いってきまーす。 はい、いってらっしゃい。 そして二人は互いのホッペにチュッと触れるだけのキッス。 男は車に乗り込むと、そのまま会社にむかって走り出す。 女は、男が運転する車が完全に視界から消え去るまで、手を振り続ける。 それはとても幸せな風景。 新婚さんいらっしゃい。そんな暖かくも何処か気恥ずかしい光景。 ただ……、女の姿が麻帆良学園女子『中等部』の『制服』にエプロン姿でなければ。「さーてと、私もそろそろ行く準備しないとね」 女……、ってか少女である神楽坂明日菜は、ぱっぱとエプロンを脱ぎ、綺麗に畳むと鞄を持って外に出る。 今日は始業式。彼女の転入初日。この世界に来て、最初の登校日。 扉を閉め、鍵を閉めると彼女は「いってきまーす」そのまま学校へと走り出した。 この2日間の新婚生活を思い浮かべながら。 にへら…… そんな感じでニヤついて。 まほらのほほん記 第7巻 わくわく新婚生活 xx月xx日 夢心地、ってのは、きっとこう言う事なのよね。 朝、忠夫の体温を感じながら目が覚め、おはようのキス。 ぱぱっと朝食と昼のお弁当の用意して、まったり一緒に朝ごはん。 彼が会社に行くのを見送り、いってらっしゃいのキス。 そして夜の献立を考えながらお買い物。 夕方が過ぎ、夜になって彼が帰って来ると、おかえりなさいのキス。 お風呂で洗いっこした後は、夕ご飯を食べながら談笑。 そして、ベットで私を待っている忠夫。 ああ、なんて幸せなの!! こうなってみると、明日からの学校生活がウザクて仕方ないわね。 アッチの世界に帰らないで、このままここで新婚生活を送るのもいいかも知れない。 xx月xx日 転入初日。 タカミチ、いや高畑先生か、のクラスになった。 あやかに千鶴さんに夏美ちゃんと同じクラス。 他には、コッチに来てすぐの事件で知り合った人が一人。 その桜咲さんに声を掛けようとしたら、知らん振りされたんだけど、何か嫌われるような事したっけ? それにしてもこのクラス、人外率が異常ね。 私とあやかを入れて6人。 呆れる事に、自縛霊までクラスメイト。 こんなのアッチの世界でも無かったわよ! これはアレね、忠夫は学校に近づけないようにしないとダメね! あの人、人外に好かれやすい人だから。 これ以上の余計な女は、私と忠夫のラブラブ生活には不要よ!! 転入二日目の放課後、私は学園長に呼ばれ、学園長室へと来ていた。 今後の学園生活について、と言っていたけど、まあ、間違いなく厄介事。 そう思っていたら、案の定そうだった。 想定外にも程がある内容だったけど。「なあ、ええじゃろ、アスナちゃん? 老い先短いジジイの頼みじゃ。このっ通りじゃ!」 そう言って、両手を合わせて深々と頭を下げる学園長。 真摯に心からのお願い。コレを無碍にするのは心が痛む……なーんて思ったら大間違いよっ!「イヤです」 「そんな冷たいこと言わずに、のう、ええじゃろ?」「ダメです」「本当じゃったらルームメイトになっておった子じゃぞ?」「そんなの関係ないです」「可哀想な子なんじゃ……。アスナちゃんが寮に入らなかった所為での、部屋で一人ぽっちなんじゃ……」「一人部屋ばんざーい!」 私は両手でバンザイ。とっても良い笑顔を浮かべつつ。 そんな私を見て、プルプルと何かを堪える様に震える学園長。 ん? 年の所為かしらね? トイレでも近いのかしら。 私がフフフ、と笑っていると、気を取り直すためか一度大きく溜息を吐き、「なんでそんなに嫌がるんじゃ。ワシ、アスナちゃんの為にむちゃんこ頑張ったじゃろうが。少しくらいお願い聞いてくれてもええじゃろうに……」 そう言ってオイオイ泣き出す。 心底悲しそうに泣き出す学園長の背中を、よしよしって言いながら優しく撫でるしずな先生。「むちゃんこ頑張ったって、何を頑張ったんです? 今いち分からないんですけど」 私のその言葉に泣くのを止め、クワッと両目を見開く学園長。 やっぱ嘘泣きじゃん。「アスナちゃんの我侭聞いてあげたじゃろうがぁーーーーーーーーーーーっ!!」 学園長の怒声で、ビリビリと窓ガラスが鳴る。 しずな先生は逸早く耳を塞いだものの、それでも鼓膜にダメージが来たのかクラクラ。 無駄に大きな胸をタプンタプン揺らしている。 かく言う私も、キーンって耳鳴りが……。 しかも何よ、我侭って? こんな爺さんになんか我侭言った覚え無いわよ? 耳鳴りを堪えながら私がそう言うと、「アスナちゃんと横島くんの同居を認めさせるのに、どれだけ苦労したと思っとるんじゃっ!? ウチの学校は全寮制じゃぞ?」「全寮制って、闇の福音と絡繰さんは寮じゃないわよ?」 クッと顔を顰める学園長。そして苦々しく、「ありゃ特別じゃ」「んじゃ、私も特別って事でお願いしますね」「むぐぐぐ……、ああ言えばこう言いおってからに。じゃったら、横島くんの仕事の斡旋とかもしたじゃろうが!」「結局必要なかったですし」「わざわざ用意しておったのに、あっさりイランなんて言われたら、ワシの面子が潰れるじゃろうがっ!!」 うっ、それは確かに…… でもな~、「ラプシィア・ルンを倒してあげたのでチャラですよね?」っと切り返す。 得点はこちらの方が大きいわよね?「賞金貰うたじゃろうが」「別にソレは学園長のポケットからではないですし。麻帆良学園都市を救ってあげたんですから、それなりに感謝するのが当然でしょ」 私はそう言うと、ツーンとして横を向く。「それはそうなんじゃがのう……。ラプシィアの死んだ辺りから瘴気が噴出しておっての、1ヶ月以上たった今も晴れんのじゃよ。 その辺りを横島くんに何とかして貰おうと思っておったんじゃが……」 そう言って、チラッと私を伺う。「あの公園は学生が学校帰りの近道に通る場所での、いつまでも封鎖出来んのじゃよ」「はあ、そうですか」「まあ、それはもうええわい。それより木乃香の事なんじゃがの、横島くんに任せればワシも安心できるし、それにのう……」 ダラダラと何時までも話続ける学園長の言葉を適当に聞き流しながら、私はチラッと時計を見る。 不味い、そろそろスーパーのタイムサービスが始まってしまう。 可愛い新妻としては行かない訳にはいかない。 私は内心のイライラが表に出始め、足をトントン、出口をチラホラ。 そんな私を知ってか知らずか、って間違いなく知ってて学園長は再び泣き落としを始める。「木乃香は可哀想な子なんじゃよ……。その身に眠る巨大な魔力と血筋のせいでの、一般人と同室にするのは危険すぎるんじゃ。 西と東、双方の不貞の輩があの子を狙っとるんじゃ、色んな意味での。何より本人が知らんのじゃよ、自分を巡る状況をのぅ」 うううっ、と涙を流し始め、それを巨乳先生がわざとらしく慰める。 あー、これは本格的に長くなりそうね……。 うん、これ以上は無理!「もう帰りますね。タイムサービス終わっちゃうんで」 そのまま後ろを向いて扉を開ける。「ちょっ、待っちょくれ、アスナちゃーんっ!?」 小芝居をしていた学園長は必死に私を止めようとするも、私は完全に無視。 廊下に出ると、「失礼しました」と言って優しくパタンとドアを閉めた。 扉の向こうから、何か叫んでいるのがいつまでも聞こえるけど、ムシムシ。 さてと、今日の晩御飯は何にしようかな~。 そんな事を考えながら外に出ると、ちょうど件の近衛木乃香さんが視界に入った。 彼女は部活かなんかだろうか? 他に3人のクラスの子達と一緒に、お喋りしながら歩いてくる。 なーんだ、楽しそうじゃん。 彼女とすれ違いながらそう思う。 それに、なんか護衛っぽいのも憑いてるっぽいしね。 これなら放っておいても大丈夫なんじゃない? 私は少しだけあった罪悪感を完全に捨て去ると、意気揚々とスーパーに向った。 途中、絡繰さんと会って彼女と少しだけお喋り。「絡繰さん所は、今日の晩御飯は何にするの?」「マスターがお好きな和食関係で行こうかと……」 こんな感じで、主婦(?)同士、井戸端会議なんてしながらね。 ああ、なんて平凡で幸せな日常…… 今なら、忠夫が突然サラリーマンになった訳も理解出来るような気がするわ。 一日の最後を締めくくる最後のイベントをしながら、そんな事を思った。 絶え間なく襲う快感と、お腹一杯に放出される忠夫の熱い愛の白濁液。 最後に、「忠夫、大好きだよ」そう言って、意識を閉じた。 これが私の日常。 もう、あっちの世界には、帰りたくない……かも知れない位、幸せ過ぎる私の日常。 xx月xx日 今日はあやかの案内で、麻帆良学園のクラブ見学会。 名前だけでもいいから、どこかの部活に名前を置いた方が良いとかで。 あやかの所属する華道部に馬術部、夏美ちゃんの演劇部、千鶴さんの天文部。 それにちょっと気になるお料理研究会。 今日見た中ではお料理研究会が断トツ。 特にあの子、四葉五月さんは凄い。 チラッと見ただけで彼女の凄さが良く分かる。 それでもここはダメ。 超鈴音が居る。 あの娘はダメだ。ダメダメ。 厄介事の匂いがする。って言うかそれしかしない。 あやかにもその事を言って、注意を促しておいた。 それにしてもアレね。 一日で回れたクラブが、全体の3分の1にも満たないってどういう事かしら? 学園『都市』の名は伊達じゃ無い、って事かしらね。 xx月xx日 昨日の続き。 クラブ回り。 昨日と違ってあやかが暇じゃなかったから、別の人と回った。 近衛さんと。 何だか陰謀の匂いがしたけど、この子自身は普通に良い子なのよね~。 天然入ってるけど。 それはともかく、クラブ回りは正直もうウンザリ! 途中から面倒になっちゃって、図書館探検部に名前だけ置かせて貰う事に。 特に本とか読まないんだけどね。 暇な時にでも来るといいですよ。面白い本を紹介するです。 なんて綾瀬さんは言ってくれたけど、そんな暇はない。 学生で主婦なんてやってると、これで中々忙しい。 昨日、今日なんて地獄だったわ。 xx月xx日 明日は忠夫も私もお休みDAY あやか達は部活やボランティアで来ないし、ずぅーっと2人っきりだ! 午前中は何か用事があるみたいだけど、昼からはずっとべったり出来る。 サービスで裸エプロンでもしてあげようかしら? 裸エプロンでお出迎えとかしてあげたら、日頃の疲れなんて吹っ飛ぶわよね? 私はドキドキ胸を高鳴らせながら彼を待つ。 緊張に期待に不安。 様々な感情が入り混じったドキドキ。 でも、それは不快ではなくて。 玄関の鍵を閉めて、私は念の為に全身を覆い隠せるコートを手元に置いておく。 服を脱ぎ、下着を脱ぎ、全裸になった私はエプロンを身につける。 俗に言う『裸エプロン』の姿になると、私は全身を写す鏡の前で軽くターンをしてみる。 ……うん、よし! イケル!! 正面からはギリギリ見えない。 でも、後ろから覗くと色々と丸見え。 お尻とかアソコとか…… でもでも、正面からは胸の谷間位しか見えなくて…… なるほどね、忠夫の趣味にバッチリあってるわ。 その昔、私がまだ小さかった頃、愛子姉さんがコレで忠夫を誘惑していた事があったわ。 あの時の忠夫は獣(けだもの)だった。 前から後ろから、持ち上げては降ろし、そして…… ふ……ふふふ……あははは……あーーはっはっはっはっはーーーーーーーっ!! あの人は、裸エプロンの私を見てどうするのかしら。 そう思うと、体が火照って仕方ない…… これはアレかしら、忠夫を出迎える時には、アノ伝説のセリフを言った方がいいかしら? 私は決意すると、本番の時に噛む事が無いように、声を出して練習する。「おかえりなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」 首を斜め45度に傾けてみたけど、イマイチね。 もう少し恥らって顔を下に向けた方がいいかしら? 手は胸元を隠すよりは、エプロンの裾を掴んで体を一所懸命に隠すふりの方が萌えそう。 そんな事を鏡の前で、いろんな角度から検証していると、ピンポーンとドアフォンが鳴る。 私は、ええーい、ぶっつけ本番よ! と、気合を入れる為に、両手で頬をパンと叩く。 そしてテレビドアフォンで忠夫の姿を確認すると「は~い」と可愛く返事をして玄関へと向った。「ちょっと待って~」 そう言いながらドアの鍵を開け、そして…… 私は悟った。 ラブラブ新婚生活が終わりを告げた事を。 私が例のセリフを言う事はなく、目を丸くして此方を見る忠夫と、「ひゃあ~」 なんて言いながら。顔を赤くして此方を見る、近衛木乃香。 その2人を見て、頬を引き攣らせつつ、こう思った。 あのジジイ、殺せば良かった。 私は真剣にそう思いながら、バタンと扉を閉め鍵を掛けた。