拳を突き、払われ、蹴り上げ、流される。 攻勢の私に防戦一方の茶々丸さん。 後ろでギャーギャー喚くだけのエヴァンジェリン。 ほんの数秒の攻防だと言うのに、まるで何時間もこうして戦りあってる様に感じさせる。 濃厚で濃密で、一瞬でも気を抜けばそこで終わり。 自分の体中から噴き出す血、それには一切の意識を遣らず、ただ只管に茶々丸さんを『殺す』事だけを考える。 とは言え、私の身体は満身創痍。 霊力から咸卦法への無理な切り替えの所為で、霊脈、気脈は共にボロボロ。 軽い動き一つで全身がバラバラになる程の痛み。 今の私は健常時の6割方しか力を発揮出来ていない。 いつもの私だったら、片腕だけの彼女なんて敵じゃないって言うのに。 一方、茶々丸さんは茶々丸さんで左腕が無い上、何処か弱気。 彼女の実力ならば、もう少しだけマトモな戦い方が出来るはず。 私をナメている……訳ではない様だけど…… ううん、今は余計な事を考えている場合じゃない。 一刻も早く彼女を無力化して、エヴァンジェリンを……殺す。 茶々丸さんさえ居なくなれば、魔力を封じられ、ただの人間と同じポテンシャルしか持ち合わせていない真祖の吸血鬼など、一瞬で屠れる。 ならば、今が全てを賭ける時!!「ハァアアアッ!!」 気勢を上げ、私は全身から全ての力を搾り出す。 ブシュッ、と音を立てながら皮膚が裂け、血が噴き出す。 血で全身を赤黒く染めながら、怒りの篭った目で目の前の敵を睨みつけた。「アスナさん、これ以上はアナタの身が危険です!」「私の心配より、自分の心配したら?」 私には必殺の技がある。 忠夫が言うには、雪じいちゃんの技であろう『魔装拳』が。 霊力を物質化させ全身を覆い、自らを一時的に魔物に変えて人間以上の力を発揮させる『魔装術』 そんな危険な禁術を用い、技を極めた先にあるであろう技……の筈らしい。 忠夫自身、見た事も無ければ聞いた事も無い。 でもだ、間違いなく私が何時か此処に辿りつける様に鍛え上げたに違いないと、忠夫は自信を持って口にする。 そう、この技は、雪じいちゃんが忠夫を倒す為の技なんだと。 もちろんの事だけど、私は魔装術を極めるどころかマトモに使う事すら出来やしない。 威力自体も雪じいちゃんに比べれば、鼻で笑われる程度のモノに違いない。 忠夫もハッキリとは口にしないけど、今の私の魔装拳は、ただ形だけのモノなんだろう。 それに今の私が纏っているのは霊力じゃなく、咸卦の気。 当然だけど魔装拳を使うなんて出来やしない。 でもね、魔装拳を使うようになってから、私は学んだことがある。 それは力の集中。どんな弱い力でも、一点に集中すれば…… だから私は、今、自分が纏う咸卦の気を、全て血塗れの右手に集中させる。 一撃で彼女を『殺す』為に…… バシュッ! バシュッ! 私が収め切れない力が放電する。 血管が破裂し、皮膚は既にボロボロ、もう右腕の感覚なんて無い。「お、オイ、神楽坂明日菜! やめんかっ!? キサマ程度がそんな技を使えば……」「ウルサイ! アンタは黙ってなさいよ!!」 一点に対する威力だけなら、タカミチの豪殺居合い拳にだって負けやしない! この一撃を放った後は、多分右腕も一緒に吹き飛ぶ事だろう。 でも、残りの左腕で、今度はエヴァンジェリンを消滅させ、そして、あやかを呼んで、文珠を使って忠夫を…… 痛みと出血で、私の意識は朦朧としだし、それでも私は茶々丸さんに全力の一撃をブチかますために、身体を前のめりに。 ダンッ! 床を蹴り、私の出来る最速の一歩。 シュン、と私は茶々丸さんの認識出来る速度を超えた。 彼女の背後に回り、そして、彼女の身体に拳を吸い込ませる。 その瞬間、いつもは無表情の彼女が、驚きと、そして申し訳無さが入り混じった微妙な表情を浮かべた。「すいません、マスター……横島さん……アスナ……さん……」 チリ……と胸が痛んだ気がした。 私の拳の先から茶々丸さんの間が光で溢れ、私の右腕が消し飛び、彼女の身体が爆散した。 ネギま!のほほん記 第4巻 不思議な気持ち 爆散した……と思ったんだけど……「めぎょっ!?」 私の拳は硬い茶々丸さんのボディーじゃなく、何でか忠夫の顔面に。 吹き飛んだと思った私の右腕も、キチンとそこに有って…… 再びバタン、と地に伏す忠夫。 同時に私の背後で、バキンと何かが割れる音。 エヴァンジェリンを縛っていた符術が破壊されちゃったか。 この瞬間、私の敗北が決定的になり、でも、それ以上に私の頭の中は混乱中で。 そんな混乱した頭で、私の攻撃で倒れ伏した忠夫を抱きしめる。 初め見た時は、あんなに血塗れだったのが今は一切そんな事はなく、どちらかと言えば私の方が間違いなく重症だ。 私が殴った跡以外は、キレイな姿の忠夫の頬を撫でる。「良かった……」「ったく、随分と好き放題やりおったな、小娘が」 怒りからか、頬をピクピク痙攣させるエヴァンジェリン。 私は忠夫を庇いながら立ち上がる。 痛みと出血で意識が朦朧とし、何より今の状況がさっぱり分からなくなってきた。 それでも忠夫を守らなきゃ、ただそれだけの気持ちでエヴァンジェリンを睨みつける。「安心しろ、小娘。横島に手を出すつもりは無い。大体、私は何もしておらん!!」 「はあっ?」 疑問の声を上げると同時、忠夫が「いっつ~」と頬を押さえながら目を覚ました。 全身血塗れの私を見ると、エヴァンジェリンの目の前だと言うのに慌てて文珠を取り出し、一瞬で私の治療をする。 絶え間なく襲う痛みから解放されながら、私はそれでも血が足りないのか意識は朦朧のまま。 忠夫はそんな私をキツク抱きしめる。「ごめんな、アスナ、ワイがアホやったばっかり……」「ううん、アナタを守るのが、私の役目だもん」 心底すまなそうにする忠夫。 ああ、もしかして私、何か勘違いしてたのかな……? 忠夫がいつものバカやって、それで血をだしてたのかな……? ガトーさん……の……うそ……つ……き…… ゴメン……ね……茶々丸……さん…… 私は、最後の意識で茶々丸さんに謝ると、忠夫の温もりに包まれながら意識を閉じた。「いいえ、アスナさん。私は気にして何かいませんよ」 そう言いながら、横島に抱きしめられているアスナの傍に。 腕を破壊され、それどころか自分を壊そうとした者に、気にしなくて良いのだと。 どこか優しげに、残された腕を伸ばして血に濡れた彼女の頬を撫でる。「ごめんな、茶々丸ちゃんも。俺の所為で……」 そう、全て彼の行いの所為だ。 ほっかむりを被った不振人物であった横島は、自らがロリペドエロ丁稚に堕ちない様にする為に、自分の頭を屋上の床に叩きつけたのだ。 それはいつもの行為なのだが、そのいつもの行為よりもちょぴっとだけ強く頭を打ったせいで、そのまま気絶してしまった。 突然に頭をガンガン叩きつけ、血を噴出しながら気絶した横島に驚いたエヴァンジェリンと茶々丸。 彼女達が横島の傍に駆けつけ、茶々丸が治療の為にほっかむりを外したところで、アスナがやって来たのだ。 そんな誤解されても仕方の無い状況を作り出したのが横島自身。 でも、茶々丸はゆっくりと頭を左右に振った。「はい、確かに横島さんの意味不明な行動により起きた事ですが」「がはっ!?」 頭を振ったから否定して慰めてくれるモンだと思ったのに、しっかりと肯定された。 一応は慰めてくれているようだが、今の横島には充分過ぎる程の精神的ダメージ。 血を吐いて、アスナを抱きしめたまま仰向けに倒れた。 何せ気にしない訳にはいかないのだ。 茶々丸の左腕が完全に壊れてしまっているのだから。 文珠を使えば簡単に直せそうな程度ではあるが、エヴァンジェリンの目がある以上、ソレをする訳にはいかず。 いいや、エヴァンジェリンだけじゃない。 この世界で少しでも裏の知識がある者に見せる訳にはいかない。 機械すらも直す、その奇跡と言っても良い力を。「腕の事は本当にお気になさらずに。私の体を改修する良い機会ですので。それと、アスナさんは私の、友達……ですから……」 表情なんて殆ど出した事が無い筈の彼女。 その彼女が、無表情には見えるもののどこか恥ずかしそうに、照れ臭そうに、そして、心が温かくなる、そんな口調で友達と。 嬉しかった。初めての友達。機械で出来た自分にとって、初めての。 そして、殺すと言われた。それは、自分が生きているのだと言われたみたいで。「友達とは喧嘩するものだそうです。ですから、本当に気にしていませんよ」「そんなレベルの問題か? まあ、お前がそれでいいんなら、別に構わんがな」 エヴァンジェリンも笑う。 いつもの何処か他人を小馬鹿にしたような笑みではなく、優しげな笑み。 自分の子供の成長を喜ぶ、そんな笑みを一瞬だけ見せた。 横島の目にも、茶々丸の目にも入りはしなかったが、確かに優しく微笑んだのだ。「それはそれとして、おい、横島! 貸し一だ。文句はあるまい?」 一転、悪逆ぶった口調で人の悪そうな笑みを浮かべる。 横島は頬を一度だけピクッと引き攣らせるものの、スグに軽く手を振って了承する。「ふむ、ではさっきの話、問題はあるまい? ジジイの方も暗黙の了解はしている。後は、お前だけだ……」「命の保障してくれんなら、俺は手は出さんと約束する」「フン、女子供の命は取らんよ。当然、後遺症が残る様なマネもせん。それより、なんだ? 手は出さんが他の物は出すみたいな言い方は」 目を細め、互いを睨み合う。 相手の感情を読み合い、そして……「まあ良いさ、少しの助言くらいなら大目にみよう」「ああ、俺の方でも物を貸し与えたり、俺の従者を出したりはしないと約束する」 エヴァンジェリンの懸念、それは横島が作り出す文珠。 彼女が知るソレは、非常に即応性に優れ、携帯に優れ、治療、攻撃、防御と種類も豊富なマジックアイテム。 それがあったからって計画が失敗するとも思えんが、面倒である事は確か。 その文珠をネギに与えるのを言外に禁止出来たのだから、彼女にとって今日の会談が成功に終わった事は確かだろう。 アスナに襲撃されると言う予想外のファクターもあったが、茶々丸の左腕の破損を除けば自分にとっては有利に進む為の一助となった。 その茶々丸の左腕とて、事を起こすまでには修復が完了しているだろうし、何より最近煩かった改修願いをこの際だから叶えて上げられる。 茶々丸自身の精神的な成長も見られたし、終わってみればエヴァンジェリンにとって都合の良い展開だった。 だからこそだ、彼女が見逃してしまったのは。 横島がエヴァンジェリンを見て、ニヤリ、面白可笑しそうに笑っているのを見逃してしまった。 確かに横島は文珠をネギに与えるつもりは無い。 これはエヴァンジェリンに言われるまでも無く、初めからそんな便利アイテムをあげる気など無かったからだ。 ガキの内からこんなモンに頼っていたら、碌な大人になりゃしねぇ。 横島は自分の事を棚上げにして、そんな事を思っていたから。 それに、今回のエヴァンジェリンに言われた通り、自分の従者、使徒であるアスナとあやかを出すつもりはない。 ついでに自分の女達もだ。これはエヴァンジェリンとの約束には反しない手ではあるが。 横島は知恵を貸す。助言? そんな生易しいモノでは無い。 ゴーストスイーパーとして、吸血鬼と相対するための全ての知識を、ネギに教え込んでいく。 横島忠夫はゴーストスイーパーだ。 魑魅魍魎や妖怪、魔族と言った存在と戦うのが主な仕事。 例え真祖といえど、横島にとって見れば所詮は吸血鬼、『ただの妖怪』だ。 専門家なのだ、彼、横島忠夫は。戦闘的な相性で言えば、これ以上有利な相性は無い位に。 ついでに実体験を交えながら、アルビレオから聞いたナギがエヴァンジェリンを退治した逸話まで話そうと思ってる。 それはネギにとって大きな武器となる筈。 もちろん、ネギがその知識をどう使うかは分からない。 使わずに勝つかも知れないし、使っても負けるかも知れない。 それにだ、ジジイが彼女を見逃している様に、この対エヴァンジェリン戦はネギにとって良い経験になるだろう。 本人にとっては命がけの死闘。しかし実際は命の保障がある戦い。 見ているこっちは安心して見ていられるし、ネギにとってもどれだけの経験を稼げるものやら。 『あの』ナギの息子だ。緊張感のある戦いを経験させるだけで、恐ろしい程の成長を見せてくれるはず。 まあ、彼女の魔力回復のために、血を吸われる事になるであろう子達にはご愁傷様だが。 それにしたって、横島は特に問題は無いと思っている。 特に怪我させる訳でも、眷属増やしてる訳でもねーみたいだし、だったら蚊に吸われるのと大差ねーだろ? こんな感じ。 横島にとって吸血鬼なんざ、所詮は蚊みたいなモンだ。 エヴァンジェリン以外に知っている真祖がアレだった事もあるし、親友にハーフヴァンパイアがいると言う事もあって、特に恐れる存在では無いのだ。 例えこの世界では最強種と呼ばれていようが、もっと非常識な存在を山程知っているのだから。 そのエヴァンジェリンは、交渉が思い通りに進んで満足したのか、軽く笑みを浮かべながら校内へと戻って行った。「私の方で神楽坂明日菜の事は何とかしといてやる。その形(なり)では教室には戻れんだろうからな、感謝しろ。 茶々丸も先に帰っていろ、超とハカセには私の方で言っておくよ」 そう言い残して。 だが茶々丸は帰らずに残った。 アスナが目を覚ますまで傍に居たいと、横島に願って。「迷惑でしょうか?」 ちょっとだけ困った顔した横島にそう告げる。 横島はアスナの傷ついた霊脈や気脈、限界まで使いきった力の回復、それ等を行うために、此処で性魔術を行うつもりだったから。 性魔術の存在自体は秘密では無い。 無論、性魔術の行使の方法は秘密だが。 知られている、もしくは教えている性魔術は全て、力の譲渡や高めあい。 この世界で確立していない精神戦、それ等を自分と、自分の使徒以外に存在を明かす訳にはいかない。 切り札と言っても良い、そのアドバンテージを失くすつもりは無いから。 単に茶々丸の目の前で傍目エッチな行為を行うのは、流石の横島も恥かしいってか気が引ける。 そんな訳だから、出来ればさっさと帰って欲しい。 帰って欲しいのだが…… ジッと此方を見つめる無垢な瞳、邪心の欠片もありゃしない。 邪心どころか邪神な横島にとっては、その瞳はとてもイタイ。 横島は茶々丸に分からぬ様に溜息を吐く。「いんや、迷惑なんかじゃねーよ。このまま吹き曝しじゃアスナが可哀想かなぁ~なんて思っただけさ!」 アスナの腰に手を回し、抱きしめたまま立ち上がると、逆の手で茶々丸を引き寄せる。 茶々丸は少し戸惑ったが、特に抵抗する事無く、ポスンと横島の胸の中へ。「茶々丸ちゃんはこの後どうするつもりなんだ?」「あ、はい。腕や体の改修作業のため、麻帆良大学工学部の研究室へと」「そこ行くのさ、ウチからでも問題ない?」「えっ? それは問題ありませんが、いいのですか? マスターと私は、ネギ先生の敵となりますが……」「あん? そんなん全然問題ねーよ。それじゃ、転移すっからギュっと俺に抱きついて」 言われた通り、残された片腕でギュっと横島にしがみ付く。 横島と、そしてアスナを近くに感じながら、茶々丸は不可思議な気持ちに囚われる。 胸の主機関部辺りがドキドキ、気の所為か顔まで熱く感じる。 茶々丸はこそっと横島の顔を下から覗き込む。 彼女の瞳に映るのは、横島の真剣な横顔。 奇妙な感覚が大きくなる。暴走しそう。それをグッと堪えようと、視線を横に。 そこには穏やかな表情を浮かべるアスナ。 自分まで穏やかな気持ちになった気がしてくる。「んじゃ、行くぞ!」「ハイ、横島さん」 横島は集中し、自宅を脳裏に描く。茶々丸に見られぬように気をつけながら、文珠で転移した。 あー、どうしよ、性魔術。茶々丸ちゃんも一緒にって事で、いいよな? 不純な事を考えつつ。