諸君、ようやく春の息吹が感じられるようになった今日この頃、体調の管理はしっかりしているか?
風邪をひきやすいのは季節の変わり目が多いこともあり、俺も寝る時はきちんと布団をかぶるようにしている。
さすがに、真冬用の羽毛布団を暑苦しく感じながらも床についている時、おかしなことに気が付いた。
何故か底冷えするような寒さを感じたのだ。
俺は、仕方なく眠気を押さえながら起きてみると……
目の前には、大草原が広がっていたんだ。
叫んださ……ああ叫んださ。
なんじゃこりゃー!
涼宮ハルヒの文明Ⅰ
と、叫んでみたところで何も変わらないは分かっている。
こんな異常事態に遭っても、それほど動揺していない自分が悲しいぜ。
自分の思考パターンのここ一年における変化に溜息を吐きつつ、
起きてからずっと違和感を感じていた自分の格好を確認してみる。
やっぱり、寝ていた時に着ていた服じゃなくなってるよな。
こりゃなんだ。どっかの民族衣装か? どことなく、中東っぽい衣装である。
頭に何かを巻いているのが分かるが、これはきっとターバンなのだろう。
どうせあいつが原因なんだろうが、一体何を考えているんだ。
こんなところに行かせて、こんなものを着せて何をしろっていうんだよ。
しかし、遅いな……経験上はもうそろそろのはずなんだが。
「お待ちしておりました」
やれやれ、遅かったな。
こんな状況で俺をひとりにするな。
「これは申し訳ございません」
俺は、後ろに振り向く。
そこに立っていたのは、胡散臭そうなスマイルがよく似合う一昔前のアイドルのような男だった。
SOS団副団長にして超能力者(ほとんど役には立たないがな)の古泉一樹である。
「よくお似合いですよ」
「ふん、そういうお前もよく似合っているぞ。
それはどこの服だ?俺のとは方向性が違うみたいだが」
「これはサーコートといい、中世ヨーロッパで騎士達が来ていた物です。
……それにしても似合っていますか。あなたに褒めていただけるとは光栄です」
真っ白な生地に赤い十字が付いているコートのような物を着ている古泉。
確かにこのまま鎧でも身に着ければ、まさに騎士そのものである。
それにしても、なんでお前はいちいち近づいてくるんだ。
顔が近い。息が当たる。目がマジすぎて恐いんだよ。
「フフ、すみません」
笑いながら離れていく古泉。
まったく、こいつは……で、今度は一体何をすれば良いんだ?
「さすがですね。理解が早い」
一年近くあいつに付き合わされたら、カメムシでも学習するさ。
「あなたにしていただきたいのは世界征服です」
はぁ?
「もしくは他惑星への移住でも大丈夫です」
……ふざけているのか?
「努めて真面目ですよ」
それなら、勿体ぶらずにきちんと説明しろ。
「それは、一度集まってからにしましょうか。こっちです」
みんな? そうか、長門達も来ているのか。
どちらにしろ合流するしか選択肢の無い俺は、すたすたと歩いていく古泉の後ろについて行った。
……それにしても、いつもの制服じゃ気障ったらしく見える大げさな動作が、あの服でやるとかっこよく見えるぜ。
どこぞの舞台役者みたいで、なぜか腹立たしくなってくるから困りものだ。
そして何より今の俺がもっとも気に掛けていることは、待っているであろう二人が着ている服がなんなのかであった。
ハルヒのことだ。きっと天使のようなあの人にはスゴイ物を着せているのだろう。
「ああ、キョン君」
「……」
10分程度歩いた先で待っていたのは、毎度おなじみの面子である。
SOS団の専属メイドであり、(主に俺の)精神的活力源でもある未来人の朝比奈みくるさんと、
部室では無口な文学少女にしか見えないが、実態は圧倒的なまでの万能性を誇る最も頼れる宇宙人、長門有希だ。
「似合っていますよ朝比奈さん」
「そうですか……よかったぁ」
俺や古泉と同じで二人もいつもの格好ではなく、民族色溢れる格好をしていた。
朝比奈さんは、中華っぽい紅色の服だが、
「これ、アオザイっていうみたいなんです」
俺の視線に気づいた朝比奈さんが説明してくれた。
例えるなら、チャイナドレスのズボンバージョンといったところか。
いつぞやのバニーガールなどよりは、露出が少ないため朝比奈さんの表情は穏やかだ。
他人の目を気にすることがないためか、部室でメイドになっているのと一緒なんだろうな。
正直意外である。もっとどぎつい衣装でも着せられているのかと思ったぜ。
もったいな……よかったですね朝比奈さん。
「ポンチョ」
お前のは、見てすぐ分かったぞ長門。
すっぽりと濃いグリーンの一枚布をかぶっている長門は、まるでてるてる坊主のようだ。
その姿でポツンと立っている長門を見ていると、朝比奈さんとは別の意味で愛おしくなる。
それを伝えると、長門は「そう」と蚊が鳴くような声で呟いた。
一見、それに何の意味も存在していないといわんばかりの様子である。
だが、こいつの顔色を見ることにかけては人類一を自負する俺は見逃さない。
その能面のような顔に、ほんの僅かばかり感情が滲み出ていることをな。
朝比奈さんのコスプレに対する抵抗が消えつつあることと、
長門にも女の子らしい感情が一ピコグラム程度でも芽生えつつあることを感慨にふけりながらも、俺はこの三人に現状について聞きだすことにした。
と、その時だった。俺は、ある存在を見つけてしまったのである。
おそらくこの異常状態の原因であり、それを考えるとこいつがここにいるのは当然ではあるのだが……
「おい、なぜこいつがここにいるんだ」
そう、宇宙人、未来人、超能力者をそろえ、SOS団などというトンデモ集団を生み出した我らが団長様。
三人によると、進化の可能性であり、時間断層を起こした原因であり、世界を生み出した神様らしい。
この俺の常識的な日常をおもしろおかしい非日常に変えてしまった張本人――
「……むにゃむにゃ」
――涼宮ハルヒである。
俺は、青草をベッド代わりにして大の字になって寝ているハルヒを指差しながら古泉に詰め寄った。
服はやっぱり制服や普通の私服ではなく、金銀宝石がこれでもかとちりばめられた多国籍風の甲冑を身に付けていた。
欧州風味であり、東洋の甲冑のようにも見える。
こいつには、いろいろな意味でお似合いであるが――正直、寝苦しそうだな。
「こんなところにハルヒがいて大丈夫なのか?」
ありとあらゆる非日常の中心にいながら、ハルヒ自身は絶対にこれらのことを認知しないようになっている。
不思議を認識した時の暴走を防ぐため、周りのすべてがそうしているのだ。
故にハルヒがこの異常事態に気づくことは、こいつらにとって非常に都合が悪いはずなのである。
俺のこの疑問に、古泉は一冊の本を取り出した。
「それは問題ありません。それよりもこうなっているわけを説明してもよろしいでしょうか?」
「説明してもらおうじゃないか」
「ではこれを」
古泉が持っていた本を俺に渡してきた。
なになに、シ、シビリ……
「シヴィライゼーション……直訳すると文明ですかね」
……悪かったな、英語の試験は赤点ギリギリなんだよクソ。
それで、これはなんなんだよいったい。
「ゲームのマニュアル、取扱説明書ですよ」
はぁ!? これが取説なのか。厚すぎだろ。
「一般的なTVゲームと比べたら情報量がぜんぜん違いますからね」
「それが、今の状況とどう繋がるんだ?」
「そこからは、長門さんに説明していただきます」
そう言うと後ろに下がった古泉に代わって、長門が無表情のまま前に出る。
「現在の状況、およびここまでに至る経緯について説明する」
長門の話を要約(というか肉付けだな。やはり言葉数が少なすぎるぞ長門)するとこうである。
それは偶然にも、ハルヒ以外の全員が何らかの用事があって部室に集まらなかったときのことだった。
自分ひとりだけが部室にいるということに大変ご立腹であるハルヒは、団員の一人がいる場所まで突撃することにしたそうだ。
その一人とは長門である。長門は、事前にその日はコンピ研に行くことを伝えてあったという。
「おっじゃましまーーーす!!」
当然のようにノックをしないで扉を蹴り破るハルヒ。
「……いったい何の用だい?」
部長氏はすでにこいつがどんなやつなのかは知っていたので、ハルヒの奇行にあわてはしない。呆れるだけだ。
「有希を退屈させてないか点検しに来たのよ。
せっかく貸してあげてるのにつまらないことをしてたら終身刑を与えるわ」
もちろんハルヒが司法権を有することは未来永劫有り得ないのだが、この女には些細なことである。
そんな暴君が部長氏のPCを覗き込む。
「ちょっと、何してるのよこれは?」
溜息をついた彼は、それでも丁寧にハルヒに説明していく。
あの人は意外と面倒見が良いからな。
「これは、シヴィライゼーションっていうゲームだ。
今、部員たちをと一緒にプレイしているところだよ……」
簡単に説明を受けたハルヒは、興味津々といった感じでモニタを覗き込む。
「ふんふんふん、有希はこのゲーム楽しんでるの?」
「ユニーク」
その返事を聞いたハルヒは、ニヤリと笑いながらその場を退散したらしい。
まあ最後に、
「ロンドンの近くにガレオン船が集結しているから気をつけなさい」
という捨て台詞を残し、部長氏の企みを潰して身悶えさせたのはあいつらしいがな。
「涼宮さんはこのゲームに興味を示したようですね。
そしてとうとうSOS団全員でプレイしたくなって、この空間を作り出したようです」
なんつーか、そんなにしたかったら部室でやればいいだろ。
こんないろいろな意味で無駄すぎる能力の使い方、ハルヒらしいぜ。
「それで、どんなゲームなんだ長門?」
唯一、このゲームの経験者であると思われる長門に内容を聞いてみる。
「そのマニュアルを読んでみれば分かりますよ」
横から古泉が口を出してくる。
ふん、こんな分厚い物読んでられるか。
「このゲームは、ひとつの文明の指導者となり他の文明と競い合うターン制のシミュレーションゲーム。
最終目的は、各種定められた勝利条件を達成すること」
なるほど、さっき古泉が言っていたあれだな。
「国土の拡張、技術開発を初めとして経済、軍備、外交など総合的な戦略構想が求められるゲーム」
それだけ聞いても、頭が痛くなるぜ。
「それで、ハルヒを起こせば開始するんだろ」
俺のその言葉に古泉はニヤリと笑いながら答える。
「そうだと思います……が、涼宮さんは夢の中での出来事だと思い込んでますので、くれぐれもそこだけは注意して下さい。
あくまでも夢の中でみんなでゲームを楽しむということが、涼宮さんの望みですから」
分かったよ。お前はともかく、朝比奈さんや長門が困るみたいだからな。
ここで、ハルヒを起こすことになったのだが、どうも三人揃って俺を見てくる。どうやら起こすのは俺の仕事らしい。
面倒ばかり押し付けられるぜ、という含みを抱きながらも俺はハルヒに声をかけた。
「おい、起きろ。起きやがれハルヒ」
声をかけただけでは、起きる様子がまったくないハルヒ。
最後には、肩を大きく揺すりながら耳元で怒鳴ってやったら、
「うっさーーーーい!!」
ぐぁ……耳がいってー。
ハルヒは俺に向かって叫んだ後、むくりと起き上がり周囲を見渡した。
「……夢?」
意識は、現実のハルヒと地続きになっているらしい。
そうした矛盾を解決するために、自己暗示が働いているようである。
常識的に考えると夢としか思えないのは確かであり、それを使って問題を解決するのが一番効果的であるのは間違いない。
そんな夢虚ろな眼差しのハルヒに、かすかな疑念すら抱かせないよう古泉が畳み掛けるように話しかけた。
「そうです夢ですよ。ほらその証拠に」
古泉がある方向を指差した。
俺もそっちを覗いてみると……げぇ。
澄み渡る青空になんかすごいものが浮かび上がっていた。
人類の夜明け
時は紀元前4000年。太古の昔から、SOS団の人々は遊牧の民として暮らしてきました。
今、彼らは長年の放浪の旅を終えて定住し、最初の都市を築こうとしています。
涼宮ハルヒよ、人民はあなたに絶対的権力を与えました。あなたなら時の試練に耐える文明を築いてくれると信じて!
長門曰く、プレイ開始時に必ず出るメッセージらしい。
まあいろいろ突っ込みたいところはあるが一言だけ言わせてくれ。
あんなやつに絶対的権力を渡すな人民。
危険度から言えば、借金の連帯保証人になるのと同じかそれ以上だぞ。
しかし憂鬱になってくるぜ。これで、俺がさんざんこき使われるのは確定なんだからな。
もっとも、身の危険がないので気楽ではあるがな。
古泉を見る。
意味ありげな笑みを浮かべていた。お前らしい反応だ。
朝比奈さんは、宙に浮かぶ文字に慌てていた。
これまたあなたらしいです。
長門はというと……
無表情だが、どこか熱の入った眼差しをしていた。
けっこうこのゲームを気に入っているのか長門。
そしてハルヒの口角が上がっていくのを見て、俺は不覚にも感心してしまったのだった。
一度でいいから、その無意味な自信が欲しいぜまったく。
――余談――
「これは超古代文明が残したロストテクノロジーのひとつ。
常温プラズマを操作して空間上に投影するプラズマスクリーン」
長門が俺を見つめて何か言ってきやがった。
「それはさすがにむちゃくちゃじゃないか長門。
ただ単に適当な単語を並べただけじゃないか」
「だめ?」
「いや、駄目というか「だめ?」だから「だめ?」……もういい」
それよりも、よりによってプラズマはないだろう。大○教授もびっくりだぜ。
まあ所詮ゲームの中なのであり、ここではプレイヤーの都合の悪いことは無視されるのが常識なのである。
後書き
シリーズは、Ⅳ・BtSです。
UU、UBともに候補はあるのですが、いまいち自分ではピンと来ません。
何かアイデアがあれば是非。
指導者涼宮ハルヒの志向は決定済み。
しかし、ハルヒの好みの社会制度はなんだろう?
ハルヒらしさが出てれば幸いです。