一人ぼっちの部屋で、一人寂しくテスト勉強。 とてもじゃないけど身が入らない。 行方不明と伝えられたルームメイトが心配だから……ではなかった。 期末試験、その後に迫るイベントの所為である。 それは、卒業式。 卒業式とは言っても、彼女が卒業する訳ではない。 彼女はまだ中学2年生、卒業するのは来年だ。 だったら、なぜ? それは……、「はぁ……、せんぱい……」 熱い溜息と共に零れた言葉。「ウチも……いいんちょ達みたいに……」 好きな人に、自分を好きになってもらいたい。 あやか達のように、好きな人を想ってキレイになりたい。 だから彼女は、「うん、頑張らなアカン。頑張って……告白するんやっ!!」 そう、彼女、和泉亜子は卒業式の日、先輩に、告白するのだ。 何度も迷った。いいや、今でも迷っている。 自分のような脇役体質が告白なんかしても、上手くいきっこない。 例え上手くいって彼氏彼女となったとしても…… 亜子は洗面所の鏡の前に立つと、上着を脱ぎ捨て鏡に映った自分の背中を見た。 自分をただの一般人だと思っている亜子が、少しだけ普通の人とは違うと思っている所。 ちょっと薄い髪の色と瞳の色。そして、背中の─── 右肩の下の辺りから左の脇腹にかけての傷跡。 彼女の、最大のコンプレックス。 ───こんなん見て、キライにならへん男の人なんておらへん…… 醜い……背中の傷…… やっぱり、ダメや…… 上手くなんていきっこない。 でも…… 何度も彼女のまぶたの裏に繰り返される光景。 あの、あやかの嬉しそうな、幸せそうな顔。 うっとりしながら好きな人のことを語る横顔は、とてもキレイで、憧れる。 だからこそ、頑張るのだ。 さっきの宣言通りに、頑張って、告白して、そして、憧れの先輩と……「ぎゃーっ! なに考えてんねんウチっ!!」 じたばたしながら部屋中を転がり回る。 脳裏に描いたのは、あやか達が身体中につけていたキスマーク。 顔が真っ赤になる。その行為について考えただけで、切なくなる。 あやかに限らず、アキラも、千鶴も、夏美も、のどかも、夕映も、みんなみんなキレイになった。 そのキレイになったのは、やっぱり『アノ』行為が関係している様に思えて…… でもだ、やっぱりダメだ。 ソノ行為をするって事は、すなわち背中を見られるって事で。 そうしたなら、気持ち悪いと思われてしまう…… 上がったり下がったり。浮き沈みの激しい心。 恋に恋焦がれる思春期まっただ中の少女は、テスト前だって言うのに、こんな始末。 当然だけど、テストの結果は散々。 これも遠因が横島であることは間違いなくて、やっぱり知らずにネギの妨害をしている横島なのだ。 ネギま!のほほん記 第21巻 願うココロの在処 朝だ、希望の朝、喜びの朝である。 アスナは早朝4時なんて夜明けがまだっぽい時間に起き出すと、手馴れた様子で朝食の用意。 献立の主菜は、エヴァが特に気に入って食べている百合子直伝卵焼きにアジの干物。 副菜に、アスナ特製ドレッシングで味付けした、茹でただけのキャベツとニンジンである。 新鮮なお野菜は、ただそれだけで甘くて美味しい物なのだ。 そして最後に山菜の炊き込みご飯と、大根のお味噌汁である。 どれもエヴァンジェリンお気に入りの一品であった。 なんせ、エヴァにご飯の用意をしてあげられるのは、これが最後なのである。 好きでやってた訳じゃなかったけれど、アスナはとっても情に厚い女の子だ。 しんみりしちゃうのはしょうがないし、最後はエヴァが美味しそうに食べてくれた物で締めたかった。 だけども、そんな殊勝な気持ちはホンの数分で終了しちゃう。 すぐに超ご機嫌で「ふんふ~ん♪」なんて鼻歌を歌いながらテキパキ料理。 沸々と湧き起こる歓喜。お家に帰れるのが嬉しくて仕方ない。 ここに来てからと言うもの、タカミチのせいで特訓に付き合わされたり、エヴァにセクハラされて血を吸われたりで、思い出しただけで涙がちょちょ切れる。 まあ、それでもしんみりするのは本当で、アスナは朝食の準備とは別に、これで最後だからとお弁当の用意もする。 タコさんウインナーに鳥のから揚げ。彩り豊かにプチトマトにホウレン草。 最後にご飯の部分は卵のそぼろで可愛くお絵かき。 ちみっこエヴァたんをアートして、目の所にチョンチョンって小梅ちゃん。 そして、「おっはよーっ!」 早すぎる朝の挨拶。「う……うう……ん……ぐぅ……」 当然だけど起きやしない。 アスナもコレぐらいじゃエヴァが起きださないのは分かってる。 だからだろう、彼女の手に、フライパンとお玉が握られているのは。「おーきーろーっ!!」 言いながらフライパンをお玉で、ガン!ガン!ガン!ガン!ガン! と耳元で叩きつけた。「があああああぁぁぁぁぁあああああッッッ??!!」 両耳を押さえてベッドの上をのた打ち回るエヴァンジェリン。 最悪の目覚めである。 耳元で轟音を聞かされたせいか、耳鳴りが止まらない上に酷い頭痛までする。 最早這い蹲りながら唸ることしか出来ないでいるエヴァンジェリン。 そんな彼女の襟元を掴み持ち上げると、リビングまで運んで食卓の椅子に座らせた。 一応断っておくが、まだ朝の5時前。5時『前』だ。 真祖の吸血鬼であり夜型生活のエヴァにとって、まだまだ起きる時間ではありえない。「キサマ、死にたいのか……っ!」 怒り狂って当然だ。 殺気を滲ませ、物凄い目つきでアスナを睨みつける。 だけどアスナは、そんなん効かないわよ!っと平然。 彼女のお茶碗に山菜の炊き込みご飯をよそい、あっつあつのお味噌汁をお椀にたっぷり注ぐ。 ほかほかに湯気立つそれらは、エヴァの怒りを和らげるほどに美味しそう。「で、これはお弁当ね」「ん? 弁当なんぞ頼んでないが?」「今日は最後でしょ? だからコレはサービスね」 片目をパチンと閉じてウインク。 アスナはそのままエプロンを丁寧に畳むと、「それじゃ私、帰るね?」 そのまま玄関に足を進めた。 そう、今日は茶々丸の修理……ってか改造(?)が終わる日。 何とか期末考査に間に合わせようと超と葉加瀬が頑張ったのだ。 アスナの住み込み家政婦は今日まで。少しでも早く家に帰るのだ。 エヴァもここ数日で、アスナがどれだけ横島に依存しているのか、よ~く分かっている。 その歪みはエヴァにとって好ましいものだ。 だから齢600年を誇る真祖である彼女は、アスナの無法な行為を許すのだ。 楽しげに口元を綻ばせると、「ご苦労だったな」と小さく労う。 そんなエヴァにちょっと驚いたアスナは、目をパチクリ瞬かせる。 でもすぐに柔らかく頬を緩ませ、「また来るねっ!」と元気よく手をあげた。 短い間だったけど、共に過ごした時間は本物だから。「ああ、その時はたっぷりキサマの血を頂くとしよう」 エヴァのそんな偽悪めいた言葉にも、「べーっだ!」って舌を出して笑える。 玄関のドアが開く。うっすら明るくなってきた外の光が、家の中をほんのり照らす。 エヴァは眩しそうに目を細め、そうしてアスナが出て行くのを見送るのだ。 パタン、閉じた扉をいつまでも見続ける。 彼女にとって、久しぶりに『生きた』時間だった。 不死者にとって最大の敵、退屈。 それは彼女の様な存在にとって、とてつもない苦痛。 だから彼女にとって、この学園に封じられての15年間は苦痛でしかなかった。 正確に言えば、最初の数年はそれなりの時間を過ごせてはいたのだが。 でも、今となってはただの苦痛でしかない今の生活。 茶々丸が来てから少し和らぎ、今度はアスナとの生活で更にそれが和らいだ。 エヴァは口元を綻ばせたまま、手に箸を取る。 家庭料理としては満点に近いアスナの手料理を、次から次へと、その口に運んでいくのだった。 朝、誰かが自分を覗きこむ感覚に、意識が覚醒しだす横島。 とは言っても、それは危険な感じはなく、むしろ慣れ親しんだ感覚だ。「ただいま」 耳をくすぐる元気な少女の声。 彼にとって最も大切な存在である、第一使徒アスナの声だ。 ───そういや茶々丸の修復、今日終わるんだったっけな。 だからって朝一で帰ってこなくとも良いモンだが…… 軽く苦笑いしながら薄目を開けると、やはりそこにいるのは、ちょっとだけ頬を膨らませているアスナだった。 ───あれ? なんで怒ってんだ? それもそのはず。 横島の両腕には、2人の裸の少女。 あからさまに昨夜はお楽しみでしたね? 状態の千鶴と、やっぱり裸ではあるものの、情事の後にしては妙に小奇麗な木乃香である。 千鶴は寝る前の運動とばかしに一発。 木乃香はそれが終わった頃を見計らって、横島の布団の中に潜り込んで来た。 最初はパジャマであったのだが、裸で抱きついたまま離れない千鶴に、「ウチもウチも~」なんて言いながらパジャマを脱ぎ捨て、裸で抱きついてきたのだ。 その2人が横島の腕の中で幸せそうに眠っている。 彼の胸板で押し潰されている2人の胸の感触は、確かに横島にとってご褒美としか言えない。 逆に言ってみれば、アスナにとっては噴飯物である。 こういうことが日常茶飯事だとは言え、こうして直接目の前でやられたら腹が立つってモンだ。 まあ、それでも本気でムカついてる訳ではない。 彼女にとってこの光景は、まだまだ許せる範囲なのだ。 千鶴と木乃香、この2人はアスナにとって、大切な家族の一員なのだから。 だからこうしてむくれているのは、腹を立てていると言うよか、横島にちょっとスネて見せているだけ。 言い方変えれば、甘えているのだ。私にもしてよっ! て感じで。「おかえり、アスナ。ほれ、来い」 もちろん、横島もそれは分かっている。 本当にちっちゃな頃から面倒を見ているのだ。 今の様に感情を表に出せない頃からずっと……「も、もう……しょうがないわね……」 言葉面だけみたら嫌々なのだが、アスナの顔はどうしようもなく緩んでいる。 簡単に言えば、ニヤけていた。これ以上ない位、にやにや。 いそいそと服を脱ぎ、惜しげもなく乙女(?)の柔肌を晒すと、おもむろに彼の胸の上に。 右に千鶴、左に木乃香、上にアスナ。 3人の柔らかいオッパイの感触が横島を悦ばせる。 朝の3分立ちな肉棒が、ムクムク大きくなり、ビーンと大きく雄々しく立った。 だけども、もう少しだけ…… 男の生理現象として大きくなってしまった相棒を宥め、横島はこの幸せな一時をこのまま過ごすのだ。 横島にとって、とても平和な世界の平和な時間。それを思う存分に。 気づけば「すぅー、すぅー」とアスナの静かな寝息が聞こえてきた。 千鶴と木乃香、2人の寝息に合わせ、3重奏となって横島の耳をくすぐる。「ほんと、幸せだよな~」 ポツリとこぼれた横島の本音。 このまま、何事も無く、ずっと平和に過ごせたら良いのに…… まぶたを閉じ、思う。 だけども、それは叶わない。 彼が横島忠夫である限り。 彼がネギを懐に入れている限り。 彼が東西の爆弾である木乃香を、自分の女にしてしまったからには。 何より…… 『この世界』で、アスナが彼の傍にいる限り…… な~んてシリアス、いつまでも続くわきゃねー!「も~辛抱たまら~んっ!!」「ほえっ?」「なに……かしら……」「ふにゃ~」 腕の中で眠っていた3人の少女を組み伏すと、欲望全開! いつでも発射オーライです!! 木乃香の腰痛も忘れてわっふるわっふる。朝っぱらクライマックス状態。 次第に甘い声で喘ぎだす少女達の蜜穴を、これでもか!とばかり堪能しまくった。 こんな感じで朝っぱらから横島達が淫靡な時間を過ごしている頃、某研究室で最後の追い上げが行われていた。 急ピッチで行われているソレは、言うまでもなく茶々丸の改造。 硬い鋼の身体から、柔らかく暖かい肌、性行為すら出来うる女性器への変換である。 ただ、それらを期末考査までに終わらすために、払った代償があった。 それは……、超と葉加瀬の睡眠時間である。「ハカセ、生きてるカ?」 コンソールに顔を突っ込ませたまま、ピクリとも動かなくなってしまった相棒に声をかける。「ぁ? ああ、すみません。オチてたみたいです……」 ビクン!と身体を跳ねさせ、勢い良く立ち上がる葉加瀬。 すでに貫徹4日目に突入した2人は、疲労困憊。 目の下もくまが出来てまっくろけ。「あともう少しヨ。頑張るネ……」「はい、超さんも……」 あともう少し。 その言葉の何と魅惑なことか。 2人は睡眠不足と過度の疲労から来る妙なハイテンションの中、黙々と作業に没頭した。 これが終われば眠れる。これが終われば寝れるのだ! 鬼気迫るとはこの事か? それはもう、恐ろしい勢いである。 そして、それも、ようやく……「終わった……ネ……」「ええ、終わりました……」「疲れたヨ……」「本当に……」 彼女達の眼前には、人間と見まごう肢体を魅せる茶々丸。 手をワキワキ、腕をぐるぐる回し、太腿を撫で摩り、胸を揉みしだく。 そして最後に自らの股間に手を伸ばし……「ここは横島さんに直接見てもらった方がいいですね」 寸前で手を引っ込めると、楽しそうに頬を緩める。 茶々丸は意識が朦朧としている超と葉加瀬に目を転じると、「良い仕事です。ご苦労様でした」 そう言って、葉加瀬を通じてエヴァンジェリンに用意して貰っていた下着と、ゴスロリ系の黒いワンピースに袖を通す。 隣に置いてあった制服には目もくれずに。「……茶々丸? これから学校ヨ?」「今日は自主休校です」「どこに行くつもりなの?」「この身体の具合を確かめに行かせてもらいます」「具合をっ!?」「確かめにっ!?」 超と葉加瀬は思わず茶々丸を凝視してしまった。 下顎をパカっと開けて間抜け顔、更には段々と頬が熱くなる。 どれだけ頭が良かろうが、しょせんは未開通の14才。 頭が良い分、想像……ってか妄想が逆に凄まじく、ついには耳までまっかっか。 それでも超は、コホンと軽く咳払いをして気を取り直すと、「……茶々丸、横島忠夫に確かめてもらうのカ?」 と眼光鋭く話を切り返した。 相手が横島ならば、あの謎の珠の正体を突き止める事が出来るかも。 あの不可解な珠。恐らくは彼が創り出すマジックアイテム『文珠』 噂に聞く文珠は確かに便利な魔法道具ではあるけれど、あんな事象を起こせるとは到底思えない。 それにだ、彼女の知る未来知識に彼の存在は無かった。 例え『汚点』などと呼ばれる存在だとて、一切の情報が残らないなど可笑しいではないか…… 彼女の計画にとって、危険なのかさえ判断するのが難しい。 だけども、ここで茶々丸がその横島忠夫にべったりするならば、彼についての情報を集める事が簡単になる。 それどころか、上手く行けばこちらの陣営に引き込めるかも…… そんな期待を込めて、茶々丸に意味有り気な視線を送るのだ。 だがしかし、「ええ、まずは横島さんで」「「……まず?」」 超と葉加瀬、2人仲良く疑問の声を上げた。 だってそうだろう。まずって何だ、まずって!!「横島さんに色々と見てもらい、問題がないようでしたら、アスナさんを……デートに……誘おうかと……」 恥じらいながらモジモジ、モジモジ。 どこから見ても、恋する乙女の表情です。 ───あれ? 横島忠夫とデートに行くのではなかったか? 人に向ける好意に順位をつけるなんて、とても最低でおこがましい行為ではある。 だが、それでも茶々丸が好きで大切な人に順位をつけるとしたら、こんなんなのだろうと、超は思った。 アスナ≧横島=エヴァ>チャチャゼロ 恐らくは、だけど。 ───疲労困憊で睡眠不足の頭が、オーバーヒートしそうネ…… 超はクラクラする頭を何度も振って正気を保とうとするも、横で同じ様にしてる葉加瀬が、ついに「きゅ~」なんて言いながらくるくる回ってバタンと倒れた。 横島との性行為を妄想し、更にはアスナとの女同士での乳繰り合いまで妄想した。 いいや、妄想してしまった。「だ、ダメだよ茶々丸! 女同士なんて不毛すぎるよっ!! ああ、でも……、んぅっ、はぁ、はぁ……って今度は男ぉーっ!? だめ、だめだめだめだってばぁあああっ!!」 こんな感じでうなされていたりする。 超はそんな葉加瀬を見て、静かに涙を流した。 前にも思ったが、科学に身を捧げきっていたハズなのに、なんだかとっても遣る瀬無い。 ぽっかり胸に穴が空いたみたいに、ひゅーひゅー冷たい風が通り抜ける。「茶々丸、お前は横島忠夫と明日菜サン。どちらに恋してるのカナ?」 だからなのか思わず聞いてしまった。「何を言ってるのですか? 私はマスターの魔力で動く自動人形(オートマタ)。恋をするハズは……」 そんな筈はないのだと、うろたえる茶々丸に、超は諭すように声をかけた。「なあ、茶々丸」 名前を呼び、一拍おく。そうして、トンと茶々丸の胸を叩いた。「お前はもう自立した固体と言っても良い。だから喜び、だから怒り、だから哀しみ、だから楽しむ。 さっき横島忠夫のコトを考えてどう思った? 明日菜サンとのデートをどう思った? 何をしてあげようと思った? 何をしてもらいたいと思った? お前はもう、一人の確かな存在だヨ。恋をしてもおかしくはない」 遣る瀬無い気持ちは確かにあった。 でも、自らの創り上げた作品が恋をするなんて、どれだけ素晴らしい事なんだろう。 だからこそ、はっきりと想いを自覚して欲しいのだ。 それに上手くいけば横島忠夫とその一党をこちらに引き込めるかもしれない。 そんな皮算用も確かに超にはあったけど。「さあ、行くネ! 行って自分の気持ちを確かめて来い!」 肩に手を当て、クルッと茶々丸を半回転。 困惑気味な茶々丸の背中を、ポンと押した。 トタトタトタ……、押された勢いで数歩前に歩く。 顔は不安そうに超へ。 こういう顔を見れば、超も自分が母親気分で心地良い。 恋愛経験に、もちろんだけど男性経験も皆無だけど、人生経験では負けてない。 何より彼女は天才だ。天才を舐めるな。例え男を知らなくても、───想像するぐらいは出来るネ! それに、「頑張ってねー、茶々丸っ!」 彼女を心配するのは一人ではない。 エッチな妄想にうなされていた葉加瀬も、ムクッと起きて茶々丸を激励するのだ。 それに、もしもエヴァンジェリンがこの場に居たら、矢張り茶々丸の背を押したのではないだろうか? それでも、超も葉加瀬も決してエヴァに茶々丸の恋を教えたりはしないけど。 背を押す以上の苦難が出ちゃうから。それは2人にとっても、茶々丸にとっても上手い話では無いのだ。 それはともかく、茶々丸は超と葉加瀬の激励に、前とは違って感情がすぐ出てしまうその顔で、ふんわり笑んだ。「はい、たくさん可愛がって貰ってきます」 そうして彼の家を目指して足を進める。 ───胸の主機関部が熱い。超に言われてからずっと…… これが恋だと言うのなら、私が好きなのは、横島さん? それともアスナさん? 熱い、熱い、頬が、胸が、身体が、新しく出来た、女の部分が、熱い──────「ああ、そうだ茶々丸、一つ言い忘れていたヨ。データを取るなら、霊力ではなく、文珠ネ。 機会があったら、必ずそれを手に入れろ。あれこそが、横島忠夫の……全て!」 口角を吊り上げ、人の悪い顔。 先程までの暖かい感じではない。 自らの望みの為に、他者を踏みつける覚悟がある顔だ。 茶々丸にとって、横島も、アスナも、とてもとても大切な人だ。 だけども、マスターであるエヴァンジェリンも、そして、創造者であり開発者である超と葉加瀬も大切な存在。 ───大切な人達が、相争う事がないように…… 茶々丸は何かにそう願いながら、胸に手を当て、深々と頭を下げた。 それは了承の意味。超の為に文珠を手に入れる、その覚悟。 先程までの高揚感に、冷たい何かが混ざった気がした。「案ずるな、茶々丸。私の見立てでは、あの男は敵には……ならない」 超の声を耳に入れながら、今度こそ彼の元へと足を進めた。 純粋な気持ちに不純な何かが混ざってしまい、とても気持ちが悪かった。 何かが胸から込み上げてくる。不快、とても、不快だ。 顔が強張る。もしも、このせいで嫌われてしまったらと思うと、怖い。 でも、茶々丸には超を拒否するなんて出来なかった。したくは、なかったのだ。 気づけば彼の家の前で佇み、ジッとドアフォンを眺めていた。 知らず、ドアフォンを押そうとする手が震える。 茶々丸は思うのだ。これでは本当に人間みたいではないかと。 そんな筈はないのに、自分は、ただの人形なのに…… そう自嘲しながら、手を伸ばし、ピンポーン、とドアフォンを鳴らす。 ドタドタドタ、騒がしいまでの足音。横島忠夫の足音。好きかもしれない人の、足音。 なのに、なぜか、胸が、とても重苦しい。 でも、 目の前のドアが開く。 出て来たのは、彼女が好きかもしれない一人の男。 彼は少しだけ驚いた顔をする。 ───そう言えば、まだ学校の時間でしたね。 茶々丸は、学校に行けば良かった。なんて少し後悔。 でもだ、彼の驚いた顔が、あっという間に笑みの形に変わった。 ただそれだけなのに、重かった胸の奥が、とても軽くなった気がする。「おはようございます、横島さん」「おはよ。んじゃ、どこか行こっか?」 彼は覚えていてくれたのだ。こんな自分の願いを。 彼を見返したいと言った、嫌らしい自分の願いを。 横島さんと一日過ごさせて下さい。 アスナと約束した勝手な自分の願いを。 彼と約束した訳でない、自分のネガイ。 暖かい。とても、とっても…… ───これが、好きって気持ちなのだったら、私は、アナタが好きなのですね。 「はい、横島さんの、オススメをお願いします」「おっけー。んじゃ、中入って待ってて。すぐに着替えて来るからさ」「急がないで良いですよ。学校が終わり、皆さんが戻ってくるまで、ここで、アナタと2人きりでも構わないのですから……」 マスター、超、ハカセ。茶々丸は彼女達を裏切れない。 でも、横島も、そしてアスナも、また裏切れない。 ───本当に、本当に、私の大切な人達が、争うことが無ければいいのに…… 自分でも、あるかどうか分からない心で、強くそう願った。「意地悪ですね、超さん」「フフ……、これも創造者として、あの子に与える試練の一つネ」「本当ですかぁ~」「そんなことよりハカセ。今頃、茶々丸はヤッてるのカナ……」「あ、あはは……」「うう……何なのカナ? この敗北感は……」「前にも言った気がしますけど、女として負けなんですよ、私たち……」「……寝ようか?」「学校はどうするんです?」「知らん」「そう……ですね。寝ましょう。もう4日寝てませんし……」「そう思ったら、急速に眠気が……」「オヤスミなさい、超さん……」「ああ、オヤスミ、ハカセ……」 ちなみに、2人の成績は見事に落ちた。 毎回オール満点だった超と、それよりは僅かに落ちるがほぼ満点だった葉加瀬の2人。 ほんの僅かではあったが、確かに成績を落としてしまった。 まあ、学年トップと2位の座は誰にも譲りはしなかったが。 それでも確かに成績を落とした2人。 これも間違いなく、遠因は横島だっただろう。 本人も周囲も知らないけれど、地味にネギの試練を妨害しまくっている横島なのであった。