春の始まり。 祇園に咲く満開の桜、風で舞い散る花びらの中で、憂鬱に樹を見上げる女が一人。 凄絶なまでの色気を湛えた悲しげな表情は、見る人の胸を切なくする。 手には一枚の写真。 幸せそうな女と、どこか苦笑いをしている幼児顔の青年。 それは幸せだった頃の証。 女を復讐に駆り立てる最大の…… 「千草姉ちゃんっ!」 飢狼の如く目つきが鋭い少年が、少し怒った風に女に声をかけた。 「小太郎はん? こないな場所で、どないしたん?」 女、天ヶ崎千草は不思議そうに小首を傾げた。 千草が知る限り、少年、犬上小太郎が京都祇園に居るはずはない。 今ぐらいの時間なら、いつもは修行に専念してるはずだから。 「こない場所って……千草姉ちゃんを迎えに来たんや」 ちょっと照れ臭い小太郎は、だけども何処か不快そうに千草の手をチラリと見た。 小太郎にとって、勝ちたくても勝てない相手。 絶対に自分の方が彼女のコトを幸せに出来る自信があるのに。 でも、死人には勝てん。 「ああ、そかそか。すまんかったなぁ、小太郎はん」 千草は小太郎の視線に気づくと、素早く何でもない風を装い写真を懐に仕舞い込み、殊更楽しそうに小太郎の手を握った。 小さい子供の手。急に千草に手を握られた所為なのか、緊張して熱っぽく、汗ばんできた。 その感触が好きでたまらない小太郎は、ギュっと目を瞑り何事かを決意すると、ゆっくりと目蓋を開け、真摯な眼差しで千草を見つめる。 例え恥ずかしくても、この手を離したくない。今の小太郎にとって、千草は世界で、全てだ。 「なあ、千草姉ちゃん。俺、強うなったろ?」 「そやな、ほんまに強くならはったなぁ」 「せやろ!? だったら……」 「うん、そやな。もう、他の男に抱かれたりせんよ」 「っっしゃあ────!!」 千草の手を握ったまま、小太郎は逆の手を高々と上げ、歓喜を爆発させた。 認められた! これでもう、他の男の匂いを肌にこびりつかせている千草を見ることはないのだ。 写真の男も、スグに忘れさせて見せる。 喜びに沸く小太郎。 だが、千草は小太郎に分からぬ様に、目を冷酷に細めた。 関西呪術協会が本気になった今、凡夫どもから魔力を掻き集めるのは危険が過ぎる。 それに、敵対していた東からやって来た横島忠夫の存在もあった。 奴がいるならば、コレ以上は本当に無理だ。 京に集まる裏関係の男達全てから魔力を収奪し、スクナ復活の贄にしてやろうと思っていたのに。 これでは足りない。その気はまったく無いけれど、例え小太郎の魔力と精の全てを収奪してもマダ足らない。 復活させるだけなら可能だが、千草がしたいのはスクナを喰らうこと。 スクナ復活だけで力尽きてしまう今の状態ではダメなのだ。 スクナを復活させ、その上でスクナを喰らえる力を残せなければ意味がない。 そうでもしないと、横島忠夫を倒せるだけの力を手には出来ないのだから。 そう考えていた時だ、一頻り歓喜を爆発させて満足した小太郎が、思い出したと口にする。 「月詠に聞いた話なんやけど、麻帆良に居る長の娘とサウザンド・マスターの息子が、修学旅行でコッチに来るって話だったそうや」 「はあ? それはホンマの話なんか?」 「でもな、今の京都は危険やから、中止になるって話や」 サウザンド・マスターの息子とやらは知らないけれど、長の娘なら千草は知っていた。 その身に秘められし膨大な魔力。 スクナを復活させても、まだ余りあるだろう。 「なあ、小太郎はん。横島忠夫と一戦しよう思うとるんやけど……」 「マジかっ! 戦る! 俺が戦る!! 絶対に、戦る!!」 危険だから中止、なら危険じゃなくなればいい。 どうしたら危険じゃないと判断される? なら、犯人が捕まればいい。 千草が捕まれば、長の娘は京にやってくる。 恐らく東西両組織の狙いは、サウザンド・マスターの息子を象徴とした、東西の和睦。 長も、娘を麻帆良に送ってからは碌に会えていない。 この機会を逃したくはない筈。 問題は、捕まった後のことだけど…… 「月詠と新入りには譲らん。ええんやろ? 千草姉ちゃん!」 この2人に任せておけば大丈夫。 捕まってる間の尋問も、今の長ならそれほど酷い事にはならないだろうし。 「ただし、十中八九、負けやで? それでもええんの?」 「はん! 俺は負けん!!」 何より、天狗になってる小太郎の鼻を、一度徹底的に折る必要もある。 そうすれば、きっと小太郎は今よりももっと大きな男へと成長するだろう。 人が最も成長する切欠は、恋と、復讐と、敗北なのだから…… 千草は意気上がる小太郎の唇を、ぴ、と指で押さえ、途端に真っ赤になった彼の手を握る力をギュっと強くする。 「口では何とでも言えるしな~」 からかう口調でそう言いながら、咲き誇る祇園の桜を背にする。 神鳴流の『狂剣士』月詠と、『完全なる世界』の魔法使い、フェイト・アーウェルンクスの待つアジトへと向って。 月詠には強者との死闘を、フェイトにはスクナのデータを、それぞれ与えれば決して裏切る事はない。 特にフェイトは、横島忠夫を殺した後の、次の獲物だ。 アレは大戦を引き起こした悪の組織の一員。 千草にとって、両親の真の仇と言ってもいいだろう。 だから、 横島忠夫を殺っても、まだまだアンタんトコには逝けへんくなってもうた。ごめんなぁ、ラプシィアはん…… 千草は小太郎の文句を聞き流しながら、目で笑いかけ、火照り始めた身体をくっつけ合いながらゆっくりと歩いた。 この温もりから離れたない言うたら、ラプシィアはん怒るやろなぁ。 チクリとする心の痛みを振り払う為のなのか、千草はスグにでも小太郎を感じたい、そう思った。 俺が為に鐘よ鳴れ 第1巻 始まりの鐘 横島が関西呪術協会に滞在し始めてから、3日目の夜。 彼が千年王都である京を巡回するようになってから、犠牲者の数がピタリと止まったコトが正式に確認された。 時折まだ見つかっていなかった被害者の遺体が発見されたりはしたが、『新しい』犠牲は出なくなったと言っていいだろう。 これだけでも横島を西に招聘した価値はある。 東に頭を下げるのは……などと言った批判的な意見も完全に消えた。 これにより東西和睦の話も加速し、東との融和を掲げていた詠春は、横島に頭が下がる思いだ。 もちろん、娘に手を出されていたコトを知れば、横島の命は儚くなるが。 いつものシスター服でなく、古都である京の雰囲気を守るとか何だとかと言う理由で、白地に桜の花びらがふんだんに描かれた浴衣に身を包んだシャークティ。 褐色の肌には似合いませんとか言ってた割には、とても嬉しそうに横島の横に並んで歩いていた。 「横島さん、気づいてますか?」 口元を嬉しそうにしたまま、目だけ僅かに細める。 背後から近づいて来る何者かに、自分たちが気づいているのだと悟られぬように。 「気づかん訳ないだろうが! さっきすれ違った舞妓さん、バストが優に95を超えてやがったっ!! 着物の上からでもタユンタユン揺れる乳。着物と巨乳の相性は最悪だと思ってた俺の想像を遥かに超えて……っ! 素晴らしい、実に素晴らしい! あれこそ、まさに理想の果て…… あれは、あれはワイんやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」 両腕をVの字に天に掲げ、横島は「ひゃっほー!」と勇んで通りすがりの舞妓さんを追いかけて行ってしまった。 頭イタッ…… 『頭痛が痛い』とはこの事か。 シャークティはこめかみを指でグリグリしながら、呆れた溜息。 まあ、仕掛けはしっかりと施していたみたいだけど、それでも…… 「敵を欺く為とはいえ、こんな情けないやり方はどうかと思いますよ?」 シャークティは小さく口にする。 事実、尾行していた者は嘲るような視線を横島が去った方へと向けていた。 「では、始めましょうか……」 慣れぬ浴衣姿とは言え、この浴衣は関西呪術協会から好意で出された特注品。 戦闘だってお手の物だ。 何より、今の彼女は力が充実している。 この3日、彼女は横島と寝室を共にしていたのだ。 おかげで一時的に増幅された魔力が、シャークティの身体の内側から弾け出さんばかり。 シャークティは得物の十字架を手に、勢いよく後ろを振り返る。 相手は……十代前半の少年。恐らくは『混じり者』 純粋な人間ではなさそうだ。 「はん! 気づいとったんかい!」 ツンツン尖った髪から、ひょこっと犬耳が飛び出している。 狗族か…… 狗族は総じて戦闘力が高い。 シャークティは警戒を高め、腰をグッと落とし、戦闘態勢に入った。 彼女の周囲に、手に持つ十字架に良く似た魔力で編まれた十字架が浮かび上がる。 「女には手は出さん……って言いたいとこやけど、横島忠夫が戻ってくる前に潰させて貰うわ!」 右手に膨大な気を纏わせ、それが爪の形を成す。 あれで裂かれでもしたら、即死ですね。 だけども、負ける気が一切しないのは何故でしょう…… 脳裏に描かれる横島の顔。 シャークティは乙女の顔で頬を赤らめ、そして…… 2人の間で互いの戦闘意欲が最大に高まり、ぶつかり合って、爆発する! ダンッ! 小太郎が地面を蹴る。 恐ろしい速度でシャークティの間合いに入り、空気を切り裂きながら右手を振り上げた。 「おおっ!!」 雄叫びを上げ、拳を振り下ろした瞬間、右足がついた地面が突如陥没し、小太郎はバランスを崩し、「へぶっ!?」っと鈍い声を出しながら大地にキスをした。 シャークティはプッと小さく笑う。 小太郎に対してではない。 この罠を仕掛けた横島にだ。 横島とシャークティが京を巡回する様になってから、もう幾日も過ぎている。 巡回中、横島が最初にしたのは、 詠春に許可を取っての罠の設置だ。 2人の巡回コースは、言わば彼にとってのキリングフィールド。 そのキリングフィールドを発動させる為の仕掛けを、彼は此処から離れる時にしっかり発動させていたのだ。 当然、横島は罠に引っ掛かった相手を、決して逃しはしない。 弱った相手を逃がさず倒す。これこそ彼が美神令子から学んだ戦術だ。 怒りに震え立ち上がろうとする少年の背後に忽然と現れた横島は、無言でムギュっ、と少年の背中を踏みつける。 「あ~あ~、これじゃ悪モンじゃんか、オレ……」 実際、今の横島は誰が見ても悪者だ。 グリグリと踵で少年の背中を踏み躙りながら、実に楽しそう。 とてもじゃないけど、悪者以外の何者でもない。 シャークティも流石にやり過ぎだと、思わず止めたくなる。 もう一人、コチラを伺ってる気配がなければそうしていただろう。 一方、踏み潰されている小太郎はと言うと、怒りと羞恥で顔が真っ赤である。 「この卑怯モンがぁーっ! 正々堂々と勝負せんかっ!!」 「わはははははー。負け犬の遠吠えとは実に心地良いワイ! なあ、そう思わんか、べっぴんの姉ちゃん?」 ユラリ、空間が揺らいだ。 その揺らいだ空間を更に歪ませ現れ出でる妙齢の女性。 喪の和服に身を包ませ、それを着崩して大胆にも肩と胸の谷間を露にしていた。 壮絶なまでの色気を湛えたその姿に、シャークティは横島がルパンダイブをするんじゃないかと、変な所でドキドキする。 だけども横島、小太郎を踏んづけたまま、冷たい視線を女に向けるだけ。 それもその筈。この女は、横島の大事な女達を傷つけた存在。 何より、飛燕剣の使い手にして性魔術の行使者。 今、彼と共に居るのがシャークティである以上、気を抜いていい相手ではない。 例えば詠春や、そこまで行かなくてもタカミチ辺りと一緒だったら、遠慮なくルパンダイブだったが。 「あん時の女だな?」 「あん時のお嬢さん方は、元気かいな?」 横島の問い掛けに挑発的な口調で返す。 傲慢な程に背を反らせ、横島を嘲笑いながら。 「ああ、テメーに斬り飛ばされた腕も、心の傷も、ぜーんぶ俺の愛の力で癒したったわ」 笑って言い返しながら、横島は右手に霊力を集める。 収束させ、一本の剣を創りだすと、その剣先を小太郎の首に押し当てた。 「降伏しろ。そしたらオマエの大事なガキの命は保障してやる」 人質を取るのは美神令子直伝の奥義である。 シャークティは頬をピクピク痙攣させ、だけども横島は楽しそうに、ニヤリと笑った。 その笑みが、陽性である所が逆に怖い。 そして思い出す。横島が何と呼ばれている存在なのかを。 『紅き翼の汚点』 これは確かに汚点と呼ばれても仕方ない。 シャークティは納得したかのように頷くと、決意した。 ────横島忠夫を真っ当な人間にする! これこそ神が私に与えたもう試練なのでしょう…… 好意を持っている男の余りに非道な行いに、少しだけ現実逃避したとも言う。 一方、小太郎と千草は…… 「千草姉ちゃん! 俺に構わず逃げるんや!」 「なに言っとんの、小太郎はん。あんたを捨てて逃げられへんよ……」 「ね、姉ちゃん……」 「小太郎はん……」 「う、うう……ごめんな、千草姉ちゃん。俺がこんな卑怯モンの罠にかかりさえせーへんかったら……」 「ええんよ。でもこれで分かったやろ? 上には上がいるって」 「そか? こんな卑怯な手を使うような奴、正面から戦えば俺は負けん!」 「ばか! ばかばかばか!! 小太郎はんの大バカモン! 勝った奴が強いんや! それにな、この男、ほんまに強いんやで? ウチが全力で戦っても、まず勝てん位に、な。 なぁ、そうやろ? 横島忠夫はん……?」 「さあな? で、どうすんだ? 降伏すんのか、しないのか……」 「降伏、させて貰います」 懐に隠し持っていた札を全部捨て、ゆっくりと頭を下げた。 そして悔しそうに泣き出す小太郎に、労わりの視線で慰める。 横島はそれ等を横目で見ながら携帯で詠春に連絡を取ると、「ふー、終わった終わった」と肩をポンポンと叩く。 シャークティのジトっとした責める視線なんて気にしねー。 ただ、少しばかり気になるのは、ラプシィアとの関係……なのだが、ここは関西呪術協会のテリトリー。 関東魔法協会で世話になってる横島が、彼女に尋問するのは控えた方がいいだろう。 だから、後で詠春に聞けば良いかと問題を先送った。 横島は、詠春に引き渡す前に何で自分で尋問しなかったのかと、後に後悔することになる。 この日を持って、京を中心にして起きた惨劇は終息した。 天ヶ崎千草は、犬上小太郎を自分が操った被害者だと断じ、全て自分の罪であると言いきった。 まだまだ子供と言ってもいい年齢であったこともあり、小太郎には同情的な視線が集まる。 その身に流れる人外の血も、お人好しな詠春には逆に好意の対象となったようだ。 千草の正式な処分は東西和睦が成った後と決められ、そしてその時に小太郎の正式な処分が決められる事になる。 そして、横島は…… 今日はもう遅いからと、呪術協会に最後の宿泊。 与えられた一室で、クドクドクドクド……と、きつ~い説教をシャークティから受けていた。 「ですから……き、いているの、です……か……ンい゛……っ」 ギヂィ、グ、ググググゥゥ…… 乾いた肉のワレメに、無理矢理挿入されていく音。 苦痛の混じった喘ぎは、すぐに淫靡なやり取りに変わって。 「ら、らめぇ! ひぃあぁっっ!!」 「なんだ、もういらないんか……」 「ち、違います!」 「んじゃ、なんだ?」 「も、もっと、して……」 「して? 何をして欲しいんだ?」 「激しく、突いて……」 「何処に、何をだ?」 「わ、私の、おま●こに、アナタの熱くて硬いおち●ちんを……」 「いい子だ、シャークティ。今日は寝かさん!」 「あ、ああ、私は、なんてはしたないコトを……ですが……あっ!ひっ!いっ!」 「いい反応するようになっちゃって。ほんと、可愛いッスよ、シャークティ……」 「うあぁっ!ああっ!き、来ます!わ、私、もうっイクっ!イキます! イクイクイクイクイクぅううううーッッ!!」 パシン!パシン! 激しく肉がぶつかり合う音が響く。 横島はシャークティの尻をガッチリ掴み、彼女の熟れた肢体を思う存分突き上げた。 シャークティは高々と嬌声を上げ、その声が屋敷中に反響するのも気にならない。 魔法使いとしての責務も忘れ、ただ愛しい男との肉欲に溺れる。 一度知るともう手放せない、愛と肉欲に溺れ続ける…… 横島とシスターの関係を知った詠春は、2人の関係をとても祝福したとか。 あれだけモテなかった横島さんにも、ようやく春が来たのですね……と。 後書き キンクリさん「濡れ場スキップするよ!」 新章突入です。 って、まったくのオリジナル展開。 あれ?エヴァは……?