■14エントランスホールには待合室みたいな場所があり、三つほどテーブルが用意されていたのでそこで食事を取ることになった。とはいえ食べるのは瀬田さんだけだ、俺はちょっと前に食事をとってあるし、ラッキーもコンビーフを一缶食べてる。リュックからあるだけ食料品を取り出しミニコンロも用意した、サバ缶なんかは温めないと味が悪いからね。瀬田さんは俺が用意した食料を猛烈な勢いで腹に収め、わずか30分ほどで全部平らげてしまった。三日分は用意したつもりだったんだが、まさか全部食べるとはね。俺は苦笑いしながら瀬田さんに水筒を渡す。「ありがとう、おかげで生き返ったよ、ここは水も温泉もいくらでも飲めるんだが、いかんせん食べ物がまったくなくてな、危うく飢え死にするところだった」「そう言えばここは温泉をひいているんでしたね」「あぁ、金持ちの道楽で穴掘りしてたのが偶然当たったらしくてな、その上にこんなでっかい温泉つき高級マンションを立てちまったわけ、俺はその時から技師として呼ばれててさ、ここ無駄に豪華だから作るの大変だったんだぜ?」瀬田さんはおどけた様子で笑っていたが、それってかなり凄いことだと思う。見た目はお人好しそうなおっさんだけど、こんな大きいマンションの建設に関わるってことは結構凄い人なのかもしれない。「そういえばお前さんはこれからどうするんだい? ここに来たってことはこのマンションに篭城するつもりなんだろうが、さっきも言った通りここには食いもんが無いから厳しいぞ?」「食料関係ならまだしばらくは近隣の店を物色すれば大丈夫だと思います、モノによっては2・3年くらいは持たせられるでしょうし」「かなり危ねぇが、それしか方法はないか……でもなんでわざわざここに? 確かに食料関係を除けば水も電気もある程度自給できるから最適と言えるだろうが、それでも篭城向きとは思えんぞ、実際俺なんかはたった四日で飢え死にしかけたくらいだからな、大人しく皆が集まるような避難所にでも行った方が良いんじゃないのか?」「実は―――」■俺は大まかに自分がここに来た経緯と目的を話した。ゾンビのせいで社会秩序が崩壊し、暴徒化した人間の凶行を何度か目撃したこと。それゆえ人間同士の小競り合いを恐れて、いざという時に逃げ込める隠れ家を探してここに来たこと。最終的には避難所に行くつもりだが、その前にここを個人的な避難地として確保しておこうと立ち寄ったこと。対ゾンビ用ステルス装備のことなどは説明せず、だがその他の事に関しては一通り正直に説明した。瀬田さんはそれらの話を難しい顔をしながら黙って聞き続け、ときおり「なるほどな」と呟いた。本当は対ゾンビ用ステルス装備のことも話すべきなんだろうが、俺はいくら好印象をもっていても出会って数時間しか経っていない他人にそこまで秘密を話す気にはなれなかった。それにまだ瀬田さんが完全に信頼できる人間だとわかったわけじゃない、笑顔で話していても内心ではまだ警戒心は解かない。我ながら疑り深い性格になったものだと思うが、レイパー四人組の凶行を見た後だけに今はこれくらいの方が丁度良いのかもとも思えてしまう。「……お前さんがここに来た目的はわかった、こんな状況だし、メシを食わせてもらった恩もある、好きにするといいよ」「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」「いや、正直言うと礼を言いたいのはこっちさ、あのままじゃどの道飢え死にかゾンビの餌だったろうしな、あ、これマスターキーな、一つしかないから無くさないように気をつけろよ」瀬田さんは笑いながら懐から『マスターキー』を出して俺に渡してくれた。ありがたい、でもなぜそんな大切な鍵を俺に?俺が不思議そうな顔をしながら瀬田さんの顔を覗くと、彼はガハハと笑って理由を説明してくれた。「実はな、お前さんの姿を見て俺もようやく決心がついたんだ、俺はここを出て実家に帰る、妻と子が待つ我が家にな」「あの、瀬田さんのご実家は?」「A県H市だ」ちょ!? 隣のさらに隣の県じゃないか、ここM県S市からはかなり遠いぞ。それに家族といったが、酷な話だがこんな状況じゃその家族だって生きているかどうかもわからない、むしろ死んでいる可能性の方が高い。瀬田さんはそんな状態でどうしようと言うのか、無謀としか思えない。「瀬田さん、それは……」「いや、言わなくてもわかってる、だがな、馬鹿げているかもしれんが命よりも大切な家族なんだ、生きている可能性がちょっとでもあるなら助けに行ってやりてぇじゃねぇか!」「でも、どうしていまさら? 四日間もここに一人で篭城していたんでしょう?」「あぁ、情けねぇことに心底びびっちまってな、だがお前さんが身一つでここに来た時にゾンビどもと必死に戦う姿を見て勇気付けられたんだ、俺だって戦わなくちゃいけねぇと思った、家族を助けず何やってんだ俺って思った、怯える自分にいい加減嫌気がさしたんだ……それにな、いままでハラペコで弱気になってたがこうして満腹になれば勇気百倍よ! また弱気になる前に何か動かねぇとビビッちまいそうでな!!」悲壮な覚悟を告げながら陽気に笑う瀬田さん、これじゃあ、俺にはもう止められないな。ならばマスターキーを預かった恩義もあるし、俺にできる範囲で彼の手助けをしよう。A県まで行くのならいろいろ必要になってくるものだって多いはずだ。せめて彼に俺と同じような武器と車を用意する手助けをしよう、それくらいなら十分できる。「わかりました、でもこのままじゃ瀬田さんに大きな借りができてしまいますので、せめて武器と食料、あと車を手に入れるお手伝いをしましょう、あまり威張って言える事じゃありませんが幸い俺はここに来る途中でいろいろ店を物色してきてますし、それで貸し借りナシです」「そりゃあ助かる! 嬉しいねぇ、こういう状況でそういうこと言ってくれるのは本当にありがたいよ、じゃあ俺も何かしてやりたいんだが……そうだな、このマンション施設の使い方全部教えてやるよ、なぁにそれほど難しくはねぇ、今夜一晩あればマスターできるさ! 出発は明日にすれば良いしな!」「え、あ、ありがとうございます?」「おうっ、任しとけ、じゃあさっそく教えるからついてきてくれ! 時間が無いからビシバシ教えるぜ、覚悟しな!!」「りょ、了解しました……」「声がちいせぇぞ!!」「イ、イエッサーッ!!」俺はこれまで飄々としていた瀬田さんの突然変わった大迫力に圧倒され、ドナドナと言われるがまま管理室の奥へと連行されていった。そしてこの日は殆ど眠る暇が無いほど厳しいスパルタ教育を受けることになってしまった。せ、瀬田さん……ありがたいんだけど……少しは、手加減してください。■