その日、いつに無く早起きをした彼女は、外の冷たい空気を全身に浴びて眠気を覚まそうと窓を開けた。 ヒンヤリとする風をその身に浴びながら「ふあ~」と大きく欠伸。 昇ったばかりの太陽を目に入れ、眩しそうに目を細める。 そして彼女は見てしまう。 よりにもよって常識を重んじ、自分のクラスの非常識さにストレスを溜め込んでいる彼女が。 箒に乗って空を飛ぶ子供とクラスメイト、なんてファンタジー。「ひゃーっ! お空を飛ぶんは気持ちええなー」「このかさん! 一応力場があるから落ちないって言いましたけど、そんなに身を乗り出したら流石に落ちちゃいますよっ!?」 彼女、長谷川千雨は目をゴシゴシ擦ってみる。 シパシパ目を瞬かせ、耳穴に指を突っ込みほじくり返す。 そしてもう一度、空を眺めてみた。 きっと目の錯覚だと、何か聞こえるのは耳鳴りに違いないと。「なーなーネギくん」「なんですか、このかさん」「ウチらのこと、普通の人には見えへんのやろ?」「ええ、ちょっとした認識阻害の魔法がかかってますから」「でも千雨ちゃん、こっち見とるえ?」 とても嬉しそうに「やっほー」と言いながら手を振る。 顔を真っ青にさせるネギ。 木乃香の事は、横島が自分の所為だと言ったから問題無かったにしても、コレは実にマズイ。 修行2日目にして魔法バレ? 仮免没収でウェールズに強制送還!? 彼女の記憶を消してしまおうか? ちょっとパーになるけど…… ネギが可也危険な考えに到った時、千雨は何事も無かったかのように、ピシャンっと勢い良く窓を閉めた。 あれ? 見えなかったんだろうか…… そう思いながらも不安を隠せないネギ。 学園長先生の助言通り、帰ったら横島さんに相談してみよう。 そう決めると急ぎ家に帰るため、木乃香を促し始めた。「このかさん、そろそろ帰りませんか?」「そうやな~、もう朝ご飯の時間やしな」 木乃香の言葉を聞くや否や、ネギは猛スピードで家路につく。 少しでも速くあの人に相談しよう、なんでか裸で夏美さんと抱き合ってた横島さんに。 ネギが飛び去ったちょうどその時、千雨が恐々と窓を開ける。「何もいない、何もいない、いる訳ない、そんな筈はねー、うん、そうに決まってる……」 千雨は不安を隠し、自分の常識の破滅の予感をひた隠しながら、クワッと目を見開いて空を見た。 だがネギは遠く横島家に向って飛び去っており、見えるのはただ澄んだ青空と流れる雲。「あ……アハハ……、何だ、やっぱ目の錯覚じゃねーか。アハハ、そうだよなー、そんな訳ないよなー。近衛と昨日の子供先生が空飛んでるなんてなー。 寝ぼけてたんかなー、それともちょっとネットのやり過ぎか~? 今日はさっさと寝てパソコンは触らねーよーにした方が良いよな、ウン」 空に未確認飛行物体が居ない事にホッとすると、そのままブツブツ言いながら、再び布団の中に潜り込んだ。「夢だ夢。あんなん現実にあってたまるか……」 彼女の呟きは、朝日が差し込む自分の部屋に空しく吸い込まれた。 ネギま!のほほん記 第2巻 魔法ばれ「横島さん、おいし? 今日の朝ごはんは私とアスナの合作なんだよー」 コクコク頷きながら、ガツガツ、ムシャムシャ、ゴクゴクと、一心不乱に食べる横島。 山盛りご飯のお茶碗を片手に、夏美が作った卵焼きを食べながら、アスナの作ったお味噌汁を飲み干す。 そんな横島を見て、アスナも夏美もニッコリにこにこ。「ほ~らっ! もっと落ちついて食べなさいよ」「いやー、腕上がったなアスナ。この味噌汁なんざ、まんまお袋の味と変わんないぞ」「えへへ、ここ最近お料理さぼってたじゃない? だからちょっと気合入れてみたのよねー」「これが忠夫さんのお母様の味ですの?」「えへへ、まだまだだけどね~♪ でもね、この先にお義母さまの味があるのは確かよ?」 マザコン気味の横島の舌は、やはり母の作った料理が一番馴染む。 それを良く知るアスナは、ここ最近の家事のサボり具合を反省し、只管に彼女の味を再現しようと試みていた。 木乃香と言う、現在最も強力な恋敵(ライバル)に負けない為に。 そんなアスナの努力が報われたのか、彼女達を褒めながらも食べる手を止めず、何度もウマイ、ウマイと言ってくれる横島に、アスナはもとより夏美も上機嫌。 横島の左右にべったりとくっついて、甘えながらア~ンをして食べさせたりする2人は、指をくわえて羨ましそうに見る木乃香にも気づかない。 あやかは横島好みの味も気にはなるが、少し様子のおかしいネギも気になる。 ご飯を美味しそうに食べてはいるものの、何か悩み事でもあるのか、少し浮かない様子。 実はネギ、横島に千雨の事を相談したかったのだが、この微笑ましくも甘ったるい空気が飛び交う中では中々に声をかけ難く。 頭の中では最悪な未来予想図が渦巻いており、美味しいご飯の味も段々と解らなく…… 遂には箸を置いて「はぁ~」と大きく溜息を吐く始末。 それに気づいた夏美が、「ネギ先生、ご飯、美味しくなかった?」と少し悲しそう。「い、いえ違います! すっごく美味しいですよ、ほらッ!」 横島を真似て口にご飯とおかずをガツガツ放り込んでいく。 だが、ネギは元来そんなはしたない食べ方をした事が無い。「ガハッ、ゲホッ、ゴホッ……」 案の定、気管に物が入ってしまい咽てしまった。 慌ててあやかが差し出した水を飲んで一息吐くと、みんなの視線を感じて真っ赤になって顔を俯かせた。「どうしたんですの、ネギ先生?」 あやかの言葉に、パクパクと口を開け閉めさせる。 何て言ったら言いのだろう? ネギはそう思うものの言葉に出来ず、アタフタして仕舞いには目に涙を溜め始めた。「千雨ちゃんのことなん? ネギくん……」「はい……、ボク、このままじゃオコジョに……」 もう泣き出す一歩手前だ。 あやかがそんなネギを優しく宥めながら、話を聞きだす。 朝の空の散歩の時の出来事を……「大丈夫だろ。特に反応なかったんだし」 横島の気楽で気の抜けそうな程に緩んだ声に、ネギは小さく頷く。 やはりこの程度ではダメかと思った横島は、「まあ、ここでアタフタしててもどーにもならん。取り敢えずは様子見だな」「ごめんなー、ネギくん。ウチ、そんな大事だとは思わんかったんよ……」「木乃香ちゃんもコレからはキチンと気をつけてな。学園長はともかく詠春には絶対秘密だ!」「何でなん? お父様も魔法関係者なんやろ?」「詠春はな、木乃香ちゃんが裏に関わるのに反対なんだ。もし、俺のミスで魔法の事を知ったと知れたら……」 顔を真っ青にしてガタガタ震えだす横島。 そんな横島を見て、不思議そうにする木乃香。 いや、木乃香だけじゃなく、あやかも夏美も千鶴もだ。「詠春はサムライマスターって言われてた程の化け物や。正面から戦りあって勝てる相手じゃねー!」 その言葉に驚くあやか達。 何せあやか達は横島の強さを良く知っているから。 彼女達の中では誰にも負けない強い人、それが横島忠夫だったから。 蟷螂の化け物を屠り、300万ドルの賞金首ラプシィア・ルンの首を取り、アキラを輪姦そうとした醜悪な化け物共を一瞬の内に殲滅する。 そんな横島より強いって一体…… 実際の所、正面戦力が上ってだけで、実力的には横島だって負けてはいない。 ただ、相性が果てしなく悪い。 典型的な前衛に力ずくで来られると、補助的な遊撃がもっとも適したポジションの横島では勝ち難いのだ。 その一方、逃げに徹したら100%逃げ切れる自信があるし、不意をついたり卑怯な手を使えば幾等でも勝ちを拾える自信もあるが。「そうだネギ。もしもその千雨ちゃんって娘が空飛んでたトコを見てたとしても、安易な行動はとんなよ?」「えっと、どう言う意味ですか?」「安易に記憶を消そうとすんなって事だよ」「でも、秘密を知られたら……」「最終的にはそうせな成らんかも知らんが、焦る必要はねーって事だな。スグに世界中に魔法の事が知られる、ってんじゃ無い限りはよ」「そーゆー事よ、ネギ。彼女がどうこう言ったって、頭が可笑しい人だと思われてお終いなんだから」 横島が生まれた育った世界、その後に彼が飛ばされたディル=リフィーナ、そしてムンドゥス・マギクス。 それ等の世界にとっては常識と言っても良い、魔法や神秘などのオカルト技術。 それを何だか良く解らん理由で否定しまくるのが、この世界の常識だからだ。 横島が生まれた世界にも、極少数だが頑なにオカルトを否定する者が確かに居たが、この世界のそれはいっそ異常だ。 恐らく目の前で見せられても、適当な理由をつけて魔法の存在を否定する事だろう。 横島はナギ達と別れた後、この世界で一人、旅をしていた時につくづくそう思った。 だからこそ、無責任ではあるがアスナの言う通り大丈夫だろうと、横島は確信する。「でも、ボクは今、その修行中で、もしも学園長先生に知られたら……」「あーその辺は俺に任せとけ。ってか多分大丈夫だろ?」「何か文句言うてきたら、ウチがじいちゃんにガツンって言ったるから安心してな、ネギくん」 何処からともなくトンカチを取り出すと、ブンブン振り回す木乃香。「そうですわ。私もセクハラで訴えますわよ? とか言って牽制しますわ」 言いながら黒い笑みを浮かべるあやか。 そんな2人を見て、ちょっと怖い物のそれ以上の頼もしさを感じられ、ネギは漸く少し安心できたのか、「みなさん、ありがとうございます!」 お礼を言うと、暗くなっていた顔を一転、笑顔に変える。 元気を取り戻したネギは、少し冷えてしまった朝食の残りを急いで食べ始めた。 学校に行く時間が差し迫っている中、それでも実に美味しそうに。 アスナ達が学校へ行ってしまい、静まり返った家の中で、ぼへーっと虚空を眺める男が一人。 彼は朝から色々とあった所為で、一日が始まったばかりだと言うのに、精神が既にKO寸前。 木乃香の事だ。彼女に魔法バレしてしまったのが余りに痛い。 魔法の世界に8割がた足を踏み込んで居たとは言え、それでもギリギリの一線で護り通していた秘密があっさりとバレてしまったから。 これから先は、木乃香に魔法バレしたのを詠春に知られないようにするのが上策。 だが彼女の護衛(?)が此方をコソコソと監視しており、そこからバレてしまう可能性がとてつもなく高い。 その護衛モドキを何とかせな身の破滅…… いっそ捕らえて口を塞ぐか? いんや、それじゃ悪目立ちする可能性がある。だったらコマしてワイの言いなりに…… 横島は麻帆良に来て以来の最大のピンチに、頭が沸騰するほど悩み、悩み、悩み抜いた挙句……「どうせ詠春に知られて八つ裂きにされるってんなら、その前にヤツの首を取ったらぁーーーーーーっ!!」 目指すは京都、関西呪術協会。 多数の巫女を侍らし、和風ハーレムを作ってウハウハしている詠春を闇討ちする。 更についでに巫女さんを2~3人お持ち帰りでワイもウッハウハ! 横島はだらしなく顔を緩ませると、京へと行くための準備をしようと重い腰を上げた。 京美人に囲まれてのぬちゅぬちゅのぐちゃぐちゃを想像しながら。 だが、そこで不意に気づく。 相手は横島が知る中で最強の剣士、近衛詠春。 今の衰えた自分の隠行では見破られるかも知れん。 ならば、その勘を取り戻すのが先か…… 横島は浴室に行き、手拭を手に取る。 そしてそれを頭に掛け、鼻の辺りでキュイっと縛った。「まずは大学部だな。そして次に高等部、最後の仕上げに女子寮ってところか。くっくっくっくっ……、みなぎるぞ! 凄くみなぎってきたぁっ!!」 性犯罪者横島忠夫、ここに再誕! 彼は、あの美神令子以外ならば、例え神魔族と言えども見つからないで覗きをする自信がある。 いや、自信が『あった』 既に現役を退いて久しく、だからこその修行。 あの頃の自分を取り戻す、その為の修行なのだ。 横島はそんな感じで自己の正当化をすると、目を血走らせ、鼻息をフンッ!フンッ!と荒げる。「さあ、行こうか。この世全てのお宝を拝みに……」 彼がホッカムリしたまま外に出ようと玄関に出て靴を履いていると、ピンポーンとドアホンが鳴った。「誰だ、こんな時間に……」 折角上がったテンションが無駄になり、少しの不機嫌さを隠さずドアを開けた。 どうせ魔法関係者だろうと。今度はどんな面倒事を持ってきやがったのかと。 だが、玄関前に佇んでいたのは、横島の予想を違え、アスナ達と同じ学校の制服を着た人の手によって創られた少女。 『真祖の吸血鬼』エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルの従者、絡繰茶々丸。「茶々丸ちゃん、人の事は言えんがサボリは良くないぞ?」「いえ、次の時間が自習なのでサボリではありません。私はマスターの命でアナタをお迎えに参りました」「エヴァンジェリンは学校だよな? 登校地獄の呪いで」「はい、そうです。出来ましたら余計な抵抗をせず、大人しく連行されて頂けたらありがたいのですが」「へっ? 抵抗って、連行ってなに!? ワイは、ワイはまだ何も悪い事はしてないぞーーーーーーーーっ!?」 逃げようと素早く家の中に戻ろうとするも、ギャグ補正なのかあっさりと捕まり、背中からガッチリと抱き抱えられてしまう。「大丈夫ですよ、横島さん。痛くしませんから……」 そう言うと、背中がバシャッと開き、ノズルの様な物が飛び出る。 そのノズルと足の裏からドドドド……と火を噴出したと思ったら、そのまま宙を飛んだ。 行く先はエヴァンジェリンがサボリで昼寝をしている麻帆中の屋上。「なんでやー! ワイは悪い事なんかしてねーぞー!? 茶々丸ちゃんに抱きかかえられてラッキー何て思ってねーぞー!」「こんなので宜しかったら、いつでも致しますが?」 清々しく晴れわたったお空の上で、横島の言葉に少しだけ嬉しそうに口元を緩める。「背中に当る胸がゴツゴツ固くて、全然気持ち良くねーなんて思ってねーかんなぁーーーーっ!!」 だが、その横島の続いての言葉で、緩んだ口元が再び硬く閉じた。「そうですか、それは残念です。少し、急ぎます」 バーニア全開、出力最大、最高速度逝きます。 茶々丸がボソッと呟くと、ドヒュンっと一気に速度が上がる。「イタッ! 風がイタッ!? ちゃ、茶々丸ちゃん、痛くないってゆーたんやんかーーーーーっ!?」「大丈夫です。この程度で人は死にませんから」「死ぬ、死ぬって! 息出来ねーって、茶々丸ちゃん!?」「……失礼しました。人はともかく、この程度では横島忠夫は死にませんから」「人はともかくって、俺って人じゃないの!? ねぇっ! 茶々丸ちゃん、聞いてるっ!?」 横島の叫びはシカトされ、茶々丸は錐揉みバレルロールで目的地へ只管飛び続ける。 なぜ彼に対して自分は乱暴な事をしているのでしょうか? 今度、ハカセや超に相談してみましょう。 茶々丸は不可解な自分の行動を鑑みながら飛び続ける。面白可笑しいちょっと気になる男の鼓動を感じながら。 木乃香に魔法バレを端に発する横島の暴走は、真に暴走する前に幕を閉じた。 横島が覗きを敢行し、性犯罪者への道を歩まずに済んだのは、エヴァンジェリンの功績だろう。 彼女はその事を知る由も無いが…… それはアスナ達にとっても、そして何より横島にとっても幸いな出来事だったろう。 一方、その頃……「は……ははは……、マジかよ……、い、いや、良い! これ以上は話さないで良いです、ネギ先生」「えっ? ですが、ボク、長谷川さんにお願いがありまして」「はぁっ? いやいやいや……、私はコレ以上、そんな非常識なモノに関わりたくないので。それじゃ!」 此方の魔法バレは、まだ、何処に行き着くのか解らない。