エヴァンジェリンの別荘から出ると、明け方の3時頃だった。 世話をしなきゃならない対象は、別荘から出ると同時に部屋に篭って再び眠りの園へ。 タカミチはさっさと何処かへ行ってしまった。 時間が時間ではあるが、体内時計がおかしくなっていることもあって眠気など一切ない。 パッパと朝食の下ごしらえを済ませ、玄関に行き靴を履く。 夜の暗い空が少しづつ白く明るくなっていく中、暗い林道を自宅を目指して歩いていく。 横島の顔を最後に見てから、もう1週間は経っているのだ。 アスナとしては限界突破もいいところ。 会いたくて会いたくて仕方無い。 それにつけても別荘内の7日間は本当に酷いものだった。 アスナは何度もエヴァンジェリンに襲われ、首筋に噛みつかれて血を吸われ…… 流石に3日目の様な性的なことはそれ以降無かったものの、充分以上に酷い目には違いない。 代わりと言っては何だが、一応色々と稽古をつけては貰ったが。 それにしたって、自分が望んでした訳でも無い修行ほど苦痛なものはこの世に存在しない。 そんな訳で、歩きながらアスナは何度もドS吸血鬼を罵倒する。 一通りの罵倒が済む頃には横島宅の前に着いており、アスナは1週間ぶりの自宅玄関を懐かしげに見回した。 すると玄関の扉の前に、小さめの小包が一つ置いてある事に気づく。 何だろう? そう思いながら、差出人と宛先をチェック。 差出人の名前はクウネル・サンダース。宛先は横島忠夫。 アスナはクウネルの名前に軽く首を捻りながら、ガサゴソと中を確認した。 宛先が横島なのは気にも止めない。 なんせ名前が妖しすぎるのだ。 中身がろくでもない物の可能性がとてつもなく高い。 当然、エッチな本とかDVDとかだったら捨てる気満々だ。 だがそこから出てきた物は、アスナには意味不明の代物。 黒いショーツとウズラの卵状の何かに携帯ホルダーらしき物。 黒いショーツは丁度股間の辺りに小さいポケットが付いており、それの用途がアスナにはさっぱり解らない。 ウズラの卵状の物はUSBケーブルが付いており、やはり用途がさっぱりだ。 アスナは再び首を捻りながら、ごそごそと用途不明物を小包の中にキレイにしまい込む。 そして、ソレを手に持ったまま玄関のドアを開けて家の中に入った。 スゥーっと1週間ぶりの自宅の匂いをたっぷり肺に納める。「やっぱ家が一番ね……」 静まり返る家の中で、小さく呟いた声がやたらと響いた。 アスナはちょっとだけドキッとするも、別にコソコソする必要はないわよね? と開き直りながら靴を脱ぎ捨てる。 真っ直ぐ横島の部屋に向かい、彼の胸に飛び込もうとするも、中はもぬけのから。 もしかしてこのかの部屋? ドタドタと2階に駆け上がり木乃香の部屋の扉を開ける。 だがそこにも誰も居なく、アスナは首を傾げながら1階へと降りた。 リビングで雑魚寝かな? そう思い至り、今度はリビングへと続く扉を開ける。 暗闇の中、規則正しい寝息が2つと、ぐぉーぐぉーと大イビキがひとつ。 何と無しに懐かしく感じるそのイビキに、アスナは眉尻を下げて足元に。 手に持つ小包をそこらに投げ捨て、起こさないよう気をつけながら彼の上に圧し掛かると、すぅーはぁーと大きく息を吸い込んだ。 彼の保護下に入って以来、小学校の時の修学旅行を除けば3日と空けずに傍から離れることなんてなかった。 そんな彼と1週間以上離れていたのだから、寂しくて仕方なかったのだ。 そんな訳で今は横島を独占したくて仕方ない。 先ずは横島の腕を股に挟み込んで眠る木乃香を、エイッと突き飛ばす。 木乃香はコロコロ転がりながら、それでも目を覚まさずに布団の端まで転がっていく。 次は横島の太腿にしがみついて眠るネギを、同じくエイッと突き飛ばした。「……う……う~ん……」 木乃香とは違い、衝撃で目を覚ますネギ。 だが完全に起ききってはいないようで、フラフラしながら激しく目を擦る。「おしっこ……」「トイレはあっちよ。一人で行けるわね?」「ひゃい、あすなさん……」 アスナの言葉に従って、やはりフラフラしながらトイレの方へ去っていく。 それを適当に見送りながら、先程までネギが居た位置にこっそりと自分の身体を潜り込ませた。 眠りながらでもアスナだと解るのか、自然と横島はアスナを自分の胸元に抱き寄せる。 ギュっと抱きしめられる感触に、幸せ一杯に相好を崩すアスナ。「うにぃ~」 嬌声を上げながら、スリスリと頬を擦りつける。 しばらするとネギがトイレから戻り、アスナの背中にピトッとくっついてくるが、彼女はポンと軽く突き放す。 今の彼女は横島を感じたいのであって、余計な異物はいらないのだ!「にゃにするんですか~、あすなさ~ん……」「あんたはこのかの方へ行きなさい!」「ふぁ~い……」 ネギの返事を最後まで聞く事無く、アスナは再び横島の胸元に顔を埋める。 すぅー、はぁー、すぅー、はぁー、規則正しい呼吸音。 横島の温もりと匂いに包まれながら、穏やかな気持ちになるアスナ。 ここ数日での、ある意味殺伐としていたエヴァンジェリンとのやりとりで得たストレスが急速に解消されていくのが解る。 アスナは、やはり自分には彼が必要なんだと、強く思ったのだった。 ……どれ位の時間、そうして過ごしていたのだろう? 気づけば外は完全に日が差し始め、小鳥達の鳴き声がチュンチュンと聞こえてくる。 浅い眠りについていたアスナだったが、そこで残念なことに携帯がブーン、ブーンと震えだす。 出たくない、そうは思うものの茶々丸との約束なんだと、渋々携帯を取った。「腹が空いた。さっさと帰って飯の用意をしろ」 その一言だけで、ブツンと電話が切れる。 「ったく、吸血鬼のくせに随分と朝が早いじゃないのよ!」 プンプン怒りながら横島の頬にチュッと軽くキッス。「いってきます」「気をつけてな」 眠っている筈の横島。 その横島の言葉に、アスナは柔らかく頬を緩ませる。「うん! いってくんね!」 もう一度だけギュっと抱きつき、温もりと匂いを身体に染み込ませると、リビングを出た。 機嫌よくスキップしながらエヴァンジェリン宅へと向うアスナ。 アスナは自分がミスを犯したことには気づかない。 もしもこの時、ネギを木乃香の方へと追いやらなければ、もしかしたら彼女は本当の意味で横島の女にはならなかったかも知れない。 何だかんだで彼女は迷いの淵にいたのだから。 その彼女を、完全に彼の側に立たせる切欠をアスナは作ってしまったのだ。 もっとも、アスナも木乃香もその事実に気づきはしないのだが。 それにアスナの中では、木乃香は既に横島の女の一人として認識していたのだし。 だが、もしもネギを追いやらなければ、彼女にとってお邪魔虫が一人消えた可能性があったのは確か。 こうしてアスナは、自らのライバルを自分で作り出してしまったのを知る事無く、機嫌よく朝焼けに染まる道をスキップするのだった。 ネギま!のほほん記 第11巻 幕間的な話① 学校に行く木乃香とネギを見送った後、リビングのすみに落ちていた小包を手にニヤニヤする。「アルのヤツ、中々良い仕事すんな~」 横島は一人ごちながら、あーでもない、こーでもないと、一人妄想を逞しくする。 木乃香に使おうか、それともやはりアスナか、いやいや、アキラなんかも…… そんな感じで、股間を熱く滾らせながら鼻息を荒くしていると、トゥルルルル! と携帯が鳴り響く。「チッ! 良いところでっ!」 横島はせっかくの妄想を邪魔された事に腹を立てながら、携帯の着信を見る。 着信相手はじじいの平仮名3文字。 出るの辞めようかな……、チラリとそう思うも、後が面倒だと仕方なく電話に出る。「はーい、こちら横島。面倒事ならノーサンキューっす」「フォッフォッフォッ、面倒事じゃが、お主はそれほど面倒ではないわい。ネギ君と横島君が面倒みとる子達についてじゃ」「……なんだよ?」「詳しい話は理事長室でするでの、待ってるぞい」 ブツンと切れる電話。 横島は忌々し気に携帯を放り捨てると、自分の部屋に戻りスーツに着替え家を出た。 理事長室じゃなくて、学園長室ならアスナ達の様子を見ることが出来たのに。 不満を隠しきれず、横島はチッと舌打ちをするとノンベンだらりと歩き出す。 特に急げとも言われてないのだ。 文句があるならテメーの言い方が悪かったんだと諦めろ! と学園長を罵りながら。「……随分遅かったのう」「そうか? これでも真っ直ぐ来たんだがな」 学園長のイヤミ臭い言葉に、しれっとした態度で答える横島。 連絡をしてから小1時間以上経過しているのだから、学園長としてはイヤミの一つも言いたくなるのは、当然と言えば当然なのかもしれない。 だが横島的には急な呼び出しなのだし、特に時間を指定されてはいないのだから、文句を言われる筋合いはないのだ。「まあ、ええわい。それでの、電話で話したことなんじゃが……」 学園長の話を適当に右から左へと聞き流しつつ、横島は理事長室を軽く見回す。 そこには横島が呼ばれる際にはいつも居るシスターシャークティが、学園長の横で彼に微笑みかけていた。 横島も彼女に、「久しぶりッス!」と学園長を意図的に無視しながら挨拶。 シスターシャークティも苦笑いしながら頭を下げた。「ウォッホン! 聞いとったかの、横島君?」 片眉を大げさな程に吊り上げながら、注意を自分に向ける。「へーへー。で、なんなんスか? 俺は面倒事はイヤっすよ?」 ドカッとソファーに身を沈めると、そこに置いてある茶菓子をボリボリと食べ始める。 シスターは慣れた調子で、「お茶を淹れますね?」と言って給湯室の方へと姿を消した。 横島のこの手の行動には最早慣れきってしまったのだろう。 特に不快に感じてる様子もない。 一方、学園長の方はと言うと、溜息を吐きながら首を左右に振る。「……お主自身は面倒でないと、電話で言うたのを覚えておらんのかの?」「覚えとらん。ってか聞いた覚えがない」 横島は戻ってきたシスターからお盆ごとお茶を受け取ると、ズズーっと音を立てながら熱いお茶で咽を潤す。 シスターは横島の横に腰かけると、彼の食い散らかした茶菓子の屑を片し始めた。 横島の顔がだらしなく崩れてくる。 鼻の下を伸ばし、修道服とは思えないほどに短いスカート、そこから覗く太腿に視線は釘付け。 彼女も横島のエロ視線に気づいてはいるものの、矢張り慣れた様子で苦笑するに留めている。「おいたはダメですよ、横島さん」 彼女の太腿に手を伸ばすその手を、ピシャッと叩き落しながらにっこり。 それでも負けじと、今度は胸へと手を伸ばし……「ウォッホン!」 だが、寸前で学園長の咳払いに手を止められてしまう。 横島は空気読めよ! と言わんばかりのキツイ視線で学園長を睨みつけ……「イチャつくのは用事が終わったあとにしてくれんかのう?」「あーもう! さっさと言えよ。くだらん話だったら帰るかんな!」「ふむ、話はの、ネギ君の課題についてじゃ」 シスターが差し出す書類の束をいつもの様に受け取ると、ペラペラとめくり始める。 それは横島に関係がある少女達の成績表。「こんなん俺に見せてどーせーと?」「その子達は横島君と関わるようになってから、成績が急落しとっての。 トップクラスであった雪広あやか君は5位以内から100位前後に。 その他の子達も軒並み50位前後成績を落としとる。 特に綾瀬夕映君は酷い。元々酷かったが更に輪をかけて酷くなってのう」「私の方からも色々と苦言を言ってはいるのですが、あまり聞く耳を持ちませんので……」「で、俺の方から注意しろってことっスか?」「ふむ、ちょっと違うの。この子達にネギ君に与える課題の手伝いをして貰おうと思っての。一学生としても、魔法生徒としても───」「───なる程ね、いいっすよ。俺の方から夕映ちゃん達には言っておくっス。ついでに成績の方も注意しとくわ。 まあ、あとはどうやってネギを図書館島に誘導するかってことだが……」「メルキセデクの書を使おうと思っとる。あれを読めば頭が良くなるとか何とか噂を立てておけば、あとは綾瀬君達に任せて大丈夫じゃろ?」「ネギの随伴は?」「夕映とのどかを予定しています」「それでシスターが居たんすね?」 横島の言葉に、笑みで返すシスター。 彼女は夕映達の魔法の先生なのだ。「はい、地底図書室でしっかりと勉学に励んで貰います。もし、今度のテストでも赤点取ったら……」 フッフッフッと妖しく笑うシスター。 暖房が効いている筈の理事長室が、なぜだかやたらと寒く感じる。「まあ、そんな訳での、表向きの課題は期末試験で学年最下位の脱出になるんじゃが、そのために夕映君、のどか君以外の者達の成績を元に戻して欲しいんじゃよ」「ネギが頑張ったからクラスの成績が上がり、最下位脱出成功しました、って箔をつけたいってことか?」「それはちと穿った見方じゃのう。学生の本分は勉強じゃ。目新しい魔法の世界にばかり目を向けとらんで、しっかりと地に足をつけて欲しいと言うとこだのう」「……確かにそうだな。俺には言う資格ねーんだが言っとくよ。で、他のネギの随伴はっと」「成績ワースト5を予定しとる。もっとも、その内の一人は夕映君なんじゃが」 再び書類の束に目を通す横島。 そこには夕映の他に見知った名前が一つ。「まき絵ちゃんもかよ。それに、ふ、ふるはい?」「クーフェイじゃ」「そのくーふぇいに長瀬楓、桜咲刹那ね。まき絵ちゃん以外は知らんな」「フォ? 刹那君は知っとるじゃろ」「知らんぞ?」「このかの護衛をしとる子なんじゃが……」「あーあー、あの子か。そういやしょっちゅう俺んちを監視してるもんなー。成績も悪くなるか」「そうなんじゃよ。このかを横島君に任せて以来、成績が急降下しとってのう」「護衛の任を外したらどうだ? 護衛ってよりはストーカーって感じだしよ」「……あの子には色々と難しい問題があっての」 苦い物でも食べたように顔を歪ませる学園長とシスター。 学園長は視線を横島から外すと、何気なく窓の外を眺める。 そして、はあ……、と力ない溜息を吐く。「この件については様子見にしておいてくれんかのう?」「そういや前にタカミチも似たようなこと言ってたっけ。覚悟が如何とか……」 横島は頭をポリポリと掻き、そして諦めたように首を縦に振った。 ここで上手く言い包めれば詠春子飼いの監視者を排除出来るかも……、そう思っていたので、ちょっとだけガックリ。 このままじゃ、いつまで経っても木乃香に手を出せん。 ってか、木乃香に魔法バレしてるのがバレそうで怖い。「えーと、話を戻して……、要するにだ、俺はあやか達に勉強するように言っておけばいいんか?」「それと、ネギ先生の図書館島への誘導の補助と、その後、期末試験までの間のネギ先生の外泊許可を頂きたく思います」 横島はコクリと頷くと、話はこれで終わりか? と学園長の方を見る。「ふむ、以上じゃ」 仰々しく頷く学園長。 魔法使いとしてはともかく、教師としてはその課題、間違っているだろうと思わなくもない。 だが横島自身、非常識な存在に囲まれた高校生活を送っただけあって、まあいっか、で全部すませてしまった。 そして横島は、もう用事は終わったとばかりにシスターの手を取る。「シャークティさん、お昼一緒にどっスか?」「ええ、いいですよ。そう言えばこうして一緒に過ごすのは久しぶりですね?」 2人は和気藹々と理事長室を出た。「若いのう、フォッフォッフォッ」 後ろから学園長の冷かしの声が聞こえたものの、2人は特に気にかける事も無く。 横島はシスターとの甘い午後の一時に胸をトキめかせる。 久々の大人の女に期待一杯、夢一杯。 シスターもそんな横島を見て、朗らかに笑うのだった。