アキラは最近、少しだけ気鬱気味である。 体術も、気の練り込みも、思ったよりも上達しないからだ。 しかし、それは正確ではないのだろう。 彼女の上達スピードは、常人のそれを優に上回っている。 でも彼女はとてもそうは思えないのだ。 目の前の少年が、もの凄い勢いで強くなっていくのを、間近で見てるから。 最初に手合わせした時はアキラの圧勝。 今戦りあったら恐らく互角。 一週間後には確実に負けるだろう。 励む修練に差はない。 むしろアキラの方が高度な修練を積んでさえいる。 だからこれは単純な才能の差だ。 「はぁ……」 心が重く感じた。 「ネギくん、凄いな……」 思わず出てしまった言葉。 羨望と嫉妬を隠し切れてない声色で、言ってしまった言葉。 アキラは才能があった。他の誰よりも才能があった。 才能だけで言えば、あやかや夕映よりもずっとあった。 でも、ネギの凄まじい才に比べると、自分の才能がとてもちっぽけで、色あせて見えてしまう。 アキラは自信があった。 アスナには及ばないものの、同時期に修練を始めた夏美やのどか、それに夕映よりも戦いに秀でていたから。 性格的にアキラは戦闘に向いてる訳では無かったけど、それでもそのことはちょっとした誇りでもあったのだ。 そしてアキラはそのコトに驕り高ぶるでもなく、他者を見くだす訳でもなく、夕映に追いつかれ追い越されても祝福出来た。 もちろん、今度は逆に追いつき追い越そうと思ってはいたけれど。 でも…… 「さあ、ネギ。来なさいっ!」 「はいっ!」 鷹揚に立つアスナの誘いに、ネギが応えて踏み込んだ。 「やああああ───っ!!」 放たれる高速の拳。 アスナは身体を横に半身ずらし、ネギの拳に更なる勢いをのせて払い、そうして軽く足を引っ掛ける。 流された拳と、足を払われたことによるバランスの崩れで、ネギはそのままズザザザーッっと地面に転がった。 「攻撃が素直すぎるわね。そんなんじゃ、いつまで経っても私や忠夫に一撃入れるなんて出来やしないわよ?」 そうだろうか? 十分以上に速く見え、アキラにはあんなに余裕を持ってさばく自信はない。 アスナや横島に一発入れようなんて思ったことは無かったけれど、なんだろう、とても、悔しい…… 「くっ……まだまだぁっ!」 ネギは吼えると同時、勢い良く立ち上がった反動を使って、ビシュッと空気を切り裂く鋭い蹴り放ってみせた。 アキラには避けられそうもないタイミングでの鋭い蹴り。 でもアスナにしてみればまだ甘い。 その蹴りを自らの蹴りで相殺し、いや、力で押し切った。 やや鈍い音と共にアスナの蹴りがネギの脇腹にめり込み、 「ぐっ!?」 呼吸が止まる程の衝撃に、ネギは身体をうずくませる。 「簡単にっ、動きを止めないっ!!」 間髪いれず放たれた拳がネギの顔面を捉える寸前、ピタリとアスナは止まった。 「ッ!!」 ヒュッっと息を吸い込むネギ。 そして悔しそうに、 「参りました……」 そう言って、うつむいた。 「痛くても、苦しくても、その場で足を止めたらやられるだけよ? そういう時は、まず距離を取りなさい」 「はい」 「まあ、言うほど簡単に距離なんて取れないでしょうけどね」 「そういう時は、どうすればいいんですか?」 「我慢すればいいんじゃない?」 「……何をです?」 「痛いの」 「…………はぁ、分かりました」 「何よその間は」 「いえ、なんでも。ただ、少し考えが脳筋気味だなぁって」 「なによその言い方っ! まるで私がバカみたいじゃないのよっ!!」 喧々囂々と言い合いしながら、再び組み手を始める2人。 ネギの動きは先ほどの手合いよりも更に鋭く、攻撃を受けても足を止める事無く、明らかに上達してみせていた。 「……あ、はは、は……一週間? 今日中に追い越されるよね、これ……」 呆然と、ただ呆然と。 心に湧いてくるのは嫉妬? いや、違う。私は、羨ましいんだ…… 「ん? どうしたんだ、アキラちゃん」 「あっ、はい。なん、でも……何でもないです、横島さん」 私は、アナタと、肩を並べて歩きたいのだ。 あの日の様に守られるだけじゃなく、私がアナタを守りたいのだ。 強くなりたかった訳じゃない。 ただ、アナタを……アナタの、ただ一人になりたかったのだ…… ある意味アキラの羨望は、急速に成長するネギよりも、むしろアスナに向いていたのかもしれない。 横島忠夫の最も傍にいる女性、神楽坂明日菜との実力差を急速に縮めて行くネギが羨ましい。 アスナが、横島忠夫にとっての特別、そんな彼女みたいに自分も成りたいから。 そう、アキラは、知らずアスナに嫉妬していた。 もちろんだけど、それは本当に小さいモノだった。 誰もが持ってる、小さな小さなモノだった。 ただ、その黒い感情を自覚した時、アキラは自らの汚さに嫌悪する。 気落ちするアキラに、横島は心配そうにおっぱい揉んだりしたけれど、彼女は何の反応も返すことなく。 今日は学園都市の全体が夜8時から停電になることもあって、割と早い時間に解散となり、アキラは肩を落として家路についた。 落ち込んだ気分、そのままだった所為なのだろうか? アキラはその後、エヴァンジェリンに操られたまき絵と、そのまき絵に噛まれて同じく傀儡となっていた裕奈と亜子に襲われ、為す術もなく捕まってしまう。 今の彼女の実力ならば、簡単、とは言わないけれど、十分以上に何とか出来たはずなのに。 両脇を裕奈と亜子に抑えられ、まき絵に首筋を噛まれ意識が遠のく中、アキラは思った。 もう 負けたく ないのに 身体が軽い。 こんなに身体が軽いのは初めてだ。 アキラは霞みがかった頭で歓喜する。 これなら勝てる。彼女に、勝てるッ!! エヴァンジェリンの下僕となり、半吸血鬼化したアキラは、心の奥深くに眠るエゴを無理矢理に増大された。 優しく戦いを好まない心は鳴りを潜め、嫉妬と独占欲と言った暗いモノに心が占められていく。 本来のアキラでは有り得ない。でも確かに彼女の感情の一つではあるのだ。 「アハッ、アハハハハ、ハハハハハハハハハハハ」 だから、まき絵、裕奈、亜子の3人の瞳が虚ろなだけであるのに対し、アキラの瞳は狂気の色に染まってしまった。 「ふんっ、キサマ、素質があるのではないか?」 殊更楽しげに笑うエヴァンジェリンと、心配そうに見る茶々丸。 そんな視線を気にも止めず、用意されたメイド服に袖を通す。 「一人は坊やを此処へと連れて来い。残りの3人は、横島忠夫を仕留めて来るのだ」 「「「はい、エヴァさま」」」 まき絵はネギへ、裕奈と亜子は横島へ、でもアキラは動かない。 「どうした? さっさと行かんかっ!」 エヴァの苛立たしげな怒声が飛ぶも、アキラはやっぱり動かない。 くすくす嗤い、首を振る。 だって違うじゃないか。 私は横島さんが好きなんだから、彼に危害を加えたくはない。 「洗脳が浅かったか……?」 チッ、と舌打ちして、嗤うアキラに手を伸ばそうとするエヴァ。 だけどもアキラはスッとエヴァの手が届く範囲から逃れ、 「横島サンじゃなく、ワタシはアスナと……タタカイたい」 片言混じりでそう言うアキラに、エヴァは目を数回パチクリした後、大声で笑いだした。 そして言うのだ。 「いいだろう。見事仕留めてくるがいい、大河内アキラ」 「アリガトウございます、エヴァさま」 「あの小娘にとっても、良い試練になるだろうさ」 エヴァンジェリンの何か暖かい物が入り交じった呟きに、アキラは反応を返したりせずに、無言で踵を返して夜の真の暗闇の中を疾走する。 【こう】なる前とは比べ物にならない身体能力と、溢れんばかりの妖し混じりの膨大な気。 これなら勝てるかもしれない。 アスナに、委員長に。彼が大切に想う使徒達に。 そうしたら、ワタシがアノ人の……イチバンに……なれるのだ。 俺が為に鐘よ鳴れ 第6巻 勝利の方程式 学園都市一斉メンテによる停電となったその頃、横島一家は当然の如く、家で静かに過ごしていた。 実は横島がホームセンターで買ってきたバッテリーのお陰で、家が停電状態にならないこともあり、いつも通りテレビを見ながらのちょっと遅めの夕食中である。 だけど、箸の動きは止まっていた。 ビリビリと家が、いや、この学園都市が震えてるのを感じていたからだ。 そんな中、横島とアスナは遂に来たのかと思った。 想定していたよりも、ずっと早いタイミングではあったが。 横島とアスナは、エヴァが動き出すのは満月の日。だからもうしばらく時間がある。 そう思っていた。 だが、先ほど停電となった瞬間、凄まじい魔力の奔流を2人は感じ取った。 いや、アスナと横島だけじゃない。 ネギと、カモもだ。 「な、なんですかコレっ!?」 「こいつあ……まさかっ!」 「エヴァンジェリン、だな」 どういったワケか不明だが、エヴァが封印から解けたようだ。 それにしても凄まじい。 魔力量だけなら中級魔族に匹敵するのではないか? そう思いながら、横島が視線を外から移すと、ネギは顔を真っ青にしていた。 「これが、エヴァンジェリンさんの、本当の力……」 呆然と呟かれた言葉に、だが横島は首を横にふった。 「今日は満月じゃねーし、多分これよりも上があるな」 「そう、ですか……これが、真祖……」 ゴクンと生唾を飲み込む。 最近のネギは成長著しい。 故に、必要以上にエヴァの力が解ってしまう。 「あの~、エヴァンジェリンさんの封印は解けたみたいですから、もう僕を襲うなんてないですよね?」 アハハと虚しい笑い方をしながらの質問は、実はネギには何て答えが返ってくるのか解ってた。 それはネギの自称相棒であるカモも同じで、「兄貴……」と呟きながら静かに涙する。 こう見えてもこのオコジョ。中々に義理人情に篤いのだ。 もっとも、自身の身の安全と秤にかけたら、あっさり安全の方に秤が傾く危うい所もあるのだが。 「ネギ、自分でも信じてないことを言うモンじゃないぞ。第一、力は戻っても呪いは解けてないみたいだしな……」 カモと同じく、横島も言いながら首を横に振って涙した。 その横では、アスナも同じように…… 唯一人、木乃香だけはぽやや~んっとしていたが。 それらを見たネギは、最強種族の一角である真祖とやり合わなければならないのか……と同じように涙する。 しかも、どうやら横島とアスナの助けは期待できそうにないと来た。 ああ、このままじゃ死んでしまう……! ……いや、全力近い真祖と言えど、しょせんは吸血鬼に毛が生えたようなモノッ! だったら、またニンニク責めでなんとかすれば…… でも、そうしたら、あの時みたいな凄惨な状況に…… ネギの脳裏には、数日前に自分の所業によりあられもない姿でダウンしたエヴァの姿が思い浮かんだ。 そして、ベッドで苦しそうに唸る彼女の姿も。 うっ……やっぱりマズイよね…… ……でも、でも、 「死にたくなぁーいっ! ボクには父さんに会うって至上の目的があるんだぁ! だから、かわってくださいよっ横島さぁーん!!」 ……子は親の鏡と言う。 しかし、ネギは親であるナギとアリカのコトは殆ど知らない。 ならば、此処での親代わりに近い形である横島に似ても仕方ないのかも知れない…… 「あ、兄貴っ! たとえ横島の旦那が見捨てても、俺っちだけは兄貴とずっと一緒でさぁー!」 「カモくん……」 「兄貴……」 「カモくんっ!」「兄貴っ!」「カモくーんっ!」「兄貴ぃーっ!」 ひしっ!っと泣きながら抱き合う2人(?)だった。 と、その時である。 ピンポーンとドアホンが鳴ったのは。 ネギは緊張に身体を強張らせる。 「ネギ・スプリングフィールド。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさまが、きさまにたたかいをもうしこむ。わたしについてこい」 外からなのに、不思議なほど澄んで聞こえてくる片言の声。 「この声……まき絵さん!?」 そう言えば、彼女はエヴァンジェリンさんに噛まれたことが…… 色々あって忘れてたけど、もしかして……? 「ネギ、逝け! 逝ってまき絵ちゃんを助けて来いっ!」 「……なんかイントネーションが可笑しい気がしますが、分かりました! 行ってきますッ!」 真祖を相手にする不安もある。 自分よりも遥かに強大な相手と戦う怯えもある。 でも、それらの感情が、まき絵さんを助ける! と決意することで薄れていった。 部屋へと急ぎ戻ったネギは、秘蔵のアンティークを懐に隠し、万が一の為のテーブル用ガーリックパウダーをポケットに忍ばせる。 こうなったら、勝利の方法を選ぶつもりはネギにはない。 被害が自分にだけではないのだ。 まき絵が巻き込まれてしまっている以上、もうネギには容赦する理由なんて欠片もないのだから。 いざとなったら、ニンニクだけでなく、アナタの嫌いなタマネギ地獄を味合わせてあげますよ! そう小さく決意の言葉を口にしながら、ネギは魔法使いのローブを羽織った。 そして最後に父親から貰った大きな杖をしっかり握ると、部屋の窓から身を乗り出して飛び降りる。 ズザン!っと格好よく地面に降り立ったネギ。 横島が見れば、こんのイケメン予備軍が!っとがなり立てるだろうぐらい、決まっていた。 そうして顔を凛々しく引き締め、被害者であるまき絵に優しい笑みで笑いかける。 ネギを待っていたのだろうまき絵のメイドな姿に少し引っ掛かりを覚えたものの、 「まき絵さん、似合ってますね、その格好。とても可愛いですよ」 紳士的に彼女の姿を褒め称えた。 「ふ、ふぇっ!? じゃ、じゃあいくよ、ネギくん」 「はい、必ずアナタを助けてみせます、まき絵さん」 「う、うん……」 操られながらも、僅かに意識が残ってるのか、頬を小さく赤らめたまき絵の先導で、ネギは夜の暗闇に消えていった。 そして、カモも…… 「旦那、俺っちも行ってきます」 「……ネギを頼むぞ」 「任せな! 俺っちには、勝利の方程式が見えてるんでな!!」 そう! カモには勝利するための方法が解っていた。 エヴァンジェリンの魔力が解放されたのは、恐らく停電と同時である。 だったら…… 援軍を呼ばなければならない。 ネギの相棒である自分が、ネギの従者達を……! ただ……チラリと横島とアスナを見るカモ。 この2人が居れば、そんなん必要ねーんだけどな。 でも、カモには分かっていた。 この家に近づいて来る3つの気配。 さっきのまき絵と同等程度の気配が2つ、そして最後の一つはアスナと互角の気配!? ……とはいっても、しょせん目の前の化け物(横島)に比べたら見劣りはする。 カモは妖精なだけあって、横島の不可視の力を恐れ敬っていた。 この力は、自分のような存在には猛毒なのだと。 だからといって、力だけが戦力じゃない。 相手の能力如何では、そんなのあっさり覆される時もある。 なんせ、目の前の男は、化け物であると同時に、無類のスケベ野郎なのだから。 近づいてくる匂いは、間違うことなく女の香り。 スケベ心が災いして、あっさり負ける可能性もなきにしもあらず。 だから、カモは言うのだ。 「旦那と姐さんも御武運を……」 自分たちは大丈夫。 さっきも言ったが、確実に勝てる当てがある。 カモはそういう思いを込めてペコリと頭を下げると、ネギを追って……いや、女子寮目指して家を飛び出すのだった。 中々大胆なメイド服着た3人の美少女を横目に、カモは駆ける。 絶対なる勝利を掴むため。 物量攻めと様々な後方支援が可能な早乙女ハルナ。 彼女が居れば、アスナ級の実力を持つ茶々丸の足止めも可能だ。 なんせ彼女は絶対に本気にはならない。 そして最強の悪の魔法使い、ダークエヴァンジェルを封じ込める最大の一手。 「兄貴ぃっ、時間稼ぎ頼みますぜっ!」 電子の精霊の担い手、スーパーハッカー長谷川千雨が居れば、科学混じりの結界に括られている闇の福音を封じ直すなど容易い。 そう、容易い筈なのだ。 「なんじゃこりゃーっ! ボーナスか? ボーナスステージに突入しとったんかっ!!」 「こんな時に、なにバカなこと言ってんのよッ!!」 ビシッ!バキッ!ドガガガガッ!! 明らかに複数からなる凄まじい打撃音と、横島の「あんぎゃーっ!?」断末魔な叫びに涙しながら、カモは駆け続けるのだった。 「旦那ぁ、あんた漢だぜ……」 どんな時でもエロを忘れない。そんな横島に尊敬の念を抱きながら……