第8話 アニスの長い夜です。
どうも、歴史を変えてちょっとウキウキしている土下座魔法少女アニスです。
私の行動が歴史を変えたことで少々浮かれて眠れないため家の外で夜風に当たっています。
夜風が気持ちいいですね。
ジャリッ!
おや、誰か来たみたいですね。
「…眠れないのですか?ガンさん」
そう、私に近づいてきたのはガンジー王子です。
「おや、気付かれたか。」
「はい、こんばんわです。」
千鶴子さまやパパイアさんにしては土を踏む音が大きすぎますしなによりその圧倒的な気配を全く殺していないのですよ。
気づかない方が難しいです。
「どうなされたのですか?」
「いや、一言謝罪しようと思ってな。」
はて、なにか、謝られるようなことがあったでしょうか?
「わたしがふがいないばかりに土下座までさせてしまったこと、すまないと思う。」
ああ、その事を気にしていたのですか、まぁこちらも少々せこい考えを持って行った行動なので謝られるとちょっと居心地が悪いのですが。
しかしガンさんが罪悪感を持っている。……ならば!
「ガンさん、いえ、ガンジー王子、無礼を承知で一言言わせていただいてもよろしいでしょうか?」
今回の行動、一言言っておいた方が良いかも知れませんね。
「なにかな?今は王子も何も関係ないつもりだ、進言があるなら、忌憚無く言ってほしい。」
「では、…二度と、土下座などという真似はやめていただきたいのです。」
「…なぜかな?少なくても今回の一件、きっかけになったのは私の土下座だったと思うのだが。」
やはり、このガンジー王子、度量が並はずれて大きいです。
私の両親は公務員とはいえ平民、しかも11歳の殆ど面識のない少女に自分の行動を非難されてなお真剣に意見を聞ける人はまずいないのですよ。
「今回の件、ムシ使いの方々が私の思った以上に純朴でお人好しだから成功したようなものです。」
その後、私は王子が土下座する事の危険性、こと、個人ではなく集団にすることの危険性を訴えました。
確かに世の中には自分が傷つくより人が傷つく事を嫌う人や、他人に対して限りない愛を持つ方も存在します。
そこまで行かなくても謝罪を謝罪として素直に認められる心を持った人もたくさん居ます、しかし100人居ればその中には1人位相手の謝罪を利用しようとする者もいるのです。
特に今回、1人でもそんな人がいれば致命的な状況でした。
そしてなにより、王子に土下座させてしまっては何の為に下の者がいるのか分かりません。
確かに私たちはまだ子供であり、それほど深い付き合いではありませんが、それでも同じ志を持ち行動しているなら私達を信頼して、任せるべき事は任せて欲しいのです。
こう言っては何ですが今回の件にしても、あのムシ使いの方々の純朴さなら王子が土下座せずともいずれ納得してもらえたと思います。
しかし、王子が土下座をした為に無条件で村を捨てる事を受け入れるか絶対に村に残るかの2択になってしまいある意味脅迫的な状況になってしまったのです。
そう、私達相手の交渉なら、幾つか村人に有利な条件を出して納得するという事が出来ましたのに…。
「そ、それは、……いやしかし。」
流石に自分がよかれと思った行動が相手に対して脅迫になってしまったと聞いて動揺しているようですね。
けど、ここは良い機会です。
ゲームでもガンジー王は自分が何でも出来るせいか全て自分で背負おうとしていた様に思います。
そのため政治では、千鶴子さまに頼っていたにもかかわらず大事な事は何も話さずにいました。
その為長官達に好きなように言われ、千鶴子さまは非常に苦労していました。
千鶴子さまの盲目的な忠誠心がなければ政治的に崩壊していたでしょう。
そして軍では、軍団長達の実力を認めつつも特に何もせず、その行動を放置していたためウスピラさんの軍を長官達に持っていかれてしまい氷の軍団を壊滅させてしまいました。
人が1人では背負える量に限りがあります、それを無理して背負おうとすれば必ず歪みが出るのです。
「ふむ、そうかもしれんな。
……直ぐには変えられんかもしれん。
が、念頭には置いておこう。」
……やはり器が大きいです。
下の意見を聞き素直に自分の問題を認められる者は稀少なのですよ。
「そうだアニス、少し私の話を聞いてくれぬか。」
それから私はガンジー王子の昔話を聞きました。
わがままだった少年時代、
そして1人の少女が自分の価値観を変え新しい世界への目を開いてくれた事、
学生時代の突然の少女との別れ、
その後の精神的復活をとげるまで。
どうやら私は随分と王子に気に入られたようですね。
こんな話までしてくれるとは。
しかし、やっぱり居ましたね。
『エセさわやか男』
責任を取ってやめさせられた女子に人気のあった先生と言うのが奴に間違いないでしょう。
やはり、リズナさんの一件に絡んでいましたよ。
この世界、ほぼ間違いなく正史の様ですし、本格的にパパイアさんの件、なにか対策を考えた方が良いようですね。
本格的に私の敵と認定させてもらいますよ『エセさわやか男』!!
そうやって私が『エセさわやか男』に対する敵愾心を沸々と高めていた所、また王子が話しかけて来ました。
「この国は救えると思うか?」
こらこら、これは11歳の少女にする質問なのですか。
というかよっぽど切羽つまっているようですね。
うーむ、丁度いい機会ですし、ここは私の思う所を素直に話してもよいですよね。
「無理です。」
あっ、こけた。
流石のガンジー王子もこのストレートな答えは考えてなかったようで。
「ちょっ、ちょっとまて、それは…。」
おおっ、蘇った。なかなかお早い復活で。
「失礼しました、少し言葉が足りなかったようですね。
今のままではと言う意味です。
少し説明させていただきます。」
ちょっと意地悪でしたね。
お詫びに私の思う所を説明させていただきます。
現在、長官達や貴族達に完全に実権を握られしかもその状態が長く続いています。
その為、二級市民達の中にも自分たちが差別されているのではなく自然の法則のように考えている者も見られます。
このような状況では積極的に国を変えていこうと考える者は限られてしまい、国民の大多数による民主的な改革ははっきり言って無理です。
そうなると一部の者が指揮を執り国民達に改革を望むように働きかける事になるのですが、このような行為は目立つ上権力者にとって目障りな為、一部の反抗勢力、テロリストにされてしまい、まず弾圧されます。
この状況に当たるのが現在のペンタゴンですね。
ならばどうすればいいか。
現在私が思い当たる方法は3つです。
一つは王になったその権力を使い、長官達を一気に拘束し改革を進める方法。
この方法は超下策です。
間違いなく内乱が起こる上に、貴族対王の構図になってしまうため国民からの指示も得られず 、下手をすると外部勢力の介入で国自体が崩壊してしまいます。
二つ目はゲームでやっていた方法、すなわち長官達から気づかれないように少しずつ権力を奪っていき、そして影から国民達の改革勢力を援助し、国と民の両面から改革していく方法。
この方法は堅実ですが恐ろしく時間が掛かります。
何より長官達に気づかれてはいけないのですから王が全面に出ることができません。
それでいて大貴族を罰する事が出来るのが王だけなのですから、
『政治には興味はないが正義の味方に憧れている王』
を演じてもらわなければいけません。
そう、『征伐のミト』です。
王に油断させるためとはいえ道化を演じてもらわないといけないうえ、一級市民と二級市民の間に和解の道が開かれるのかも微妙です。
それにこれは言えませんが改革派の国民の中にあの『エセさわやか男』がいる時点で間違いなく失敗します。
絶対に色々ちょっかい出してきますよあいつは。
三つ目は外部勢力をダシに危機感をあおり無理にでも国民全てが強制的にでも協力しあう状況にしてしまう方法です。
要するにゲームで結果的にランスが使った方法です。
危険性は今更言うまでもないでしょう。
成功させるにも結果的に外部勢力を撃退する実力が必要です。
さらに一級市民と二級市民の双方の代表に顔が利き、ある程度の影響力もある人物で双方に遠慮無く動ける人物もいりますね。
……よく考えてみたらランス君そのものですね。
以上の事を考えるに現状では無理だと判断したのです。
これらの説明を終えると目に見えて落胆してますよ、ガンジー王子。
しかし、これらの内容は千鶴子さま達と話し合った内容も含まれるため似たような事を千鶴子さまから聞いていると思うのですが…。
大分オブラートに包んで話しましたね。
…千鶴子さま優しいから。
「ただ、どの方法にするにしても自己戦力の意志を固める事が必要です。」
「ほぅ、どうする?」
流石ガンジー王子、もう復活しましたか、すばらしい回復力ですね。
「まず、四天王の確保。
これは名誉職とはいえその発言力は無視できないものがありますから当然です。
今後、今回のような勝手に法案を成立させる事を防ぐためにも長官達と戦える政治力が必要になってきます。
しかし、現在の四天王は全て長官派ですから協力は得られません。
よって全員を変える必要があります。」
「うむ、……だがこれはかなり難しいぞ。
確かに四天王は王が任命権を持つ数少ない役職だが、欲にまみれた奴らがそう簡単に明け渡すとも思えん。」
「確かにそうです、しかし、四天王に限り王の任命権以上の建前があります。
『もっとも強い魔法力を持つ者が四天王になる』
です。」
「…その建前を全面に出すことで、私が政治力を強化しようとしていると言う意図を隠しつつ、こちらの人材を入れるということか。」
察しの良い方は説明が楽で助かります。
王にはこれからも政治に興味のない、または視野の狭い正義しか見えない王様を演じていただかないと。
その為にも国王の権力強化の為に動いていると疑われる行動は少しでも誤魔化さないといけません。
もっとも、この考えは現在の四天王が殆ど長官派の縁故で決定された魔法Lv1しか持たない人たちだからできることですが。
「では、その人材についても既に考えているのであろうな?」
「ははは、お見通しですか。
今のところ千鶴子さま、パパイアさんの2人を入れる事を考えています。
後の二人については現在の所保留ですが、1人くらいは長官達の推薦でいれた方がいいんじゃないかと…。
要は、四天王の筆頭をこちらの人間が務め、半数以上がこちら側の人材であるということです。」
まぁ、千鶴子さまが音頭をとっていただけるのでしたら後は何とかなるでしょう。
なにげにすごい方ですし。
「アニスは入らないのか?」
やっぱり疑問に思われましたか、普通魔法Lv3なら四天王入りは確実でしょうが、将来私はランスの元へ行くつもりなので下手に役職に就くわけにはいかないのですよ。
…なんとか誤魔化さなくては。
「私の場合魔法Lv3が問題なのです。これは十分警戒に値する問題です。
折角ですので今まで通り『魔力は大きいが制御が出来ない』とか『へっぽこ魔法使い』の評価のままでいた方が何かと便利かと。」
今ひとつ納得し切れてないようですが『今のところは考えがあって役職に就かない』と言う事で納得していただくしかありません。
その後、四天王最後の1人については『娘かわいさに国の重鎮にしたい』という名目が使えるということでマジックさんが候補に挙がりました。
4軍団については雷、炎、氷の3軍団長は変わらず、光のみ王女の許嫁候補の実績作りとの名目でアレックスさん軍団長に変更させると考えているそうです。
しかし、十代、二十代の高官が多くなりますね。
確かウスピラさんて、まだ十代半ばだったような。
まぁそれだけ頼れる人材が少ない現実があるのですが。
それと、ガンジー王子が王になる前に一度みんなを集めて会議をするよう進言しました。
王になってからでは長官達からの警戒心を刺激しますし、かといってやらなければ間違いなくお互いの行動に支障がでます。
いわゆる、氷の軍団壊滅とか、マジックさんのガンジー王子への不信などゲーム中で起こった問題の幾つかはこれで避けられるはずです。
さて、随分と長話になってしまいました。
しかし、いつのまにか話が大きくなっていますね。
11歳の少女が国家戦略を語るなんて元いた世界では考えられない事なんですが…。
とりあえず、言いたい事は言わせていただきましたので今夜はよく眠れそうです。
side ガンジー
千鶴子からの話を聞き期待はしていたが……、これが11歳の少女だと!
高度な国家戦略を語りながらその内容にはこうなるだろうという予言めいた所も見られる。
なによりその目はゼス再生だけではなくもっと先を見ているようだ。
もしかして気づいているのか、かつて父から一度だけ会わせてもらった占い師より聞かされた、近い内に世界を巻き込んだ大きな争いがあるという予言の事を。
この魔力にしてこの知力そして先を読む力、もしかすれば危険かもしれん。
………いや、考えすぎだ、私がこの少女を信じなくてどうする。
自分たちと何の関わり合いがないにもかかわらず危険を承知で助けに来た行動力。
不信感を持つ村人のため全てを捨てて謝罪するやさしさ。
そして苦言と承知であえて私の行動をたしなめる忠誠心。
いや、この少女の行動は全て誰かを助けたいというやさしさから来ているのだろう。
今はこの心を信じよう。
自らこの国を救う事は無理といいながら、それでも全く諦める事を考えない強き心と共に。
さあアニスよ、まずはムシ使い達を救おうではないか。