第10話 パパイアの思い
パパイアside
私の前には抱き合って泣き合う友人がいる。
……ああ、そっか、これが嫉妬なんだ。
私の名はパパイア・サーバー。
それなりの地位を持つ家に生まれた。
母は私が幼い頃になくなり顔も覚えていない。
父は貴族でありながら魔法Lvが無いことにコンプレックスを持ち、常に自分の事だけ考える事に忙しく、私と話すことはほとんど無かった。
ゆえに父母の愛情がよくわからない。
更に私と父とを決定的に隔てたのは私が魔法Lv2だと判明したときだった。
あの時の父の顔を忘れることが出来ない。
嬉しさと悲しさと悔しさ、そして絶望、そんな表情の入り交じった顔だった。
その後しばらくして父は家を出た。
失踪だ、風の噂では反国家的な組織に入ったと聞いている。
…今なら多少判る、あの時の父の顔は、
自分の中に確かに魔法使いの血が流れていたことが確認できたうれしさ、
なぜ、その魔力が自分には無かったという悲しさ、
魔法に才能がないと気づいてから魔法を馬鹿にし自らの頭脳のみを誇りとしてきたにもかかわらず自分に魔法使いの血が流れていることに喜んでしまった悔しさ、
そして、大きな魔法の才能を持つ娘を利用して上に行こうと考えてしまった事への絶望、
そんな感情が入り交じっていたのだろう。
そう、父は父なりに私を愛してくれていたのかもしれない、ただそれは非常にわかりにくく、私がそれを理解するには聡明さが足りなかった。
そんな幼少期を過ごした所為か 私は非常に冷めた子になっていた。
魔法応用学校入学、これが私の運命を変えた。
入学してしばらく、私は飽きていた。
家を出れば何か変わるかも知れないと早めに入学した魔法応用学校。
しかし、その中にあったのは、形式張った付き合い、変化のない日常、この学校では誰もが仮面を付けて生活をしている。
このままなら、私はその内人生に飽きて自殺か精神を病んでいたかも知れない。
そんな私を1人の人間が変えた。
「あなたがパパイア・サーバーさんね、私は山田千鶴子、千鶴子って呼んでください。」
これが出会い。
最初は滅多にいない魔法Lv2が同じ学校にいることに興味をもって、千鶴子があいさつに来ただけだった。
だが、私の目に見えた千鶴子は未知の存在だった。
溢れる才能、強大な魔力、入学したてにもかかわらず既に卒業レベルにある知識量。
なにより、彼女には歪みが無かった。
異質な力、人とは違う人間は排除される。
彼女も又例外ではなかった。
嫉妬、やっかみ、悪意を行動に移されたこともある。
だがどれも彼女を傷つけることは無かった、決して気づかない馬鹿ではない。
彼女はどんな悪意もたいしたことがないようにすり抜けていった。
そんな彼女を観察していたらいつの間にか私は千鶴子の友達になっていた。
豊かな才能を持ちながらなお高みを目指すその精神、最初、私には判らなかった。
そして、その答えが判るのは彼女と出会って1年後だった。
幼なじみが入学したので紹介したい、と言う千鶴子に連れられて私は出会った。
『アニス・沢渡』
現在ゼスでただ唯一のLv3、初対面で緊張しているのか、引きつったように笑うその少女は一見した所、只の女の子だった。
だけど私には、彼女は水で一杯になった風船を連想させた。
犯罪者用の魔力封じを着けているにもかかわらずあふれ出ている魔力。
そう、肉体の限界を超える魔力は肉体と精神を蝕んでいく。
何時破裂してもおかしくない状況、その躰は常に激しい痛みに苛まれているだろう。
その痛みは精神も侵していき、痛みを押さえるため辺りに魔法を蒔き散らかしていても可笑しくないはずだ。
なのに何故この子は笑っていられる!
それから私達3人の付き合いが始まった。
やっぱりと言うか当然アニスは異質なものは排除されると言う手段心理に基づき孤立した。
その為、余計に私達3人でいることが多くなった。
勉強を見てあげたり魔法の修行にも付き合った、むろんアニスの魔法の暴走に何度も巻き込まれた。
アニスは心底申し訳ない様に土下座していたが、この件、怪我さえ気を付ければ私のメリットが大きく、アニスの魔力の影響か暴走に巻き込まれるたびに魔力が上がっていくと言う現象が判明した。
そして、しばらくアニスと付き合う内にだんだんこの子が判ってきた。
…本当にいたんだ、自分の痛みより他人の痛みの方がつらい人って。
アニスは人に絶望しない、それはむやみに信じるのじゃなく暗い部分を理解した上でだ。
なるほどあの千鶴子が歪まないわけだ、同情や打算じゃなく自分を理解し、理解しようとしてくれる人は滅多にいない。
そして思いはじめる、アニスに比べれば私の苦しみなんて、と。
生まれてから強大な魔力のため精神的肉体的に苦しみ、その異質さ故に他人から孤立する、しかし決してその事に絶望せず笑顔を絶やさない。
そんな人、今まで私の周りにはいなかった…。
私達3人のつながりは私が学校を卒業した後も続いた。
そして、アニスが学校を卒業して直ぐに事件は起こった。
研究所の仮眠室で1人くつろいでいるといきなりアニスが飛び込んできた。
「パパイアさん突然ですが人助けです、理由は聞かず付き合ってください。」
そう言うと、仮眠室にあった私の泊まり込みの荷物を持って私を拉致っていった。
突然の事に思考停止している私をうし車に乗せると、見知らぬ巨漢の男性が運転するうし車は発進した。
目的地に向かう途中やっと私は状況の説明をもらった。
目的は今回施行される異文化撲滅政策のため虐殺されるムシ使い達を助けること。
うし車を運転しているのは実はガンジー王子であるということ、などである。
正直、ムシ使いに対しては私は特に偏見はない、というか今まで興味もなかった。
しかし、王子については正直驚いた、そう言えば最近政治がらみの話題が増えていたと思っていたが既に行動に出ていたとは。
千鶴子、相変わらず行動に無駄のない子だ。
ムシ使い達の村に着いた私達、やはり上手くは行かなかった。
王子が身分を明かして説明しているにもかかわらず、村人達は警戒を解かない。
仕方ない、そこまでこの国の魔法使いに対する一般人の認識は悪い。
なにより私の目にはこの村人達、諦めの気配が見えている。
そう、私と同じ目だ。
そして、このまま不毛な言い争いになるかと思われたとき、アニスが動いた。
「ごめんなさい!」
いきなり土下座を始めたのだ。
そして、全ての魔法使いの罪を被るか如く謝罪をはじめた。
まったく、だからアニスは甘いのよ、たかが11歳の女の子が罪を認めて謝罪したからどうなるというの、あきれるだけじゃない。
私の心をそんな否定の気持ちが充満する。
だが、そんな心と裏腹に躰は自然と土下座の体勢にはいり、口からは謝罪の言葉が流れていた。
「ごめんなさぁい」
心と体、行動が一致しない。
私は一体………。
その後、王子までが土下座するという事態が起こったが、結局村人達は脱出した。
脱出先は5日ほど移動した先の小さな村、私達はこの村の改装を手伝うことになった。
いつもなら面倒と適度に手を抜くのだが、正直、現在心と体の問題で参っている、何も考えず身体を動かせることがありがたい。
などと思っていたらアニスが又とんでも無いことをやっていた。
魔法の暴走はいつものことだけど、その後の荷物運びはアニスの特殊性を再確認させる。
あれだけの質量を何時だけでなく幾つもそして何時間も動かし続ける。
重いものについては魔力量で何とか出来るがそれを続けて何時間と行うのは不可能だ。
本来魔法とは一瞬だけ発動するもの、持続性はない、その為魔池や魔力バッテリーが作られている、それをいとも簡単に………この子の魔力容量はいくらあるの?
王子も千鶴子もあっけにとられている、アニスってもう既にフルパワーを出したら誰も勝てないんじゃ無いかしら?
あれから4日後、私達に衝撃がはしった。
村長に託されていた手紙、そこには村に残ったムシ使い達が逃げた仲間のため、助けに来た私達のため、『なれのはて』という化け物になってゼス王国軍に戦いを仕掛けてごまかす、という内容が書かれていた。
そこには恨み言はかけらもなくそれどころか後に残る私達に苦労を押しつけてすまないといった内容まで含まれていた。
ああ、実は私が知らなかっただけで、世界には優しい人達がいっぱいいるのかもしれません。
いえ、知りたくなかったのかも………。
アニスはこの手紙を読むと直ぐに飛び出して行こうとしたが千鶴子に呼び止められ頬を叩かれた。
もう、二人とも涙でべしょべしょだ。
そんな二人を見ているとどんどん胸が苦しくなる。
……ああ、私は嫉妬していたんだ。
千鶴子とアニスに友達と言われながら私自身はどこか冷めた目で見ていた。
同じ場所にいながら違う場所にいるような感覚、今なら判る、私は千鶴子がうらやましかったんだ。
千鶴子と私は驚くほど似たような境遇だ、父母の愛に恵まれず、その才能故に孤立する、問題点が判っていても自分ではどうすることも出来なかった。
だが千鶴子のはアニスがいた、そのため千鶴子は心から笑顔をだし思いっきり泣ける。
その事がうらやましくて嫉妬していた、その病んだ心が友達という言葉に躊躇させていたんだ。
地面を見るとアニスが走り出した際に投げ捨てられた手紙があった、そこには、
「あえて、危険を冒し我らのために動いてくれたあなた達を友と呼ぶことを許して欲しい。
そして、願わくばいずれムシ使い達が差別されない世の中になったとき友の手で我らを眠りに就かせて欲しい。
その日まで我らは故郷を守り続けよう。」
と手紙の最後が締められていた。
…あなた達も私を友と呼んでくれるのですね…。
今は泣いている二人に入ることは出来ないけど……。
しかし、自分の闇を自覚した今ならいつか入れるかも。
ですから、もう少しだけ待ってて下さい、千鶴子、アニス。
さあ、二人にこの手紙を見せないと。
私達を友と呼んでくれた人達のために、そして私達が前に進むために…。