■12カーショップから脱出し、大通りを軽快に進みながらちょっと思いついたことがあった。このハマーはハイブリッド車で、ディーゼルエンジン(ガソリンではなく軽油で動かす)と蓄電池によるモーターの両方で動かすことができるわけだが。内燃機関(エンジン)に蓄電池(バッテリー)と電動機(モーター)を組み合わせたハイブリッドカーはエンジン音がやかましい場合、動力をモーターに切り替えることで電気自動車のように静かに走行することもできる。今現在のようにエンジン音が響けばゾンビどもを招くことになり危険が付きまとう、そこでモーターならば静かだしゾンビも近づいてこないのでは?と考えたのだ。ギアをロウにして徐行運転すれば動きでバレる可能性も低いだろうと思うし、以前早歩きくらいまでならゾンビは無視してくれるのは確認済みだ。あ、ちなみにカタログにはフル充電の状態で約80kmの走行が可能と書いてあった。電力は外部供給の他に、蓄電池(バッテリー)の交換、ディーゼルエンジンで走行することでも充電されるらしい。さてと、大通りをある程度進んでゾンビの数が少なくなってきた、良い頃合だ、ここいらで実験してみよう。俺は一端車を停車させてエンジンを切る、先ほどまでワラワラと群がってきていたゾンビの勢いが弱くなったような気がした。まぁ、それでも結構な数が今も寄ってきているわけだが。動力をモーターに切り替え発進、ほぼ無音でスゥー、と滑るように動き出した。すごい、想像していたよりもぜんぜん静かだ、動力音がまったく聞こえてこない。そうして数百メートルほど走りワラワラ寄っていたゾンビを引き離し、改めて徐行運転をはじめる。時速5~10kmくらいの速さでゆっくり進める、殆どアクセルは踏まず徐行運転を意識した。ふと、横切るゾンビがいたので車内から様子を伺うと全くこちらに関心を示していない。試しにちょっとだけアクセルを入れてみると、ようやくこちらの存在に気が付いたように寄ってきた。なるほどね、徐行速度なら大型車でも人間同様襲い掛かってこないわけか。ゾンビの密集する場所を通過する時にこの電動モードはなり助かるかも知れないな、やはりこのハマーを選んで正解だ。俺は改めて動力をディーゼルエンジンに切り替えると再び軽快な速度で大通りを走り進めた。■『S市グランドハイツ』富裕層向け、要はお金持ち用高級マンション、地上25階地下1階建、総戸数259戸 、地下駐車場完備。今月末から入居者を募る予定で、家賃は約180万円/月。ちょっと前の俺だったら一生縁のない建物なんだが、今はそこが俺の隠れ家になるかもしれないわけだ。世の中って不思議だよな、平和な世の中じゃ貧乏サラリーマンだった俺がゾンビが溢れ出したとたんクロスボウを手にとって戦ったり、こうして高級車を乗り回したりしてるんだから。素直に喜べば良いのか崩壊した社会に嘆けば良いのか、ちょっと判断に困るよね。まぁ、正直なところ7:3くらいで喜んでいる自分がいるわけだけど。お目当てのマンションに到着した、入り口前でエンジンを切り、ラッキーと一緒にすばやく降りる。ゾンビに見つからないよう車の陰に身を隠しながらこちらにゾンビを確認、合計三匹。留守中に車を壊されちゃかなわない、連中はここで始末しておく。車を挟んでゾンビどもの反対方向に回り込み、その背後から無防備な頭部に狙いを定める。あらかじめ4ブレードヘッドを装着したアルミ矢を6本ほど出しておき、すぐに拾えるようにしてもおく。まず一つ! トリガーを引き発射、ゾンビの後頭部にアルミ矢が突き刺さった。すばやくクロスボウの弦を引き絞り、アルミ矢をセット、続けて二射目!今度はちょっと狙いが外れゾンビの延髄部分に突き刺さった、一瞬「失敗したか!?」とビビッたがゾンビは頭部に当たった時と同様に一撃で地に倒れた。ふぅ、と安堵の息をつきながらも三射目の準備を整える、まだ三匹目のゾンビはこちらに気が付いていない、すぐそばで仲間が2人もやられたというのに鈍感な連中だ。だんだん手馴れてきた俺は今度こそよーく狙いを定めて矢を放った。アルミ矢はゾンビの頭部に狙い通り命中し、その活動を永遠に停止させた。■最後のゾンビにトドメをさし俺が安堵の息を吐き緊張を解こうとすると、珍しくラッキーが俺の袖に噛み付いてひぱってきた。何事かと背後を振り返るとすぐ目の前にゾンビが立っている、ま、まずいッ! 矢を撃つところを見られた!急いでアルミ矢をセットしようとするが焦って上手くセットできない、しまいには矢を地面に落としてしまう。そうこうしているうちに、ゾンビは恐ろしい怪力で俺に組みつき肩部分にガブリと喰らいついてきた。い、痛いッ!! ギリギリと締め付けるような圧力が肩にかかる。そのうえクロスボウをもつ腕を抱きこむようにして組み付かれているので反撃も脱出も出来ない。俺を押さえ込む腕の怪力も人間離れしていて、ミシミシと全身が軋みをあげる。強烈な圧迫感に内臓が口から出てしまいそうなほどの嘔吐を覚える。や、やばい、このままじゃ、し、死ぬッ!!「ウオォォォンッッ!!」組み付かれ上手く身動きが取れない俺を救ってくれたのはラッキーだった。これまでの大人しい性格からは考えられないような獰猛な雄叫びを上げてゾンビに体当たりをかます。組み付かれていた俺はゾンビと一緒に吹っ飛ばされるが、その拍子にゾンビの拘束からも解放された。地面を転がるように移動し、すぐさまゾンビと距離をとった。クロスボウを投げ捨て、咄嗟に背負っていたシャベル(シャーリーン)を手に取る、未だ上手く起き上がれない様子のゾンビの頭めがけて全力で振り下ろす!「くたばりやがれッ!!」ゾグンッ、と縦に振り下ろしたシャベル(シャーリーン)の刃が頭蓋骨ごと脳を叩き割る音と感触が手に伝わり、俺は確かな手応えを得た。動かなくなったゾンビにシャベル(シャーリーン)を刺したまま俺はしばらく振り下ろしたままの姿勢で硬直していた、いつまた動き出すかわかったものじゃない。いや、正直に言おう、俺は心底ビビッていた、襲われた恐怖が抜けきっていなくて動けなかったんだこれまでステルス装備のおかげで幸か不幸かゾンビに無視されるような形で過ごしてきたからこいつらの本当の恐ろしさを忘れていた。ゾンビどもは、発達した人類社会をメチャクチャにするくらい恐ろしい相手だったということを。■しばらくして、ゾンビの不意打ちをなんとか退けラッキーのおかげで九死に一生を得たことをようやく自覚した俺は一気に緊張が解け腰が抜けて地面に座り込んでしまった。なぜ咄嗟により軽く、使いやすく、攻撃力のある消防斧ではなくシャベル(シャーリーン)を手にとってしまったのか。自分でも良くわからないが、これはこれで正解だったのではないかと思う。目の前で頭にシャベル(シャーリーン)を突き刺したまま事切れているゾンビを見ると、やはりシャベル(シャーリーン)を持ってきて良かったと確信できたのだ。……ありがとうシャーリーン。ラッキーが心配そうに俺に駆け寄ってくる、こいつのおかげで助かった。軽く頭を撫でてやるとラッキーは嬉しそうに尻尾を左右に振り俺の無事を喜んでくれているようだった。俺は感謝の意を込めてラッキーの頭を誠心誠意グリグリ撫でまくった。「ありがとうなラッキー、お前は命の恩人……いや……恩犬だよ!」■奇襲のパニックから落ち着きを取り戻し、装備を回収した後自分の状態も確認してみることにした。気になるのはゾンビに喰らいつかれた肩部分だ、ゾンビスレでも確認したように噛まれればゾンビ化してしまうらしいし。もしかしたら自決する覚悟も決めなければならないかもしれない、恐ろしいが今すぐ確認せねばならない。周囲にゾンビの姿はなかったが俺は念のため一端車の中に戻り、そこで恐る恐る服を脱いでみた。迷彩服の上着は肩部分が少し破れている、ゾンビの噛む力はかなり強かったしこの頑丈な服が食い破られても不思議じゃないな。その下に来ていた防弾・防刃ベストと肌着も脱ぎ、素肌の肩部分を確認する。多少赤くなって痣ができてはいるものの、直接噛まれたような痕跡はなかった。ホッ、と一安心する、上手い具合に防弾・防刃ベストが俺の身を守ってくれたようだ。さっそくこいつに命を助けられたわけだが、肩以外の場所に噛み付かれていたらと想像するとゾッとする。首や腕や足に噛み付かれていればきっと服ごと食い千切られていたことだろう、そして俺もゾンビの仲間入りに……。本当に運が良かったというべきか、今回はラッキーのおかげで助かったわけだし、ラッキーは名前通り俺にとっての『幸運』かもしれないな。俺は装備を着なおし、改めてS市グランドハイツに向かうことにする。今後は背後にも十分に気を配らないと。ゾンビは気配もなく近づいてくるから目に映らないと気がつかない場合が多いみたいだ、注意しておこう。もう、絶対にバックアタックは受けたくないしな。■