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No.11895の一覧
[0] 千雨の方法【ネギま!オリ設定】[a2](2009/12/04 02:39)
[1] 望遠鏡と同窓会 前[a2](2009/09/16 09:10)
[2] 望遠鏡と同窓会 後[a2](2009/09/18 03:04)
[3] デイドリーム・ビリーバー 上[a2](2009/10/01 18:34)
[4] デイドリーム・ビリーバー 下[a2](2009/12/01 17:50)
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[11895] 望遠鏡と同窓会 前
Name: a2◆b51f56f3 ID:a4353d72 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/09/16 09:10

 アンチグラビティーシステムが六つのフィンから青白い光を吹き出し、札幌の上空にセーラー服の少女が浮かび上がった。
 アンチグラビティーシステム。それが開発され、既に三年が経過している。しかしそれはいまだにオーバーテクノロジーであった。科学と魔法の融合学問の第一人者、葉加瀬聡美を始め多くの先進的な学者を抱えるアクバル大学にしてもその歩みは極ゆっくりとしたものだ。それを初めとした超鈴音の遺産には遠く届かない。
 彼女――春野がそれを扱うことができるのも、高い演算能力を誇る杖を有しているからに他ならず、また葉加瀬に直接システムを譲り受けたからこそだった。それでも戦闘機動にはほど遠く、また杖のCPUパワーもかなり割かれるため、忠実な配下たる七部衆も一匹だけが肩に止まっているだけだった。
 つまり、飛んでいる間は何の力もない女子高生でしかない。
 だが彼女はこうやって深夜、空を飛ぶのが頗る好きだった。魔法使いの長い歴史で進化してきた魔法とは違う。冷気は容赦ないし、人目避けもできない。制御には気を使うし、何より超鈴音との力の差をまざまざと見せつけられている気になった。だがそれでもしょっちゅう飛んだ。バカと煙と偉い奴の中でいうならどっちかというと煙に近い。

「ご主人、さむいですー」
 胸ポケットから顔を出す『ねき゛』に彼女は軽いデコピンを舞った。精霊に近いので当然素通りなのだが、小器用に吹き飛ばされるリアクションをとって、顎にへばりつく。

「バカ言うんじゃねーよ。寒いのは私だけだ」
「うー」

 わざとらしくガクガクブルブルと震える電子精霊に溜め息を吐く。最初は個性なくただ従順で五月蝿かった精霊たちにも大分個性が成長していた。とりわけ、リーダー格で最も彼女と接することの多い『ねき゛』は嘘つきで見栄っ張りで自信がないのに自尊心が高いという一番の厄介者でもあった。
 春野は微妙に五月蝿い電子精霊を無視し、札幌の街を遠巻きに見下ろした。眠る気配のないのはススキノだ。時計台は埋没するほど存在感がない。深夜は三時を回り、流石に繁華街以外には人影は数えられる程度だ。基本的に人嫌いな彼女は人数が少ないほど街が好きになる。だが本当に人が居ない秘境は苦手だ。中学時代にトラウマがある。

「ご主人、機影。距離1000時刻30ラジ05ラジ速度50で接近中ですー」

 何度言っても紛らわしい表現をやめようとしないねき゛の首を掴み、ローブ内側のポケットに突っ込むと、街を見下ろす目のまま、その姿を探す。闇夜に紛れ、緑がかった魔力噴出を背負ったバックからしながら、少女がゆるりと近づいてきていた。
 緑の髪に、耳は人工物。洒落っ気はないのにスカートは短く、妙な色気のあるメイド服からは間接に切れ目がある四肢が覗いている。恐ろしいほど整った顔は表情がなく人間離れしていた。

「マスター。そろそろお休みにならないと明日学校に遅刻します」
「ん……そうか。風呂沸かしといてくれたか?」
「はい」

 妙齢の女子高生なりに家事ができる春野だが、大概従者に丸投げしている。大した理由ではない。面倒で際限なく手抜きをするためだ。
 出来た従者だとは、恥ずかしいから言わない。その代わり彼女は頬をカリカリと掻いて、右手に握った杖を軽く握った。

「おいねき゛。降りるぞ」
「はーい」
 ローブ内側を動き回りながらくぐもった声で、答えるねき゛を殴るのを我慢しつつ、杖を振るう。不測の事態に備え、従者が斜め下でバーニアを吹かす。
 そんなヘマはしねーよ、とファーストフライトのことを棚に上げる。海にぼちゃんしたのだった。
 街が平面に変わっていく。住宅街にある高層マンションが彼女の根倉だ。その屋上は人も寄らず、絶好の離陸スポットだった。

「あ、マスター」

 従者が小さく呟いたことも気づかず、彼女はフィンを閉じながらマンションの屋上に着陸した。いや、今日もいいフライトだった。念話ではんへ゜に制御終了を指示して、いつも何かしら声をかけてくるはずの従者がじっと明後日を向いていることに気づく。

「どうした、チャム」
「ご主人ご主人。あっち」
 いつのまにか肩の上に移動してきていたねき゛が指した方向を見て、絶句した。
 多分、彼女と年は似たようなものだろう。丸い眼鏡に灰色のブルゾン。白い望遠鏡を覗きかけた中腰姿勢の男が、ぱかりと口を開けたまま呆然と彼女を見ていた。

「……」

 すぽりと、アンチグラビティーシステムのフィンがローブの下に収まる。
 ぎしぎしと首が軋むのを感じながら、彼女は従者を見た。春野に比べると、従者は大分小さい。チャムと呼ばれる従者はじっと彼女を見上げ。

「殺りますか」
「やれ――いや待て待て殺すなよ!?」

 返事を聞いたか聞いてないか――チャムは背から魔力光を吹き出し、消えていた。
 瞬動。彼女にも把握できない速度で駆け出したチャムが望遠鏡の真横に"出た"。

「え」
「失礼します」

 馬鹿丁寧に軽く会釈し、チャムは左掌を首に軽く当てた。僅かな稲光が男の首筋を照らす。
 男が白目を剥き、倒れ込むところをチャムが支えた。チャムはそのまま男をゆっくり下ろす。

「見られたか?」
「はい。バッチリと」
「ま、大丈夫だろ」

 空から女の子が降ってきた、なんてのを真面目に信じる人間はいない。例え自分の目で見たとしてもだ。よしんば夢見勝ちな中二病患者だったとして、回りに触れ回ってもそれに真面目に取り合う奴がいない。
 春野は残る六匹の電子精霊を呼び出し、周囲に従えながら男に近寄った。

「ったく。ねき゛テメー、ちゃんと索敵しとけっつったろ」
「降下の制御は大変なんですー」
「チャム、お前に至っては絶対わざ、とっ!?」

 吊り気味の目を目一杯見開き、固まる。クール&クレバーが信条の主の珍しい姿をチャムはキョトンと眺め、その視線の先にいる男の顔をまじまじと見た。

「? なにか?」
「宮内……」

 頭を抑え、考え、ガーと吠え、春野はチャムの後頭部を目掛け手を伸ばし、電子精霊の一つを握り締めてぶん投げた。

「クラスメートだこのバカ! おいコラテメー! このポンコツロボが! 茶目っ気で致命的なことしやがってー!」
「ですー!」
「いえ、申し上げたのですがお気づきになられなかった……申し訳ありません巻かないでください巻かないでください」
「ですー!」
「だー! テメー飛んで逃げんなー!」
「ですー!」
「マスター、落ち着いてください。電子精霊を投げないでください」
「ですー!」

 ぶん投げられる電子精霊を一々受け止めるチャムにふかー! と唸り上げ、次に倒れる男を睨み付けると、深々と溜め息をつくとその場に蹲る。
 夢だった、と思うのも見たこともない相手だからこそだ。クラスに行って、空から降ってきた女がいれば何はともかく聞いてみるだろう。それで、まんまと春野は下手な嘘をつかされることになる。

「めんどくせーな、オイ……」

 嘘は嫌いではない。嘘付きっぱなしの人生で、隠し事の方が大抵多い。だがその嘘は隠し事であり、1が0であるとする嘘で1が1でないとする嘘はそれほど経験がない。
 無理、とは思わない。くぐった修羅場の数や質では春野は高校生のレベルではない。些か自信過剰な評価だと自分でも思うが、ただの高校生を相手に駆け引きで尻尾を捕まれるわけがない。
 ただ、尻尾がどこかで人の目に触れているだけで春野にとってはストレスだった。

「どうしますか? なんでしたらハカセに連絡を取って」
「いや、それには及ばない。めんどくせーが、あー、まあ、誤魔化しゃなんとかなるだろ」

 もし、何かを掴まれたら、それはどんな些細なことでも致命的だが。
 春野は立ち上がり、望遠鏡を何とはなしに覗いた。まだ焦点は合っていないらしく、ぼやけた小さな星が遠くに映っているだけだ。常にそこにあるものに執着しなくなったのはいつからだったか。それは春野の自覚している間違いで、彼女は間違っていたが、それを正そうという気はない。



 世界が間違ったのはいつからだったか――。



千雨の方法
前章 望遠鏡と同窓会 前



 宮内努は、本人の認識はどうなのかはともかく、極普通の男だった。
 中肉中背。成績は進学校で上位をキープ。趣味は天体観測で、星の蘊蓄には一家言あるつもり。進路は地元の国立大学を目指している。家族は両親と弟。彼女はおらず、しかし女友達も友人も多い。彼女ができないのは単にいい人扱いされているからだ。極普通であるということに本人もある程度の諦念と共に認識しており、ある種の非日常性に憧れも持っている。
 のだが、何か妙なものに巻き込まれた気がする。宮内は教科書を見る振りをしながらさりげなくクラスメートの後ろ姿を眺めていた。
 最後列に近い宮内からは四つ前。教壇からすぐ真ん前にその姿はある。
 春野サナ。漢字で書くと茶菜。成績優秀、素行不良の問題児。洒落っ気のない眼鏡に野暮ったい大きな三つ編み。しかし隠しきれない美貌は大人っぽく、滅多に見つかるものではない。スタイルも抜群。地味ながら校内一の美人と数えられている。
 しかし、ニヒルな笑みを浮かべ、他人と線を引き、悪い意味でクラスからは浮いている。友人らしい友人どころか会話らしい会話すら稀有な存在。
 またその出自も謎が多い。二年の秋に転校してきたこと、転校初期は成績が低迷していたこと。友人どころか家族すらいることが確認されていない。授業中にパソコンを弄くり、エスケープ、サボりは日常茶飯事。なのに街にも遊び仲間がいるとは聞かない。教師から目をつけられているのに咎められることもない。羅列する謎の数は気味の悪いと思えるほどだ。
 宮内は、そんな彼女の夢を見た。

 天体観測は宮内にとって趣味であり、ライフワークでもある。幼少の折、父にせがんで買ってもらった天体望遠鏡を担いで夜の街を歩く瞬間が何よりも至福のときであり、特に人の光のない場所は人類が残した最後の楽園だとすら思っている。
 昨日、いや今朝は、珍しく街中で観測を済ませることにした。
 高校三年の春。既に宮内は受験勉強を開始している。昨夜も、深夜まで勉強をして、息抜きに観測に出かけたのだった。といってもそれは常のことではなく、聊か深夜のハイテンションが影響していたことは否めない。それでも残った理性で眠気を振り切り、前々から目をつけていた近所の高層マンションに足を運んで、屋上に望遠鏡を置き、どうもそのまま力尽きてしまったらしい。
 目が覚めたとき、既に空は白んでおり、星どころか太陽が見えていた。宮内にとって観測中に意識が途切れることはそれほど稀な話ではない。ぼけっと空を見上げているうちにいつの間にか日が昇っていた、なんてのはよくあることで、そのこと自体嫌いではないし、酷いときになると雪山で寝入っていたこともある。
 だが、今朝は一味違った。朧げな記憶の欠片が脳髄にこびり付いている。

 宮内はじーっと春野の背を眺めた。そこそこある身長の割りに華奢で、でも柔らかそうな背中。素晴らしい容貌とスタイルを持つ彼女とお近づきになりたいと願う男は数知れず、そういった男たちほどではないが宮内も理知的な彼女とじっくり腰を据えて話し合える関係になってみたいと考えたことはある。
 だからか、あんな夢を見たのは。
 宮内は不意に恥ずかしくなって、教科書に顔を埋めて身悶えた。
 少女が空から降ってくるなんてのはラピュタから続く古典的シチュエーションだ。それを、宮内はクラスメートの美少女で夢を見たのだ。屋上に緑色の光を伴って降りてくる女の子。寝入った瞬間のことは覚えていなくても、その一枚だけは写真のように脳裏に張り付いていた。
 丁度その時、チャイムが鳴って宮内はクラス委員の号令に従ってのろのろと立ち上がった。すらりと伸びた春野の背中。うあーと声に出さずに呻いて、宮内は礼のまま顔を上げず机に突っ伏した。

「宮内、お前、何春野のこと視姦してんの?」
「ぶっ! でっ!」

 飛び上がり、その勢いが強すぎて机に下腹部をぶつけて蹲る。苦悶に顔を歪めながら恨みがましげに隣の席の森嶋を睨み付けたが、隣席の小柄な鉄仮面少年は自分は何も悪いことを言っていないとでも言いたげで。

「分が悪い勝負だと思うな。宮内じゃ吊り合わない、というか没個性が相手するような女じゃない。奇跡的に上手くいっても、吊り合ってなきゃ長くは続かないと」
「そんな話はしてない!」

 というか余計なお世話だ。自分の没個性ぶりに聊かのコンプレックスを抱いている宮内が憮然とそう返すと、森嶋は鉄仮面をずらすこともなく僅かに頷き。

「気にすることはない。人類60億と少し。オンリーワンを語るには世界は少し広すぎる」

 泰然とした森嶋の口癖がそれだった。人類60億と少し。宮内は大げさだし、大げさすぎて少し恥ずかしいとも思うのだが、森嶋に気を使う形で本人にそれを忠告したことはない。

「いや、人のこと没個性と呼んでおいてお前な……」
「個性と世界の関係性について語ってやることもできるが、興味ないだろ?」
「そりゃ、聞きたいとは思わないけど」
「大体想像すれば一瞬で導けるようなことを長々とした文に入れ替えただけだが」
「お前の台詞は一文が長いからなあ……」

 誰にでも解っていることを長文にして、一々口に出す悪癖が森嶋にはある。
 森嶋は目の前の宮内ですらどちらを向いているか解らないような身振りで、どうも春野の方を向いたようだった。

「宮内は、春野には興味がないと思ってたけどな?」
「別に……」

 興味がないというわけではなかった。ただ、それを周囲に悟られないようにしていただけだ。

「ちょっと気になっただけだよ」
「へえ。どんなとこが?」
「どんなとこって」

 昨夜見た、空から降りてくる彼女の姿を思い出し、顔を赤くする。それはどちらかと言うと羞恥のためだった。
 目敏いところのある森嶋は宮内の顔色の変化を察し、目を瞬かせた。

「なにか縁でもあったのか? あの春野とお前が?」
「いや、縁ていうか」

 夢で見た程度のことを縁と言ってしまえるなら、世の中には運命の赤い糸がそこら中に転がっていることになるだろう。それを信じ込んだらストーカーと一緒だ。

「ただ夢で見ただけっていうか……」

 しまった、と思うより早く胡乱な眼差しの森嶋が宮内を見下ろしていた。

「いや、待て。違う。ちょっと待て、なんか勘違いしてるぞ」
「お前、痛い奴だな」
「違うって! マジで!」
「何が違うんだ。素直になれ。まだそっちの方が男らしいぞ。いや、クラスメートを夢の中で陵辱しているという時点で人間的にアウトだが」
「してねーよ! するかよ! ただっ……その。やけにリアルな夢だったから、つい」
「リアルか。どんなリアルな感触だったんだ?」
「違うって! 触ってねーし! いや、触ろうとも思わなかったよ! 触ったのは」

 徐々に夢の記憶が戻ってくる。触れたのは、春野じゃない。

「もう一人の女の子に触られた気がするだけ……」

 ぞっとするような冷たい金属の感触。小さな中学生程度の少女。感情のない整った顔立ち。

「そういや、あの子誰だ?」
「なんだ? 春野じゃないのか?」
「いや、春野さんと一緒にいた子なんだけど……」

 夢は自らの記憶から構成される。それには現実も虚構も関係はなく、ただシステマティックに記憶の引き出しから情報を集め、組み合わせ、夢として形作る。その程度の常識は宮内も知っていた。
 となると、宮内に急接近してきたあの少女も記憶のどこからか引っ張りだしてくる必要があり、いや、もちろんその像は複数の記憶を組み合わせたものであり、実在しない人物が夢に出てくることなどザラで。

「なあ、森嶋。まったく見覚えのない人間が夢の中に出てくることってあるのか?」
「……? 意味解らないが、それはモデルもない人物、ということかな? 意外と些細なものをモデルにしていることはあるぞ。芸能人とか、すれ違っただけの相手とか、或いは自分の妄想の登場人物とか。もちろん夢を見てる本人が思い出せないような些細な相手だと、見覚えのない相手だと認識せざるを得ないことはある」
「そうじゃなくて、例えば」

 金属の腕を持つ少女が出てきたりは――。

「するのか?」

 森嶋の目が細められる。森嶋はそっと宮内の耳元に口を寄せると、

「……ちょっと詳しいことが聞きたい。昼に踊り場で」



◆◆◆



「やっぱ、見てるよな。いらん奴に話しやがって……面倒な」
「ご主人、どうしますかー?」
「消すか、こっちが消えるか。畜生……ここに居つくためにどんだけ努力したと思ってんだよ」



◆◆◆



 昼休み。
 弁当を急いでかきこむと、宮内は教室の中に森嶋がいないことを確認してから踊り場に向かった。
 踊り場とは宮内らが通うこの高校の屋上に出る直前、最も人通りのない踊り場の通称だった。所謂不良はこの学校には数少なく、埃だらけでカップルの逢引場所にも適さない。そのため男子達の密談場所として利用されることが多かった。
 森嶋は既に踊り場に積み重ねられている壊れた机の一つに腰掛けていた。

「どんな夢だったか、詳しく聞かせてくれよ」
「いや、夢だからな?」

 大真面目にそう聞かれると、どうも恥ずかしい。自らの恥部を曝け出すようなものだ。宮内は相当戸惑って視線を迷わせたが、森嶋の抗いようのないほど真剣な視線に溜息をつくと、

「昨日、勉強して、二時半くらいに観測しようと思って家を出たんだけど」

 昨夜の顛末を話す間、森嶋の鉄仮面はぴくりともしなかった。それどころか恐いぐらい動きがないので、何度か聞いているか確認したくらいだ。その度に森嶋は僅かな首肯でのみ答え、視線で話の続きを促した。
 ほんの短い話が終わると、森嶋は顎に手を当て、深く頷いた。

「それは、本当に夢か?」
「は?」

 徹頭徹尾のリアリストの口から出てくるはずのない言葉を聞いた気がして、宮内はつい聞き返していた。森嶋は宮内の困惑顔を真っ直ぐ見て、軽く頷いた。

「――いやいやいや、何言ってんだよ。夢だよ夢」
「よく考えても見ろよ宮内。それが夢だという証拠がない」
「春野さんが空飛んでたことが一番の証拠だし、眠かったし」
「寝入った瞬間の記憶はあるらしいな?」
「それは、あれだろ。ちっさい女の子が近寄ってきて、首を掴まれたときに」
「それは夢の話じゃなかったか」
「え……?」

 そういえば、そうだ。あの無表情少女が近づいてきた時に意識は閉じて、次に目が覚めたら朝だった。それは、道理の通らない話しだ。宮内は無表情少女が近づいてくる前に寝ていたはずなのだから。

「いや待てよ森嶋。夢の中でまた眠ることくらいあってもいいじゃん。逆に夢の中で起きる事だってよくあるだろ?」
「まあな。けどおかしな話はもっとある。例えば、いくら鈍感なお前でも無意識のうちに外で寝入るなんてあるか?」
「あるよ。観測趣味な奴なら大抵あると思うぞ。俺なんて夢の中で季節の星じゃなかったから夢だって気づいたことがある」
「しょっちゅう?」
「それは、ないけど」

 流石に深夜に外出するたびに寝てたら風邪っぴきになっているだろう。精々、年に一度くらいだと宮内は答えた。

「それにお前に触れたという少女。それも可笑しな話だ。見覚えはないんだろ?」
「ああ……ていうか、世の中にあんな綺麗な顔した女の子がいるとは思わなかった」
「そうだ。しかも、金属の掌。お前がロボ嗜好だったら別に問題はないが、そんなことはないだろう」
「いや、いるのかよ、そんな奴」
「実は結構いる……のはどうでもいいとして、どう考えてもお前の想像の範疇を超えている。テレビの中ですら見たことのないような美人なんてぱっと想像できるならお前は画家か小説家にでもなるべきだ」
「でもさ、俺が忘れているだけでっていうこともあるだろ?」

 小説なんかじゃ、本人は自覚していないけど記憶喪失で、その失った記憶の部分にその美人の記憶がある……なんて宮内はチラッと考えて、苦笑した。そういうのはもう何年も前に卒業している。
 途端に大真面目な森嶋が可笑しく感じられた。いつも冷静で、高校生らしからぬ見識の広さを持っていた森嶋だが、意外と子供っぽいところもあるらしい。

「まあ、とにかく夢は夢だよ。春野さんは空から落ちてなんて来ないし、ロボ美少女もいない。常識的に考えてみろよ」
「そうだが……しかしここまで偶然が続くと作為的じゃないか」
「じゃあ、こうしようぜ。俺が森嶋なら真面目に取り合ってくれると思って考えた冗談なんだ」
「待て。そうじゃないだろう。ちょっと真面目に取り合うも何もそれが事実だというなら」

 大雑把に首を振って、宮内は笑って見せた。森嶋への認識が変わったが、それでもありえないことはありえないこと。
 この世の中には空を飛ぶ少女も。
 魔法使いも、エスパーもいないのだ。
 それを割り切ることができる程度には、宮内は子供ではなかった。

「そうか……そうだな、お前がそう言うなら」

 森嶋は鉄仮面に未練を残しながら、小さく頷いた。



 翌日。

「いいか、聞いてみるんだぞ。ただし、慎重にだ。こっちが疑っていることは悟られるな。下心満載の大人ぶった男が自分の体目当てに近づいているくらいに思わせるんだ」
「俺のイメージ最低だなあ! それ!」

 てゆーか昨日諦めたんじゃなかったのかよ!
 とは言えずに、宮内はそっと前の方に着席する春野サナの背中を見た。休み時間、彼女は大抵iPODを操作しているか、本を読んでるか、パソコンを弄っているかだ。以前宮内はそれぞれの画面をさりげなく覗いたことがあったが、パソコンは黒字に白い文字をひたすら打っているだけだったし(そもそもWindowsやMacですらなかった)、本は日本語ではなく、iPODに映る曲名はミケーネ・アルファとかで、小窓にはなんだか訳の解らないグラフが流れていた。頗るつきに謎の女である。
 昨日諦めたはずの森嶋がまた気勢を上げている要因は、黒板の右下にあった。
 日直:宮内・春野
 このクラスの日直の決め方に法則性はない。前日のHRに突如担任が発表するのだ。年度始にはその法則性を見定めようと何人かが躍起になったが、どうもどんなに計算しても法則は出てこないらしく、担任教師の数学教師らしからぬ気紛れだと断定された。

「つーか聞けないから! なんて聞くんだよ! 一昨日、君空飛んでなかった? とかすっげー危ない奴じゃん!」
「いややっぱりお前の話には矛盾点がある。一つ二つならともかく三つもだ。俺はそれが夢ではなかったから、で解決できると思っている」
「夢にまで理屈持ち込んでどうすんだよ! てゆーか話聞けよ! なんて聞けっつーんだよ!」
「そうだな、ここは婉曲的に「空飛ぶことに興味ありませんか?」というのはどうだ」
「いや危ない奴だから! ……ああ! バカもう春野さん移動してるじゃないか!」

 次の時間は移動教室で、日直は準備室に早めに行って準備を手伝うことになっている。春野は机で教科書を整えると、宮内を一瞥することもなくさっさと教室を出て行った。宮内も慌てて机の中を漁り、よれよれの教科書を引っ張り出して立ち上がる。

「お前のイメージを犠牲にしてでも聞き出せよ」

 まったく友達甲斐のない鉄仮面森嶋の声に送られ、宮内は教室を飛び出した。その勢いにぎょっとしたのか、春野は立ち止まって宮内の顔を見た。

「ま、待って春野さん! 俺も行くよ」

 きつい目つきの美少女は、息を切らした宮内の顔に目を細めると、「わー、ありがとう」でも「うん、そうだね、一緒に行こう」でもなく。

「当たり前だろ」
 と、冷たく言い放った。

 気まずい。話題の一つも見当たらないまま、宮内は春野に肩を並べたまま俯いていた。
 謎だらけの春野サナの特徴の一つに、そのきつい印象がある。洒落っ気のない丸メガネの奥に隠された目は切れ長で、魅力的だが有り体に言って目つきが悪い。また言葉遣いもどこか皮肉げで冷たく、そもそも事務的なこと以外で人と話しているところを見たことがない。
 ――すまん森嶋。無理だ……。
 一手目から間違ったのだろうか。俺"も"なんて、そりゃそうだよ。言われるよ。行くのが当然なのに、押し付けがましい……。しかしあの冷たい返しはちょっと酷いのでは……。
 そっと宮内は隣の春野の顔を伺い、ドキッとした。目があったのだ。宮内が一瞬硬直すると、春野から極自然に目を逸らした。
 もしかして言いすぎたとか考えてる? と思い、途端に宮内の心が軽くなった。なんとなく、一瞬だけ心が通じ合った気がした。

「……」
「……」

 もしかしたら春野のほうから話しかけてくるかもしれない。心臓の拍子を早めながら、宮内はちらちらと春野を伺った。

「……」
「……」

 当然だが、春野はそれから一切宮内を気にした素振を見せず、それどころか傍らの空気など認識したことはありませんと言わんばかりの態度のまま、二人は準備室に到着した。



「すまん……」
「このヘタレめ」

 化学の時間。最後列の席で隣の森嶋にねちねちと責められながら、宮内は教科書を盾にして実験台に突っ伏した。
 土台、無理な話なのだ。思春期の男にとってちょっと気になる女の子に話しかける所業ほどの苦労は存在しない。ましてや宮内は天体観測が趣味とは言ったものの、翻せば星に逃避し対人関係を簡略化するインナースペース人間だ。天体観測はアウトドアだがそれは水泳選手をインドア人間と言うようなものである。

「いや、先制パンチを喰らわされて、ちょっとなあ」
「男なら女のパンチくらい笑って受け止めろ」
「お前の鉄仮面なら大丈夫だろうけど」

 生憎と宮内は打たれ弱いのだ。人との直接的な争いを避ける現代人の特徴とも言えるな、と社会に責任転嫁しながら、宮内は長い溜息をついた。

「おい? 頑張ってくれよ」
「……よし。俺も男だ。もういっちょ頑張ってみる」
「よく言った。次は授業終わりの片づけだな」
「おう」



「……」
「……」
「……」
「……働けよ」
「へ!? あ! ごめんっ」

 慌てて黒板消しを手に取るが、既に黒板に目立ったものは残っていなかった。当てつけるように春野は大きな溜息をついた。
 いかんいかん、もっとイメージが悪くなってしまったと反省。ずっと春野の横顔を眺めてぼけっとしていたのだ。
 それにしても、美人である。札幌には美人が多いとは言うが、その中でも飛びぬけているのは間違いない。長い睫毛に大きな目。顔には一点の染みもなく、抜けるような白い肌はありがちな表現だが雪のようだ。目つきが悪く、洒落っ気もない地味さだが、転校してきて以来、告白する男がひっきりなしというのは頷ける話だ。
 一貫して断っている裏には、年上の彼氏がいるとか、許婚がいるとか、ヤクザと付き合ってるとか益体もない噂があるが、真実は本人しか知らないだろう。宮内もその類の噂を聴いたことはあったが、どこかアイドルを神聖視するのと同じ感覚で無意識にそれらを否定していた。

「わりーんだけど、そっちの」
「あ、うん」
 解ってるか? 皮肉だぞ? と言わんばかりに鈍く光る春野の目に慌てて教壇の隅に乱雑に置かれた提出プリントの束を纏める。
 その中に、春野本人のプリントを見つけた。特徴のない文字は、書きなれていないように雑だ。雑で尚特徴がないというのは、つまり本当に特徴がないということなのだろう。問いにはちゃんと答えているが、授業の感想を聞く欄は空欄になっていた。

「おい、まだかよ」

 いらいらした口調で急かされ、宮内は大慌てで端を教壇で叩き、春野に手渡そうと手を伸ばした。丁度手を伸ばした春野の指先と指先が掠るように触れ合い、咄嗟に宮内は手を離してしまった。
 ばらばらと湿った化学室のリノリウムの床にプリントが散乱する。宮内は、青くなった。

「ご、ごめんっ! 悪い、すぐ集めるからっ!」

 やばい俺凄いテンパってないかー!? 春野の顔を窺うことも出来ず、すぐさま地面に這い蹲る。ああ、絶対呆れられた!
 春野の溜息。宮内はびくっとした。春野は片膝をつき、プリントを拾い出したのだ。黒タイツに包まれた細い脚線が思ったより目の前にあり、宮内は唾を飲み込んだ。

「あのなあ」
「えっ!?」
 脚を見てたことを咎められるのか、と顔を上げる。春野は宮内をじっと睨んでいた。
 あー、そりゃそうだ! 俺すげえダメな奴!
 内心で世界が終わったような気分になり、何か全てに観念したように宮内はその場に正座した。
 その宮内の挙動を見てから、もう一度溜息。

「別に正座しろなんて言ってねーだろ」

 宮内は春野の顔を見上げ、つい感動してしまった。クラスメートになって丸一年以上がたっているが、そこまでちゃんとした文節を春野が話しているところを見るのが初めてだった。
 それどころかずいと春野は宮内に顔を近づけ、唸るように低い声で怒鳴りつけた。

「何ビビってんのか知んねーけどやる事はやれ!」
「はいっ!」

 ふん、と鼻を鳴らし、春野は宮内が掴んでいた数枚のプリントをぞんざいに奪い取り、立ち上がった。そのまま自分の教科書類と一緒にし、教場をさっさと出て行く。
 いや待て。宮内は慌てて立ち上がり。

「待って春野さん!」

 呼び止めた。だが、さーっと宮内の顔から血の気が引いていき、ついには真っ白な春野の肌よりも白くなった。
 春野は一瞬宮内を見てから、溜息を吐いて、立ち止まった。宮内にとっては立ち止まることが驚天動地だった。いっそ無視してくれていたらよかったのに!
 宮内がどうしようもなくなり、硬直する。呼び止めたはいいが、何を話していいのかわからなくなったのだ。冷静になればまず謝罪しただろうが、この瞬間の宮内にとっては何より春野の関心を惹きたいという心があった。自分は、いつもはここまではダメな奴ではないといいたかったのだ。

「なんだよ」

 何も言い出さない宮内に心底苛ついた表情で春野が言葉を急かすと、宮内は尚混乱の度合いを深め、春野の美人振りとか、噂の数々とか、さっきの脚線とか、怒鳴り声とか、あの夢のこととかを次々に思い出して。

「空飛ぶことに興味ありませんか?」

 空気が凍った。
 凍ったことが宮内にも解り、そこでようやく宮内は自分の取った選択が大間違いなことに気づく。そうじゃない、ここは「ラピュタ見たことありますか?」だったか。
 たっぷりと春野に睨みつけられ、冷や汗が地面に溜まったに違いないと宮内が自覚した瞬間、春野は宮内が何度吐かせたか覚えていないほどの溜息をもう一度零し、

「悪いけど、覚醒剤にも宗教にも空自にも興味ないんだ。他あたってくれ」
 そう言い捨てて、教場を出て行った。

「……」
 宮内はその場に崩れ落ちた。
「俺ってダメな奴だ」



「お前はダメな奴だ」
「人に言われると堪えるなあ!?」

 そのまま評価を改善する機会もなく、前日と同じように昼休みに踊り場で宮内は森嶋と待ち合わせていた。

「おめでとう。これでお前と春野が付き合える確率が3%からマイナスに到達した」
「3%かよ!? つーか確率にマイナスはないだろ!」
「一回死んで、また次の世で再会して、今度こそ付き合える可能性が……やっぱそっちもゼロかな」
「うるせーよ! ちょっとはあるよ! 今から挽回する可能性だってゼロじゃねーよ!」
「そうか? 仕方ない。次の接触を……」
「そもそも趣旨が変わってるよ! 別に俺が春野さんにコクる段取り考えてるわけじゃねーよ! つーか別に好きじゃねーよ!」
「ホントは?」
「ホントはちょっと好きだよ! 嘘ついたゴメンね!」

 いや俺はなんで踊り場で愛を叫んでいるんだと宮内は冷静さを取り戻しつつ、やっぱり脳内には脚線が浮かんでいるのだから思春期である。
 呆れたように顔を揺らし、森嶋は指を一本ピンと立てた。

「次のチャンスは7限だ。体育、教室の鍵を閉めるのは日直の仕事だろう。といってもウチの教室は女子の更衣室だ。俺らが着替える教室の鍵はそっちの日直がする。そこで、お前は春野が鍵を閉めるのを待って、一緒に移動しろ。一人に仕事をさせるのは悪いから、とか適当に言っておけば怪しまれることもない。
 時間的にラストチャンスだ。仕損じるなよ」
「……まだやんのかよ。既に俺の心はぼろぼろなんだけど」
「構わん」
「お前はな?! 俺は構うけどな!?」
「それに春野と喋る生涯ラストチャンスだぞ」
「クラスメートなのにか!? まだ今年半年以上残ってるぞ!?」
「こういう機会でもない限り俺は背中を押してやらないからな」
「ヘタレでごめんね!? 確かにそうだわ!」

 森嶋の鉄仮面ですら呆れているようなので反省する。反省したところで何かのきっかけがなければ生涯話しかけられないのは変わらない。けどそんな幸運を待ち続けてもいいじゃないか。ヒーローも魔法使いも諦めたが、美人と運命的な恋愛があるとは信じている年頃である。

「……つっても、なんて話しかければいいか」
「もう何でもいいだろ。限界までスベったんだ。あとは何言ってもスベる」
「スベるの解っていて挑めと!?」
「しかしそうだな。お前はダメな奴だからな。取っ掛かりくらい用意しといてやらないと直前で逃げ出す可能性が」
「なんでお前にそこまで言われなきゃならんのだ」
「では、こう言え」



 勝負の時である。宮内は自らの頬を叩いて渇を入れた。
 まず、あんな無様な真似はもうしない。
 それに印象も改善する。
 森嶋の頼みの「夢か現実か」は最後でいい。正直、もうあまり興味はない。
 白い体操服にショートパンツ姿の春野が教室から出てくる。生足であるが、それを見るためにここにいるわけではないと、目を逸らす。春野が鍵をかける。春野がそのまま歩いていく。宮内の存在など、気づいてもいないと言いたげで、多分実際気づいていないのだろうと宮内は自覚し、少々どころでない寂寥が胸に去来するが、その後を追った。

「春野さん!」
「……」

 足も止めず春野は振り返り、感情の篭っていない目で宮内を見た。
「えと」
 余りにも感情が篭ってないその眼差しに物怖じしながら、
「一人に仕事させるのは申し訳ないから……」
「あそ」
 興味なさそうに答えて、やはり宮内を認識していないかのように歩いていく。せめて邪険にして欲しいところだが、春野にとって宮内とはその程度なのだろうと宮内自身がわかっていた。
 よし、と宮内は頬の痛みを思い出した。

「春野さん」
「なんだよ」
「俺に何か聞きたいことない?」

 弾かれたように春野が振り返って、宮内はむしろ仰け反らされた。
 「俺に聞きたいことないか?」それが森嶋の用意した話の振り方だった。曰く、話とは大抵疑問の応酬によって構成されるので、無理やりにでも疑問を引っ張り出せば話は続くらしい。正直眉唾、精々「ない」と一言言われ終わりと思っていたのだが、どうもこの反応は森嶋に一本取られたのか。
 ――いや。
「え」

 一瞬だけだったが、化学室で睨み付けられたのなんてただの冗談だったとしか思えないほどの強い眼光。どこか呆然と見開かれたようで、間違いなく宮内を捕らえた。
 その光の強さに、宮内は喜ぶのを通り越して恐れを抱いた。それは何と似ているのか。魚だ。激流の中にあっても、釣り針が刺さろうとも閉じることを知らない空虚な魚の目。
 今のやりとりのどこにスイッチがあったというのか。いや、まさか、これは。
 本能的に思いついたことに、ゾッとする。
 まさか、これがこの少女の素なのでは。

「……そうだな」再び、宮内から興味を失ったように視線が移って行く。「森嶋って奴、どんな奴だ?」

 入れ知恵したのが誰かがバレている。しかし視線が自分に向いていないことにホッとした宮内は顔を引きつらせながら、
「えっと。あの通りの鉄仮面男だけど」
「……まあ、確かに鉄仮面だな」
 おお、宮内は感動した。会話が続いた。ありがとう森嶋。キャッチボールを待たずに歩き出した春野に追いすがる。肩を並べると、春野は嫌そうに首を竦めた。
「えっと、筋金入りのリアリストって言う感じの奴。いや、リアリストっていうか、ロジカリスト? 論理的に説明できないことは一切受け入れないみたいな」
「リアリスト、リアリストね。そりゃ、私とはまったく反対の奴だろーな」
「え? 春野さん、ロマンチストな感じ? へー、意外だね」
「ロマンチスト? はは」

 くだらないことを言うな、とでも言わんばかりの嘲笑。リアリストでもロマンチストでもないならなんなんだろう、と宮内は不思議に思った。「現実」も「理想」も見ていないなら、その人は何を見て生きているのだろうか。
 会話が途切れ、宮内は焦った。森嶋の入れ知恵が上手く作用したのが極短い間だった。しかしそれだけで大分自分の評価はマシになったのではないかと、満足もあった。

「……」
「……」

 無言で靴を履き替えた春野を小走りで追いかけながら、この時間、あの時渇を入れた目的を思い返す。無様な真似はしない。印象を改善する。森嶋の依頼をこなす。森嶋の依頼をこなす?
 顔を歪めた宮内を不思議そうに春野が覗き込んだ。その行動一つだけで、春野の対宮内感情がかなりの改善を見せたことはわかる。今更それを失うようなことを? でも改善できたのは森嶋のおかげで、そこには義理があった。恩もあった。後頭部をぽりぽりと掻き、宮内を覗き込んだのも一瞬で早々に歩き出した春野の後を追う。
 今日の授業は男女混合で、マラソン。校舎の正門から校庭に向かうには校舎と食堂の間の通路を通る必要がある。頭上には渡り廊下を構えた奇妙な閉塞感のある空間。そこで、宮内は春野の背に声をかけた。

「あのさ」
「あ?」

 気だるそうに春野が振り返り、宮内の目を見る。先程の眼光は、今はない。そのことにホッとするが、また地雷を踏むのではないかと考え、僅かに腰が引けてしまう。

「えーと」
「さっさと言えよ。さっきからタメが長すぎんだよ」
「その……あー、昨日、夢を見たんだ」
「あ?」
「いや、夢は夢なんだけど。その、春野さんの夢を見たんだ」
「キメーな。それで?」
 ぐさっ。
「……いや、その話を森嶋にしたら、アイツ、それは夢じゃないんじゃないかって言い出して。そんなわけないっていうか、俺マジ何言ってんのって感じなんだけど。何が言いたいかっていうと、その、一昨日の夜、春野さんと俺会わなかった?」
「……」

 そっと窺うと、どうも地雷というわけではなかったらしい。
 しかし目は冷たい。思わず挫けそうなくらいに冷たくて、宮内は盛大に後悔した。どうも取り戻した評価は丸ごと流されていきそうな勢いだったからだ。

「……悪いことはいわねーから病院行け。あと間違っても夢診断とかすんなよ。テメーに私が出てる夢をフロイト診断されるだけで怖気が走る」
「そこまで言うかなあ?! いや俺もキモいと思うけどさあ!?」
「とにかく、戯言はほどほどにしとけよ。一昨日は……何時にアンタが夢を見たか知らねーけど普通に寝てたっつの」
「……ああ、うん。そうだよね」

 なんというか、春野の目が懸念が一つ消えたという爽快感すら消えうせるような冷たい目で、宮内はがっくりと項垂れた。また間違えた。なんとこの雰囲気、数時間前にもう二度と味わいたくないと思った空気とまったく同じだ。宮内は18年生きて、やっと自分には女性と接するセンスがないことを察した。
 本人に意図はないのだろうが、宮内から見ればまるで早く自分から離れたがっているかのようにさっさと春野は裾を翻し、

「……ハァ」

 宮内は深い溜息をついた。
 やっぱり、評価は最低値を記録することになった。森嶋への恩とか忘れておけばよかった。よく考えればまともに会話が続く以外に春野が宮内への評価を上げるような事柄はないのだ。最低から最低へ評価が移っただけのことか。
 いや、冷静になれ。別に、以前からちょっと気にしていた女の子が夢に出たからその子を昔から好きだったと勘違いしていただけだ。だから失恋じゃない失恋じゃない。へこんでるけど泣くほどじゃないからきっとそうだ。
 いいから、走ってストレスとか忘れようと、宮内が顔を上げたその時。



◆◆◆



 春野がそれに気づいたタイミングは、宮内より早い。三年に及ぶ経験が僅かな空気のぶれから「気配」とも言うべきものを感じ取っていた。
 本人は気配などという非科学的なものを信じてはいない。だからといって「空気の流れが変わって云々」などというトンデモ理論を信じているわけでもない。
 だから、春野は「気配」というものを、論理的筋道を辿って得られた結論であるとし、その論理が理解できないのを速度が余りにも速いために把握しきれないために「勘」としか言い表せないのだと表現している。数学の問題を解き続けると、問題を見た瞬間に答えが解るが、その筋道を克明に言い表せないことがある。「気配」そして「勘」とはそういう類のものだと考えていた。高校生の俄か分析だ。笑うなら笑うがいい。
 春野はだからか、自分の勘を疑わない。一々順序だてて考えることができない瞬間を逃さないためだけに、自分の勘を疑わない癖をつけた。そして、いくつかの論理的思考回路を失いながらもそれによって春野の命は救われている。
 この時も、そういう瞬間の一つだった。そして、その勘を信じたからには出来る限りの論理的手段を以って状況を打開することが自分に課せられた力を持つものとしての義務と思っていた。

「風(ウェン――)」

 その左手の薬指に嵌るギメル・リングが鈍く輝く。



◆◆◆



「え?」

 パリン、とやたらに軽い音を立てて、真上の渡り廊下から無数のガラスが降ってくるのを宮内は見た。見たが、どうできるわけでもなかった。

「う、わぁあっ!?」

 飛びのくことも出来ず、腕で顔を守る。ただ、その瞬間宮内は余裕のない形相で自らの方へ駆けてくる春野の姿を捉えていた。春野は宮内が知らないほどの速度で駆け、腕を空に翳し、来るなという宮内の視線を捕まえながらも無視して。

「――よ(テ)!」

 腕を振るった。
 その瞬間、風が吹き抜けた。いや、吹き抜けたというのは間違いだ。まるで春野と宮内を守るように鋭い風が二人を取り巻いたのだ。鋭い――本当に鋭い風。風の持つ柔らかさや優しさなど飛廉の元に置き去りにしたかのような突き刺すような風が、落下するガラスのほとんどを吹き飛ばした。

「え……」

 何が起きた? 風から免れた小さなガラス粒がいくつか腕に当たるのを感じながら、宮内は自問した。いま、なにが、起きた?
 ガラスが落ちてくることから、その災害から自分がなんとか逃れたことに至るまで、全てに現実感がなく、宮内は呆然と腕を振り切ったままの春野を見た。春野は、歯を食いしばり、上を真っ直ぐに見上げていた。吊られて上を見上げる。角度的に渡り廊下に誰かがいるかは窺えない。

「大丈夫か、宮内」

 一音一音を噛み締めるように、春野が言った。その目は忙しなく宮内の体に何かが起きていないか確かめるように動き、その特徴とも言える落ち着きは完璧に失われている。

「あ……うん……」

 大丈夫かと問われれば、間違いなく大丈夫だ。何一つ怪我はしていない。だが。

「いま、何が……」
「……どうも、悪戯か恨まれてるかは解らないが、ガラスが割られたらしいな。アブねー」
「いや、待ってくれ……そうじゃない……」

 宮内は春野を見つめたまま、必死に頭の中を整理した。それじゃない。俺が聞くべきはそれじゃない。
 春野はばつの悪そうに宮内から目を逸らした。まるで切り取ったようにそこだけ同年代の反応で、笑う気分じゃないのに内心で宮内は春野を笑った。

「なあ、今、春野さん、なにをした?」
「……」
「答えてくれ。何をしたんだ?」

 間違いなく。今、春野は宮内には把握できないことをした。
 宮内は足元を見下ろす。散らばるガラス片。走馬灯のように目に焼きついた降り注ぐガラスの大きな欠片が、全て粉々に割れている。
 それをしたのは。
 春野だ。

「……」
「答えろよ!」

 逸らされていた目が再び宮内の瞳を捉え、今度は宮内が目を逸らす。まただ。魚の目。宮内を人とも思っていない目。それは捉えられるだけで不安に駆られる。自分が世界にとってどれほど価値の比重が軽いかを知らされるようで。
 春野の口が開くが、それを宮内自身が望んでいたかは解らなかった。

「忘れろ」
「……そんなのできるわけないだろ」
「これはアンタのためにだ。出来なくとも忘れることが、今アンタがアンタのために出来るただ一つのことだ」
「どういうことなのか解らない」
「いや……別に私がアンタの心配をする筋合いもなかったな」

 どこか諦めたように春野は言い捨てて、校舎に戻り始めた。

「どこ行く気だよ!」
「気分が削がれた。サボる。残りの日直の仕事、任す。つっても帰りの号令くらいか?」

 ポケットにいれていた教室の鍵を取り出し、春野は宮内に投げた。宮内は慌ててそれを受け止め、
 チャリン。

「待てよ!」
「じゃあな」

 去っていく春野を強く止めることも出来ず、その後姿を見送った。



◆◆◆



「くそっ」

 春野は苛立ち晴らしにエレベーターの壁を蹴っ飛ばした。「契約者執行」はもちろん「戦いの歌」すらない素の蹴りはダイレクトに爪先に痛みを伝え、春野はエレベーターの中に蹲った。苛立ちは紛れるどころか強くなる一方だ。

「落ち着いてー、ご主人ー」
「うるせえ! こんな恥掻いたのは産まれて初めてだ!」

 気遣うねき゛を無下にあしらい、春野は歯軋りする。
 一昨日、夜間遊覧を宮内に目撃されてからというもの、常にケチがついている。しかもその全てがあの宮内によって引き出されたものだ。化学室ではっきりしない宮内に昔の仲間を思い出し、その違いに腹が立って怒鳴りつけてしまったことから始まり、想定していなかった「俺のことで何か聞きたいことない?」という質問に思惑通り動揺してしまったこと。極めつけはガラスの落下。
 完璧に後手に回っている。
 そして何より業腹なのは。

「思わず魔法使っちまったことだよクソっ!」
「あの状況じゃしかたなかったですー」
「いや違うね! はっきりと手はあった! 宮内のクソを見捨てりゃよかったんだよ!」

 ねき゛は現状の能力で対応できなかったことに対して甘い。今もっている能力で対応できないのならそれは仕方ないことだと考える。
 だが春野は違う。能力が足らないことに理由を求め、そこにも原因を追究する。それは当然のことではあったが、しかしそれを実践することには多大なストレスが付き纏う。ありとあらゆる失敗どころか成功をも背負い込む必要があるからだ。

「覚悟が足らなかった! 覚悟だけじゃねー! 魔法なしでアイツを突き飛ばせればよかったんだよ! 無詠唱で戦いの歌を使えればよかった! クソじゃねーか! 私は今まで何してたんだよ!」
「ご主人ー。でもまだ挽回はできますー」
「当然だっつーの! じゃなきゃ私は終わりだ! そういう世界に生きてんだからこういうミスすら致命的だっつーこと解ってたろうが!?」

 ねき゛が、ではない。自分がだ。安易な「風よ(ウェンテ)」。自分に疑念を持つ相手と同道したこと。冷静に考えればあの状況はある種奇跡的なもので、誘導があったとしても春野自身の心がけで回避できたことを誰よりも春野が知っていた。
 そう、覚悟があれば。風を使わずに宮内をただ体で庇うことができたかもしれない。だがそれをする覚悟はなく、宮内を見捨てる覚悟もなく、選んだ手段はただの優柔不断な消去法。
 春野は下唇を噛んだ。
 そういう冷酷さを、パーティーの中で自分が担っていたはずだ。誰にでもできるはずの甘やかすことが出来なかった私が、だからこそ厳しさを担った。
 だが、それが上手く機能しなかったからこその結末だったのではないか――。
 いや、それを完璧に担いきれなかったからこそ。

「すげえむしゃくしゃすんなオイ! 私ってこんな感情的だったか!?」
「ご主人ー」
「ねき゛! 次の潜伏先のピックアップは済んでんだろうな!」
「済んでますー。移動はいつにしますかー?」
「明日だ」

 唇を噛み締め、止まったエレベーターから出て自分の部屋へと向かう。
 札幌は過ごしやすい町だった。ほどよく都会で、程よく田舎で。身を隠すには最適な街だった。関東とも関西とも距離が離れていたことも理由の一つで、関東の支部はあるがその規模はごく小さい。アイヌ系の組織は点在していたものの、一つの民族に保守された分野が主流に多くの点で劣っていることは自明の理だった。旧世界の常識で言えば、民族楽器の奏者とピアノやヴァイオリンの奏者の差だ。演奏する曲も、演奏者の技術にも客観的な大差がついている。それは単純にそれに従事する人の数の差とも言えた。
 札幌の空は、特に好きだったのだが。
 ふと苛立ちを忘れて、春野は歯を食いしばった。
 次は沖縄か、四国か。仙台や福岡では組織の力が強すぎる。ねき゛を初めとした電子精霊に命じてピックアップさせた都市の中から選ぶことになるが、札幌に移住した一年前のラインナップを思い返せば那覇に住めれば上等すぎるくらいだった。

「……チャム。帰ったぞ」

 自分の部屋に入ると、珍しく従者は春野を迎えなかった。奥から慌てて――といっても常に余裕のある動作なのだが、チャムが出てくる。エプロン付きのメイド服姿。メイド服なのは春野の趣味というわけではなかったが、メイド服のデザインは春野の趣味だ。春野はそういったコスチュームにも見た目ではなく、実用性――というか、実際に使えるかを重視する。

「はい。申し訳ありません」
「どうした?」
「これが」

 チャムは、エプロンのポケットから便箋を取り出して、春野に手渡した。紫がかった桃色。女性が使うには色気がありすぎ、男性が使うには少女的な色合い。封にはきちんと×がされている。

「私宛か?」
「はい。先ほど届きました。……表を」

 言われるままに春野は便箋を裏返し、目を見開いた。宮内に内心を探られた時の素の表情ではない。そこから一歩進んだ、素の驚き。
 それは、まさしく驚天動地といえただろう。常に冷静を心がけている春野は激昂すら冷静によって行使するが、この時ばかりは事実、冷静さを失い、手は震え目が泳いだ。

"四葉五月"
"長谷川千雨様江"

「……どういう、ことだよ」
「解りません。が、ハカセかと」
 ああそうだ。それなら有り得る話しだし、それ以外だったら困る。
 ノドに絡みつく唾の――唾なのか解らないほど粘性のある塊を無理やり飲み干し、鞄をチャムに預ける。

「マスター。心拍、血圧上昇。珍しいですが、落ち着いてください」
「……これが落ち着けるかよ」

 今更。
 3-Aが砂漠に作られた砂の城のように崩れてから。
 誰もが間違って。
 何もかもが変わったあの時から。
 もう三年が経っているんだぞ、四葉――。

 千雨は、封の×の字に伸びてもいない爪を差し込んで、一気に開けた。

「マスター。顔色が……せめてお座りになってください」
「……ああ。そう、だな」

 読みたいと思っているのか、思っていないのか。自分でも解っておらず、それでも決断を早めなければという義務を遵守しようとする心でのみふらふらと靴を脱ぐ。
 放っておくと際限なくネガティブになる主を慮ってか、常に明るく清潔なはずの室内はこの日に限ってカーテンは締め切られ、蛍光灯は沈黙している。そのことでチャムに感謝し、千雨はリビングの真ん中に陣取る長いソファーに浅く腰掛けた。千雨が闇を好むのは何も好みの問題ではない。自分が暗く狭い場所で精神を安定させることを知っていたからだ。

「チャム、来いよ」
「しかし」

 自分と距離を置こうとする従者を命令で無理やり呼び寄せる。気を使ったつもりはなく、傍にいてくれた方が安心するというだけの理由だったが、気を使ったという心の動きが皆無かは微妙なところだった。
 そこを、チャム自身は好意的に捉えたようだった。しずしずと千雨の背後に回り、肩越しに手元を覗き込む。

「私は、姉さんとは違いますが」
「でも茶々丸さんの妹だ。多分、双子と言っていいくらいの」

 チャムは――茶々無は、茶々丸のデータを全て受け継ぎ、そして人格コンポーネントや契約を初期化した、茶々丸のまさしく妹と言える存在だ。認識のしようによっては茶々丸自身とも言える。しかし、茶々丸にとっての重要な要素であった「主人」と「先生」を丸ごと失った彼女は、千雨にとってはあくまで「妹」でしかない。
 茶々丸はもういない。それを継ぎ、千雨と共に生きることとなったチャムは、茶々丸とは別人だと。
 そう認識している。
 だが、それでも経験すらそっくりな双子の妹だとも認識している。

 千雨は、無意識に全ての電子精霊を呼び出し、周囲に侍らすことにした。魔法世界で遭難した時、彼らが心の支えになったことを覚えていたのだ。そうして、七匹の電子精霊と一人のガイノイドが見守る中、千雨は震える指でゆっくりと便箋から手紙を取り出した。



『2003年度 麻帆良女子中学3-A同窓会のお知らせ』
日時 7月31日16:00
会場 麻帆良市麻帆良女子中学校舎
会費 0円
幹事 四葉五月(電話番号~)

ご出席
ご欠席
(どちらか○で囲んでください)



「マスター……」
「ご主人ー」

 は――と、喉の奥から無理やり笑い声を捻り出す。それは無理やりだったが、千雨は心底それを喜劇的だと思った。
 全てを知っておきながら、こういうものを送る四葉も。
 これが送られてきた自分も。
 これを受け取った世界中に散らばった『仲間』たちも。
 極めつけの喜劇だ。コメディだ。トラジディを踏みつけ台にしたコメディほど笑えるものはない。

「ははははっ。見ろよ、チャム。……四葉の奴、トチ狂ったみたいだぜ」
「マスター」
「だって、考えてもみろよ。3-A、今、何人残ってると……思ってんやがんだよあの百貫デブっ!」

 千雨が叩きつけた手紙にチャムは咄嗟に手を延ばそうとし、間髪いれず手紙を踏みつけた千雨の足に手を引く。
 千雨は黒タイツに包まれた足で、踏みつけた手紙をぐりぐりと踏みにじった。

「半分だぞオイ! 32人、その内残ってるのが16人だぞ! ハッ! コタローやアーニャも含めてやろうか!? 逃亡中の奴も引いてやるよ14人だ! 14人で同窓会やりたければやれっつーんだよ!」
「……四葉さんは」
「ああ勝手にやりゃいいだろ! テメーらが『あんな人もいたねー』って楽しくやりゃいいだろうが! けど私を巻き込むんじゃねーよ! 知らねーよテメーらを仲間なんて思ったことはねーよ! 知るかよっ! 勝手にしろよっ!」
「マスター。四葉さんはそういう意図でこの手紙を送ったわけでは」
「わかっ、てるよ! 解ってるつもりだよ! クソっ、クソッタレだ! 一番クソッタレなのは……」

 千雨は眼鏡越しに掌で目を押さえ、ソファーに背を預けた。
 チャムが、千雨の体を包み込む。廉価版ではない。しかし、茶々丸より遥かに戦闘に特化させた体は硬く重く、しかし魔力電力ハイブリッド動力の影響かどことなく暖かい。

「クソッタレなのは、四葉に普通の同窓会もさせてやれない私だ」
「マスター……」

 生き残った3-Aのメンバー達にない責任が、千雨にはある。それは千雨が自発的に負ったものだが、客観的に見ても世の中の人間の半分程度は千雨が負うべきものだと判断しただろう。それが自発的だったのは、その半分の中に千雨が入っているというだけの話だった。
 世の中は間違っている。
 しかし、その罪が社会という虚像に押し付けられるのは通らない話で、究極的には社会を構成する人々に平等に振り分けられるべきだ。ただ、その平等の基準が定まらないという理由だけで社会は不安定である。
 だが、その社会が狭い時。コミュニティと言い換えることのできる社会でしかない時、その罪は残酷なまでに構成員に振り分けられ、
 世の中が間違っていた時、その世の中で重要な位置にいた千雨に責任が下されるのも当然のことと言えた。

「……きっついな」

 どれだけ頭が回ろうとも、どれだけ修羅場を潜ろうとも、千雨は三年前まで極普通の生活をしていた少女でしかない。それだけにコミュニティも3-A32人と狭かったが、それでも荷が重い。
 千雨は、三年前、3-Aから仲間を奪い、担任教師を奪った。その償いすらどうとっていいのかも解らないまま、三年を生きてきた。
 ただ雑然と。
 漠然と。
 何も遺さず、
 呼吸だけしてきた。

「きつ……」

 眼鏡を外し、チャムや七部衆に目元を見られないようそのまま腕で隠す。チャムが首筋に顔を埋める。廃熱の関係でチャムの首から上だけはまるで人間のように柔らかい。千雨は余った腕でチャムの頭を肩に抱え込んだ。
 七部衆が千雨の体に縋りつく。

「マスター」
「……」
「泣かないでください」
「ばかやろ」

 千雨は口端だけ歪めて、答えた。

「誰が泣くか」



 私の風は、先生みたく柔らかくないよ。
 先生。



◆◆◆



 長谷川千雨。
 魔法界を絶望に貶めた白き翼の実質的No,3。その首魁ネギ・スプリングフィールドの腹心にしてブレイン。また旧世界出身ながら新世界屈指の電子精霊使い。「オスティア事件」の中核的人物と見られており、事件直後、指名手配(事件以前から指名手配。別件指名手配)。懸賞金は魔法史上二番目の懸賞金200万ドラクマ。情報提供に最大10万ドラクマ。
 当時15歳。非魔法使い。ジャック・ラカン死刑囚と懇意であり、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと旧友という事情により、魔法に高い見識。特に「闇の魔法」についての第一人者。また、麻帆良オーパーツについても見識あり。
 白き翼で唯一旧世界への脱出を成功させた人物。
 その所在は、今だ不明――。



---------
今回の反省。キャラが一定しない。
特に電子精霊のキャラ。
オリキャラはどうでもいいが。
あと俺の嫁を百貫デブとか呼んだやつ誰だ
出来る限り早めに後半あげます


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