■11一階からでは先ほど叫んでいた生存者の姿を確認できなかった。急いで二階に上がり窓を開け外を見回す。いた! そう遠くない場所を男女二人が追いすがるゾンビ集団から必死に逃げている。二人とも高校生なのか、黒の学ランとセーラー服の少年少女二人組だ。学ランの少年は片手に金属バットを持っており、もう一方の手で少女の手を引いて必死で逃げている。どう見てもカップルです、本当にありがとうございました。一瞬だけ「リア充死ねっ!」とも思ったが流石に声には出さない。そんなこと言ったら世間様に俺が童貞だとバレてしまうからだ、この年でまだ童貞とか恥ずかしいじゃないか。風俗にいく金に勇気もなかったから右手がずっと恋人だったのだ。それにしてもゾンビ連中が音に寄って来るということを知らないのか、さっきから少女の方はキャーキャー叫びまくって逃げている。少年はそんな彼女に襲い掛かるゾンビを金属バットで蹴散らしながら逃げるのに必死だ。腰の入ったなかなか見事なフルスイングだ、彼は野球少年なのかもしれない。掴まれてしまえば怪力で押さえ込まれてしまいまずアウトだが、ああして吹き飛ばすように攻撃すればその心配もない。ゾンビを倒すことはできないが、こちらも倒されないための手段なんだろう、結局は時間稼ぎにしかならないだろうけれど。圧倒的な物量と、無限の体力を持つゾンビの追跡から人間の徒歩で逃げ切るのは難しいと思う。マラソン選手とかなら別だろうけど一般人の体力なんて底が知れる、せいぜい2・3km走ったらダウンだ。どこか堅牢な建物に逃げ込むか、車や自転車などの移動手段を得て離脱するしかない、でなければいずれ追いつかれて食い殺されてしまう。あの二人を見る限り今の状態ではどちらも難しそうだ。ピッタリと追跡してくるゾンビの群れを振り切れるとも思えない、このままじゃあ体力が尽きて捕まるのは時間の問題だろう。それでも命がけでヒロインを守る、健気な姿である、まるで彼は物語の主人公のようだ。きっと非童貞に違いない、イケメンっぽいし。■うむむ、どうしようか、助けようにも向こうとはちと距離がある。クロスボウで狙撃も不可能じゃないんだろうが、扱いに慣れていない今の俺にはこの距離でゾンビの頭に矢を命中させられる自信がない。無駄に矢を消耗するのは避けたいところなんだが。それに彼等に追いすがるゾンビの数もかなり多い、二十・三十匹はいるんじゃないだろうか?到底俺一人で倒しきれる数ではない、いっそ見なかったことにして見捨てるか?いや、別にカップルが妬ましいとかそんなんじゃないよ? まぁ、ちょっとはそれもあるけど。だが現実的に考えて二人の救出は難しいなぁ、車で助けに行こうにも五・六匹程度ならまだ吹っ飛ばせるだろうけど、あれだけのゾンビ集団に囲まれたら逆にこっちがひっくり返されそうだし。そうなると今度は俺のリスクが許容範囲をオーバーしている、車での救出も駄目だな。うーむ、クロスボウや車による直接的な救助は諦めて、別方向から援護してみるか。幸い俺には対ゾンビ用ステルス装備があるし、脱出用の小道具も豊富だ、車(ハマー)もある、連中の注意を引き付けて彼等が逃げ出す時間を稼ぐくらいならできるだろう。その後で俺は脱出をはかれば良い、小道具の有効実験をするチャンスでもあるし。うん、比較的俺にもリスクが少ないし、彼らも逃げ切るチャンスを得られる、良い案じゃないか。そうと決まればさっそくやるか、俺は窓から上半身を乗り出しヘルメットを外して大声で叫んだ。「おぉーーーい!! 今から俺がゾンビを引き付けるから、お前らは全速力で逃げろよーーー!!」そう言うやいなやさっそくゾンビ連中が大声をあげる俺の方向に向き直りこっちに向かってワラワラとやって来る。俺はなおも大声を張り上げゾンビどもの注意を引きまくった。視線の向こうでは例の高校生カップルが俺のいる建物とは逆方向へ走って逃げている姿が見えた。一瞬だけこちらに振り向いて二人揃って同時に頭を下げる、仲良いね君たち。まだ何体かゾンビが追いすがっているみたいだけど、あの調子なら逃げ切れるだろう。それから俺は5分ほど叫び続け、ゾンビどもの引き付け役をまっとうした。■もう十分かな、彼等もきっと逃げきれただろうし、そろそろ俺も脱出するか。だがちょこっと問題もある、叫びまくったおかげで現在この建物周囲はゾンビが予想以上に群がりまくっていて車でも容易に突破は難しい状態になっている。軽く見回しただけでもざっと百匹以上はいる。このままハマーで飛び出しても轢いたゾンビの死体とかでタイヤを取られて横転するのがオチだろう、そしてゾンビの餌食になるしかない。そこでこの『防犯ブザー』の出番と言うわけだ。ミリタリーショップの防犯グッズコーナーでゲットしておいたコレは中心のボタンを強く押すとけたたましい音をあげまくる仕組みになっている。読んだ説明書にはその音量は120デシベル、ジェット機のエンジン騒音並みの音が出るらしい。作りも頑丈なので遠くに投げつけてもしばらくはもってくれるだろう。俺はフルフェイスヘルメットを被りなおし、レッグポーチから防犯ブザーを一つ取り出す。中心の赤いボタンを強く押し込み、手榴弾を投げるように窓からできるだけ遠くへ投げた。ビィィィィッッ!! という鼓膜を破りそうな大音量を上げて防犯ブザーがゾンビ集団の中に飲み込まれていく。そして音の発生源に群がるようにゾンビが中心へ中心へと密集し始め、俺のいる建物周辺の密度がみるみる下がっていった。だが、あの防犯ブザーだっていつまでも鳴り続けるわけじゃない、今の内に急いで脱出せねば。■俺は大急ぎで階段を駆け下り、ハマーの運転席に乗り込む。ラッキーが歓迎するように「ワンッ」とひと吠えし俺を出迎えてくれた、ちょっと癒される。俺はラッキーの頭をひと撫でし、キーを回しエンジンをかける、よし、燃料は満タンだ、蓄電池の充電もMAX、いけるぞ!俺は初めて乗り回すハマーの重量感とパワフルなエンジン音を聞きながら、興奮を押さえきれずつい叫んでしまった。「うおりゃあぁぁぁッ!! どけどけゾンビどもーー!! ハマーのお通りだぜーー!!」アクセルを一気に踏み抜き急加速、勢いよくカーショップの大ガラスを突き破って外へ飛び出した。まだわずかながら周囲に残っていたゾンビどもを頑丈な車体で軽快に撥ね飛ばしながら一気に離脱、大通りへと突き進む。途中車のエンジン音に引かれて何体かのゾンビが近寄ってきて道を塞いだりもしたが気にせず撥ね飛ばす。避けられるゾンビは避けたが、なかなかに愉快・爽快・痛快なドライブだ。俺はまるでゲームでもしているような感覚でゾンビを跳ね飛ばしながらハマーの運転を存分に楽しんだ。■