■15ゾンビ大発生から五日目、俺は明け方にほんのちょこっとだけ仮眠を取った後、瀬田さんと一緒に出発準備を整えた。念のため瀬田さんにはラッキーと一緒に後方でゾンビを警戒するだけにしてもらい、ゾンビ掃討はもっぱら俺が受け持つことにした。クロスボウも持っているし、俺は既に何体かゾンビを倒してもいるので戦闘経験も俺が上なのだ、この配置は自然と言えよう。ちなみに瀬田さんには消防斧を持たせてある、俺にはシャベル(シャーリーン)があるので接近戦も問題ない。「じゃあ行くか高坊(タカボウ)、この命、預けたぜ!」「無茶をする気はありませんが、全力は尽くしますよ」昨夜一晩ほぼ徹夜しながらスパルタ教育を受けた際、瀬田さんは俺のことを高坊と呼ぶようになっていた。俺と瀬田さんでは年の差が親子ほど離れていたし、俺もそう呼ばれるのが嫌じゃなかったので結構気に入っている。ちなみに瀬田さんは46歳で、実家には22歳の嫁さんと3歳の娘さんがいるという、ちょっと犯罪ちっくなおっさんだった。家族写真を見せてもらったが嫁さん超美人だったし、どうやって落としたんだこのハゲおやじ。リア充ってレベルじゃねぇぞ! そりゃあ命かけて実家に帰ろうともするわな、羨ましい限りである。さて、これからの予定であるが、まずは昨日俺が来た道順を逆に進むルートで行こうと思う。カーショップ、ミリタリーショップの順にまわり車と武器・食料等の物資を手に入れるのだ。はじめは俺の車で一緒に行くことになるだろうが途中からは別々になるだろう、あ、でもミリタリーショップに行く時は俺の車で静かに行った方が良いかもな、あそこはゾンビが多いし。若干計画に修正を加えつつ、俺は瀬田さんと一緒に出発することにした。■大通りをハマーのディーゼルエンジンを唸らせてガンガン走行し、邪魔するゾンビを跳ね飛ばしていく。カーショップに近づいたところで一端エンジンを切り、モーター動力に切り替える。徐行運転で静かに進み、ゾンビに気取られないよう徐々にカーショップへの距離を詰めていった。やがてカーショップの店舗が見えたので車を寄せていく、昨日俺が突き破った大ガラスの真横に出入り口を横付けし車を臨時バリケード代わりとした。車内から店内を確認したところゾンビの姿は見当たらない、幸運だと言えよう。俺は助手席に緊張した面持ちで座っている瀬田さんに声をかけた。「店の中にゾンビはいないみたいです、でも注意してくださいね、連中は音とか匂いとか早く動くものに反応して襲ってきますから、怖くてもできるだけ静かにして落ち着いて行動してください」「わ、わかった、落ち着いて、静かにだな、わかったよ」「あと念のためコレをかぶっといてください」俺は昨日大急ぎで作っておいた『脳波遮断安全ヘルメット』を瀬田さんにかぶせる。時間がなかったので内側にアルミホイルを一層だけ貼り付けた簡易版だ、多分大丈夫だと思う。ついでにファブリーズを瀬田さんの全身に吹きかけ臭い消しもおこなっておく。ちなみに瀬田さんにはゾンビが視覚・嗅覚・聴覚を利用して人間に襲い掛かってくることまでは教えてある。これはゾンビスレでもわかっていたことなので教えてもそれほど影響はないはずだ。最も秘密にしなければならないのは脳波遮断に関してだ、これは本当に信頼できる人以外には教えるつもりはない。残念ながら今のところ俺にそんな人物は一人もいないわけだが……。■俺と瀬田さんは二人で音を立てないようにしてこっそり店内に侵入した(ちなみにラッキーは車内待機)。昨日訪れたばかりなので配置や構造はよく知っている、俺はすぐにそれぞれのキーをカウンターから拾い集め瀬田さんと車選びをすることにした。車の選別は瀬田さんに任せることにした。俺が余計な口を出すべきじゃないし、こういう場面でお楽しみがあってもいいと思ったからだ。10分ほどあれこれカタログとにらめっこしていた瀬田さんだったが、なんとか候補を二つまで絞り込んだところでまた悩みだした。瀬田さんはキャデラックかマイバッハで結構悩んでいたようだが、最終的にはキャデラックを選んだ。興味本位で決め手は何かと聞いてみたら「石原裕次郎がこれを愛車にしていたから」だそうだ、ファンらしい。俺達はとりあえずキャデラックをそのままに、今度はミリタリーショップへと向かうことにした。なぜハマーで行くのかというと、エンジン音を出しながら都市中心部に行くのはあまりにも危険だと判断したからだ。そのことは瀬田さんも納得してくれたし、武器装備を確保したらまたここに戻ってくる予定だ。■ノロノロと徐行運転を続けながらゾンビの闊歩する中央区を進んでいく。時々進行方向を遮るようにゾンビが立ちふさがるので、そのたびに進路の微調整をしたり、立ち去るまで待ったりしている。その他にも放置車両や事故車も避けていく必要があり、とにかく手間がかかってしょうがない。これが思ったよりもストレスの溜まる作業でいっそのことディーゼルエンジンに切り替えて全員吹っ飛ばしてやりたい衝動にかられる。もちろんそんなことは周囲を徘徊するゾンビ数百匹相手には物理的にも不可能なので実行しないが、イライラ度は増加するばかりだ。ゾンビはちょこっと接触したくらいでは反応を示さないが、吹っ飛ばすレベルの接触では猛然と襲い掛かってくる。一匹・二匹ならまだしも、ここは中央区、ゾンビが数百・数千と密集する場所だ、自殺行為でしかない。俺の隣で蒼褪めた顔をしている瀬田さんは恐怖でイライラどころじゃないようだが、ここ最近でゾンビにすっかり慣れてしまった俺にとってはあまりにも退屈な時間だった。結局、ミリタリーショップに辿り着くまでに3時間近い時間をかけてしまった。帰りも同じくらい時間がかかると思うと、つい暗鬱な気分になってしまう。店舗の裏側に車を停め、ゾンビが周囲に見当たらないことを確認して裏口へと向かう。すばやく鍵を開けて瀬田さんと一緒に店内に入り込んだ。ちなみに先ほどから車内で暇そうにしていたのでラッキーも同伴している。■とりあえず必要なのは武器・食料・防具類である。瀬田さんはA県までの長距離移動もするので特に食料品は大量に持っていく必要があるだろう。日本中がこんな状態なのだ、どこで補給できるとも限らない。最低限自力でA県までたどり着けるだけの物資は最初から積み込んでおくべきだ。俺と瀬田さんは店内にあった缶詰や非常食類をありったけ集め、もてるだけダンボールに詰め込んだ。少なくともこの一箱で人間一人を一ヶ月くらいは生き残らせることはできるだろう。次に武器を選ぶわけだが、瀬田さんはここでちょっと変わった武器を選んだ。俺が使えないと判断した『スリングショット』である。「瀬田さん、それは威力がそれほど出ないですし、射程も短いですよ? それよりもこっちのピストルタイプのクロスボウなんかどうですか、軽くて威力もありますよ?」「うーむ、確かに高坊の言うことも最もなんだが、俺はコレが一番慣れ親しんだタイプの飛び道具だしなぁ、ガキの頃よくこういったパチンコで遊んだものさ、ピストルみたいなそれはどうも馴染めなくてな、それにこれだって上手く使えば結構強いんだぜ、ホラよ!」そう言って瀬田さんが鉄弾をすばやく打ち出す、標的となったマネキンの頭部にビシリッと深々めり込んだ。おお、確かに凄い威力だ、狙いも正確だし、俺では到底ああ上手く使えはしないだろう。俺が歓心しながら瀬田さんに振り返ると、彼は「どうだ!」と言わんばかりにふんぞり返ってニヤついていた。「……確かに凄いですが、態度がなんか子供っぽいですよ瀬田さん」「男なんてしょせん永遠の悪ガキさ、俺は少年の頃の綺麗な心を失っていない大人なんだ!」「言い方はアレですが、つまりは身体は大人、心は子供というわけですか」「そうなんだけど……なんかその言い方だと能天気な馬鹿野郎にしか思えないな、なんでだろう?」「さあ、なぜでしょうかね?」などとくだらない話を続けながらも武器を見繕い、最終的にはクロスボウ×2、スリングショット×2、消防斧×1、スタンガン×2、特殊警棒×1、防弾・防刃ベスト×3を持って行くことになった。俺も前回シャベル(シャーリーン)を持っていく際に重量を減らすため置いていくことになった、持っていけなかった物資を大量に回収してホクホク顔だった。ハマーは積載空間が大きいので大量に荷物を詰め込めて大いに助かる、俺は必要そうなモノはとにかく積み込むようにした。■ミリタリーショップを出て再び3時間のイライラドライブの後、俺たちはようやくカーショップに戻ってきた。出発したのは朝方だったのに、もうお昼を大きく過ぎてしまっている、随分時間がかかってしまったな。俺は瀬田さんがキャデラックに物資を移すのを手伝いながら、ふと、気になったことを聞いてみた。「瀬田さん、ちょっと聞いても良いですか?」「ん、なんだ?」「瀬田さんは家族と合流した後、どうするつもりなんですか?」「まぁ、会えるかどうかわからんが……とりあえず近くの大きな避難所に行ってみるつもりだ、それが駄目ならやはりどこかに篭城かな、どこにもめぼしい場所がなかったら家族でここに戻ってくるからその時はよろしく頼むわ」「じゃあもう一つ質問なんですが、怒らないで聞いてくださいね?」「なんだよ、言ってみろよ」「もし家族と合流できなかったら、どうするんですか?」「……わからん、今は家族に会うことしか考えないようにしているが、会えなかったら果たして俺はどうなるのか、絶望して自殺でもするのか、それともまだしぶとく一人で生きていくのか……正直全然わからん」「意地悪な質問してすいませんでした」「いいさ、どうせ近いうちに直面する問題だ、遅いか早いかの差だけだ」俺はなんと言ったらよいのかわからず、とにかくその後は黙々と積み込み作業を続けた。しばらくして全ての荷物を積み終えると、瀬田さんは黙って俺の手を握って力強い握手をした。「いろいろ世話になったな、高坊には感謝してる、もしかしたらもう生きて会うことは無いかもしれねぇが、元気でな!」「瀬田さんも道中お気をつけて、俺も瀬田さんの家族の無事を祈っておきます」「ありがとうよ! じゃあ、いってくらぁっ!!」瀬田さんを乗せたキャデラックは元気良く外へ走り出していった。エンジン音にさそわれて何体かのゾンビが立ちふさがるが、瀬田さんのキャデラックは「知ったことか!」といった感じで容赦なく撥ね飛ばす。それで良い、ゾンビ相手に遠慮は不要だ。人間の姿を残しているから攻撃するのに躊躇を覚えそうだが、そうすれば喰い殺されるのはこっちなのだ。ミリタリーショップへの行き帰りで暇な時間を持て余していた俺はそのことを瀬田さんによく言って聞かせていた。容赦なくゾンビを撥ね飛ばした瀬田さんの車を見送りながら俺は彼とその家族の無事を祈った。あ、ちなみに脳波遮断安全ヘルメットは瀬田さんに預けっぱなしだ。詳しい説明こそしていないが、彼がアルミホイルを見つけて自力で答えにたどり着けるならそれで良い。それはあくまで瀬田さん本人の功績になるからね、俺には関係ない。……俺ってツンデレ属性持ってたっけ?■