いいえ、気づいてしまった。 この触手は、あの化け物の、生殖器なんだと。 そしてもう一つ。 この触手が激しく私の身体を這いずり回る度に、あやかに纏わりついている触手の動きが鈍くなることに。 私の隆起してしまった乳首の先端を、触手がグチグチとくすぐり、また後ろの方でも私のお尻の中心部分をツンツンと突いて来る。 私が出来る最後の事、それは、この化け物を悦ばせる事だ。 1分1秒でも私の肢体で時間を稼ぎ、万に一つの可能性にかける! 助けが来る事を信じ、何よりあやかの命と貞操を守る事が出来るかも知れない。 私は全身の力を抜くと、先ほどからしつこく私の頬を突く触手を迎え入れる為に、ギリギリと歯軋りを鳴らしながら閉じていた口を大きく開けた。 口を開くと、すぐさま私の口の中に侵入してくる。「んぐぅっ……ううぐぅ、んうぅ……」 咽元をまさぐる感触と、ヌルヌルとした甘酸っぱい匂いに吐き気が込み上げてくる。 息をするのも苦しい。 噛み付いてやろうかしら? チラリとと思ったその事を、すぐさま実行に移し、私は思いっきり噛み付く。 でも、逆にそれは化け物を悦ばせ、触手の先端から何か液体を大量に吐き出してきた。 喉奥に出されるソレは、咽を通って胃に流れ落ち、呼吸が出来ない私は苦しさでもがく。「けふっ、かはっ、はあ、はあ……」 私を窒息させる気は無いのだろう。 触手は一旦口中から這い出ると、私が咳き込み、息を大きく吸うのをただ黙って見守る。 でも、見守るのは目の前にある触手だけ。 他の、特にお尻の辺りを弄っていた触手は、今度はゆっくりと私の中に入り込んでくる。「んぐぅっ! い、いた……いわ……、ぃゃぁ……」 思わず口にしてしまった拒絶の言葉。 私の犯される覚悟なんて、こんな物なの? 私は首を振って、もう一度力を抜く。 触手が私の中に入ってきやすいようにと……「あ、あ、あ、あ……」 みちみちと肉が裂かれていく。 体液や、触手自身のヌメヌメとした触感のお陰なのか、どんどんと直腸奥深くへ潜り込んで行く。 激しい異物感、何よりさっき触手が吐き出した何かを飲んでから、身体が熱い。「うぁ、あ、あ、あ、ひぃああああああぁぁああ……」 思わず上げてしまった女の声。 それに化け物は悦んだのか、「グゲェェェ」と咆哮を上げる。 あやかの方を見ると、すでに彼女の口や全身を弄っていた触手は動きを止めている。 いける! 私はそう確信した。 そんな私の中で、抽出をし始める触手。 再び口中に入り込んでくる眼前の触手。 そして、股間の間を這いずっていた触手が動きを止め、遂に私の大切な乙女の証を奪いに来る。 来るなら来なさい! 私は目を瞑り、その瞬間を待つ。 ブオンッ!! 空気が切り裂かれる音。 突然私を締め上げていた力が無くなり、身体が落下していく。 慌てて目を開ける。 そこには、初めて見る男性。 助け……? 本当に助けが来たの? 私は心から望んだ助けが来た事に驚く。 そして迷わずあやかを助けてって声に出した。「んぅん、んむぐぅーーーーーーっ!?」 口中に入り込んだ触手が邪魔で上手く喋れない。 私は焦ってソレを外に吐き出そうとするも、重力に引かれ落下しながらでは到底出来っこない。 そんな私に、その男性は小さな光る珠を投げつけた。 私の全身が光り輝くと、口中や腸内を犯していたソレは完全に消え去り、そして私は彼に抱きとめられた。 優しく微笑みかけてくれる彼。「大丈夫か?」心配そうに声をかけてくる。 それに答えず私は、「あの化け物に食べられた、私の友人を、助けて……ください……」そう言って助けを求めた。「任せとけ、必ず助けてみせる」 胸がトクンと高鳴る。 頬が赤くなって行くのが分る。 吊橋効果かしら? 冷静な私がそう言ってブレーキ。 それでも私は……「貴方は、だれなんですか?」 彼は体を化け物に向けたまま、顔だけ私の方を向く。「俺は横島。ゴーストスイーパー横島忠夫だっ!!」 ゴーストスイーパー。 それが何なのか、私には分らない。 それでも確かに私は、もう大丈夫なのだと確信した。「くぅ~っ! 俺かっけぇ~!」 何て言い始めた時は、ガクッと力が抜けたけど。 彼は四方八方から襲い来る触手や蟷螂の鎌を、右手に携えた剣で容易く切り払うと、あっさりとあやかを助け出す。 そのまま彼が切り裂いた化け物の腹に何かを投げつけると、ドドーンっと大きな爆音を立てて、天まで昇るような火柱が上がった。「グリュルルルルゥゥゥゥゥ……」 化け物の断末魔の叫び。 火柱に照らされる『彼』と、彼にお姫様抱っこされるあやか。 私はそれをちょっとだけ羨ましく思ってしまう。 トクントクンと鳴っていた胸が、トクトクトクと早鐘に変わっていく。 彼は私の目の前に来ると、自分の背広の上着をふわっとかける。 ああ、そういえば私、殆ど裸だったわ。 そして、さっきまで自分を犯していた触手を思い出す。 赤く染まっていた顔が、一気に引いて青ざめる。 化け物に犯された私を、この人はどう思っているの? そんな挙動不審な私の横にあやかを寝かせると、何処からともなくとりだした毛布で包む。「あ、あの、ありがとうございました」 私はやっとの事で声を出して礼を述べる。「いんや、礼を言うのはマダはえー」 彼はそう言うと、私に一つの珠をよこす。 珠には字が一文字、『護』「これを持ってじっとしていろ。化け物のご主人様をぶっ倒してくっから」 ニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべると、そのまま彼は行ってしまう。「行って、しまわれましたわね……」 あやかの声。「大丈夫、なの……あやかぁ!」 私はあやかを抱きしめると、静かに泣き出す。 終わったのだと、悪夢は終わりを告げたのだと。 あの人がここに戻って来てくれた時、それはただの幻想に過ぎないと気づかされてしまうのだけど…… あやかの身体と魂がどれだけ傷ついていたのか、この時の私は気づきもせず、ただ、喜びと安堵に涙を流した。 もっとも、私にそんな知識はなかったのだけども。 私は、自分とあやかが助かったのだと喜び、初恋の様な胸の高鳴りに頬を染め、触手に犯され穢れた自分を彼がどう思うのか不安になり、顔色を赤く染めたり青くしたり。 それを楽しそうに見守るあやか。 後に私は、この時の自分を、酷く嫌悪する。 マダ、何も終わってなどいなかったのに。 あやかの苦しみに気づきもしない、汚れた自分を、嫌悪する。