■16ゾンビ大発生から六日目、今日はいよいよS市第三中学校の避難所に行く予定だ。昨日は瀬田さんと別れたあと、街とマンションを何往復かして物資を運びまくった。主に食料品や生活必需品ばかりだが、ミリタリーショップから運び込んだ武器類も十分にある。S市グランドハイツは温泉経由で水も自給できるので食料さえあれば篭城には最適な場所なのだ。昨日一日で必死になって運び込んだ物資量からいって少なくとも2・3ヶ月は余裕で篭城できる。こうして隠れ家の準備は整った、なので今日は避難所に接触をしてみようと思う。安全な拠点を確保したこの段階にきてなぜいまさら危険をおかしてまで避難所に拘るのかと疑問に思う人もいるかもしれない。大人しく篭城していれば安全なはずなのにと考えるのも当たり前だ。もちろん理由がある、一つは自衛隊や警察による救助活動が行われた際に置いてけぼりにされないためだ。こういった救助の対象は必ず規模の大きな所から優先される、つまり個人宅等で篭城していると救助されるのがかなり最後の方になってしまうのだ。今の現状を鑑みるに、もし俺がこのままマンションに引き篭もっていればどれほど放置されることになるのか見当もつかない。もっとも、救助活動は自衛隊等の組織がある程度安全圏を確保してからになるだろうから、ゾンビに圧倒されている現在では救助活動が何時になるのかすら定かではないわけだが。つまり、あくまで保険である、上手いこといって救助活動が行われればそれで良し、もし駄目ならば別の生き残る手段を考える必要がある。二つめの理由は、情報収集をするためである。ラジオやTVでは地元の細かい状況まではわからない、どこで何が起こっているのか、危険地域はどこいら辺なのか、危険人物が発生していないか、周囲にどれだけの生き残りがいるのか。現地の人にしか流通しないそれらの情報には生死を分かつ貴重な情報も当然含まれる。特に危険人物に関する情報は避難生活が長期化するにつれて今後重要になっていくだろう、知っておかねばいつのまにか危険人物の接近を許しゾンビではなく同じ人間に殺される可能性もある。その点避難所には各所から大勢の人々が集まってくる、当然さまざまな情報も集まってくるというわけだ。情報は篭城するうえでも大切なものだ。篭城は基本的に外部からの救助活動を前提としてするわけだが、最悪の場合救助活動自体が行われない可能性も高い。そうなるといつまでも放置されてしまい、いつか物資を使い切って死ぬことになるだろう。だが事前に救助活動が絶望的であるとわかれば早期に対処のしようもある、農業をはじめるなり、自給自足できる環境を作るなり、時間はかかるだろうができることはあるのだ。こうした理由があり、俺はなんとしても避難所へ行かなければならなかった。ちなみに移動に使う車は地下駐車場に停めてある、地上入り口は一箇所だけで、しかも普段は頑丈なシャッターが下りている。開けるには内部から操作するか、専用のリモコンを運転手が操作して開けるしかない。居住者に配る予定だったらしいリモコンが管理室に無数にあったので、その中の一個を失敬してきた。生身で正面入り口から入るよりも、車で地下駐車場に入ってから降りた方が遥かに安全と気がついてからはもっぱら地下駐車場を利用している。そういえば、昨日の夜は久しぶりにラジオを聞いてみたのだが殆どろくな放送はしておらず。唯一まともに現状を報道していた番組からは、自衛隊が各地で孤立している避難民の救出に手子摺っているという嬉しくない情報を得た。やはり避難所に接触してもすぐには救出は期待できそうにないな、あまり期待はし過ぎないようにしていこう。■朝食をしっかり食べ、シャワーを浴びヒゲを剃る、軽く休憩した後お昼過ぎに出発し、避難所を目指す。ゾンビが多いのでモーター駆動で徐行運転しているが、それほど遠い距離じゃない。30分も走らせると目的のS市第三中学校が見えてきた、遠目から見える限り正面ゲートは閉じていない。校庭を覗き込むと何匹かのゾンビがうろうろしている。校舎の入り口は破壊されており、下駄箱の付近には学生服姿のゾンビも見えた。もしかしたら既に壊滅しているのかもしれない、こんな状態じゃあ生存者はもういないのかもしれないな。車をゆっくり進め校庭の中ほどまで移動すると、大きな体育館が見えた。そこは以前見た家のように体育館周辺に大量のゾンビが群がり、明らかに中で人が篭城している様子を伺わせた。体育館の入り口にはしっかりと閉じられており、鉄製の扉はゾンビ相手に堅牢なバリケードと化していた。格子の付いた各窓にも内側から板が張り付けられていて、こちらからでは中の様子が伺えない。外からの接触は難しそうだ、体育館はゾンビの侵入を防ぐためにガッチリ出入り口になりそうな場所は塞いでいるようだし。ガラス窓等も内側から張り付けられた板で何も見えない。ゾンビが体育館周辺に群がっているので外から直接声をかけるわけにも行かないし。上から侵入しようにも民家と違って天井が高すぎる、困ったな。俺はしばらく何か方法がないか考えつつ、注意深く体育館の観察を続けた。すると校舎側に面する二階部分に渡り廊下のようなものが通じているのを見つけた。校舎の二階からのびたその渡り廊下は体育館の上部分まで通じており、あそこからならゾンビに邪魔されずに接触できるかもしれないと考えた。■俺はラッキーと一緒に校舎に侵入した、装備は以前と同じクロスボウと消防斧、そしてシャベル(シャーリーン)。ただし前回の反省をふまえて防具類を大幅に強化してある、防弾・防刃ベストの他に昨日ミリタリーショップから持ち帰ったネックガード(首保護具)や防護スリーブ (腕保護具)、防護ゲートル(足保護具)も装備してきた。おかげで総重量が10kgほど増えてしまったが、まぁ、命には代えられない。背中のリュックも一回り小型なタイプにして携行品も減らしてあるので、おそらくプラスマイナス0だろう。応急セットやライター、ガムテープ、ファブリーズ、などの必需品は入っているのでそれほど心配はない。万が一ヘルメットを何らかの原因で失った時用にアルミホイルも持ち歩いているので安心だ。校内は酷い有様だった、窓ガラスは割れ、扉は破壊され、机や椅子が散乱している。そのうえ所々に血や肉片、果ては臓物が飛び散ったあとらしきものも多数残っていた。教室を覗けば生徒の物らしきカバンや開いたままの教科書、さらにはどう見てもここで多人数が生活していたらしき痕跡も見つかった。缶詰やペットボトル、食べかけの非常食、毛布や衣類。どうやら避難民は始めこの校舎でも生活していたようだ、校内をうろつくゾンビに学生服の奴等以上に一般人っぽい服装の連中が多いのはそのせいか。三階ある校舎内を虱潰しに見回って見るが人影は見かけない。恐らくゾンビに校内へ侵入されたことで全員が体育館に避難したんだろう、そして今俺の周りをうろついているゾンビは逃げ遅れた人々ということか。それほど数は多くないが、こんな狭い空間で気付かれでもしたら厄介だ、できるだけ戦闘は避けて進もう。■